沖縄自治研究会

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消費者の権利と自治体消費者行政


徳田 博人(琉球大学教授)

目 次
はじめに
第一章 消費者保護基本法から消費者基本法へ
第一節 消費者保護基本法と消費者基本法の比較検討
第二節 消費者の権利論
第二章 消費者の権利と自治体消費者行政
 第一節 問題提起
第二節 消費者行政の情報行政としての側面と消費者の権利保障
おわりに


 はじめに
我が国では高度成長期に伴う消費社会の進展に伴って、消費者問題が顕在化し、これに対応する形で1968年に消費者保護基本法(以下、「基本法」という。)が制定された。同法は理念的には、消費者の権利保障を目的としたが、法律の文言上は、消費者の権利について明記されておらず、消費者保護を目的とするにとどめられていた。また同法は、事業者・国・地方公共団体それぞれの責務と役割が定められていたが、法的義務としては構成されていなかった。このような消費者保護法の対応に対して、学説は、消費者の権利保障の観点を消費者関連法令の解釈論の中で取り入れたり、消費者の権利を消費者行政の基本原理として位置づけて消費者行政のあり方を論じたりしてきたのである(注1)。
ところで、基本法が、市場メカニズムの活用を重視した様々な改革などを背景として、36年ぶりに改正され名称も消費者基本法(以下、「改正基本法」という。)に改められた。その内容も、消費者の権利が明文化されるなど、消費者行政の転換点ともいえる制度改革がみられる。
本稿では、基本法の改正に伴い、消費者の権利保障が明記されたことに着目する。消費者基本法によって消費者の権利が明記され、当該権利の性質や理解によって消費者行政のあり方も異なってくるであろうし、それに伴って消費者行政の民主的統制のあり方も検討される必要があると考えるからである。
以上の問題意識から、まず、消費者の権利について学説を概観し、その上で、当該権利論が消費者行政のあり方にいかなる変容を迫るのか、その延長線上で、自治体消費者行政の役割について若干の論点整理をすることを本稿の目的とする。ところで、自治体消費者行政に最終的に焦点を当てた理由について言及する。消費者法の分野では、自治体には消費者問題を解決する上で法令上の制限があるが、法の形式主義を克服する中で解決策を試みる例や消費者の権利をいち早く取り入れたりする例が自治体消費者関連条例にみられることに着目した(注2)。その上で、地方自治における消費者(行政)法の分野を検討することは、結果的に、住民の日常的生活の具体的諸相から地方自治のあり方を問い直す契機となると考えたからである。


第一章 消費者保護基本法から消費者基本法へ

第一節 消費者保護基本法と消費者基本法の比較検討

 1 消費者基本法の=「21世紀型の消費者政策の在り方について」の概要

国民生活審議会消費者政策部会は、2003年5月に「21世紀型の消費者政策の在り方について」との報告書(以下、「報告書」という。)を公表したが、この報告書の基本的考えに沿って、消費者基本法の制度設計がなされた。本節では、報告書の中でも、本稿の問題意識に直接関連する「第5章 消費者保護基本法の見直し」の中で論じているグランドデザインに焦点を絞って概観する(注3)。
報告書は、21 世紀にふさわしい消費者政策のグランドデザインの主なポイントを次のように要約する。すなわち、
(1) 消費者の位置付けを「保護される者」から「自立した主体」へと転換する必要があること。
(2) 消費者が、安全に生活し、必要な情報を得て適切な選択が行えること等を消費者の権利と位置付ける必要があること。
(3) それら権利を実現するため、行政、事業者、消費者がそれぞれの責務と役割を果たす必要があること。
(4) 消費者政策の手法は、事業者への事前規制を中心とした手法から、市場メカニズムを活用する手法へ重点をシフトするとともに、事後チェック体制の強化が必要であること。
(5) 安全の確保等、市場メカニズム活用が適当でない政策領域では、引き続き規制などによる行政の関与が必要であること。などである。
このグランドデザインを具体化していくためには、基本法の見直が必要だという。その方向性として、
ァ)消費者の位置付けを「保護される者」から「自立した主体」へ転換すること
イ)消費者の権利を明確にすること
ウ)消費者の権利実現のため、各主体の責務・役割や消費者政策の方向性を位置付けること
を上げる。

