New Worid

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人生最高の夜

 1981年9月17日にてNWA世界王座を獲得して以来順調に防衛に成功していたリック・フレアーですが、1983年6月10日ハーリー・レイスに敗れて王座を失います。
 「ハーリー・レイスに王座を譲り渡すのであれば、それは名誉なことだった。ハーリーは私が出会ってきた中で最もタフな男だ。」-リック・フレアー。
 フレアーにとってレイスは最も尊敬するレスラーであり、最も超えなければならない壁でもありました。早速ジム・クロケットはフレアーの王座奪還をサポートのための計画を立てました。1983年11月24日グリーンズボロ・コロシアムにてレイスとフレアーの王座戦が実現しました。しかものちにクロケット・プロ、WCW最大のイベントとなった「スターケード」の第1回の開催のメインで。
 本来フレアーはヒールなのですが、今回地元シャーロットを代表する最大のスターとしてレイスに挑むというシチュエーションとなりました。前哨もなかなか秀逸で、札束の詰まったケースを持参したレイスがインタビューで「フレアーを倒せばこのカネをくれてやるぜ!!」と指令を出し、実際にフレアーとレイスの試合の最中に”カウボーイ”ボブ・オートン(ランディ・オートンの父)とディック・スレーターが乱入してフレアーを袋叩きにしました。逆に怒り狂ったフレアーがバットを持ってオートンとスレーターを襲うというシーンもありました。
 ところが大会前日に意外なところで危機が迫っていました。なんとビンス・マクマホンがレイスをWWEへの移籍を促していました。もしこれが実現していたらクロケット・プロはおろかNWAが崩壊していたかもしれません。しかしレイスはビンスの誘いを断り11月24日フレアーと対峙しました。両者の戦いは金網の中で行われました。特別レフェリーは元NWA世界王者ジン・キニスキー。試合はレイスが優位な展開が続きます。やはりこの時点ではレイスのほうが一日の長がありました。私もフレアーの試合を数多く見てましたが、レイスとの試合に関していえば互角かレイスに引っ張られている印象が強いです。それほどレイスの技量が際立っていました。
 それでもフレアーが気持ちが折れずに戦えたのはレイスを超えたいという思いと、地元シャーロットのファンの後押しがあったからだと思います。最後はフレアーのフライング・ボディプレスがレイスに決まって見事に勝利。2度目の世界王座獲得に成功しました。
 フレアーの勝利が決まった瞬間リッキー・スティムボート、ワフー・マクダニエル、ジェイ・ヤングブラッドらが駆けつけてフレアーを祝福しました。もちろん観客も。最初の獲得のときは誰も祝福しませんでした。しかし今回は誰もがフレアーの王座獲得を称えました。そんな祝福ムードにフレアーが感極まったのはいうまでもありません。
 「人生最高の夜だ。みんな、ありがとう。心から感謝してる。」



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