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7月11日から4泊5日で家族で福岡に行って来ましたっ!!福岡はニュースでも報道されてた通り、すっごい雨が降っててお天気は最悪だったけどそれなりに楽しんできました飛行機で行ったんだけども初めてラウンジに行ったよ出発前に少し贅沢な気分になれるね(*´∇`*)アルコール(ビール・ウィスキー・ワイン等)やソフトドリンク(コーヒー・紅茶・ジュース等)やピーナツ系のおつまみもあって、セルフなんだけど好きに飲めるから気楽でいいよね?私はコーヒーとオレンジジュース飲んだよ90分の空旅を前に飲みすぎた感があったから、ちゃんとお手洗いに行って…(;^ω^)さぁー福岡へ出発福岡に着いてからは色々あったけど、今日は美味しかった食べ物の写真アップします博多って言ったらラーメンだよね?福岡に行くと行きつけの美味しいラーメン屋さんがあるんだけど、今回はそこまで足を伸ばせなかったから、『名代ラーメン』ってとこで食べました紅しょうがと辛子高菜をのせてこんな↓感じのラーメン食べましたっ!!それとね、焼きとりも食べに行ったよ!千葉の…っていうか、関東の焼きとり屋さんって『鶏肉』メインなんだけど、福岡の焼き鳥屋さんって『豚肉』もあるんだよ☆「豚バラ」ってゆーんだけど、塩焼きですっごい美味しいんだー大皿にキャベツを敷いて、キャベツのたれをかけて、その上に「豚バラ」をのっけてあってね←昔からの定番七味をかけて食べるんだけど、ビールとすごく合ってて抜群に美味しいの(*^艸’)何杯でもいけちゃうよ笑福岡に行ったら是非食べてみて下さいこんな↓感じです!それから福岡のうどん屋さんで超有名な『牧のうどん』にも行ったよ!何が有名かって、美味しいのはもちろんだし、チェーン店舗数も多いし、それと食べても食べても減らないことが有名かなほんとボリュームがあるの(´∀`)注文したうどんと一緒に小さめのやかんもテーブルに運ばれてきてね、やかんの中身はうどんのつゆ☆食べるのに少し時間がかかるから、つゆを足しながらお召し上がり下さい…ってゆうサービスだと思うそのうどんにネギを入れて食べるんだけど、ネギはすり鉢に入って各テーブルに置いてあるからお好みで好きなだけねでも今回不思議に思ったんだけど…福岡のうどん屋さんって、どうしてネギをすり鉢に入れてるんだろ?この日はごぼう天うどんを食べました(^ω^)それと4人でかしわご飯を2膳食べました!「かしわ」って「鶏肉」のことで、関東で言えば、かやくご飯?鶏ごぼうご飯?…的な感じです。ボリュームうどんにかしわごはん……行動意欲がZEROになったのは言うまでもありません笑なんか『牧のうどん』の件がめっちゃ長くなったwwwすみません一応これも写真貼りますねこんな↓感じです!あと、ホテルの博多風の朝食とか、もつ鍋とか、ピエトロのパスタとか…たくさん美味しいもの食べたんだけど、写真を撮るの忘れたってゆーね習慣ついてないとダメね、残念(;ω;)まぁこんな感じだけども、食事に関しては満足の旅でした
2010年07月20日
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ちぃは今日から4日間の期末考査今回の期末までが、学校推薦の成績に関わってくるのにちぃさんあんまり頑張っておりません(;ω;)やれば出来る子(親だけが思ってるという疑惑あり)なんだけど、やらないから出来ない子になってます(´-∀-`;)部活やってる時のほうが成績いいってどういうこと?引退してから初めての中間テストは最悪でした学年順位もどーーーーーんと下がって笑うしかなかったよ(・ω・)というより、ちぃの総合点は確かに下がったけど、それよりも学年の平均点がぐーんと上がってたんだ!きっとみんなが頑張ったんじゃないかな?ここぞって時に頑張れるみんなはエライそんな時にタイミングを外すちぃはやっぱりバカだよね?そんな感じで今回もタイミングを外しそうなので、嵐で釣ってみました(*´∇`*)ちぃは今すっごく嵐の二宮くんが大好きで、二宮くんの映像見ては「鼻血でそう」とかウハウハしてますエリーは相葉ちゃん見てキュンキュンしてます(ついでに私も翔くんを見てニヤニヤしてます)な・の・で「今回の期末テストで750点(9教科で900満点)以上とれば、 ちぃが持ってない嵐のDVD(多分3枚)全部買ってあげるよ!」って、言ってみました。そしたら、「えーーっ!何でもっと早く言ってくれないの? せめて3日前でも言ってくれたら超~頑張ったのにぃ~(*`З´*) テスト当日に言うとか信じらんないよ」って、大泣きしそうな勢いで肩を落としたので特別に追加しました←甘い?700点以上で…DVD2枚650点以上で…DVD1枚650点以下は…嵐のTV番組全部観覧禁止嵐で釣らなきゃ勉強しないとか…本当に情けないけどこれが現状です(´;Д;)自分の将来のことをちゃんと考えてれば、今やるべき事とか自ずと見えてくるんだろうけど、ちぃさんはまだまだ未熟者ですまぁ…でも一応やる気にはなったみたいなので、これはこれで今のところ有りかな?(´ェ`)ン-・・最近のエリーとちぃのプリです。ちぃのプリはたくさんあるんだけど、エリーのプリってないんだよね(´-∀-`;)やっぱりプリクラって大学生になると急に撮らなくなっちゃうみたいねこれもちぃから誘われてエリーが嫌々撮ったんだってエリーと並んでもちぃのテニス焼けはあまり目立たなくなったよホント去年の今頃の写真と比べると随分白くなったよ!笑それとこの間、秋葉原に行ったときのちぃのプリも貼っておきます。この3人は元テニス部だから、日焼け具合は同じくらいです!笑この日は朝から出かけたのに帰宅は夜の11時半ちぃの門限は原則的に22時ですが、かなりゆる~い感じの約束です。友だちと出かけたらそのときどきの状況で門限が変わります。それはちぃに絶対的信頼があるから出来ることなんだよね「親が知らないとこでは…」とか言わないでね!笑ちぃを知ってる人は分かってくれると思います♪エリーももちろん信頼してたけど、長女ってこともあって今考えると可哀想なほど早い門限でした。高校生なのに20時とかねwwwちょうど盛り上がってる時間に帰る感じだよね?( ・´_`・ )だからその反省もあって次女のちぃはゆるくなりました!笑ちなみにエリーの今の門限は23時大学生には早い?かもしれないけど、20歳超えたエリーたちはお酒を飲んだりもするし、そんな状態であまり遅いのもねぇ…という考えからそうしてるんだけど…どうなんだろうね?…( ̄  ̄;)秋葉原からのちぃの帰宅時間からするとエリーとしては、「私の門限、高校生より早いってどういうこと?」って感じだろうね?笑でもまぁ…しばらくはこれでいきます*フォトアルバム「み~ちゃった」更新しました♪ いつも楽しみにしてくれてありがとうございます
2010年07月05日
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あ~天国天国涼しーい1週間ぶりに我が家のリビングにエアコンの風が帰ってきました!故障してて…もう地獄だったよやっと今日修理に来てもらって、ほんと助かったもう夏はエアコンなしじゃ過ごせないね今日は日曜日だけどエリーとふたりきりエリーは今週遊び過ぎたので今日は休養ね(^ω^)でも明日は友だち6人と読売ランドに行くんだって!あっ!でもバンジーはもうしないそうです笑主人は休日出勤で夕方まで品川で仕事して、それから福岡に出張この時期は毎年忙しいです(;´-`)マイルも随分と貯まったよちぃは友だち3人と秋葉原に行っちゃった!友だちの1人がめっちゃAKBのファンで、抽選でAKBの公演が当たったら見るとかで…ちぃはあまり乗り気じゃないみたいだけどまぁ~そういう付き合いも大事だしね(;^ω^)だから帰宅は遅いだろうな。3時にエリーと楽しくおやつ食べましたちなみに今日のおやつは生キャラメル昨日札幌の出張から帰ってきた主人のおみやげ☆生キャラメルを食べながらエリーから面白い話を聞いたちぃがこの前M君から、「千咲(ちぃの名前です)のプリクラくれる?待ち受けにしたいです」って言われて、こんな変顔のプリクラを送ったんだってΣ(゚Д゚ノ)ノ左がちぃ何でこんな変な顔したふざけたの送るんだろうね(;ω;)待ち受けにするって言ってくれてるんだから、もうちょっとまともなの送ればいいのに…ちぃって何かこんなとこ意地悪ってゆーか、何か素直じゃないんだよねでもM君が、「かわいいな、ありがとう、大事にします」って本気で嬉しそうなお礼メールくれたみたいで(;^ω^)意地悪ちぃさんはどうしたかと言うと…メールの最後にちゃんとにっこりバージョンのプリを送ったらしいですツンデレやー\(^o^)/その話題でおやつの時間はエリーとふたりで盛り上がってました!笑エリーが言うには、「ヘン顔を送った時にM君が、『まともなのくれよ』とか言ってたらちぃは素直じゃないから、にっこりバージョン送らなかったと思うよ!でもM君がめっちゃ喜んで『大事にします』とか言ってくれたみたいで、何か嬉しかったみたいよ、ちぃってやっぱイマイチ分かりずらいね!笑」普段のちぃのことなら私もエリーもよく分かるんだけど、男の子に対してのちぃのことは、ホントあんまり読めません笑でもM君には無理をせず自然体でいられるみたいで、何か嬉しく思いますでもでも素をだしすぎてM君から、「千咲って超ドSだな」とか言われてるらしいちぃさんほどほどにしましょうね笑*フォトアルバム「み~ちゃった」更新しました!!
2010年06月27日
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朝、家族を送り出した後は、コーヒーを飲みながら音楽を聴き、家事をする前にちょっとゆったりとした時間を過ごします(^ω^)この時間はなんとも大好きだなぁ今日もいつものようにそうして自分の時間を満喫してました。いつもと違うといえば、ipodを久しぶりにシャッフル機能にして色んな曲を聴いてた!最近はちぃの影響で嵐ばかりを聴いていたからね(;^ω^)でね、ふいにあの曲が流れて…泣いちゃいました以前このブログにも書いたけど、コブクロの『ここにしか咲かない花』これを聴くと、東大病院の14階の窓辺に座り、エリーとふたりでいつも外ばかり眺めていたあの頃を思い出して、やっぱり今でも泣いてしまいますでも以前と違い辛いことを思い出して涙がでるんじゃなくて、「エリーは痛い検査とか辛い治療とかたくさん頑張ったよなぁ~」とか「ちぃには留守番ばかりさせたけど強く頑張ってくれたよなぁ~」とか「パパは本当に頼りになったよなぁ~」とか家族が一丸となってエリーのために頑張ったことが思い出されて、「みんなよくやった!!!うんうん」って気持ちの涙です!そんな色んな気持ちも含めてこの歌は、私の一生涯忘れられない歌になるんだろうなと思いますエリーの血小板は相変わらず低くて治ったわけじゃないけど(でもあの頃に比べると2万は上がったよ←すごい進歩)こんなにも穏やかな気持ちでこの歌を聴けることが嬉しいな(*^艸’)きっと、「やれるだけの治療は全部やった」っていうやりきった感と、「ITPなんか怖くない」っていう徹底的に調べ上げて正体も分かった安心感と、「ITPと上手く付き合っていこう」っていう発想の転換で、こんな気持ちになれたんだと思う。こう思えるまで3年くらいかかっちゃったけどね(´゚∀゚`;)上手く付き合っていこうとは思うものの、たまには無茶しちゃいますよというか、エリーは運動制限しているだけなのでスポーツに興味がないエリーには何の制限もないのと同じです(;^ω^)プレドニン(ITPの代表的な治療薬)もエリーにはまったく効かないので、薬はもう2年以上何も服用してないです。だからこのブログを見ても分かると思いますが、現在はITPのことを忘れたような生活をしてます(;゚ェ゚;)あっ!そうそう無茶なことの話だけど、その代表格の話をひとつ!もう1年前のことだけど、エリーさん、読売ランドに行ってバンジージャンプやっちゃいました怪我をしないように気を付けて生活させてるのに、当の本人はバンジーとか絶叫系の乗り物は全部制覇したとか運動制限してる意味ナシ…ほんと信じられないよでもね、「すっごい楽しかった~!バンジー最高っ」と言うエリーの輝いた笑顔と、「血小板も低いなりに順応します」と言ったドクターの言葉を思い出して、「そう?楽しかったなら良かったね」としか言えなかったんだよねぇ…それに何となくエリーの気持ちも少し分かるんだきっと自分の身体を試してみたかったんだと思うんだみんなと同じ様に出来る自信がほしかったと思うんだだから…本当はダメなんだろうけど…大丈夫だったからいいよね?そうそうそのバンジージャンプビビリまくって中々飛べない友だちの中で、エリーだけ何の躊躇もなしにすぐ飛んだんだって!エリー!超~ナイス度胸笑そんな感じでたまにはハメをはずしちゃいますが、出来るだけエリーのしたいことをさせてあげながら、これからもエリーと一緒に頑張っていこうと思います
2010年06月14日
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昨日はエリーの大学の友だちが4人お泊まりにきましたっ!!エリーを入れて女子大生5人、それにちぃも加わるともう賑やか過ぎ(;^ω^)家が揺れそうな勢いで笑い声が響いてました若いっていいなぁ~ってつくずく思いました!笑でも今回のお泊りは夜の11時頃から翌朝8時までのショートスティ昨日は「女子会」の帰りでみんな少しお酒が入ってたし、翌日は大学の授業が1眼目からあるしで、我が家に着いてからは、すぐシャワーにして、早めにパジャマに着替えて寝る準備をしました!でも、、、アイスやフルーツ、お菓子を食べて、ひたすら喋って盛り上がり目はランランと冴えわたり…いっこうに寝ませんでしたその間、私はおもてなしにバタバタして忙しいのに、主人はリビングのソファに座って、「飲み物は出したか?」「お腹は空いてないのか?」「足りないものあるなら買ってくるぞ」「エリーの部屋に行って聞いてこいよ」とか、すっごいうるさいの(*`З´*)「そんなに気になるなら、自分で聞いてきてよ」っていうと、「俺がウロウロしてたらまずいだろ」なるほどなるほど、主人は主人なりに気を使ってるわけで…だからリビングから出ずにじーっとしてるのね(;^ω^)ちょっと可愛い笑あっ!「女子会」ってゆーのは、女の子だけで1日中遊んじゃおう…と言う主旨のもと作られた会らしいだから昨日は昼の11時に集合して、昼ごはんにスイパラで食事して、一旦大学に行きゼミに参加して、カラオケで2時間歌い、最後に飲み放題がある居酒屋で食事、というコースだったようです。エリー曰く、「たまには女の子だけのほうが気楽で楽しい」らしいですそう思ってるのはエリーだけじゃなく、女子会のメンバーみんなそう思ってるんじゃないかと思うよそう思わせるほどみんなの表情は楽しさいっぱいに見えましたみんな底抜けに明るいエリーは立派な教授に教わり、気の合う仲間に囲まれて、本当に良い環境で大学生活を送れてるようです良かったぁ~(*^艸’)写真を1枚☆これは去年の夏にゼミのみんなで長崎旅行に行った時、この女子会5人で50センチのパフェに挑んだ様子です!完食したからって景品もらえるとか、無料になるとかはないけど、一応完食したそうです\(^0^)/1番頑張って食べたのは、ちょっと写ってる綾子ちゃんです(ちなみにお値段は2000円w)この長崎旅行も4泊5日と長い日程だったし、エリーにはどうかなぁ~と悩んで行かせるのも躊躇したんだけど、全然大丈夫でした!もし行かせなかったら、今のエリーの笑顔は無かったように思います。そう考えると、高校の修学旅行も行かせたほうが良かったのでは…と思ってしまいます。でもね、あの時はあの時で最良の決断をしたんだし、そういう意味では後悔してないようん!色々と失敗もあったかもしれないけど、いいよね?今が笑って過ごせるなら、いいよね?失敗は成功の元っていうし…笑そう信じてこれからも頑張らなきゃね
2010年06月08日
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今日は夕方からちょっとバタバタした。主人は休日でゆっくりしてたのだけど、会社の人から電話が入って、急遽、最終便で福岡へ。電話を切ってからが大変で、主人は身支度、私はお泊りの用意、エリーは携帯で飛行機の予約とホテルの予約、ちぃは…特に何もしてません笑あっ時間のカウントダウンしてました(;^ω^)この間、約15分私が最寄り駅まで送って、無事20:10の最終便に間に合ったようです家族の見事な連携プレーだったよそして今は…リビングのダイニングテーブルでエリーはお絵かき、ちぃは中間テストの勉強をしながら、たまに息抜きにお絵かき、メリーはエリーの膝の上でゴロゴロ、みるくはちぃが座ってる椅子の背もたれでスヤスヤ、BGMには最近我が家でブームの嵐が流れてて、見慣れた光景なんだけど、何か好きだな、こんな感じエリーとちぃがそれぞれの作業をしながら、何やら微笑んでお喋りしてる。そんな二人を見ながら、ふと思った。あと何年こんな時間を過ごせるのかなぁ…って。エリーは21歳、ちぃはもうすぐ18歳いずれ結婚して、この家を出て行くだろうから、あと早くて3~4年?結婚なんてまだまだ先だと思ってたけど、そんな先のことじゃないよね?エリーは多分、内定をいただいた銀行で職場結婚しそう。エリーって価値観を重要視するとこがあって、好きな人ができてもその人にズレを感じると嫌いになるっていうか、急に冷めてしまうみたいな…そんなタイプだから同じ職場で、同じ環境にいる人を選びそうな気がする。エリーの将来の旦那様は銀行マンかもねちぃはどうだろうな?ちぃは好きになるまでが時間かかるけど、その分じっくり好きになる感じ。その人にズレを感じようとマイナス点を見つけようとも、好きになった人は好き!でも自分が大切にされてないと感じると、はなれていくねそんなタイプかな?だから自分を大切にしてくれる人だったら、ちぃもよそ見することなくそのまま結婚しそうな気がする。私と主人は今のちぃより若い高校2年で知り合って、遠距離恋愛を経ての結婚だしね♪そんなことをボーッと考えてたら、二人の会話が耳に入って妄想中断笑何やら…ちぃに告白してきた男の子の話してる部活引退してからのちぃは3人の男子に告白されたらしい(*_*)(モテ期に入ったのか?笑)しかしテニスしてる時のちぃって、そんなに近寄りがたかったのかな?なになに?←聞き耳をたててます告白してきた中の2人は、ちぃ曰くありえないらしいので別として、1人は唯一ちぃが普通に話せる人で(ちぃは人見知りのため、ほとんど男子とは話しません笑)告白されたと言っても「お前のことが好きだ」としか言われてないらしいどうも恥ずかしさの限界で、「好きだ」の後の言葉が言えずに次回に繰越とか。(今どきのチャラい高校生っぽくなくて私は好感がもてるな)「今度会った時にしっかり言うから」ってことで、その今度が今月末らしいなるほどなるほど…って今月末ってもうすぐじゃんエリーが色々アドバイスしてるけど、ちぃは「そうかなぁ」って顔してあんまり同調してない様子(´ェ`)ちぃは何て返事するんだろうね?ちぃの性格からすると、もしかして将来ちぃの旦那様になる人かもしれないから、ちょっとドキドキする(;^ω^)長い付き合いになると、そうなる可能性は『大』だよ何はともあれ、ちぃの気持ちが1番大事だからね…ってエールを送りたいけど何か怒られそうだから、今日は聞かなかったことにして知らんぷりしてよ(*^艸’)我が家の小さな女の子たちも、恋愛の話をする年頃になったんだなって改めて思った!私は何か喜ばしいような気持ちだけど、ダーリンはきっと寂しいだろうなおーっと、もうこんな時間私は朝が弱いんでそろそろ寝なきゃ。明日は目覚まし役のダーリンがいないから朝が不安だよでも出張の時はモーニングコールしてくれるんだ!これには本当に感謝してる(これだけね)それではおやすみなさーい(ρд-)zZZ
