沖縄自治研究会

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第4回インタビュー 下




眞板:飲み込みが悪くて恐縮なんですけど、先生がお書きになった「下河辺メモ」を拝見するとですね、そもそもトラブルの原因になったのは、少女暴行事件であり、大田さんの代理署名拒否っていうことだったと思うんですけど、メモを拝見した感じで、大田さんの代理署名拒否っていうのは、要は土地問題であったというようなお話が以前あったと思うんですが、このメモを拝見する限りにおいて、土地問題ずばりについてお応えになっている、っていうのはよくよくみるとないなと、感じたんですが、

下河辺:土地問題だって言ったんですけれども。

眞板:たとえば、土地問題であるとすれば、このメモの中に、具体的に軍転特措法の問題であるとか、県側に有利なような働きかけが必要じゃないかというようなものが、あっても良かったんじゃないか、という気がしました。

下河辺:それ以前なんですよ。裁判は。安保条約と土地との関係、それを最高裁が裁定しちゃったわけですからね。だから、安保条約の下で、日本の憲法としては、土地の提供を拒否することはできませんっていうことの判決を大田知事も飲まざるを得なかったわけですね。だから、沖縄で米軍の土地ができることを否定していたのに肯定して仕事することになっただけですよね。

眞板:それでその裁判の判決の結果を受けて、米軍基地の土地問題というものをオーソライズしていったという

下河辺:そうです。

眞板:表現になるわけですね。あと、前後して恐縮なんですけども、この「下河辺メモ」のタイムスケジュールの中には入っていなかったんですが、3月の23日に大田さんと橋本さんがお会いになられているようなんですが、これについては先生は関わっていらっしゃらなかったということで、こちらには入っていないんですか。

下河辺:いや、そうじゃないと思います。そのメモは私が行動した範囲だけが書いてあって、ほかの用事はいろいろありましたからね。県民との話し合いとか、琉球大学の学者との話し合いとか、新聞社との話し合いとか、いっぱいやっていましたから。


●首相談話――日米安保における沖縄米軍基地の重要性について

江上:それで、首相談話が出されますけども、沖縄問題についての内閣総理大臣談話の内容は、文章を読むと先生のメモをもとに談話が作られている、という感じですね。

下河辺:まあ、そう言っていますけども、私の文がなかったら、やんなかったか、っていったら、やるでしょうね。だから、参考になったろうっていうだけの話ですよ。

江上:それで、橋本総理の談話の中に、「日米安全保障条約は、日本の安全のみならずアジア・太平洋地域の平和と安全を維持していく上で、極めて重要な枠組みであります。米軍の施設・区域はその中心的な役割を果たすものであり、その安定的使用を確保することは重要であると認識しています」とあります。ここの部分について、御厨先生たちのオーラルの中で、日米安保が重要で、しかも沖縄の基地が極めて重要だということを国家の責任者が、県民に向かって言明して欲しいということで、これがこのくだりになっていて、これは重要なセンテンスになっている、ということを先生が述べられています。こういうふうに沖縄の基地が日本国家にとって必要だということ言った総理は、いままでいないんだと。これをはっきり、言ったほうがいいと、いうことを述べられています。これは先生の持論だったんでしょうか。

下河辺:そうです。

江上:そうですね。

下河辺:私の意見として言いましたけども、知事が沖縄に総理が来たときに、国家として必要だっていうことを是非言ってくれと、いうことを言いましたね。

江上:大田知事がですか。

下河辺:ええ。だから、土地の裁判を受ける話と国家としての総理の意見を受けるっていう、ふたつが、知事にとって県民に対して必要なことだったですね。自分の意見ではなくて、ふたつが客観的な政治情勢であることをちゃんとしたかったわけでしょ。

江上:これはとても重要なくだりですね。

下河辺:そうです。

江上:先生としては、橋本内閣にとっても大田知事にとってもこれは重要なことであるということですね。そしてここの部分が日米両政府からも評価されたということですね。

下河辺:そうです。


●つなぎ役としての下河辺氏の立場

江上:そういうことですね。先生の言及で、このくだりがそういう重要な意味をもっていたのだということを私は初めて知りました。
 そしてまた御厨先生たちのオーラルで印象に残っている先生の言葉は、私は沖縄の立場に立つという言葉です。最初に大田知事と会われたときに、自分は沖縄の立場に立ってそのつなぎ役をするというようなことを先生はおっしゃっていますよね。それまで非常にかたくなだった大田知事が、先生につなぎ役をお願いしたいと言ったときに、一番心を動かしたのは、沖縄側に立つ、というこの言葉だったのではないでしょうか。どちらかといえば、先生は日本政府側の人ですから、日本政府側の人が沖縄側に立つよと言ったことがやはり、非常に大きな感銘を与えたんじゃないかなと私は思うんですが。

