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朝、教会は神父さんがおられないので信徒たちで 集会祭儀
なるものをしました。
これは近隣に教会がなくてミサに預かれない時のためにつくられた祭儀です。
この町ではそこかしこに教会があるので、自分の教会でごミサがなくてもいつでも他の教会に行くことはできます。
でも未来にそういうことができなくなったときのための練習として、そしてごミサの有無とは関係なく教会(コミュニティー)としての様々な活動が滞らないように、月1回程度この集会祭儀が信徒の手によって行われています。
今日の福音はあの有名な 「種をまく人」のたとえ話 のところでした。(マタイ13.1~9)
「種をまく人が種まきに出て行った。
蒔いている間に、ある種は 道端に落ち
、鳥が来て食べてしまった。
他の種は、 石だらけで
土のすくないところに落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。
しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。
他の種は 茨の間におち
、茨が伸びてそれをふさいでしまった。
ところが他の種は 良い土地
に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。
耳のある者は聞きなさい。」
誰でも、この種をまく人はイエス、そして種は 福音
だとわかる。
種が落ちていったその先は、それぞれの人の心のありよう。
さて、この様々な種のおかれた環境をいかに良い土地に近づけていくのか?そしてそれはどうすればいいのだろう?という疑問が湧いてきます。
当時種まきは土地一面にバラバラと適当にまき散らし、それから土地を耕したそうなのです。
ということは硬い地面、石ころの多い時、茨のある土・・・それを良い土地に変えようと土を柔らかくし、石ころを取り除き、茨を抜くのはだれ?
ひょっとしてイエスさまですか?![]()
「あぁ しんど! もう無理やって、どこまで要求するつもり。
どこまで私にやれっていうの・・・
」
とお手上げ状態になっている人の心の扉に、トントンとノックして
「あの、その石ころ取り除きましょうか? その茨、抜きましょうか? そのかた~い土、鍬で耕しましょうか?」
そう声かけてくれている人がいる。すぐそばで!!
「そんなん、自分でできます! 私の心石ころなんて一つもないし・・・」
そうかたくなになっているのはこっちの心かも・・・
こうじゃないとだめ、これが正しいの!そう思っている心を少しだけ緩めてみたら、神さまの優しさが伝わってくるのかもしれないです。
今日は神父さまいらっしゃらなかったけれど、とてもいいお話でした。![]()
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