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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下--冬の間こつこつとすることがあります。庭から落ち葉をかき集めて、堆肥を作ります。ごく最近までそんな基本的な堆肥の作り方さえ詳しくは知りませんでした。 よく完熟堆肥は土地を改良するとか、くさくないとか、大地の匂いがするとか言いますよね。堆肥ができるときに熱を発するとか、湯気が出てるとか、殺菌されるとか。 ホントかなーって思っていました。堆肥なんて、たかがごみを掃き溜めて置いて時々しめりっけをやればいいのだとくらいに考えていたのです。ところがそうではないということを知りました。ちゃんと科学的な理論も具体的方法もあるんですよねー。 写真はユーカリの葉っぱたぶん二メートル四角くらいはあるでしょう。それに剪定した青物のカス、あるいは芝生の刈ったものの山。これが3対1ぐらいがちょうどいいんだそうで。これをよく混ぜ合わせる.そしてジョウロで散水する。このちょうどいい加減さが決め手、びしょびしょではだめ。乾きすぎていてもだめ。よく発酵促進剤なんか売ってますがあんなものいりません。一握りの黒土をパラぱらっと振りまき10センチくらいずつつんでいきます。石灰や骨粉、何とかかんとかは入れてもいいし入れなくても発酵はすすみます。ちゃんと湿度が保たれてうまくいくとなんと翌日には50度以上にもなり、手が入れられません、熱くて。これは好酸素菌による発酵で一週間くらい続きます。ここで切り返すともう一度少しの水分加えて、再度高熱になります。そのあとは、別の化学反応が起きて葉っぱや小枝の硬い成分が分解されていきます。ですから基本的には、一ヶ月ほどで黒いもろもろの完熟堆肥に変わってしまいます。それでこれを畑に入れるわけです。ミミズが生えます。根はりもいいですよ。
2007.08.16
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- しばらくぶりにブログに帰ってきました、すみませんあまりお便りがかけませんで。 このところこの地では旱魃がひどくて、一ヶ月待っても雨がまったく降りません。水道の使用制限が出ています。我が家でも困って雨水をためるタンクを設置しました。 今ではたまっているタンクの水を大事に大事に外での洗い物に使っています。靴の泥洗うとか、車洗うとか。畑の野菜洗うとか。 ラッキーにも設置してまもなく雨が一回降りタンクに水がたまって、そのあとは一ヶ月たってもまったく降りません。このままだと貯水池の水は底をつくだろうといわれています。シャワーは4分以内に終了のことと、お達しが出ています。この写真は我が家の家の裏に設置した5,5キロリットルのタンクです。運よくいっぱいに雨水がたまっています。少しずつ使っています。 日陰で建物の影なので、赤と白(クリーム)のポインセチアが元気にいろづいていますが、乾燥にやられてしまうかもしれませんね。自分にとっては、今では、家の周りの花や木々、小鳥や自然の姿が何よりも大事で枯れてほしくないと祈っていますが。これは、子供育てるのと同じ気持ちです。元気でいるだろうか?病気してないだろうか、風邪に負けてないだろうか?と。 世界中の人々が、人を愛し、豊かな自然の姿を大事に思う心を大切にするなら、平和な社会、平和な地球が保たれると思うのですが。紛争地域を見ると残念でなりません。年取っていくやぶ医者にできることは、現在やっている何人かの発展途上国のフォスターペアレントを続けていくことと、若い世代の健康、安寧を祈ることぐらいになりました。みんな、元気でやれよー、また書くからなー。というわけでした。
2007.07.27
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下--お久しぶりです。ちょっと忙しくってかまってられませんですみませんでした。スローペースでアップロードしていきますね。 ザックはサイモンの家に飼われている雑種犬です。かれこれ4年か5年になります。彼が飼われる前のジョーイという名前の犬もよいお友達でした。ジョーイは年寄りでビッコを引いていて、痛々しかったのですが、お隣の私のところにやってきては棒切れを口で渡して投げてくれと催促するのです。年寄りの犬でしたが、かわいくて、遊ぶのが大好きでした。でも病気になって、サイモンのところから天国に行ってしまいました。 その後やってきたのがこのザックです。彼は元気満々、遊びたくてしょうがありません。サイモンは電線関係の仕事が忙しくてなかなか昼間家にかえってきません。独身なのです。それでまた、ザックも私のところに来て遊んでくれと催促するのです。カメラが嫌いで写真撮ろうとすると、逃げ回ります。でも人間好きでテニスボールからゴルフボール、棒切れなんでも遊びます。サイモンはあまりこの犬をかわいがっていない様子です。でもサイモンが帰ってくる夕方は一目散にかけていくザックがいじらしいとも思います。ザックはサイモンが帰宅するまで,門のところでじっと何時間でも待ち続けていることがあります。ですから私が遊んであげるのです。今ではジョーイがやっていた棒切れ遊びをザックも覚えました。投げてくれっていつもくわえてやってくるのです。 今では私たちはとてもいいお友達です。私がランニングするときには一緒にかけっこすることもあります。一周するのをよくずるけて途中からショットカットしますが。賢い犬です。オーストラリアからでした。
2007.06.26
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- ちょっと忙しくって、更新サボりました。これからもよくサボります、は、すみません。 パッションフルーツはご存知ですよね。よくありますのは紫の皮のちょっと中身のすっぱいやつですが、この黄色のパッションフルーツは味は絶品です。甘いんですが、香りがよくて、懐かしい青春の思い出のような、熱帯の果実のような、一度食べたら忘れられません。これみんな地面に落ちてひろって歩くんです。熟すと落下してくれるので、収穫は楽なもんです。ちょうど大きめのニワトリの卵くらいで、色からして金の卵みたいで、一回で麦わら帽子にいっぱい拾えます。 バニラアイスクリームにかけて食べるのがすきです。他にもゼリーに入れたり、ミックスジュースにしたりと、使い方はいろいろ。困ったことに、オウムがやってきては、甘いやつから食べてしまいます。それでも我が家は、自然の味楽しんでいます。肥料・特別何もいりません、消毒もいりません。また、面白そうなことあったら、お知らせ申し上げます。 ちょっと忙しくなっちゃったんで、ブログあまり見てられませんが、数々のご無礼お許しください。 ヒゲでした。
2007.06.13
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- これ見てください。これもブーゲンビリア、タンゴという名前のちょっと変わった品種です。 これも7年位前に数百円で買いました。小さい間はあまりぱっとしない品種でしたが、ちょうど植えたところが少し湿ったところだったのが良かったのか、どんどんと大きくなり今では横に2,3メートル伸びて大株になりました。余分な枝を剪定して、花のトンネルになるように幹を伸ばし頭がつっかえないくらいの高さ。このはなの特徴は、咲き始めが濃いオレンジで、日にちたつにつれ赤くなり徐々にピンクに変身していきます。華やかです。満開に咲いたときには日本の霧島つつじの大株を連想させます。
2007.06.11
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- 純白のブーゲンビリアもいいもんです。ホワイトカスケード(たぶん白い花が咲きこぼれる様をいっているのですが)という名前のこの小さな株が、こんなに子孫を増やしてくれるとは思っていませんでした。 地植えにしたところ、どんどん大きくなって、高さ2メートルに達し、とうとう切り倒す羽目に。切る時にそのシャープな棘で、手を切ったり、一輪車のタイヤがパンクしたりと、大変でした。しかし、途中で挿し木などで増やしたその兄弟たちが、またこのようにすくすくと成長してきています。何回も一年に花が咲くところが良くて、かわいいのです。花が終わったら、剪定して樹形を整えてやると、また数ヶ月でつぼみつけて、このように咲いてくれます。 どうですか?お気にいって下さいましたか?
2007.06.10
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- 我が家には、たくさんのブーゲンビリアが植わっています。その多くは、7年も前に気に入って買ってきた鉢植えの子孫です。 もっと正確に言えば、挿し木で育った兄弟たちです。ブーゲンビリアの挿し木はちょっと難しいかもしれません。成長ホルモンをつけて、用土に挿して、乾かないように毎日見てあげなくてはだめです。愛情と根気が必要です。子供育てるみたいなもんです。発根してかなりしっかりしてから、普通の用土に植えて、シュートが立つまで待ちます。シュートが立ったら、いらない枝をきって、アップライト仕立てにします。大きな藪にしてもいいですが、管理が大変です。このように一本仕立てにしたら、うまくいけば一年に2回、3回と花つけてくれます。 確かこの木の名前は、カルフォニアンゴールド。太陽に輝きます!!
2007.06.09
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- ちょうど、ポインセチアの花が家の周りにいっぱい咲くころに、このスノーフレイクスの花が、時を競うように咲き誇ります。 ポインセチアはほとんど香りがしませんが、この純白のスノーフレイクスは、かすかに甘い香りがします。スノーフレイクスとは、雪の結晶、といった意味でしょうか。その白い花は、寒い日本で降る、かっちりした雪に似て、一つ一つの花弁がきりっとしていることから、名づけられたものと思います。 ポインセチアの木と同じくらいに大きくなります。 挿し木でこれも増えて、庭の華やかさを増してくれます。この木は、高さ1メートルくらいです。ところ変われば、花も変わる?