2010年05月26日
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17日18日と2日間、ちぃの友だちのななちゃんがお泊りにきました!ななちゃんとちぃは小学校からの友だちで、以前このブログにも度々登場してくれた子です!笑中学生の頃はちょっと仲たがいをした時期もあったけど、やっぱり仲良し高校は別々の学校に行ったけど、やっぱり仲良しななちゃん曰く、「ちぃとなら1時間無言でも全然平気」って言ってた。ちぃ曰く、「ななとなら思いっきり力抜けれる」って言ってた。ふたりでスーパー銭湯?みたいなとこに行ったり、ファミレスに食事行ったり、泊まりにきたのが平日だったけど、思いっきり楽しんでました夜もちぃの部屋からふたりの笑い声が、明け方まで聞こえてたよ泊まりにくるといつもそうだから、ほっといて私は先に寝ました(;^ω^)朝になって起こしにいったら…ビックリちぃの狭いベッドで窮屈そうに一緒に寝てた!もう高校生で身体も大きくなったし(ちぃは全然変わらないけど)ななちゃん用にお布団用意してたのに、ちぃのベッドで寝てた!な~んか二人とも可愛い寝顔だったよ~笑いながら寝ちゃったのかな?みたいな寝顔だったの暫くその寝顔をじーっと見つめながら思ったないつまでも2人の友情が続きますように…って。そう願ったあとは、可愛い寝顔のふたりを無情にもたたき起こし急いで支度させて、朝ご飯もしっかり食べさせて、おそろいのお弁当を持たせ、ちゃんと登校させましたふぅ~任務を果たしたぞー!!!17日はちぃたちが外食したので、私たちも外食しました。外食っていってもラーメンなんだけどね(´∀`*)いつものラーメン屋さんに行ったら臨時休業で「どーするどーする?」ってなって悩んだけど、胃袋がもうラーメン食べる状態になってたから、車を適当に走らせて最初に見つけたラーメン屋さんに入ろう…で意見一致!たまには新しい味を求めて冒険だいふ~らふら15分くらい走るとありました、ちっさいラーメン屋さん(´・ω・`)外から店内を覗いてみると、カウンター10席だけのちっさいラーメン屋さんちょっと躊躇したけど…冒険じゃ!入りました!↓このラーメン食べました♪ 初めてだから普通のラーメンをオーダー あっ味付け玉子をトッピングした。 背あぶらとにんにくと野菜は 無料で多めに出来るらしいけど 今日は全てノーマルで! すごく脂っぽく見えるよね? でもね、そうでもなかったよ。 期待してなかったんだけど(ごめんなさい) すごく美味しかったよ 味付け玉子は少し甘めだったけど、 たまにはいいかなって感じ。 ただ…博多ラーメン好きの私たちには麺が太すぎた。 でも…このスープには細麺は合わない気もするから んーとね、ラーメン評論家じゃないから 上手く言えないけど これはこれでいいんじゃないかな…と思いました 結論は、冒険成功です! 満足しました♪ 今度はちぃも一緒に行こう あっ!でも少食のちぃには無理かもね( `pq´)
2010年05月20日
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5月の第2日曜日は母の日私は人間的にも未熟で全然「母」らしくありませんが、エリーとちぃにとっては一応「母」ですのでお祝いしてもらいました笑エリーからは…昨日私が大好きなお好み焼き屋さんに連れて行ってもらいました!そこはぽんぽこぽんで有名な「道頓堀」以前、あの好きな匂いに包まれてパートでもしようかな?と考えたこともありますが、どうしても「いらっしゃいませ!ぽんぽこぽん」と言えそうもなく挫折したことを思い出します笑おっと、話をもどします。遅めのランチタイムぎりぎりに行ったので、店内も空いていて落ち着いた空間での食事でしたランチタイムのサービス価格だったので、エリーのお財布にも優しかったです\(^0^)/ 最初はもんじゃ焼き 家で作ったことはあるけど、外で食べたのは初めてでした。 焼き方が正しかったかどうかは不明ですが…美味しかったぁ~!!! ちょっと感動でーす! はいっお次は定番のお好み焼き ミックス焼きをオーダー 画像はないけど「モチーズ」っていう お餅とチーズが入ってるのも食べました! 店員さんがサービスしてくれてお餅を2個多めにしてくれた! (店員さんありがとうございました) 私の大好きな味で幸せでした コレは普通にかつお節と青のりをトッピング←定番ね 次はコレ たぶん「ドロタク焼き」だったと思うけど何の略? 普通のお好み焼きよりも山芋のとろろが沢山はいってるの エリーがとろろ大好きっ子なのでオーダーしました。 でも画像的には美味しそうじゃないでしょ? エリーはお好み焼きにはソースonlyが好きなんだよ でも…あまりにも美味しそうじゃないので、青のりだけ少しかけました お好み焼きと続いたら次は焼きそば 家で焼きそば作る時、木くらげって入れる? 我が家は入れないんだけど… 道頓堀の焼きそばには入ってるんだよね? 大阪では入れるのかな? フライパンなんかで作るより、 鉄板の上でじゅうじゅういわせながら作ると 数段美味しく出来上がりました! もんじゃ焼き→お好み焼き→焼きそばと、 ここまでは全てハーフサイズだったので、 色んな種類を食べれてとても得した気分 他にはドリンクバー 私がランチサイズの大根サラダ エリーがとろろご飯、それと… 今日は何処にも行く予定がないので思い切って「にんにく焼き」 私は食べてないけど、 ホクホクしてて美味しかったらしいです♪こんなに食べたのにお会計は2600円くらいでした(*_*)ねぇ~ビックリするほど安くない?お腹もお財布も大満足ですエリーどうもごちそう様でした…ありがとうちぃからはね…ジョニー・デップ様の映画チケットをもらいました予算の関係上1枚だけらしいエリーを誘って来週あたり観に行ってきます!それと「気持ちのプレゼント」と言って、9日は一日中私に付き合ってくれて、お買い物に一緒に行ったり、家のお手伝いもしてくれた!それとガーナチョコを綺麗にラッピングしてメッセージ付きでくれました♪高校生でもまだまだ可愛いねいつも私がエリーとちぃのお世話をしてあげてるのでまぁ~これくらい当然といえば当然……とか、可愛いくないこと言うのはやーめた!笑本当に嬉しかった毎年、最高の母の日をありがとう…と素直に言います
2010年05月12日
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ちぃが部活引退して3週間ほど経ちましたが、ちぃは新しい何かを始めるようで、もう前向きに頑張っていますが、私はというと…喪失感いっぱいで寂しい中学の軟式テニス部から高校の硬式テニス部引退まで5年ほどありましたが、その生活に慣れすぎてしまって、何か部活がない生活に慣れないまず洗濯物がぐーんと減ったね主婦としては楽になってよい事なのだけど…寂しーい朝練もないから起床時間が1時間遅くなったね寝ぼすけの私には嬉しいことなんだけど…寂しーい週2回のテニススクールの送り迎えもなくなったね車の渋滞でイライラすることもなくて良いんだけど…寂しーい試合の応援に行くこともないしねハラハラしながらの応援に胃が痛たむこともないんだけど…寂しーいそして何より寂しいのはテニスをしているちぃを見れないことかな今までは試合の時はもちろんだけど、週2のテニススクールでも見てたから、ちぃのテニス姿って、もう私の生活の1部だったんだよねそれがもう見れないとなると…「うううっ」って感じですでもいつまでもそんなこと言ってられないから、家のいたるところに溢れているちぃのテニス道具を片付け始めましたよ本当にたっくさん!試合の時に持っていくラケットバックこんな感じのバック(右がちぃ) ↓ちぃの場合はこのバックにラケットを2本、テニスボールを5個くらい、2食分のお弁当、2リットルのジャグに麦茶、1.5リットルのアクエリアス、着替え、スポーツタオル2枚、女子セット(日焼け止めや洗顔クリーム、清汗剤、くし等)、冬はこれに防寒着とカイロが増えます(;^ω^)だから重いよ~この種のバックも、もう必要ないから片付けなきゃあっちぃが使ってたラケットはコレです ↓この画像はカタログのコピーなんだけど、ちぃが使ってたのはコレです。高校生の試合ではガットにメーカーのイニシャルがはいってたらダメなんだって!このラケットはPrince の”オースリー スピードポート ツアー ”ヘッドサイズは97平方センチで、ウエイトは300gで、グリップは2です。女子は250g~285gを使ってる子が多いから、ちぃのはちょっと重ためちぃは156cmの44kgで体格がいいわけでもないし、特別腕力があるわけでもないから試合が長引くと段々ラケットが重く感じてくるらしいよだったら代えれば?って話なんだけど、ちぃはこのラケットが大好きで、このラケットしか使いませんでした。他にも290gのラケットとか持ってたのにね大好きっていう理由もね、笑っちゃうよ?「最初に見た時に一目ぼれしたの」っていう超~単純な、テニスには関係ない理由ってゆーね変なとこにこだわりをもつちぃらしいと言えばそうなんだけどねラケットはまだ片付けなくていいかな?気晴らしに打ちに行くこともあるかもだしねさぁ~いつまでもしょんぼりしてても仕方ないね?今度はちぃの大学受験に向けてサポートしなきゃねでもちぃはまったく受験に向けては頑張る気はないらしく、「バイトをしたい」とか言ってます!大学は学校推薦で行けるとこにするらしい…(まぁどうなるかはまだ分かりませんが)そうそうそれに、ちぃが部活引退するのを待ってくれていた男の子がいて、GWに告白されたらしいですちぃもビックリしたらしいけど、テニスの邪魔をしないように気を使っていてくれたことにちょっと感動したようです!いいなぁ~青春してるよね?でもどうなるんでしょ
2010年05月06日
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エリーは大学4年今年の3月くらいから就活をしていたのですが、昨日第一希望であった都市銀行の内定をいただきました良かった~一安心です!この就職難の時代によく乗り切ってくれたと思いますエリーは親の私が言うのもなんですが、性格的に銀行はピッタリな気がします何ていうか、人からの期待を裏切りたくない気持ちがとても強く、「そこまで気を張り詰めなくてもいいんじゃないの?」と、思うくらいの頑張り屋さんです。教授たちからも「責任感が人一倍ある」と評価していただいて、内定した都市銀行も大学推薦をしていただいたんです本当にありがたいことです。エリーもよく頑張りました褒めてあげていいよね?家では外での緊張感の疲れからかめちゃめちゃダラダラしてるけど、そうやってエリーなりのバランスをとってるんだと思いますダラついてるエリーを見る私はイラつくけどねまぁいいっかこれで就活もしなくてよくなったし、卒業できる単位もとってるらしいので、後は卒論を頑張るらしいです大学に入学してからは勉強のこととか一切介入してなかったんだけど、ちゃーんと自分でプログラム立ててやってたんだね?私の大学生のイメージって、学校にはあまり行かずバイト三昧で遊び三昧で卒論も締め切り間近に焦って仕上げる…的な感じ(ダーリンがそうだったからか?)だからすごくエリーのことが頼もしく思いました…って世間では当たり前のことなのかな?ちぃも部活引退したし、エリーも内定もらったし、無駄に忙しかった私も何とかゆっくりできそうです!それはそれで寂しいのかもしれないけど…ねサークルの仲間たちとのエリーの最近のプリですエリーの許可がないので、またモザイクで申し訳ないです*フォトアルバム「み~ちゃった」更新しました!
2010年04月30日
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4月16日にダブルスの地区大会がありました(この間の日記に18日って間違えて書いてた(゚∀゚ ;)すみません)結果から先に言うと、ちぃとYちゃんペアはベスト8でした県大会にはベスト5までしか行けないので、残念ながらちぃペアはここで終了これで完全にちぃは部活引退になってしまいました。1回戦2回戦3回戦は余裕を感じるくらい良いプレーをしてて、応援していても楽しかったちぃのサービスエースでポイントをとり、Yちゃんの絶妙なボレーでポイントをとり、お互い声を掛け合い、息もピッタリで見ていて気持ち良かったよ普段から仲良しだからお互い信頼しあってて、3試合とも本当にナイスなプレーでした!!4回戦はベスト4を決める大事な試合だったけど、シード1と当たりましたさすがにシード1という感じで、隙がないんだよでもちぃペアも頑張ってたよ~強打を打たれても、右に左に振られても、前後に走らされても、頑張って打ち返してましたスコアーは1-6と散々だったけど、スコアー以上の試合だったと思うよこの時点でちぃペアはベスト8ここまでくるには予選から(ちぃは直接本戦出場なのでやってませんが)10試合ほど勝ち進まないとこれません。だからやっぱりもうみんな上手だし、当たり前だけど強いです。その中にちぃペアが入ってることだけで私はとっても嬉しかったですそしてベスト4までは県大会出場は決定だから、ベスト4決めの試合で負けたちぃペアを含めた4ペアでの順位戦!4ペアの中から2ペアだけ上位戦にいける最後のチャンス対戦相手は…まさかの同校対決ここまで勝ち上がってきてるわけだから、それだけちぃの高校がレベルが高くて嬉しいことだけど…同校対決はやっぱり嫌だよね?4人共が相手の弱点や得意なとこ知ってるから、結構長い試合でした。……4-6でちぃペアが負けました負けた時点でちぃとYちゃんの部活引退です。もう明日から朝練にも行かなくていいし、放課後の練習も行かなくていいし、土日の練習だって…もう全部全部行かなくていいんだよ。私は心にポッカリ大穴が空いた気分でしたちぃとYちゃんはというと…試合後、誰もいないコートで2人でベンチに座り泣いていました。暫く2人だけにしてあげたくて遠くから2人を見守ってました。全員がそうではないけど、ダブルスペアって勝てば一緒にコートを退場してくるけど、負けると別々に退場してくるペアが結構いるんだ。でもちぃたちペアは勝敗に関係なく、いつも一緒に退場してくるの私的にはすごく好感がもてる2人なんです2人がコートから退場してきたので「お疲れさま」って元気に声を掛けたんだけど…私の顔を見ると2人がまたポロポロ向かい合ってお互いの顔を見ながらポロポロ私もその横でポロポロ引退するにあたっての労いの言葉を掛けたかったんだけど言えませんでした。たくさんの言葉があったんだけど、涙で全部消えてしまって…でも涙で語ったとも言えるよね?ちぃ…本当にお疲れさまでしたちぃの頑張る姿を見ては、ママがどんなに励みになったか…テニスをやってる時のちぃはキラキラしてて、本当にカッコ良かったよたくさんの感動ももらったよ「お疲れさま」と一緒に「ありがとう」って言葉を送りたいです。この日はデジカメ準備万端で行ったのに撮るの忘れてた1枚も撮らなかった(´-ω-`)ちぃのテニス最後の日だったっていうのに…残念ちぃとYちゃんは大会終了後、2人で寄り道して焼肉を食べに行ったよ!今までのお疲れさまと、これからは別のこと頑張ろうっていう意味を込めての食事プリクラも撮ったりして楽しかったみたいですちぃとYちゃんの許可をもらってないから、一応さくらんぼのモザイク加工ですがそのプリクラ(左がちぃ)を貼っておきます笑そうそう(・∀・)ちぃが帰宅してこんなこと言ってた「試合に負けた人たちがいきなり泣いたりするのって、 信じられないってYちゃんといつも話してたんだけど、今日はその意味が分かったよ! 私たちも2人になったとたんいきなり泣いちゃった。 それと私たちが最後の対戦相手をずっと覚えてるように、 私たちペアと最後の試合になった人は、きっと私たちのことずっと覚えてるよね? もう逢えない人たちなのに何か不思議だね 今日は覚えられてても恥ずかしくない試合出来たから良かった」緊張の連続で5試合もやり、部活引退の喪失感もありで、メンタル崩壊気味のちぃは相当疲れていたはずなのに、何故か目は冴えててなかなか寝付けなかったようです…(ノω・、)始まりがあれば必ず終わりがあるんだし、ちぃ…気持ちを切り替えて次の新しい何かを楽しんでね高校3年間のうち2年間はテニスだけに打ち込んでたのだから、次はちょっと気楽にまったり出来る好きなことを出来ればいいね?何でもいいから、ちぃ…また頑張れ~*フォトアルバム「み~ちゃった」を更新しました!
2010年04月22日
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4月11日に行われた地区本戦でちぃは3回戦で負けてしまい…シングルスは引退ですまさか3回戦で負けるとは思ってなかったのでショックでした。相手は過去3回(練習試合を入れると5~6回)対戦してて、3戦3勝と負けなしだったのだけど、最後の試合で負けてしまいました。敗因はきっと、ちぃよりも相手のほうが「県大会に絶対いくぞ」って気持ちが強かったんだと思います。1球1球を大切にプレーしていました。ちぃはというと…(後で聞いたのですが)「テニスをやめたらもうこの人とは会うこともないんだろうなぁ… 会おうとしなければもう一生会うこともないんだろうなぁ…」とか、そんなことをぼーっと考えていたんだって試合に集中しなさいよって話ですよね?まぁちぃらしいっていえばそうなんだけど私としては残念でしたでももう終わったことだし、ちぃが2年間頑張ってきたことは、負けたといえど消えない事実だし、「お疲れさまよく頑張ったね」って言ってあげました。ちぃは…「うん」って頷き、ちょっぴり泣いてました私も…やっぱり泣いてしまいました写真を少しアップしますサーブしてる写真です!ダブルスの試合結果は次回また更新しますね!
