ちょっと本を作っています

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第三章 知らないってことは

第三章 知らないってことは




幸ちゃんハシゴに登る

ハシゴを架けて、ゴリゴリとのこぎりで柿の木の枝を落とす。

私がハシゴを押さえ、幸ちゃんがハシゴの上に載っているのだが、何しろ100キロもある巨体だ。

落ちてこられたら潰されてしまう。

私が乗っかればいいのだが、高いところは大の苦手ときている。

美味しい柿が採れると聞いて、食い物に目のない幸ちゃんをけしかけたのだ。

幸ちゃん、うまくハマってくれた。

これで伸び放題に伸びていたトンちゃんちの庭木の剪定をすべて終えた。


次は雑草だ。

表の庭はたいしたことはない。

でも私の部屋に面した家の横や裏庭は、腰の辺りまで、一面に雑草が生い茂っている。

別棟の物置小屋、と言っても、これもそこそこの建物なのだ。

鎌や、のこぎりや、鍬や、得体の知れない農具に混じっていた草刈り機を見つけ出した。

「まだまだ使えるよ」とトンちゃんが言うので、燃料の『混合油』とやらを買ってきた。


こんなの使うのは始めてだが、「ビーン、ブイーン」と面白いように草が薙ぎ倒されていく。

丸い円盤のような鉄の刃が、ちょっとした小枝程度の立ち木なら、一瞬にして伐り飛ばす。

2、300坪の庭なんて、半日で刈り終えてしまった。

後には、うず高く積み上げられた雑草の山が……。

「またもおー、花も植えてあったんだよ」とトンちゃん。

「いいじゃない。また芽が出てくるよ」と私。

「それに……」とトンちゃん、何か言いたそうだ。



砂嵐の洗礼

4、5日して、トンちゃんの言いたかったことが分かった。

風だ、風。そして土。砂塵が舞い上がり、窓の隙間から、細かい土が吹き込んでくる。

この辺り、ときどき風が強くなる。高台だから半端じゃない。まるで砂嵐だ。


関東ローム層って言ったっけ、この辺りの土は、粒子が細かくて軽いのだ。

毎朝、陽が昇ると同時に散歩に出かける。

そんなとき、裏山の霜柱もくるぶしが埋まるくらいまで伸びていた。

信じられないほど土が軽い。

佐倉市の隣は、ピーナッツとスイカで有名な八街市だ。

「八街は、風の強い日は砂塵がすごいんだよ」

「昼間でも、フォグランプを点けないとクルマは走れないんだよ」

「凄んげーんだから、こっちは」


トンちゃん、幸ちゃん、教えるのが遅すぎるよ。後の祭りだ。

もう裏山の雑草まで、およそ1000坪近く、草刈り部隊が制圧した後だ。

今はまだ寒い日が続いているので、窓を開ける必要がないけど、若草よ早く生えてこい。


「借金の一部に充当してくれって、トンちゃんが土地を持ってきたんだ」

中村さんが、トンちゃんの土地を見に行くから、クルマで連れて行ってくれと頼んできた。

トンちゃんちの家からもそれほど遠くないところだ。

分かりづらいところだったけれど、多分ここだろうというところへたどり着いた。

自然薯の畑になっているそうだが、雑草がヒョロヒョロと生えているだけで何にもない。

細長い土地だが公道に面しているので、悪くはない。

登記上は210坪だそうだが、何もない更地だと狭く見える。


「農地だから、すぐに名義変更は出来ないんだ」

「でもなあ、全然回収出来ないよりはマシか……」

「気持ちの問題だからな」

「トンちゃんも借金の穴埋めの一部にって持ってきたんだから……」

さすが『ホトケの中村』。甘いんだからもう……。

でも、トンちゃんと一緒に暮らしていると情も移ってしまう。

「日曜菜園をやりたがっている人たちも多いから、区分賃貸でもやってみたらどうかな」

「知り合いへ声を掛けてみるかな」と私。

でも、水は?



