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日本人のスマホ使用時間に関してのデータが出ていました。 <<学生のインターネット利用時間は1日平均7.8時間、特に15~29歳の男女の約6割が2時間以上利用しています。全年代のインターネット利用時間は、平日・休日ともにテレビ視聴を上回っており、特に10代から60代のいずれの年代でも、スマホの利用率が高まっている。つまり日本人のスマホの利用率は97%に達しており、10代から60代のどの年代でも圧倒的に普及している>> とこのようにありました。また別のデータでは、”若年層帆で利用時間が長い傾向があり、10代女性では過半数が「1日4時間以上」スマホでネットを利用しています” ということです。世代ごとにみると以下のように、〇10代:約3時間20分以上(高校生ではネット利用が平均6時間以上との調査も)〇20代:約3時間30分〇30代:約2時間~3時間〇40代:約2時間~3時間(近年もっとも増加幅が大きい世代のひとつ)〇50代:約1時間~2時間(使う人と使わない人の二極化が進んでいる)〇60代以上:約30分~2時間(情報取得や連絡など、必要最低限の利用が中心)というのも有りました。そんなデータを眺めながら、「わたしはどうかしら?」と振り返ってみると、そのようなデータにはまったく当てはまらないということに思い至った。私はおそらく、スマホ利用の1日平均時間は5~6分で、そのほとんどを通話とメールです。もちろんネット利用もしますが、時間的にはわずかなものになるはずです。つまり私のスマホ利用はとても少ないのです。スマホを携帯していないこともずいぶんたくさんありますので、電話やメールをいただいても、なかなか返事が出来ないことも有るので、ご迷惑をおかけしていることも大いにあるようなのです。申し訳ありません。
2026.07.27
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”ナジャ・アウアマン” というスーパーファッションモデルがいることを初めて知った。NHK-BS3で『ボディーミュージアム ”美脚絶景”』という番組が目について、なんだか綺麗なものが見られるみたいで面白そうなので録画をしておくことにした。後日それを観たのだが、美脚をテーマにしたタイトル通り美しい脚がたくさん次々と出てきた。そんな中で特別目立って気を魅かれたのが、スーパーモデルのこの人でしたナジャ・アウアマン。ドイツ語読みではナディア・アウアーマンさんは、ベルリン出身のファッションモデル(48歳)である。世界一足の長い女性モデルといわれ、ギネスブックにも掲載されている。このお歳でも現役ファッションモデルとして第一線で活躍されているのは、ちょっとびっくりです。プラダやカール・ラガーフェルドやヴェルサーチやヴァレンチノなど一流デザイナーブランドのトップモデルとして活躍していらっしゃる。因みに、髪の毛はブロンドで碧眼、身長は180センチメートル、どこを計るのかは分からないがヒップ高は111センチメートル、その股下が108センチメートルとこれが股下比率60パーセントになるということです。スリーサイズは、バスと91センチメートル - ウェスト64センチメートル - ヒップ92 センチメートル、さすが維持していらっしゃる、プロですな~。素晴らしいスタイルですが、こんなモデルさんに新作を着てランウェイを歩いてもらったら、どんなデザインの服でも素晴らしいものになるような気がします。それにしても股下比率60パーセント? 不思議でなりません。それの反対の股下比率40パーセントくらいが普通だと思うのだが・・・いかが?
2019.04.26
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最近、ネット通販やネット・オークションで額縁を購入することが多くなっている。そんな売りに出ている額縁商品仕様説明に、例としてこのような書き出しがある。<<サイズ:F30号絵寸 約910X727mm用 額縁外寸(麻マット付きの外寸) 約 1100X917X49mm(59mm) 基本仕様: フレーム(額縁 の枠)+泥足 (仮縁仕上げ)吊金具 紐 ケース色など云々・・・>> このようなものです。この仕様説明に出てくる『泥足(どろあし)』というのが何のことやら分からなかったのです。【泥足】文字通りに読めば意味は、泥が付いて汚れた足 のこと、それ以外には思いつきません。額縁の仕様説明にこの言葉が出てくるとは、あまりにも唐突で場違いな感じがしていたのです。額縁における『泥足』とは、額の裏面に1段段差が付けてある部分のことを差しているのです。それが分って自分の絵を入れている額縁の裏側を見てみると、なるほど『泥足』のある額物とそれの無いものが確かに存在する。したがって、『泥足』がすべての額縁にあるわけではないし『泥足』の無い額縁もある。むしろ『泥足』のある方が少数派かもしれません。それにしてもなんでこの部分のことを『泥足』なんて名称にしたのだろうか? 何か語源は有りそうですが、そこまではわかりませんでした。
2020.09.20