下河辺:それはちょっと、私には分かんないけれども、私は政府の代わりとか、学者の代わりっていうことでは、能力まったくありませんと、いまは政府を離れているし、学者じゃもちろんない、だけども沖縄に関心を持つ人間のひとりとして、大田知事との相談に乗りたいっていったんですね。そしたら、知事は本当にそうしてもらいたい、って言ってましたよ。そして、沖縄県民のいい人たちと話をすると、絶対反対って言う意見しかないから実務上との意見交換になんないんですね。反対運動のための論理はできるけれども、それじゃあ、毎日、行政的にどうしたらいいかっていう相談ができないっていう。そこへ私が現れたから、いろいろ聞きたかったんでしょうけど。私にすると、大田さんっていう人が、どういう考え方をするのかっていうのを勉強したいっていうのが、一番大きかったですね。だから、こういうとき、大田さんはどういうふうに考えんのかなっていうことをいろんな点で勉強しましたよ。

江上:大田知事の著書も読まれたんですか。

下河辺:そうですよね。

江上:あのとき、橋本総理も大田知事の著書を読まれたんですよね。

下河辺:そうです。

江上:『高等弁務官』などの著書を。

下河辺:そうです。そうです。

江上:大田知事がどういう考え方をするか、ということを知るするために、彼の著書を読んだりして研究なさったんですね。

下河辺:私は大田さんが、国会議員になったことは、とっても寂しかったです。大田さんが選ぶ道ではないと、思ったんですね。あんな、沖縄から出てきて、ひとりの議員になったところで、彼の力を発揮できませんよ。質問だってね、5分しか許されないとか、そんなんで、むしろ、彼は学者として残って、意見を言う立場を確保したら良かったのに、と思いますね。残念でしたね。

江上:社民党から担がれたっていうこともあったしょうけどね。

下河辺:そうでしょう。

江上:最近も、大田さんは有事法制関係で本書いてられますよ。学者魂はまだ健在のようですね。でも国会ではかつての精彩はないようですね。
下河辺:ないですよ。そりゃ、無理ですよね。
江上:限界がありますしね。


●御厨オーラルのその後について

眞板:この御厨先生のオーラルヒストリーなんですが、どうも、5回目が最終回のようなんですけれども、終わりのほうを拝見すると、まだ続きそうな雰囲気、ま、そういう余韻を残されているみたいなんですね。

下河辺:あ、そうですか。

眞板:で、何か動きがあったらまたやりましょうねって、いうような感じで、終わっているんですよ。

下河辺:それはもちろん、なんか沖縄問題が発展したら、やるつもりだってでしょう。

江上:そのときはですね。

眞板:でも、実はこのあと、最後が98年3月になっているんですが、このあとの7月の参院選でご承知の通り、自民党が大敗して、橋本内閣が潰れ、大田さんの方も、11月の選挙に向けて、公明党も自民党の方に乗りっていう中で、非常に状況が両方とも悪くなっていくんだと思うんですけど。というと、もう1回くらいあっても良さそうだなと。

下河辺:そんなこと言ったら、永遠に終わんない。

一同:(笑)

下河辺:沖縄がいなくなっちゃうわけでもないし、

江上:沖縄の問題は永遠ですね(笑)沖縄の問題これからまたどうなるか、わかりませんね。


●ラムズフェルド国防長官訪沖時の稲嶺知事の対応

下河辺:稲嶺さんが、こないだの国防長官との話し合いを新聞で見ている限り、何にもわかってないね。いまの軍とは何かとか、沖縄っていうのは何だとか、アジアは何だっていうことに、ついてまったくだめね。

江上:そうですか。

下河辺:なんか、聞いてて悲しかった。国防長官が機嫌が悪くなったっていうのは。

江上:分かる気がするということですか。(笑)

