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Jan 14, 2019
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前日同様今朝もダラダラとしまして、ばびゅーんと興津駅には9時半頃どんどんど~んっ!!!

昨日ここ興津宿まで来た甲斐がありまして、すぐに東海一の難所薩埵峠に行けますれば、まずは最初に通りかかった宗像神社で今日の旅の安全をお願いしたでござんすよ

クロマツやクスノキがこんもりと茂るこの社は、漁に出ていた人たちから「母なる森」として親しまれており、当時は高い木々が生い茂るこの森は漁師にとってかっこうの目印だったそうで。


三日目


身延山道への分かれ道


宗像神社


御朱印、、、女体の森!?

旧国道一号線を逸れ、興津川を渡りましたっけ、いよいよ薩埵峠のたもとへ。

蕎麦が一杯十六文の天保の頃、太股川(約42㎝)で十二文。まぁ、 瀬戸川の徒渡り(股水十六文) だから同じような感じかな!?っつか、大井川とか天竜川とかが破格に高かったんだろうなー。

興津側に人足が三十六人ほど常駐しており、大通行がある時には二百五十人以上(!)が動員され、また四尺五寸(1.5m)で川止めだったそうです。ただし、冬季には橋が架かっており無賃で渡れたとか。←水が少なかったからかな!?と想像してみたり。


興津川


渡ったところに川越遺跡


天下の東海道を薩埵峠へ向かう
「ここは天下の東海道か!五十三次も緑(水土里)がなければ描けねぇなぁ・・・」広重

興津側からは墓地(!)を抜けると本格的な峠道になります。

今回は老若男女たくさんの人が往来しており、なんだ!?前回と時期が違うとはいえ、10年近くたって観光スポットとして人気が出てきたんだべか(謎)・・・。


切り立ってきた;;;


梅が咲き始めてました



そもそも五十三次は広重さんの絵と同じ景色を見たくて始めたようなもの(ちょっち違うけどw)。江戸時代、あんな人もこんな人もみーんなみーんな眺めていたんだよー、と思うと超絶萌

峠を越えればつまりはずっと下りなわけで、あっという間に由比宿の西の入り口に。


難所:薩埵峠


らぶ富士山


広重さんと同じ眺め


コンビニの握り飯でも超絶美味!!!


椿も


今回はたくさん人がいました




みかんも


眼下に広がる駿河湾


落石注意


堤防にはたくさんの釣り師がwww


江戸から数えて40番目の一里塚


富士山を眺めながら

無事超えたと思ったら、ら、ら、右の踵と左の膝の皿を痛めた難儀、、、​ 行きも股関節を痛めた ​んだよなぁ、恐るべし東海一の難所薩埵峠で御座候。ぴーんち!!!

ぷぅ。

 ・・・つづく。





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Last updated  Jan 21, 2019 05:18:54 PM
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