あの、ゆるやかな日々

あの、ゆるやかな日々

2026年06月30日
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毎日のように新聞に訃報が載るが、一時期であっても自分の人生と重ね合うように生きてきた人の訃報はショックが大きい。もちろん、庄司薫さんと面識があるわけでなし、具体的に何かの影響を受けたということもない。ただ、大学に通っていたときに初めて作品に出会い、その後もずっと動向を気にしていたので少し驚いた。

寡作の人で、「喪失」で新人賞を取った後はしばらく何も発表せず、「赤頭巾ちゃん気をつけて」で芥川賞を取った。その後、「さよなら怪傑黒頭巾」「白鳥の歌なんか聞こえない」「ぼくの大好きな青髭」を出したあとは小説を発表していない。最初、どんな経緯で知ったのかは覚えていないが、「赤頭巾ちゃん気をつけて」を読んで、その作風、軽妙な表現の中に隠された奥の深い真理に感動して、すぐに黒白青のシリーズを読んだ。大学の図書館では、自分の専攻だった歴史の本をかなり読んだはずだが、さっぱり覚えていない。が、庄司薫の小説を買って、図書館の読書室で読んだことは今でも覚えている。

作家なのだから次々に小説を発表するのかと思っていたのだが、一向にその気配がないので、「喪失」も探して読んだ。これは率直に言ってあまり面白くなかった。エッセイが出ていることを知って、「ぼくが猫語を話せるわけ」を買って読んだ。これは今でも僕の机の本立てに置いてあり、いつも正面にタイトルを見ているので、昔の作品、という感じがしない。奥付を見ると昭和56年発行、となっていた。45年前か。中公文庫で、定価は360円。時代を感じる。

改めて読んでみる。面白い。なんでもっと小説を書かなかったのだろう。小説は書いていないし、エッセイの類も「ぼくが猫語を話せるわけ」のほかにはなかったように思うので、マスメディアに登場することはまったくなかった。中村紘子さんが亡くなった時にはさすがに近況が載っていた。資産運用をして生活をしている、といったような記事だったように記憶している。日比谷高校から東大に進学するという絵に描いたようなエリートだったわけだから、ちょっとその気になれば小説で稼いだ印税を元に運用して生活費を稼ぐくらいのことは朝飯前だったろう。そもそも奥さんが中村紘子さんだから、お金に困るようなことはなかったに違いない。

晩年はだれとどのように過ごしていたのだろうか。別に作品を発表しなくてもいいので、その生活の一部でも紹介して欲しかった。普段何を食べ、何を考え、何をしているのかをちょっとでも知りたかった。新聞、雑誌の記者、編集者には庄司薫のファンはいなかったのだろうか。それとも本人が取材を一切拒否していたのだろうか。





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最終更新日  2026年06月30日 01時22分48秒
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