2007.06.08
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- ごらんのポインセチア、日本ではクリスマスのころにお店で売られますね。ここでは、地植えで大きくなって、何年も生き延びます。 下手をすると屋根に達するくらいに大木になってのこぎりで切る羽目にもなります。挿し木でよく増えるので、家の周りにたくさん植えてあります。 こちらではクリスマスをこちらの冬、つまり日本の夏に祝ったりする習慣がありますから、ポインセチアもこのシーズンに使われますよ。日照時間が少なくなると赤く色づきます。ほっておいても。
2007.06.07
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- このグレープフルーツの苗木はもう6年も前に買いました。でも植えてから何度も枯れそうになったのです。極端に乾燥する気候ですから、枯れそうになったら、ほりあげて鉢に入れて毎日水やりました。何年かして地植えで新芽が吹き、強いシュートが出て、一安心。買ったときには、ルビーと書いてあったのでしたが、実際は黄色の普通種、でもそんな経過をたどったこの木が 枝もたわわに甘い実を付けてくれるので。かわいいのです。高さ2メートルあまり、どれくらい伸びていくでしょうか?たのしみ。なっている実の数?たぶん20 個くらい? かわいいからあまりとって食べる気にならないのですが。
2007.06.06
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- わが敷地の中には、数多くの鳥の羽が落ちています。 朝散歩していると、昨日か夕べに繰り広げられた、自然のドラマを想像できて面白いのです。白いのはたぶん鶴の仲間、小型のアイビスっていう、鳥の羽根です。この鳥は、湿地にいるミミズや土のなかの昆虫を食べにやってくる。 しかしこの頃、人を恐れずに、ごみあさりに来るので嫌われ始めている。空を5,6羽で飛んでいく姿は、日本の鶴の飛来する姿に似ていて、すきだ。 このほかにも、赤やきいろのはっとするほどきれいな羽がたくさん落ちていることがあります。また見つけたら、写真お見せできますね。
2007.06.05
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これから、不定期にこの土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 時々休んだりします。--オーストラリアの田舎の青空の下-- 「ドーターズバスルームに異常な湿気あり、そのほかの基礎、内壁にはシロアリの侵入可能性は無し」「ウンーン、これってどういう意味だろうか?」家内と考え込んででしまった。分厚い報告書が送られてきた。「要するに古いから、全部は保証の限りでないってことか?」「私はあまり気に入らないの」と家内は言う。しかし、田舎が気に入ってきたわけだから、ぴっかぴっかのニューホームを期待していたわけではなかった。それが自分の本心だ。「まずいとこ手直しして住みたいな」自分は家内に言った。数日後弁護士から電話がかかった。「どうでしたか?天井裏は?」「あれは相当古いですよ。気をつけたほうがいいですね、ま一応シロアリはいないってことですがね」「値段はどんなもんでしょう?あれよりは負けられませんか?」「もしどうしても購入して住みたいっておっしゃれば、その手直ししなければいけないとこの分を値段からさらに差し引かせてお話してあげられますが」「おいくらくらい?」「さらに一万ドルの半分くらいって言ってます」すると最初に一万ドル、さらに五千ドルってわけか。そして、私は家内と一晩中話し合って、買うことに決めたのだった。一度決めたら、気分が楽になった。あのカルガモの雛のいる沼がある、古い木立に囲まれた自然いっぱいの田舎の家に住むことができる。心地よい夢見つつ、眠りに落ちていったのであった。
2007.06.04
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これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 --オーストラリアの田舎の青空の下-- 「でどうでした?」知り合いの弁護士が訊く。 「古い、汚いそんでもって、言い値が高いんじゃないっすか?」「そんなもんでっしょ」彼は最初っから予想してたんだ。 家の販売シーズンはもう終わりに近い。きれいな家、割安な家、便利なところにある家は競争率も高いし、クリスマス休暇そこそこに商談が成立して今はもう引越しの段階のはずだ。 そこへいくとあのテリーおじさんの家は完全に出遅れ、売れ残りのがけっぷちってわけだ。「あわてないほうがいいですよ」 弁護士の彼が言う。 「そうねえ、でもあちこち見て歩いて、あそこだけは場所が気に入ったんですがねー」「まだ出ますよ、待ってれば」彼はなかなかいいひとだ、クライアントのこと心配もしてくれてる。 でも以前に言われた言葉も思い出すのだ。「探してみているだけで一年経っても家が決められない人もいますからねー」 「じゃあねこうしましょ、ペストコントロールの人雇って、物件の検査証作らせましょ。それで最終判断されたらどうですか?」 「どうするんです?」「建物のどこかがシロアリに食われてないか、基礎はしっかりしてるか公式の証明書を作らせるってわけですよ」「ほう、それはいい」「それでもって、私もそのときに付き合って、家の中見てチェックしてあげましょう。屋根裏だってちゃんと壊れてないか誰かが見ておかなくちゃいけないでしょ?」 「それで、あたりの平均的な値段を参考にして交渉したらいいじゃないですか」それで結局、弁護士の彼に頼んでこの物件を買うかどうかの最終チェックをすることになったのだった。 んじゃがあの日、別れ際にテリーに言われた言葉がずしんと利いている。 「おれたちが自分で契約したら、不動産業者に払う手数料分浮くんで、1万ドル分安くしときますで」テリー親父もなかなかの玉だ。 「ウーン、騙されてるんか?うまい話か?わからん」
2007.06.03
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これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 --オーストラリアの田舎の青空の下-- ドーターズ(娘たちの)バスルーム?鉄平石を張り巡らしたバスタブにシャワーだが、若いネエチャンが入るにはどこか古めかしすぎる。 たぶん何代か前の人が作ったときにはお金かけただろうけど、今となっては流行おくれの感が否めない。ちょっと自然石がぬるぬるしてるのも気持ち悪りーぃ。 その奥のメインの寝室には、もう一個夫婦用の風呂があって、なんとピンクのジャグジーバスタブ。んじゃが、金属の吹き出し口が緑に錆びてるぞー。 家内の顔からもあまり芳しいサインは出てないようだ。 目線であっちこっちと情報を送り、日本語のみで印象のサインを交わす。そこらへんは慣れたもんだ。わかりっこない。 やっぱりみんなが買わなかったわけがあったんだなと自分は内心合点をしたのだった。 するとどうだ、「ココにもきれいなステンドグラスあるよー」って、かわいい声。指差して話してくるのは、なんとまだ小学生低学年と思しき金髪のお嬢ちゃん。 たしかシェリーちゃんといったか。指差すのはメインの寝室への入り口にはめられたこれも同じ趣味の装飾ガラスだった。 笑っちゃうのをぐっとこらえて「ははあ、このむすめ、さては夕べ親父に仕込まれたなァ?」内心思った。売れ残ったら困るから、何とかしてこの商談まとめようかと家族会議を開いてたに違いない!シェリーちゃんは、こんな雰囲気を敏感に察して、援護射撃に打って出てきたって寸法だ。 年のころたぶん6,7歳、セールス精神旺盛の大サービスってわけだ。この俺が、玄関脇のステンドグラスの飾り窓を「きれいだ」ってほめたのを子供心に敏感にキャッチしたのに相違なかった。 返事は後程ってことにして、我が家に帰ってきた。そんでもって、家内と二人で笑ってしまったのだった。「また売れ残ったら困るー」ってきっと話してるよって。 つまり、ここら辺の不動産物件はクリスマスから1,2ヶ月が売買のチャンスってわけだ。このホリデー中に物件見て回る人が多いから、売りもんもたんと出る。このシーズンが終了すると、また一年待たなくちゃ売れない憂き目にあうのだ。 俺の勝ちー!!というわけだ。べんべん。
2007.06.02
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これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 --オーストラリアの田舎の青空の下-- 家内と自分はうちの中に招き入れられた。 ん?どこーか古めかしい。内装が暗いからか?天井の電球が全部白熱球だからか? 家の中央部には、かなりの歴史ものの暖炉があって、不ぞろいのレンガが天井まで続いていた。 見るからに馬を飼ってた昔の家主が、ここでブーツを脱いで足を暖めたんじゃないかといった雰囲気である。「ベッドルームは?」と聞くと、奥さんのアンナが案内してくれた。 むすめが3人もいるらしい。年頃のむすめ3人いたら、もうちょっときれいに暮らしててもいいんじゃない?て言うのは日本人テキ発想だ。オージーは違うものさし持ってるってことだ。窓辺の桟にはほこりがたまりまくり、タイルの目地も薄汚れている。 日本のマンションのきれいな内装でも想像していたとしたら、とんでもないギャップにきっと心臓が止まったことだろう。日本人はどこに住んでもきれいに掃除して、きちんと家具を置いて清潔に使うから借家人としても評判がいいという話を聞いたことがある。 ところがどうだ。アンナと来たら、自分はストライプのスーツ着ているのに、家の中はまるでゴタゴタだ。掃除などたぶん数ヶ月はやってないというご様子。このギャップに内心自分は状況が良く飲み込めないで、頭の中がぐるぐると空回りしているみたいだった。 つまり、家を見せてほしいといった人が来るので、自分はとりあえずよそ行きの格好して待っててくれたってわけ?昼飯、まさかスーツ着て食うわきゃないもんな、とこりゃまたいろんな憶測だ。 ステンドグラスの飾り窓がついているではないか。この古めかしいボロ家に似つかわしくない。何代かに渡って増改築されたと見えて、片やすっごく古めかしいむき出しのレンガの壁があるかと思うと、モダンな飾り窓があったりするのだった。 ただひとつ、家内が目を留めた場所がキッチンだった。 厚さ5センチはあるかという磨いた御影石(グラナイト)のキッチンベンチトップだ。自然石である証拠に、石の結晶がきらきらと光り、手で触れるとひんやりとして心地がいい。これだけは本物だ。それも会い向かいにこっちに3メートル、反対側にも3メートルの広々とした台所だ。 テリー親父は?と横目で見ると、こっちが気に入ったかどうか心配なご様子。 気に入ったとは口裂けてもいわないぞ!拙者はそう内心固く誓うと風呂場に案内されたのだった。
2007.06.01
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これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。 --オーストラリアの田舎の青空の下-- 「遠くビクトリアから来た夫婦が買っちゃうかも知れんですぜ、先に」テリー親父が電話の向こうでつぶやくのが聞こえる。「その人たち、気に入ってたようですか?」 「また見に来るって言ってたですぜ」「んじゃ、私たちも一回物件見せてもらっていいですか?」 多少、脅しも入ってるな。テリー親父の口ぶりから分かるんだ。こっちがいくら素人でも。 「ほいじゃ、いつにする?明日?あさって? あさってでいいよ、うちに居るようにするから」こんな感じだ。素人っぽい。まさかペテン師とも思われない。だって金だけとってトンずらしようにも家屋という物件は持って逃げられんだろう。そう思うとちょっと元気が出た。それに見るだけはただだ。 決められた日には門は開け広げられていた。どうぞ入ってください、っていう感じに。入っていくとあの沼地がまぢかに見てくる。そこで、私は信じられない光景を目の当たりにしてしまった。 オオ、なんとカルガモのヒナの行列だあ!! 黄色に栗毛のしましまのある、あのカルガモの赤ちゃんが5羽、7羽いや10羽あまりよちよちと侵入者の方向を気にして親が沼地の中に引き連れていくのが見える。 そうなんだ、ここはオーストラリアの田舎なんだ。まて!まてまてまてー!こんなことでおったまげていては、テリー親父の思うツボ。 頭を冷やせあたまを!!そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせなくてならない。 こういうのが、初心な日本人には毒だ。"ここに住みたい病"にかかってしまう。ペテン師に引っかかるなよ!!へその周りに力を入れる。 案の定、ボロ家だった。なんと、玄関がないではないか! ノックすると、ガラガラっと引き戸を開けて、テリーが顔を出した。赤ら顔の中年男、典型的なオージースタイルである。半ズボンにたらたらの半そでシャツのいでたちだ。お決まりのオージー挨拶、引き続いて奥さん?オイ、なんとこの奥さんがスーツを着ているではないか!!どうなってるのこのご家庭?? といった塩梅でで、一世一代の交渉ごとが始まったてわけだ。
2007.05.31