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“井上アナは中高年からの人気が高かった” “井上アナ見たさに家路を急ぐ人もいるほどだ” “「夜の顔」「サラリーマンのアイドル」とも呼ばれた井上アナ” “2011年から「ニュースウォッチ9」のキャスターを務めており、サラリーマンのアイドルとの愛称も” “絵に描いたような品行方正な女子アナ” “NHK井上あさひアナ「降板」で誘致合戦が勃発? 地方視聴者が「次は京都にきて!」「福岡いいよ」など” “「知的なルックスと落ち着いた口調、確かなアナウンス力に定評があり、ナレーションなども多く務めています」とNHK関係者” ことほど左様に惜しまれて番組を去られたようです。その後どうされたのか? 3月末のNHK京都放送夕方6時の番組を見るとはなしに点けっぱなしにしていたら、井上さんらしき姿が一瞬見えた気がしました。私もファンだったものですからウィキペディアを調べてみますと、やはりそうでした。4月1日付の人事異動で下馬評通りに京都放送局へ来られたようです。この3月27日までNHKの9時の『ニュースウォッチ9』で、大越健介さんと一緒にキャスターを務めてきた井上あさひさん・スポーツキャスターの廣瀬智美キャスター・井上裕貴リポーターと、「ニュースウオッチ9」のクルーとしては最も好きなチームでした。滅多に更新されていない井上さんのブログを覗くと、番組視聴者への御礼の言葉とともに、どのような心構えで番組を担当してきたか、そして今後の抱負などが縷々書かれていました。その挨拶文の終わりに『夜の忙しいお時間に番組を見てくださった皆さん、励ましのお言葉をくださった皆さん、本当にありがとうございました。・・・。4月からは京都局で勤務します。またいつか放送でお会いするのを楽しみにしております。そして、パワーアップする「ニュースウオッチ9」を引き続きどうぞよろしくお願い致します。井上あさひ』とありました。なおウィキペディアによりますと、彼女の『過去の担当番組』はたくさん挙げられていましたが、『現在の担当番組』の欄は空白になっていましたから、まだしばらくは画面に出てこられることはないのかもしれません。
2015.04.03
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いまだにいかにして組み上げたのか全く判らないらしい、インカの石組み。そんな石組みの壁に使われた「12角の石」の事。昔から写真で見てこれの存在は知っていた。この写真(下)の石であるが、なるほど12角ある。よくぞこのような石組みができるものだ。現在の技術を持ってしても至難の業であろう事は想像できる。この写真を見ているだけで、途轍もない神々しさのようなものを感じるし、畏敬の念すら持ってしまいます。この息を呑むほどの見事な工法については昔から、人間のやったことではなく宇宙人の仕業ともいわれてきていたのです。しかしあれこれ調べて、近年の実験考古学の視点から少しづつその工法が分かってきたという。それは、現在よく見られる石切り場の風景にあるような整然とした切出しの跡は全く発見されていないとの事で、これらの石は切り出したものではなく、自然石を加工したのだという結論になっているのです。そしてさらには、道具はさまざまな石を使ったということで、石で石を根気良く叩いて削ったようだといっているのですが、そのような説明だけでは全く納得できません。 硬い石でこのような巨石を根気良く叩いて削って、この12角の石を削りだしたのだというのでしょうか? そんな事ありえないと思いませんか?そんな説明だったら、やはり異星から来た高い知性と技術を持った宇宙人の仕業だと言われた方が、はるかに信じる事ができるのですがねー!インカの地ペルーも名にし負う地震国ではあります。後年インカを滅ぼした征服者が、西洋の建築技術を持ってこの石組みの上に建てた建物は地震で崩壊することになるのですが、土台となったこの石組みは現在まで崩れた事は一度もなく、微動だにしていないという。
2011.03.30
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昔に描いた絵の修復をした。中途半端な未完成の絵があったのだが、これを何とかとりあえず仕上げようと思って、注意深く画面を見ると、この人物画の右手部分が少しだが、2ヵ所ほど紙が破れて絵の具がひび割れている。おそらく膠が強かったのだろうと思う。日本画だから、パネルに麻紙(まし)という和紙を貼ったものに墨や泥絵の具や岩絵の具で着色、絵を描いてあるわけです。普通この手の修復方法は、一旦パネルから紙全体を剥がして、別の紙で裏打ちをしてパネルに貼り直すというのが通例ですが、紙が劣化してしまっているために剥がすことができない状態なのです。さてどうする?補修しなけれいけない状況だということだけは変わらずそこにある。裏打ちするために剥がすことができないのであれば、表側から補修をするしか方法は無いだろう。表側といっても制作途中、絵の具は既に塗ってある。したがってその絵の具の上に補修用の紙を貼らなければなりません。紙の亀裂は1~2cmが2箇所ですので、まず補修用の紙に美濃紙を選びました。麻紙だと厚みがありすぎるのです。その美濃紙にドーサを引いて強度を持たせておきます。修理部分の10cm×4cmくらいの大きさに水に濡らした美濃紙を千切ります。これは鋏で切るのではなく手で引き千切るのです。そうすれば千切ったところの和紙の繊維がささくれたようになります、これが良いのです。こうすれば元絵と修理部分との継ぎ目に段差ができないのです。これに和糊を水で薄めたもので修理部分に貼り、その上を刷毛で優しく叩いて間の空気抜きと密着度を高めるのです。でもそれだけではまだ少し心配なので、今度は美濃紙を15cm角位に同じように千切って、先に貼ってある2箇所の両方に覆い被せるようにさらに貼って、同様に刷毛で叩いて密着させます。修復部分は美濃紙が二重になるわけです。これでおそらくは大丈夫だと思います。 この一連の修理作業、とりあえず計算通りに上手くいったと思います。 でも、修復作業ばかり上手くいってもしょうがないですよね!