下河辺:なんか、本当に日本の恥のような気がしてね。せっかく来たんだか
ら、もっとちょっと上手な頼み方があってもね。

江上:両者の会談は7項目の陳情の場にになっていましたね。

下河辺:しかも、その7項目がなんか昔話よね。

江上:ラムズフェルド国防長官の対応は取り付く島のないような感じでしたね。稲嶺知事もどちらかと言えば、県民向けのアクションだったんでしょうね。ラムズフェルド国防長官と話しながら、稲嶺知事は県民に対して、国防長官にこれだけ言ったぞといいたかったんでしょうね。

下河辺:そりゃそうですよ。言いたいことぜんぶ、言っとかないと、まずいって県民に対して思ったから、聞くほうはそんなこと聞いてもしょうがない。

江上:なんでそんなことを聞かなければいけないのかと憮然としたそうですね(笑)。

下河辺:そう。


●大田知事の言動の不可解さ

江上:さっきの話の続きですけども、先生と大田知事が話されたときに、沖縄のことはなかなか日本政府の側に伝わらないという話がありましたね。本当の沖縄の心情とか要望とかがなかなか日本政府のほうに伝わらないということを大田知事が先生におっしゃいましたね。

下河辺:ただ、まさにそうなんだけども、大田さんは何を言おうとしているか、私にもわかんない面があるし。

江上:橋本首相もそんなことをおっしゃったことがありますね。ころころ変わるので、大田さんが何を言っているのかわからない、と。

下河辺:ころころ変わるって言うよりも、本当に何を思ってんだろうっていう。県からはもう、予算陳情のテーマでしかありませんからね。安保条約でも、軍事基地の問題でもなくて、ようするに補助金が欲しいって方向に行っちゃってますからね。

江上:だから、大田知事が代理署名に応諾するにあたって、50億円の調整費と政策協議会の設置という形で国と沖縄県が和解するとなったことに、とくに大田県政の支持母体が抗議しましたね。

下河辺:それ、どういう意味ですか。

江上:基地反対と訴え、基地をなんとかしてくれって言い続けたのに、最終的に50億円の調整費を始めとした経済振興策で妥結したと受け止めた人たちも少なくなかったんですね。

下河辺:調整費は基地反対と何にも関係ないんじゃないすか。むしろ、返還した土地の開発についての調整費なんてなことはやったけどね。だけど、返ってくれさえすりゃ、いいんだっていう人にとっては、調整費って何の関係もないんじゃないんすか。返ってきても役に立ったところって、ほとんどないもんね。

眞板:50億の調整費が各省庁に下りていったときに、食い散らかされるというような表現がオーラルの中でもあったと思うんですけど、タテ割り行政の中で、こうなってしまうのしょうがないんですか。

下河辺:しょうがないでしょうね。私たちは調整費じゃなくて、ちゃんとプロジェクトやろうっていうのに、できなかったわけですよね。沖縄県がまとめきれないんですよ。

江上:あ、沖縄県がまとめきれなかったんですか。

下河辺:あれやこれや、あれやこれや、言うだけで、まとめるって方向じゃ
ないんですね。で、県がこれはいらないっていう立場がとれなかったのは、かわいそうでしたね。県民が言っているの全部やってくれって言う以外ないすよね。だから、50億でも100億でも、いいよって言ったら、まとまったかもしんないすね。だけど、50億って決めちゃうと、枠の中に納めることが、誰にもできなくなった。

江上:当時の大蔵省としてもそんなにのべつなく出すわけにいかなかったでしょうから。

下河辺:いやあ、おそらく、何でも出したんじゃないすか。

江上:そうですか。

下河辺:沖縄の中に入ることであれば。

江上:でも沖縄県としてその50億をどういうふうに使うかというのは、十分対応できなかったんでしょうか。

下河辺:できなかったですね。岡本さんみたいな人が行って、市町村長おだて歩いちゃったから、市町村長みんな期待しているわけですよ。それで、県はそれの調整ができないから、だめですよね。

眞板:岡本さんが配って歩いたお金って、その50億円の調整費だったのですか。

下河辺:いえ、その外側です。

眞板:外側なんですか。

江上:50億円の調整費は、30億と20億に分けるんですね、雇用対策費と調査費として。

下河辺:分けてんです。

江上:大田知事が代理署名を応諾するにあたって、いろんな関係者と話をしました。それで、知事は結局、日本政府と妥協したんじゃないかっという批判が大学の関係者などから出てくるんですが、それを大田知事は自信を持って説得ではなく説教をしてしまったと、いうのが逆に大田知事を支えた大学の知人たちを余計に硬化させてしまったんじゃないかという先生の見方が御厨先生方のオーラルにありますね。

