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美しさというのは、神性さの1つの表れではないかと思います。
自然の美を見たとき、人は感動します。
それは、ヘミシンク的にいえば強いPULがくるというのかもしれません(モンロー研はそういう表現はしませんが)。
私なんかは、美しい自然の美、たとえば美しい花を見たとき、ハートチャクラやハイハートに強く反応してくることがあります。
たぶんそれは、その自然の美の中に、自分自身の神性さが映し出されていることに気付いたからかもしれません。
広い意味では、自然界の美はすべて、内的精神の現れなのですから。
昨日、OWブログの花の写真を見たときにもそうでした。
http://ichigenka.jugem.jp/?eid=927
自然が作り出した美は素晴らしいですね。
何にも代えがたい美しさがあります。
人間もそうありたいものだなと思います。
たった一人でもいいですから、その人の存在で救われる人がいたなら、それは素晴らしいことだなと思います。
思いやりのある言葉や、行動・・・
そういった人の言動の中に、神性さがあふれ出ていることがありますね。
人間はおそらく、地球上の生命の中で唯一、意図的に神性さを表現できる生命ではないでしょうか。
生きている間にどれだけ神性さを表現できるか、それによってその人物の死後に赴く世界が決まってくるのかもしれません。
シルバーバーチはかつて言っていました。
「あなた方の今現在の行動によって、あなたがたは自動的に死後に赴く世界が決まるのです。」と。
すべては自由意志のもとで自由に選択できます。
ですが、そこには自己責任が伴います。
人を傷つける者・・・
逆に、励まし、癒し、勇気づける者・・・
もしかしたら、そういった日々の思いから生じる行為の積み重ねが、自分自身を決定づけているのかもしれませんね。
セスが言うように、すべての現実世界(もちろん、そこには我々自身の身体も含まれます)は我々自身が作り出しているのですから。
最近、よく高次から言われることがあります。
それは、「自分自身に対して素直になりなさい。」と。
私、素直じゃないんですよね~(笑)
日々の思いの積み重ねが実際に現実世界となって表れてくるみたいですから、大切なのは、自分自身の気持ちに素直であること、こういうことが言いたいみたいですね。
自分の気持ちに素直な生き方ができるか、それは、これからの時代にとってとても重要なことのような気がします。
OWブログの花のように、純粋に、かつ意図的に神性さを出来るだけ多く表現できたらいいなと思っています。
一つの基準としては、それは、創造性、歓喜、愛といったものなんでしょうね。
日々の生活の中には、本当にいろいろなところにそういった神性さが現れてくることがあります。
先日も、電車に乗っているとき、車いすに乗った女性が電車に乗ってきました。その車いすを押していたのは、おそらくご主人なんだと思います。見たところ、お二人とも50代後半ぐらいでしょうか。
二人の服装からして、それほど裕福とはいえない感じに見えました。
それほど高齢ではないように思いましたが、女性は病気のようでした。身体に何らかの麻痺があるのかもしれません。
私が感動したのは、男性が女性のために、ペットボトルに入ったジュースの蓋をとって、女性に差し出したときでした。女性はそのジュースを美味しそうに飲んでいました。男性は男性で自分の飲み物を飲んでいました。
ほんのささいなことなのですが、その男性のやさしさに私は感動して涙が出そうになりました。
別の時に、家に帰る途中、偶然電車の中で見た車いすの夫婦が道を歩いているのを見ました。たぶん私の家の近所なんでしょうね。電車の中で見たように、男性が女性の車いすを押している感じでした。
たぶん、女性の介護のために、男性もいろいろ大変だと思うのです。でも、そうやって互いに支えながら人は生きていくのだなと思いました。
神性さというのは、日常生活の中にあふれている、そんな体験をした日でした。