無色透明

無色透明

2006.06.07
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カテゴリ: スピリチュアル
「自信と自己信頼-1」の続き


つぎは、Y@soleilさんですね。

【自信とはなに?
自信とはどこから来るの?

改めて見つめてみると、毎度のことながら、自信がなんだか解らないで生きてきたようです。
自信といってもとても揺らぐし、不安と自信と行ったり来たり。
それは条件次第で形を変えてしまう不確かなものであるように思います。
目的と結果に左右されるものでもあるし、行為に依存するものでもあったりします。
でも、それがある日出来なくなった時、または思うものと違うものが出たときに、自信は揺らぎます。

昔できなかった記憶がやってきても自信が揺らぎます。
出来た記憶が、自信を支えたりします。
自信を失うようなことが起きても、すぐ立ち直って、やり直すことの出来る人もいるし、なかなかチャレンジをできない人もいます。
私の場合、なかなかチャレンジできませんでした。
何故簡単にそうなったかというと、それは基本である自己信頼がなかったからだと思います。
もし、自己信頼の土壌が不確かであったならば、あるきっかけで自信を失った時に、自分自身への信頼感まで崩れてしまったような気持ちになりやすくなってしまいます。

自己信頼とはなんでしょうか?
自己信頼はどこからやってくるのでしょうか?

目に見える外側からではなくて、自分の大きな内側からやってくるもののように感じます。

自己信頼とは、存在に対する無条件の受容。
あるがままの自分自身への無条件の受け入れからやってくるように思います。

条件に左右されない存在としての、そして大きなものとの繋がりを感じる安心感。
何があっても大丈夫だよと語りかけ続けるようなそんな意識。

今回、この違いだけでなく、どうして自己信頼が解らないかを見つめることになりました。
そして、私の場合は、あるがままの素直な自分で、ゆったりと生きることから自己信頼がやって来るように思います。
何の偽りもない自分自身を受け入れ、自分の心が本当に望むことと共に生きること。

そうすることによってまたさらに自分自身のことを、自分自身の本当の良さを信頼してあげれるようになれる気がします。

だから、自己信頼と自信とは、質が全く違うように思います。
比較出来る類のものではなく、自信と不信は自己信頼という土壌の上で、いろんな体験を通して構築できる類のもののように感じます。
自己信頼は、なにもかも丸ごと全て包んでいる心の奥から来る安心感のようなものかなと感じます。
だから全ての体験を支える大きくて温かな土壌なのかもしれない。

自己信頼の土壌の上で体験していくことが大切なのかなと感じました。
ベースをそこに置いて体験をし、その結果を見つめた時、自信と不信の繰り返しに振り回されることはなくなるのかなと感じました。
もっと体験そのものを楽しんだり、色んな記憶や結果からも自由で軽やかになれるのかもしれません・・・・・。】

自信と不安のシーソーゲーム。
結果によって、心は揺れ動くのですね。
意識が外に向くと、そうなりがちです。
その時、自己信頼はありません。
これまでは、そういう人生を歩んできたということでしょうか。

確かに自己信頼は、内側からやって来ます。
自己信頼がある時、外側に振り回されることはなく、ありのままの自分と一緒にいることができます。
ありのままの自分は揺れ動いているかもしれません。
そういう自分をそのまま受けとめ、見守っているということですね。

逆に言うと、そういう見守りの中から自己信頼は自然に生まれるということでもあります。
まずは意識的に、ありのままの自分をそのまま見守ることでしょうか。
良いも悪いもなく、判断や評価もなく、ただそのまま見守る。
そうしていると自分が愛おしくなるでしょう。
かけがえのない自分ですから。

そうやって、やさしい目線で自分を見守ってあげるといいでしょう。
それによって、これまでの心の傷が癒され、自分自身が再生します。
自信は外から来ます。
自己信頼は内から来ます。
自分自身と一緒にいて、自分自身をやさしく見守ってあげることですね。

次は、keiusakichiさんですね。

【自信は内なる力の誇示と他者や自分の過去からの比較の上に成り立っているように思います。
しかし、自信が有ると思った瞬間にもろくも崩れ、自信というもののチカラは強固なものでは無いと感じます。
チカラをもって自信を得た気でいても、真逆も同時に存在している。
自分には幻想のチカラの象徴に感じました。