下河辺:あ、そうですか。大学の先生になんかして、硬化したって別にいいじゃないですか。

江上:(笑)。

下河辺:どうぞ自由なこと言って下さいっていうだけだもの。


●行政の立場

江上:でも、ここはいかにも大田先生らしいと思うんですが。大田先生は琉球大学で学生に教えていましたから、教え子に話すみたいに、自分がいちど決めた方針について言い聞かせたのではないか、とそのように感じました。でも先生は、行政というのは、自信がないことを売らなければだめな商売だ(笑) とおっしゃっていますが、これは大田先生には無理だったろうな、という気がしますね。行政っていうのは、やっぱりそうなんですか?

下河辺:だって、行政に詳しい人ほど、結論ってないんですよ。どうしていいのかわからないっていうのが、行政の立場ですよ。いままでは、どうしていいか、わからないっていうことを言うことをしなかったのが、役人なんですよ。どうしていいのか、わからないのは、いまも昔も同じなんですね。だけど、最近では、それを言っちゃうっていうことができるようになっただけ、役人は気楽なんじゃないすか。政治家と住民に押しつけて、自分じゃおっしゃるとおりにやるだけで、わからないって言っていいでしょう。そう言ったほうが、かえって立派なようなことを言われたりする。あれだったら、そんな役人いらないっていう、感じがするけどね。いま日本ではそういう役人のほうが、受けるんじゃないすか。

江上:でも大田知事は代理署名の応諾を決断し、そういう形で政府と和解してやっていくんだっていうことは確信をもっていましたから、それで突き進んで、支持母体に対してもそのことを一所懸命説明なさったんですよね。

下河辺:それに大田さんは、アメリカと付き合いが深いし、学者らしく見通しとしては、楽観的だったんじゃないすかね。アジアの軍事情勢もぜんぜん違っちゃって、台湾問題も朝鮮問題もなくなっちゃうような事態で、米軍がいることの意味が、なくなっていくことは、アメリカ人からも聞いてて、所詮時間の問題だったとしか思っていなかったんじゃないすか。


●大田知事の「海兵隊撤退論」

江上:そうですか。しかしながら大田県政の末期には海兵隊の撤去を大田さんは訴えました。県知事として、県民の代表として、言わざるを得なかったんでしょうか。

下河辺:言わざるを得ないじゃなくて、アメリカから聞いているから、言ってんじゃないすか。アメリカの軍は、なるべく早く、撤去する方向なんじゃないすかね。

江上:でも、先生のお話だと、もし海兵隊を撤去することがあったとしても、沖縄の基地はリニューアルした形で、最新鋭の装置を備えた形で、やはり必要だということですか。

下河辺:いや、必要かどうか、そこが混乱してくんじゃないすかね。普天間でも移転して近代化っていうこと言っているけれども、海兵隊自体がいらなくなったら、近代化もへったくれもないすよね。

江上:そうですね。

下河辺:ま、そこのところは、まだ今後の情勢を見ないと分からない。

江上:そういう実地調査のために、ラムズフェルド国防長官は沖縄に今回、
立ち寄ったんでしょうね。

下河辺:中国が運営に失敗して、難民が出たり、テロが出たりしたら、沖縄、また緊張するでしょう。そうすると、米軍がやっぱり緊張状態になって、撤去できないっていうことになるでしょうね。そのときは、おそらく、普天間の移転を急ぐでしょうね。いまだと、必要がないから、移転を急いでいないんで、ちょっと、なんとなく、議論が複雑っていうか、結論が出ない状態ですよね。

江上:日米安保体制も沖縄を取り巻く情勢も、いま不透明な状況になってきていますよね。

下河辺:そう。軍事情勢がぜんぜん違っちゃったから、

江上:そうですね。今後どういうふうになっていくか、その展望がまだ見えないところがありますね。

眞板:普天間の移設問題というのは、橋本さんと大田さんがなさったころと、いまも基本的には海兵隊が出てってくんないかなあっていうのを“待ち”というか。確か御厨先生のオーラルをお答えになった時期も、50%の確率があるなら、もうちょっと、様子を見てみようか、というようなお話が出てましたけれども、基本的にはいまの内閣も、稲嶺さんも50%の確率があるなら、もうちょっと様子を見てようか、っていうような感じなんですかね。