命の水、生活の水

「トンちゃん。あの畑、水はどうしているの?」

話が通じない。

「そんなの必要ないよ」と言われて、

「種を蒔いたら、水をやるだろ」

「水がなければ育たないジャン」

と言ったら、鼻で笑われてしまった。


「ビニールハウスのスプリンクラーなら分かるけどね」

「水道や井戸で、畑に水をやる農家がどこにあるの」

「雨だよ、雨。百姓は空を見ながら農作業をしてるんだよ」

そうか、オレたちは休日でないと作業出来ないから、こちらの都合で水をかけて菜園をやっていたんだ。

雨が降る前に種を蒔く。当たり前だよね。


トンちゃんちは井戸を使っている。その井戸も2つある。

トンちゃん、私が「これ共益費」と言って毎月渡す電気代とプロパンガス代も全部使い込んだみたいだ。

電気代が溜まって、電気を止められそうだと騒いでいる。

「オレは別にいいよ。ロウソクの生活なんて面白いね。テレビもオレは見ないし」

少しは反省しろよな、とも思うもんだから冷たくあしらっていた。

そうしたら、今日明日中にも電気を止められるところまで追い込まれてしまった。


「高石さん。電気が止まると水も出ないんだ」

「そうするとトイレも使えないし、メシも炊けないよ。風呂だって……」

そうか、井戸水はモーターで汲み上げているんだ。それは大変だ。

翌月分の家賃を中村さんに前払いしてもらって事なきを得たが、井戸水もタダではなかった。

自家浄化槽なので下水道代はかからないが、浄化槽の定期点検と保守でお金がかかると言う。


後日、房総半島の外れで田舎暮しをしている友人にその話をすると、

「そうだよ、井戸を掘るだろ。自家浄化槽を作るだろ」

「電気を引いて、携帯電話の通じないとこだから電話線も引いたんだ」

「そうしたら2,000坪の土地の値段は800万で済んだのに、全部で2,300万かかってしまった」

「小さな山小屋だよ。それも土地代を別にしてだよ」

これは大変だ。田舎暮しのノウハウを、もっと勉強しなければヤバイ。


井戸が涸れることも結構あるという。

トンちゃんちのように深さを変えて2本も井戸を掘っていてもだ。

一番の原因は、水洗トイレ。当たり前のように使っているが水の使用量は半端じゃない。

そして風呂とシャワー。


トンちゃんちに、幸ちゃんと2人で飛び込んでから、びっくりしたのは風呂の湯船の汚さだった。

湯船の水が濁っている。

いくら鈍感な私でも、これは我慢できない。1日がかりで磨き上げた。

風呂の湯は温水を出せば、そのまま入れるのだが、薪で追い炊きができるようになっている。

長方形の五右衛門風呂みたいなものだ。

私は温水を使わず、水を張ってから薪を燃やして湯を沸かす。

薪の軽やかな香りが漂い、ちょっと温めの風呂に浸かって鳥の声を聞いていると、最高だ。


「今はいいけど、夏場、毎日水を取り替えていると井戸が涸れるよ」

「田舎の人は、一度湯を張ると、2、3日は追い炊きだけで入るんだ」

ウーン。田舎暮しをやるときは水が問題なんだな。

都会暮らしで慣れた感覚は通用しないのだ。



あれ、タヌキって、どんな顔つき

「いますよタヌキ。昔はいなかったんだけど」

「イタチは見かけないけどムジナがいるってきいたよな」

ムジナってなに? 