2010年04月18日
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次女ちぃは部活で硬式テニスをやってますちぃの入学当初、私たちは全然知らなかったんだけど、ちぃの高校の硬式テニス部は、かなり学校側も力を入れている強い部でしたそんなとこに入部したもんだから、この2年間は本当に大変でした。ほとんどの子が小学校の頃からテニススクールに通ってたりして、本格的にテニスやってる。ちぃはといえば…中学校の時に軟式テニスをしてた程度のテニス歴敵うわけないよね?まぁ敵わないなりにも努力はしたよ高1の10月からテニススクールにも通って、部活も休まず続けて、頑張りました最近の大会の写真を1枚これは今年の2月に行われた大きな大会で、ちぃの学校が団体戦で優勝したときのメンバー!試合前に円陣を組んでるとこです。ちぃは(背中向けてる白いウィンブレ)ダブルスで出場して、1度も負けることなく優勝にちゃんと貢献できました!!!その時のウィニングボールは私とちぃの一生の宝物ですそんな強い学校だから、顧問の先生もいろんな中学校やテニススクールに訪問して、毎年強い子をスカウトしてくるの…今年も県でベスト10内にいる人とベスト20内にいる人が2人…合計3人入部しました。だから当然ちぃの部内ランキングも3つ下がって現在は8番手!3年生の引退試合といわれる4月末に行われる大会は、団体で5人までしか出場できないから、残念ながらちぃは出場できません…実力の世界だからねその大会に出場出来ないとなると、ちぃの引退試合は4月11日のシングルス戦と、4月18日に行われるダブルス戦これは高校生全員が参加する大きな大会!これに勝ち進んでいくと、県大会に出場ができるっていう大会!まずはその地区大会からで予選はもう3月から始まってて、ちぃが中学校で一緒にテニスをやってた友達はみんな負けてしまいシングルスは引退しましたちぃは今までの勝敗で予選は戦わずにストレートで、本戦に行けることが出来ました。だから11日の本戦が初戦です。もちろんどんどん勝ち進んでいってほしーい…けど、4回戦でシード3のSさんと対戦することが、ドロー表をみて分かりましたまぁ勝ち目はないよね?実力的にはね。でも気力と根性と、あとはなんだ?神頼みかな?とにかく後悔しないように頑張ってほしいです今まで頑張ってきた全てを出し切って挑んでほしい。頑張れ~ちぃ
2010年04月08日
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久しぶりにPCの前で悩んでいます。何から書けばいいのかなぁ…って笑最近の家族のこと書こうかな?それともエリーの現在の症状or生活を書こうかな?それともあの日にさかのぼって脾臓摘出の続きを書こうかな?それともそれとも……って感じです笑悩んで決まらなかったので、今日はとりあえずエリーの幼い頃の写真をアップします笑これは小学校1年の時のピアノの発表会です!次回はちゃんと題材を決めてから更新しますね今日はごめんなさい
2010年04月05日
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おはようございます!またまたお久しぶりです毎日忙しい日々に追われて自分を見つめ直す時間もなく、人間の質?レベル?そういうのが下がっていってるような気がしますブログを書くことは私にとって、自分を見つめ直したり、自分の心の整理をしたり、そういった自分形成の役割をしてくれてるんですよね。今月末でちぃが頑張ってた部活も引退になります引退すると私の時間もたっぷり出来るので、また頑張って更新しようと思います放置している間に何通かメッセージをいただきまして、ありがとうございます遅くなりましたが、私からも返信しますね!それと最近のエリーとちぃの写真をフォトアルバムにアップしました二人ともちょっと大人になりましたパスワードを忘れた方はメッセージ下さいね
2010年04月03日
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ブログを休む前、我家の次女ちぃは中2でした。それが今や16歳、今月からはもう高校2年生です。ちぃの高校受験には面白い失敗談があるのですが、それはまた後日更新するとして、無事に一般試験で合格し千葉県の公立高校に入学し、硬式テニス部に入部しました。以前からもおとなしくて性格的にも優しく私の癒し的存在のちぃですが、現在もその性格は変わらずやっぱり私の癒しですでも最近は高校の部活に忙しくとてもハードな生活をしているので、にあまりいるときがないので(´・ω・`)サミシイー部活朝練習・部活放課後練習・遠征試合・合宿・テニススクールに明け暮れて、お休みといえば月1回と雨の日くらい。その雨の日も午前で上がれば午後からは練習って感じ。たまににいるときも、疲れがたまっているのか死んだように寝てますでもねちぃのテニスに対する熱い想いとひたむきに努力する姿はとてもキラキラしててカッコイイそれをを間近で見ていると、私も頑張ってカッコイイ大人にならなきゃってすごくやる気がメラメラして頑張れる気がするっ。・・・・・・・・・ん~まぁあくまでも気がするだけで、実際はちぃを見てなきゃダラダラでグタグタの生活だったりしてますけどねヽ(゚▽、゚)ノ ウヘヘヘちぃは高校生になって人に(母親限定)”やる気を起こさせる”特技を身につけました以前は趣味としてパソコンやお絵描きがあったのですが、今はそんな時間もなくちぃのパソコンは不要な産物と化して性能も古くなりリサイクル品として処分しました。お絵描きのほうは、「ちぃ~一緒にお絵描きしようよ~」と、エリーからの強い要望により、時々はそれに応じカキカキするのですが、10分もしないうちにペンを握って椅子に座ったまま寝てしまい、毎回エリーを怒らせてしまいます。「今日は寝ないからさぁ~」と、言うちぃの言葉をエリーはもちろん家族の誰も信じていませんちぃは高校生になって”どこでもすぐ寝れる”特技を身につけました以前からちぃは友だちに対しては寛大で、「悪気はなかったとおもうんだよねぇ」とか、「嫌なとこもあるけど根はいい子なんだよねぇ」とか等々そんなちぃのある日のテニススクールでの出来事この日の翌日に大きな大会が控えていたので、ちぃのボルテージも上がりもうやる気満々。いざスクールに到着してあたりを見回してもちぃのクラスの人は誰もいない。ちぃが1人でもレッスンは行われるので問題はないのだけど、ちぃとしてはコーチとマンツーマンの練習よりも、思いっきり打ち合いをしたかったらしく、携帯を取り出しスクール友のタカくんに電話をして、「タカ今どこ?何してるの?今日は来ないの?え~っ私ひとりなんだけど・・・もういいっ」と、上から目線的な発言をするちぃちょっとちょっとタカくん何も悪くないんですけど、ただ用事があってスクール休んだだけですけど?余談ですがこのタカくんは昔流行った”3高”で高学歴・高身長・高収入千葉県内ではベスト3に入る高校に通い、身長も180cmくらいあり、高校生だから高収入は関係ないけど、、、ん~でもバイトしているから無収入のちぃよりはそれなりだろうし(どれなり?)そんなことよりもタカくんはとても爽やかで感じの良い好青年なんです。あっ他にもこんなことがありました。雨が降ったりやんだりのお天気の日に「今日はスクールあるのかなぁ~あるよね?ねっ?」と、タカくんに電話「びっくりしたぁ~今授業中だぜ、まぁ家庭科だからいいけどね」と、授業中ならシカトすればいいのに不躾なちぃにも律儀なタカくんタカくんの高校は進学高校のため7時間目まで授業があったりする。普通高校のちぃは6時間目までなのでこういった失敗をたまにする。微妙な迷惑をタカくんにかけてるわけです。以前は友だちに攻撃的なことを言ったり、あまり迷惑をかけることもなかったちぃですが、テニスのことになると他の事がみえなくなるみたいです。ちぃは高校生になって”テニスに関しては猪突猛進”特技を身につけましたちぃの特技を3つほど書きましたが、読み返して思ったことは今のちぃを語るときテニス抜きには語れないと思いました。それほどちぃの毎日はテニス漬けです。私たち家族も全面的にちぃをバックアップしています。私は早朝からちぃをたたき起こしたり、テニススクールの送り迎え等々ダーリンはトレーナーの役割で、ちぃの疲れた身体をマッサージしてあげたり、エリーは自分がスポーツを出来ないのでその思い入れをこめて熱く応援している。ちぃのテニスが上達すればするほど、エリーの鼻は高くなり自慢の妹が嬉しいようだ。知り合いにテニスをやってる人がいれば、ちぃの特別コーチを頼んだりしている姉バカぶり。もう日曜日に試合なんかがあると、待ってました~的な感じで家族みんなでどこまででも応援に行きます。頑張ってるちぃを見て感動したり、試合中のちぃの真剣な眼差しをみて胸が熱くなったりね。エリーが病気になって家族がエリーを中心に動いていた頃、ちぃは寂しさと我慢することばかりだったと思う。今はエリーの症状も緩和され入院する予定もなく家族も落ち着いてきて、ちぃは寂しさからも我慢することからも開放されて、思いっきり好きなことが出来る。それがテニスだった。ちぃ~頑張れ~ちぃ~今度は自分のために頑張れ~
2009年04月02日
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長い間お休みしていたので何から更新して良いのか悩みましたが・・・・・やっぱりエリーのこと、ITPのことを更新するのが1番ですよねこのブログの主旨でもあるし、我家の今も変わらず関心事NO1ですからね2006年8月に脾臓摘出をしてから色々な葛藤や、エリー以外ことで様々な不幸が我家におこったり(詳しくはいずれ更新します)この2年半ほどの間、辛かったり無気力になったり、泣き明かしたり、それでも感動することがあったり、思いっきり笑える日があったり、人間って結構強いんだなぁ~と実感したり、変化ある日々の繰り返しでしたが、エリーは変わることなく、ずーっとITPでしたでもねこうやって笑顔でエリーのことを話せるのは、エリーが元気で笑顔いっぱいで毎日をおくれているからです血小板も相変わらず低いけど(以前は1000~5000の間を行ったり来たりしてた)な・ん・と・現在は25000あります血小板の基準値は14万~35万なのでエリーの25000は全然低いのだけど以前に比べればすごい進歩ですどうして上がったかについては・・・わかりません考えられるとするとやっぱり脾臓摘出でしょうか・・・脾臓を摘出した半年後くらいから6000→8000→11000→16000→24000と、2年くらいかけて徐々に上がってきました24000になったときは家族で盛大にお祝いしましたまったくもって相変わらず大げさな家族です現在のエリーは3ケ月に1回の割合で定期検診に東大病院へ行き、服用している薬は無いです気にしていた体型もプレドニンをやめてからはすっかり元にもどり、以前よりもナイスバディーに変身しました←あくまで本人談です週3日で1日3時間程度のバイトもこなして(ドラッグストアでポップなどを描いてる)今やちょっぴりオシャレな女子大生ですこの体型の変化こそがエリーの中でITPへの悲壮感をなくし、同時に自分自身の自信(あっかみそう)へとつながったと思いますたまに体調が悪くても負けない子に成長してくれましたもちろん私たち家族もポジティブ思考になり成長しましたその原動力はエリーのあの笑顔なんですよね私たち家族が見たかったエリーの笑顔は今や満開です
2009年03月28日
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最後の書き込みから今日まで、2年7ケ月もの長い間更新していませんでした。更新しなかったというか、2年7ケ月ぶりに楽天ブログにアクセスしました。アクセスしてびっくり。削除されて消え去っているだろう・・・と思っていた私のブログがあの日のまま残っていて、みなさんの優しいメッセージがたくさん記されていて、嬉しくて感動して泣いてしまいました。本当にお久しぶりです。このブログで私たち家族は2006年8月24日で止まってました。たくさんの皆さんにご心配をおかけしたままで止まってました。本当にごめんなさい。あっ先にご報告しておきます。エリーは元気ですvvvITPの方は相変わらずですが元気いっぱいです。エリーが元気だということを報告したくて、楽天のシステムも色々新しくなりとまどいましたが更新しました。そして今後はスローペースになるかもしれませんが、・ITP患者のかたにエリーの経験を参考にしていただきたい・エリーを心配してくださったかたにエリーのその後をお伝えしたい・私たち家族の記録として記していきたいと、いう理由で更新していきたいと思います。ほそぼそとやっていきますので、良かったらお付き合いのほどお願いします。今現在はカテゴリも過去と現在がごちゃごちゃで分かりづらいのできちんと整理してから、連絡方法が分かる方にはブログ再開の連絡をしようと思います。連絡方法が分からない方には、いつの日にかこのブログにたどり着いてくれる事を願って待っていようと思います。じゃあ今日はこれで。あ~久しぶりで緊張しました。
2009年03月12日
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S病院の時間外面会時間は朝の10時から。手術日当日は朝早くから病院に行き、エリーのそばにいてあげたかったがダメだった。病院のルールを守り10時になるまで病院の駐車場に待機していた。エリーの手術は血小板が3万になってからのスタートなので、朝から血小板輸血をしてそのときを待った。私はその間エリーのベッドサイドに座り、エリーのお腹をずーっと撫で回した。色白でハリがあって若者らしい本当にキレイなお腹だ。お腹を撫でていると、イロイロな感情が沸き起こり、視界が何度もぼやけてくるが、何度も我慢をした。エリーは私になすがままにされていたが、何も言わず私の好きなようにさせてくれた。お昼12時半の採血で血小板が1万5千まで上がり、あと1時間くらいで3万まで上がるだろうと予測され、手術時間は1時半からと決まった。手術前の準備として、鼻から肺まで管を通した。これは全身麻酔のための管らしい。エリーは「痛い」と言い、ちょっとだけ泣いた。看護師さんに連れられ3階にある手術室まで移動した。エリーはまだ麻酔もしていなかったので歩いてそこまで行った。手術室のドアの前で「あとで読んでね」と、エリーが私に手紙をくれた。エリーは泣き笑いのような顔をして私たちを見てる。私は止めようとしても涙は止まらず、笑って「頑張ってね」と言いたくても私の口からは嗚咽しかでなくて、手術前のエリーに勇気を与える事は出来なかった。それはちぃも同じでエリーの手を握り、滝のような涙を流していた。ダーリンだけが、「エリー頑張れよ。パパたちはそう祈って待ってるからな。ずっと待ってるから安心して手術を 受けておいで・・・頑張れよ」そう力強く言ってエリーを見送った。エリーは手術室のドアが閉まるまで私たちに手を振っていた。待合室に戻り、エリーがくれた手紙を開いた。これがその手紙の一部分。 Dear ママ この度、脾臓を摘出する事になりました。 今、私はきっと手術室の中でしょうね。 きっと不安な気持ちでいっぱいだと思いますが 頑張ってきます。 そして本当にごめんなさい。 脾臓は今までに別にこれといった役割はしてい ませんが十七年間私といっしょに育ってきた、 ママが作ってくれた臓器です。肺のように酸素を 取り入れたり、心臓のように体中に血液を巡らせ たり、胃のように食べ物を消化したりしません が、脾臓はママが作ってくれた大切なモノでし た。それを摘出しないといけないところまでき てしまった自分が情けないです。 自分の力で、体内で治癒できなかったことが 悔しいです。ごめんなさい。 手術室から出てきたエリーは、脾臓のないエリ ーですが今まで通り可愛がって下さいね(笑 血小板が5万くらい・・10万くらいになる事 を祈って眠りにつきます。 次に私が目を覚ます時、必ず私の目の前にいて 下さい。では From エリーこの手紙の差出人の名はエリー(脾臓有り)よりとなっていた。こんな時まで茶目っ気を利かせたエリーを思うと・・私はその手紙をダーリンとちぃに回し、テーブルに突っ伏し寝たふりをした。ダーリンとちぃにはバレバレでも、周りの人には寝てるように見えるだろう。どのくらいの時間を待てばいいのかは、エリーの血小板の数値次第なのだが、だいたい3時間くらいと聞かされていたので、私たちは静かに待った。ちぃは術後のエリーに宛てた手紙や絵を描き、ダーリンはゴルフの雑誌を読み、私はダーリンが用意してくれたPSP(携帯用のゲーム機)で映画を1本観た。ジョディー・フォスター演じる母親が、飛行機の中で行方不明になった娘を捜すストーリーだが、ところどころ集中出来ずに話の前後が分からなかったが、良い時間つぶしにはなった。あとは新宿の上空を眺め、誰ともなしにただ祈り、ひたすら待った。不安が限界に達した午後6時半ちかくにやっと、「エリーさんのご家族の方、手術が終わりましたので医師からの説明があります。 3階の手術室横の部屋に移動して下さい」と、声がかかった。ちぃをドアの外に待たせ、私とダーリンでMドクターの説明を受けた。Mドクターの手はふやけたように真っ白で、長時間手術用の手袋をしていたことを物語っていた。そのMドクターの説明によると(脾摘についての詳細は後日更新します)●胃の近くの筋肉を切断したり、すい臓と脾臓の間を切断したり、 通常はその筋肉に痛み止めの注射を打ちながらの手術となるのだが、エリーの場合は血小板が 低いので注射痕でも出血すると危険なので、痛み止めの注射はしていない。 点滴で痛み止めを身体には入れるが、それでも麻酔がきれたあとはかなり強い痛みがあるだろう とのこと。●腹部についた傷痕は全部で4箇所。 1番大きいのは脾臓を摘出した所で3センチ程度。 その穴には管を通していて、すい臓からもれ出る液を体外に出す為で、これを体内に残すと 他の臓器を溶かしたりして危ないらしい。●手術中の出血量は50cc●手術直後の血小板は6万。 これは血小板輸血をしている効果もあるのでエリーの本当の血小板ではなく、 出血を止める為に維持させている数値。●通常は溶ける糸で縫合するらしいが、エリーの場合はしっかりと縫合するために、後で抜糸が 必要とされる糸で縫合したこと。それとエリーとの約束を果たす為にも、私自身のためにもしっかりとこの目で摘出された脾臓を見た。脾臓は100gくらいの重さで、事前の説明通り原型は留めていなく小さく切断されていた。エリーとの約束は脾臓にお礼を言うこと。私は心をこめて言った。脾臓を見れないエリーの分も心をこめて言った。「エリーの身体から切り離してごめんね。17年間エリーの力になってくれてありがとう。 今日でお別れだけど・・今までありがとう」エリーの顔を見ることが出来たのは7時半ごろ。まだ麻酔が少し残っているエリーは意識が少しモウロウとしていて、それに体中に管を通され酸素マスクもしていて、イロイロな機械を取り付けられ・・とても痛々しかった。ただ、「痛い・・痛い・・」とだけエリーは言って、右手で空をつかむように動かしていた。私はその手をしっかり握った。手術の日でも面会時間は8時までしか許可されていなくて・・「帰らないで・・」と、泣きながら弱々しく言うエリーをおいて私たちは帰らねばならなかった。握ったエリーの右手には、手術中も手術台に置いていたパパのお守りを私の手の変わりに握らせて私たちは帰らねばならなかった。身体も心も傷だらけのエリーをおいて帰らねばならなかった。帰りの車中で3人とも、今日は何も口にしていないのを気付きファミレスに立ち寄ったが結局はお金の無駄になった。精神的に疲れ果て・・それでもエリーのことだけは頭から離れず・・眠れぬ夜をまた過ごしてしまった。人間は自分の宝物を傷つけられた時に何も出来ず手をこまねている時、どうしようもなく無気力になることを知った。今日(24日)のことエリーは創の痛みがまだ続いていますが、自分の足で立ちゆっくりですが歩いています。外科的なほうは日に日に回復しているようで、身体に通した管も徐々に減り、今は左わき腹の管だけになっています。この管も明日かあさってにはとれます。抜糸は28日の予定です。血小板のほうはまだはっきりとは分かりません。止血剤や血小板輸血もまだ点滴されているので、エリー自力の数値はまだ計れていない状態です。昨夜から血小板輸血もやめたので今日には分かるかもしれません。採血結果を聞くのが恐い気持ちもあります。3時からの面会に合わせて今から病院に行って来ます。
2006年08月24日
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ダーリンは今日から4連休をとった。これは毎年のことで、遅い夏休みを家族と過ごすための休日である。でも今年はエリーの手術日に合わせた。朝、病院へ行く用意をしている私にダーリンが、「ねぇ小さくてもいいから布ある?」と聞いてきた。「布って何に使うの?」と私が尋ねると、「いや、それは内緒」「ふ~ん、そう。小さくてもいいのならそこの引き出しに入ってるの使っていいよ」「おう、分かった」と、このような会話をした。ダーリンは引き出しからキャラクターがプリントされている布を取り出すとチョキチョキ。私はゴルフクラブを磨く為の布を切っているんだろうと思い、エリーから頼まれたものを忙しく揃えていた。エリーから頼まれたものは、私が作ったおにぎりと私が作った麦茶。ダーリンはテーブルの上で、裁縫箱から針と糸を取り出し縫っている。えっ~?ダーリンがお裁縫する姿なんて・・結婚して18年経つけど初めてみた。「何を作っているんだろう?」と好奇心いっぱいだったが、私も家事が忙しかったので、余計な口は挟まずダーリンの好きにさせていた。ダーリンが1時間以上かけて作った物はコレ。 エリーのためにお守り袋を作った。 この中にエリーへのメッセージを家族それぞれ書い て入れるらしい。 ダーリンに言われるままに私とちぃは、エリーの 手術の成功を祈っている事を書いた。 ダーリンは自分の分と私とちぃの分を大切そうに 受け取り、また針と糸でお守り袋を封印した。 そして、6年前に亡くなった義父の写真の横に置き お香を焚き拝み始めた。 我家には仏壇もお線香もないのだが義父のスナップ 写真を飾り、時々お香を焚く時がある。 「お父様、エリーを守って下さい」 と、ブツブツ何度も拝んでいた。 私とちぃもそれに誘われるように合掌した。 何ともブサイクなお守り袋だし、このキャラクター だってエリーは好きじゃないのだけどな~。 エリーが中3の頃、とても流行ったアニメで ダーリンはエリーがまだこのキャラクターを好き だと勘違いしてるみたいだ。 私が作ればもっと短時間にもっと上手に作れたけど これはこれでダーリンの気持ちがこもってるから いいもかもしれない。エリーに渡した時も「えっホントに?パパが作ったの?」と驚いていたが、とても喜んでいた。とっても良い笑顔を見せてくれた。今日のエリーは手術の前日に行う処置をいくつかした。昼過ぎから下剤を飲み、何度もトイレに行き腸の中のものを全て出さなくてはいけない。それと足の付け根から採血をされた。聞いてるだけで痛そうだが、足の甲にするよりは痛くないらしい。それとおへそ掃除。これはオイルをおへそにたらし、5分間おくと汚れが浮き上がってくる。それにお腹の産毛を剃るはずだったが、エリーは産毛が少ないので剃らなくてもよかった。あとはシャワーを浴びて身体を清めた。食事は夜の9時までで終わり。飲み物も夜12時まで。手術前の最後の食事にエリーは病院食に箸をつけず、私が作ったおにぎりを食べた。「ママが作ったおにぎりはやっぱり美味しい」と、喜んで食べてくれた。食欲がまったくない私とは違い、エリーは本当に美味しそうに食べてくれた。手術前日は緊張のため眠れない患者さんが多く、病院側も睡眠薬を勧めるらしいのだが、エリーは、「私は大丈夫です。睡眠薬はいりません」と看護師さんに言っていた。うん・・私が見てもエリーには必要なさそうに思える。大丈夫・・エリーに緊張や不安は感じられない。この子は強い。強いというより、きっともう低すぎる血小板に嫌気がさしてるのだろう。だから脾摘をして少しでも血小板を上げて、普通の生活をしたいのだろう。前向きに頑張ってるのだろう。明日はエリーの大きな分岐点。そして私たちにとっても大切で、そして試練の日。頑張ります。
2006年08月20日
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ブログを沢山お休みしてしまい、心配をおかけしました。ごめんなさい。お休みしていたのは、エリーと少しでも長く向かい合っていたくてパソコンを開く事を控えていました。そのことも含めて8月8日以降のことを報告していきます。8日にT病院を退院し、その足で脾摘を受けるS病院へ行った。T病院から紹介状を持っていったので待ち時間もなく、入院で体力が衰えているエリーには大変助かった。T病院のドクターに感謝した。エリーの脾摘を執刀してくれるS病院外科医のMドクターは、S病院の副院長であり、日本内視鏡外科学会の理事を務められているドクターで、とても名医の方のようだ。これは後日私たちがネットで調べた情報で、Mドクターに初対面の時は知らなかった。Mドクターもご自身の口では何も言われなかったし、とても気さくなドクターなので、私もエリーも緊張することなく診察を受けた。診察といっても、T病院の主治医が詳細なデータを送っていてくれたので確認のような問診形式で、エリーの容態を把握してくれていることにすごく安心した。Mドクターと話し合いの結果、脾摘手術は8月21日に決定した。手術に向けてその前処置や検査が次のように決まり、昨日(18日)までに順調に進んだ。14日→MRI検査 脾臓の横には副脾と呼ばれる小さな第2の脾臓がある場合があるので、エリーに副脾が あるかないか調べるために受ける。この日は都内の停電の影響で11時予約の検査が午後1時からになった。MRIの検査は朝から食事を摂ってはいけないので、エリーは少しの水分しか口に出来ず検査が終了した2時頃にはもうペコペコだったようだ。この日はダーリンもお盆休みでちぃも部活が休みだったので、みんな一緒に車でS病院に来ていた為、エリーにあわせてみんな遅めの昼食にありつけたのはもう3時くらいだった。都内の停電が家族みんなの胃袋まで影響を及ぼしたよ。MRIの結果はラッキーなことに副脾ナシで、腹腔鏡下手術を行うことには問題ない。18日→S病院に入院前日に宅配便で入院道具を送ったので、手ぶらでエリーとちぃと私で病院へ行った。S病院は都庁や早稲田大学の近くに位置していて、8階の病室の窓から都庁も眺められた。今までの血液内科の病棟ではなく、脾摘は外科病棟になるのでエリーも「血液内科はおばあちゃんやおじいちゃんばかりだったけど、外科には若い子いるよね。 友だちが出来るといいなぁ~」と、言っていたが残念ながら同室の方はおばあちゃんが2人だった。でも同じフロアーには若い子もいるかもしれないので、今日あたり看護師さんに聞いてるじゃないかな?S病院に転院してから3回(8日・14日・18日)採血したが、検査結果は1度も教えてくれないので、この病院ではこちらから聞かないと教えてくれないようだ。教えてくれないというより、結果データ患者に知らせるシステムではないのだろう。「採血の結果を聞いてみる?」と、エリーに聞いてみたが、エリーは自分の腕を見回し、「聞かなくていいよ。この紫斑の出来方はきっと1000くらいしか血小板はないだろうから、 聞くとママは凹むよ」と、言ったので私もエリーの腕に出来ている大小の紫斑を改めて見て、1つ、2つ、3つ・・と数えてみたが沢山ありすぎたので数えるのもやめた。入院初日は何も処置や治療はなく、担当の看護師さんやドクターとの顔合わせだけだった。まずは8階フロアーの看護師長さん、担当の看護師(女性)さん2人から病室の使い方や、8階フロアーの案内をしてもらい、ナースマンからはエリーの体調の問診があり、手術室担当の看護師さんから手術に関しての説明があり、麻酔科のドクターからは麻酔をするにあたってのエリーの過去の麻酔歴を聞かれ、最後に執刀医のMドクターともう1人の外科医ドクター、それに血液内科のドクターから脾摘の説明を受けた。たくさんのスタッフさんと話したが、皆さんとても親切で優しい感じで安心した。T病院の看護師さんからS病院の看護師さん宛てに手紙?書類?か何かが送られていたので、初対面なのにエリーの性格も把握してくれているようで、どの看護師さんも「エリーちゃん、辛かったり痛かったり、ちょっとでも心配な事や不安なことがあったら 遠慮せずに言ってね」と、声をかけてくれた。そうなのだ・・エリーは極力我慢してしまうのだ。T病院の看護師さんたちはエリーのそういう性格を見抜いて、S病院の看護師さんに口添えをしてくれていたのだろう。またまたT病院の看護師さんたちに感謝だ。S病院の面会時間は午後3時から8時までなので、昨日は8時に病院を出た。もちろん手術日などは時間外面会も認められるので、手術日の21日と翌日の22日は時間外面会をするが、それ以外の心配ない日は時間厳守しなければいけない。病院のルールを守ることももちろんだが、自分自身の区切りの為にもルール厳守でいかなくては私はエリーの病室に居座りかねないからね。今日も3時の面会時間に合わせて病院に行くので、午前中はブログを開く時間が出来た。8日にT病院を退院してからS病院に入院するまでの10日間は、エリーのためだけに私の時間を使いたかったので・・。こだわるつもりはないのだが、脾臓がちゃんとエリーの身体にある期間にエリーとたくさん一緒にいてたくさん話もしたかったのだ。脾臓がなくなったからといってエリーが変わるわけじゃないけど、脾臓があるエリーと濃い時間を過ごしたかった。エリーが退院してこの家に帰って来たときはもう脾臓は無くなっているからね。エリーがこの病気になっていなかったら、脾臓の重要性なんて知らずに私の一生は終わっていたかもしれない。脾臓なんてそれくらいマイナーな臓器だものね。でも今は脾臓を摘出することがこんなにも切ない。これがエリーではなく私だったらこんなに大したことじゃないのだろうけど。エリーだということがとても・・切ない。久しぶりのブログなのにまだまだ弱音ばかりですみません。ここまで読んでくれた方・・ありがとうございます。21日の脾摘に向けて忙しくなったり、私自身も精神が不安定になったりとして、ブログも更新出来なくなるかもしれませんが、出来るだけ更新はするつもりです。その時は皆さんの励ましの言葉や、「こらぁ~しっかりせんかい」などの激励の言葉を聞かせてくださいね。お願いします。楽しみにしている皆さんのブログ巡りは当分出来そうもありませんが、あとの楽しみに貯めておきます。じゃあ気持ちを強く頑張ります!!