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これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。--オーストラリアの田舎の青空の下--あのときはまだ気がつかなかったのだが、普通なら○○リアルエステイト(○○不動産)といった看板がカラフルに立てられていて然りである。売り物件なんだから、高い売り物なんだから。んじゃが、まてよ、あれはありあわせの板に、確かどこかで拾ってきたような、FOR SALEの張り板引っ付けただけの看板じゃなかったかぁ??思い出すと、思い出すほどどこか変だ。そんでもって、CALL TERRY !!と来てそのあと携帯電話の番号だった。オイ、素人販売か?アブネー、アブネーそれで売れ残ったってわけか?なんとなく合点がいった。まさか野菜の販売じゃあるまいし、自宅の販売するんに出たとこ勝負の青空市っちゅうのも腑に落ちない。それで、知ってる弁護士に相談をかけた。何でも、「見るんはOKだけども、絶対にサインはしちゃあいかん!」と言った。「オーストラリアっちゅうとこは、ペテン師が多いからねー」ってのたもうた。おいおい、大丈夫か?家内もどこか半信半疑で、「ホント?大丈夫?」ってな感じだ。ところが、肝心の自分のほうが、一目ぼれの、病気状態だ。かすかに見えた敷地内の沼地がちらちらとまぶたに浮かぶ。何本もある大きなユーカリの木も思い出す。とにかくその田舎道のドン詰まりにあって、最も小高い位置からして、一番古くから入植した人の建物に違いない。2軒、3軒手前のものに比べて、地勢が一番いい、日当たりも一番いい。だめだ、こりゃ、病気だ。自分でも分かってた。そんでもってどうしたかって言うと、テリーってだんなに電話することに決めたんだった。
2007.05.30
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これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。--オーストラリアの田舎の青空の下--今住んでいるこの家を見つけたのは偶然だった。もう7年も前のことである。家内と一緒にいつも、時間を見つけては運動をかねてウォーキングをしていた最中のことだった。とある田舎びた曲がりくねった道を突き当たるとそこに「家売ります」の看板が見えた。道路は舗装はされていたが、上ったかと思えば下り、ところどころにはお馬ちゃんの落し物、お世辞にも高級住宅街とはトーテイ縁のなさそうな町のはずれだった。何十年も前に建てられたと見える電柱が、ずーっと一定の間隔で道の両脇に立っていた。何が一番みすぼらしくしているかといえば、垂れ下がった電線である。その電線に、ワライカワセミがとまっていたりするところが、オーストラリアなのだ。ところでこの看板の家、どーみても高級そうな家に見えない。この家の概観を悪くしているのは、土地の前に立つ二本の古い電柱である。何でこんなに電柱が傾いているんだろうかと首傾げたくなるほど、右にかしいでいる。それが二本とも同じ方向に傾いているってわけだ。おまけに、申し訳程度についている門のレンガから、雑草が伸びているのにはガッカリを通り過ぎて、ツイ微笑んでしまった。この家の二軒手前と三軒手前にも不動産業者の家屋販売の看板が立っていて、それらはいずれも売却済みと、契約中の追加の張り紙が貼られていた。つい最近まで売りに出ていたに違いない。ということは、同じ時期に同じエリアで売りに出てて、この物件にはまだ買い手がついてないということになる。まず、買いに来た人たちは必ずどの家も一通りみて回るに決まっている。だから、これは売れ残ったのだ!高いのかァ?どこか欠陥があるのか?はたまた、交渉が決裂する原因がいくつかあったのだろうか?と想像をたくましくして土地の中を覗き込んだのであった。すると、子供のものとおぼしき自転車が段だらの芝生の斜面に横に倒してある。その生活臭のする暖かい光景。こんもりと自然の木立に囲まれた閑静な趣。即決はしない主義だから、その日は帰った。でも何か引っかかる、思い出す、思い詰める。実は自分は恋をしてしまったらしかった。
2007.05.29
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動物たちが語りかけてくるオーストラリアから --生き物たちの詩--翌朝になると、夜明けを待ちきれないであの取り付けた巣箱を調べに行った。まだじっとして中にいるだろうか?それとも親子で入っているだろうか?樹下に近づくにつれ、胸は高鳴る。 朝早くから小鳥たちはそんな気持ちを知ってか知らずか、朝露のこずえからこずえへとさえずり渡る。 恐る恐る幹にのぼりあの巣の入り口から目を凝らして中の様子を伺ってみる。 いるか?いるだろうか? しかし、中にはあのぼろきれがちょこなんと残されているだけだった! 辺りを見回しても、夜明け間もない冷え冷えとした空気の中に赤ちゃんポッサムの気配すら感じられなかった。 行ってしまった。帰って行ったに違いない。 赤ちゃんポッサムは、きっとお母さんに行き会えたに違いない。そう思うとそれまで心配していた心の張り詰めていた緊張の糸がふっと切れたような気がした。 一人で歩いてどこかに行ったとはとても思われない。手も足もまだ、ゴリゴリの荒っぽい木の幹に爪たてるほどは発達してはいなかったからだ。お母さんの背中にくっついて帰って行ったに違いない。 朝食のあともずっと、そう思うように自分に言い聞かせていた。「きっとお母さんに行き会えたんだよね」子供もそうぽつりと言った後は、もうしばらくの間は赤ちゃんポッサムのことは話さないようになった。 車で通るたびに、今でもついつい目がその巣箱のある方向に向く。空っぽになって、たった一晩しか赤ちゃんを入れていなかったあの巣箱に。今は、寂しくぽつねんと木の幹に縛り付けられているその巣箱に。 きっと、お母さんに行き会えて、幸せになったに違いない。そう信じているのだ。 「夜の散歩に行こうか!」夕ご飯が過ぎるといつも、子供と一緒にもうすっかり暗くなった庭の探索に出る。ひょっとしたらあのポッサムの親子に行き会えるかもしれない。 そんな淡い希望も心の片隅には隠されているのである。 (ポッサムの詩、終了します。これから、この土地のこと、生き物や人々との関わりなど思い出深いことを書き続けていきます。)
2007.05.28
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動物たちが語りかけてくるオーストラリアから --生き物たちの詩-- 手作りの巣箱を作ったその夕方、子供と一緒に出来たてのその作品を地面から2メートルくらいの位置に取り付けた。暗くなる前には済ませておかなくてはならない。だって一体何時になったらお母さんポッサムが現れるのかまったく見当がつかないのだ。 ポッサムの四足にはするどい爪が生えていることを知ったら、いろんなことが良く見えてきた。ポッサムは夜行性の有袋類だ。 だから昼間いくら自分が林の中を歩いてみても姿が見えるはずがないではないか。昼間はじっとどこかの巣穴の中で眠っているに違いない。太陽が出ている間、何も生き物が見えないからといって、この土地の中に獣らしきものが住んでいないということではないようだ。 今回のことで、子供も自分もいろんなことを学んだ。そこには、野生の王国のわくわくするような秘密がいっぱい隠されていたのだ 何もみる目が無い者にとっては、この荒れた土地はただの乾燥大地である。しかしポッサムを夕刻見かけた、リキッドアンバーや緑の幹のガムトリーをもう一度良く見たら驚くべきことが見えてきたのだ。 何気ない幹の無数の傷あと、それはすべてポッサムの爪痕である。ポッサムの足の形から分かるのである。 なんと、たくさんの生き物たちが夜の間に活躍しているのだ! 小さいの大きいの、まるで雪の上に残された野うさぎの足跡から、何匹のウサギが新雪のあと通過したのかわかるように、ポッサムの木の登り方が手に取るようにわかるのだ。 それに今まで、何の糞だろう?と思っていた地面の落し物の正体までが見えてきた。雨に晒された糞からは、木の種子や樹皮残渣が多様に見つかり、決してそれは猫や犬のものではないことが推測できた。ポッサムはどうも庭にあるある特定の木の実を好んで食べに来ているらしいのだ。 今夜もきっとやってくるに違いない。 取り付けた巣箱にそっと元気になった子供のポッサムを、ぼろきれと一緒に残して静かにそこを後にしたのだった。 「お母さんに会えるようにね、元気でね」
2007.05.27
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動物たちが語りかけてくるオーストラリアから --生き物たちの詩-- ジョンは我が家の風呂場を直してくれている。彼は大抵のオーストラリア人に比べて極めて時間に正確である。 7時にくるといったら朝の7時の約束には必ずあの自分でエンジンを取り付けたというユート(小型のトラック)に道具を積んで、ガタゴト音をたててやってくる。 彼のひく図面は日本人の目から見ても正確で、人間も信用できる。それは、自分が日本で永年人と付き合って身につけてきた、他人を見る目の、言ってみれば本能みたいなところから来る確信である。他人のものをごまかさない、自分の責任はきちんと守る。 そんな簡単なことが、幼い頃からしつけられていない人間がこの世(この国)にはなんと多いことか。 いやむしろ、オーストラリアだけが特別というわけではない。世界のほかの国だって似たようなものだ。日本人のほうが特別なだけなのだ。われわれは昔からそうやってきちんと暮らしてきた。日本人のもつ長所をたった一つあげよといえば、私は何よりもこの点、この美徳を取り上げるだろう。生き物に対する優しさや、身の回りを汚さない清潔さ、うそをつかない誠実さなんかともきっと奥のほうで繋がっている。民族の長所だとも思っている。 その日本人似の特性を顕著に持つジョンが私に言う。"自然のものは自然に帰してやるのが、一番いいよ"と。 この赤ちゃんポッサムの今後を考えると、まさかバケツでいつまでも飼っているわけにも行くまい。元気になったらなるべく早く母親の元に返してやらねばならない。それがポッサムの幸せ、そしてわが子を含んだわが家庭の幸せというものだ。 当然のことだ。 それで自分は昼過ぎから木材の廃材を使って、ポッサムの小屋作りに取り掛かった。なるべく枯れて雨にさらされた材料がいいだろう。 ジョンは手を出さない。見て通り過ぎるだけだ。廃材を打ち合わせ、入り口に径15センチの穴を開けると、何とかちいちゃな犬小屋のようなものが出来上がった。 かれこれ2,3時間はかかった。そしてこれを針金で、よくポッサムの来ていた木の幹にしっかりと固定するのだ。
2007.05.26
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これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきます--生き物たちの詩-- その中でもとりわけ奇怪な形をして空ににょっきりとそびえ立っていたのが、このベンジャミンの大木だ。まるでジャングルだ。そこは、小鳥にとっては隠れ家であり、営巣場所であり、熟した実を提供してくれる餌場でもある。 根元にはたくさんの気根が伸び、あたかもタコ足のように複雑にからみあって主幹となる最初に地面に生えていた幹を支えている。この気根はお互いに癒着して、長い間には奇妙な穴を残して合体したり空洞を残したり、怪しげな自然の意図さえうかがわせる。植物には意思がないかのように言われるけれども、この樹木を見ていると亜熱帯の風土に適応してまるで専制君主のように歳月を生きてきたかのように感じられるのだ。 かつてこの土地に住み着いた家族は、私の前にも何代もいるだろう。何十人もの人々が喜怒哀楽を乗り越えて、日々の歴史を刻んで行ったに違いない。 ところが、このベンジャミンの大木はそんな人間界の些細な出来事なんか関係ないといった感じだ。 たまたま、自分が今ここに住まわせてもらうだけで、誰が住もうとその土地に最初からいた小鳥やけものや、生えている樹木たちは自分たちの聖域をまもっているのだ。 住み着いた住人は、土地の境界線を変えることも、土地を切り売りすることも許されてはいない。ただそこに自然の一部として住まわせてもらうだけなのだ。 一方、この大木からは、俺は俺だ、勝手に枝伸ばしてどこが悪い!と言ってるみたいな、ある種の圧迫感さえ感じ取ることができるのだった。 あれは確か引越ししてきた日の夕方のことである。この大木の真下に来て四方に伸ばした縦横無尽の曲がった枝のふところの中に入って、うす暗闇の天井を見上げたときのことだ。 何かがいる! 暗闇の中に光る二つの目玉。 暗闇に次第に目が慣れてくる。そこは日中でも陽の射さない、時間も空気も静止した空間だ。目を凝らしていると、枝と枝の中からじっとこちらを見ている生き物の姿が見えてきた。 型は小さいが、丸顔のフクロウである。「俺はここの主だぞ」とでも言わんばかりの神秘的な眼光さえ放っているではないか! 私は恐れをなして、驚かさないように、そっと息を殺してその場を去ったのだった。
2007.05.25
