無色透明

無色透明

2006.02.28
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カテゴリ: スピリチュアル
今日の屋久島は、暗く曇っている。
ここのところスッキリしない天気が続いている。

朝、海の音と船の音がしていた。
風が海から吹いていた。
大きな貨物船がゆっくり航行していた。

昨日、WOWOWで「植村直己物語」という映画を見た。
美しい映像が印象的だった。
ああいうのを見ると、やはり行ってみたくなる。
特に、ヒマラヤがすばらしかった。

屋久島もそうだが、ちょっとスケールが違う。

彼は明治大学に入ってから登山を始めたらしい。
最初からバリバリのクライマーではなかった。
大学を卒業しても就職口が見つからないほどの成績。
やむなく単独でアメリカへ行き、冒険人生が始まる。
その後、スイスのヒュッテで3年間のアルバイト暮らし。
その間に、日本人で初めてエベレスト登頂成功。
その後は、世界で初めて五大陸の最高峰を踏破。
それから、北極圏を犬ぞりで単独旅行。
世界的な冒険家となるが、冬のマッキンレーで初の単独登山の記録を作った後、消息を絶つ。

ヨーロッパのモンブラン、アフリカのキリマンジェロ、北米のマッキンレー、南米のアコンカグア、そして、アジアのエベレスト。

体を鍛えれば、エベレスト以外は登れそうな気がする。
エベレストの無酸素単独登頂は無理だろう。
あんな重装備では登る気にもならない。
軽やかに普段着で登りたい。
そのためには・・・


通常の登山では、登り口に辿り着くまでに多額の金銭と時間を要してしまう。
飛行機に何時間も乗るのは、もうゴメンだ。
出入国の煩雑さも、行く気を削(そ)いでしまう。

それでもヒマラヤだけは、そのすべてを負担しても行ってもいいと思う。
もちろん、エベレストへ登ったりはしない。
3000mあたりのトレッキング。
それだったら、しばらく滞在してもいいと思う。
但し、今はネパールの政情が不安定なので、もう少し落ち着く必要があるだろう。
時代錯誤の王様が、まだ絶対王制を維持しようとしている。
なんとも嘆かわしい限りなのだ・・・

世界中の山へ行くには、やはり、食事を減らし、光で生きるようになる必要がありそうだ。
軽やかにワープして行きたい。
とてもではないが、今の飛行機に乗る気はしない。
UFOなら乗ってもいいが・・・

最近、NHKのドラマの「氷壁」でも美しいヒマラヤ、特にK2を映し出していた。
昨夜の映画も美しかった。
やはり、山は美しい。
まさに息を呑むような美しさ。
ただ見ているだけで、ピュアーな気分になれる。

人は一歩一歩、山へ登ろうとする。
自分の足で一歩一歩。
それは、すばらしい!
8848mのエベレストでさえ、登ってしまう。

それは、この世の人生に似ている。
人生は重き荷を負うて行くがごとし・・・
非苦のカルマを背負い歩く人生。
まさに山登りそのもの。
重たく辛い一生。
手探りで歩む百年足らず。
その中で悲喜交々(こもごも)の人生模様が展開する。

それを宇宙空間から見れば、まるでアリの歩みのようだ。
美しく輝く地球の上に這いつくばって、遅々とした人生を過ごしているように見える。
しかし、その人間ドラマの渦の中に入ってみると、一喜一憂・喜怒哀楽の、まさに小説のような人生が繰り広げられている。
その中で、人は学び、成長し、自分を表現している。
アリのような歩みではあっても、宇宙で唯一の自分を表現しようとしている。

人はなぜ、このような非苦の巷で暮らしているのだろうか。
人はなぜ、地獄のような社会をつくっているのだろうか。
憎み合い、争い合い、殺し合う。
文明を造っては破壊し、破壊しては建設する。
いったい人類は何をやっているのだろうか。

何のために、こんなにも苦しむのだろうか。
何のために、こんなにも悲しむのだろうか。
人は、苦しみや悲しみよりも更に尊いものを体験するために、非苦を経験しているのだろうか。
はたして、そういうものがあるのだろうか。
人は本当に非苦を乗り越えることができるのだろうか。