2006年08月19日
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7日のこと全てのデータをとり終えたのでT病院は8日の火曜日に一応退院となる。本当はこの日に退院だったのだが、自宅から腹腔鏡手術をするS病院へ行くのよりもT病院からS病院へ行くほうが同じ都内ではるかに近いので、火曜日の午前中にT病院を退院し、午後からS病院へ受診へ行くことになった。なのでこの日は採血を午前中にすると、もうエリーは何もする事はなかった。私の友だちのペンちゃんと次女のラブちゃんが夕方お見舞いに来てくれた。ペンちゃんはエリーを3歳の頃から知っているので、脾摘をすることに関して、とても心を痛めてくれている。「脾臓は目に見えるわけじゃないけど、エリーちゃんの身体に脾臓があるときにもう1度 会いたかったの」と、言ってくれた。14階の談話室で美味しいプリン(ペンちゃんのお見舞いの品)を食べながら、すごく楽しいお喋りをした。脾摘の事なんか忘れて純粋にただ楽しくて、エリーも笑顔がいっぱい。前回のお見舞いの時もそうだったが、ペンちゃんとラブちゃんは、エリーはもちろんだが、私とちぃの精神面のお見舞いもしてくれる。お別れの時ペンちゃんが、「またS病院にも来るからね。手術頑張ってね」と、エリーに声をかけてくれたときも、「はぁ~い、頑張りま~す」と、エリーは屈託なく元気に答えていた。ペンちゃんは神奈川から車でT病院に来ていたので、私とちぃを千葉まで送ると言う。神奈川と千葉ではまったく逆方向だし、ペンちゃんも明日仕事があるので、私は断ったのだが、「いいよ送るよ。mikaoniの家に着くまで車の中でゆっくり話が出来るしね。 仕事の事は大丈夫だからさ、行こう行こう」実は私もまだペンちゃんと話したい事がテンコ盛りだったので、車にルンルンで乗った。途中で夕食をし、ちぃたちの希望でプリクラも撮り、私の家に着いたのはもう11時近く。ペンちゃんは今、通った道のりをまた通って2時間近くかけて帰るのだ。疲れているだろうに・・。「じゃあ家に着いたらメールするからね。今日はエリーちゃんにも会えて本当に良かったよ。 ありがとうね。mikaoniもちぃちゃんも無理しないでね。じゃあまたね」と、手を振り元気に帰って行った。ペンちゃん、私のほうが「ありがとう」だよ。車中では私のワンマンショーのようなお喋りや嘆きにもちゃんと耳を傾けてくれて・・だから私とちぃはこうして笑顔でペンちゃんの車を見送る事が出来る。「ペンちゃんラブちゃん本当にありがとう」8日のこと午前中に入院時の荷物を宅配便に集荷に来てもらい、手ぶらでT病院を退院した。エリーの今日の体調は、血小板が昨日の時点で3000、血圧が上が106下が60と正常。それと初めて眼球(白目)に点状の紫斑が2個できていた。これも血小板が低くて起こる紫斑らしいが、紫斑の場所がだんだん頭に近づいているのが何だかとても気になる。T病院を出たのが11時、そしてS病院の診察は午後1時なので、S病院の近くの庄や(チェーン店の居酒屋)で昼食をとった。居酒屋がお昼のランチ時間に営業しているのが珍しくて、それにランチメニューも和食ばかりだったので誘われるように入ったのだが・・決してビール目当てじゃないよ。エリーの脾臓を摘出してくれるS病院は、1日平均外来患者数が12067人という大きな病院であるが、外観はT病院のほうが大きく立派に見えた。脾摘に向けてもう逃げない気持ちを強くして、ドキドキしながら私たちはS病院を静かに見上げた。
2006年08月08日
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外泊許可がおりてエリーがT病院から帰って来た土曜日の朝9時に採血が終わると、エリーは速攻で帰ってきた。10時過ぎにはもう自宅最寄り駅のホームにいた。「おいおい早すぎるよ」と思いつつも・・嬉しかったよ。2週間も病院にいてもやしっ子生活を送ったわりには、足取りも軽く元気いっぱい。駅周辺はやっぱり人が多いので、大事をとり駅周辺はウロつかず自宅近くのヨーカドーに戻った。ヨーカドーへの目的は、1、ヨーカドー内に文教堂(書籍&レンタルビデオ)があるので、そこでCDを借りるため。 決意の朝・君という名の翼・魔法の言葉をレンタルした。2、夕食はエリーのリクエスト通りに作るためその食材を買いに。 リクエストは、マグロのお刺身・里芋のそぼろあんかけの煮物・春雨サラダ・お味噌汁だっ たので、それらのものをお買い物。3、昼食にヨーカドー内のサイゼリア(イタリアン系のファミレス)で食事。 ヨーカドーから車で家に戻る途中にちぃの中学校があるので寄ってみた。午前の部活練習は終了していて、ちぃが友だち3人といつもの場所でお喋りしていた。そこに車をピタッと止めて、「お嬢さんお迎えに来ましたよ」と運転席から、一段と日焼けしたちぃに声をかけた。しかし皆の視線はエリーに向き、「きゃぁ~外泊ですか?握手して下さい」「頑張って下さいね」などと黄色い声を出し、エリー握手を求め中学生女子にモテモテ。エリーも初対面のNちゃんやSちゃん、顔見知りのななちゃんに「あっどうもありがとう」ってアイドル気分で握手なんかしてしている。入院をしてるとアイドルなれるのか?この中にはいないがちぃの友だちのMちゃんは、ちぃにエリーのメアドを聞き毎日メールをしてくれている。エリーとは面識ないのに・・何か不思議な現象なのだ。家に帰るとエリーはまずメリーをムギューとして、汗だくのちぃと一緒にお風呂へ。ゆっくりとぬるめので、エリーは病院の垢をちぃは汗を流した。お風呂から上がってゆっくりエアコンがきいた部屋でお喋りすればいいのに、何やらお風呂の中で笑い声が響き、結構長めのお風呂だった。湯上りのほてった身体がもとの肌に戻った時は・・エリーが白、ちぃが黒・・2人並べると同じ国籍をもつ肌の色には見えなかったよ。夏のお日様の威力は凄いね。ダーリンからメールがあり、「今日は早く帰るから夕飯は一緒に食べよう」早く帰ると言っても8時にはなるだろうから、ちょっとボリュームのあるおやつでお茶をした。夜7時半くらいに玄関の前で花火をした。楽しそうに色とりどりの花火を楽しむ娘たち。花火の明かりでその笑顔が垣間見える。その時またこの頃の私の悪い癖がでてしまう。「脾臓がある身体での花火はこれで最後だろうな」すぐそんなふうにネガティブに考えてしまう・・実に悪い癖である。母親がそんなことを考えてるとは知らない娘たちは純粋に楽しそう。そんな暗い気持ちになりかけた時、ダーリンが暗闇の中から突然現れた。「早かったやろ~(博多弁)急いで帰って来たぜ。飯の前にシャワーあびるよ。 ん?お前どうかした?」と、ちょっと沈んだ顔をした私の顔を覗き込む。「どうもしてないよ。もうやめて、変な顔を近づけないでよ、もう~」「え~変な顔はないやろ~。さぁシャワーシャワー」と、ご機嫌の様子で家の中に入って行った。その姿を笑いながら見送るうちに、脾臓のことは忘れてしまった。その夜、エリーの部屋の狭いベッドでエリーとちぃは一緒に寝た。エリーが帰って来てからずーっとお喋りしてるのに、寝るときまでまだ話す事があるのか?いつもはよくケンカしてるのにね~。翌日の日曜日、ダーリンは繁忙期のため休日出勤で茨城に出かけたが夕方5時半には帰宅した。早めの夕食をゆっくりとり、7時半頃エリーをT病院へ送るため車で自宅を出た。日曜日ということで道路は渋滞もなくスイスイ。50分ほどでT病院に着いた。病室までエリーを送り、ついでに気になっていた土曜日の採血の結果をドクター聞いた。ガクッ・・3000だった。輸血した血小板は見事に全滅。エリーの抗体が全て破壊していた。まぁ仕方ないよね・・そういう病気だもの。こんな感じでエリーが楽しみにしていた病院外泊の日は終わりました。あんなにたくさんエリーとお喋りしたちぃなのに、また病院でも別れを惜しんでいる。「もう帰るよ。そろそろエリーの顔を見飽きたでしょ?いいじゃん明日もまた病院来るから 会えるよ。早く帰ろう」と、ちぃにも自分にも言いきかせ病室をあとにした。今更ながらエリーと別々の場所でベッドに入ることが何故か不思議・・。
2006年08月07日
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エリーが入院しているT病院へ行く為に毎日 電車を利用したのだが、 ある日珍しい髪型をした人に遭遇した。 まずはこの男性。 まさか男性の前に回りこみ写メをとするわけには いかず、後ろ姿なのだが、 正面から見ると髪の毛の色が黒・黄・黒・黄・・・ と碁盤目のようにブリーチしていた。 まさしくトラ模様。 きっと美容室で時間がかかっただろうな~。 学生さんだろうけど、とても個性派なのだろう。 私は結構こういう人好き。 いやいやそういう意味ではなくて、個性的な 髪型をしてる人を見るのが好きってことで。 このトラお兄さんも、こんな年上に「好き」 なんて言われたらマジ引いちゃうよ 若いときに遊び感覚で髪型を変える人って とってもオシャレでステキだと思うな。 次はこの男性。女性じゃないよ。 トラお兄さんの左前にいたこの男性は 身長が185cmくらいありそうな長身で 髪型もすっごくロン毛。 でもな~オシャレって感じじゃなかったです。 何故こんなに伸ばしているのだろう・・? と、おっせかいながらも考えました。 1、何かの願掛け? 2、倹約家? 3、変わり者? と、アレコレ考えましたが分かりません。 顔のイメージからすると、おとなしそうな30代の 男性でした。 結論から言うと、 「ロン毛だからって誰に迷惑もかけるわけでは ないからいいじゃん。好みだよ」 と、自分自身で納得してロン毛おじさんのことは 忘れていたのだが、電車がホームに入ってきて熱風 が舞ったとき、ロン毛もバサバサと四方になびき、 近くにいた人々に思いっきり迷惑をかけていた。 「ロン毛うぜぇ~思いっきり迷惑じゃん」 と、顔をしかめたのもつかの間。 電車がホームに止まった時、ロン毛おじさんの後ろに並んでいた若い女性の頭にロン毛が もっさりとかぶってしまい、女性は固まっていた。 ・・・私は私は・・可笑しくて可笑しくて・・ その電車には乗れず見送ってしまった。 恐るべしロン毛の威力。
2006年08月05日
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2日の14時時点で6万の血小板をマークしたエリーは、その日の18時で血小板輸血終了の予定だったが、予定変更で引き続き8月4日の朝6時まで血小板の輸血をした。予定変更の理由は、●ドクターたちの予想以上にエリーの血小板が上がったため、もう少し詳しく血小板破壊の データをとることになったため。 2日の18時までは1時間毎に35mlの輸血スピードだったのだが、このスピードで輸血をするとエリーの抗体が血小板を破壊するスピードよりも上回っていたので6万という数値まで上がった。では1時間毎に25mlの輸血スピードではどうか?という試み。結果は血小板数47000で、若干は下がったがまだ輸血スピードのほうが上回っている。この試みを4日の朝6時まで続けられ、T病院の主治医たちとS病院の外科医でこの結果を連絡しあい、4日の18時を待たずに腹腔鏡下手術の許可がおりた。腹腔鏡下手術決定である。「血小板輸血終了後48時間3万の血小板を維持する条件をクリアしなくてもいいのか?」という私の質問に、血小板輸血をして確実に上がって、どのくらいの破壊スピードかも把握できたし、手術中は血小板の輸血と同時進行で行うのでこの細かいデータがあれば対処できると判断され腹腔鏡下手術の許可がおりた・・みたいな説明を主治医のHドクターから聞いたのだが・・「腹腔鏡下手術決定」に興奮してしまい、実はよく覚えていない。私はいつも肝心なことを聞き忘れる。でも腹腔鏡下手術ができることは、しっかり聞いてきたし、しっかり覚えている。これで第1難関はクリアして腹腔鏡下手術のパスポートを手にいれた。今日私とエリーがこの決定の話の説明を受けた時、私がエリーに1番先に聞いたことは「エリー、今は血小板いくつなの?」ということだった。私の問いにエリーは、「朝6時の血小板終了3時間後で44000だったから、今は42000くらいじゃないかな~」「4万だったら大丈夫だよね」「うん、絶対大丈夫だよ」そう確認すると私はエリーをギューと力いっぱい抱きしめた。エリーもそうされる事が分かっていたようだ。ドクターたちが見てても、もうおかまいなしにエリーをムギューと抱きしめた。血小板が4万もあるのだからいくら強く抱きしめても紫斑は出来ないのだ。あと数時間もすれば血小板は破壊されて・・また5000前後に戻ってしまうだろう。そうなるともう強く抱きしめることは出来ないからね・・今のうちに。「良かったね・・エリー」8月3日のことこの日でリハーサル7日目になる。2日の18:00~3日の0:000:00~6:006:00~12:0012:00~18:00ずーと血小板輸血をする。これは全て1時間毎のスピードを25mlにして行った。09:00採血→3700014:00採血→4600021:00採血→47000この日から血圧が高くなり、上が147まで上がった。エリーの普段の血圧は上110下75くらいなのでちょっと高め。その処置としてフランドルテープSという湿布大のテープを右胸に貼られた。これは血管を広げる作用があるテープらしい(詳細はまたいずれ更新します)24時間後にこのテープは剥がしたが、血圧はまだ上132下72と少し高め。手元に写メがあるのだが、エリーも17歳なので画像更新は断念します(^^:8月4日のこと今日でリハーサル8日目になる。そして最終日。3日の18:00~4日の0:000:00~6:00昨日より引き続き血小板の輸血をする。今日も1時間毎のスピードを25mlにして行った。10:00採血→4400012:00採血→3700018:00採血→13000血小板輸血も終了し、グロブリンの効果もなくなり、エリーの自己抗体が血小板を当然のように破壊しているようで、どんどん下がってきている。明朝になればもう輸血した血小板は全滅しているだろうな・・。今後のエリーの予定5日外泊許可がおりて自宅に帰る。6日夕方6時までにT病院にもどる。8日午前、T病院を退院する。8日午後、1時にS病院外科で受診。着々と脾摘に向けて話が固まってきた。「脾摘に迷いはない」と豪語したいとこだが、正直まだ逃げ腰の私がいる。でも逃げたりはしない。気持ちと行動は伴わないが逃げたりしない。エリーの闘病中はきっと割り切れない気持ちを引きずりながら、ずっと耐えていかなければいけないのだろうと思う。今後もいくつもの分岐点があるだろう。何度となく決断を迫られる時がくるだろう。でも逃げたりはしないで、エリーにその時々の最善を願い立ち向かおうと思う。エリーの真の笑顔を取り戻すために私は負けない。・・そう強く心を奮い立たせるくらい今日の決定は大きな分岐点になった。
2006年08月04日
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8月1日のことこの日でリハーサル5日目 9:00 採血→血小板数値3000 11:00~16:00 グロブリンを点滴をする。 16:00~16:15 身体を整えるための点滴をする。 18:00~8月2日0:00 0:00~6:00 血小板の輸血を開始。 血小板の数値が昨日より下がってしまったが、 このことをエリーは私に言わなかった。私が落胆 すると思ったのだろう。 しかししかしグロブリン終了3時間後の採血で 31000まで上がっていたのだ。 その事が分かってから朝9時の採血の結果も私に 報告したのだが、それはもう帳消し帳消し。 この調子で48時間維持してくれれば手術条件で あるノルマはクリアされるのだが。 48時間というと、 8月4日の18時までということになる。 8月2日のこと 今日で6日目のリハーサルになる。 9:00 採血→血小板数値30000 6:00~12:00 12:00~18:00 昨日から引き続き血小板輸血をする。 これは点滴の装置みたいなもの。 上の数値が身体に入った量で、下が1時間に入る量。 ちなみにエリーの場合は、 この時点で96ml身体に入り、 1時間毎に35ml身体に入るようにセットされている。 今日はダーリンが休日なので車でT病院まで 一緒に行った。 病院に行く前に寄り道をした。 総合運動場でテニスの試合が行われているため ちぃの応援に行った。 テンション上げすぎてしまい疲れた。 (詳しい事は後日更新予定です) 血小板は朝9時の時点で1000下がってしまったが まだ30000はキープしてる。 これは点滴をしているエリーの右手。 もう6日も針を刺したままなのですごく浮腫んでいる。 夏なのに日焼けもしてない浮腫んだ手が可哀想・・ などと話しているとこへ担当医のSドクターが 病室にニコニコしながら入ってきた。 「エリーちゃん14時に採血した結果がでたよ。 血小板60000に上がったよ。 これで手術に1歩近づいたね」 私たちはバカみたいにポカーンとした。そして 「えっえっ60000ですか? 本当ですか?え~夢みたい・・」 と、バカのように喜んだ。 「エリーちゃんよく頑張ったね」 と、Sドクターも嬉しそうに言って下さった。 ドクターたちもグロブリンと血小板輸血で3万まで 上げるのが限界なのでは・・と考えていたらしいが 予想を上回る結果に喜び、私たちにも早く知らせた くて急いで報告に来てくれたらしい。 やった~やった~グロブリンや血小板輸血のおかげだが、夢のような数値になった。さぁ後は48時間維持出来るように祈るだけだ。48時間はとてつもなく長く感じるが・・祈るしかない。エリーは血小板の破壊スピードが速いらしいのだが、半分壊してしまってもまだ3万は残る。3万あれば手術条件はクリアなので・・いける。神様・仏様・キリスト様、どなたでも結構なのでどうか48時間維持出来ますようにお願いします。どうかどうかエリーに力を貸して下さい。
2006年08月02日
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先週の金曜日にはエリーの高校の学年主任の MO先生が、そして昨日は担任のMA先生が お見舞いに来てくれた。 エリーのお友だちのお見舞いは遠慮させて いただいているので代表で先生方が来て下さって いる。 昨日担任のMA先生が持って来て下さったのは この千羽鶴 「先生が知らない間にクラスの奴らが全員で 作ってたよ。どことなくブサイクな鶴だけど 皆の願いが沢山詰ってるよ。エリーの元気な 顔を皆が見たいんだな。皆が手術の成功を 祈っているよ。頑張れ」 と、エリーに手渡してくれた。 エリーは驚きと感動でちょっとウル目になって 「えっ~いつ作ってくれたんだろう。ミンク (エリーの親友)何にも言ってなかったけど。 千羽鶴って初めてもらったけど・・こんなに 嬉しいものなんですね」 と言っていた。エリーが入院している14階の病棟フロアーは、免疫力が低下している患者さんが多いので生花などの花や植物は病室に持ち込めない。そのため病室に色味が乏しかったので、この千羽鶴で随分明るい感じになった。 皆の思いが詰ってる分、エリーにはもっと明るく見えただろう。その後もMA先生と千羽鶴の話で盛り上がってた。MA「この辺りの鶴は特別へたくそだから●●(男子の名)が作ったんじゃないか?」エリ「うふふっそうかもしれませんね」MA「しかし危ういつなぎ方だな。ぼろっと落ちたりしたら縁起が悪いよな」エリ「大丈夫ですよ先生。私は入院中は暇だから落ちたら私が修繕しておきます」と、楽しそうに会話をしていた。点滴交換の看護士さんやエリーの様子を診に来るドクターたちも、この千羽鶴を見て大げさに褒めてくれるのでエリーもご満悦MA先生が帰られた後、エリーは友だちにお礼メール打ちに忙しそう興奮冷めやらぬエリーに「安静にしてなさい」と注意するのは無駄のようだ。私は千羽鶴を改めてよく見た。微妙に形が違う鶴たち・・几帳面な鶴やブサイクな鶴や小顔な鶴・・親では埋めてあげれないものをエリーにくれた鶴たち・・ありがとう。3年2組のみんなありがとう