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これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきます--生き物たちの詩-- この田舎のボロ家の庭にも、いろんな植物が生えていた。それは、言ってみれば天からのプレゼント、景品みたいなものだ。 たとえば、暖炉にくべる薪を探しに荒れた土地を一回りすれば、枯れ枝の一抱えも手に入るといったおまけがついていたというわけだ。 もし、ワイルドな花が好きならば、その朝花瓶に挿す花の小枝のひとつも拝借してこられる。 意外なことに、日本の黒松よりもまだ大作りな松の木の大木がお隣の敷地にあって、高いところで枝が自分の土地の中に、境界線を越えて激しく伸びている。 そこから落ちる長めの松葉は、ひとかきもすればバケツ一杯にもなって、冬場の暖炉のたきつけにはもってこいである。それよりも何よりも、その木が落とす松かさの大きさは日本の松の比ではなくクリスマスのデコレーションには最適だ。 子供がこれに銀色のスプレーを施して、さっそく室内オーナメントを作った。 この丘の頂上付近には高い背丈のユーカリの木が一本立っていた。何年前から生えているかは分からない。30メートルいや40メートルはあるだろうか? たぶんこの土地の中の何十年、いや何百年の出来事の一部始終を見てきたことだろう。その樹上にはたくさんの鳥の巣だか何かがからまっているのが見える。これまで多くの生命を宿しまたそのいく末までを見とどけ続けてきたのに違いない。 人はここに来て、境界線を引き、ここからは自分の土地だとか勝手に言っていただけなのだ。そして、つかの間子育てをして、稼いだお金で家族養って、そして去って行ったのだ。 この地の主からすれば、境界線などお笑いぐさに違いない。 そんなこと、この大木にとっては、長い長い生涯のうちのほんの一瞬の出来事だっただろう。ただ緑の葉っぱを四方に自由に茂らせ、この乾燥した土地に自信満々と長年生き続けてきたのだ。生命あるものに恵みの宿を与え、憩いの木陰を提供し続けてきたことだろう。 今日も多くの小鳥たちがそのすっくりと伸びた樹の枝から、にぎやかにさえずっている。 私たちに、"こんにちわ、いらっしゃい"、と言ってくれているようでうれしかった。
2007.05.24
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これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきます--生き物たちの詩--ポッサムの住む田舎気に入って移り住んだ中古の住宅は小高い山の丘の上にあった。周りには豊かな自然が広がっていた。我が家に導く曲がりくねった田舎道は、幹線道路から折れて一キロも続き、見飽きないほどの変化に富んでいる。最後の枝道の脇には大人3人でも抱えきれないくらいの大木があって、その朽ちた幹にできた自然の洞穴から、赤いキングパロットが何羽も顔を出している。子育ての最中だ。かと思えば、ある民家の庭には古びたみかんの木があって、コカトウーと呼ばれる白い大きなオウムがミカンの実を地面に落として曲がったくちばしでついばんでいる姿が垣根越しに見えたりする。 野うさぎが目の前の道をひょこひょこと横切っていくのなど、朝飯前だ。日本の田舎よりもっと自然が豊かで、人間はその中にそっと住まわせてもらっているというのが正しいのかもしれない。 最近の、開発されて売り出し中の住宅地と違って、道路わきには緑色の古びたユーカリの木でできた電柱が並んでいる。傾いたのもあれば電線が垂れてしまったものもある。きっと昔は干し草を馬車でごろごろと運んだ田舎道であったに違いない。街灯はあるにはあるのだが、旧式のもので夜に車のヘッドライトを消すと、文明の果てまでやってきたかのような、漆黒の闇の世界にぽつんと取り残されたような、孤立した錯覚にさえおちいるのだった。 わが敷地の中にはユーカリの木立や、やしの木がそびえていた。前の住人が何年も枝打ちをしていなかったと見えて、引越しのトラックが我が家にたどり着くには太い枝を何本ものこぎりで切って落とさなければならなかったほどだ。 でも、そんな大自然の中の一軒家に住みつくかと想像するだけで、まるで子供のように心躍って夜も寝られなかったものだ。何でも四半世紀以上もそこに建っていた、かなりのボロ家である。でも、家の価値よりも、あたりの自然の姿に完全に魅了されてしまったのだった。この林の中にはどんな生き物が居るんだろうか、近くの沼地にはヘビの太いやつでも住んでいるのだろうかとドキドキ胸高鳴らせていたのだった。
2007.05.23
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これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきますちっちゃい命はどうなるでしょうか? --生き物たちの詩--「ポッサムは人なつっこいですぜ」大工のジョンが言った。「うちのむすめのローラが、ベランダに来るポッサムに毎日果物やってるんでさ、小学生ですがね」ジョンは我が家よりももっと山奥に住んでいる。「アサノラのバッキンガムプレイスの一番奥の家がおれっちでさ、3エーカーの庭がついてるんですぜ」ジョンは、これがいつも自慢話だ。「3エーカーたって、ほとんどがこんな急斜面ですがね」彼が傾ける右手の肘の勾配は軽く45度を超えている。つまり駆け下りるくらいの急斜面だってことだ。でも彼にとってはこれがとっても自慢できる持ち物なのである。なんてったって、その急斜面の奥にはクイーンズランド州の誇る亜熱帯の森がつづいて、どうも話によるとそこの一番低いとこには自然の滝つぼがあるらしいのだ。閑静な住居と、背後に広がる他人には侵入できないプライベートの自然公園が3エーカー分ついているというのである。「それでもって、おれっちの家の周囲にはこーんな高いガムトリーがあってな、その枝を伝ってベランダに毎日ポッサムがやってくるってわけでさ」「それで、ローラは何をえさにあげるの?」「フルーツでさ、オレンジとかスイカの切ったのとか。家中でローラだけに慣れているんでさ」「クッキーとかパンはいけないんだってね、あげちゃ」「そうでさ、イーストだかなんだかパンに入ってる成分が野生動物にゃよくねえっていいますで」「ミルクって、もちろんいけないんだよね」わかっていたけれど、今回の赤ちゃんポッサムの一件を話したついでに聞いてみたのだ。「いけねえいけねえ、ミルクのたんぱく質があわねえんですぜ、死んじまいますぜ」そしてこういうのだった。「早く母親んとこに返してやるんが一番てことで、今晩あたり迎えに来るんじゃないですか」そういうとジョンは持ち前のあったかい眼差しで赤ちゃんポッサムをちらりと覗き込むのであった。
2007.05.22
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これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきますちっちゃい命はどうなるでしょうか? --生き物たちの詩--夜の間に迎えに来てあげてほしい。でも何もいわないで行っちゃったら、家族はみんな悲しむだろう。野性に返してあげたい、でも返したくない。こんな矛盾した私たち親子の心根を知ってか知らずか、翌朝になっても赤ちゃんポッサムはバケツの中に丸くなっていた。最初こそ力なくぐったりとしていた赤ちゃんだったけれど、元気になるに連れて、その力強い野生が少しずつ戻ってきたように思う。バケツに入れたスイカのスライスは半分以上おなかに入ったと見えて、幸いにも形が消えていた。噛み潰した残骸が、ポッサムの健康さを物語っていた。とにかくつめが鋭い。力なかったときには気がつかなかったが、こんな小さな赤ちゃんポッサムでも自分の意思でつめを立てると手の甲に血がにじむくらいの引っかき傷ができる。半分見知らぬ人間に野生が抵抗して威嚇しているようにも見え、また半分赤ちゃんだから、あったかいもの甘いものを差し向けてくれる謎の人間の手に対して甘えているようにも見えた。男にだって母性本能みたいなものがあると、このときに初めて感じた。このか弱い、力ない、消えてしまいそうな赤ちゃんポッサムに、永遠の愛情を与えてあげたい、といった心の疼きがわき出でなかったか、といえばうそになる。こんな異国の地にやってきた日本人の両方の手の中で、ぬくぬくと温かみを取り戻した赤ちゃんポッサムがその介護者とのミスマッチの分だけ余計にいとおしく思われて仕方ないのであった。思えば、地面から拾い上げてあげたあの日、この赤ちゃんはもう死ぬところであった。なぜならば、無数に群がったオレンジ色の肉食の蟻の群れが、今にも鼻の穴から内臓に向けて進入しようとしていたからである。オーストラリアの蟻はどう猛である。木の上の枝にかかった小鳥の巣から運悪く落下したヒナが、発見が遅かったためにまるでシシャモ卵の軍艦巻きのように蟻にさされて死んでいるのを、一度ならず見つけたことがある。そこいくと日本のクロアリなんか、比べ物にならないくらい優しいではないか。ここのアリはひどいものだ。素足にかみつかれたもんなら誰でもみんなまず飛び上がる。その痛さは、アシナガバチに刺されたときと同じくらいだ。そんなのに群がって噛まれたら、いくら哺乳類でも致命傷になるに決まっている。この赤ちゃんポッサムがそんなぎりぎりの死との境を彷徨っていたなんて。この世にはまだ神様はおられるではないか!
2007.05.21
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これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきますちっちゃい命はどうなるでしょうか?--生き物たちの詩--お昼回って、赤ちゃんポッサムは自分で体位を変えられるまでになった。何よりあの、今にも死んでしまいそうな、伸びきった横向き状態からは、かろうじて脱出したみたいだ。「スイカがいいかもしれない」学校から、飛びかえった子供が言う。水っぽいし甘いし、口に入れなくても、なめれるし子供のアイデアで急遽スイカをスライスすることに。幸いなことにオーストラリアのスイカは年中店の棚から消えることはない。熱帯のケアンズからタスマニアのほぼ北海道並みの気候まで、バラエティーに富んでいる。いつもどこかでスイカが取れているに違いない。家族のみんなが、小さな命を守るのに一生懸命だった。夏の長い一日は、こうしてゆっくりと暮れていったのである。いつの間にか夕日も西の丘に沈んだ。椰子のこずえにかかる月が昨夜のなごりの雲に覆われてしまうと、辺りはクイーンズランド特有の、けだるい夏の夜の闇におおわれる。それは、甘く暖かく神秘の空気に満ちている。暗がりの中でも、餌を捕るものと餌にされるものとが静かなせめぎあいを繰り広げる夜の世界だ。夜行性動物の活躍する、もうひとつの亜熱帯の庭がこの目の前の暗闇の中に広がっている。“ひょっとすると夜のうちにお母さんポッサムが迎えにくるかもしれない”ちょっとミステリアスでぞくぞくするような気持ちで、ポッサム赤ちゃんを入れたバケツはダンボールのふたをして窓の外の夜露の当たらない場所にそっと置かれたのであった。ベッドにつくまで、ご飯のあともずっと、居間の窓から子供が見張っていたらしきことはまず間違いはなかった。闇の中で目を凝らしても、人間の目には何も見えない。“この瞬間も、暗闇の中からそっとこちらを見ているのかもしれない”お乳を昨日まで飲んでいた赤ちゃんポッサムのことを、自分体にしがみついていた赤ちゃんのことを、お母さんポッサムがすっかり忘れているなんてあるはずがない。少しでも赤ちゃんがその甘えた、か細い声で、おかあちゃん!と泣けば、野生のことだ、一キロ四方まで響き渡ってきっとお母さんは迎えに来てくれるだろう。人間には聞こえないわずかな物音も、研ぎ澄まされた野生の耳には遠くからでも聞き分けられるに違いない。そんな、期待とも願いともつかないような不安の入り乱れた気持ちで、我が家の住人はみなベッドに入って目を閉じていたのであった。つづく
2007.05.20
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穴から顔出すかわいいポッサムこれから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきます --生き物たちの詩-- この根拠のないポッサムではないかという自信の根拠は、何日か前の夕方の出来事にさかのぼる。夕方学校から帰る子供を乗せて車を門から入れる途中のことだ。「アッ、あれなんだ!?」背中に小さな子供のせたリスよりもちょっと大き目の動物だ。ドライブウェイをサッと走って横切って、リキッドアンバーの幹に駆け上がる。瞬間だが、ほんの一瞬振り返った時に、大きな丸い二つの目がヘッドライトに照らされて、赤くキラリと反射するのがまぶたの裏に強く焼きついたのだった。「アレ、ポッサムじゃない?」そういうかいわないうちに、そのなぞの小動物はたそがれの林の中にさっと姿を消してしまったのだった。「家にもポッサムがいる!」それは我が家にとってはけっこうなビッグニュースだった。だからである。「ポッサムの赤ちゃんがいた!」それだけで、我が家ではクジラが陸に上がったような大騒ぎ。起き抜けの小学生の息子は目を見張る。何あげたらいいの、何食べるの、と自分でも調べたりして何やら落ち着かない。「おっぱいじゃないの、でもおっぱいって手に入らないし」すったもんだの挙句、オレンジの果汁がいいのではないかとのことになった。「だって、ミルクじゃ牛のお乳でしょ、そんなの飲ませちゃいけないって学校の先生言ってた」なるほど、牛と有袋類じゃまるで遺伝子的には月とスッポンほど違うに決まっている。それで結局、フルーツジュースがいいということになるにはなったが、どうやって飲ませるかどのくらい飲ませるかは結論出ず、一番興味を示した子供は学校へと出発してしまった。それからである。人間の乳首になるような少しずつ出て口に含ませることのできるもの、ないかな?哺乳瓶じゃあっても大きすぎるし…。やったことないことではあるが、自分は使命感に燃えて,あれやこれやと試してみたのだった。もう、仕事どころではない。ストローをスポイトのようにして一滴一滴口の中に滴らせる。飲んでくれよ、元気出せよ!それは人間の子供救うのとまったく同じ気持だ。少し飲ませては静かに寝かせ、また少し口に入れてあげては、安静にと、何度も繰り返したのだった。 つづく