悲しみの裏側に、慈しみがある。
悲しみと同時に、慈しみがある。
それを慈悲と言う。

愛よりも更に深い愛。
悲しみをも癒す愛。
すべてを包み、すべてを癒す愛。
何もすることなく、遠くから見守り続けている愛。
直接人生に介入することなく、ただ包み込んでいる愛。
共に悲しみ、共に苦しみ、すべてを見守っている愛。

そういう愛を超えた愛が生まれるために、人は非苦の巷に住んでいるのだろうか。
人の中に非苦を超えるものが芽生えるために、非苦を体験しているのだろうか。
非苦を体験し、非苦を超え、非苦の彼方へ行くために、人は非苦の海で生きているのだろうか。
非苦があることによってのみ生まれる慈悲を求めて、人は非苦の海を彷徨(さまよ)っているのだろうか。

非苦と共にある時にのみ、人はそれがわかる。
非苦から逃げていては、非苦の意味はわからない。
非苦と共にある時にのみ、非苦の深さがわかる。

人類の非苦は、慈しみによって見守られている。
人類の非苦を、無上の慈しみが包み込んでいる。
非苦の巷で迷う一人一人を、慈しみは見放してはいない。
懐(ふところ)深く抱きしめ、黙って涙している。

無始無終の愛。
愛を超えた愛が、静かに見守っている。
愛が昇華された慈悲という名の無上の愛が、無条件に包み込んでいる。

慈悲に至る道。
非苦を超え、慈悲に至る道。
目に見えない慈悲に包まれ、人は非苦の海を泳いでいる。
地球という愛の星は、慈母観音の掌(てのひら)の上で青く輝いている。


『悲しみを 超えて見守る 慈しみ 悲しみあれば 慈しみもある』

『悲しみの なかに溢れる 慈しみ 悲しみ通し 地上を満たす』

『悲しみの 涙の海と ある時に 悲しみ変じ 慈しみとなる』

これが423日目の心境です。






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Last updated  2006.02.28 16:29:00
コメント(12) | コメントを書く


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Re:423日目 - 慈母観音  
シュガーちゃん さん
地球という青い星は慈母観音の手のひらに・・・・・
感動しました。
私もこの地球上にあるまだ見ぬまだ触れぬ場所にいつか足を踏み出したい。半分位光で生きられるようになったら。んーもうなってるかも。じゃあもうあと半分の半分。 (2006.02.28 20:56:10)

慈母観音  
せきせき さん
私の子供時代を見つけた感じです。
>すべてを包み、すべてを癒す愛。
>直接人生に介入することなく、ただ包み込んでいる愛。
>共に悲しみ、共に苦しみ、すべてを見守っている愛。
終わらない恐怖と肉体と心の消滅を願い続ける一方で
、相手達の波動を感じながら、
相手達の、生まれ出てしまった苦しみの横でただ座っていたかった。
そういうものに私がなりたかった。
悲しくて悲しくてたまらなかった。私と相手の悲しみの中でなにかを見つけたかった。

私は今、苦しみというもう生まれてしまったものから少しも避けることなく、
苦しみの一番の真ん中を、暖かな愛で進んでいきたいと思います。
この苦しみを愛で通っていくにつれ、愛という器、枠でさえ、ふるいにかけられ、細かく細かくなる気がします。
私が進むように、設定された今の環境。
もう少しで、私がわかる気がします。
>愛が昇華された慈悲という名の無上の愛
>愛よりも更に深い愛
>懐(ふところ)深く抱きしめ、黙って涙している。
幼い私が辿りつきたかった、場所、見つけました。
とても私にしっとりくる言葉。そう、まだたどり着けないけれども、これは私だから。
さらに、愛の奥に深く深く進んでいきたいと思います。

私に慈悲が生まれるのは、もう、慈母観音の掌にいるから。もうすでに包まれているから。
そして、その中で、今までに多くの方が慈悲に至る道を歩んでいった人がいるからです。
ありがとうございます。 (2006.03.01 00:09:59)