2006年08月01日
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30日のことこの日でリハーサル3日目になる。 9:00 採血→血小板数値は2000 まだ血小板は上がってこない。 この数値はグロブリン2日分の点滴した結果なので あと3日分で3万まで上がらないと手術は出来ない。 11:00~16:00 ガンマグロブリンの点滴をする これがグロブリンです。 これを10本5時間かけて点滴します。 このグロブリンを点滴すると多くの人は血小板が ドーンと上がるらしいのだが、エリーはITPが発症した 1年前、グロブリンの点滴をしたが、血小板はまった く上がらなかった。しかし今回のリハーサルでは 1年前の量の2倍点滴することになっている。 ガンマグロブリンのアレルギーで発熱 (37.8℃)と頭痛がおきた。 アイスノンとピリナジン(頭痛薬)で対処し、 2時間後には発熱も37.1℃まで下がり、 頭痛も良くなった。 16:00~16:15 グロブリンの点滴が終わった後に この点滴をする。 これはグロブリンをした後に身体の何かを整える為に 投与するらしいが・・忘れてしまった。 明日もう1度ドクターに聞いてみよう。 この日は日曜日だったので、ダーリンと一緒に車で T病院に行った。 都内も日曜日は車も少なく、1時間弱で着いた。 T病院も日曜日は人が少なくちょっと寂しい感じ。 全ての点滴が終わった後、気晴らしにブラブラ エリーと院内を散歩し、コンビニで飲み物を買い T病院から出た。 出たといっても出口のすぐ横にあるベンチなのだが 久しぶりに外の空気をエリーに感じてもらった。 エリーの感想は、 「わーっ外は暑いね。院内は快適な温度だから 気付かなかったよ。 こんな暑さに耐えてる皆はすごいね。 私はもう耐えられないかも」 と、もやしっ子発言をした。31日のこと今日でリハーサル4日目になる。9:00採血→血小板数値7000やったやった・・すごい。血小板の輸血もしないでこんなに上がったのは初めて。1年前に2000で発症し、今日まで5000以上になった事なんてないので、もう私は興奮しまくり。喜びの電話を皆にしまくり。グロブリンに力を借りて上がったのだけど、それでもすごい。この調子で上がってくれればいいのだけどな。11:00~16:00ガンマグロブリンの点滴をする。16:00~16:15身体を整える為の点滴をする。今日はちぃの部活が休みだったので一緒にT病院へ行った。ちぃは昨日友だちと近所のお祭りに行ったので、エリーの病院へは行っていない。自分だけお祭りに行ったことをエリーに申し訳なく思っていたのか、お祭りのお土産を幾つかエリーに買ってきていた。その中にりんご飴があり、全ての点滴が終わった後2人で口を真っ赤にしながら食べていた。その時の2人の会話が、ちぃ「ごめんね、私だけお祭りに行ってさ。お姉ちゃんも行きたかった?」エリ「別に気にしなくていいよ。ちぃは病気じゃないんだから楽しい夏休みを過ごさなきゃ 損だよ。中2の夏は2度と来ないんだからさ。お祭りは楽しかった?」ちぃ「うん。でも浴衣を着れなかったからちょっと残念」エリ「ママも私の事で忙しいから勘弁してあげてね。私も浴衣を着たかったけど、 お祭りのほうはちぃが買って来てくれたりんご飴で満足したよ。 ありがと」ちぃ「ふふふっそう?そう言ってくれると嬉しいよ、ありがと」 と、エリーが少しはお姉ちゃんらしいことを言っていた。今日は血小板が上がってエリーもちぃも私もご機嫌だったので、話がいつもより弾んだ。血小板の数値で気持ちが左右されるのは情けないが、まぁ仕方ない。本当に嬉しいのだもん。
2006年07月31日
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メリーはダンボールや箱に入るのが大好き メリーは生後50日の時、我家の家族になった。 猫の事は何も知らなかった私たち家族に、 ペットショップのお兄さんがご飯の事、 トイレの事、色々アドバイスをくれた。 そのアドバイスの中に、 「子猫は1日のほとんどが寝ています。快適な 睡眠を確保してあげるためにも、ダンボールで 子猫の部屋を作ってあげて下さい」 と言われ、大きなダンボールをくれた。 そのダンボールで1ヶ月ほど育ったメリーは、 いまでもダンボールや箱が大好き 宅急便の箱や菓子折りの空き箱を見つけると その中にすぐ入ってしまう。 しかしいくらなんでもティッシュの箱はねぇ プーさんの絵柄が可愛かったので上部を切り取り 食事中の卓上ゴミ入れに使っていたんだけど、メリーが入っちゃったでもこれはなんとも窮屈そう。でもこの後メリーはこのまま1時間ほど丸くなったままお昼寝をしたよ。居心地がよかったのかな~
2006年07月30日
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28日のこと。この日から脾摘に向けてのリハーサルが始まった。48時間3万の血小板が維持できるかのリハーサルだ。9:00採血→血小板数値は100010:30~11:00アレルギー反応を抑えるためにアレルギー止めの点滴をする11:00~16:00ガンマグロブリンの点滴をする。点滴の針刺しは3回目に成功して、今は右手の甲にしている。主治医の話によると4~5日目に血小板が上がってくるらしいが・・果たしてどうだろうか・・この日のエリーは点滴前にシャワーを浴び、心身ともにスッキリして臨んだ。点滴中は読書をして静かに過ごした。29日のこと。9:00採血→血小板数200011:00~16:00ガンマグロブリンの点滴をする。点滴2日目だが今のところアレルギー症状はでていない。血小板は昨日より1000は上がったが、1000ぐらいでは話にならない。こんな調子であと2~3日後に血小板は上がってくれるのだろうか・・脾摘に必要な3万まではほど遠い。今日は隅田川の花火大会があったようで、エリーの入院病棟の食堂から楽しんだ。14階なので見晴らしがとてもよく、少し遠めではあったがよく見えた。食堂は食事時間以外はほとんど人がいないのだが、今日は患者さんがたくさん集まっていた。車椅子で看護士さんに付き添われたおばあちゃんやおじいちゃん。点滴を打ってる患者さんや頭にダンダナを巻いてる患者さん。その中でエリーだけが若く、髪もフサフサ。エリーの横には健康そうに真っ黒に日焼けをしたちぃが付き添っている。それがとても目立っていて・・何かもの悲しくなった。夜空に大きく咲く色とりどりの花火。この食堂にいる患者さんの目にはどう映っただろうか?エリーの目にはどう映っただろうか?エリー来年の花火大会はここからではなく、もっと近くで見れたらいいね。
2006年07月29日
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今日もまた相談室にて脾摘についての説明があった。主治医と担当医2人の説明を、私とエリーが受ける・・何度目でも緊張してしまう。その説明で嬉しかった事は、●ドクターたちが私たちの不安(輸血のリスク等)を軽減しようと、懸命にS病院の外科医に働きかけてくれていること。主治医の話によると主に担当医のSドクター(私たちが最も信頼しているドクター)が何度もS病院の方に交渉してくれたようだ。やっぱりエリーの予感どおりSドクターだった。決められていることを覆してもう1度、別提案をすることはとても勇気がいったのではないかと思う。それを私たちの不安を軽減する為にSドクターはとても努力して下さった。とてもありがたい事だ。心から「ありがとうございました」とお礼を言った。その説明で気持ちが沈んだ事は、●エリーはITPの中でも、血小板破壊のスピードが比較的早いらしい。●S病院の外科医から「48時間3万の血小板が維持出来なければ腹腔鏡下手術は出来ない」と申し伝えられたこと。●脾摘をして、うまく血小板が基準値に達してもそれでITPが完治したことにはならず、数年後にまた血小板が下がる可能性があること。今までエリーは2回血小板輸血をしたのだが、その2回のデータで統計上的にいうと、輸血後の血小板破壊が早く、長時間維持が出来ないようだ。そんな体質のエリーが48時間も3万もの血小板が維持できるだろうか・・もちろん維持ができるような薬(ガンマグロブリン等)を使うらしいが・・果たして・・もし維持出来なければ、脾摘は出来ないことになる。今後の方針として、●明日(28日)から火曜日まで5日間、ガンマグロブリンの点滴を毎日5時間かけて行い、6日目から血小板の輸血を2日間する(状況によって変更がある)と、このような処置を本番(手術)さながらのリハーサルをして、血小板3万を維持出来るように最善をつくす・・。維持出来ればそのデータをしっかり記録し、S病院の外科医に腹腔鏡下手術を依頼する。これがT病院での開腹手術になると少しはハードルが低くなるようだが、S病院で腹腔鏡下手術を施すとなると、ハードルはかなり高くなる。それでも私たちは脾摘は腹腔鏡下手術を希望したい。もし・・維持出来なかったら・・またその時に考えようと思う。考える事があまりにもたくさんで、いっぺんには決心が出来ない。まずは明日からのリハーサルに向けて体調を万全にして、良い結果を出す事にベストを尽くさねばならない。今はそれだけを考えなければ・・。今日はそんな事があり、私もエリーも頭を使いすぎて疲れてしまった。ちぃも部活が休みでT病院に連れて来ていたが、談話室で長時間待たせてしまった。でもちぃは病院で待たされるのはもう慣れっ子のようで、待ち時間をうまく利用出来るように、夏休みの宿題なんかを持ってきていて、それらを終わらせていた。「今日の勉強はこれで終わり。あとは遊ぶだけだよ」と、疲れている私たちとは違いイキイキしてる。疲れた顔の私たちのほうがバカみたいで・・私とエリーは思わず笑った。脾摘を決意しT病院に入院してまだ何もしてないのに疲れるのはまだ早い。これからだ!まだまだこれからだ!!身体の中の大事な臓器をひとつ摘出するのだから、簡単なことじゃないと最初から分かっていたはず。ひとつひとつクリアしながら立ち向かっていかなければ何も変わらない。頑張らねば。
2006年07月27日
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予定通りいくと今日から血小板を3万まで上げる為に、血小板の輸血を行う事になっていた。しかし、朝エリーからメールが入り今日は血小板の輸血はしないとのこと。折り返しエリーの携帯に電話をして詳しく聞いて見ると、私たちが信頼している担当医のSドクターがこう説明したらしい。●T病院で血小板輸血をしてみて精密なデータをとった後、新たにS病院に入院してデータ通りにもう一度輸血をして手術という段取りで考えていたが、データをとり終えた後に退院ではなく、そのまま手術にもち込めないか、T病院の外科医に相談しているから今日は血小板の輸血をしないでおきましょう。と、これが朝9時の段階での話。そしてその1時間後、またSドクターからの説明。●T病院の外科医からは、データをとってから手術のほうがいいという意見だったが、執刀するS病院のドクターにももう一度確認しているから待っててね。昨日の腹腔鏡下手術の段取りの説明で私たちが、「輸血のリスクを考えると2回もしたくありません」とかなり不安そうに訴えていたため、ドクターたちが予定していた段取りを変更し、私たちの意見を尊重してくれているのではないかとエリーは言った。私もそうだろうと思う。その先陣をきって働きかけをしてくれているのが、Sドクターではないかと思う。私たちの不安によく耳を傾けてくれるのはSドクターだし。私たちの気持ちが通じたのではないかと思う。S病院の執刀してくれるドクターからの意見は明日聞けるようになっている。それによっては輸血のリスクが減り、脾摘も早まるだろう。どういう段取りになろうと受け入れる覚悟はあるが、担当医のSドクターが私たちの意見を尊重してくれたことは忘れない。とても感謝の気持ちでいっぱいだ。エリーも私と同じ気持ちでいるらしく、「やっぱりS先生は良い先生だね。私も頑張ろうと思うもん」と、いつになく前向きな気持ちでいるようだ。信頼できる医師がいると病気の不安もかなり軽減されるようだ。良かったねエリーvv今日はT病院には行かず、大掃除をしたので部屋の中が随分スッキリした。明日はエリーの好きな食べ物を持って早めに病院へ行ってあげよう。エリーが首を長くして待ってるようだしね。
2006年07月26日
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今日の関東は久しぶりの夏日。すっごくお洗濯日和だ。このところ続きだったり、T病院の往復で大きな物を洗えないでいた。日常の洗濯物は乾燥機でよいのだが、シーツや毛布はお天気じゃなきゃ洗濯は出来ない。毛布はクーリーニングに出す人が多いが、私は自分で洗わないと気が済まない損な性格。う~洗濯したいけどT病院に行けなくなるな~と考えていた時、エリーから朝のメールが入った。今日は輸血はしないんだってよこのメールで心は決まった。今日はT病院へ行くのをやめてお洗濯日にするぞ。まずは毛布から。最近まで雨の影響で肌寒かったりで、あと2枚だけ毛布を洗濯していなかったのだ。2枚同時には無理なので1枚づつ洗濯する。洗濯機を回しながら、部屋中の掃除をする掃除をする掃除をする・・午前中だけで暑さも手伝い疲れ果てた。部活の練習を終えちぃが1時に帰宅したのをきっかけに一旦休む事にした。私にはもう食欲もなく・・お昼ご飯を作る気力もなく・・ちぃに「同情してよ」と目で訴え、ちぃの言葉を待った。「あっママ。お昼ごはんを作りたくないんでしょ?いいよ私が何か買ってきてあげるよ」やった~さすがは我が娘。私の調理欲ゼロを見抜き、私の格好から(掃除モードの格好)外食は望んでないと判断し、お買い物案をだしてくれたちぃと相談し、近所の小僧すし(テイクアウト専用の安いお寿司屋さん)までちぃが自転車で(5分)買いに行ってくれることになった。そして今・・食欲なかったはずの私は満腹で動けないよ。私は生ものはダメなので「太巻き」ちぃは鉄火巻きよネギトロ巻きを食べたのだが、それプラス頼んでいないものが買い物袋に入っていたのだ「ざるうどん」お店の人が間違えて別のお客の商品を入れたらしい。ちぃもお金を払う時に気付けば良かったのだが、気付かず。物が物だけに、口に入れる物を返しに行くと、お店の人も困るだろうと思い、買取はしますが代金は明日でもいいですか?と電話をかけたところ、「こちらが間違えたのですからお代は結構ですよ。 よろしかったらどうぞお召し上がり下さい」と言うことだった。「お召し上がり下さい」と言われ素直に私は、お召し上がりました。今すぐお召し上がらなくてもよかったのに、あとでお召し上がってもよかったのに・・その結果、午後からの掃除予定だったトイレ掃除・庭掃除・お風呂掃除・・もうどうでも良くなったよ。「ざるうどん」ひとつで掃除意欲がなくなった。でもやらなきゃな~これが主婦のつらいところズボラな気持ちがこれ以上大きくならないようにブログ上で宣言します。「今から掃除することを誓います」たぶん・・
2006年07月26日
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7月24日に脾臓摘出のためT病院にエリーは入院しました。24日の事。一家総出で大げさにT病院に行った。大げさにするつもりはなく、ダーリンは脾摘についてセカンドオピニオンを受けた事の報告と、それについて主治医に意見を聞くために会社を休んで同行した。ちぃは部活が休みだったために、荷物持ちをさせようともくろみ連れて行った。私はオロオロするばかりで役立たずだがついて行った。すぐさま採血。WBC(白血球)8900 基準値は4000~9000HB(ヘモグロビン)12.7 基準値(女性)は12~16PLT(血小板) 4000 基準値は14万~40万採血の結果をもとに主治医・担当医ら3人とエリー・ダーリン・私で話し合い。セカンドオピニオンを受けた事を正直に話し、その資料を見せた。セカンドオピニオンのUドクターは脾摘反対のご意見だったので、私たちはもう1度脾摘のことを確認しておきたかったのだ。長い時間をかけて(1時間ほど)話し合った結果・・やはり脾摘を行う事にした。その理由は、1、脾摘をしないで様子を見るには血小板が低すぎて危険だということ。2、脾摘をしないで次の治療法となると、免疫抑制剤の使用となるのだがこれは長期使用すると 副作用と合併症がかなり心配。これは出来るなら避けたいこと(私たちが)3、Uドクターの勧めてくれる改善薬は、エリーにあうか、効くか、それは何とも言えない。 それを試す期間が少なくとも3ヶ月はかかる。その間また前回の緊急入院のようなことが 起こる可能性が高い。そのリスクを抱えてまで改善薬を試す事は薦められないとのこと。と、主治医たちの見解に私たちも納得した。この日エリーは採血が終わると何の検査もなかった。談話室でちぃと楽しそうに遊んでいた。25日のこと。今日は私1人でT病院へ行った。脾摘段取りについて、また別室にて説明を受けた。当初の段取りではT病院で血小板を3万まで上げてから、S病院に移動して腹腔鏡下手術をしてその後S病院にて経過をみる・・という事だったが、エリーの血小板がいつ上がるか分からない為、手術の予定日が立てれない事もありT病院では血小板輸血・ガンマグロブリン・赤血球輸血(必要があれば)を使い、どのくらいの量でどのくらいの時間をかけて輸血をするか、どのくらいの時間で血小板が壊れるか、輸血中に何回も小まめに採血をしてそのデータを収集するだけになった。データがとれたらT病院を退院して、新たにS病院へ入院し、そのデータをもとに血小板を上げそれから手術ということになる。そうなるとリスクであるはずの輸血を2回しなくてはならない。そこがとてもひっかかるが主治医が言うには、●T病院で開腹手術をするならば、血液内科で血小板を上げてからそのまま外科で手術が出来るのですが、エリーさんの希望である腹腔鏡下手術を受けさせて上げたいので、輸血のリスクは抵抗があるでしょうが致しかたありません。●私たちもエリーさんの精密なデータをしっかりとってからではないと、S病院にエリーさんを行かせるわけにはいきません。腹腔鏡下手術を行うのはもちろん高度な技術を持った医師ですが、エリーさんの身体の状態を1番把握しているのは私たちです。エリーさんの精密なデータと一緒にエリーさんをS病院にお願いしたいのです。表現力が乏しい私が書くと主治医たちの優しさが伝わらないかもしれないが、私は主治医たちのエリーに対する愛情を感じた。この先生方を信じようと思えるほど、確かなものを感じた。その中でも担当医のSドクターは私もエリーも大好き。前回の緊急入院時からエリーの担当になったドクターなので、まだ日が浅いのだが、私たちはとても信頼をよせている。緊急入院時もエリーに付っきりで治療をしてくれた。私たちがどんなことを聞いても、いつも分かりやすく説明して下さる。絶対にあやふやなことを言わず、ご自分の考えを誠意をもって話して下さる。Sドクターのおかげで私たちはITPについて更に勉強することが出来た。とても良いドクターにめぐり合えたことを嬉しく思う。今日のエリーは採血をしただけで後は何もナシ。シャワーをあびたり、私と院内の喫茶店に行ってお茶したり・・。いつもは甘い物はダメな私たちだが何を思ったのか、エリーはチョコレートパフェ私はモンブランケーキとコーヒーを注文してしまった。案の定・・半分も残す事になった。何故に注文してしまったのだろう・・疲れていたのかな~?ブログを読んで下さるみなさんにはいつもご心配をおかけしてすみません。とても心強く感じております。ありがとうございます。
2006年07月25日