報告書は、消費者を「自立した主体」と位置づけた上で、「消費者の権利は、保護によって与えられるものではなく、消費者自ら実現に努めるべきである。また、事業者は、これら消費者の権利を尊重した事業活動に努めるとともに、行政は、その実現のために消費者政策を強力に展開していく必要がある」とする。この点で、確かに、報告書は、消費者の権利を軸にしつつ行政や消費者政策のあり方を展開するのだが、同時に、市場メカニズムを重視し、そのメカニズムが適当でない領域に規制などによる「行政的関与が必要」とすることで、行政の役割を限定する論理を含んでいる。このような報告書の論理が、改正基本法にどのように取り入れられたのか、項目を改めて、基本法と改正基本法を比較する中で検討してみよう。

 2 消費者保護基本法と消費者基本法の比較

まず、基本法と改正基本法の目的から比較してみよう。基本法は、消費者の保護が目的であるのに対して、改正基本法の目的は、消費者問題の構造的原因を「情報と交渉力の違い」として捉え、その克服を求めていることにある。つまり、事業者と消費者の情報などの格差や非対称性に焦点を当てた原因克服型の法律として制度設計されており、それに収斂される形で、消費者の権利や施策が用いられる法律となっている。市場メカニズムでも情報の非対称性などの克服が強調されるわけだから、まさに経済学の理論をベースにしながら、基本法が改正されたともいえるだろう。
 次に、法的規制に着目して比較してみよう。基本法は、国の消費者行政では、公法的(事業者)規制を軸に仕組みがたてられ、自治体の消費者行政は、消費者教育や苦情処理などの支援行政を中心に組み立てられている。裏返すと、取引過程に対する私法的規制については、基本法では明記されておらず、特定商取引法などの個別法対応に委ねられている。これに対して、改正基本法は、公法的規制に限らず、事業者による情報提供や適正な取引の確保を明記し、それを消費者の権利として位置付けることで、私法的規制を要請しているのである(注4)。
また、消費者の権利保障について、基本法は、理念的には前提にしていたものの、明文では書かれていないが、基本法では消費者の権利保障が明記された。ただし、消費者の権利の性質や内容のとらえ方について、次節で検討してみたい。
さらに、自治体消費者行政について改正基本法は、苦情処理や紛争解決における都道府県の役割を明確にし、その重要性を確認している点は基本法との違いである。
 以上の比較から、消費者基本法の特徴を要約すると、消費者問題の原因克服型基本法の性質をより明確化し、消費者政策の理念を消費者の保護から消費者の自立支援へと位置づけた上で、消費者の権利が明文化している点である。このような基本法の仕組みは、規制行政領域における規制緩和の推進と、給付行政における支援行政とりわけ、情報提供行政の拡大傾向を、さらに促進することにもなろう(注5)。 

第二節 消費者の権利論

 消費者基本法によって消費者の権利が明記されたのだが、では、その権利の内容や性格はいかなるものであろうか。この点について、本稿に関連する範囲で、簡単にではあるが、学説についてみてみよう。

 1 基本法における学説 
(1) 今村説
今村教授は、まず、新しい行政分野としての消費者行政を規律する消費者の権利その他の法原理が消費者保護法に明記されていないことを問題視する。その上で、ケネディーの4つの消費者の権利を参照しつつ、消費者の権利の内容や分類について次のように述べる。

