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なんだかな~、参ってしまいます。昨年6月頃から、仕事の受注先が変更に成ってしまうかも?個人業者には、発注しなく成る?など色々と大きな問題が浮上していたんですが、とうとう現実問題として決定してしまったようです。私としては単価が下がっても、受注先が変わっても時々釣りが出来て質素でも飯が食えれば、そう長くない現役時代が過ごせればどーって事は無いんですけどね。今年6月1日、受注先の事務所が新築移転しました。総工費8億円掛けての新築だったそうです。2Fに私たちを含む委託業者用の事務室も確保してありましたが、セキュリテイが厳しくオートロックでカードを使わないと出入り出来ないんですが、そのカードを私たちにくれないんです。社員にいちいちお願いして解錠してもらわなくてはいけないんですよ?変ですよね。電気は使うな!エアコンは使うな!しまいには2Fのトイレも使うな!・・・・。節約、節電等々充分協力している積もりなんですけどね。昨年の夏3年先輩が辞めていった(これは数件の不良工事が原因)、昨日突然に30代の若い者が施工期限の切れそうな物も含めて事務所に返納して、辞めてしまった。これはこれで彼の気持ちは解るが、今どきの・・・かな?会社に締め付けられても、いじめ?られても同業他者の迷惑等は考えられないんでしょうね。実はこれがきっかけで、個人業者には発注しないと決定したんだと・・・。私が会社の責任者であったならば、やはり同じように発注先を一本化したでしょうね。お客様に迷惑の掛かる事態を避けるためには、当然の成り行きなのかも知れません。今後当面の宙に浮いた数百件の工事票と以後のエリア分け等の対応会議で緊急招集されたって訳で、本日予定していた、釣行は当然のごとくキャンセルと成ってしまいました。来週はひとの分と合わせて負担が増え、土曜日に休めるか?危うい状況。8月は通常の倍の工事が元々予定してあったし、それにまた上乗せが来る。どうしても8月は釣りの予定は組めない?かもしれない。おじさん倶楽部の8/8タコ釣り大会(4名だから只の会?)と夜の飲み会だけは参加するぞ!まあ~何とかなるだろう。
2009年06月27日
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先日(6/7)にtommyさんと釣行しましたが、彼のボートはスモールボートと言っても、私のミニボートとは全く別の次元のボートなのだと実感しました。以前のボートを瞬間思い出していました。65歳になったら又マリーナ保管の小型ボート(25~28フィート)に復帰する事にして、釣行に物凄くエコな今のスタイルを続ける事に満足しています。さて先日の釣行で、酷い赤潮の海を走ったので帰宅後念いりにフラッシングしたいと、エンジンを掛けようとリコイルスターターを引いた途端、スタンド毎倒してしまいました。結果はテイラーハンドルのホルダー?部品名は解らないけど破損。ハンドルがプラ~ンとぶら下がって何とも惨め。(でもフラッシングはその状態で済ませておきました) 全くどじな事しました。部品の名前も知らない為、以前付き合いの有ったマリーナに電話で、エンジンの型式と製造年など伝え、破損部分の位置と格好、その部品の機能と言うか目的等細かく話し部品を自宅宛てに発注してもらい、今日仕事から帰ると届いていましたので、早速修理を完了させました。部品代は2600円なのに手元に届くとその他経費をプラスすると4500円になってしまいましが・・・ついでにカウル内の清掃も済ませ、一応釣行出来そうな状態になりました。今度の土曜日に熱烈なお誘いも有り、行けると良いんですが実は、19日深夜作業で私の家の前で、しかも車庫スペースが完全に塞がれた道路工事が有るのです。朝6時までの予告のチラシが本日入っていました。ま~何とかなるだろう!イヤ何とかしてもらおう!