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エリーの災難24日からの入院を控えてエリーは体調を万全にしておかなくてならないのに金曜日(21日)に友だちとカラオケに行った。その前日エリーから、「ママ、明日友だちとカラオケに行っていい 夏休みは会えなくなってしまうからって友だちに誘われたんだけど・・いい」私はキッパリ「ダメ人込みに出て風邪でもひいたらどーするの」と言いたいところだが、エリーの話によると、友だちがエリーの身体を気遣い我家近くのカラオケ屋さんに集合してくれるとのこと。それにエリーの今年の長い夏休みの行方を思うと・・行かせてあげたかった。一瞬迷ったが同じ行かせるなら快くと思い、「いいよ~。思いっきり歌っておいで」当日関東はが降り続き、肌寒い日だったがエリーは元気に出かけた。そして夕方6時ごろに雨にぬれて帰って来たカラオケで順番待ちしている人が多くて、2時間の時間制限がついていたため、早々に追い出されて?今までお茶したりプリクラをとったりウロウロして雨に打たれたらしい。怪訝な顔をする私に「えっでもママ、近所をウロウロしてたんだよ。遠くへ行ってないよ」と、ポイントがずれたようなことを言うエリー。「近所でウロウロして雨に打たれるなら、遠くへ行っても同じだよ」と、言いたいとこだが「そりゃ災難だったね。風邪ひかないうちに先にお風呂に入っちゃってよ」そういってエリーを脱衣所に押し込んだ。こんなに濡れて帰ってきちゃってさ~。高校生にもなって私の心配が分からないかね~。心配ポイントがずれてるよ・・コノヤローなどと独り言を言っていたら私の心配をよそにエリーはエコーばっちりので防水CDデッキを持ち込み1人カラオケを楽しんでる。心は空を裂く号令を聞いた~ハネウマのように乱暴だけど~まぁいっか・・楽しかったみたいだしねちぃの傷心23日に最後の試合となる部活の先輩を応援にちぃは、朝早くお弁当を持って出かけた。前日の試合は雨で中止になったため、いつもより張り切って出かけた。この日勝ち進んでくれれば3年の引退もまだ先になるのだが、ちぃの学校のテニス部は弱いらしい。それなのに対戦校は去年ベスト4まで勝ち進んだ中学校。僅かな確率の勝利を期待して一生懸命応援したらしい。その証拠に帰宅したちぃの声はガラガラ。残念ながら3年生はストレートで負けたらしく23日に引退決定。そしてそしてこの日のもう1つのビッグイベント。ちぃが待ち望んだ新テニス部部長が3年生から言い渡される日誰に似たのかちぃは責任者になりたがるのだ。小さくいえばクラス内の「第1班班長」から「学級委員」まで。通知表の「クラスの仕事」や「学年の仕事」の蘭に「●●係りの責任者として・・」とか「●●実行委員の責任者として・・」と、担任からよくお褒めの言葉をいただいた。面倒くさがりの私に似ていない事は確かだが・・まさかダーリンがそうだったのかそんな責任者好きのちぃが新テニス部部長を狙ってないわけがない。し・か・し新テニス部部長の座には、ちぃが部内で1番仲良しのSちゃんの名前が呼ばれた。これは私が聞いても当然でだと思う。Sちゃんは朝錬も放課後練習も休日練習にも1度も休まず、まじめに部活に励んでいた。もちろん遅刻もなし。その点ちぃは・・私用のために部活は休むし、寝坊して朝錬に遅れて行った事もある。中学生といえども3年生のナイスな人事に感心したちぃはというと・・・ガ~ン私に絵文字も顔文字もないメールを送ってきた。「部長になれませんでした」その傷心の気持ちを引きずったままちぃは帰宅した。ガラガラに嗄れてしまった声で悔し涙にオイオイ泣く姿は、冴えない中年おやじのようで笑えた。もちろんちぃにはそんなそぶりも見せず、とても同情的な声で、「残念だったね~」とだけ言った。実は内心、私はほっとしていたのだ。部長になった子どものお母さんは必然的に、テニス部保護者の責任者になってしまうためちぃとは違った意味で”新テニス部部長”決定の日をドキドキで迎えたのだ。ちぃごめんね
2006年07月23日
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エリーを心配してくれるお友だちの紹介で、高名なドクターのセカンドオピニオンを受けた。そのドクターは私が住んでいる千葉からは遠い仙台にいらっしゃる為、予め、今までの病歴やITP発症前の様子、行った治療服用した薬、血液検査の数値などをFAXして、電話による相談形式で診察してもらった。そのU先生のお話によると、●エリーは一般成人と比較してもウイルスに対して自己抗体が強いとのこと。 それが災いして自分自身の血小板まで自己抗体が攻撃してしまうらしい。●エリーは発症1週間前にお腹を下していたのだが、この時に何らかの自己抗体が 出来てしまったと考えられる。●発症後のマルクの検査で『形のよくない細胞がある』と診断されたのだが(ITP発症の記録 「2005/11/7◆入院4日目◆参照)その細胞は今はもうないとのこと。 私は去年からずーっとこの形のよくない細胞に不安を感じていたのにT病院の主治医は何も 言ってくれなかった。 血液検査表のA-LYの数値を見れば分かるらしい。確かにエリーの数値はゼロになってる。このように有意義な話をたくさん説明していただいた。私が今まで抱えていた不安がいくつかなくなり、肩の荷が少し軽くなった。それだけでもセカンドオピニオンをして良かったと思っている。同じ医学の知識をもったドクターでも病気に対しての考え方や治療法の優先順位などはドクターみんなが同じではない。西洋医学しか認めないドクターや東洋医学も取り入れてるドクター、現れてる症状の治療より根本の治療が大事というドクター・・イロイロである。それを医学素人の患者サイトが、どの先生を信じて治療をするか決めなければいけない。とても難しいことだと思う。ドクターも自分の技術に自信を持っていらっしゃるだろうし、患者サイドも大事な身体の事であるから妥協は出来ない。それにデータでは全てが括れない個人差もある。きっと100%納得して100%の治療を受ける事なんて稀なことではないだろうか・・私は今まで1つの病気に関して複数のドクターの診断を受けた事がないし、ドクターの診断指示通りにそれらは治っていったし、悩む事がなかった。エリーの病気は今更ながら難しいね。難病が難病と言われるゆえんかな?
2006年07月22日
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エリーの入院まであと3日。入院してから何日目に脾摘をするのかは分からない。エリーの血小板が3万になってからなので手術日は決まっていない。脾摘をするにあたって私が心配している事。たくさんあるが1番心配していることは輸血のこと。輸血にはどうしてもリスクがある。出来ればしてほしくないが、エリーの場合は血小板の輸血をして血小板を上げてからの手術になるので輸血は避けれない・・というより輸血が前提なのである。輸血の安全性は以前より格段に向上しているけど、感染症の危険は完全に回避できない。感染症の危険比率は、●肝炎(主にC型)が1/1000以下 稀にB型肝炎もある。●エイズが1/200万以下感染症以外の副作用として、●輸血後移植片対宿主病(GVHD)が1/2万~1/10万 輸血血液により患者の体組織が攻撃破壊される合併症。 しかし予め輸血血液を放射線照射することで予防が可能になり、2000年以降は1例も 国内で報告されていない・・C=(^◇^ ; ホッ!●溶液反応が軽症1/1000、重症1/1万●アレルギー・蕁麻疹・発熱が1/20~1/100 ショックなどの重症型が1/1万上記のようなリスクが伴う為、今まで脾摘に踏み込めなかった一因である。エリーの最初の輸血は今年の3月下旬、夏休みに脾摘をするにあたって、血小板輸血でどのくらい血小板数が上がるかと、どのくらいの時間で輸血した血小板が壊されるかをデータとして把握するために行った。その時は10単位しか輸血しなかったが、前日はリスクの恐怖におびえて眠れなかった。輸血して約3ヵ月後にはっきりとした感染の有無が血液検査で分かるので、最初の輸血が7月上旬に感染ナシと報告されたばかり。2回目の輸血は7月5日の緊急入院時。1回目の輸血とは違いこの時は大量出血があったため、リスクを考える間もなく血小板輸血。何単位輸血したかをまだ主治医に聞いてないが(いつも忘れる)私が見た限りでは、30単位は輸血している。この感染有無の明確な血液検査はまた3ヵ月後。何故3ヵ月後かというと、感染初期でスクリーニング検査陰性となる期間(ウィンドウ期間)およびNATにより短縮される期間(短縮ウィンドウ期間)がある。・・らしいのだが難しくてよくエリーにも説明できず、私は分かりやすく感染ウイルスの潜伏期間がそれぞれにあるとエリーには説明している。B型肝炎ウイルス(HBV)ウィンドウ期間・・約79日 短縮ウィンドウ期間・・約44日C型肝炎ウイルス(HCV)ウィンドウ期間・・約82日 短縮ウィンドウ期間・・約26日エイズウイルス(HIV)ウィンドウ期間・・約22日 短縮ウィンドウ期間・・約14日それぞれ上記のような潜伏期間があるため、明確な感染有無が3ヵ月後じゃないと分からないらしい。ただ1つの安心材料として主治医の言葉。「確かに輸血にリスクはありますが、私が受け持った患者さんで輸血によって感染した例は 今までに1度もありません」 という医学書には記されてない現場の声である。ここに私の心を正直に書いてしまうけど(私というより家族)エリーの脾摘後の血小板数値だが、私の希望は2万~3万まで上がってほしいと思ってる事。発症してから1年分のデータ的にエリーは脾摘しても、基準値の血小板数(14万~40万)まで上がる事は残念ながら見込まれない。(皆さんが期待してくれているのにごめんなさい)現在のエリーの血小板数値が5000以下なので、あと1.5万強上げるために輸血のリスクをエリーの体に担わすことが、どうしても脾摘に踏み込めなかった理由だ。エリーも手術の不安よりこちらのほうを心配している。ちなみに患者自身の血液を予め採血して貯めておき、手術時に使う事もできる。エリーの血液は役にたたないので、「主人がエリーと同じ血液型なので、主人の血液を貯めてそれをエリーに使えませんか?」と主治医に聞いたところ、親族間の場合は拒絶反応が強い?か何かで、無理だと言われた。難しい輸血のリスクをブログで更新することに躊躇いを感じましたがエリーと同じ病気を患っている方が今後脾摘を考えたときの予備知識として参考になればとあえて更新しました。私たちは脾摘に関しては勉強していましたが、脾摘手術に関してのリスク等はまったく予想しておらず主治医から聞くまでは知りませんでした。聞いたときのショックは大きかったです。早くから予備知識があればいいというものではありませんが、精神的ショックが少しくらいは軽減するのではと思い・・更新しました。いつものことだけど、文章構成がヘタでまとまりのない長文になってすみません。我慢してここまで読んでくれてありがとうございます。
2006年07月21日
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医学の進歩も目覚しいけど、ネットの便利さも負けてはいないね。昨日は福岡の友だちかこちゃんと映像チャットを楽しんだ。時間にすると2時間くらい。これNTTの電話料金で換算するといくらくらいになるだろうか・・?昼間料金でしかも千葉~福岡。きっと高いだろうね。でも映像チャットならプロダイバーの契約料さえ払っていれば、あとはネットを使い放題なので何時間映像チャットやっても別料金は掛からないから、電話でお喋りするよりは断然お得だよね。しかも映像付きだし。いつものようにお茶を飲みながら好き勝手な話をした。●かこちゃんもダイソンを買ったらしい。私のダイソンは日本仕様なのだが、かこちゃんのは海外仕様。その違いは、海外は家の中で靴を脱いでの生活ではないので、日本仕様よりもゴミため部分が大きいなど、簡単に言えば大雑把な作りらしいが、吸引力はとてつもないらしい。●かこちゃんは持病を持っているので(カテゴリ友達『友だちの病気』参照)その病気とうまく付き合っていく方法や自分の寿命のことなどシビアな話もした。かこちゃんは自分の身体がいつなんどき終わりを迎えるか分からないので、遺言状というか、もしものことがあった場合のマニュアルみたいのも作成してる。そんな話は暗い気持ちになるが、健康な私でもいつなんどき突然不幸が訪れるかは分からないので、そのマニュアル的なものは私も作っておこうかなと思った。●かこちゃんの彼のラブラブ話も聞かされたが・・ここはスルーしよう(笑)●エリーの話もした(まぁこれがメインだけど)いつもは笑ってばかりのかこちゃんだが・・泣かせてしまった。こんなにも心配させて・・ごめん!かこちゃんが泣くから私まで泣いてしまったよ。映像チャットは便利だけど、こんな時は電話のようにうまくごまかせないからちょっと不便。でも心はスッキリするね。地元から遠く離れている私には、友だちとの距離を感じさせない映像チャットやメールが随分とありがたい。
2006年07月20日
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今日は1学期最後の日。関東のお天気は曇り空で、ジリジリと照りつけるような暑さはない。ふ~良かったエリーの腕は大きな紫斑が出来ている状態なので半袖ではちょっと困る。 これは昨日お昼寝中のエリー右腕画像。 この右腕の紫斑はいつぶつけたかは分からない のだが、こんなに大きくなってしまった。 24日の入院を控えて自宅待機をさせて体調を整え ていたかったのだが、 「暫く友だちに会えなくなるから・・」という理由で エリーは今日長袖を着て学校へ行った。 半そででは容易に見えてしまうので。 強く打ったり、ぶつけた記憶もないのにこんなに 大きな紫斑が出来るのは、やはり血小板がかなり 低いのだろう。 脾摘を決断したのは正解だったように思う。 決断していなかったら、 「あ~すごい紫斑。やっぱり脾摘をしたほうが いいのかな~」 と、悶々とした日々を送っていたかもしれない。 でも決断した今なら、 「この大きな紫斑も脾摘をすると出来なくなる かもな~エリーもう少しの辛抱だよ」 と、思えるようになった。 はいここ大きな進歩だよ。 ・・・と自分で言ってみて元気づけたよ 1学期最後の日ということは・・通知表の日である。ちぃの成績は心配してないのだが・・エリーは期末試験を受けれなかったのできっと最悪だろうな。朝、エリーを学校まで送り校門のとこで車から降ろす時、「ママは悪い成績は見たくないから、先生に通知表を辞退するって言ってよ」とエリーに言ってみたら「はぁ~い。分かったよ~」と笑顔で返してきた。まさか本気で辞退することはないだろうがあの笑顔は何?真相究明する間もなく、エリーは元気に手を振って校門の中に消えて行った。お洗濯日和ではないけど今日が曇りで良かったなエリーが長袖着てても違和感ないし・・良かった
2006年07月20日
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昨夜から今朝にかけてソフトバンク王監督の手術について嬉しいニュースが伝えられている。7時間半という大手術にも関わらず、痛みもなく病室で歩いているとの事。すごいな~。王監督の鍛え上げた体力があってからこそ出来たことだろうが、腹腔鏡下手術での影響も大きいと思う。胃を全摘したのに出血は72ccと極少量。開腹手術では考えられない出血量ではないだろうか。エリーの脾摘でもこの腹腔鏡下手術を行うため、私の目はもうニュース番組に釘付け。いつもなら手術光景の映像は目を背けてしまうのだが、今はしっかり見てる。「ふむふむなるほどなるほど」私は野球にはあまり関心がないのだが、どんじぃ(私の父)がジャイアンツファンだったため私は子どもの頃からジャイアンツびいきなのだ。ジャイアンツびいきと言うよりも長嶋さんと王さんが好きなだけ。長嶋さんが脳梗塞で倒れたときもとても心配した。そしてテレビを見ながら回復を祈った。今回の王さんも同じ気持ちで祈っている。快方へ向いますように・・秋篠宮妃紀子様は前置胎盤と分かり、帝王切開出産にして予定より早めの出産となるらしい。前置胎盤は妊婦1000人に2~3人と比較的少ない確率だが、今の医学では問題なく無事に出産は出来るらしい。腹部エコーがなかった昔は、出産する時にしか分からなかったらしいが、今は腹部エコーで妊娠中に判明するため、前置胎盤の状態によって出産方法を決めるらしい。紀子様も驚かれたでしょうがひと安心ですね。王監督や紀子様の例でも分かるように医学は確実に進歩している。昔は結核や白血病は不治の病と言われていたが、現代は不治の病ではなく完治できる病気である。これも私たちが遊んでいる間も研究に勤しんでくれたドクター方や病気と闘った患者さんたちのおかげである。お疲れ様でした。そして今後もITPを含む解明されていない多くの難病の研究もお願いします。そのためには私たち患者サイドも研究材料としてデータを提供させていただきますので、1人でも多くの患者さんの笑顔を取り戻して下さい。出来れば痛みが少ない方法で・・と我儘をプラスしてみる(^^:世界中の病気が全て完治できる病気になればいいね。
2006年07月19日
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今日は退院後の診察の為、T病院へ行ってきた。9:00採血9:30女性科の診察緊急入院のきっかけとなった不正出血は16日に止まっていたので、今日は来月の生理時の注意点を確認しただけで終わった。9:50レントゲン撮影自宅近所に結核の方がいたので念のための撮影。11:00血液内科の診察 WBC(白血球)の基準値は4000~9000 HB(ヘモグロビン)の基準値(女性)は12~16 PLT(血小板)の基準値は14万~40万 今日の採血結果です(鮮明じゃないな~) WBCは8400 HBは12.7 PLTは4000 WBCとHBは基準値に戻りました。 PLTは願い虚しく低いままでした。 もしももしも、PLTが少しでも上がっていたら 脾臓摘出(脾摘)をしなくてもいいかも・・と 未練たらしく思ったのですが望みが消えました。 レントゲン結果は異常なし 上記の検査報告をしたあと主治医が脾摘の件を 聞いてきた。 「それで・・脾摘の件は決まりましたか?」 「はい。今まで先延ばしにして来ましたが、 脾摘することを決めました」 「そうですか・・決断しましたか。それでは すぐに入院の手続きをしましょう」そう言うと主治医は入院病棟のエリーの担当医と外科医に連絡をとった。血小板輸血の確認などを電話で話し合っていた。その間、私とエリーは「へへへっ」とか「ふふふっ」とか脾摘には関係ない話をして待った。でもエリーが急に、主治医に聞こえないように小声で言った。「ママ・・ごめんね。せっかくママが産んでくれたのに脾臓をとるようなことになって・・ きっとママは悲しいよね・・ごめんね」私は目頭が熱くなってきてしまったがこらえた。必死にこらえた。今日は絶対に泣かないって決めていたし、エリーにとって良い決断をしていると信じているから気持ちを強く持っていたかった。「何を言ってるのよ。エリーが元気になるんだったら脾臓ぐらいいいじゃん。 ママは悲しくないよ。脾臓より元気なエリーのほうがいいもん」と、辛うじて言えた。良かった・・言えたよ。そんな私の葛藤があったとは知らない主治医が、全ての確認を終えたのか私たちに向き直った。そして事務的に淡々と脾摘の流れを説明した。●T病院に24日(予定)に入院をする。●T病院にて血小板を3万まで上げるために血小板輸血等の処置をする。 目安として5日~7日●血小板が3万を維持できたら腹腔鏡下手術を施すためS病院へ送られる。●S病院で脾摘の手術をする。●術後、S病院にて経過を見る。このような段取りになるらしい。入院日数は長く見積もって1ヶ月を予定しているとのこと。脾摘に関して全てが決まった。予定通りいけば来週の月曜日から入院となる。それまでエリーの体調を万全にしておかなければ・・これは私の役目だ。エリーの部屋の片隅には2つのダンボールがここ1年積み重ねてある。急な入院に備えて入院セットをまとめているのだが、今年の2月にどんばぁ(私の母)が長期滞在で福岡から孫に会いに来た際にそのダンボールを見て泣いた。「可愛そうに・・こんな用意をしての生活なんて・・若いのにね・・ どうしてエリーなんだろうね。私が代わってあげたい・・」と。私に似て(私が母に似ているのか)泣き虫のどんばぁが滞在している間は、そのダンボールを見えないとこに移動させた。そのダンボールもこの入院で最後に、荷解きが出来るといいな。どんばぁが遊びに来ても隠さなくていいようにね。今日の決断の日を将来後悔しないように祈ろう。どうかどうかエリーが無事に手術を終えることが出来ますように。どうかどうかエリーに笑顔が戻りますように。どうかどうかお願いします。