2007.05.19
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おはようございます。一週間のうち何日か、内容を変えて違った文章の味の日記を載せていこうと思います。どれだけ続くかわかりませんが。どうぞよろしくお願い致します。これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきます --生き物たちの詩--こちらに来て間もないある夏のことである。明け方にかけてザーッと雨が降った。オーストラリアにしては珍しいことだ。雨上がりには、いつにもまして小鳥たちが大はしゃぎで、寝室の近くのこずえでさえずるので、朝は早くから目が覚めてしまう。そんな朝は、ぬれた庭を一人で散歩するのがとても心地よい。葉っぱがたくさん落ちて、ユーカリの木の香りがあたり一面に漂っていた。 我が家には古いベンジャミンの木があって、自由に伸び放題の枝の様子はまるでジャングルのように生命力に満ちている。ふと、その根元を見て、私ははっとしたのだった。吹きだまった葉っぱにまぎれて小さな生き物が横たわっているではないか。もうそれは息をしているかどうかさえわからないほど弱っていて、ただ目を閉じてじっとしていた。そっと抱き上げたときに、かすかにぬくもりを感じたため、ひょっとしたら助かるかも知れぬ、そんな淡い期待を持ったのだった。つぶさに観察すると、時々しゃくりあげるような呼吸が私の合わせた両手のひらの中でわずかに感じられる。助かるかもしれない! 私は庭を横切ってこの小動物をまるで壊れ物を運ぶように軒下まで持ち帰った。バケツの中にぼろきれを敷き、乾いた布で体を拭いてやると、そっとそのバケツの薄暗がりの中に横たえてやった。これはポッサムの赤ちゃんに違いない。そんな予感がして、動物図鑑をぱらぱらとめくる。どうもリングテイル・ポッサムという動物の子供に違いない。初めてこんな近くから手にとって有袋類の赤ちゃんを見れるなんて、思いもかけない幸運に胸がおどった。しかし一方、心のどこかでは、このまま死んでしまうのではないか、あまりに衰弱しすぎて自分の手には負えない、といった弱気の虫が頭をもたげて来てもいたのだった。 これから、不定期に「生き物たちの詩」を掲載していきます。
2007.05.18
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おはようございます。5月17日、今日も朝から晴れ渡りました。オーストラリアの自然のお話、身近なお話。 ← クリックしてね。小さな畑を作って、キュウリを作りました。最初からきれいなキュウリがなって、さあ食べようかなと思っているうちに、キュウリが短くなっていきます。あら?何だ?とよくその断たんを観察すると、どうも前歯二本ある動物の仕業。さてさて、なんだ?野うさぎか?一本食べ終わると今度はもっと高い枝のところのキュウリに歯型が。これはうさぎではないな、木に登れる小動物?最初はポッサムかなと思って、キュウリの一本やそこらまあいいか、と見過ごしていました。ところが、今度はカボチャ。表面上はきれいなカボチャ、でも塀に近い死角になるところからカボチャの中に穴を掘ってなんと中身をくりぬいてきれいに食べてあるのには驚きました。結局そのカボチャは食用にならず。とうとう、堪忍袋の緒が切れた。ネズミだ!!ネズミの仕業だったのです。ポッサムだったら、見過ごしてやって有袋類の保護のためにカボチャのひとつや二つ寄付していいか、と思ってたんですが、ネズミだとそんな感情がわかないのが不思議です。なんでだろう? 三月になると、垣根にあるパッションフルーツが熟します。すると、ネズミが専門にパッションフルーツを食べに来ます。あまーい香りがぷーんとにおって、あたり一面パッションフルーツのパラダイスになるのですが、ネズミはきっと食べ過ぎて、糖尿病になっているに違いありません。毛並みつやつやで丸々太っています。 まあそれから、一週間毎日一匹ずつネズミがネズミ捕りにかかりました。かわいそうというか、かわいそうでないというか。かじりかけのカボチャをスライスしてこれにから揚げに使った食用油の油こしのカスを塗っておくだけでよーく捕れました。 どなたかが、日本にはネズミがいませんといわれましたが、そんなことはあるはずはありません。ネズミが数減らす理由がないからです。天敵のヘビやキツネ、猛禽類が日本でも減っているわけですから。ただ家の中には侵入しにくい構造になっていますよね。でもネズミって電線も渡るし、垂直の壁だってスイスイ登りますよ。ですから入れないところはないってのが、常識みたいです。
2007.05.17
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おはようございます。5月16火、今日は旅の日ですって。さあ、今日も元気で。 ← クリックしてね。オーストラリアには本当は有袋類の動物しかいなかったはずです。ところがヨーロッパ人が入植して、ネコやウサギ挙句の果ては狩猟の対象としてのキツネまで持ち込みました。そのつけを、今払わされているのです。 ネズミは人が持ち込んだとは思われません。でもインドネシアから流れ着いたのかヨーロッパの船から脱走して上陸したのか私は良くは歴史を調べたことはありません。しかし確実にいえることは、ネズミはほかのどの大陸でも繁栄しているように、オーストラリアで猛威を振るっています。天敵はたぶんヘビやフクロウだと思いますがヘビやフクロウは数が減ってきているんじゃないかと思います。(ペットフードの飼い猫ちゃんがネズミ捕まえてくれるか、誰か教えてください!) 最初にここの中古の家を買ったときに、移り住んですぐに出くわしたのが家ネズミでした。寝室のカーテンに這い上がっていて、夜中に大捕り物しました。レンガの隙間から勝手に入れるほどのルートがあったんです。もっとも夏の間は外のほうが快適なためか家の中にはあまり入ってこないですが、冬になるとガレージの隙間から侵入してきます。大型のラット用のトラップで毎日一匹ずつ一週間続けて取れたこともあります。そのうちに仕掛けがうまくなって、知人の家に出たネズミまで捕ってあげにいったこともあります。えさで一番は、てんぷらあるいはチーズです。少ししっかりと歯ごたえのあるもののほうがえさ取られなくていいかも。毒えさといった手もありますが、どこで死んでくれてもいいならいいんですが、屋根裏で死んでたら臭いですよね。 さてここからはオーストラリアならではのお話ですが、クイーンズランドの民家には大抵屋根裏にカーペットパイソン(中型のニシキヘビ)が一匹は居るって脅かされました。それだけ、ネズミが居るってことで。毒はないそうですが、かまれたら痛いからって、大工さんを修理に頼むといつも懐中電気と棒を持って、屋根裏に上がります。どう?おどろいた?
2007.05.16
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おはようございます、5月15日、今日は、いちごの日、お菓子の日!!ハハハ。今日もいい天気、でも昨日までのしとしと雨で、だいぶタンクに水がたまりました。一安心 ← 一日一回クリックしてね。皆さんがいつかは通る道、今歩いておられる道そしてもう過ぎてきた思い出の道赤ちゃんのお話の続き。なれてくると、お母さんが赤ちゃん寝かしつけて、スーパーに行ったりします。2,3時間は寝るだろうかと思ってると帰ってきたら、赤ちゃんが大泣きしてたなんてことありますよねー。ですから、赤ちゃんが寝ていてもお母さんはとても安心はしきれないわけです。赤ちゃんは泣くことと、寝ることが仕事ですから。ウンチとおしっこはまあお愛想でおっぱい飲むことが、本日のメインイベントってなわけです。 ワニが砂地に卵産んで、赤ちゃんがかえるまで離れない。赤ちゃんワニが生まれてもそこにいて守っているって景色に良く似ていますよね。これを巷では、母性愛と呼んでるみたいですが。お父さんには、この両方を守ってやる義務があるようなかんじで。でもね、この頃子育てが経済的にも大変で、若いご夫婦には重荷になっていることが実感されます。教育にもお金かかりますし。時々、ジョンという名のこちらの友達と話しますが、子供が居なかったら、もっと自由で楽な生活だった、とも言うのですよね。子供は自分のために育てるのか?といわれれば、そうだけ、ともいいきれませんよね。ある意味社会のために、夫婦が一生懸命に手塩にかけてやっている“公共事業”といった側面もありますでしょ。 さて、続きですが、たまにちょっとした外出からかえって、赤ちゃんが寝ていても大泣きした証拠がかわいた涙のすじでわかることがあります。するってエと、お母さんは申し訳ないことしたと思って、ジーンと来ます。 その次に用足しにお店なんか行ってて、ちょっと赤ちゃんのこと思い出したら急におっぱいが硬くなって、母乳が噴出してきます。な、なんと、太古の昔からずーっと赤ちゃんとおっぱいは無線でつながっているんですな。生命はうまくできていると思いませんか?でもね、このようなお話、赤ちゃんがある人にはいいですが、赤ちゃんがほしくても神様が下さらなかった方々には苦痛なお話ですから、そういう方のお気持ちにも配慮して普段から、ものをいうように気をつけなければいけないと、神妙な気持ちにもなっています。
2007.05.15
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おはようございます!5月14日今日は、種痘記念日、あのジェンナーが種痘の道を開いてくれた日。天然痘が撲滅に向かった日です。____________赤ちゃんがおっぱいドバーって吐いたら、そりゃもう、最初はびっくりこきますよ! ← 一日一回クリックしてね。 ホームビデオの投稿お笑い版でよく見るやつですが、お父さんが赤ちゃん抱えて仰向けに寝転んで、はー高いたかい!!って、持ち上げた途端に赤ちゃんのお口からすっぱいにおいの大量のおっぱいがドバーって!!お父さんの顔から鼻から頭から、おっぱいまるけ、これがまた、えもいわれぬ匂いで、ハイ。 一度やられたらこります。赤ちゃん落とすわけにも行かず、しっかり抱えたままで。おぇって、エヅイたりなんかして。 ちょうど子牛の胃液混ぜた牛乳でできたチーズのあの匂い!!私がチーズ嫌いになったのは、まさにこのせいなんでありまして.....。なんて言い訳してますが。 赤ちゃんの胃袋の出口はちゃんとしまっていないからなんです。ですから、おっぱい飲ませては赤ちゃん立てて、背中ぽんぽんと叩きましょ。ゲホってかわいいげっぷが出ます。これ知らない人は、おっぱい飲ませてやれやれと思った瞬間、頭から、ゲボっと一発くらいますで。胃袋の中の空気を追い出しておかんといかんわけですな。
2007.05.14
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おはようございます。今日は少し雨が降りました。オーストラリアから、しっとりとした日曜日です。 おっぱいと赤ちゃんのうんち ← 一日一回クリックしてね。皆さんがいつかは通る道、今歩いておられる道そしてもう過ぎてきた思い出の道まだ独身だったころ、学生時代の友人に赤ちゃんができて遊びに行ったことがあります。友達だからでもありますが、奥さんはおっぱいやるにも何の抵抗もなしに私の前でお乳含ませます。医者だからと思っているのか、亭主の親友だからと思っているのか、平気なもんでした。まあいいか。 お昼時に、焼きそば作るって奥さんが走り回って台所でてんやわんや。ここもたがわず赤ちゃん中心に生活が回っているご様子。お皿に「はいどうぞ」って、焼きそば出してくれたのは大変ありがたかったのですが、食べ始めて気がつくと、同じ食卓(座卓)の上に赤ちゃんのオムツが乗って居るではありませんか!!所帯もって赤ちゃんできたら大変なんだ、とその時独身だった我輩は肝に銘じたようなわけで。 だけど、生まれたての赤ちゃんにはまだ腸内細菌としての大腸菌は存在してないのですよね。いつの間にか自然に口から入って、安定した腸の機能を自ら作り出していってくれるわけです。だからまだ、便臭ってほどのにおいはしないのです。赤ちゃんを産んだお母さんにとっては、赤ちゃんは自分の体の一部のように思っているフシがあります。ウンチなんか、最初は怖くもなんともない、そこがお父さんとチト違うところでありまして...........。 離乳食始めるころからですよね、本格的ににおいがするようになるのは。こうなると、「ちょっとパパ、おむつかえて!」と言われた時に、覚悟がいります。ムッとしたあったかい最初の上昇気流を吸い込まないように慣れるまでちょっとテクニックがいるわけですな。
2007.05.13