トンちゃんを訪ねてきた地元の人と話していたら、そんな話が飛び出した。

やっぱりタヌキはいるそうだ。

道路でクルマに撥ねられたタヌキを、何度も見たそうだ。

もう一度タヌキのエサ場を作って餌付けするか、それとも罠でも作って、捕まえてみようか。

それとも……。


『やベー、遅れそうだ』

10時までに御茶ノ水へ行かなければならない。

裏道を飛ばして突っ走る。

何か動物の死骸が転がっている。

ハンドルを切って、避けてすり抜ける。

『ん、今の死骸。犬でもなさそうだ。ネコでもなかったみたい』

なぜか気になる。


500メーター以上走ってから、やっぱりクルマを停めた。

歩いて戻ってみると、犬でもネコでもなかった。タヌキだ。

そうだこんなことしてられない。クルマへ駆け戻って東京へと走った。

それにしても、おかしいな。タヌキだとは思うけど、何か違う。

はるか昔、まだご幼少だったころ、動物園でタヌキを見たことがあるだけだから、記憶は定かではない。

ちょっと待てよ。顔のところが白かった。


仕事先の人に聞いてみると、それってハクビシンじゃないのと言い出した。

かも知れない。今度調べてみよう。タヌキがハクビシンに化けたのかな。    



里山には食い物が一杯

「これって、フキノトウじゃないの」

朝の散歩のとき、飲み屋で『旬のテンプラ』を注文すると出てくるフキノトウに間違いないと採ってきた。

「そうだよ。知らなかったの?」

こうなりゃ、今晩はテンプラだ。

スーパーのビニール袋を腰に下げ、裏山をほっつき歩いた。

半日がかりで20個ほど見つけ、泥を落とすために井戸のところへ持っていった。


アレ、足元に一杯ある。

何のことはない、裏山で半日かかって見つけてきたくらいのフキノトウが井戸の周りに生えている。

「フキノトウが終わるころには竹の子が出てくるよ」

と、トンちゃんから聞いて、毎日竹やぶの探索を始めた。


出てきたよ。出てきた。竹の子だけは、都会育ちのオレだって分かる。

「幸ちゃん、竹の子だよ。食い物だよ」

どうせまだトンちゃんは起きてこない。

食えるものの話なら、幸ちゃんの動きはジェットコースターなみだ。

スコップと鍬を持って、竹やぶへ引き返す。


幸ちゃんがブルトーザーなみの力を込めて掘り起こす。

もういいだろうと引き抜くと、途中でポキリ。

竹の地下茎や細根も張っているので簡単には掘り出せない。

それでも4、5本掘り起こし、コメの洗い汁で茹でてアクを取り、さっそく昼の食卓に並べた。



鉄棒と竹の子

「ウメー、ホントに……」

もそーっと起きてきたトンちゃんが、

「初物の竹の子はほとんどアクもないし美味しいよ」

「今の時期なら、結構伸びた竹の子でも柔らかくて美味いよ」

「アク抜きも必要ないよ」と教えてくれる。

「オレも掘ってみるよ。ちょっと持って行きたいところがあるし」とトンちゃんも出動した。


鉄棒を持ってきた。

何にするのかといぶかっていたのだが、「スコップなんかじゃ掘れないよ」と言い出した。

さすがベテラン。

私と幸ちゃんがさんざん探しても見つからないのに、

「ここにもある、ここにも……」と次々、発見する。


早い、早い。

私と幸ちゃんは、タケノコ1本掘り出すのに10分以上かかっていた。

それなのに、先が平べったくなった鉄棒で、トントンと竹の子の周りを突くだけ。

それから、テコの原理でグンとこじ起こすと、竹の子がポコっと飛び出す。

見る見るうちに、大きなゴミ袋3杯の竹の子が採れてしまった。

「そのうち、嫌というほど出てくるから」

と言い残し、『佐倉市・燃えるゴミ』と書かれたゴミ袋3つをクルマのトランクに積み込んで、出かけてしまった。


竹の子のアク抜きのために、コメのとぎ汁を大事に取っておいた。

竹の子の量が半端じゃないものだから、コメのとぎ汁だけでは足りない。

「米ヌカを買ってこようか」

「スーパーに売っているのかな?」

などと話をしていたら、ヒョッコリ顔を出した初ちゃんが、

「これで十分だよ」と、私の焚き火跡の灰を一掴み持ってきた。


確かに米のとぎ汁よりアクが取れる。

もの凄い発見をした気分だが、これって常識だったのかしら……。

初ちゃん、お父さんが、かの有名なマナスル登山隊のサポート隊にも参加したくらいの登山家だったらしい。

小さいころから野山を連れ回されていたそうで、何でもよく知っている。

これからは先生と呼ぼう。師匠と呼ぶほうがいいかも。



第四章 竹の子で仲間を釣り上げる につづく

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