大慈悲心  
慈母観音・・・
なんと大きな愛でしょうか・・・
読んでいて永遠の心の安らぎを感じました。
こんな大きな慈悲の愛に包まれ、そして 私たちは守られているのですね。

以前、小犬のロンさんが教えてくださいました。

 仏教の中での菩薩という存在は、
 「そのままで自分はすぐに悟りの世界へ入っていけるのに、
 衆生すべてが悟れるまで、門の前で待っている」
 というものなのですね。
 とてもやさしいでしょう?
 大慈悲心ですね。

ロンさんの言葉を思い出しました。
今日の日記に通ずるものを感じました。

私たちは、地球は このようなたくさんたくさんの菩薩の大慈悲心に見守られ、
そして、さらなる慈母観音に抱きとめられているのですね・・・

頭(こうべ) を垂れて ただただ愛を感受し、感謝します。

(2006.03.01 01:43:00)

見守る  
えっちゃん さん
抽象的なことはわかりにくいので、
またもや手許に引き寄せてみる・・

>何もすることなく、遠くから見守り続けている愛。

見守りと観察は違うのか?
きっと、みまもりには愛の波動があるに違いない。

よちよち歩きの子供に手を貸さず、こけてもみまもる母の愛に似ているかな?
手を貸さないのならいなくても同じ・・・ではない。
幼子はそこに見守る人がいるという愛を感じて、ヨチヨチにトライする。

映画などで観た場面。
迫害されるキリスト教徒達が、何故神は我を見捨てるかと嘆く・・・
何もしないで、見守る神。

これこそ
>人の中に非苦を超えるものが芽生えるために、非苦を体験しているのだろうか。
>非苦の彼方へ行くために。
・・・を見守るということか。

いつかkimiさんに、自我をはずせば孤独ではなくなると言われたことに対して考える・・・
自問自答するひとりぽっちの会話に、
自我まみれの答えじゃなく、
より客観的な想いを見出せたら、それは神と対話した事になるのではないか・・・

私に気付かせようとする、見守り人が私の中にもいるのかも知れない。
それとも、私と繋がる慈母観音の見守る愛のネットワークがあるかも知れない。
時々、オーラが見えるのって言う女の子が、
光のラインのようなネットのようなものも見えるって教えてくれた。

kimiさんの写真の光るクモの巣みたいな光のネット、
そこに神の愛のメッセージが網羅されていて、
私のハートが開けば繋がるのだろうか?

パソコンを開ければkimi言葉に繋がるように・・・

地球ごと慈母観音の手のひらで、慈愛のまなざしで見守られているということを、
今はイメージでしか思い描けないけれど、
いつの日か、
静かな静かなファンファーレを奏でながら、
私のハートが開く時、
実感できればいいなあと思います。

(2006.03.01 15:39:54)

Re[1]:423日目 - 慈母観音(02/28)  
光のkimi  さん
シュガーちゃんさん
>地球という青い星は慈母観音の手のひらに・・・・・
>感動しました。
>私もこの地球上にあるまだ見ぬまだ触れぬ場所にいつか足を踏み出したい。半分位光で生きられるようになったら。んーもうなってるかも。じゃあもうあと半分の半分。
-----
光になって、光の生を楽しんでください。
未知の世界は美しいね。
ロマンに溢れている。
行ってみたいよね。

(2006.03.01 17:57:51)

Re:慈母観音(02/28)  
光のkimi  さん
せきせきさん
>私の子供時代を見つけた感じです。
>>すべてを包み、すべてを癒す愛。
>>直接人生に介入することなく、ただ包み込んでいる愛。
>>共に悲しみ、共に苦しみ、すべてを見守っている愛。
>終わらない恐怖と肉体と心の消滅を願い続ける一方で
>、相手達の波動を感じながら、
>相手達の、生まれ出てしまった苦しみの横でただ座っていたかった。
>そういうものに私がなりたかった。
>悲しくて悲しくてたまらなかった。私と相手の悲しみの中でなにかを見つけたかった。