2009年06月17日
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先日(6月7日)一人でtommyさんと交換で手に入れたボートで初進水して来ました。最初は小田床に行く積もりで午前2時半出発。ところが20分位走った天明付近で携帯電話を忘れていた事に気付き、引き返した。ところが妻も寝てるし、どーしよう?仕方なく小石や木片を2Fの窓に投げて妻を起こして携帯を受け取り再出発。どーも嫌な予感?この日は大潮で、昼ごろ最干の65cmくらいだったので、あそこのスロープは予定した時間には、上げる事は出来ない。15時過ぎになってしまいそう?等々考えていたら意欲が失せて、結局近場の樋合新港に向かってしまった。何んか間伸びしたカートップスタイルですよね?でも横から見ると結構バランスも良いんじゃ?(無理やりそう思っています)ないかな。海は風が強く、落ち着いて釣りをする海況では無かったので、本気で走りまわっていました。港から少々しけた海況を飛龍島まで10分掛からなかった(GPSが無いのでスピードは不明)気がする。こんな調子で3号橋に戻りパールセンター付近やら、色々走り回りました。エンジンの調子がイマイチ良くなかった。スローが上手くいかない。時々エンストするし、止まると再始動が嫌になるくらい掛からない。波が1メートル以上有り風も強いというのに、一時焦る場面も・・・有ったりしてエンジンの再調整をしたいのだけれど、もう自分だけでは限界かも?ボートのハルが少し弱い気がした。フルスロットルで走っているとバタつくと言うか波打つと言うか、縦方向に内側から補強したい気になった。釣果はキスが数匹(しかも小型20cmくらい)でした。隣の婆さんのお土産に持って帰りました。ヤッパリ実際に乗って、操船してみないと気付かない事が多いですね。今度の釣行までに、どれだけフォロー出来るか気がかりです。
2009年06月09日
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最初に私専用の船を手に入れたのは、小学校1年生の時でしたから、もう50年近くも前の事。海で泳いだ初めては3歳の頃らしい(勿論浮等の補助具なしで)。何か原始人の様な環境ですね。子供の頃の遊び場は、家の前の道路を超えるとそこは海で、魚船を繋ぐダンベ船(と呼んでいたが、荷物運搬用の上部構造物の無い船)で、30cm位のアジが簡単に釣れていた。釣り竿は携帯ラジオに使われていた、アンテナの竿。エサはイカの切り身をよく使っていた様に記憶しています。初めての海難事故は???・・・小学校1年の時、4~5メートルのカンコウ船(櫓漕ぎ)で沖合2Kmの鷹島まで同級生2人の3名でサザエ捕りに行った時でした。朝ラジオ体操が終わりそのまま大き目のトマトを2個持って出発。 行きは何の事は無く(途中湾口で、魚も少々釣ったが)鷹島に着き大きな岩にロープで繋ぎ、水深50cm~3m位を潜って結構な量を確保したまでは・・・・ 。ところが潜りながらイラクサ等に刺されても、其処は昔の原始人ど~って事は無かったんですが、大事な事に気付いていませんでした。流れが非常に早く成ってりたんです。しかも向きは帰る方向とは反対の満ち潮の唐津と壱岐の間の方へ!つまり玄界灘の真沖に向けてでした。急いで懸命に呼子港を目指して3人で交替しながら漕ぐんですが、全く進みません。さすがに同級生の1人が泣き出し船の中は、気不味い雰囲気でしたが、兎に角陸地が見えなくなるのは怖くて、港に続く陸地へ流されながらも辿り着き岸沿いを数時間かけて、20時前無事帰還できました。同級生は嬉しそうに笑っていましたが、私は海より怖い状況が陸上で待っていました。普段ほったらかしの親が、帰らない私と他2名を探しまわっていたのだそうです。(朝3人で船を出していたと聞いて慌てたそうでした)でも怒られても悲しいとは感じなかった気がします。この件も有り、造船所経営の伯父さんに船は取り上げられたので、暫く専用の船は無くなりましたが、年上の近所の兄ちゃんの船で隠れて釣りしてました。中学校に入る頃になると両親の関係が・・・・で、遊んでばかりは居られなくなり、アルバイトや倶楽部活動で過ごすことが多くなり、余り家に居なかった様な気がするし、釣りもしなくなった様です。上記の船が最初で、次に手に入れたのは随分時間がたっていましたが、大学生の頃か卒業したばかりの頃アキレスの手漕ぎで黄色のゴムボートを。3艇目がスズキのF200でケロシン50PS、次がスズキF230の85PS F250HT115PS 次は同じくマイナーチェンジしたススキF230HT115PS、ゼファーZP295の2PS、ゼファーZP295の5PS、そして現在のホープLF300 5PS(まだ一度も乗れていない)。の計9隻所有した事になる、船名も付けたかどうかも解らない物もあるけど、それなりに大切にしていたのは確か。あー簡単に書くつもりだったのに長くなって・・・・ 近い内に続きを書きます。
2009年06月02日
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