2006年07月18日
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明日は退院後の診察の日。そして「脾臓摘出」を決断したことを主治医に告げる日。もう後戻りはできない。主治医に告げた瞬間から、入院の日取りから段取りまで決まってしまうだろう。もう後戻りはできない・・自分に力強く言いきかせてみる。明日は女性科の検診もあるため9時にはT病院へ着いてなければいけない。久しぶりに通勤ラッシュにもまれてしまう。品川に勤務のダーリンと一緒に出かけて、エリーをラッシュから守ってもらおう。でもいつも迷惑をかけるのは私だ。ダーリンとエリーは、電車に乗ったときにキープした場所から目的地に着くまで動かないのだが、私は人込みに流されて電車の中で、あっちへクルクルこっちへクルクル移動してしまう。でも明日はしっかりと車中でエリーのそばに付いていよう。足を踏ん張って付いていよう。そして診察室でもしっかりとエリーのそばに付いていよう。エリーを不安な気持ちにさせないように、希望をもってそばにいよう。明日はエリーが生まれ変わる決断の日と思うようにしよう。もう後戻りはできないのだから。
2006年07月17日
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長い時間をかけて家族会議をした。エリーの意見を重視して、エリーが納得した形で・・と思っていたが、気が抜けるほどエリーの意見は簡単だった。「私は決定に従うよ」と、それだけ。「エリーそれじゃダメなんだよ。エリーの身体なんだから自分の意見もしっかり言えよ。 大事な事だぞ」と、ダーリン。「大事な事は分かってるよ。私だって色々考えたよ。でも考えて思ったのは、 脾臓をとってITPが良くなるなら、ママが安心するからやろうと思うし、 でも良くならなかったら、ママを今まで以上に泣かせてしまうからこのままでいたほうが いいような気がして・・」「ママがいいようにじゃないだろ?エリーの意見を聞いてるんだよ」「私の意見はもうこれ以上ママを泣かせたくない・・それだけ。それに私よりITPのことは ママのほうが詳しいし、ママが決定した事が私の身体にいいことだと信じてる」エリーの意見を聞いていると、私があまりにも弱い姿をエリーに見せすぎたのだと反省した。それに17歳にもなるエリーだが、まだまだ考えが幼くてエリーに決定させるのは無理だと感じた。エリーの考えは今の現状だけで、遠い将来のことまで考えが及んでいない。幼い考えではあるが、私のことを気遣ってくれるエリーの優しい気持ちは否定せず、「エリーの意見は分かった。じゃあ今からママの意見を言うからエリーもしっかり聞いて、 反対だったらちゃんと言ってね」と、仕切りなおしのように言って話し合いを進めた。お茶したり、休憩を入れたりと長い時間をかけて話し合った結果は、全員一致で「脾臓摘出をする」ことになった。もし脾臓摘出をして効果が無かったら・・?もし手術中に血がとまらなかったら・・?血小板を上げるために血小板の輸血を大量にするけどそのリスクは・・?汚染が心配されてるガンマグロブリンの使用は大丈夫か・・?等々の不安要素についても考えたが、そこまで考えてしまうと何も出来なくなってしまう。主治医が以前、決断を渋る私にこう言った。「副作用やリスクのことばかり考えてると治療は出来ません。 許容範囲内だという気持ちで治療をして下さい。 リスクを考えるよりも現状打破することが1番望ましいです」この言葉を思い出し、それにあと押しされて決断できた。「現状打破」そうなのだ。エリーに今1番怖い事は、この前のような突然の大量出血や、脳内出血。脳内出血に関しては、転倒をして頭を強打しなくても、枕に頭を乗せただけでも脳内出血の危険がエリーにはあるらしい。それほど血管がもろくなっているのだ。そう考えると迷う事もなく脾臓摘出をするしかない。脾臓摘出して血小板が上がる可能性は、医学書やネット検索では60パーセント主治医の話では50パーセント私たちの期待は20パーセント何故こんなにも私たちの期待は低いかというと理由は様々あるが、そのひとつに主治医の何気ない発言も含まれてる。5月の定期検診で脾臓摘出の話を主治医に聞いてたときに「摘出しても効果は無いと思いますが・・」ポロリと主治医が本音を言ったのである。でも確立が低くてもやるしかないのだ。効果が無かった時はその時にまた考えればいい。今やるべきことは現状打破である。そう信じての決断である。
2006年07月17日
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エリーの脾臓摘出の件について週末家族で話し合う事になっていたが、ダーリンが土曜日に出張から戻ってきたのが遅くなり、家族会議は日曜日の午後からになった。土曜の夜ダーリンは、「今夜は遅くなってしまったから、明日みんなが揃う午後からにしようか。 それまでに各自、自分なりに考えをまとめておけよ」と、私とエリーに言った。それで今日は、部活から帰宅するちぃを待って、お昼ご飯を食べて、落ち着いてからの話し合いになると思うので、2時くらいになるだろう。今朝、いつも通りちぃは部活練習に行き、いつも通りダーリンはゴルフの打ちっぱなしに行った。いつも通り私は2人を玄関まで見送り、ちぃには、「今日は部活が終わったら友だちとお喋りしないで早く帰ってきてね」と言い、ダーリンには、「ねぇパパは脾臓の件、決めた?」と聞いてみた。「おう。俺は決めた」「・・・どう決めたの?教えてよ」「俺は摘出したほうがいいと思う。お前は?」「私は・・・私はまだ・・決めてない」「そっか・・ちぃが帰るまではまだ時間あるからそれまで考えておけよ。 もう延ばすことはできないんだから。逃げられないしな」ダーリンにそう言われて2時間以上考えたが、今もまだ決断できないでいる。考える事が苦しくなってブログに逃げてきた。逃げてはいけないのに私はまだ逃げてる。私の決断は決まっているのだが、昨日更新した幼きエリーがじーっと私を見つめ何かを訴えているようで・・決心が鈍ってしまう。私も写真をじーっと見つめ、「今日みたいな日が訪れるなんて想像もしてなかったね」と、語りかけてみた。「ママを信じてるよ」と、幼きエリーに言われた気がした。
2006年07月16日
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この写真はエリーがまだまだ元気いっぱいの3歳2ヶ月の頃。年少たんぽぽ組に入園した間もない1992年4月中旬。何故こんなに昔の写真をということだが、この頃からエリーを知っている私の友だちペンちゃんが、エリーの入院中にお見舞いに来てくれたことから、私も昔のエリーに会いたくなって・・。ペンちゃんがお見舞いに来てくれたのは入院5日目の日曜日。神戸からお取り寄せしたというチーズケーキを持って来てくれた。あまりにも美味しくて携帯でパチリとする間もなく完食です。過去3回の入院は、私がブログをまだやっていない時だったので、いつも事後報告みたいな形だったのだが、今回はブログのせいでばれてしまい、私の都合に合わせて来てくれた。エリーが入院している血液内科は、免疫力が低下している患者さんが多いので、お見舞い品にも規制があったり(生花はダメ)年齢制限があったり(子どもは基本的にはダメ)何かと大変そうなので、お見舞いは遠慮させてもらっていた。そのことをペンちゃんにも伝えたのだが、「じゃあ残念だけどエリーちゃんには会えなくても我慢するよ。 でも心配だからT病院には来るよ。mikaoniのことも心配だから顔だけでも見に来るよ」と言って、私のお見舞いも兼ねてラブちゃんと来てくれた。ペンちゃんの長女のユーちゃん(エリーと同じ歳で上の写真の頃からの友だち)は外せない用事があって来れなかったが、プリクラを20枚ほど同封した励ましの手紙をペンちゃんにたくしてくれていた。次女のラブちゃん(ちぃより1歳上で中3)は今でもちぃの大親友で、久しぶりの再会に2人とも大喜びで嬉しそうだった。でもきっと私のほうがペンちゃんと会えた事を喜んでいたと思うな。・・と口に出すとちぃと水掛け論になるので言わないけどね。ちぃとダーリンは談話室で待たせ、ペンちゃんとラブちゃんをエリーの病室へ案内した。入院5日目だったのでエリーも随分回復していたのでペンちゃんも安心しただろう。ただエリーが倒れた時にできた足の大きな紫斑をみて驚いていた。「こんなふうになっちゃうんだ・・かわいそうに・・」と言ってくれた。たった10分ほどの面会だったが、ペンちゃんと久しぶりに(1年ぶり)会い、ラブちゃんの成長ぶりを見て、エリーは十分元気をもらったようだった。エリーのことはダーリンに任せて私はペンちゃんと、ちぃはラブちゃんとたくさん話をした。エリーの病気の事、高校の事、大学受験の事、ちぃの部活の事、塾の事、ユーちゃんのバイトの事、大学受験の事、ラブちゃんの部活の事、塾の事、私のブログの事、ペンちゃんの仕事の事・・・1時間ほどだったが、私もちぃもすっかりリフレッシュされた気分だった。私とちぃのお見舞いまでしてくれたね・・ありがとう。それにブログで励まし続けてくれた方々。私は楽天でブログを始めてから心も持ちかたが確かに変わったと思います。以前よりも強くなったような気がします。過去3回のエリーの入院時には、メソメソ暗い顔つきだったけど、今回の入院は今までの入院よりも大変な状況だったにも関わらず、私は乗り越えられました。みなさんの励ましの声が、私にはとても勇気を与えてくれました。改めて感謝の気持ちを言いたいと思います。ブログのお友だちありがとうございました。福岡のお友だちありがとうございました。古くからのお友だちありがとうございました。こちらのお友だちありがとうございました。みんなみんなありがとう!!
2006年07月15日
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エリーが今回入院するようになったのにはある原因が思い当たる。先日のブログでも書いたとおり、エリーの根拠のない期待と私たち家族の間違った選択が引き起こしたとも思われます。緊急入院の1週間くらい前からエリーの様子がおかしかった。いつもイライラしていたり、1人で考え込んでいたり、食欲が無かったり・・等々。その原因をうまく聞きだしてみると、●もうすぐITP発症して1年になるのに、病状はまったく変わらずどんな治療をしても無駄 だったように思う。●病状が少しもよくならないのに1年目を迎えるのが気が重い。●私はいつ治るのか?本当に治るのか?●高校生活もまともに送れないのに、大学生活は送れるのか?と、いくつもいくつも心にある不安を話し出した。確かにエリーにとっては、とても長く感じる闘病生活だろう。それにもうすぐ発症して1年目を迎えるとあって焦りも感じているのかもしれない。エリーの気持ちは分かるのだが、病気が治るかどうかは私たちにもドクターにも誰にも分からない事だし、答えようがない。ただ「根気よく頑張るしかないよ」としか言ってあげれない。それに大学生活がまともに送れるかは、病状も関係はあるが1番大切なのはエリーの気持ちの持ちようだと思う。それも懇切丁寧に語って聞かせたが、エリーは悲観するばかりで私の話を理解しようとはしない。私とエリーのあいだでそんなやりとりが何日間か続いた頃、ダーリンが「今は何を言っても、エリー自身が自信を取り戻してくれないとダメだろう。 俺たちがあーしろ、こーしろと口を出さないでエリーに考えさせてみろ」と提案してきた。私もダーリンもそのやり方がいいとは思わなかったが、押してもダメなら引いてみろ的な考えを実行してみる事にした。ただ心配なのはエリーの病気のこと。エリーが健康体ならば、少々無茶をしても自分自身をしっかり見つめ直すことも必要だと思うが、エリーは健康体ではない。食前食後には薬を飲まないといけないし、転んだりしても大変なことになるし・・でもそんなことはエリーだってちゃんと承知してる。自分自身の身体なのだからエリーはよく知ってるはず、私がいちいち口出しする必要ももうないかもしれない。エリーも17歳だし・・。私は自分自身の甘さも克服しなきゃエリーも自立できなくなる・・と思いなおし押してもダメなら引いてみろ作戦を決行した。決行日時は7月3日(入院2日前)の夜からだった。エリーにこうきり出した。「エリー、ママは今までエリーにあーしろこーしろとか、あれしちゃダメこれしちゃダメと 口出ししすぎたね。もう今日からはエリーを信じて言わないから、エリーの思うように自覚 をもってやってごらん。 自分でやることで自覚もうまれ自信を取り戻せるかもしれないからね」その翌日の7月4日(入院前日)の朝、エリーは生理になった。私はエリーの大量の出血に焦ったが、汚れたシーツの取替えや床を掃除しながら心を落ち着け、この生理をエリー自身が乗り切ることが自信を取り戻す第1歩と思い、食事と止血剤だけ用意してあとはエリーに任せた。この日エリーはずっと自室で安静にしていたので、私は嬉しかった。私が安静にしてなさいと口出ししなくても、エリーはちゃんと分かってるんだなと、今更ながら気付いて今までの自分に反省したりしていた。この時は分からなかったのだが、実はエリー、止血剤を飲んでいなくて立っていられないほどフラついて横になっていたのだ。止血剤を飲まなかったのは、「薬に頼らなくても自分の身体の治癒力を信じて乗り切ろうと思った。 治癒力で乗り切れれば大学生活も大丈夫のように思えた」と、T病院へ急ぐ車中で私に告白した。治癒力を信じる?何の根拠もないエリーの言葉が悲しかった。そんな告白を聞いていない7月5日(入院当日)も安静にしていると思い込み、エリーの邪魔をしないようにそっとしておいた。いつもより食欲がないのが気になったが、最近は大学の事で悩んでいたし安静にしてるからお腹もすかないのだろうと、能天気に私は考えていた。そして午後3時過ぎ(入院3時間前)エリーが寝ていたのでダーリンと近くのホームセンターに30分ほどの予定で出かけた。そしてエリーからSOSの連絡があった(ITP現在の症状【緊急入院】詳しい状況を参照)エリーの「自分の治癒力を信じる」という何の根拠もない行動と、私たちの「エリーに考えさせて任せてみよう」という間違った判断が、エリーの体調を崩し、大量出血を招いたと思われます。もしエリーがちゃんと止血剤を飲んでいたらもし私がいつものように口出しをしていたらもしかしたら今回の入院はなかったかもしれないと考えてしまいます。でもエリーや私たちも辛くて不安な思いをしてしまいましたが、エリーも薬の大切さや自分の病気をよく知るきっかけになったと思います。何故体育ができないのか、何故親が口うるさく注意するのか・・身をもって理解したのではないかと思います。私たちも全面的にエリーに任せるのではなく、確認だけはしていこうと反省しました。でもそれは先延ばしをして、退院したばかりの今は全面的に私が管理しています。このようないきさつがあっての今回の入院でした。ITPを患ってる方やご家族の方には不安を与えてしまいましたが、主治医の指示に従い、処方された薬をちゃんと飲めば、急に容態が変化することはないと思います。エリーや私たちみたいに間違った選択をされないためにも、あえて我家の押してもダメなら引いてみろ作戦を恥ずかしながら更新しました。
2006年07月14日
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入院をした際に血液内科以外の診察を受けた。女性科(婦人科)今回の入院は生理による大量出血があったため、女性科の診察も受ける事になった。入院3日目に車椅子で移動しての受診となった。診断内容は、1、今回の生理は出血の量も多いので、生理というより不正出血と考えたほうがよい。2、今までは『生理が始まってから止血剤を飲む』という用法だったが、 次回からは『生理が始まる前兆を感じたら止血剤を飲む』というふうに変更する。3、このような大量出血が何度も続くようであれば、また一定期間生理を止める注射や薬を 使用したほうがいいかもしれない。という診断だった。『一定期間生理を止める注射』というのは、成分などは聞かなかったが(するつもりはなかったので)その注射をひと月に1本打つことで完全に生理が止まるらしい。メリットとして・・・毎日薬を使う煩わしさがなくなる。デメリットとして・・注射が体質に合わず副作用がでた場合、効き目が持続する1ヶ月は副作用に 悩まされる。『一定期間生理を止める薬』というのは、エリーも以前使用していたスプレキュアとこれは使用したことはないがピルも効果があるらしい。しかし、また生理を止める事や副作用が多い薬は使用したくなかったため、生理の前兆がきたら止血剤を早めに飲む事にするとドクターに話した。外科ITPの治療がまったく効果がないエリーに、次の段階の治療として血液内科のドクターが提案したのは脾臓摘出。ITP患者が何故『脾臓摘出』なのかというと脾臓は血小板を破壊する部分としてあるので、その脾臓をとってしまうことで血小板の減少を減らそうという目的で行われる外科手術なのである。脾臓摘出は血液内科のドクターが執刀するのではなく、外科のドクターが執刀する事になるので、外科医の診察も受ける事になった。入院7日目に歩いて移動して受診した。腹部エコーも撮り、エリーの脾臓は約9cmの大きさだった。脾臓は通常、握りこぶし1個分の大きさであるためエリーは通常の大きさとなる。ITP患者は比較的、脾臓は小さめらしい。脾臓という臓器はあまり聞きなれない臓器で、ピンとこない人も多いかもしれない。親しみやすくいうと、食事をしたばかりで走ると横腹が痛むときがある。これを言葉で表現すると「脾臓が痛い」ということになる。多くの人がこの経験はしたことがあるのではないだろうか。診断内容は(脾臓摘出をする場合)1、血小板数値を最低でも3万(本来なら5万)まで上げないと手術は無理。2、手術方法は2種類あって開腹手術と腹腔鏡手術。 開腹手術はT病院で出来るが、腹腔鏡手術はS病院で受ける事になる。 脾臓の大きさからいえばエリーの脾臓はどちらの手術も可能。という診断だった。開腹手術のメリット・・安全性が高い。開腹手術のデメリット・・創痕が大きい。腹腔鏡手術のメリット・・創痕が小さく2年後にはほとんど目立たなくなる。 腹壁の機能障害も少ない。 術後の回復が早く、また痛みが軽い。腹腔鏡手術のデメリット・・開腹手術よりは安全性が低い。血液内科外科医の診断をもとに血液内科の主治医との話は、1、今までの治療に効果が無かったので脾臓摘出を薦める。2、血小板がある程度(3万~5万)あるのならば、自然治癒を一定期間待ってもいいが、 エリーの場合は低すぎるので、何らかの治療が必要。脾臓を摘出した場合のメリットとして、●血小板が基準値(14万~40万)になり、そのまま維持できればITP完治となり、 年に数回の定期検診は必要だが、今後一切の治療はしなくていい。●もし血小板が上がらなくても、今まで効き目が無かった薬(プレドニン等)が効きやすく なり効果が表れる。脾臓を摘出した場合のデメリットとして、●何も身体に影響はない。 あえて挙げるととすれば創痕ができることと、精神的要素。脾臓摘出をしなかった場合の今後の治療は、1、免疫抑制剤の服用(シクロスポリン・イムランなど) 長期にわたり服用すると肝臓や腎臓に負担がかかり、重度の場合には人工透析を必要とする ことがある。2、ある種の抗がん剤の使用 発がん性の危険がある。3、ホルモン製剤の使用(男性ホルモン・蛋白同化ホルモン) 男性ホルモンを使うと、声が太くなったりヒゲが生えたりして、容姿が男性化してくる。4、蛋白製剤の使用(リツキサンなど) これは日本では許可されていないので、お薦めはできないとのこと。5、ある種のビタミン剤(シナールなど) これは副作用もなかったのでエリーは4月から服用を始めたが(現在も服用中)今のところ 効果は無く、主治医も効果なしと判断しているようだ。上記の5パターンはいずれも確実性に欠けるものなので、主治医としては脾臓摘出を薦めている。脾臓摘出を行うとすれば、手術に伴いその前後に血小板を上げたりする準備がいるため、長期入院を(予定では1ヶ月)必要となる。主治医としてはエリーの学校の出席日数も考えて、夏休み期間に手術をするのがベストだと思っているようだ。その決断を私たちに早急にしてほしくて、今回エリーの退院も急きょ許可してくれた。「本人も含めて家族でよく話し合って下さい」と言うことだろうと思う。決断最終日は7月18日の次回診察日まで。でも脾臓摘出の話は今回、急に言われたわけではなくて、今年の3月に入院していた時から打診されていたものである。エリーの緊急入院前までは「脾臓摘出はもう少し先で考えます」と主治医に伝えるはずだったが、今回の入院で私たちも考え直さなければいけなくなったわけだ。それぞれの医師の説明を聞くと、脾臓摘出はエリーにとって全てが良いように思う。それに脾臓が悪いのであれば盲腸をとる覚悟で、是非お願いして摘出してもらいたい。しかし、エリーの脾臓はまったく問題なく健康な脾臓であって・・医師の言ったデメリット通り、私の決断を鈍らせているのは精神的要素だと思う。日数的にも残りわずかなのに決断ができないのだ。今週末の土・日に最終的な家族会議で決断しなければならない。私の頭の中に主治医の言葉が何度も繰り返される。「脾臓摘出で血小板が上がったら、何故早くしなかったのだろうと思われますよ。 遅らせた分だけ治療の数も薬の量も不安な日々も増えます。 私はそう後悔された患者さんをたくさん知っています」と・・
