豊かな森のシンボル☆クマたちからのメッセージ♪

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沈黙の森(北日本新聞)



衝  撃

厳戒の町にクマ出没

 「クマだー」

 同僚の叫び声が朝の作業場に響き渡った。

 「まさか、どうせ犬だよ」と、水口忠允(ただまさ)さん(60)はとっさに思った。前日、山間部で女性が襲われたのは知っていたが、こんな平野部にクマが出るはずがない。作業場は旧福光町の中心部から南に車で三分、散居村ののどかな風景の中にある。

 黒い塊が飛び込んできたのはすぐだった。つややかな体毛、丸っこい巨体…。犬ではない。目が合い、鋭い眼差しが水口さんを捕らえた。

 今年の夏は日本中を猛暑が見舞った。富山、石川県境に広がる医王山に抱かれるように南砺市福光地区がある。九月十六日も朝から、猛暑の名残のような暑さだった。

 同市吉江野の北島工務店に勤める水口さんは「涼しいうちに仕上げたい」と、午前八時前から仕事にかかっていた。玄関の天井に張るスギ板の製材だ。材質にこだわるお客さんの注文で、気の張る作業だった。

医王山に抱かれる南砺市福光地区、山からクマが下り人を襲った(上)。わなに掛かり、鋭い目でじっと見つめるクマ。相次ぐ出没は自然からの警告か=11月28日、大山町東福沢

 クマの乱入は八時五十五分、十二枚あるスギ板の最後の一枚を仕上げている最中だった。うなり声とも、鼻息ともつかない低い音が、重く空気をふるわせた。

 「やっぱりクマだ」。水口さんは手にした板を持ったまま逃げ出したが、追いかけてきたクマのつめが板にかかり、衝撃でひっくり返った。必死の思いで板を右脇に抱え、クマに向き合う。

 「もうだめだ―」。一瞬のことだが、時が止まったようだった。なぜか、クマは横をすり抜けて外に出ていった。

 通報で駆けつけた福光署員に事情を話していると、婦人警察官が心配そうに尋ねてくれた。「大丈夫ですか」。指さされて右の二の腕を見ると八センチのつめ跡が三本、真っ赤な傷として残っていた。驚きと恐怖で、痛さを感じていなかった。

 朝の町に厳戒態勢がしかれ、パトカーが巡回した。クマは町の中心部方向へ走り去ったまま行方が分からない。十時五分、車で見回っていた福光町猟友会の柄崎政春さん(50)は、その瞬間を目撃した。後ろ足で立ち上がったクマの背中が、視界に飛び込んできた。北島工務店から一・五キロ離れた民家の玄関前。クマは大きな口を開けて男性にのしかかった。背筋が凍りついた。

 福光地区でこの日、三人がクマに襲われた。水口さんは軽傷ですんだが、男性が重体、女性が重傷を負った。警戒していた猟友会員が直後にクマを射殺。体長一・五メートル、体重八〇キロ、成獣のツキノワグマだった。

 福光での襲撃は始まりに過ぎなかった。この後、県内各地で市街地にもクマが出没、これまでに二十四人がけがを負い、射殺されたクマは百五頭にのぼった。被害は全国でも相次いだ。何かの警告のように、日本中のクマが山から、森から下りてきた。

 福光の事件から三カ月になろうとしている。「板きれ一枚で、自分は助かったんだ」と、水口さんは思う。地元の豊かな自然が自慢で、山菜やキノコを採りに森へ入ることもあったが、クマを見たことはなかった。「なんで町の中まで。森はどうしたのか」という思いは消えない。腕の傷は治ったが、一人になると不安で昼夜を問わず振り返るようになった。

 柄崎さんも、あの日の記憶は生々しく残る。

 「三十年、猟しとるけど、あんなことは初めて。いったい山で、何が起きとるがやろか…」


 レイチェル・カーソンの名著「沈黙の春」は寓話で始まる。農薬汚染で動物たちが死に、世界を沈黙が支配する。二十一世紀の今また、森が沈黙しようとしている。原因はもっと複雑で分かりにくくなった。温暖化や異常気象、酸性雨、森との共生を捨てた現代人。植生や生態系が狂い始め、放置された森から飢えたクマは下りてきた。これから現場を一つひとつルポし、背後に広がる問題に迫っていきたい。

2004年12月5日掲載

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