愛楽の日々
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昔から、母ちゃんにずっと言われてた言葉があります。「男やったら、やられたらやり返せ」子どもの頃は、その言葉の意味なんて深く考えてなかったけど、なんとなく「そういうもんや」として、心に残っていました。ちょっかいが、限界に変わった日いじめ、というほどの話ではありません。むしろ仲は良かったし、普通に遊ぶこともありました。ただ、ちょっかいがだんだんひどくなってきて、最初は笑って流していたものの、気づけば心の中にモヤモヤが溜まっていました。そして、ある日。自分でも驚くくらい、思いきりやり返しました。軽く言い返した、とかではなく、「もう無理やな」と思って、そのまま関係を終わらせました。不思議なことに、やり返されなかったそれから今まで、ふと考えることがあります。自分はこれまで、「やり返したあとに、やり返された」経験がほとんどありません。もちろん、たまたま運が良かっただけかもしれません。相手の性格や、その時の環境も大きかったと思います。でも、大人になってから振り返ると、理由があったんじゃないかな、と思うようになりました。「やられたらやり返す」は、半分正解正直に言うと、やられたらやり返す、という考え方は、自分を守るために必要な場面もあると思います。特に、子どもの世界や、力関係が分かりやすい場所では、何も言わない何もせずに耐えるこれが「優しさ」ではなく、ただの無防備になってしまうこともあります。「この人は何をしても大丈夫」そう思われてしまうと、関係は歪んでいきます。だから母ちゃんの言葉は、喧嘩をすすめていたというより、「自分を安売りするな」という教えだったのかもしれません。でも、そのまま大人になるとしんどくなるただし。この考え方をそのまま大人になって使うと、しんどくなることもあります。怒りのままにやり返したり、正しさをぶつけてしまうと、いつの間にか「勝ち負け」の世界に入ってしまいます。そうなると、相手も引かないし、こちらも引けなくなります。結果的に、自分の人生が「誰かとの戦い」になってしまうこともあります。人生にうまく落とし込むならそこで、今の自分なりの答えです。やられたら、感情でやり返すんじゃなくて「線を引く」線を引く、というのは例えば、嫌なことは嫌と言うその場を離れる距離を取る関係を終わらせる環境やルールを変えるこういう行動のこと。これは逃げでも負けでもなく、自分の人生を守るための選択やと思っています。あの時の自分を振り返って子どもの頃、ちょっかいがひどい相手に思いきりやり返して、縁を切りました。今思えば、あれは復讐や攻撃ではなく、「ここまでやで」と、自分の中で線を引いた瞬間だった気がします。相手をどうこうしたかったわけじゃない。ただ、この関係を続けると自分がしんどくなると思った。だから終わらせた。それが、やり返されなかった理由かもしれません。「やったらやり返される?」への答えこの問いへの答えは、意外とシンプルです。感情でやり返すと、やり返されやすい境界線を引くと、静かに終わることが多いつまり、やり返されるかどうかは、やり返し方次第ということ。すぐ言い返せない人へその場では何も言えなくて、あとからモヤモヤする人も多いと思います。自分も、どちらかというとそっちです。だから、やり返すのは瞬発力じゃなくていい。おすすめなのは、あとで気持ちを言葉にする(メモでOK)次に同じことが起きた時の一言を決めておくそれでも続くなら距離を取る使いやすい言葉は、「それ、正直しんどい」「それは嫌やな」「今のはやめてほしい」淡々と伝えるだけで、十分です。大人の世界での線引き大人になると、殴り返すわけにはいきません。だからこそ、線引きが大事になります。職場「今これとこれを抱えてます。優先順位もらえますか?」夫婦・パートナー「内容より、言い方がきつく感じる。落ち着いて話したい」家族・親戚「ごめん、それは笑えへん」論破しなくていい。戦いにしなくていい。ただ、線を引くだけでいい。我慢と優しさは違う我慢は、一見すると優しさに見えます。でも実際は、自分の心を削っているだけのことも多いです。本当の優しさは、自分も相手も壊さない選択だと思っています。まとめ「やられたらやり返せ」は、喧嘩をしろ、という教えじゃない。自分を粗末に扱われるなちゃんと線を引けそういう生き方の話やと思います。やり返すかどうかより、自分を守る選択ができているか。そこさえ外さなければ、人生はちゃんと前に進むと思っています。ドラえもん ジャイアン Tシャツ フリーサイズ 藤子・F・不二雄ミュージアムDEATH NOTE complete set [ 藤原竜也 ]
2026.01.12
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