2011.04.22
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その昔、好きなギタリストの演奏映像を見ていて、そのフレーズをコピーできないものかと、左手の指の抑えやコードや運指を真似してみるのですが、同じ音には全然ならないでがっかりしたことがある。でも「なんでやろー?」との疑問が残ったことが何度もありました。後で分かったことですが、あれはギターが変則チューニングされていたからだったのです。変則チューニングにもいろいろあって、オープン・チューニングについては過去に何度か書いてきましたが、ほかにもまだまだあるようなのです。迂闊にもつい先日に知ったばかりなのですけれど『ナッシュビル・チューニング』なるものがあるのだそうです。このチューニングは、主にアコースティックギターで利用されるということです。通常の6弦のギターの1・2弦はそのままに、3~6弦を1オクターブ高くチューニング設定する方法だという。つまり12弦ギターのオクターブ高い方の弦だけを残した状態にするのです。私が読んだ説明によりますと、ナッシュビル・チューニングではゲージの太さは1弦から順に、1弦は.010、 2弦は.014 , 3弦は.009、 4弦は.012、 5弦は.018、 6弦は.026 と張るのだそうで、6弦だけが巻き弦であとはすべてプレーン弦となります。このチューニングは太い弦がありませんので、当然高音が強調されることになり、独特のキラキラとした音色が奏でられるということです。変則チューニングでもこのナッシュビル・チューニングは、通常の6弦ギターのノーマルチューニングと同じ押さえ方ができるので、ギターコードがそのまま生かせギター操作に違和感がないのが利点です。利点があれば当然欠点もある。欠点はノーマル・チューニングでの低音5・6弦が無いので、低音での音の厚みが無くなることです。したがってナッシュビル・チューニングが施されたギター1本ではソロ演奏にはふさわしくないかもしれません。驚いたことにこのナッシュビル・チューニング専用のギター弦セットが売られていました。弦のメーカーが専用商品を作るくらい、ミュージシャンに浸透しているチューニングなのだということを初めて知りました。またほかには『アイリッシュ・チューニング』というものもある。これは別名『ダドガドチューニング』と呼ばれていて、その構成音(減の張り方は)は、6弦からD・A・D・G・A・D と調弦するのだそうで、それで『DADGAD(ダドガド)チューニング』と言い、『オープンDsas4 チューニング』ということになるのだそうです。このチューニングは、アイリッシュのアレンジやモダン(コンテンポラリー)なギターインストロメンタルでよく使われるということです。ギターもいろいろと奥が深く複雑なものです。
2014.09.22
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“夕立三日” という言葉が昔からある。夏の夕立は一日降ると三日続けて降るのだそうである。最近これがなかなかよく当たっている。私はその言葉の根拠はまったく分りませんし、たまたまそうなってしまう偶然としか思えませんが、その通りになることが多いのです。今夏もそんなことが何回もありました。数日前にもありました。これがなぜか決まって夕方にくるのです。突然外が真っ暗になって、それこそ “車軸を流すような雨” とはこれのことをいうのではないかとの実感もするくらい。とにかく10メートル先が雨に煙って見えないのです。家の前の深さ60センチほどの溝も、みるみる水位を増して、溢れこそしないもののかなりの水量になっていた。その激しい雨もピークは3~40分間くらいで、すぐにもう陽が差してきて外はまた残暑厳しき夏空にもどるのです。もちろん夕立は昔からありましたが、こんなにも激しいものではなかった気がするのですが…。
2012.08.25
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先日、わたしが太ってしまってむかしには履けていたオーバーオールジーンズが履けなくなったということで、それを何とか履けるようにした顛末を書きました。出来上がりはなんともいい出来とは言い難いものでしたが、何とか実用にはなっています。もちろん外出着なんかにはできっこないですけれど、部屋着・普段着としては何とか使い物にはなるようです。ところでこの『オーバーオール』というのは別名『サロペット』ともいうことは知っていたのですが、この『オーバーオール(英語)』と『サロペット(フランス語)』は別物で、違いがあるということを知りました。オーバーオールとサロペットって、名前に違いはあるけれど実際何がどう違うの?オーバーオールとサロペットはちょっとしたデザインの違いで呼び名が変わるのですが、どちらも同じ ”つなぎ” のこと。オーバーオールとは、後ろから見たときに背中にも布があり、がっしりと支えてくれるデザインのものを呼びます。元々作業用として使われていたものが、そのままレディースのファッションでも楽しめるようになったので、少しゆったりしたシルエットのものが多いです。サロペットとは、オーバーオールと違い背中部分に布はなく、ひもが背中で交差しているデザインを指します。背中に開放感があり、タイトなシルエットもしくはワイドパンツのように大きく広がったデザインで、オーバーオールよりも女性らしいコーディネートに着こなせるのが特徴です!以上のようなことでしたので、わたしが持っているのは『サロペット』の方でした。
2020.06.20
