INFINITY

INFINITY

道連れ


掠れた高い妙な音程で。壊れた楽器みたいに何度も。
深夜の明かりもなく暗く狭い台所の床で寝そべって。
カーテンも閉めていない窓のかすかな月光だけが彼を照らす。
大好きだよ。
へらへら笑いながら彼は耳元でそう囁く。
ふらふら足元は確定せず、ひらひらと掌を楽しそうに振り
見詰めて遊んでいる。瞳には活力が無く、呼吸はゆっくりで深い。
上手く力の入らない掌にやる気なく力を籠めつつぼくの胸付近の
シャツにしがみ付いて皺を付ける。
大好きだよぉ。
間延びした様なフザケタ声で。心なんて篭っていないのに、
想ってなんていないくせに、彼は簡単に何回も繰り返し口にするのだ。
ぼくの心が壊れていくのを愉しんでいるかのように何回も、何回も。
猫みたくじゃれ付いてぼくの顔を舐めてきた。そのついでともいうように
軽くぼくの唇に触れる。酒の味。ぼくの顔が歪んだのが嬉しかったらしく
彼は何度もぼくに口付けてきた。唇を割り開き歯溝をなぞり舌を絡める。
甘いような、熱いような…それはお酒のせい。くさいよ。あっちいって。
大好きなのに、大嫌いだ。当たり前だ。何故愛した?堕ちると知って。
それでも猶、今も猶。堕ちると知りながら今も、今も、今さえも。
離してお願い、触らないで、もう何も云わないで。
へらへら彼はぼくの膝に頭をのせてごろごろと喉を鳴らす猫の如く
幸せそうに(そう演じているのか)自分をなくしてしまったみたいに
プライドなんて無い人みたいにぼくに擦り寄り身体を預ける。
ぼくにどうしろと?
そっとぐしゃぐしゃの頭を撫でて髪を整える。せっかく整えても
彼はまたぼくにじゃれて頭をぐしゃぐしゃにする位擦り付いてくる。
酒には、水、かな。正気になるかな。否、正気か。
水欲しい?
なるべく笑顔で訊こうと思ったのに抑えている感情が半分出てきて
ほぼ無表情に冷たく問うぼくの声。
その問いに応えるように嬉しそうに一声鳴いた飲んだくれ。
コップの水を掲げて見せると彼は甘えたように口を開く。
口移しで欲しいの?
良いよ。
ぼくは勢い良くコップの水を口に流し込み、軽く含んで、
思いっきり吹き掛けた。
一瞬硬直する彼。見開いた瞳に垂れた滴が入って痛痒そうに彼は目を擦る。
遠くで思い切り投げてしまったガラスのコップが割れる音がした。
コップからまだ少し残っていた水が床の面を伝って広がっていく。
暗い部屋の窓の隙間からかすかに入ってくる月の光りがその水を
輝かせ、ぼくは虚しさを感じる。
結局。
片付けるのはぼく。後始末はぼく。お世話はぼく。お守りはぼく。損するのはぼく。
彼は疲れたのか、睡眠欲に負けた猫の様に唯静かに寝床に戻る。
音もなく、しなやかに、ゆるやかに、何も無かったかのように、丸まって。
莫迦にするのも―。
怒りにも似た、悲愴な感情が涙となって頬を伝う。泣きたくなんかないのに
泣きたいんじゃないのに、泣く筈なんてないのに。
行き場の無い憤りが胸の中を悶々と駆け巡る。それは重くこれから雨を降らせる
雨雲のように暗く重く圧し掛かって心の空を覆い尽くす。
晴れは来ない。虹は出ない。雪とかじゃない。
永遠に雨は降り続きぼくを浸して溺れさせて堕ちるんだ。
びじゃびじゃに地面はぬかるんで足を取られてぼくは動けなくなって其の侭沈むんだ。

哂えた。
酷く。

朝は来ない。だって闇の中。光りはありません。だって闇の中。
青白い肌のぼくに闇の中は酷くお似合いの場所だと自分でも想います。
シュクフクをありがとう。アイシテクレテありがとう。

ほら、貴方も道連れだ。



*************************
あーまた病的な狂愛。純粋に凶器、狂喜、故に残酷。
エドワードさんが飲んだくれで猫化する話(ん?

名前候補に挙がったもの:道連れ、雨雲、闇の中、飲んだ暮れ、酒、猫

迷ったんだよなぁ。

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