「消費者の権利とは、その積極面においては、良質廉価な商品の豊富な供給を、社会に要求する根拠となるものといってよいであろう。しかし、これはもっぱら、経済政策によってその実現が図られるべき筋合のもので、自由取引の社会においては、公共料金の統制など例外的な場合を除いては、法的規制になじむものではない。
これに対し、消費者の権利の本体は、むしろその消極面、すなわちその防衛的側面に在ると見るべきで、これは、生存権についても同じであるが、いわば、人間としての権利を妨げる状態の排除を求めうる権利といってよい。したがって、その内容はさまざまに分類しうるが、最も有名なものとしては、アメリカ・ケネディ委大統領の消費者保護教書(一九六三年)における、(イ)安全である権利、(ロ)知らされる権利、(ハ)選択できる権利、及び(ニ)意見が聴かれる権利、の四分説がある。」
「例えば、食品衛生法は、不衛生な食品や病肉などの販売を禁止し(四・五・六条)、公衆衛生の見地から必要な基準を満足しない飲食店等の営業は許可しない旨(二○・二一条)を定めており、これらは、『安全である権利』を確保するために必要な規制であるが、市場秩序とは関係のない、むしろ、それ以前の問題に関することである。
 また、用法によっては危険を伴う商品に、その旨の表示を義務づけることも、虚偽表示などと異なり、市場秩序の維持とは、比較的関係が薄いものと考えてよいのである。
 これに対し、『知らされる権利』と『選択できる権利』は、まさに、市場秩序を構成する市場構造および企業の市場行動に直接関係することであって、逆にいえば、その規制は、多くの場合、消費者の権利に関係する。したがって、経済法的規制は、消費者のこれらの権利を左右するものとして、その重要性が認識される必要がある」(注6)

今村教授は、消費者の権利には様々な異なる性質のものが含まれていて、個別具体的な検討を展開する。また、消費者の権利の積極面と消極面に着目して、議論を組み立てるところも、その特徴の一つである。

2 改正基本法における学説
(1) 落合説
落合説の特徴は、まず、消費者の選択の自由を強調し、次に、その選択の自由にも二つのレベルがあるという。つまり、選択肢の多様性確保と選択の満足性確保という観点から、選択の自由というものを強調する。選択の多様性確保というものは条件整備であり、競争行政(経済行政・独禁法)の役割だという。これに対して、満足性確保の問題を中心にして消費者法が構築されるべきだというのである。なお、落合教授は、食の安全とか、公害とかの外部経済の問題に関しては、市場原理とは別の形で法整備がなされるべきだともいう(注7)。落合教授の考え方の特徴は、今村教授とは異なり、消費者の諸権利の中でも、とりわけ選択の満足性確保に限定する形で制度を充実させていこうという議論をいたしている。

(2) 来生説
来生教授は、「消費者主権と消費者保護」(注8)という論考の中で、消費者の権利について言及している。その特徴は、自由権(自由権的自己決定権)を非常に強調している点である。政府の役割も基本的には必要最小限にとどめるべきであると強調する。来生説は落合説とは、微妙に異なっているように見えるが、「消費者=弱者」という点から出発しない点では共通している。
 ところで、来生説において、重要だと思う指摘がある。それは、消費者像または消費者の概念において、理念的に、個人としての消費者と団体としての消費者に分けて議論を展開している点である。交渉能力として、個人はいろいろ試行錯誤し、ときには誤りもあるかも知れないけれども、その判断ミスをした消費者が団体としての他者の消費者に、いろいろ情報源を提供することで、事業者にあるいは同じようなミスを他の消費者に起こさせないようにすることで交渉力を拡充していく。つまり消費者像として、個人としての消費者像と団体としての消費者像を確立することで、事業者・大企業に対する対抗の論理を準備しているのである。市場メカニズムを活用しつつ、理念的に分けられる個人としての消費者と団体としての消費者の相互浸透性を図る中で、消費者の権利を実効化しようとする発想が見られる。この延長線上に、団体訴権の問題も位置づけられる。
 ところで、来生教授は消費者の権利を自由権的に構成するので、政府の役割も限定的に捉える。この点から、消費者の権利論と政府または行政の役割論とが密接に関連していることが理解できるのだが、指摘にとどめておく。

