1991年8月26日ニューヨーク州ニューヨーク・MSG(マジソン・スクエア・ガーデン)にてサマースラム91が開催されました。WWEの本拠地といっていいMSGでのPPV開催はちょうど3年ぶり、つまりサマースラム88以来ということです。
それでは全試合紹介です。第1試合は”ブリティッシュ・ブルドッグ”デイビーボーイ・スミス&リッキー”ザ・ドラゴン”スティムボート&”テキサス・トルネード”ケリー・フォン・エリックVSウォーロード&パワー&グローリー(ハーキュリース&ポール・ローマ)。第2試合は”ミスター・パーフェクト”カート・ヘニングVS”ヒットマン”ブレット・ハートのインターコンチネンタル王座戦。第3試合はナチュラル・ディザスターズ(アースクエイク&タイフーン)VSブッシュワッカーズ(ルーク&ブッチ)。第4試合は”ミリオン・ダラーマン”テッド・デビアスVSバージル。第5試合はビッグ・ボスマンVSザ・マウンティ。第6試合はナスティ・ボーイズ(ブライアン・ノッブス&ジェリー・サッグス)VSリージョン・オブ・ドゥーム(アニマル&ホーク)のWWE世界タッグ王座戦。第7試合はIRSVSグレッグ”ザ・ハマー”バレンタイン。メインはハルク・ホーガン&アルティメット・ウォリアーVSサージャント・スローター&カーネル・ムスタファ&ジェネラル・アドナン。それとメインの前にランディ・サベージとエリザベスの結婚式があります。
まずは第1試合ですが、スティムボートが久々にWWEに復帰しました。1988年WWE離脱後WCW入りし、1989年2月20日リック・フレアーを破りNWA世界王座を獲得。王座を巡ってフレアーと多くの名勝負を残しました。このメンバーだとやはりスティムボートの存在は際立ってますね。さて、サマースラム史上ベストといっていいヘニングとブレットのインタコンチ戦です。ブレットもこの試合があったからこそのちのブレイクに繋がったといえます。シングル転向して約4ヶ月でインタコンチ王座を獲得はかなり早い展開ですが、それだけブレットの実力に沿ったものなのでしょう。残念なのはヘニングがこの試合のあと頚椎を痛め第一戦から退いたことです。ケガさえなければ間違いなくWWE世界王座を獲得できたでしょう。またのちのブレットとショーン・マイケルズの対立もそれほど深刻にはならなかったかもしれません。第3試合はとんでもないチームが出来ました。アースクエイクとタイフーン(前名タグボート)という巨漢同士のチーム。身体の小さいブッシュワッカーズはあえなく負けてしまいました。第4試合はレッスルマニア7の再戦ですね。ちなみにこの試合にはミリオンダラー王座が懸けられました。デビアスが自分で作った王座です。のちにスティーブ・オースチンも王者になったこともある由緒ある(?)王座でもあります。この試合はバージルが1人立ちできるかが焦点。見事かつての主人を倒しましたが、その後は大した活躍はできませんでした。
第5試合はなんとも凄いルールが…。負けたほうは1晩留置所で過ごさなければならないというのが(笑)。結果はボスマンが勝ちマウンティが連行されてしまいます(^^;)連行される際嫌がるマウンティがリアルだったな(苦笑)。第6試合は遂にウォリアーズがWWE世界タッグ王座を獲得しました。NWA、AWA、そしてWWEのタッグ王座を獲得という偉業を成し遂げました。やはりウォリアーズは歴史に残る名チームです。第7試合はIRS初登場。厳密にいうと復帰です。レッスルマニア1でバリー・ウインダムと組んだマイク・ロトンドの変身です。IRS=アーウィン・R・シャイスター、国税局の役人みたいなキャラクターで6年ぶりに復帰しました。
今回試合じゃありませんがランディ・サベージとエリザベスの結婚式が行われました。実際は2人は既に夫婦でしたが公然の秘密となっていました。レッスルマニア7で和解したことで2人の関係をカミングアウトすることになりました。ただサベージは結婚の公表に反対でしたが。
さてメインですが、スペシャル・レフェリーとしてWWE入りしたばかりのセッド・ジャスティスが登場しました。WCWではセッド・ビシャスとして活躍していたレスラーで、ビンス・マクマホンはポスト・ホーガン構想の1人として入団させました。ただ面白くないのがウォリアーでしょうね。ホーガンの後がまとしてやってたのに失格の烙印を押された感じでかなり不満だったでしょう。今回の試合はレッスルマニア7の続きみたいなものでしたがセッドとウォリアーの関係に注目が集まったため焦点がぼやけてしまった感があります。ホーガン組が勝ちましたが、試合後ウォリアーの姿はなく、ホーガンとセッドの2人が残りました。その後ウォリアーのWWE離脱が発表されました。