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ここのところいろいろ再検査などが有って、京都大学病院へ足を運ぶことが度々のことです。この病院へ行くのは、家を出てから病院は入るまで1時間とは掛からないので負担になるという事はありません。ただ病院というところはどこも同じでしょうけれど、感じることはいつも患者の多さです。こんなにも世の中には体調の良くない老若男女がいるのだという事に驚かされます。自分の台頭に何の問題もない時には、そんなこと思いもしないのですが、いざ自分が病院へ行くことになると急に弱気になるというか、あるいは病院というところは ”病人を作るところ” なんて逆恨みのごとく、そんな思いにもなることが有るのです。でも一方、その自分にとっての不安材料が払拭された時には、現金なものでなんとも勝ち誇ったような気分にもなるのです。そんな時に特に周りを冷静に眺めて、病人や体調の良くない人の多さに気づくのです。このようにこの半年は病院通いが頻繁だったし、治療もやってきた。女房殿はそんな状態だったら、今年は ”人間ドック” は必要ないのでは? と言っているのですが、私は「はて、どうしたもかしら?」と思案中という事です。 高齢者に向けた ”人間ドック” の勧め案内が今年も近いうちに届くと思う。
2026.05.10
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ここのところ4年間は、毎年この体育の日前後に行われる「区民運動会」と称される運動会に出場していた。小学校区の町内対抗の運動会と思えばいいと思います。この区民運動会というもの、京都にはしっかり残っています。それは小学校区の住人たちが町内対抗で年に一度体育の日前後に、いろいろな競技を競って楽しむ運動会です。町内対抗戦で、優勝するとその町内には栄誉と豪華商品が…という事になっているのです。私が出場していたのは、町別対抗男女混合リレー競技です。55歳以上男子の部類が私の出場枠で、もう4年やってきたわけです。そして私は第1走者という事になるのです。ランナーは1週100メートルのグラウンドを1周ずつ走るのですが、昨年からルール変更がされました。それはその55歳以上男子が走る距離は、若者と同じ100メートルは長すぎるのではないかとのクレームがあったようで、昨年から第1走者は前年の4分の3の75メートルに縮小されました。ということはスタート位置が変更になるわけです。走る距離が短縮されたことで、私はなんだかちょっと拍子抜けがしてしまったことはあります(これでは私の見せ場がありません)。というちょっとした不満もあったのですが…。残念ながら今年は、所用があって参加できないことになりました。一旦途切れてしまいますので、ちょっと残念な思いがしていますが…、今年も盛況のうちに終わったのでしょうね。実際にこの運動会に出てみると分かることですが、自分の体力が “まーまーのレベル” だということは確認できるのですが、遥かに優れた体力を(年齢の割りに)持っている人は、まだまだたくさん居るのだなーとおもいしらされるし、自分ももっと頑張らなければ…という気になってしまいます。私が知人たちに、この「区民運動会」のようなものが行われているかどうかを聞く事があるのですが、大半の答えは「そんなことはやっていない」というのです。京都は夏の「地蔵盆」もそうだし、この「区民体育祭」もそうだと思うのですが、地域住民の昔ながらの結束や、つながりを大切にしてきたという気概のようなものが、京都の庶民文化をささえる原動力になっているのかもしれないなー、なんて思ったりもしています。それはそうと今日は休日ですので、朝は少し遅いスタートのランニングでしたが、そのせいで時間帯が一致して、野口みずきさんとすれ違うことになりました。彼女、相当なスピードで走ってましたから、かなり体調も戻ってきたのではないでしょうか。
2009.10.12
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今年もそろそろ年賀状の配達が終わる頃です。これから遅れて届くことも無いだろうと思われる。ところで我が家から50メートルほどのところに小さな郵便局がある。もう一週間も前の話になりますが、元日の朝その郵便局の前にたくさんの年賀状が大きなポリケースに入れられ何箱分も届けられていた。おそらくこのエリアの住人達に日本各地から届いた年賀状だと思われる。私のところへ配達される分もこの中にあるのだろう。ここのところ何年もの推移をみていると、年賀状のやり取りをするという習慣が薄れてきたようで、JPが発行する年賀はがきの発行部数も年々減ってきているようである。ところでその歴史を見ると、日本郵便行政による年賀はがきの発行は意外にも遅くて戦後になってから。1949年に発行された1950年の年始用のものが初めてということだった。ただし年賀用の切手は戦前から発行されていた(そのことは私も切手収集が趣味だったものだから知っていた)のですから、郵便による年始の挨拶が古くから行なわれていたことは分かる。その最初に年賀はがきが発行された当初の発行枚数は1億8000万枚とのこと。以後漸増を繰り返しながら、1964年には10億枚、1973年には20億枚を超えたとありました。そしてそのピークを迎えるのが2003年で44億8000万枚ということでした。そして今年2015年用の年賀はがきの発行枚数は33億枚強となったようです。この数字は1985年のレベルにまで戻ったということです。スマホやパソコンによる通信手段の格段の進歩によっての減少傾向だとは思うが、郵便による年賀はがきというアナログ通信手段も、無くなるには忍びなく、やはりいつまでも風物慣習として残しておきたい気がするのですが…。
2015.01.07