自己信頼については、受け入れるというイメージが湧きました。
自信が能動的なものであるとするなら、自己信頼は受動的。
能動的に積み上げていくのに、崩れるを同時に持つものとは対照的な、自己信頼。
受動的でありながら、受け入れ、理解し、流す。
言葉にすれば、そこには何も残らないのですが、見えないものが積み重なっていく。
自分も積み重ねている事を気が付かないくらい。
受け入れ、理解し、流す・・・
それが自己信頼なのでは?と思いました。

受け入れる事をしていく、このことが自己信頼の始まりと思います。
理解するは、難しいですが・・・己の枠を外すと、理解が早く思います。
理解できた時、流します。

そういう行為をして行くことを受け入れる。
それが、自分が思う自己信頼でした。】

自信は、確かに幻想の力の象徴ですね。
あるという思い込みですね。
それは単なる思い込みなので、思い込みが事実に負けると、脆くも崩壊するのですね。
自信を支えていたのは、思い込みだったのです。

自信が能動的で、自己信頼が受動的という表現はわかりやすいですね。
自信は自分が能動的に思い込むもの。
自己信頼は自然に存在するものという感じでしょうか。

確かに、ありのままの受け入れから、自己信頼は始まりますね。
自分のイヤな面も否定しない。
ありのまま認める。
自分を否定している限り、自己信頼は育ちません。
ありのままの事実から目を逸らしている限り、自己信頼は遠いでしょう。

受け入れ、認め、抱きしめ、見守る・・・
その延長線上に、理解が芽生え、執着が外れ、自己信頼が育っていくでしょう。
それは気がついたら存在するというようなものです。
何かのきっかけで生まれる自己信頼は、思い込みに近いものがあります。
気がつかないうちに自然に芽生え、自然に存在するものです。
思いによって支えられていないのですね。
気づいたら自己信頼が在るのです。

最後は、ぴあのさんですね。

【自信・・・
今回、自信 という言葉を考えてみるにあたって私が行き着いたところ・・・
それは 『私には 自信がある と言えることがない』 ということ。
自信なんて すぐ揺らぎます。
今まで それをイヤというほど経験してきました。
とてもあやふやなもの。
あるようで、ないもの。
ただ、自分の自尊心を満足させるもの?
過去の記憶をベースにして生まれるもの。

自信は、時として危ない。
自信がある という意識が 物事をクリアに見ることを妨げてしまうことがあるように思います。
自我を強固にしてしまう場合が時によりあるようにも思います。

自己信頼とは、不動のもの という気がします。
決して何にも揺らぐことのない 大きな信頼。
それは、深い深い意識の奥の、宇宙と繋がる 『ひとつ』 の意識。
愛一元。
自己を信頼するということは、宇宙を信頼するということ。
宇宙を信頼するということは、個を越えた大きな大きな愛と溶け合うこと。
自我の入る余地のないもの。
静かな静かな意識の中から生まれるもの。
美しい調和の世界。
そのように思いました。】

自信は、記憶ベースですね。
記憶がなければ、自信も存在できません。
自信と不安は、記憶ベースがつくり出す思い込みワールドです。
それは相対的で、不安定なものです。
そこに軸足を置くと、人生が極めて不安定になります。
外側と自分の思い込みに振り回される人生です。
それは自我の人生であり、心のやすらぎは永遠にありません。

自己信頼というのは、言葉を超えています。
信頼という意識さえありません。
信頼という意識がある間は、まだ思いの世界でしょう。
自分の深い意識は自分そのものですから、信頼するもしないもありません。
信頼以前なのです。
自分自身なのですから。

自己信頼という表現は、言葉の綾です。
実際は、信頼そのものという感じで、意識的に信頼している訳ではありません。
ほとんど無意識ですね。
一体なのですから。
それが自分の中に在るということでしょう。

早く自己信頼という言葉がいらなくなるようになるといいですね。
そんなことは当たり前で、今更言うまでもない。
そういう時代が、やがて来るでしょう。
その時までは、いろいろホームワークに参加して、自分自身を思い出すということでしょうか。