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おはようございます!5月12日土曜日、今日はナイチンゲール(看護婦1820)の生まれた日。 元気で行きましょうね。 ← 一日一回クリックしてね。皆さんがいつかは通る道、今歩いておられる道そしてもう過ぎてきた思い出の道 初めての赤ちゃん!我が家にとって、それはそれは、神様から与えられた、大切な宝物という感じでした。うちの中がすべて赤ちゃん中心で回り始めます。退院したての赤ちゃんは、ぐにゃぐにゃで、首も据わっていません。慣れないと抱っこもできません。体を抱いているつもりだけだと、ぐにゃっと首がたれてこっちがびっくりしますよね。だからお人形さんごっこのプラスティックの赤ちゃんとはまったく違うんですよね。そこがはじめてのお父さんはわからない。(もっとも自分は仕事柄、赤ちゃんをあやすのはお手のもんでしたが) 母乳あげるのはもっぱら母親の仕事でミルク瓶でない限り父親には仕事がまわってきません。すると、初仕事は、おむつがえってことに!これがまた一仕事!でも母乳だけのころは粘液の塊のようでウンチのくささはなかったように思います。 ほらよくドラマにあるじゃないですか、オムツはずした途端にぴゅ-っておしっこ飛ばす場面。あのとおり!(実は私の母は、孫の顔見ずになくなりました。でも孫のためにって、布オムツをたくさん縫って残していってくれました。家内方のひいおばあちゃんも、94まで生きて、ひ孫のためにと布オムツ、曲がった腰と老眼とをこらえて、これまた縫ってくれてました。私の子供はそんな愛情をいっぱいに身に受けて、育っていったのです。) でもいいですよね赤ちゃんは、おしっこしても、オナラしても、「かわいい!」といってくれるんで。これがおじさんだったら、オナラなんか人前でしたもんなら、えらいことですよね。白目で見られます。
2007.05.12
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おはようございます。5月11日、 今日は、鵜飼い開き 〔岐阜・長良川〕の日です! ← 一日一回クリックしてね。今日は、子供が生まれてくるときのお話今この世に生まれてきて、このブログ読んでおられるあなたもお母さんの体の中の500個の卵子から、ラッキーにもこの世に生まれた、いわば選別されたエリートと呼んでいいでしょう。 また、受精しなかったり流産したりするケースではそのほとんどは、胎児側に原因が有るといわれます。つまり500個の卵子はすべてが正常卵というわけではないのです。 この世に生まれてきたということは、極めて健康な卵子と、きわめて活発な精子の合体の後に命を与えられたということです。なぜならば、精子の数は何億とあるのに最も早く泳ぎ着いて、最初に卵子の皮を突き破り二つ目の精子が侵入しないように化学的変化を起こさなければなりません。この世に生まれてきたあなたは、オリンピック金メダル並みの足の速い精子を片親に持っているというわけです。確率的に言えば、非常に恵まれた生命体であったということです。これは自慢していいです!! あの時期にあの父親とあの母親とからでなくては、あなた自身として生まれなかったということを理解できたら、どんなにかけがえの無い存在であるかがわかるかと思います。 かりに、見かけ上の障害があったとしても、どんな顔してても、どんななに背が低くても、あるいは高くても、どんな肌の色をしててもどんな知能でもどんな能力があっても、無くても。あなたは、生まれてくるという運をいただいたわけです。 落ち込んだり、自信なくしたときに、このことを思い出してください。わが子よ、あなたは生まれてきたときにもうエリートでした。
2007.05.11
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おはようございます。5月10日。 愛鳥週間(~16)の始まりです。 ← 一日一回クリックしてね。誰かも同じ自問をされてましたが、結構な時間をかけて毎日更新することの意義を自分で確認できないと続けていくことが困難です。ただ単にランキングに入りたいといった理由だけでは私はエネルギーが持ちませんから。しかしまた、誰も見てくれてない、となるとこれまた、続けて書いていく元気も出ません。そこで、よーく自分の心の中を照らして、考えてみました。やはり、自分が生きた証として、次の世代、子供の世代に、何か少しでも教訓になることを、自分の生涯の失敗と成功談を残してやることが、目的なのだということに気がつきました。だから、肩に力をいれずにあったこと経験したこと、うれしかったこと、悲しかったこと、みんなひっくるめて、思い出して書きとどめていこう、そんなふうに思います。 子育ての思い出 について、しばらく思い出して書こうかと思います。 皆さんがいつかは通る道、今歩いておられる道そしてもう過ぎてきた思い出の道コメントなどで、いただいたご意見を発展して、皆さんとともに書き広げていけたらと思います。 初めての子供が生まれたときのこと。皆さんはその日のこと、覚えていますか?生まれてきた子供を手に抱いて、自分は目くるめくような心の底から湧き上がる深い喜びに包まれたことを覚えています。これは、それまでに味わったどんな感情とも違う精神的な感動でした。1984年の2月13日のことです。生まれそうだからといって夕方から病院に行きました。昼間の自分の医者としての仕事のあと、自分の人生が変わる瞬間をわくわくしながらも、半分不安に満ちた気持ちで迎えようとしていたわけです。職業柄むろん、出産のリスクも最大限知ってますから、最悪なにが起こりうるか、心配もしていたわけです。新米のお父さんになる経験は、およそみな同じでしょうか。夜半が過ぎて、今日はもう生まれませんから、との言葉を聞いて、帰宅してその深夜14日に私の子供は、生まれました。たった一人で狭い産道を、頭蓋骨を変形させて、呼吸を止めたまま通り過ぎて、この世に出てきたのです!無事に!!こんなに神様に感謝したことはありません。駆けつけたときには、無事出産の大仕事を済ませた家内の、出産台の上の疲れた姿と安堵の顔と。なんだか、感涙だか冷や汗だか噴出した感情とともに渦巻いて時間が停止していたようにも思います。男にはどうしてやりようもない嵐のような押し寄せる幾たびもの陣痛の苦しみをこらえて生んでくれた家内の手をただ握り締めていたのでした。 それが長男の誕生でした。
2007.05.10
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おはようございます。5月9日です。お元気ですか?今日はアイスクリームの日(日本アイスクリーム協会1964)だって言うんですが。ハハハッ。それから、森光子(女優1920)さんの誕生日だって。飲み水のお話のつづきで、書いてみますね。発展途上国で1分単位で何人もの子供が死んで行きます。あれは何も難しい病気で死ぬんではありません、もっとも基本的な清潔な飲料水が確保できませんから、弱いからだの子供が下痢と脱水症状で死んでいくんです。↓一日一回クリックしてね。 だから、特効薬は下痢のクスリではありません、抗生物質でもなければパンやメリケン粉でもない。清潔な塩水、つまり電解質溶液を飲ませることなんです! だって、飢餓と脱水症状で命危ない子供がいっぱい押し寄せているのに、青空診療所でガラスのボトルつって、子供に点滴できると思いますか?費用がありません。器具も消毒もありません。口からとらせるんです。 もともと人間は川の水、湖の水で生活していました。たぶん多少汚れた水でも、病気にならない時代もあったと思います。何千年も以前の、人間がまだ野生を失っていなかったころのことですが。 庭に放し飼いのニワトリが泥水飲んで下痢して死んだって、聞いたことないでしょう?犬だって猫だって土の上にたまった水のみますよね。お隣の家の、シェパードの雑種のザックは、今でも我が家のため池の泥水飲みます。子供の理科の研究で、この水を顕微鏡で調べたことありますが、なにやら原虫だの植物性、動物性プランクトンがうじゃうじゃ泳いでいました。これ飲んでる、ザックが。でも病気にならない。なぜか?免疫を持っているからです。 20世紀後半、サッチャー首相のとき、イギリスがアルゼンチンとフォークランド島で戦争したことがあります。(正式には、アルゼンチンが侵攻するのをイギリスが派兵して、防御したのですが。)後方支援が 絶たれて飲み水がなくなり、兵士たちは土の上のたまり水を飲みました。もちろん下痢して、戦闘よりそのほうの身体ダメージのほうが大きかったわけです。人間は野生を失っているのです。
2007.05.09
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おはようございます!!、5月8日。今日は、コカ・コーラ誕生の日。薬屋のベンバートンがカフェイン、コーラの木の抽出液と 多数のオイルを使って発案。販売権を獲得したキャンドラーが、1890年 コカコーラ・カンパニーとして登録(1886) さて、すっごくパワフルなお父さんからのお知恵!!玉子酒飲んで、がーっと寝て、汗いっぱいかいて、着替えしてまたがーっと寝るんだそうです。このように風邪のときのご家庭伝来の生活様式、治し方のコツを書いてくれた方もいます。↓一日一回クリックしてね。 今は亡き自分の父親も、こんな方法の信奉者でした。風邪治らなかったら怒られそうでした。なんと、力(りき)はいっているんですねー。そうです、汗かけばその中に余分な新陳代謝物が排泄されるからです。ただし、汗かくには充分な水分の摂取が必要です。お子さんが熱出していますときに、体を触ってみてください。ポッっとただ熱い乾いた皮膚をしているときには水分不足をしています。ですから濃い黄色いおしっこが出るはずです。汗かき始めているときには、しっとりと湿った肌をしてます。触っただけでわかるはずです。乾いた熱い肌は水分不足のサインです!!このようなときにはいくら熱さまし飲ませても解熱しません。水分を、できればスポーツ飲料(暖めて)を200から500ccを何回かに分けて飲ませてください。そして解熱剤を使うとスーッと熱が冷めます。汗をかきやすくなりますから。順序が大切です。水分が先です!! よく間違えるのは、甘いだけの水分摂取ではだめなんです。汗かくには水が必要なんですが、汗には必ず塩分や多種のミネラルが含まれています。大量に汗かくときには、補給する水分は汗と似た成分のものを摂取しなくてはいけません。 溶鉱炉で働く方々は暑いので水分取るんですが、塩を一緒になめているのご存知ですか?アイソトニックスポーツドリンクといわれるものを適当に取るのが簡単です。そのほかにジュースや果汁などもいいんです。ただ、お茶や麦茶だけではちょっと不足ですよね。
2007.05.08
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おはようございます。5月7日、連休明け、終わっちゃいましたねー。今日は、萩本欽一(コメディアン1941)さんの誕生日なんだってね。 誕生花:いちご(葉) (Strawberry) 花言葉:愛と尊敬 な、なんと多くの方々から、自慢の方法をいくつもお聞きして、やっぱり各々の家庭での直伝の医療方法があるんだと確信しました。すごく頼もしくて、うれしくなりました!!早速いくつかを紹介いたしましょう。↓一日一回クリックしてね。 その1、玉子酒。卵にお砂糖入れてのみやすくして、なべにいれ、やや加熱します。これに入れるお酒はその人のお酒の強さにもよりますが、一回に飲んでも大丈夫な量にしてください。加熱して卵が半熟くらいで火を止める。アルコールが飛びます、が完全に飛ぶわけではありませんから、女の人がお酒に弱いときには、あまりたくさんのお酒入れてはいけません。子供量を考えて、お酒のこるから。 その2、鶏がらでとったスープにご飯を入れておじや作る方法を教えてくださった方もいます。たぶん、熱があって口がまずい、つまり食欲が落ちている場合には、あまり栄養つけようとこってりのものでないほうが、食べやすいかな、と思います。おじやでもスープを多めにしてください。しょうがの汁を入れると口当たりいいかもしれません。しょうがは漢方では体温める作用もありますから。我が家ではお味噌入れますが、しおっけとお味噌の栄養素加味する意味合いで、あとは口当たりです。 その3、しょうがすりおろして蜂蜜とレモンのホットドリンクを飲む方もいます。いいですよね。ただ、甘いものとすっぱいものの混ぜたものが嫌いな方もおられます。レモンスカッシュを温めて飲む感じならいけるでしょうか。カロリー+ビタミンCと考えてください。 その4、りんごのすりおろし。これは私が子供のころ母がよく作ってくれた食べ物(飲み物)で、病気の時にはよくいただきました。他のおうちでもやってる方がいて面白いです。今みたいに一年中りんごが食べられたわけではありませんでしたから、病気のときだけの特別食だった様な気がします。特におなかの具合も悪い風邪のときに、りんごの整腸作用を期待します。口当たりもいいですし、お子さんでもいけます。そのほかにもいろいろと、自身満々、筋肉バリバリの感じの元気な方の得意技など、皆さん自分の独特なやり方あるんですねー。人の方法がすぐ当てはまるかというと、必ずしもそうでもないでしょうけど、参考になりますね。体力や体質がみんな違いますでしょ。たとえば、風邪引いてるとき、お風呂入って暖めていいかどうか。家によってやり方が違います。温まってすぐ寝るのがいいって言う人もあれば、お風呂入ったら風邪悪くなるって人もいますよ。もう少し、皆さんが寄せてくれた秘訣お話いたしましょうか?