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6月から7月に北日本の亜高山帯草地や林縁などに生えて、高さ7~20センチくらいの草花で、直径1.5センチから2.0センチくらいの白い花を一輪だけつける、サクラソウ科ツマトリソウ属の「ツマトリソウ」という花をご存知でしょうか。この花はそんなに珍しい花というわけではなく、山岳地帯の草原などでよく見かけるらしいのだが、これがとても珍しいのだという。それはこの花の形態がとりわけ珍しいということのようです。世の中に花は数え切れずありますが、それぞれ色彩や形態・香りや匂いなど個性も千差万別。仮に花弁の数を例にとってみますと、「四弁の花(四数性)」だとアブラナ科の油菜をはじめ蕪や大根の花、ナズナもそうだし、ケシ科の花も多くがこれにあたります。あとは月見草、待宵草、沈丁花、金木犀や花ではないが紫陽花などがあります。「五弁の花(五数性)」の代表はというともっと多く、梅、桃、桜、杏、山吹、苺、花梨、木瓜、琵琶、林檎、梨、撫子、石竹、ユキノシタ、麒麟草など数え上げればきりがないほど沢山ある。そして「六弁の花(六数性)」の花は、百合の花全体ががこれの代表といえるだろう。鈴蘭、ヒヤシンス、チューリップ、彼岸花、水仙、菖蒲、杜若、石榴、百日紅、木蓮、辛夷などとなります。そこで次にくるのが問題の「七弁の花(七数性)」。七弁の花はといえば、これはもうものすごく少ないらしいのです。確かに七弁の花びらを持つ花を挙げろといわれても、これはもう全く思いつかない。そこで登場するのが、本日取り上げた「ツマトリソウ(褄取草)」がその七弁の花なのです。この花は広く北半球の寒い地域にはえるので、温かい西日本の山などでは見ることはできないようです。この花、はじめは白い花なのだが、末頃になると花弁の縁からほんのりと赤みを帯びてくるのでこの名があるという。基本は七弁ですが、八弁のものも存在するという事です。この花はサクラソウの仲間なのですが、他の仲間とあまりにも違いすぎているので “妻と理想” なんて洒落られている事があるらしい。なお、あと七弁の花では、ツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)というのが、数少ないモノになるようです。20年以上前に刊行された、本田正次著「植物学のおもしろさ」という本にそんな事が書かれていました。
2009.09.10
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私より年配者の知り合い(飲み仲間)の方々が “二胡” を習っていらっしゃる。その “二胡” のお仲間たちの発表会が京都下鴨で、今度の日曜日19日午後3時から開催される。そんな案内を貰っていたのですが、私はその前日の18日は恒例の山登りだし、下山後は飲み会になる。そして翌日は朝からスポーツクラブでスイミング&サウナで、帰宅するのは1時半ごろになる。だから “3時に下鴨へ” というのは行けなくはないのですが、いささか厳しい気もするので、これは欠席させてもらうことにした。ただ、友人が観に行くといっているので、手土産だけは連名でお願いしておいた。ところで “二胡” というのは、中国の伝統的な擦弦楽器の一種。日本ではこの楽器を “胡弓” と呼ぶ向きもあるようですが、それは間違いでまったく別物ということになってます。 “胡弓” は純然たる日本の伝統楽器で、弓で弦を擦る擦弦楽器という意味では “二胡” と同種のものということができる。 “二胡” は2弦楽器ですが、 “胡弓” は3弦ないしは4弦楽器で三味線を小さくしたような構造を持っている。演奏はどちらも膝に楽器を立てて、右手に持った弓で弦を擦って音を出す。でも近年、 “胡弓” は影が薄いのかあまり見かけませんが、 “二胡” の方は映像などで比較的見かけることが多いようです。日本の “胡弓” という呼び名は、明治時代初期の頃からヴァイオリンのことも胡弓と呼んだことがあったらしく、擦弦楽器の総称としても使われていたとありました。
2016.06.15
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数日前の昼間だったか、テレビを点けたらちょっとショックというか心配なニュースがありました。 ”ロシアのソユーズ有人ロケットが打ち上げに失敗した” というそのニュースは、世界の宇宙関係者に衝撃を与えたようです。ソユーズはご存じのとおり現在、国際宇宙ステーション(ISS)に飛行士を運ぶ唯一の手段です。NASAのスペースシャトルが引退撤退してからは、このソユーズがたった一つの頼りということになっているのです。ニュースによると、今回の事故の原因究明が完璧に解明されるまでは、今後のソユーズ打ち上げを行わず凍結するとの発表をしていた。ま、当然そうすべきだとは思うのですが、瞬間心配なことが頭をよぎりました。それは現在、国際宇宙ステーションつまりISSに滞在している3名だったかの宇宙飛行士たちのことです。いつまでも原因究明が滞って長引くと、それだけ宇宙滞在が延長になってしまい、ある種の ”置いてけぼり“ 状態になるのでは? という懸念でした。でもこれは調べてみた結果、ISSには地球への帰還用宇宙船は常に用意されているということで、わたしの懸念は払拭されました。でもソユーズが長期間打ち上げられないとなると、ISSに宇宙飛行士が不在になり無人化して、運用に支障が生じる恐れが考えられるとのこと。日本人宇宙飛行士の野口聡一さんは来年に出発予定されているという。間に合うのかしら?なお、因みにソユーズロケットは1950年代に開発されて、今日まで基本技術は大きく変わっていないという。そんな古い技術のことを聞くと、ちょっとばかり不安になってしまいます。加えてこうも、このソユーズロケットは当初の人工衛星打ち上げから今日まで、1800回以上もの打ち上げ実績がある(凄~い!)。しかもその成功率は97%以上だとも伝えていた。原因解明がなされ、技術革新と品質管理の向上を望み、いち早くいソユーズロケットの打ち上げ再開を願っています。