 3 若干のコメント
 まず、消費者の権利を明記した改正基本法から確認しよう。同法第2条は、次のように定めている。「(1)国民の生活における基本的な需要が満たされ、その健全な生活環境が確保する中で、(2)消費者の安全が確保され、(3)商品及び役務についての消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が保障され、(4)消費者に対し必要な情報及び教育の機会が保障され、(5)意見が政策に反映され、(6)被害が迅速に救済されることが消費者の権利である」((1)~(6)は、筆者による)。
(1)は、いわば競争秩序の維持であり競争法の分野であり、(2)から(6)までが消費者の権利に関する定めということになる。
 この消費者の権利をめぐっては、さまざまな観点からの整理が可能のように思われる。たとえば、
消費者基本法が定める消費者の権利は、裁判規範性をもつ具体的権利なのか、それとも抽象的理念的権利なのか、または、消費者の権利は、基本的に自由権的性格をもつのか、それとも生存権的権利なのか。さらに、消費者は、誰に対して具体的権利行使をできるのか、つまり、行政に対する消費者の権利なのか、それとも事業者(企業)に対する消費者の権利なのか、などである。
 ここでは、これらの消費者の権利をめぐる整理を詳細に検討することはできないが、当該議論の立て方そのものの有効性を問うことが必要だと思われる。たとえば、消費者の権利を、自由権か生存権か、といった二者択一論(または類型論)に当てはめて議論する有効性についても、検討する必要があるように思われる。権利の類型論についていえば、たとえば、表現の自由は、国家からの自由の中心をなすものとして説明されてきたが、情報開示制度に対する政府の積極的介入を求めていることを考えてみればよい(注9)。
 これに対して、今村教授による整理を参考にしつつ、消費者の権利の積極的側面と消極的側面に分けて検討することが有効ではなかろうかと考えている。すなわち、消費者の権利の内容として、個々の国民は健康や生命に関連して人間としての権利を妨げる状態の排除を求めうる権利(裁判規範性)をもつ。これは消費者の権利における消極的側面であり、国などに対する拘束的規範内容をもつ。消費者の権利は、このような消極的側面に止まらず、取引の安全などの確保・環境整備を国や社会に対して要請するという積極的側面ももつ。この積極的側面は、消費者政策によってその実現が図られることを要請するもので、例外的な場合を除いては、国などに対する拘束的規範内容を導くことが難しく、その結果、傾向的要請となるのである。


第二章 消費者の権利と自治体消費者行政

 本節では、消費者の権利を明記した基本法によって、消費者行政とりわけ、自治体消費者行政のあり方や役割などについて若干の論点整理をする。

第一節 問題提起
消費者行政のあり方、さらには、国と自治体の消費者行政の役割分担として、法制度の形式面に着目して、大まかに言えば、次のように語られてきた。わが国では、基本法制定以降から今日に至るまで、消費者行政を統一的に扱う省庁は存在せず、複数の関係省庁がそれぞれ所掌事務の範囲で、消費者行政を行っている。消費者保護のための事業者規制について、基本法制定後に消費者保護の側面が加わったものの、従来の所管省庁が分担することになった。これに対して、給付行政としての消費者支援行政は、自治体の役割に負うところが大きい。市町村は消費者からの苦情の処理や消費者の啓発を行い、都道府県も市町村では対応しきれない消費者問題に対処しているし、消費生活センターも商品テストや消費生活相談・苦情処理等を行っている、と。
このような整理の仕方は、行政のあり方を、目的または権力性の有無などのからの分類であり、法制度の設計を説明する方法としては一定の有効性をもつであろう。しかし、このような分類では、自治体における消費者行政の先駆的な役割、たとえば、消費者条例においていち早く消費者の権利保障を定めたり、消費者情報公開を積極的におこなったりしてきた自治体消費者行政の役割を適切に評価できないのではないかという疑問が残る。そこで、自治体消費者行政の役割を適切に評価するために、自治体が果たしてきた消費者と事業者との情報格差などの非対称性の克服という側面に光をあてることが有効ではないかと考えている。具体的には、「情報」をキーワードにして、消費者行政の情報行政としての側面を掘り下げる作業でもある。たとえば、従来、消費者行政の給付・支援行政の多くは、情報行政の側面としても位置付けられるし、また、自治体による情報の公表を通して、自治体行政における機能面での規制行政も適切に評価できるのではないかと考えている(注10)。

