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他学部の履修登録していない講義に潜入してきました。本当は取りたかった科目なんですが、単位上限の関係からあきらめざるを得なくなりだめもとで潜入してきました。そしたらなんと出席確認や提出物といったものがほとんどないことがわかたのでです。ただし思ったより難しい授業で頭を抱えそうです。
2010.09.29
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こんなバカなことがあっていいのでしょうか。中国漁船の船長の釈放という報道に衝撃と悔しさを感じます。いつから日本は国の気概も魂も無くなり、ただ目先の利益を追求するような国になったのでしょうか。こんな悔しいことって無いと思います。レア・アースの対日禁輸による圧力で締め上げるこのやり方は60年前の太平洋戦争の前と同じです。対日石油禁輸、屑鉄を含む資源の輸出禁止、在米資産の凍結などで日本を締め上げ、解除して欲しければ大陸撤退、日本は明治以前の四島の列島国家に戻れといった当時のアメリカの手法の焼き直しです。しかし少なくとも60年前は大国の圧力に屈するのではなく戦おうという気概がありました。当時の連合艦隊司令長官山本五十六大将も勝てないことは承知の上で戦っておられました。「半年や一年は暴れて見せますが、その後は全く保証できません。」という趣旨の発言が残っていることはよく知られているとおりであり、この点からも勝てないということを理解の上で戦っていたことは間違いありません。現在の教育では太平洋戦争はすべて日本が悪いように教えられており、一部は真実です。しかしすべてが真実であるかと言われればそうではありません。ハルノートによる最後通牒、それ以前のABCD包囲網による圧力の裏には中国の市場を狙っていたアメリカ、ドイツの脅威を直接受け、一刻も早いアメリカの参戦を望んだイギリスなど複数の利害があり、日本はいわば対独戦争へ大義名分を得るための生贄に供されたともいえます。また当時のソ連に対する反共の防波堤、中国市場への参入を図ったアメリカの欲望などの情勢の中で対米戦へと足を踏みこまざるを得なかった日本の窮状も理解できます。もし対米戦に進まずハルノートを受け入れていた場合はおそらく国内は混乱し、その時は独立を維持できても、その五年後にはアメリカの支配下に置かれていたでしょう。なぜならその時にはもう日本には戦うための石油も、戦備も残っていないからです。同様の圧力を用いた強制的な軍縮も可能であり、戦うための牙を抜くことはいともたやすい。その状況に持ち込み、石油を抑えればもう日本は何もできなくなります。外交音痴だったと言われている日本ですが、その状況に陥る前に戦う道を選んだ先人たちはそういった状況が見えていたのだと思います。「いずれ戦わなければならないのなら、力のあるうちに。老衰で死にかけてからでは刀すら握れないと。」そういう気持ちがあったのだと思います。然るに今回の釈放判断は明らかに弱腰外交であると考えられます。この先おそらく何度も同じことがあります。日本が無くなるまで。表面上は国民のためだ、国家のこの先を見据えてなどと述べていますが、結局は自分が泥をかぶりたくない、日本を戦争へと走らせた内閣、総理、だと歴史に刻まれたくない。そんな打算と自己保身に走っただけでしかないと思います。もし本当にそんな考えなら政治家なんかやらなければいい。「平和」と呪文のように唱えていれば「平和」が来ると考えているのですか?たとえ戦う意思がなくとも相手が戦う意思を持っていれば戦いになります。第二次世界大戦前「平和」を望み、ドイツのラインライト進駐を許したヨーロッパ諸国の二の舞を演じる気ですか?守るべきものすら見失った国は亡国へと坂道を転がり落ちるだけです。戦うべきときに戦えないというのであればもはや未来はありません。日本人は恥も誇りもない民族だと思われたくありません。
2010.09.24
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