>私は今、苦しみというもう生まれてしまったものから少しも避けることなく、
>苦しみの一番の真ん中を、暖かな愛で進んでいきたいと思います。
>この苦しみを愛で通っていくにつれ、愛という器、枠でさえ、ふるいにかけられ、細かく細かくなる気がします。
>私が進むように、設定された今の環境。
>もう少しで、私がわかる気がします。
>>愛が昇華された慈悲という名の無上の愛
>>愛よりも更に深い愛
>>懐(ふところ)深く抱きしめ、黙って涙している。
>幼い私が辿りつきたかった、場所、見つけました。
>とても私にしっとりくる言葉。そう、まだたどり着けないけれども、これは私だから。
>さらに、愛の奥に深く深く進んでいきたいと思います。

>私に慈悲が生まれるのは、もう、慈母観音の掌にいるから。もうすでに包まれているから。
>そして、その中で、今までに多くの方が慈悲に至る道を歩んでいった人がいるからです。
>ありがとうございます。
-----
逃げないで真っ直ぐに愛の道を進んでいくといいよね。
その先に慈悲の大地が待っているでしょう。
楽しみだね。

(2006.03.01 18:01:14)

Re:大慈悲心(02/28)  
光のkimi  さん
ぴあの@サファイアさん
>慈母観音・・・
>なんと大きな愛でしょうか・・・
>読んでいて永遠の心の安らぎを感じました。
>こんな大きな慈悲の愛に包まれ、そして 私たちは守られているのですね。

>以前、小犬のロンさんが教えてくださいました。

> 仏教の中での菩薩という存在は、
> 「そのままで自分はすぐに悟りの世界へ入っていけるのに、
> 衆生すべてが悟れるまで、門の前で待っている」
> というものなのですね。
> とてもやさしいでしょう?
> 大慈悲心ですね。

>ロンさんの言葉を思い出しました。
>今日の日記に通ずるものを感じました。

>私たちは、地球は このようなたくさんたくさんの菩薩の大慈悲心に見守られ、
>そして、さらなる慈母観音に抱きとめられているのですね・・・

>頭(こうべ) を垂れて ただただ愛を感受し、感謝します。
-----
悲しみと共に慈しみがあるんだね。
それを深く深く感じていると、もうすべてが満たされているんだね。
この世が無上の天国と変わらないんだね。
現象に囚われないで、現象の奥を見て生きることだよね。

(2006.03.01 18:04:12)

Re:見守る(02/28)  
光のkimi  さん
えっちゃんさん
-----
ヨチヨチ歩きの子を遠くから見守るように、自分と周りの人を見守っていればいいのではないの。
愛の眼差しで・・・
それが一番わかりやすい例(たと)えかもね。

光のネットワークは、既にあるのですよ。
当然、えっちゃんもつながっている。
まだ目に見えないだけですね。
つながっていない人なんて誰もいない。
つながっているから生きていられるのだから。
気づこうと気づくまいと、常に光のエネルギーは流れている。
大安心していいよ。

(2006.03.01 18:14:21)

えっちゃんへ  
カンナ2  さん
Kimiさん、こちらには初書き込みです。
そして横レス?失礼します☆

そう、繋がって無い人はいないです。
みんなに繋がっています。えっちゃんにも^^





(2006.03.01 19:13:52)

もう繋がってる? うれし~~♪  
えっちゃん さん
kimiさん、カンナさんありがとう♪
いつか、繋がってるを実感したいです! (2006.03.02 07:06:05)

カンナさんみーつけた☆  
やちよ さん
繋がっているから、カンナさんにも逢えた☆ね

kimiネットワークは光ネットワークですね☆眩しい!(○○○が、じゃないょ...)
(2006.03.02 07:48:10)

かくれんぼ?  
みんなでかくれんぼしてるの~~?私も入れて☆

カンナさん、こちらにも時々書き込み来てください~~~いえ、毎日でも~~~
カンナさんのカワイイエネルギーが眩しいわ~~☆☆

>kimiネットワークは光ネットワークですね☆眩しい!(○○○が、じゃないょ...)

やちよさん、○○○って・・・?ドキドキ・・・

(2006.03.02 08:39:01)

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