下河辺:いや、あの当時、まだ冷戦という恐怖が残っている状態でそう言ったんで、冷戦の恐怖がなくなって、朝鮮問題も台湾問題もないっていう事態ではぜんぜん違うんじゃないんすか。普天間がいらないか、いるかって話だけになっちゃって、いらないって意見が強くなってるんじゃないすか。だから、普天間の海兵隊の役割が、改めて議論なんで、今度も国防長官がそれを確かめに来たんじゃないすかね。で、それは軍事じゃなくて、平和なもとでの医療とか教育っていうことに、役割があるかないかが、問われているんじゃないすか。

眞板:確かに、ラムズフェルドさんは部隊の近代化ということをかなり、あ、近代化ではなくハイテク化ですね。を進めることによって、沖縄という地域、沖縄には限りませんが、そこに部隊を貼りつけておくということに対して、非常に懐疑的な方ですよね。実際、今回のイラクでも、ご承知の通り、ほとんどがアメリカ本国から部隊が行っているわけで、沖縄から行ったのは、いわばその交代要員とか、護衛のために、嘉手納からF15がちょこっと行ったくらいですから、基本的にはあんまり必要ないわけですよね。そういう意味では。

下河辺:だけど、沖縄っていうのは、米軍がいなくなったら、ゲリラの巣になんないすかね。抵抗がなくなった沖縄って、とっても危ないって気がするんすね。アジアのテロ行為として、琉球のどっかの島を占拠されたら、ちょっと大変ですね。

江上:島はたくさんありますね。

下河辺:そう。だから、米軍が平和のために、いてくれるといいってことさえ、言う人もいますよね。

江上:沖縄も昔と違って、日米安保体制の重要性については、先ほどの大田さんの話ではありませんけど、かなり理解を示すようになりました。かつては、米軍基地絶対反対と主張する人たちは多かったですけど、いま、そういう人は少なくなってきています。

下河辺:いないですよ。

江上:だから段階的に、だが目に見える形で負担を軽減して欲しいというように、昔に比べると主張が基地撤去から基地縮小へと穏和になってきました。

下河辺:なにしろ、県民が180万人を超えて、200万の方向へ行っているっていうことで、集まっているのは若者ばっかりだから、戦争なんていうことにぜんぜん、無関係ですよね。沖縄での楽しみ方を求めている青年たちですからね。


●「下河辺メモ」進行時の感想

江上:それで、橋本首相と大田知事の和解に至るまで先生のタイムテーブルは、本当に細かくメモされていますが、実際、この通りに動いていったんですね。

下河辺:そうですね。

江上:このタイムテーブルを作られたのは、先生ですか。

下河辺:そうですね。

江上:ほとんどこの通りにずっと動いていったというのは、振り返ってみると見事ですね。

下河辺:見事っていうよりも、結果がどうなるか、わかんないでやっていましたから、結果的にその表を見ると、ああ、そいうスケジュールなんて気楽にいえますけど、やっているわれわれにすると、1ヵ月ごとにちょっとどうなるか、ちょっとどうなるかってやってきましたからね。橋本さんだって、
大田さんだって、いつまでもこっちの意見を聞いてくれる状態にいるとは、あんまり自信をもっていませんでしたから。

江上:先生はこの期間、阪神大震災の問題もありましたしね。

下河辺:そうです。

江上:そういう仕事をやられながら沖縄問題にも取り組んでおられたんですね。

下河辺:そうですよね。

江上:大変だったでしょうね。

下河辺:大変っていえば大変だけども、太陽っていうのは、ちゃんと1日1日24時間しかないんすからね。だから、忙しいだろうって言われたら、忙しいって言うけども、それ以上に、間に合わないと時間が延びるってなんてことないすものね。いくつ仕事があったって、365日、24時間の中でこなすしかないすもんね。


●『沖縄の決断』(大田昌秀著)

江上:後日談ですが、大田知事が3期目の知事選で破れた後、朝日新聞社から『沖縄の決断』という著書を出されました。この中で大田さんはわざわざ、1項目をさいて先生のことに言及していますね。
下河辺:書きづらいことだったじゃないすか。本を見るとね。