2018.10.14
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ベルリンの壁が崩壊(1989年11月)して30年になる。東西ドイツが再び統一(1990年10月3日)され、現在の「ドイツ連邦共和国」となって、29周年を迎えます。激動の時代だったように覚えている。わたしはその7年後くらいにベルリンを訪れている。私の人生最初の海外だった。仕事がらみだったのですが、ヨーロッパの3都市(ロンドン・パリ・ベルリン)を10日で巡る旅だった。あれから約22年も経過したのだと、ちょっと驚いている。というのもその時の旅の印象はしっかりとあるものだから・・・。当時のベルリンはドイツの首都にはなっていたのですが、その首都機能は未だボンが引き受けていた。そしてベルリンは首都機能を発揮できるように市内のあちこちが大改造されている真っ最中だった。街のいたるところに、高さ200メートルもありそうな巨大なクレーンが林立しているパワフルな風景だった。そんなややこしい時期にベルリンを訪れたというのは、そんな都市の改造風景を観に行くというのが大きな目的だったのです。東西ドイツが統合するというのは、イデオロギーの問題や東西のGDPの大きな違いもあって、決して楽な道のりではなかっただろうことも学んできた。そんな街の写真も撮ってきたのですが、デジカメもスマホもあったわけではないので、カメラは当然フィルムカメラと使い捨てカメラをたくさん持って行くというようなことですから、写してこれる写真の枚数もおのずと限られるということです。おまけに現像・紙焼きプリントなどにかかる費用もばかにはなりませんでした。その旅行で訪れたロンドンとパリのネタは、また日を改めて書くことになるかもしれません。
2019.08.25
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わたしが住む京都市の ”桂” というところには、一部ちょっと変わった町名がある。それは、艮町(うしとらちょう)と巽町(たつみちょう)と坤町(ひつじさるちょう)と乾町(いぬいちょう)という町名です。この4つの町名を並べてみると、その町名が干支(えと)の方位を表して言う言葉だと気づく。つまり ”艮(うしとら)=丑寅(うしとら)=北東” ”巽(たつみ)=辰巳(たつみ)=南東” ”坤(ひつじさる)=未申(ひつじさる)=南西” ”乾(いぬい)=戌亥(いぬい)=北西” ということです。もちろんこの方位は、”子(ね)を北に比定” してのことです。これらの町名はいつの頃から存在していたのか? この方位を表す町名はどこを中心基準にしてのことなのか? などはまったく分かりませんが、ちょっと面白い町名だと気づいた。調べてみたい気持ちはある。町内の長老か誰か、長年桂に住んでいる人で、このあたりのことに詳しい人がいるかもしれない。地名や町名の不思議みたいなものは、どこにでもあるのでしょうけれど、我が住まい居る ”桂” でちょっと気になる町名だったので取り上げてみた。
2021.09.26
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『テリーズ・テリー(Terry’s Terry)』という日本のギターメーカーがある。その歴史は、定かではないが半世紀近くにはなるのではないか。このギターメーカーの主宰者は『テリー中本(中本輝美)さん』という、元は ”YAMAHA” に在籍するアコースティック・ギター専門のギター製作者(ギタービルダー)だった人。その名は知る人ぞ知るという、この世界ではそこそこ有名な人です。現在ネットの情報では、この『テリーズ・テリー(Terry’s Terry)』のギターは注文してから完成納品まで4~5年もかかるのだそうで、すごい人気があるようです。日本の有名ミュージシャンたちが何人もこのメーカーのギターを使用しているという。因みに価格はもちろんいろいろあるのでしょうけれど、中古品で140万円近くはしているようですから、もう私なんかには「お呼びでない!」という無縁の世界ということです。なぜ唐突にこんな話しを書いているかというと、この中本輝美さんが作ったYAMAHA時代のギターを、わたしは1本所有しているのです。もちろんその頃のこの人が製作したギターは百何十万円もしたわけでは全くない。それでもそこそこその時代(50年ほど前)では高級品としての価格は付いていたと思います。そのギターはこの『ねごとブログ』にも何度か、手持ちギターの紹介として登場しています。その製品名は『YAMAHA FG-2500』という1972年製の12弦アコースティック・ギターです。サウンドホールの正面には、中本輝美さんの直筆サインが書かれているのです。ただこのギターわたしには使いこなせなくって、ほとんど手にすることはありませんでした。
2022.05.04
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奇数月に年6場所『大相撲』は開催される。そして今は名古屋場所の真っ最中です。大相撲ネタでは ”溜席の妖精” さんのことを書くことが多くなっていたのですが、この名古屋場所の前半では現れなかったと思う。私が見つけられなかっただけのことかもしれないけれど。ところが、その彼女が7日目に初めて姿を見つけた。テレビの画面にはなかなか映りにくいところにいらっしゃった。これまで観戦されているときの姿勢すがたは、例外なく毎回同じで背筋を伸ばして凛として正座をされていて、ほとんど微動だにされないように見受けていた。しかし今場所見つけた ”妖精” さんの姿勢はちょっと違った。背筋をピンと伸ばして微動だにされないのは同じだったのですが、正座はされていなくって膝を揃えて立てておられました。段差に腰かけているか低い腰かけに座っているように見えました。誰が考えてもその方が正座よりは楽だろうということは分かる。でもなぜかしら、いつの間にやら姿を消してしまわれました。大相撲ネタが続きましたが、ここのところズ~っと、そんなどうでもいいことが気になる、テレビで見る大相撲観戦になっているのです。
