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助けたいそう思った でも 自分の器は自分の為に在る今はねそう言い聞かせる
2026.05.02
新たな時代自由それが常識 自由になるって自分で決める事意外にもこれができない人は多い自由になるためにはやはり不自由が必要だという事
2026.04.12
二番煎じでは勝てない薄い味が最初の一口こそ味わい深いんだ何もない人間がどうするかってもう自分の道をひたすら掘っていくだけだ
2026.04.01
本当の自分を探すどうして探す必要があるんだ?だって自分の事を扱えるのは自分だけだとこの年になってようやく気付いたんだから遅くない遅くないいややらなければいけないんだそれが本当の使命なんだ本当の自分を探す本当の自分を探す
2026.03.30

人生で初めて膝に違和感を感じていてああこれはもう若くないんだなという天からのお告げが来たなとだから何かができないという事ではなくだから今日という日を大切にして後悔する事なく生きろと言われているんだと
2026.03.05

息子は過去の自分が作った生き物だから未来を生きようとしている息子にいつまでも過去を投影してはならないもう彼との時間が終わっている事を自覚できる事それが母それが愛
2026.03.04

今日 有名な神社に行って確信した。神は外にいるものではないと。自分の内側にいるのだ。自分を信じる事。それがただ一つの神だという事を。
2026.02.22

中国の李青曇という人物256歳まで生きたというそれが本当かどうかはわからないでも人間は何かを超越した生き物だと思う何か希望が何かある何かきっとそんなふうに思わせてくれるのではないか
2026.02.22

人の為に生きるということそれは自分の為にいきるということだ今私は静かになる静かになってその真実をじっと見つめる
2026.02.22

自然って凄い 表情を様々変えるから世界でたった一人の自分だの世界なんと贅沢な
2025.10.26

2025.10.22

美しい朝灼け
2025.10.13

皆さんお久しぶりです。久しぶりの楽天ブログです!今はnoteの方がメインになっております。しかし、時々ここに戻ってくると、故郷に帰って来るような気もちになります。最近は、ひんやりと感じる日も増えてきましたね。あんなに暑かった夏も【のど元過ぎれば*暑さ*忘れる】皆さんもどうぞご自愛くださいませ。
2025.10.09

皆さんこんにちは。今日は「音声配信をやってみて」というテーマで綴ってみたいと思います。最近、始めたスタエフという音声配信。とっても充実しています。そんな中、このブログや他のSNSとリンクさせたりする人も結構いるんだけど、私はリンク付けはしません。なぜなら、文章を書くのと、音声を配信するのとでは、かなりの温度差があるからです。文章の方は、やはり時間がかかる割に、感情を伝えるというのはなかなか難しい。同じ内容を伝えるとしても、文章の方はちょっとしたスキルが必要かもしれない。それは読み手は文字だけで、書き手の心の機微を察知しないといけないからです。だから書き手は、ある程度の語彙力と、言葉の深さで伝えることは重要になってきます。ところが、音声配信というのは、声に自然と自分の感情が乗っかっていきます。それは言葉だけでなく、声の大きさや声の質、また話す速さやトーンなどで、ある程度、感情がわかるからです。そういった意味では文章で伝えるより音声配信の方が、自分のパーソナリティーを伝えやすいものとなっています。だから私は、両方を使いわけることにしました。そして、自分の音声配信を聴いていると、なんだか自分が話しているのではないような気がするほど、自分の声が自分の声じゃない気がするのです。そう、音声配信。それは正に、自分を知るためのツールなのです。うってつけの「メタ認知」ツールです。私がやっている「スタンドFM」は、審査制ではないので、誰でも、いつでも配信することができます。もし、まだ自分の事が良くわからない方や、自分を知りたいとか、自分は何のために生きているんだ、など、人生に迷いがある方には、音声配信はおすすめのツールです。私は、音声配信の自分の声を聴くたびに、本当の自分ではないような気がしてしまいますが、これが、本当の自分なんだと、改めて思うのです。そして、ああ、自分はこれまでの人生で、こんなにも自分の事をわかっていなかったんだと、思わざるを得ないのです。でも、ずっと気づかないまま人生を終えるよりは、知れただけでも良かったのです。自分を知るという事に、遅いという事はないのです。音声配信は、それほどの自分を俯瞰させてくれる有難いツールとなっています。自分を知り、自分を上手に使い、自分を高めてあげられるのは、そう自分自身。そんな自分を応援してくれる、音声配信。まだやったことがない方、新しい事をやってみたい方、自分を知りたい方には、おすすめのツールです。そんな訳で、私は音声配信とブログは、違う二人の人間として扱い、使い分けたいと思っています。文章も頑張るぞ!良かったら、皆さんも是非、音声配信、チャレンジしてみてくださいね。それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように🍀
2025.03.23