2007.05.07
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おはようございます。皆さんお元気ですか?5月6日。今日は、◆立夏(二十四節気の一つ。初めて夏の気配が現れてくる)です! 魔法の点滴?なんてある?風邪薬の内服とかを除けば、風邪の治療の根本は、水分の補給と必要なビタミン、電解質(ナトリウムやカリウムなど)カロリーの摂取でしょう?↓一日一回クリックしてね。 民間療法のほとんどはそんな知識も機器もなかった時代に、人々が生活の知恵として守ってきた方法だと思います。玉子酒も、にんにくスープも、あったかい鍋物も、しょうが汁をお湯に混ぜて飲むのも、いずれも、水分、カロリー、栄養素そして電解質です、中身は。 一方点滴に入っているものは、体積から言えば99.99%が水。ビタミンBやC系、ブドウ糖、そしてナトリウム、カリウム、クロール............。といった、人体の構成要素になっているミネラルなどなんです。ドクターによって、得意なブレンドが多少あります。ほら、点滴の液体の色が患者さんによって微妙に違っているでしょ!これに必要ならアレルギーチェックして安全な抗生剤を入れることもありますが、ウイルスには効きませんから、肺炎や、扁桃炎、気管支炎などの併発時に限られます。 時々、この点滴が患者さんの症状を、ピタッと治して、注射したほうがびっくりするくらいに元気になってお帰りのことがあります。そしたら、次回もちゃんと覚えていてくださって、「またあの注射して!!」っていわれます。一度、アメリカ人にこの点滴したことあって、ザッツミラクル!!って言われて、後日どでかい鉢植えが病院に届いてこっちが仰天したことがありました。 一方、我が家でやってる民間療法の繰り返しですが、にんにくスープ(しょうゆ味、野菜スープに多少のにんにく風味つけて、多少の蛋白源に鶏肉なんかいれて)おじや(ご飯、お味噌、細かく刻んだ野菜、ダシが基本。水分補給とカロリーがメイン)なるべく水分多く作ります。水分補給には、スポーツ飲料(冷たい必要はない、むしろ暖める、たとえば○○○スエットの粉をぬるま湯で溶かす) 実は、点滴ボトルの内容を一個一個チェックすると、この等浸透圧か低浸透圧(つまり薄く溶かすかどうかの違いだけで)スポーツ飲料と成分はおおかた同じになるんです。 のむ量は、他の食事のすすみ具合にあわせて、一日のおしっこの量プラスアルファ。一回に100から200ccを1,2時間ごとに5,6回といったふうに。 特に、熱出てたり、食べ物もどしてたりの場合は、口からとる清潔な水分が特に大切です。胃腸からすぐに吸収されやすいものを使うことです。その方の体のサイズに合わせて、量も増減します。 要は、体の老廃物、毒素をおしっこに出して新陳代謝を流れよくするってことです。すると点滴してると同じ効果が期待できます。たくさん反響がありました。いろんなご家庭のいろんな風邪対策、ご紹介できるかもしれません、次回!
2007.05.06
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おはよううございます。今日は5月5日 子供の日。 世界中こどもの日。 ワカメの日、オモチャの日ですって!俳人 小林一茶やモト冬樹さん、マルクスの誕生日ですって。一方、本日のニュースでは少子化、地方で進む 子どもの数、26年連続減少!!なかなか大変ですね。 ↓一日一回クリックしてね。 さて風邪のお話。風邪の民間療法。玉子酒をグイッと飲んで、がーっと寝てしまう、なんて聞いたことありますでしょ?にんにくスープとか、あったかい鍋物で暖めて、とか、ビタミンCとかしょうが汁を飲むとか、ねぎがいいとか。 地方やその家ごとの経験、知恵がたくさんあるかと思います。全部何らかの意味があるんではないかと思っています。だって、医学が発達していなかった江戸、それよりも前から、風邪で命落とす人だってたくさんいたでしょうから、真剣に方法を言い伝えてきて、今私たちが生きて暮らしているんです。 心臓の薬、ジギタリスって有名な心不全のお薬がありますが、これだって植物から経験的に使われていたものを抽出してできたものですし、マラリアのクスリだって植物からとられています。 風邪のウイルスはやっつけられないにしても、ウイルスで弱った肉体を回復する、生活の知恵として、先祖の知識を使うのは間違いではないと思います。 我が家でやってる民間療法ご紹介します。1)にんにくスープ(しょうゆ味、野菜スープに多少のにんにくひとかけ風味つけて、あまり肉汁などこってり味にはしません)2)おじや(ご飯、お味噌、細かく刻んだ野菜、ダシが基本。水分補給とカロリーがメイン)3)水分補給、スポーツ飲料(冷たい必要はない、むしろ暖める、たとえば○○○スエットの粉をぬるま湯で溶かす) 根本は水分の補給と必要なビタミン、電解質(ナトリウムやカリウムなど)カロリーの摂取でしょう。病院では脱水症状を治すために点滴します。風邪こじらせて、病院で点滴受けて回復したって人、結構いらっしゃいます。 あれなんだか知ってますか?魔法のクスリのように思っていらっしゃる方もいますでしょうし、癌や手術のあと一日中点滴につながれている人見たことありますでしょう? 次回はあの、魔法の点滴についてお話しましょうか?
2007.05.05
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いまや風邪はウイルスによって引き起こされるということは常識的になっています。でも昔から言われていることは、無理したら風邪をひく、髪の毛がぬれたままだったら風邪ひく、疲れがたまっていたら風邪が悪くなる、などと。半ば原因がほかにあるような言い回しが使われています。寒い目にあったら風邪引きやすいのか?それなら、北欧の方々やアラスカの方々は一年中風邪ひいて大変でしょうね。赤ちゃんなんか、絶滅しちゃうんじゃない?でも実際はそうでもない!いったい何が原因で風邪にかかりやすかったりするのでしょうか? ↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 最新ニュース;飲み物タダの自販機、東京で6月にも 画面や紙コップに広告 1回分の広告(紙コップ1つ)を広告主に70~80円で買ってもらうことで飲料代をタダにするのだそうで。アベックスという会社。4日17時05分北極に近いところにアイスランドやそれに近い島々があります。その小さな離れ小島で、風邪に関する調査をしたそうです。厳寒期になると海が荒れて連絡船がやってこなくなる。長い離れ小島の孤独な生活です。さぞかし、風邪はやって、島民死滅なんてことが………。実はおきません。なぜって?みんな上手に適応しているんでしょうな?というか、原因となる風邪ウイルスを自分の体の中で作ったりはしないってことです。からだから自然にわいてきたりはしません。しかし、春になって本島から船が付くやいなや、風邪の患者さんの数が急激に増えるのだそうです。悪いものはすべて本土(島の外)からやってくる!!つまり、寒さだけが原因で風邪が流行するわけでない、といったことがわかりますよね。冬とか厳寒期とか疲れとかは、助長する要素でしかない!実際の原因は、やはり感染性のウイルスなのだ、ということですよね。ですから、ウイルスにいかに対処するかってことになりますでしょ。ところで、インフルエンザウイルスは強力ですが、風邪を起こすウイルスはいったい何種類あるかご存知?な、なんと数百、ひょっとしたら、変異株入れたら数千!!それ一個一個かかっていたら、一生かかっても全部やり切れませんな。はぁ……。次はいろんな食べ物、飲み物で防ぐ方法をお話します。
2007.05.04
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これは永いこと医者をしていて、気が付いた最も簡単な方法で、もっとも有効な知恵です。インフルエンザウイルスの性質をもう一度繰り返しましょう。1)高湿度で失活する 2)紫外線に対して弱い 3)乾燥や低温でより長く生き残る 4)飛まつ感染する 5)咳によってインフルエンザウイルスは5メートルも飛び散る乾燥させると一般的に言って、どんなウイルスも長く生きていられます。ウイルスは結晶としてまるで石のようになって、何年も、ひょっとすると何千年も生き延びるのではないかと思います。でも湿気には案外弱いのです。↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 人間の気管支などの呼吸上皮はベルベットのように、柔らかく運動する繊毛で覆われています。ただの上皮ではなく、痰や粘液を外に運ぶ役割を持った特殊に進化した上皮なのです。そこに、うんと乾いた空気や、ほこりあるいはばい菌、強いウイルスが侵入したらどうなります?繊毛が痛みます、やけただれたようになります。あるいは死滅します。そうすると、運動が止まって、繊毛上皮が機能しなくなり、黄色い痰がかたまりを作ります。朝一番に、ごろっと出る痰がそれです。インフルエンザのような強いウイルスの時には、死滅したあと回復するのには何日もかかりますから、当然ばい菌が感染して、気管支炎や肺炎のような症状を発症してくる可能性があります。繊毛が生えた粘膜ですから、カエルの肌のように湿っているときが一番快適です。ですから、呼吸器が炎症を起こし始めたときには、湿った空気を吸ってやる必要があるわけです。ためしに調子悪いときにぬれタオルで鼻と口をおおって休んでみてください。すごく楽です。乾いた空気は、インフルエンザにかかったときはますます調子を悪くしていきます。自分が風邪っぽいときには、いつも一晩これやって寝て、速く治すことができます。特に子供の風邪では、免疫がない分、重症になりやすいですから、少しでも楽に、軽く済ませるテクニックが必要になりますよね。生活の知恵です。
2007.05.03
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なぜって?それは私に免疫ができたからだと思います。毎日何十人もの風邪の子供やご老人を診ていたわけですから、ありとあらゆるウイルスいただいたことになりますよね。若いころはかかりましたが、途中からまったく、風邪いただかなくなっちゃったんです。看護婦さんは風邪にかかりますよ。医者の自分だけかからないから、化け物のように言われましたけど。↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 特に、新規採用の若い受付の女性が、とたんに風邪ひいて、ダウンしちゃうんです。鼻かむからまっかっかになっちゃって、お化粧大無しで………。免疫がないから、来たものをみんなもらっちゃうんですね、すっごくかわいそうでした。風邪が一番頻度多いですから。いただいたコメントの中に、一家でインフルエンザにかかったのに、一番弱いと思ってたおばあちゃんだけがかからなかった、とおっしゃった方がおられました。そうなんです、免疫が記憶取り戻して、何年も前、あるいは子供のころにかかったウイルスを撃退することもあります。それが免疫なんです。リンパ球が記憶してるんです!!時々、とんでもないときにとんでもない場所で、はしかが大流行したりしますよね。これははしかにかかってない、免疫のない人口が固まって存在すると、まるで山火事のようにそこだけ枯れ草が固まって燃えるように、流行するってわけです。ですから、病気から逃げるだけでなくて、軽くかかって、強い免疫を獲得することこれが一番いいですよね。だって、自分の子供がインフルエンザかかってるのに、自分にうつるから面倒見てやらないって親は言ってられませんもの。もうちょっと生活の知恵、お話します。ぬれマスクの使い方とか、........。
2007.05.02