江上:そうですか。

下河辺:本当になんか恐縮するような書き方してる。

江上:下河辺淳氏という見出しをつけて、先生からいろいろ助力を受けたと大田さんは述べています。

下河辺:いやあ、本当ね。なんかずいぶん、いろんなこと、ありましたし、知事さんと内緒の話をするのはステーキ屋さんで、なんとかっていうステーキ屋がいつも決まっていて、昼飯ステーキって言うと、なんか特別な相談があるなあと。食いながら、ちゃんと、難しいこと言い出すんですよ。

江上:大田さんはステーキがお好きなんですね。

下河辺:ステーキ大好きですね。

江上:そうですか。いかにもアメリカに留学した先生らしいですね。確か、ウィスキーは「シーバス・リーガル」がお好きと聞きました。
 この著書では先生に対する感謝の気持ちがよく表われているんですが、ただ普天間飛行場の跡地利用計画については、いまひとつ実効性に欠けると先生がおっしゃったそうです。それで、大田知事が下河辺先生にじゃあどうしたらいいですか、とたずねたら、下河辺先生は、普天間飛行場はそのまま、民間の飛行場にしたほうがいいというふうに応えられたそうです。それで、ここのところは、ちょっと意見が合わなかったと述べておられます。この点だけ意見が合わなかったとおっしゃっていますね。

下河辺:そうですね。普天間の人たちも、騒音というようなことと軍事的危険っていうことがあって、どっか行ってくれって言ってんのに、行ちゃったら、またヘリコプターじゃあ、騒音とか、なんか飛行機が落ちたりする危険がないから、嫌だって言う人が圧倒的に多くて、県庁もそう言ってましたよ。だけど、私はいまでも、県庁の昔の職員が代わったから、新しい職員に同じこと提案しているんですよね。沖縄県っていうのは、島でできた県だから、ヘリコプターで全島をつなぐ、ネットワークを作ったほうが、行政的にもいいし、病院にも便利だし、食料品から宅送便まで、全部それがいいということをいまでも言ってんですよ。


●伊波市長、来訪について

江上:先日、伊波宜野湾市長がお見えになった時にもそのことをおっしゃいましたか?

下河辺:そう言ったんです。

江上:伊波さんはなんって言ってましたか。

下河辺:そしたら、なんか、普天間っていうのは、どうも基地をなくすっていうことで、自分はやってきたんで、基地がなくなることが前提だっていう。そして、なかなかなくなんないっていう軍事情勢が、出てきちゃったっていう。軍事情勢が厳しければ、軍備の近代化のために、米軍が自分で好んで移転したに違いないのに、移転するお金をかけるまでもなく、いらなくなったっていう。だから、返還がかえって早いかもしれないよっていって、市長は困っていましたよ。それで、跡地はどうするって話で、3分の1は国の施設で埋めたいっていうから、そんなの期待してたら、いつになるのかわかんないし、特に地主に土地を返すなんていう話をすると、30年以上かかるよと言って、市長、困ってましたよ。それじゃあ、あなたはどうするつもりだって言うから、県と企業との合弁のヘリポート会社を作って、ヘリポートを運営した方が、県生活にとってプラスが大きいっていう話をして、それは、いまでも完全にそう思っているって、言ったんですけどね。騒音がやっとなくなったら、またヘリコプターっていうんで、市民は反対でしょうって言ってましたよ。

江上:でも、そのヘリポート構想では、いまの普天間基地を全部使う必要はないですよね。

下河辺:全部使ったらいいと思いますよ。

江上:全部使ったほうがいいですか。全部使ってそういった離島の交通ネットワークを作るんですか。

下河辺:もしやれば、あそこの山のところに、病院くらいは作ったらいいかもしれない。普天間って、病院が弱いですから。だから、やったらいいし。ショッピングセンターなんていうのも、ヘリポート基地には絶対必要かもしれないすね。

江上:そうですね。

眞板:宜野湾マリーナの方にも、ショッピングセンター作っているんですけどね。いま、海のほうにも、ダイエーが一度入ろうとして、結局、経営破たんしちゃったんで、撤退しちゃいましたけど。そういう話もあったりで、いま、コンベンションの周りあたりも、開発をやっているんですよ。

下河辺:そうですね。


●梶山官房長官との馴れ初めについて

江上:話は変わりますが、先生のタイムスケジュール・メモの一番最初に、梶山官房長官が先生のところに何とかしてくれと依頼に来ました。それ以前から梶山官房長官とはお付き合いがあったんですか。