精神世界に限って言えば、特に新しい知識を入れる必要はありません。
自分自身の中にすべてがあります。
自分自身と一緒にいて、深く深く感じればいいだけです。
このサイトで書かれていることは、知識ではありません。
ですから、覚えても何の意味もありません。
ただ、自分自身に気づくきっかけに過ぎません。

毎日毎日、膨大な文章を書いているのは、ただ自分の中にすべてがあるということを言っているに過ぎません。
それがわかったら、別に日記を読む必要もないかもしれません。
自分自身と一緒にいれば、すべてはひとりでにわかってくることです。
自分と居切れさえすれば、別にこの日記を読む必要はありません。
自分自身で何でも学べます。
ただ、迷った時は、たまに読むのもいいかもしれません。

外側のものに頼らなくても、自分の中にすべてがあります。
外側のものは、きっかけに過ぎません。
内側のものが輝き出すためのきっかけです。
必要な間はそれを活用すればいいでしょう。
でも、ベースはしっかり自分自身に置いておきましょう。
そうでないと、いつまでも外側のものに振り回されます。

自分ベース。
事実ベース。
自分と一緒にいて、自分を見守り、自分を深く感じる。
その先に、自己信頼を超えた自己信頼が存在するでしょう。


『何であれ 自信は自我の 拠り所 裏切られると すぐに傷つく』

『自信こそ 自分支える アイデンティティ 自信崩れて 自分も崩れる』

『過去ベース 自信ベースで 生きるのが 自我の人生 苦しみの道』

『競争と 比較と評価 優劣に 揺れる心に やすらぎはない』

『揺れ動く 自信の元は 優越感 人に劣れば 自信喪失』

『人の世は 一喜一憂 喜怒哀楽 自信と不安の シーソーゲーム』

『一代で 天下を取った 秀吉も 死ぬ間際には 自信喪失』

『青い鳥 探し求めて さまよって 行き着く先は 自分の内側』

『永遠の 心のやすらぎ ほしいなら 自分の中に 求めるしかない』

『しっかりと 自分ベースで 生きないと 振り回されて 終わる一生』

『しっかりと 自分自身に フォーカスし 自分自身の 人生生きる』

『外側は 無常の世界 色の海 色の世界に やすらぎはない』

『移りゆく 四季(色)の世界を 愛でながら 空の次元で 色を楽しむ』

これが522日目の心境です。







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Last updated  2006.06.07 16:54:00
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倒れました!!  
たろうくん さん
今回は、ワークに参加できませんでしたが、
kimiさんの最後のお言葉に、自分の意識との違いに気づき倒れたままです。
(う~~!当分起き上がれそうにない。。。)

>外側のものは、きっかけに過ぎません。
>内側のものが輝き出すためのきっかけです。
>必要な間はそれを活用すればいいでしょう。

”きっかけ”だということは感じれていましたが、
それを必要なときだけ、”活用”すればいいのか~!!
(そうか~~!!活用だったのか~~!!_(_”_;)_バタッ) (2006.06.07 21:29:02)

人生の四季  
えっちゃん さん
>『移りゆく 四季(色)の世界を 愛でながら 空の次元で 色を楽しむ』

人生も、俳句を読むように、推敲しながら楽しむ世界なんですね。
空の意識で読む俳句。

思い込みや執着をそぎ落として、そぎ落として、
シンプルな本質を読む俳句。

まだまだどっさりの想いに、どう削るか推敲中の私です。

(2006.06.07 23:28:31)

寄り添ってみます。  
きらきらハッピー☆ さん
はじめましてです。

自己信頼
ありのままの自分自身に寄り添ってみます。
今までは、勇気のない自分を否定していたように
思います。
でも、そんな自分自身も大切な自分なのだから。 (2006.06.08 01:41:04)

やさしく見守る  
Y@soleil さん
Kimiさん、どうもありがとうございました♪

自分自身をゆっくりやさしく見守ってあげたいと思います☆
(2006.06.08 06:15:57)

