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先日ご紹介した、山の中にある神社ですが
http://plaza.rakuten.co.jp/imimi/diary/201008140000/
)、
その御祭神の中にアマテラスがいました。
私は行く前はそのことは全く知らなかったですし、あの時あの場所に行ったのも、なんとなくその必要性を感じたからなのです。
今日、他の方のブログを拝見しまして、あ~そういったことは確かにあるものだなと私自身納得した次第です。
神社のもつ特有のエネルギーというのは、御祭神による影響もさることながら、「自分がどれだけその特定のエネルギーフィールドになじんだか」によっても随分と左右されてきます。
たとえばですが、私の住む近くには北海道神宮というのがありますが、そこではもう何度も御柱建てをさせていただいています。
(
http://plaza.rakuten.co.jp/imimi/diary/201008140000/
)
そのためか、私が神社の境内に入った瞬間、あるいはその手前ぐらいから、自分の作ったエネルギーフィールドに強く反応し始めます。
それによって、御祭神がアマテラスでなくても、アマテラスのエネルギーを強く感じますし、変性意識に入ればアマテラスをビジョンとして見ることもあります。
あとは、神社特有のエネルギー(神気)は、参拝する曜日や時間帯によっても大きく影響を受けたりします。
人がいない時間帯、例えば早朝ですと、割と強い神気が感じられたりします。
しかし、人の多い時間帯ですと、神社の神気は感じられにくくなってしまいます。
高次のエネルギーというのは、それほど敏感なものなんですね。
場所に引き寄せられたという話に戻すと、私の場合は神社でしたが、人によっては、いわゆる魔の踏み切りのようなところに引き寄せられる場合もあるように思います。
以前、救出活動で、魔の踏み切りで先に死んだ自殺者が他の人を呼び込んで自殺を促しているという場所がありました。
その時は、私はその場におそらくは地縛霊のような形でいた人を救出して、F27に向かいました。
無事救出活動を終えた後、いつもの日課で自分のエネルギー分布をクリスタル内でチェックしていたんです。
すると、背後から隠れるようにして存在していた男がにゅっと現れてきました。
どうやら、その男が影の黒幕のような存在で、先に自殺したその男が、後から後からくる自殺者をその場で呼び込んでいたようでした。
引き寄せられる存在からしてみれば、なぜそんなところで自殺したくなったのかわからないという感じだと思います。
ですが、やはり「類は友を呼ぶ」んでしょうね。
別の言い方をすれば、ネガティブな波動がさらにネガティブな波動を呼び、自殺者の道づれを増やしていた、こういうことなんだろうと思います。
人間というのは不思議なもので、本質的にはエネルギーとして存在しています。
人と人との会話の中で言霊を発したり、あるいは、ただ生きて息をしているだけでも、エネルギーを出したり受け取ったりしています。
誰でもです。
エネルギーを与えたり与えられたりするのは、人間がエネルギーとしての本質を持っているからなのです。
ですから、上でご紹介してきたように、自分がどのような波動を持っているかによって、神仏に引き寄せられたり、逆に、魔の存在に引き寄せられたりする場合があります。
そういう場合もあるという話です。
よく、あの人がいると周りが明るくなるよね~などと言われたりすることもあります。
また、多くは語らなくても、その人がそこにいるだけで場が心が和んだり、周りの雰囲気を和ませたりする人もいるかもしれません。
そこにも、その人物が持つエネルギーの影響というものがある気がします。
人間が、神仏に引き寄せられたり、逆に魔の存在に引き寄せられたりするのと同様に、自分の周りにいる人間にも、良い影響、悪い影響というのを感じさせるのが、人間なんだと思います。
ただ、性格もそれぞれですから、何が良くて悪いというのは一概には言えませんから、自分らしくすごすというのがいいんでしょうね。
どんな時でも、生かされていることへの感謝の気持ちを忘れたくはないですね。
その辺の、普段の日常生活でも活かせるようなごく当たり前の気づきが得られるのが、神社の参拝です。
神前で、ただ感謝をしてみてください。
神仏とはほかでもない、高次の自分です。
神前で自分と向き合うことによって、普段忘れている謙虚さであったり、リラックスする気持ちであったり、ありがたい気持ちであったりといったことがよみがえってきます。
ぜひ、神前で自分と向き合ってみてください。
神仏に呼ばれるか、魔の存在に呼ばれるかは、自分で決められます。
日々、内在する神我と向き合い、感謝の気持ちですごしましょう。
(写真はすべてWikipediaからです。)