下河辺:いやあ、もちろん、若いころから、彼は茨城県で、私を茨城県の知事にしようとしたり、知事を断ったら、衆議院に立候補しろって言ったり、大変だったんですよ。

江上、眞板:(笑)。

下河辺:それを一切選挙とか政治は嫌いだって、断ったんです。

江上:そうですか。

下河辺:断ったら、やっと、彼があきらめたばっかりに、沖縄を手伝えとか、何は手伝えって言って、「ふるさと創生」なんていうのを手伝わされたり、まあ、いろんなことやらされました。彼が死んでホッとしていますよ。

江上、眞板:(笑)

江上:そうですか。

下河辺:生きてたら、いまもまた何か言って来たに違いない。

江上、眞板:(笑)。

江上:梶山官房長官のお人柄はどんな感じだったんですか。

下河辺:いやあ、いい人ですよ。

江上:そうですか。

下河辺:彼は陸軍だったから、沖縄に陸軍のひとりとしてお詫びしたいなんていう人でしたからね。

江上:そうでしたね。そんなことをおっしゃっていましたね。私も一度、沖縄で、梶山さんとお話したことがあるんです。
下河辺:ああ、そうですか。


●沖縄サミット

江上:はい。サミットが沖縄に決まった直後に、もう官房長官は辞めておられましたけども。稲嶺知事と、もう亡くなりましたけどオリオンビールの会長なさってた金城さんと私が梶山さんと一緒に、地元紙主催でサミットについて会談したことがあります。その後、一緒にお酒も飲みましたので、思い出深いですね。

眞板:サミットといえば、御厨オーラルを拝見してたら、沖縄でやったらいいじゃないか、というようなくだりがでてくるんですが、あのアイディアはもしかして、下河辺先生なんですか。

下河辺:そうですね。

眞板:実は大田さんが自分の手柄だと言っていましたけど。

下河辺:大田さんがもちろん、やったんですけども、大田さんにちょっとやったら、どうかって言ったんですよ。無理ですかねえ、なんて言って、ちょっと、やっぱり言って見たかったんじゃないすか。

江上:サミットの誘致を大田さんも要望していましたね。

眞板:はい。

江上:先生とのお話し合いでサミットがあったんですね。

下河辺:だけど、意外とフィジカルにホテルがうまくできないんですね。その各国みんな分散してホテルっていうときに、各国に割り振るホテルが分散して難しくて、なかなかだめですね。

眞板:ちょっと大変でしたね。あの宿割りっていうんですかね。

下河辺:そうです。

江上:やはり福岡と宮崎のほうが条件的には良かったんでしょうか。

下河辺:そりゃあ、やりいいでしょうね。

江上:あれは、やはり小渕首相の政治的判断だったんですね。

下河辺:宮崎なんてシーガイアがなかったら、できないでしょうしね。いまなら沖縄もホテルが増えたからやれるかもね。

眞板:サミットのときは、一番遠いイタリアでしたかね、読谷村のホテルまでいきましたからね。

下河辺:そう。そうですよ。

眞板:道路がないものですから、58号は警備のために基本的にストップになちゃって、地域の人は相当、困ったみたいですけどね。


●蓬莱経済圏構想

江上:ところで梶山官房長官が沖縄に来るたびに蓬莱経済圏構想について講演してましたけど、あれはやはり先生のアイディアだったんですか。

下河辺:そりゃそうですよね。台湾問題もあったし、中国問題もあったから、日本の東京政府がやるよりも、沖縄、台湾、福建省とつながることは、とても大きな意味があるということを梶山さんも認めてたから、蓬莱経済圏っていうのは、彼は熱心でしたね。

江上:そうですね。

下河辺:沖縄にしても、福建省に事務所作ったりして、ちょっとだけ、はじめたんですけども、吉元が辞めたら、やる人がいなくなっちゃったんですね。あれ、吉元がひとりではりきってましたから。

江上:そうですね。やはり交易が自由にできるようないろんなしかけも必要
だったでしょうね。

下河辺:必要だし、できそうだったんですよね。

江上:あ、できそうだったんですか。それは、旗振り役の吉元さんがいなくなった、っていうんで。

下河辺:そう。

江上:それで消えていったんですか。


●台湾について

下河辺:消えちゃったんですね。それで、台湾っていうのが、ちょっと蒋介石の台湾っていうイメージを完全に消えるときのちょうど、真っ最中でしたから、いまだったら、もっと楽にできたと思うんですね。
 台湾っていうのはかわいそうな島で、台湾人のための台湾考えられるのは、最近ですもんね。

