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>初コメントさせて戴きます、稲荷系・・・との記述に、30年前の奇妙な体験を思い出しましたので。
当時、社会人として成熟したいとの願いから、そこが 宗教団体であることを深く考えずに、ただただ人としての成長に役立つ話を聴けるのではと、或る団体の講話会に日曜毎に通っていました。
或る日、壇上で講話なさっている会の創始者(故人に なられました)の背後に、 途轍もなく 巨大な白狐が現れました。
瞳がないので、 何処を見ているのか定かでない真紅の目が印象的で した。
人の背後に立つ白狐は何を意味しているのか、今でも不審です。
自然霊は、その化身(=顕現)の一形態として、狐の姿をとったりするものでしょうか?
狐の姿で人を守護したり、指導したりすることはあるのでしょうか?
私は何となく、超巨大な白狐の能面のような顔付きに心がしっくりこなくて、パッタリと講話会通いを 止めてしまい、今日に到っております。
<背後に立つ白狐の意味について>
その場に私がいたわけではありませんので、正直なところはわかりませんが、
お話を伺った限りでは、おそらくは、稲荷系の卷属っぽい感じがします。
ただ、その創始者や周辺から来る念が強くて、あまりフォーカスしたくない感じです。
ですから、これ以上のリーディングはできません。
おそらく、その教祖を導いていたのは、その背後霊なのかもしれませんね。
ただ、一つの存在ではなく、複数の存在がいたはずです。 一人の人間を導くのは通常、複数の指導霊によってなされますから。
<狐の姿で人を守護したり、指導したりすることはあるのか>
自然霊の卷属が人を導くということがないとはいえませんが、非常にまれではないでしょうか。
ただ、龍は別です。龍がガイドとして人間を守っているというのはあるようですから。
それは、人間と龍人との意識の上での深いかかわりに起因するみたいです。
思うに、太古の地球では、もっと今以上に様々な自然霊と人間とが協力・協調関係にあった可能性すらあります。
ところが、近代・現代になって、人間が自然霊を敬うことを忘れ、低俗な願い事の対象としか見なくなってしまった結果、人間の想念が渦巻くことによってそれ自体が意識を持ち、もともといた自然霊の高級霊とは別に、低俗な霊も出現するようになりました。
人間にはなかなかその区別がつきませんから、自然霊のしわざだというと悪さをする風にしか見ないけれど、そうじゃない気がします。
そういった状況を生み出してきたのは、ほかでもない、人間(の想念)なんですね。
ですから、自然霊が人間を補佐するということは確かにありますし、もともとはそれは悪い事ではありません。
ですが、それは人によりますから、たとえば人の想念が渦巻く宗教団体なんかでは、一般論としては十分注意する必要があるように思います。
ただ、これも一概にこうだとは決めつけられない部分があります。後述するように、最終的には「その人」の問題ということになるんだろうなとは思います。どの宗教に属するか否かではなく。
<自然霊が狐などの形態をとって現れたりするのか>
自然霊は様々な形態をとって人の前に現れる可能性があります。
一口に自然霊といっても様々なものがあり、あくまでも私が出会ったもので言えば、いわゆる形体をもたないものもいて、人間の都合に合わせて七変化して現れてくるものもあります。
( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E9%9C%8A
)
前々回くらいに一度、眷属と思われる自然霊が私のところに飛んできたというお話をしましたが、その時は、煙のようなエネルギー体をもつ霊で、ちょうど煙がすばやく渦を巻くみたいにして瞬時に人間(私)の想念を読み取った姿を作り出したりして現れてきます。
私のところに来たのはかなり低俗な感じで、からかってきたりしました。
それでいて、ものすごく素早く移動できますから(雲のようなつかみどころのない存在です)、いいようにからかっては逃げ去るみたいな感じでした。
その時は、ガイドと二人がかりでその眷属と思われる自然霊が再度近づいてきたときにPULを放射してリトリーバルしました。
要は、彼らは人間に使われていると言ったら変ですけど、波長の合う人間とのコラボレーションといった感じで、お互いが使ったり使われたりといったギブ・アンド・テイクのような関係が成り立っているようです。
あとは、よく言われるような精霊(木の精、水の精、等)などは、人の前に来ると特定の形態をとって現れたりしてきます。白い綿のように見える「こだま」や、少女やおじさんの姿をした妖精なんかがそうです。
おそらくは、本来は我々の知らない形体、もしくは特定の形体をもたずに存在していると思われますが、その場に応じて、一時的に形態を伴って人間のところに現れてきたりするみたいですね。
あとは、雲のような形として物質的に現れてきたりすることもあります。龍なんかがそうです。
あるいは、白狐(びゃっこ)などの動物や、カラス、チョウなどの姿を借りて現れてくる可能性もあります。
私の友人なんかは、小さい頃から白狐に守られているという人がいます。その場合、おそらく自然霊でありながらガイド的存在でもあるのではないかと思います。
ただ、そういった存在も、一時期ついていたとしても、人間の波動の変化によって離れたり、さらに高級な(あるいは低俗な)霊がついてきたりすることもありますので、一時期そういった自然霊の形態を見たからと言って今現在も守られているとは限らない場合もありますから注意が必要です。
また、守っているわけではなく、単に姿を見せにくる場合もあります。おそらくそれは、多次元的に存在する両者(人間と精霊)が、なんらかの事情によって他の次元に投影されて現れてくる場合があり得ます。その場合、例えば、人間の目に妖精が現れて見えてくるといった現象が起こるように思われます。
あるいは、多次元的なチャネルが開いている霊格者などの場合には、人間界にいながら精霊界を覗き見ることで精霊達を把握できる場合もあるでしょう。
<宗教団体に所属することについて>
最後に、ご質問に間接的にかかわってきますから、宗教団体に所属することについての私見を述べさせていただきたいと思います。
新興宗教にかぎらず、どの宗教でもそうだと思うんですけど、大切なのは、「自分自身」ではないでしょうか。
どの組織に所属していたとしても、また所属していなくても、人間の生き方として立派な人生を歩む人はいるように思いますからね。
そういった意味では、その時その時の出会い、与えられた環境に対して素直にまずは感謝することではないでしょうか。
ひかりさんがその宗教団体に所属していた時に、少なくともなんらかの指針は得られたはずです。
今はもう縁がなくなったわけですけれども、まずは当時そういった自己成長の場が与えられていたことに感謝ですね。
私は宗教団体に加わったことはありません。
でも大学時代の友人で入っている人がいて、一緒にその団体に連れて行かれたり、何度も勧誘されたことはありましたけどね。
人それぞれではないでしょうか~ (笑)
それこそ、レイキの創始者と二代目の運命を分けた話のように。
(金儲け主義に走った創始者は魔界に落ちて、二代目は生活に最低限の金銭しかとらなかったためにそうはならなかったという話です。Kagariさんのブログに詳しいです。 http://mihoh.seesaa.net/article/143111780.html
)