第二節 消費者行政の情報行政としての側面と消費者の権利保障

本節では、消費者行政の情報行政としての側面に光を当てた場合の論点整理を行う。その際、行政の情報収集・管理・公開のあり方(または行政過程に着目した情報の流れ)に沿って検討していくことで、自治体消費者行政の役割や存在理由を考えてみたい。

1 消費者の権利と情報収集
消費者行政における情報収集活動は、従来から、消費者の調査申出権や当該収集した情報の公表制度などと結合することで、消費者の権利の実効性を確保してきた。
しかし、近年、これまでの行政調査の範疇で説明されていた情報収集活動にとどまらず、記帳義務や報告義務の強化などを含めた企業に対する情報提供義務とその確保の仕組みが重要な課題となっている(食基8条2項参照)(注11)。このような課題は、企業のコンプライアンス論にも関連づけられながら、議論が展開される必要があるだろう(注12)。その際、消費者行政における公私協働と情報処理システムのあり方が、論点となるのではないかと考えている。すなわち、ある論者は、「産出能力と情報コストの負担」に着目した制度設計を提言する。つまり、「情報との距離」という観点から、当該情報に最も距離の近い人に情報を提供させるシステムを考えようとする(注13)。 そういった問題意識から消費者法制や消費者行政のあり方を捉え直す作業をしてみることも、実効的な消費者の権利保障の観点からして有益かもしれない。

2 情報管理
 行政調査や任意の提出で収集した情報の管理・利用の方法のルールの確立が急務である。とりわけ、消費者行政では、他の省庁・行政機関との連携・情報共助による総合行政化が要請されるところであり、データ流用の恐れなどの問題も顕在化しやすい。 

3 調査結果の公表・情報の公開
  消費者行政における調査公表は、たとえば、食品などの安全性に関わる公表・情報開示と営業上の秘密との関連で問題となりうる。まず、情報公開に関連して、当該食品や医薬品の製造方法に関連する情報は秘密扱いされるであろうが、いったん市販された食品などの安全に関わる情報は、公の性格をもつと解されることから、情報公開を原則とすべきである(農薬茶事件判決・東京地判平四・一一・一五判時一五一○号二七頁)。
また、自治体消費者行政による公表、情報の提供・公開は、今後、国際化が進む中で、法律による枠内で行わざるをえない自治体の施策を実効化的に機能させることになろう(注14)。

  4 苦情処理制度と情報の活用
 改正基本法は、都道府県の苦情処理制度を明文で位置付けている。この制度は、現実の問題に関わる具体的情報が行政に蓄積されることで、その情報を基にして、あれこれの条例とか、政策立案のきっかけにもなりうる。その意味では、情報収集機能も果たす。また、市民の側からすると、当該消費者問題の相談役として窓口が多いことで、都道府県の苦情処理制度は、救済的機能も果たしているのである。ここに自治体消費者行政のける苦情処理制度の存在理由がある。

 5 私人による監視・法の執行 
 食品表示ウォッチャー制度の導入にみられるように、違反の未然防止や違反の発見などに資するために、私人(消費者)の協力も有効な場合が少なくないであろう。また食品の安全性を確保する仕組み作りとして、農場から食卓までのトレスアビリティー制度を導入し、その過程の透明性を確保するために、住民による監視制度の導入の可否が論じられている(注15)。


