PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Category
第3水曜なので「聖書深読会」でした。
今日はマタイ福音書22章15~21節です。
15 それから、ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談しました。
ここを読んで思いました。
あぁ~ 今朝もそんなニュースが新聞に載っていた。海自で特別訓練と称して15対1の訓練をして、隊員が亡くなったって!以前にも同じことをほかの隊員に対してしていた。
何で人間てこうなんやろ!今に限らずどの時代でもどこの場所であっても・・・。
他人の非をつつき、なじり、自分を強がって見せる。
それもたいてい群れて息巻き、パワーを誇示する。
多数が「正しい!!」
実は強がっている分だけ弱さをもっていることなんだけれど、それを認めたくない・・・
繰り返し繰り返し行われるこうした行為はなぜなくならないんだろう。
深読で何度も読み返しているうちに私はこう思った。
そうだ!人間というものはこのように 弱くて群れていなければおちつかない
。
そうでありながらなおかつ 誰かより認められたい目立ちたい。
強い自分正しい自分をひけらかしたい。
そのためには他人を罠に陥れてもだましても、あるいは命を奪うことがあってもかまわない。
それほどエゴイストで弱い生き物が人間である。
しかもそのエゴイストな思いはおそらく誰の心の中にも、もちろん私の心の中にもある。
それを日々思い起こすためにあるのではないのか?
素晴らしい喜びと感謝の時間を持てても 、それがずっと続くということはない。 すぐに人間の心はエゴに閉ざされる 。
これほどまでに 強い負の力
は一体どこで生まれてくるのだろう・・・。
生まれたときはかけらもないはずなのに・・・。
Free Space