江上:そうですね。本省人と外省人の歴史的な軋轢もありますしね。

下河辺:そうです。

江上:国民党が完全に力で台湾人を制圧した形になっていましたね。それが、最近になって状況が変わってきました。

下河辺:やっと片付き始まったんで、蒋介石親子が死んだあと、連れてきた兵隊の始末が誰にもできないんですね。老兄問題と称して、もう戦えない年寄りの軍隊が台湾に残っちゃったんですね。それで、台湾の人が、自分の生まれ故郷に戻そうっていうことで、北京と相談したんですね。そしたら、北京は自分たちの敵ですから、面倒見られないんですね。だから、むしろあなたがたが、直接その地域の代表と相談して、戻したらいいっていうサジェッションだったんですね。で、台湾へ行った国民党の人たちが、故郷の地域の委員会に申し込んだんですね。そしたら、受け付けたところは、3分の1くらいで、3分の2は、われわれは敵にして、逃げた人を受け入れられないって言って、墓さえ入れないんですね。だから、台湾に墓を作った人が少しいますけどね。なんか、生まれ故郷じゃない地域に、帰っていった兵隊もいたりしましてね。歴史の悲劇ですね。

江上:沖縄にとっても台湾と中国本土の問題は非常に大きな問題なんですけども、今後、台湾と中国がひとつになるか、ふたつになるかという問題は、それほど大事にならずに解決に向かっていくでしょうか。


●尖閣諸島の問題

下河辺:まあ、大丈夫ですね。若手たちって、そういう問題意識もっていないですよ。だから、あのあたりで、尖閣列島だけがちょっとトラブルですけどもね。

江上:尖閣はいまでももめていますね。

下河辺:だけど、トウショウヘイ(*漢字表示ができない為、カタカナ表記)なんかは、尖閣列島は日本と中国とで共同管理したら、いいんじゃないのって言ってんですね。それは穏やかな意見ですよね。

江上:そうです。そのようにすれば問題はなくなるんですが。今でも中国か
ら調査船が時々やって来たりして紛争の種になっています。

下河辺:そうです。

江上:日本の海上保安庁の監視船が追っかけたりしていますね。共同でやればいいんですよね。日本はしかし、尖閣諸島は日本の領土だって言っていますし、中国は中国の領土って言い張っている。

下河辺:日本の外務省は共同で開発はいいけれども、土地は日本って決めたらば、やるって言ってんですね。中国は、それを決めんのが難しいから、共同開発って言ってんのに、ちょっと、意見が食い違っていますね。

江上:意見が食い違ってますね。そのへんのところが少しずつ時間がたてば
平和な方法で解決できるんでしょうか。

下河辺:いやあ、ああいう領土問題っていうのは、どこだって同じですよね。領土問題が素直に片付く、なんていう経験はないわけでしょ。

江上:それは懸案ですか。

下河辺:そうですよ。北方領土ひとつ片付かないんですからね。

江上:そうですね。そういう意味では、沖縄返還の問題というのはよく決着したものですね、米軍基地は残りましたが。

下河辺:ええ、よく片付いて、佐藤さんの手柄話でノーベル賞までもらったわけですよね。

江上:やはりそれだけの価値はあるのでしょうか。

下河辺:価値はあるけども、何の取引したかは秘密になっちゃったから、ちょっと困ったもんですよね。

江上:このことについては、首相秘書官だった楠田さんも最近、亡くなりましたし、ずっとわからないままになるのでしょうか。これは日本の外交文書に残っていないんでしょうが。

下河辺:残っているでしょうね。

江上:残っています? そうですか。では日本の外交文書がもし公開されるようなことになれば、そこのところは出てくるかもしれない。

下河辺:出てくるわけですよ。だから、むしろ、アメリカから先にでるんじゃないですか。

江上:先生、きょうはどうもありがとうございました。長い間お付き合いい
ただいて恐縮ですが、来週が最後になりますけども、これにまつわるその後の話とその関連するような話をまた伺いたいと思います。ありがとうございました。

(了)
(次回は11月25日午後2時)

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