おわりに
本稿では、改正基本法に消費者の権利が明記されたことに伴い、消費者行政とりわけ自治体消費者行政のあり方や役割(存在理由)について、若干の論点整理を行った。しかし、消費者の権利保障の観点から、消費者基本法そのものを内在的に検討する場合に、たとえば、それぞれの学説の問題関心が何であったのか、また、何を克服の対象としたのか、消費者行政の存在理由をどう位置づけたのかなども含めて検討すべきであった。その意味からすると、本稿は、十分な検討がなされたわけではないが、さしあたり次のことが確認されよう。
第一に、消費者の権利から行政の規律のあり方を議論する場合には、行政に対する規範的要請と傾向的要請を分けて整理することが有効である。その際、消費者の権利の規範的内容の拡充と傾向的要請の立法論と解釈論における実現が、消費者行政領域の重要な課題となるのである。
 第二に、消費者行政の情報行政の側面を展開することで、住民に身近な自治体消費者行政の役割や存在理由を再評価できる可能性がでてくる。これは、結果的に「情報」をキーワードにすることにもなり、現行改正基本法ともなじみやすい議論である。
ところで、今後の検討課題についても指摘しておきたい。まず、消費者の権利論を考える際に、自己決定権との関連にも注目しておく必要があると思っている。来生説にしろ、落合説にしろ、選択の満足性というのは自己実現である。あるいはパターナリスティックな保護から自立し自己実現を図る。そういうことがキーワードになっており、「自己決定権と消費者の権利」という問題設定も整理しておくべき論点であり、この点について今後の課題としたい(注16)。さらに、消費者行政において企業責任をどう確保するのか、その際、行政の関与のあり方をどう考えるのか、そういった問題意識から、コンプライアンス論と絡めて、公私協働論についても検討していきたい。




