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これの訳を英和で調べても”context”はそのまま"コンテクスト”と出てきて、訳したら”高いコンテクスト文化”となり、余計に分らなくなる。
説明するならば、high-context culturesは所謂"行間を読む”文化。日本やアラブ、ラテンアメリカ(←これが私には意外だった)がこれに属す。そしてlow-context culturesは何でもハッキリ言う文化で、ドイツ、北欧、アメリカがこれに属す。
何故、今更このようなことを言っているかと申しますと、今この2つの文化におけるコミュニケーションのインパクトについてのレポート(と言ってもメモ程度)を書いているから。
前者は"行間を読む""相手の意向を汲み取り”ながらコミュニケーションが成り立つ。
しかし後者はハッキリ1から10まで言わないと聞き手も分らない。それは"汲み取る”という文化が無いからだ。
この両者がお互いの文化を理解せずにはコミュニケーションは成り立たない。
この素晴しいサンプルが結婚生活開始当初の私たち夫婦だった。
旦那は日本人母に育てられたものの、アメリカ社会で育ったので、まるっきり行動パターンはアメリカ人であった。
しかし新婚当初、私は彼の"半分日本人の血が入っている”部分に甘え、この"行間を読め”"私の意向を汲み取れ”を彼に期待していた・・・いや、それが当然だと思っていた。
更に厄介なのは、日本人母に育てられているのだから、これらの事を知っていて当然と思い、あえて私は口にしなかった。
これがHigh-Context Culture(だと思う)。
旦那は旦那で何も言わず怒っている私、ふてている私が当然理解できない。
「何故怒っているのか?何が不満なのか?」と聞いても、
”私が何故怒っている/ふてているのか分らないのなら、言っても無駄だ!”
とますます貝になる。
「言ってくれないと分らない!言いたいこと、伝えたい事はハッキリ言え!」
とストレスを溜めた旦那が声をワントーン上げて強い口調で言う。
"ならば言ってやろう!”と上から目線の私は"こんな事もわからないのか"口調で
私がどうして怒っているか/ふてているかを、(当時英語が今ほど喋れなかったので)英語と日本語3対7ぐらいの割合で半泣きで説明する。
大抵の場合、説明しながら"何故私はこんな事に立腹しているんだろう?”と思うぐらい大した事じゃないのだが、
それくらいつまらない事をイチイチ説明しなければいけないと言う事に
”面倒くさいわね、アメリカ文化!"
と、立腹の理由に加えて毒を吐いていた。
これを思い出しながら、レポートを書いているのだけど、あの頃は良く喧嘩・・・というか”話し合い”をしていた。お互いが歩み寄り合うための”話し合い”。
この日曜日に7回目の結婚記念日(入籍記念日)を迎えるのだが、どちらかと言うと、旦那の方が"行間を読む”"相手の意向を汲み取る”というhigh-context cultureに慣れたようだ。多分自然に鍛えられたのだろう。
この彼の行動を見て、彼の同僚たちは彼のことを”Zen-Master(禅師)"と呼ぶ。