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北京オリンピック
も終わりますね。あまり見ることはできなかったのであれこれコメントなんてできるはずもないけれど、私の知らないところでたくさんのドラマが生まれたことは間違いないですね。
時には「 たくさんの問題をはらみながらあんな大げさにしなくても、世界選手権でじゅうぶん素晴らしいではないの 」とも思ったりしますが、いろんな競技の選手たちが互いのプレーに触れて学ぶこともたくさんあるだろうし、何より選手同士の交流はここでしかないものですね。
そんな私の乏しい情報の中で、昨日の男子400mリレーは特に心に残りました。![]()
中学の時に陸上をしていた私はそのころ夢に憧れるような日本を代表する選手たちですら、 オリンピック標準記録
に到達しないので、ほとんど誰もオリッピックの短距離や跳躍種目に参加することができなかった、そんな時代を知っています。オリッピックや世界選手権は遠い遠い存在でした。
陸上競技のように天性に持っている体格や能力が大きくものをいう競技では、欧米の選手と比べるとまるで子どものように見える小柄な日本人が太刀打ちできるはずもありません。
素人目にも明らかです。
見て下さい。同じ陸上競技というのに、種目によって全然選手の体格が違います。
ひょろひょろっと背の高い跳躍の選手、ずどんとでっかい身体の投てき選手、とても均整のとれた体つきの短距離選手、細くてひ弱に見える長距離選手、必要とされるものがそんなに違うということなんですね。
そこになんやかやと言われながらも、日本の短距離や跳躍の選手たちは欧州遠征やトレーニングを重ねて、だんだん自分たちでも少しでもよい記録をつくることができるには、と 様々な試行錯誤 を繰り返し、探ってこられたのでしょう。 たくさんの努力 を重ねられたのでしょう。
経験の積み重ねが 先輩から後輩に降り積もって、重ね合わされて 、とうとう短距離のリレーにメダルをもたらしました。
走ったメンバーが手にしたメダルだけれど、どのメンバーもそれが 先輩や仲間からのたまものによって生まれた ことを真実実感されているのが、本当に素晴らしい。
ひょっとしてこの感覚は常に個人ですべての責任を負いながら検証し戦い、悔しい思いをしている彼らだからこそ、 チームや仲間の力をしっかり捉える ことができたのかもしれない、と思えるのです。
背筋がピンとなるすてきな出来事でした。![]()
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