2022.07.17
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日々の食品買い出しに行くスーパーはほぼ決まっている。そのスーパーの新聞朝刊折り込みチラシが一日おきくらいのペースで届く。まことに所帯じみた話になりますが、チラシの中でもそれだけは一応チェックしているので、その時々の食品の価格相場は大体わかっているつもりです。ということは、おのずとその日の安くなっている食材を目当てに買うことになる。我が家の食生活で欠かせないのが野菜、中でも生野菜は必需と言っても良いくらいです。トマト、キュウリ、レタス、キャベツ、玉ねぎなどが中心になりますが、ホウレンソウなど青菜系の野菜、そしてニンジン、カボチャやほかにキノコ類などのように少し火を通した野菜も必要なのです。胡瓜は安くなってきているようですが、しかしここにきて野菜特に白菜の値上がりには閉口してしまいます。ま、白菜は冬野菜ですから仕方ないのかもしれません。かように日々夕食準備を任されているわたしとしては、同じようなものが食卓に並ぶことになって、献立などで悩まされることが多いのです。
2024.07.08
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急に何を思ったか、紫式部の『源氏物語』を読みたくなった。現在放送中の大河ドラマのせいでは決してない。もちろん過去にその物語の一部分は読んでいるのですが、全文は読んだことはない。海外では、なんでも45か国の言語に翻訳されているとも聞くし、外国人にも大変な人気だそうである。それなのに日本人のわたしが、それを読んでいないのは問題ではないかと思ってのことです。どうも『源氏物語』と言われると、学校の授業で学ぶモノ(と言ってもほんの少し齧るだけ)とのイメージがついてしまって、全文を読むことなどなく今日に至っているのです。「やはりここらで本気になって『源氏物語』読んでやろうじゃないか!」という事です。思い立ったら即行動ですが、何を買えばいいのか? 谷崎潤一郎か円地文子か与謝野晶子か、角田光代か田辺聖子か、やはり瀬戸内寂聴か? という事ですが、瀬戸内寂聴さんのモノが一番読み易そうと勝手に判断して、それを買うことにした。ハードカバー10巻のしっかり読み応えのありそうな大量書籍です。文庫本のモノも有るのですが、フォントが小さいかもしれないと眼鏡を掛けなければならない面倒臭さがついてまわるので、それを避けたという事です。もうあと数日で届くでしょう。
2024.08.31
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話し言葉の中で「綿々と・・・・」と語られることをよく耳にしてきましたが、あの『綿々』は『連面』の間違いで誤用だと思っていたことが過去にありました。もちろん今では、そのどちらの言葉も間違いなどではないという事は分かっています。そこでもう一度おさらいをしておきます。<<「連面(れんめん)」と「綿々(めんめん)」は意味は似ていて、どちらも物事が途切れなく続く様子を表す類似した言葉です。ただし多少ニュアンスが異なります。「連面」は歴史・伝統などが切れ目なく、長く続く様子に重きを置いています。それに比して『綿々』の方は、細く長く糸を引くように続く様子を強調するのです。つまり・・・・『連面(れんめん)』:歴史、血脈、伝統など、途切れることなく続く様子(例:連綿と受け継がれる伝統など、ほかに草書体の文字などで流れるように続けて書くことも)『綿々(めんめん)』:細く長く、いつまでも続く様子(例:情愛綿々など)>>つまりどちらの言葉も ”細く長く続く” という意味で共通しているので、その時々の文脈に併せて使い分ける必要があるのです。少々乱暴にぶっちゃけていうなら、「どちらを使っても大きく間違いという事はなさそう」な言葉です。
2026.03.13
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アントニオ・ヴィヴァルディの『四季』という、みなさまご存じの楽曲が有ります。この組曲形式の楽曲はヴァイオリン協奏曲集『和声と創意の試み』作品12曲の内、冒頭の第1~第4曲を「春」「夏」「秋」「冬」と名付けた総称です。それぞれの協奏曲は3楽章から構成されていて、この冒頭の4曲をまとめて『四季』と呼んで知られているのですが、ヴィヴァルディ本人が称したことはないらしい。そのように命名したのは後世のことのようです。でも、楽曲を聴いてみると「春」「夏」「秋」「冬」の各情景が見事に描かれていますから、ヴィヴァルディ本人も十分にその意識は持って作曲したのだと思えます。それら4楽曲の各楽章にはソネットが付されているが、これの作者は不明とされている。一説にはヴィヴァルディ自身作とも言われている。注)ソネットとは:14行からなる定型詩の形式で、主にヴィヴァルディの「四季」のように、器楽曲に添えられた情景描写の詩(標題)として音楽用語的に使われる。これらのネタは『YouTube』で学んだことです。それはそうとして、早くも今年も4月に突入しましたね!
