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昨年の事件後、Tちゃんは 長い長いトンネルの中
にいました。
本人もなぜそうなるのか分からなかったのです。
なぜそれほどまでに、怒りがこみ上げてくるのか・・・
なぜそれほどまでに、悲しみが深いのか・・・
時が流れることによってそれがだんだん分かってきました。それは、
自分にとってたくさんの楽しい嬉しい思い出の詰まった場所こそが悲しみを生み出す場所になってしまったこと。
それはもう取り戻すことのできないもの。決してやりなおすことができない。
つまり、彼女にとっては自分の人生全体を傷つけられたのと同じことだったのです。
理不尽にも被害を受けた自分だけが苦しみ、責任を負うべきところは少しも動かず・・・
だからどこまでも彼女の怒りは膨らんでしまった。
だから 長い長いトンネルの中
にいたのです。![]()
でも、昨日のシスターの修道生活50周年を祝うミサは彼女に違うものをもたらしました。
昔からTちゃんのことを可愛がってくださってきたたくさんシスター方の 優しいまなざしと笑顔
50年という月日を奉献という毎日に生きた3人(2人のシスターと1人の神父さま)の方々の 神様への感謝の気持ちと信頼
そして兄のお説教のテーマは 「存在の愛」
でした。
「 私があなたがたを愛したように、互いを愛し合いなさい。これがわたしの掟である
。」(ヨハネ15章12節)
キリストと弟子たちは主人と僕ではなかった。「友」
修道生活50年を祝う方々にとってこれからの毎日はいろんなできない、に出会っていくことになるでしょう。常に自分を無にして他者のために働くことを自分の中心に添えてこられた方々です。それができなくなることは大きな支えを失うことになるかもしれません。もしそうであったとしても、それでも命ある限り、神さまはあなたの存在を喜び、共に歩んで下さる。
その言葉はTちゃんにはこのように思えたことでしょう
悲しみにある時、怒りに包まれている時こそ、そばにいて下さっていた
事件が何もかも自分のすべてを奪ったのではなかった
私はちゃんとここにいる
慈しみを感じることができる私がいる
それが彼女の涙だったのです。
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