ドラゴン山田の研究室

ドラゴン山田の研究室

2006.01.29
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カテゴリ: Life
ふと、ここ数年間の歩みと、自分の調子がよい時のパターンおよび悪い時のパターンを、種々振り返る。やみくもにバクシンするだけでは成長がないので…。

Ph.D.論文を完成、提出し、口頭試問に合格したのが2002(平成14)年。年明けて2003(平成15)年1月には、シェフィールドでの卒業式で赤いガウンを着た。その後、転居など、その年の春の無理がたたって、10年ぶりに自律神経失調症が再発。特に10月末に最悪の事態となり、2004(平成16)年3月末までの約5ヶ月あまり、最低限の仕事をこなす以外は寝たきりの生活を送った。その最悪の事態から徐々に抜け出し、初の単著執筆にかかったのが、その年の4月。どこからそんなエネルギーが涌いたのかは知らないが、約3ヶ月あまりで一気に原稿を仕上げ、出版社への提出の期限であった7月末という約束を果たす。拙著は11月に出版。およびそれと並行する形で、Michael Kenny 訳をスタートさせた。

2005(平成17)年は、邦訳作業および、5月の John Keane 教授招聘に、相当なエネルギーを割いた。それと同時に、出版助成金がおりることになったにもかかわらず、Ph.D.論文出版を引き受けてくれる英米の出版社が見つからず、苦慮した上に、国内の出版社に決まったのが秋口。そこから、原稿チェック、初校・再校・三校とおびただしい作業が入ってきた。共著出版と Kenny 訳出版が、ほぼ10月後半。Keane 教授の civil society / uncivil society に関する論文を脱稿したのも、その前後だった。今年2006(平成18)年に入ってからは、すでに以前のこの日記にも書いたように、英文著書のインデックス作成および校正で「死闘」を演じた。現在、その英文著書は近々完成することになっており、また Keane 論文も明日念校を提出する。そして今、深く疲労し、前向きなエネルギーが出なくなっている自分がある…。

再発した病を乗り越えて、2004~2005年は、ひたすら目の前の課題をこなしてきた。時に淡々と、時に馬車馬のごとく、とにかく、1つ1つの仕事に取り組むことが自分の使命だととらえ、エネルギーを注ぎ込んできた。しかし、2006年の1月も終わろうという今、今年はその延長では行かないのではないか、というシグナルが心身から発せられている。確かに、今でも多くの課題を抱えており、時間との戦いになることには変わりない。だが、特定の課題にのみ没頭することによって、他のことができなくなっている。目先のことばかり追っていて、自分の器が小さく閉じたものになりつつあるのではという危機感がある。仕事の「結果」「成果」を出すことも大事だが、一歩引いて、もっともっと自分の世界・境涯を広げなければ、成果を稼ぐだけのマシーンになってしまう気がする…。

価値を生み出すことのできる、創造的なエネルギーとは、内発的なもの(ソフト・パワー)のはずだ。だが、ここ2年間を振り返ると、もちろん内発的なエネルギーを燃やしたことは事実であるものの、どちらかと言えば「締切に追われて」とか「頼まれたから」とかいった外からの要素が大きかったことも否定できない。去年・一昨年には、それが必要であり、それでよかったのだろう。だが、ここ2週間ほどのスランプ続きの中で、「今年からはそれでは行かんぞ」と言われているように思えてならない。いくら寝ても寝ても眠く、物事を前向きに捉えていくエネルギーが著しく枯渇している現在、自分のあり方を立ち止まって考えなければならない「時」なのかもしれない。





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最終更新日  2006.01.29 22:25:53
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