2026.04.01
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早くも本日で今年2026年の半分が過ぎてしまいます。いまさら言っても仕方のないことですが ”月日の経つことの早いこと” ったら『光陰矢の如し』。毎年同じことを言っているような気がいたしますが、その速さたるや年々加速度的に過ぎて行くのです。この『光陰矢の如し』と同義の言葉ではどんなのがあるか? 検索してみた・・・、すると『歳月人を待たず』(さいげつひとをまたず):年月は人間の都合を待ってくれず、どんどん過ぎ去ってゆくという意味。『月日に関守なし』(つきひにせきもりなし):旅人を取り締まる関所に番人が居ないように、月日は誰にも引き留められることなく素早く過ぎ去ってゆくという意味。『白駒の隙を過ぐるが如し』(はくくまのひまをすぐるがごとし):白い馬が駆け抜けるのを戸の隙間から見るように、あっという間に時間が過ぎてしまうという意味。『烏兎怱怱』(うとそうそう):月日が慌ただしく過ぎ去ること。『一刻千金』(いっこくせんきん):時は非常に価値のあるものだから、時間を大切にすべきという戒め。以上ような言葉がいろいろ出てきました。知っている言葉も有りましたが、知らなかった言葉がいろいろあって勉強になるというか、自分の生活に活を入れられているような気にもなりました。
2026.06.30
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トイレに架けてあるカレンダーを見ると、7月の2日のところに小さな文字で ”半夏生(はんげしょう)” とありました。(二十四節気の七十二候のうち)この文字を ”はんげしょう” との読みは知っていましたが、詳しいことは何も知りませんでした。調べてみることに・・・、<<毎年「夏至」から数えて11日目にあたり、例年7月1日~3日頃の間で変動する。今年は7月2日つまり本日です。かつては農業にとって「この日までに田植えを終わらせる」という非常に重要な最終期限の節目とされていた。道理で近辺の田んぼはほとんどすべてが田植え済みでした。この ”半夏生”という名前には、主に3つの由来があるという。ひとつ:「半夏(カラスビシャク)」という薬草が生え始める時期であること。ふたつ:「ハンゲショウ(半夏生)」という植物の葉が、お化粧をしたように白くなる時期であること。みっつ:「暦」夏至から11日目にあたり、田植えを終える目安の時期であること。農作業の区切りとして、各地で無病息災や豊作を願う食べ物(行事食)が親しまれている。関西地方では「タコ」を食べる習慣があるという。タコの足のように稲がしっかりと地に張ることを願ったものだということです>> 以上。つまり農作業に深く関わった区切りの季節の言葉だということです。
2026.07.02
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明日10時30分と11時に、京都大学病院の診療予約(2か所)が入っています。その診療予約時間までに、採血と採尿を済ませなければなりません。この採血をするのに物凄く順番待ち時間が多いので、かなり早くに病院に到着していなけければなりませんつまりそれほど午前中からの採血は混んでいるのです。したがってその診療予約日の前日、つまり混みあっている時間帯を外して、本日の午後くらいの空いている時間帯に済ませておこうと考えているのです。こんなことも、何度もこの病院に通ってきたから思いついた手段なのです。ただし2回通わないといけないということです。ま、そんな待ち時間の苦労くらいは ”あまり忙しくない” 今のわたしの日常生活だと、大した問題ではないのです。何よりも明日の医師の診断で、経過良好で何も問題が無いことを告げられることが、何よりも重要なことです。
2026.07.21
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昼寝をする時などにBGMとして流す音楽を ”YouTube” で、見繕っていたところ、曲の間にCMが入ることが多くて、そしてそれがとても長いもので、とてもBGMとしては使えないことが分かった。つまり昼寝をしていられないのです。そこで ”YouTube” のあれこれメニューを見ていると、【広告なし】の表示があるものが時折あることが分かった。そのほとんどがクラシック音楽のものですが、ジャズのこともまれに有る。それはそれ、ちょうど昼寝の時のBGMには持って来いという事ではあるのです。どうしてもCM(広告)が曲と曲の間に入るとか、酷いのになると曲の最中に広告が割って入るということも有って ”興覚め” するのが激しく、その広告が延々と長いものがあったりして、うんざりしてしまい昼寝どころではなくなって、腹立たしくもなってしまうのです。【広告なし】表示のプログラムがあるということは、私と同じように途中に入る広告のことを ”邪魔だ!” と思っている人がたくさんいるということなんだろう。
2026.07.21
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