2006年07月14日
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入院した日は動揺していたこともあり、携帯でパチリとすることも忘れていたので、画像は何もないのだが、3日目からはエリーの回復に伴い気持ちにも余裕ができたので、看護士さんや同室の患者さんがいないときに、パチリパチリと撮った。 ←これは出血を止める為の止血剤。 1瓶300ml入っているのだが、これを1時間で40ml 身体に入れるので1瓶終わるまで7時間半かかる。 入院4日目からは1時間に50mlとなったので6時間 と少し短縮された。 成分はエリーも服用している内服剤のトランサミンや アドナ錠と同じらしい。でも内服剤よりはるかに即効 性があるため、緊急を要したエリーに使われた。 この止血剤はエリーによく効いてくれて、出血も徐々 に少なくなっていった。 退院の前日に主治医の1人が、 「入院した日はどうなることかと心配しました。 出血が止まらなかったら危険な状態でした」 と、言われた時はまた背筋が凍る思いがしたが、 結果的にはよく効いてくれたのでマルです。 それに主治医もこの不安をエリーが回復したときに 口に出してくれたので良かった。 入院した当日に聞いていたら・・私はきっと 役立たずの母親になっていたと思う。 この止血剤と同時進行で赤血球の輸血もしたのだが 残念ながらその画像はない。 励ましのコメントを下さったくー猫さんも言われていたが、レバーのような感じで、まさしく血の色をしたドロドロしたものだった。赤血球輸血は初めてのエリーも、「血管に入っていくとき入ってることが分かるよ。痛みが少しだけあるよ」と言っていた。止血剤は入院初日から退院前日まで点滴し、赤血球は入院初日から3日目まで輸血した。 ←これは血小板の輸血。 赤血球と違い、これはエリーも以前輸血したこと があるし、血管に入っていくときにも痛みなどの 違和感はないらしい。 血小板が足りないエリーにこれを輸血して、 少しでも血小板を増やす目的なのだが、 エリーが患っているITPという病気は、 身体には必要な血を止める為の血小板を、自らの 抗体がその血小板を壊してしまい、血小板数を減ら してしまうので、いくら健康な血小板の輸血をしても 数時間で壊してしまうのだ。 今回も輸血数時間後には血小板数値は3000まで 下がった。 善意ある方が献血して下さった貴重な血液をまた 無駄にしてしまった。 血小板を輸血してもらうたびに申し訳なく思い罪悪感 を感じてしまう。 献血のお返しを・・と思うがエリーの血液は役に立た ないので、今は私の血液を貢献させてもらっている。 遠い将来になるかもしれないが、いつかエリーが ITPを完治できたら、やせ細るほどエリーの血液を 採ってもらい最大限に貢献したいと思っている。 本当にそういう日がくるといいな。今回の血小板はどのくらいの量を輸血したかは、まだ正確に主治医に聞いてないので、分かり次第また更新します。日数的には入院から3日間の輸血でした。 ←今回入院した時にエリーの腕にさされた点滴。 今回は今まで以上に点滴の針をさせなくて 仕方なく腕の関節の位置になりました。 通常点滴は、行動に支障をきたさないように 間接部分は避けるのですが、エリーはこの部分に しか出来ませんでした。 そのため左手は常に曲げないように真っ直ぐした状 態で保っていたので、次第に浮腫んできました。 入院4日目に出血も少なくなったため、左手の甲の さし直しに成功したので、後半は楽になりました。 このことを友だちのまこちゃんに話したら、 「え~っ痛そう。もしエリーちゃんが腕を曲げたら 点滴の針が腕から突き出てくるんでしょ? 恐いよ~」 と、ビビっていたがそんな心配はない。 この点滴の針は、さすときは注射針なのだが その針が腕に固定されるわけではなく、ちゃんと 血管に針が入るとその注射針は抜き、抜くと 直径1mm長さ3cmほどの硬いビニールみたいな 管が血管に残るようになっている。 だからもし腕を曲げても腕から針が突き出る事は ない。でも曲げるとやはり痛いらしい。 まったく腕を曲げないようにするには無理で、トイレに行った時や、寝ている時に無意識に曲げたりして、1度その管が血管の中で曲がってしまい、止血剤の点滴が血管に入っていかなくなり管を交換した。服用した薬が、今まで常用していたものでツムラ加味帰脾湯エキス顆粒・シナール・アルサルミン細粒と止血剤点滴終了後からは、服用量が増えたが今までどおりアドナ錠とトランサミン赤血球輸血終了後からは、新しい薬でフェロミア嬢50mg(1日2回朝夕食後で1回1錠)退院した現在もまだ出血しているため、上記の薬を飲んでいる。今日のエリーは昨日よりも食欲はあり、血色も良く体調はよさそうです。出血のほうがまだあるため(量は少なくなってる)学校へは行けないが、精神的にも安定しているようです。来週の火曜日にT病院の診察が予約されているのだが、それまでに私たちは脾臓を摘出するかどうかを決めなければならない。それによってエリーの夏休みの方向性が決まる。
2006年07月13日
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ご心配をおかけしましたが、今日エリーは退院しました。1週間の入院で終わりました。「このまま出血が少なくなれば、退院は今週の金曜日には大丈夫だと思います」と、今日T病院へ行った時に主治医に言われました。しかしエリーが、「病院にいるときのように家でも安静にしてますから、今日退院させて下さい」と、主治医に無理を言いました。でもよくエリーの意見を聞いてみると、金曜日の退院だとママと電車で家まで帰らなきゃいけないけど、今日はパパが車でT病院まで来てるので、今日退院できると車中で安静にして帰れる・・ということだった。確かにエリーの言う事にも一理あり、金曜日だと私1人がエリーを迎えに行く事になり、私はT病院までは車で行くのは不安があるため電車で行くようになる。そうなるとエリーは人込みにもまれ、たくさん歩かなきゃいけなくなる。そう考えるとエリーの状態が許すなら、今日の退院がいいように思えた。3人のドクターによる話し合いの後、OKをもらえた。それで予定変更で今日無事に退院できました。午後2時ごろ家に帰り着いてから、エリーは軽くシャワーをあび、私も一緒にお昼寝をしました。私は5時半頃には起きたのですが、エリーは8時半になっても起きなかったので、食事もとらせないといけないし、薬も飲ませなきゃいけないので起こしました。起き上がるときは少しふらつくようですが、ご飯を食べて薬も飲んだ今は、リビングでちぃとじゃれあって遊ぶほど元気元気です。来週の火曜日にT病院へ行くまでは学校にはまだ行けませんが、しっかり家で安静にして体力も回復させたいと思います。明日は私もゆっくりとブログを更新する事ができそうなので、入院中の治療や状態などを詳しく参考のために更新したいと思います。たくさんの励ましの声に力をいただき、この慌ただしい入院も乗り切ることができました。本当にありがとうございました。
2006年07月12日
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4日の火曜日の朝、2階のエリーの部屋から私を呼ぶ声が聞こえた。「ママ、大変。ちょっと来て」そのただならぬ声に急いでエリーの部屋に急ぐと、ベッドのそばにエリーが青白い顔をして立っていた。エリーのパジャマのズボンは血に染まり、床にはCD2枚分ほどの血だまりができていた。エリーの話によると、生理が始まった予感がして、ベッドから起き上がりトイレに行こうとしたら、いきなり大量の出血をしたとのこと。エリーの意識もしっかりしていたので、とりあえず、エリーをトイレに行かせ、着替えをさせ、ベッドで安静にさせた。その間、私は汚れたシーツと床をきれいにし、朝食と止血剤(アドナ錠とトランサミン)の用意をした。この日は夜まで出血は多かったものの、立ち上がらないで横になっていれば、大丈夫なほどの出血量だった。5日の水曜日の朝。ダーリンは本来なら水曜日は休日。しかし繁忙期のためこの日は出勤だったのだがエリーの体調が良くないため、自宅で仕事をする事にして家にいた。エリーは朝からずっと横になって安静にしていた。午後3時ごろ、寝ていたエリーを残し、ダーリンと近くのホームセンターに買い物に行った。家を出て20分くらい経った時、エリーから携帯に電話が入った。「ママ、助けて。血が止まらないよ」小さな声でエリーはそう言った。私とダーリンは急いで家に帰った。リビングにエリーが倒れていた。エリーの意識はあったので話を聞くと、トイレに行こうと2階から下に降りてきたら、気分が悪くなってママに電話をした。立ってられなくなりソファに横になろうとしたら、意識が遠のいて倒れたらしい。エリーの話を裏づけるように、トイレからリビングまで殺人現場のように血が続いていた。T病院の主治医に連絡をとると、「輸血が必要な状態だと思うのでT病院へ来て下さい。近くの病院では輸血などの対応が できないと思います。エリーさんの状態がこちらまで来れないのなら対応を考えますので、 確認してもう1度連絡して下さい」と言うことだった。自宅からT病院までは車で30Kmほど。しかし午後4時ごろの時間帯、雨が降ってる天候、都内の渋滞状況を考えると、いくら高速をとばしても2時間はかかるだろう。この状態のエリーを2時間も医師に診せないのは・・悩んだが、エリーの血色が戻ってきたことと、ダーリンが運転して私はエリーを看てやれることと、T病院で高度な治療を受けたほうがいいこと、T病院へ行こうと決めて主治医に連絡した。雨のため部活中止で早めに帰宅したちぃを連れてT病院へ急いだ。予想通りT病院まで2時間かかったが、エリーは車中で横になっていたのが良かったのか、自宅では抱きかかえるようにして車に乗せたのに、T病院の救急外来にはしっかり歩いて行けた。救急外来には主治医が待ってくれていてすぐに診察してくれた。その時のエリーの容態は、意識はしっかりしていたが、全身に大小たくさんの打ち身状の紫斑があった。倒れた時に頭、肩、腕、胸、腰、膝をぶつけたらしい。頭以外は証拠のように紫斑があるので分かりやすいが、頭の中は目に見えないのでCTを撮ることになったが、脳内で大きな出血はないということでひと安心。採血の結果は、血小板1000(基準値は14万~40万)白血球15800(基準値は4000~9000)即、緊急入院となった。エリーは車椅子に乗り、それを主治医が押して入院病棟まで行く。その間、エリーは血色もよく主治医とも話をしていた。私たち家族も無事にT病院まで来れたこと、主治医に診てもらったこと、脳内出血もなかったこと、T病院へ連れてきたのは正解だったと思い安心した。入院病棟のベッドに落ち着き、入院時の主治医のAドクターと外来時の主治医Iドクターから、今から行う治療の説明を聞いた。1、血小板の輸血をする→血小板が1000と低すぎる為。2、赤血球の輸血をする→大量の出血でヘモグロビンの数値が急激に下がってる為。3、止血剤の点滴をする→とにかく出血を止めないと容態が悪化するため。その治療に納得し、輸血に関しての同意書に記入した。エリーが「輸血の前にトイレに行く」と言い、ベッドから起き上がると、白いシーツとエリーが着ている病院のパジャマが血まみれだった。エリーはその血の汚れにショックを受け、おねしょをした子どものように看護士とドクターたちに「ごめんなさい」と泣きながら何度も言った。ドクターたちは、「そんなことは気にすることないよ。病気がそうしているのだからね」と優しく言い、エリーのメンタル面を気遣って、シーツやパジャマの交換を看護士さんに頼んで、病室から一時出て行かれた。看護士さんも、「大丈夫よ。私は毎日シーツの取替えをしてるからすごく上手なのよ。気にしなくていいのよ」とエリーを励ますように言い、テキパキとシーツの取替えを始めた。その時、私はエリーの横に立ち、「大丈夫大丈夫」とエリーの髪をなでていたのだが、エリーの出血の多さに内心はビクビクしていた。エリーはナイト用の33cmもある大きなナプキン2枚を少しずらしてつけていたのに、こんなに下着やシーツまで汚すなんて、女性の方なら分かると思うが普通では考えられないことだ。泣いていたエリーの顔が一瞬にして真っ白になり、いきなり崩れたように倒れた。私はとっさにエリーの頭部を支えたので、床で頭を打つことは避けられたが、エリーと私は床に倒れこんだ。エリーの唇は真っ白で意識がない。看護士さんの大きな声でドクターたちが病室に駆け込み、私の手からエリーを受け取りベッドに運んだ。その光景を床からの低い目線で見ていたが、床には気付かなかったがエリーの出血の血だまりができていて、たくさんの白衣の足がそれを踏んで、床には血の足跡がたくさんついた。私も起こされてすぐそばのベッドのエリーを一瞬見たが、横向きに寝かされ、パジャマのおしり部分から真っ赤に汚れていて、唇まで真っ白になって、目は開けていたが焦点があってないような目をしていた。慌ただしくドクターや看護士が動いていて、呆然としている私とダーリンに、「ご家族の方は別室でお待ちください」と促す看護士にちぃが待つ談話室に連れていかれた。看護士に呼ばれるまでその間、2時間近く待った。途中で何度かエリーの病室の近くを覗いたが、看護士の慌ただしい病室の出入りと、顔も知らないドクターが5人ほど病室に入っていく姿、入院患者の数人がエリーの病室を覗いてる姿。誰よりもエリーのことを心配している私たちが、エリーから1番離れた場所にいた。2時間後に呼ばれてエリーの病室に入った時は、床の血も拭き取られていた。エリーは身体に心電図をつけられ、右手中指に呼吸を確認する為の装置をつけられ、左手には血の色をした赤血球の輸血とオレンジ色がかった黄色の止血剤の点滴をしていた。主治医の説明を聞くと、1、血小板と血圧の低下で点滴の針が刺さらず、処置に時間がかかったこと。そう言われてエリーの身体を見ると、両手の甲や両足の甲、右手も左手にもたくさんの針を刺しただろう痕にガーゼが貼られていたが、たかが針痕なのに血小板が低いせいでどのガーゼにも血が容易に確認できるほどついていた。2、まずは出血を止める事が先決なので即効性のある止血剤を点滴して、大量出血をして しまったので赤血球の輸血をして血液を補っていること。3、血小板が限りなくゼロに近いので、血小板の輸血を今からすること。4、身体を動かすと出血状態が悪化するので、ベッドから動かさないようにすること。動かすも何もそんな元気はエリーにはないように見えた。ドクターや看護士も病室から一旦出て行き、私とダーリンだけにしてくれた。エリーの真っ白だった唇も赤みを増していたが、とても弱々しく見えた。まだ頭がぼんやりするのか、疲れたのか薬のせいかは分からないが話していてもぼーっとしたような感じの受け答えだった。私は話すのをやめエリーを見守るだけにしてベッドの横に座った。そして2時間前のエリーのパジャマの汚れが気になり、そっとベッドの中を覗いた。ベッドの中は2時間前よりひどい状態で汚れていた。身体を動かせない状態なので仕方のないことに思えたが・・可愛そうだった。「ママ、下着が気持ち悪いよ」と弱々しくエリーが言った。私がエリーにしてあげれる事はそれしかないように思い、ベッドのわきにおいてあったおねしょ用のビニール地のパットと病院の替えパジャマを手に取り行動した。エリーの汚れたパジャマと下着をぬがせ、新しい生理用の下着に大きなナプキンを2枚重ねてつけ、新しいパジャマに着替えさせ、シーツは無理だがパットを取り替えた。その間エリーには少しの間、腰を浮かせてもらい、ダーリンには病室の外で見張りをさせて、悪い事でもしてるかのようにすばやく取り替えた。確かに主治医の注意を無視しての行動は、悪い事だったかもしれないが、こんなに血だらけのベッドにいつまでもエリーを寝せておけなかった。「ママ、ありがとう。もう気持ち悪くないよ」とエリーは言い、安心したように眠った。私はエリーを起こさないように静かに汚れたパットやパジャマをまるめ、エリーの持参したITPの常備薬や生理用の下着、大量のナプキンなどを病室に揃え、エリーの落ち着いた寝顔を確認して病室から出た。担当の看護士さんに勝手に下着を取り替えたことを詫び、エリーのことを主治医にお願いして、ちぃが待ってる談話室に行った。ちぃは机に伏せて寝ていたが、その机の上にはちぃの願いが書かれた短冊がおいてあり(もうすぐ七夕なので院内には笹の木と短冊用紙が設置されていた)ちぃの不安な気持ちが伝わってきた。ちぃ・・それは私たちもみんな同じ気持ちだよ。 お姉ちゃんの病気が1日も早く治りますように。 そして昔の元気なお姉ちゃんにしてください。※エリーの緊急入院についてはみなさんに心配していただき大変嬉しく思っています。それと同時にエリーと同じ病気を患っている方や、ご家族のみなさんにはITPの恐さや不安材料を増やしてしまったことに責任を感じています。申し訳ありませんでした。エリーがこんな状態になってしまったのには、エリーの根拠のない期待と私たち家族の間違った選択が引き起こしたとも思われます。その原因については次回なるべく早く更新したいと思います。
2006年07月10日
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