ありがとうございました  
keiusakichi  さん
遅れましたが、ワークに参加させていただきありがとうございました。
わかりやすいように説明下さり、感謝です。
自分の内に『アル』ということが解り、安心しました。
日々の生活の中に、真理を見つけることができますよう・・・生きていこうと、あらためて思いました。
ありがとうございました! (2006.06.08 07:15:07)

ありがとうございました  
ホームワークは大好きです。
自分を真剣に見つめられます。
自分を見守る、見つめる という感覚が、私なりにですがよくわかります。

kimiさんがおっしゃるように 自分の中にすべてがあるのだ ということが
よくわかります。

信頼という意識さえないほどの信頼。
そういう信頼が 自分の内にありますね。
言葉を超えたところへワープすることができました。

ありがとうございました。

(2006.06.08 10:16:21)

Re:倒れました!!(06/07)  
光のkimi  さん
たろうくんさん

何でも活かして使うんだね。
つまずいたら、気づきのチャンス。
ただでは起きない。
囚われを一つ外して、軽くなる。
内側を輝かせる材料には事欠かない。
みんな感謝して、活かして活用すればいいだけだよ。

(2006.06.08 15:09:52)

Re:人生の四季(06/07)  
光のkimi  さん
えっちゃんさん

あの~
一般的には、三十一文字は、俳句とは呼ばれていないと思うのですが。
日本の伝統的な呼び方は、短歌、もしくは和歌ですよ。

俳句の方が、短歌より難しいですよ。
短いし、季語がいるし。
俳句は、基本的に叙事的で、情景を詠むものが多いですね。
短歌は、叙情的で心情を詠むものが多い感じです。

このままいくと、年末には1500~2000ぐらいの短歌ができそうです。
歌集ができる?
写真和歌集がいいかな・・・

(2006.06.08 15:24:18)

Re:寄り添ってみます。(06/07)  
光のkimi  さん
きらきらハッピー☆さん

そうですね。
自分自身と一緒にいるといいですね。
自分を否定しても、自分からは逃げられませんものね。
この辺で年貢を納めて、自分に正直に生きるよりないかもしれませんね。
結局は、それが一番楽に生きれる道ですから。
真実に続く道でもありますね。

一時の痛みを恐れて自分を直視しないと、痛みが長引くことになります。
一時の痛みを超えれば、そこにはやすらぎが待っています。
やさしく自分を見守りながら、自分と一緒にいてください。

(2006.06.08 15:33:52)

Re:やさしく見守る(06/07)  
光のkimi  さん
Y@soleilさん

ハーイ、いつも自分のペースで、落ち着いてやればいいですよ。
焦らない。
周りを気にしない。
常に自分自身にグランディングすることですね。

(2006.06.08 15:35:26)

Re:ありがとうございました(06/07)  
光のkimi  さん
keiusakichiさん

常に自分自身を感じながら過ごされるといいと思います。
自分の深い意識を常に意識していることが、自己信頼へ繋がる道でしょう。

(2006.06.08 15:41:39)

Re:ありがとうございました(06/07)  
光のkimi  さん
ぴあの@サファイアさん

ホームワーク大好きぴあのさんへ、今日もまたホームワークがでました。
ハイ、楽しんでください。
楽しみながら、深まっていくといいですね。

(2006.06.08 15:45:37)

そぎ落とす・・・  
えっちゃん さん
そぎ落とすということを強調したくて、俳句と言いました。
でも、
>俳句は、基本的に叙事的で、情景を詠むものが多いですね。
>短歌は、叙情的で心情を詠むものが多い感じです。

叙情的、心情的には、短歌ですか。

kimi和歌写真集ができるのですか?
楽しみですね。 (2006.06.10 23:48:49)

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難しいね?@ 人はなぜ生まれてくるのですか その答えを探すためでわ?
emi☆@ タイムリー 先週、ちょっとしたことがありました。 …
風の彷徨者@ Re:そうだったのですか ぴあのさま そういう事情だったのですね…
ぴあの@サファイア @ Re:あれれ??2(06/13) 風の彷徨者さん >今見たら元に戻ってい…
風の彷徨者@ あれれ??2 今見たら元に戻っていました。 こちらのP…
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