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インフルエンザウイルスはいったん気道に入った後、いきなり発症するわけではありません。人体に悪影響を与えるのには数日の間、体内での増殖が必ず必要なわけで、最初に吸入されたウイルスの数が、100個の人と10000個の人とでは増殖のパターンが違うことがお分かりでしょうか?↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 ですから、うがい、マスク、人ごみを避ける、の方法で最初に入るウイルスをできるだけ減らすことが大事ですよね。20メートル向こうで咳をするのとすぐ後ろの席で咳をされるのでは濃度が違うでしょう。(ウイルス量は距離の2乗に反比例して減少する)最初の8時間に一個のウイルスが100倍に増殖するといわれます。そして感染していた細胞が壊れて、ウイルスがまた放出され、次の8時間に100×100つまり1万倍に増殖。24時間では100万倍になります。十分にウイルスが増えると、放出された毒素によって発熱や頭痛、倦怠感が表れてきます。 ダウン寸前となって始めて皆さんは、学校を休んだり、会社を休んだりするわけですが、この潜伏期の間も鼻水やくしゃみ軽い咳は出ますから、インフルエンザはどんどんと感染者を広げていきます。エイズウイルスのように、防ごうとしたら防げるウイルスとはちょっと違うのです。また、自分が移すつもりはなくても、ちょっとした不注意で他人に撒き散らしてしまうこともありえます。最初は軽い風邪かなと思うくらいでは、なかなか会社を一週間も休みませんよね。タミフルというクスリは、この回路のうち、ウイルスが増殖した人間の細胞からの放出をブロックする働きをします。結果的に、ウイルスは増えることができずに症状がどこかで止まるというわけです。問題は、タミフルでさえ効かないインフルエンザがすでにできているという報告があることです。ちょうど抗生物質耐性のばい菌(細菌)が問題視されているのと同じ構造です。ですから、高毒素の鳥インフルエンザのために切り札として、本当はとっておきたいものですが。
2007.05.01
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そうなんです、研究者同士で自分たちで作ったうすめたウイルスを吸入したことがあるのですが、ものの一日経たぬうちに、高熱とめまいで強烈に発症してしまって、治療薬どころではなかったことを覚えています。潜伏期が数日といわれますが、その程度はまさに最初に吸い込んだインフルエンザウイルスの個数に完璧に比例していて、濃厚感染すればそれだけ発症も早いし重症になるということです。↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 ネズミのインフルエンザウイルス感染の実験では、高濃度感染では全部が死亡したのに対し、吸い込ませたウイルスが少なくなっていくにつれ、生き残るネズミが増え、最適濃度では全部が生き残ってしかもすべてのネズミが、強い免疫を獲得していることもわかりました。つまり二回目に同じ感染をしても今度は病気にかからないということです。本当はこの方法こそが、インフルエンザの予防対策だと私自身は今でも思っています。つまり、人体に免疫を作ることですね。しかし、年毎に抗原性を変えるこのインフルエンザウイルスは、その年の予測をつけて夏から秋のうちにワクチンを作り始めないと間に合わないので、予防接種が当たらなかったりするというわけです。 生活の知恵のために、もう一度インフルエンザウイルスの性質を繰り返したいと思います。1)高湿度で失活する 2)紫外線に対して弱い 3)乾燥や低温でより長く生き残る 4)飛まつ感染する 5)咳によってインフルエンザウイルスは5メートルも飛び散るこのうち、4)と5)からは、咳をしている人の周りでは高率に二次感染が誘発されることが納得されます。人ごみを避ける、特に妊婦さんやご高齢の方、幼少児の場合は注意が必要です。予防的なマスクの使用も良いかもしれません。(100%は予防できません)帰宅時のうがい、手洗いはとても大切です。それでも、流行時には罹患して大騒ぎになるわけです。
2007.04.30
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毎年冬になると、日本列島はインフルエンザの流行期になります。潜伏期が1~3日で発熱、咳その他関節痛や消化器症状、全身倦怠などなど人によっては大変につらい各種の症状を引き起こしてきます。大抵の方が一度や二度は、冬にかかったことがございますでしょうからその苦しさは経験済みかとも思います。ただし、ふつうの健康体の方が罹患しても、死ぬまでの重篤な症状に発展することはなく、むしろ生活上の不便さが最大のマイナス点になるかと思います。もちろん、インフルエンザは怖い病気には間違いありません。日本の死亡率、死因4番目に肺炎やインフルエンザとしてのカテゴリーがありますが、その中の大きな要素ですよね。特にお年寄りやちいちゃなお子様が罹患した時には、とてもリスクが高まります。ですから、決して侮ってはならない病気です。 ↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 ですから、タミフルを48時間以内に投与するべきかどうかは、患者さんの健康リスク(年齢や罹患している病気、心臓や内臓のほかの合併症の有無)などから判断されるべきかと思います。生産の限られたクスリですから、体力的弱者に優先して使うべきものともいえます。(新型の鳥インフルエンザはまったく別の話です。強毒性ですから。でも世界で人から人に移ったという報告は、幸運にもまだ出ていません、WHOさんありがとう!!)ごく普通の健康な方が、インフルエンザにかかってしまったときに、どうしたら軽く済ませることができるか、一番人間にとっていいのは、軽く症状を済ませて、最大限の免疫力を獲得することでしょうから。ただかからないようにしているだけでは、みんなが免疫がなくなって、いつかきっと大流行して人類が死滅するくらいのひどいことにもなりかねません。そのためには、かかっても軽く済ませる、生活の知恵が大切です。吸い込むウイルスの量によって症状の強弱が変わります。そのための知識として、この、普通のインフルエンザウイルスというものについて前もって良く知っていることが大事かと思います。インフルエンザウイルスの性質1) 高湿度で失活する 2)紫外線に対して弱い 3)乾燥や低温でより長く生き残る 4)飛まつ感染する 5)咳によってインフルエンザウイルスは5メートルも飛び散るなどですが、これだけでもヒトがインフルエンザウイルスに対してどのように対処したらいいかを知ることができます。私がまだ駆け出しの医者だったころ、このインフルエンザウイルスの予防治療法を研究していました。ウイルスの培養を手がけていて一番失敗して困ったのは、間違って殺菌灯の紫外線を数秒間当ててしまって実験がすべて振り出しに戻ったりしたことです。つまり、かなり紫外線に弱いウイルスなのです。これから推察される教訓は、患者さんの使ってた毛布、掛け布団は、ご家庭では日に干すだけでかなり殺菌されるということですよね。一日では書ききれないので、続けて経験を書き綴っていこうかと思います。
2007.04.29
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安易にタミフルを使用するべきか?飛び降りなどの異常行動なども報告され始めている。ところが、タミフルは世界中で日本が一番多用していることを皆さんはご存知でしょうか?確か、他のニュースサイトで見ましたが、一年に世界で7千万人分のタミフルが生産されて、そのうち5千万人分を日本が使った、とのこと。(もし間違っていたら、誰か訂正してください!!) 【正論】医療評論家・水野肇 タミフルの安易な使用はやめよう。というコラムを読みました。医療評論家という肩書きの方ですが、直接薬を処方するお立場の方ではないので、製薬会社との利害関係がないだけ、公平な意見が期待もできるのではと思います。これによると、日本は世界のタミフル総生産量の、な、なんと7-8割を消費しているのです。↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 以下、引用文。(医療評論家・水野肇)今はタミフルの世界の生産量の7~8割を日本で消費している。これは「異常」なことというべきではないか。一連のタミフルをめぐる問題で、重要なことが続出している。ひとつは薬の副作用を調べる研究班がつくられたが、ズサンな調査で学問的に評価に耐えられないもので、しかもそのメンバーにタミフルを生産している中外製薬(実際の開発・生産はスイスのロシュ社)から1000万円も研究費をもらっている教授もいたことが判明している。当の本人は「研究費は研究費、審査や研究は公正だ」といっているが、これが社会に通用するだろうか。先進国の大半では、製薬企業から献金を受ければ、審査機関には参加しないことがルールになっている。引用終わり。 タミフルは、近年問題になっている、鳥型インフルエンザから人間に移って、さらに、人型の新インフルエンザウイルスに変化した場合、すべての人に免疫がないので、大量感染、大量死者が危惧されるがゆえに開発、備蓄を期待されて登場した薬品です。 とても奇妙に感じるのは、その世界的な将来のエピデミック(大流行)の危機感の高まる中、なぜ日本がいま、総生産量の8割もの量を輸入して、日々消費しているのだろうか?ということです。(日本は抗生物質の過剰使用で、耐性菌を多く作り出してきた事実もあります。いざというときに効かないのも困ります。)日本で新型インフルエンザが流行し始めているというわけではないのにです!!特に重症でもない普通のインフルエンザ、あるいはインフルエンザでもない普通の風邪に対してさえ処方されている可能性さえ疑われています。 どうしても、このタミフルというクスリの作用メカニズムとインフルエンザという病気について書かねばならないと思っています。
2007.04.28
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毒で毒を制するとは、もともとクスリなんてものは毒なものであるということですよね。ですからクスリを飲まなくてはいけない羽目にならないように、気をつけて、ということです。ごく最近、みかんがおいしくて三個も食べていい気になっていたら、久しぶりに胸焼けしました。他の方法で治らなかったので、しょうがありませんから、ちょっとクスリ飲みましたが。失敗でした。またもとどおりに治ったら、今後は気をつけていかなくてはいけません。 ↓一日一回クリックしてね。これ書くはげみになりますけん。 ただし、自分ではこのように考えています。逆流性食道炎が続くと、食道の上皮が変化して慢性的に炎症が残り、その中から食道がんが発生してきます。食道がんは手術が難しい癌です。あまり良く治ったというお話をお聞きしませんからこんなことを言うのです。作家の 開高健や井上靖さんも食道がんでお亡くなりになりました。癌になるかもしれないんだったら、薬使ってでも治しておきたいというのが本音です。H2ブロッカー(ザンタックなど)といわれる胃酸の分泌抑制剤が開発されてからは、胃潰瘍の手術がなくなった、といわれるくらいです。いまや、このH2ブロッカーなる薬は、薬局で購入できるようになっています。それだけ安全だということですが、副作用も報告されていますから、心配な場合には医師に相談してください。血液検査なども必要なこともありますから。まあ風邪クスリみたいに自分の常備薬と考えておいたらいいかもしれませんね。ですから、食事療法で治るんだったら、食事で治すべきなんです。うまくいかないときだけは薬使って。それと、太って腹圧が高まると食道への逆流圧力も高くなります。食事直後に横になると胃からの逆流を助長する傾向もあるようです。眠るときにも胸を高くして横になるように指導しているところもありますから。また、夕食は寝る前2時間より前に終了して、食道もお白湯で洗い流して置いてください。人間してるのも楽じゃないですね。
2007.04.27
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