(注1)今村教授は、消費者保護基本法を批判的に検討する中で、次のような指摘をしている。すなわち、消費者保護基本法に、関連法令の解釈・運用に対する規範論理的な指導性を見出すことは困難であり、その結果、消費者保護を「新しい行政の分野」として、積極的に切り開いてゆくことが十分に展開できなかった。これらのことを可能にするためには、消費者保護政策の基本原理に対する明確な認識が必要である、と。その上で今村教授は、消費者の権利保障を消費者行政の基本原理として位置づけるのである。今村成和「消費者保護法の批判的検討」同『私的独占禁止法の研究4』(有斐閣、1976年)318頁以下参照。
(注2)この点に関連して、島田和夫「自治体による消費者行政の役割」法律時報66巻4号50頁以下参照。
(注3)「座談会 消費者法の今日的課題-国民生活審議会消費者政策部会の「最終報告」の検討(特集 消費者法の今日的課題)」 法律時報 75巻10号(2003年)4-23頁参照。なお、同政策部会の中間報告ではあるが、批判的に検討するものとして、潮見佳男「消費者保護基本法の改正の動向」月報司法書士2003年月4号(374号)2頁以下参照。
(注4)その例として、実務家による次のような説明がある。「『適正な取引の確保』とは、例えば、多重債務問題においては公正な取引条件を確保する金利規制が必要であるし、訪問販売被害においては公正な取引方法を確保する不招請勧誘規制を検討すべきであるし、不当請求被害においては債権回収行為規制を検討すべきである。」池本誠司「消費者保護基本法改正の意義と課題」国民生活2004年5月号16頁参照。
(注5)市場メカニズムまたは規制緩和を重視した改革に伴う消費者行政の変容について、拙稿「消費者行政の仕組み」芝池義一他編『行政法の争点[第3版]』有斐閣、2004年248頁以下。
(注6)今村成和「消費者の権利と経済法」同『私的独占禁止法の研究4』(有斐閣、1976年)334頁以下参照。
(注7) 落合氏は、国民生活審議会消費政策部会の部会長として、前掲「最終報告書」(2003年5月)の立案に関わった人でもある。ところで、落合教授は、共著『新しい時代の消費者法』(中央法規、2001年)の第一章「消費者法の意義」の中で、消費者の権利について言及している。
(注8)『岩波講座・現代の法13 消費生活と法』(岩波、1997年)281頁以下、特に300頁以下参照。
(注9)この点の議論について、一般論ではあるが、樋口陽一『国法学 人権原論』(有斐閣、2004年)85頁以下参照。
(注10)また、阿部泰隆「行政監督と情報の活用-情報非公開・機能不全の行政監督から、情報手法による有効な監督、競争、自己責任の規制緩和社会へ」小早川光郎,宇賀克也編『行政法の発展と変革 塩野宏先生古稀記念 上巻』(有斐閣 2001年) 455頁以下参照。阿部教授は、従来の行政監督手法の機能不全の克服という問題意識から、まず、行政監督の存在理由を「情報」をキーワードにしながら(または「情報の非対称性を安価に是正できる手段」という観点から)、消費者にゆだねられるものと監督手法にゆだねられるものに、理論的に分類する。その上で、従来の制度的に監督行政とされていたものを見直す。その際、情報手法に移行できるものとなお従来の行政監督手法を残すものを整理した上で、情報手法の活用の限界を超えるものについては新しい行政監督手法の導入を提言する。本稿の執筆に際しても阿部教授の論攷を参考にしたが、本節では、基本的に行政過程に着目して整理した。なお、情報に役目した場合に、機能的考察が重要となるように思われる。例えば、次の指摘を参照。「事業者名や違法行為の公表は、違法・不当行為に対する制裁・抑止の機能と、消費者に対する情報提供の機能の両面を有している。このため、公表基準を明確化し、違法・不当行為を行った事業者名や違法行為については積極的に公表すべきである。」「21世紀型の消費者政策の在り方について」参照。
(注11)畠山教授による次の指摘を参照。「これまでの日本の行政法理論では、これらの情報収集をその権力的側面に着目して行政調査という範疇で議論してきたが、情報収集は行政調査に限らないのであって、行政調査は、むしろ例外中の例外と考えるべきである。記帳義務や報告義務の強化、自動記録メータ設置の義務づけ、記帳の懈怠、虚偽記載、報告を怠った場合の秩序罰の強化がむしろ実際的である。また、行政調査や任意の提出で収集した情報の管理・利用の方法を開発することが急務であり、これらの過程全般に通じる情報手続、プライバシー保護、データ流用の制限、公開手続、救済などが議論されるべきである。」畠山武道「行政強制論の将来」公法研究58号(1996年)184頁参照。
(注12) 曽和俊文「法執行システム論の変遷と行政法理論」公法研究65号(2003年)225-6頁参照。
(注13)角松生史「『公私協働』の位相と行政法理論への示唆――都市再生関連諸法をめぐって」公法研究 65号(2003年)200頁以下、特に205-6頁。
(注14)「安全性につきましては国が責任をもってやる体制になっていて自治体では食品添加物として認められているものを禁止したり、新たに指定したりすることはできないのです。例えば神奈川県だけがある物質を指定してもこれは食品衛生法違反になりますから、実質的にはできないことになります。国で指定したものを取り消すと、憲法でも地方自治法でも条例は法律の範囲を越えることができないことになっていますから、条例違反だといわれた事業者が裁判所で争うと、おそらく県や市が負けるということです。ですから情報提供が中心になるのです。できるだけ質のよい情報を提供して問題提起をする、ないしは消費者の需要に応えるというのが安全行政の課題だと思います。特にこのことは国際化の中で、益々求められていくのではないかと思います。」鈴木深雪「消費者行政の課題を語る(1)-安全・表示・包装等をめぐって」神奈川大学法学研究所研究年報 17 号神奈川大学法学研究所34頁参照。
(注15)山口由紀子「これからの消費者行政のあり方をめぐる法的分析」法学研究76巻1号(2003年)561頁以下参照。
(注16)自己決定の用語の多義的使用とその整理も含めて、吉村良一「なぜいま『自己決定権』か――『自己決定権』の今日的意義」法の科学 (日本評論社、1999年) 28 号 77頁以下参照。 この点に関連して近年、意思決定環境に着目して消費者の権利を整理する見解が出てきている。例えば、川浜教授は次のように述べる。「消費者の『知らされる権利』は、独禁法では不公正な取引方法の一類型である不当な顧客誘因(二条九項三号、一般指定八、九)や、独禁法の補完立法たる景表法で保護が図られている。ところで、『知らされる権利』でとらえられている多くの問題点は、消費者が適切な選択を行えるような意思決定環境を確保するという観点から整理するのが妥当であろう。『知らされる権利』はその一部に過ぎない。」川浜昇「競争秩序と消費者」ジュリスト1139号23頁参照。さらに、滝沢昌彦「契約環境に対する消費者の権利」『消費生活と法』(岩波書店、1997年)79頁以下も参照。

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