つきあたりの陳列室

つきあたりの陳列室

2010.01.27
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テーマ: 本日の1冊(3759)
カテゴリ: Other topics
(2010, 講談社,コミックス)


<前置き その1>

ブラタモリというNHKの番組を最近知りました。古地図と裏通り探索の好きなタモリが楽し気に呟きながら徘徊するという企画。視覚的に楽しく,表通りとの対比が面白く,歴史的な謂れを知るとさらに面白い。例えば,かつての大名屋敷がイタリア大使館になっていたり,伝説の池がマンションの中庭として外から隔絶され,そこの住人だけが池の畔の桜の花見を楽しめるのだとか。

その一方で,個人的にはちょっと勿体ないというか,物足りない印象も持ちました。たとえばイタリア大使館の人には,案内をしてもらうだけでなく,彼の体験談とか故郷の話とか,「今そこに住んでいる」彼の主観にももう少し触れてほしかったのです。

マンションの管理人のお婆ちゃんに昔の写真を見せてもらう場面は面白かったです。昔は今とずいぶん違うねって。とても変わってしまって,寂しいねって。それは驚きでもあり感傷でもあり,面白いものでした。

でも私は,そんな楽し気な懐古好きの大人たちのキャッキャウフフを見ているうちに,つい八つ当たりめいた疑問を投げかけたくなったのです。

でもさ,じゃあ今は? 私たちの時代は,つまらなくて残念な時代なの? タモリが旧市街から帰る道,或いは私がチャンネルを変えてテレビを消した後は,残念タイムの始まりですか? 


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<前置き その2>

江戸を描いた杉浦日向子の短編まんがで,失われた江戸の風俗を古老に聞いて廻る新聞記者の話がありました(タイトル忘れました)。ところが古老の回想談には期待したようなオチは無かったために,その記者は拍子抜けするのですが,対照的に,その爺さんが現在に満足している様子が印象的でした。

その記者が,古老の現在の生活に興味を示さないところに不快を覚えます。しかしそこで別嬪の孫娘が現れた途端,記者は現在に引き戻される,というオチがつくわけです。今の時代だって悪くないだろ,みたいな。



「時代物」好きの人には,懐古自体を目的とする人と,現在の自分を豊かにするための一手段として利用する人がいると思われます。上の杉浦2作品は,どちらかというと後者に近い立場で描かれていると思います。


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<前置き その3>

実際の江戸は,我々が放り込まれたら耐え難いほど不自由だったかもしれません。そこに住む人々は,その不自由に絶望したり,諦めきっていたにも関わらず,逆にそれを楽しもうと自虐的な発想転換をしたように思えます。そのねじれ具合に,江戸の諧謔の快楽と悲哀が垣間見える気がします。

その絶望や悲哀の部分に気付かない振りをして,懐古をレジャーとして無邪気に楽しむ行為に,私は違和感を覚えます。そういう行為は,現在の状況を変えることを最初から諦めているようにも見えるからです。

つまり私は,現在を楽しむことを優先し,その楽しみを他人に伝えられる人にこそ,懐古を楽しんでほしいと思うのです。過去はそれ単独で価値があるのでなく,現在の事物と結びつけられてこそ価値が発生すると思うからです。

つまり私は,過去の事物を楽しむと同時に,現在というものに新しい意味を与えていきたいと思うのです。そういう斬新なゲームを体験してみたいと願うのです。


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<本題>

「ちづかマップ」の主人公の女子高生(ちづか)は,わがままで面倒くさがりで忘れっぽくて責任感が薄い若者ですが,彼女の数少ない美点は,自分の審美眼を信じきっているという,その堂々たる(無根拠の)自信です。

しかしだからこそ彼女は,嫌々ながら付いていった書道博物館の一品や,工事標識用オリジナルフォントの美しさにも,文脈と関係なく感激できたのです。ついさっきまで馬鹿にしてた奴の意見を,恥知らずにも正しいと認めてしまえるのです。

彼女は,現代女子高生としての世俗的な生活を迷いも無く楽しみ,それと同列に過去の事物を慈しんでいるのです。おそらく彼女にとって過去は現在の一部であり,そこに逆説など無いのです。

ちづかの古地図趣味にはあまり方向性が無く,向学心すらもあまり無い,本能的で生理的な執着に見えます(よく地図の匂いを嗅いでいる)。浅草十二階のエピソードでも明らかですが,彼女は歴史に詳しいどころか年代の前後関係にも鈍感で,古地図おたくだとしても,かなりいいかげんな部類に入るでしょう。


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例えば,彼女の祖父。文学オタクの同級生男子。その友人。いとこの女の子。お友達になった元依頼主。その友人。友人の祖母。こうした人びと全員の頭や体には,ちづかと一緒に巡った街角や建物や,食べ物や風景やらの記憶が染み付いています。

だからたとえ彼女自身が何かを忘れても,誰かが後で思い出させてくれるような関係が築かれていて,それが彼女の財産になっているのです。だから彼女は安心して,つぎつぎと新しいゲーム(梅酒クラブ会合,御朱印コレクション)を開拓していきながら,つまらないことは忘れ,面白いことだけ続けて,自分の日常を飾り立てていけるんだと思います。


何てったって,今が楽しいよ。このまんがを読んだらそう思うのです。江戸や明治が良いったって,何しろ杉浦日向子もこうの史代も,衿沢世衣子だって居やしないんだからね。


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<蛇足>

あらためて,衿沢世衣子作品にハズレ無しとの思いを強くしました。既刊の4作はどれも凄い。これからもどうか,好き勝手に描いてほしいです。



向こう町ガール八景
シンプル ノット ローファー






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Last updated  2010.01.28 00:59:19
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inalennon @ Re[1]:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子(09/19) フィンちさん >この世は なんてままなら…
フィンち@ Re:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子 「人生のままならなさ」への強烈な疑問と,…
inalennon @ Re:4年はあっという間(03/04) ハオさん >バーチュー&モイヤー組見…
ハオ@ 4年はあっという間 バーチュー&モイヤー組見ました。 優雅…

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