皆さん、おはようございます。今日は「今がすべて」というテーマで綴ってみたいと思います。フルタイムで仕事を始め、最近では家庭と両立できない自分に悩んでいる。また悩んでいるのか、と思われても仕方ない。そんな理想的な度量ではない自分に、ほとほと気づいているというのが、現状だ。夫とも冷戦状態だ。それが私。もうそんなことを何回でもやってしまっている。もう疲れたよね、仕事。50代になってまでって何かを追いかけるのって心のどこかで叫んでいる自分がいる。そんなにしてまで何を求めているのだろうって。日本に産まれて、ずっと途切れずに食べ物があるって言うだけで、結構幸せなんだよねって、もう心のどこかで思っているんだ。自分を見失ってまで、何かを求める人生。その何かなんて永遠にやってこないって、わかっているんだ。自分の中にしか答えがないことももうわかっているんだ。そしてただ何気なく過ぎる、誰にも触られない時間が、どれだけ美しく貴重であるかが、本当にわかって来たんだ。かなり遠回りしたよ。でもいいんだ。過去がどうであれ、今がすべてだという事もわかって来たから。
2025.01.26

皆さん、こんばんは。今日は「最近欲しいと思った物」というテーマで綴ってみたいと思います。子供も成長し、やっと自分の時間ができたな、と思う今日この頃。仕事はほどほどで良い。有難いことに、介護の仕事は、何だかんだで採用していただけ、なんとかお給料をいただいている。とりあえず生きていけそうだ。ただ、職場とか組織が苦手だ。人が嫌いでは決してない。むしろ好きだからこそ、なんだか人の嫌な面やずるい面が見えてしまう職場に、失望してきた。でもさすがにもうそれも、50も過ぎると、どうでも良くなってきたというか、段々とそういう事に、興味が薄れてきたのかもしれない。人は完璧ではないし、そんな事より楽しむことの方が大切だ。そしてお金も大事だが、それ以上に大事なのは、時間だ。自分の時間を充実させたい。後、自分の体を大切にしたい。疲労を回復させたい。もうそれ以上、自分の人生で望むことはないかもしれない。そうそう。それで、最近欲しいと思った物がある。それはAIロボットペット。かわいがると懐いたり、声を出したりするらしい。動いたりするものまである。値段も手頃からちょっとお高めまで、色々だ。本物のペットさながらに懐くAIロボットペット。一人の時間も、そんなAIロボットペットペットと過ごすことで、更に充実するんじゃないかと思った。これまで欲しいものを欲しいと言った事があまりなかった私。こうやって文字おこしし、可視化すれば、もしかして叶うかもしれないと思って、ここに綴っている。このブログが、そんな私の小さな夢の懸け橋になることを信じて。AIロボットペットわが家へおいで!!
2025.01.23

皆さん、こんにちは😊今日は「心臓が口から飛び出した」というお話をしたいと思います。先日の仕事中、食事介助の時でした。私がある方の食事介助していると、その方の顔色がみるみるうちに真っ青になっていきました。これはヤバい!私はすぐに、近くにいる他の職員さんに、ナースを呼んでいただき、吸引機で詰まった食べ物を吸引してもらいました。なんとか一命を取り留めました。その方はかなり嚥下(飲み込み)が悪くなってきている方で、いつどうなってもおかしくない方なのですが。しかし耳は聞こえるようで、こちらが耳元で「お口開けてください」声かけをすると、口を開けてくれたりするので、その日も普通に食事介助をしていたのですが…。ちょっと油断したかもしれません。この顔(唇)が真っ青になっている状態、これを「チアノーゼ」と言います。命の一刻を争う状況です。その後、処置をしていただき、顔色も戻り、なんとか命をつなぐことができたのですが…。しかし、心臓が口から飛び出す、というのはこういう事かなと思うくらい、焦りました。久々の誤嚥を経験しました。仕事上、仕方のない事なんですが…。もう、メンタルへの負担がヤバすぎるのです。本当にもういいかな、介護。セカンドライフはもう、自分のために生きたいと、本当に心から思う出来事でした。
2025.01.21

皆さんこんにちは。先日、社内で新年会があったようだ。当然、私も誘われたが、遅番からの次の日が早番という事で、次の朝が起きれるか心配で、丁重にお断りをさせていただいた。まだまだ慣れない仕事の中で、疲労がたまっている今日この頃。自分の疲労回復に必死な私だ。だから申し訳なかったがお断りした。しかし…。その真実とは別に、そのシフトは、新年会を断るのには超絶ラッキーな理由だった。もうここまでくると、職場の人間関係には懐疑的だし、夢も希望も抱いていない。とにかく、どこに行っても、人の悪口というのは職場のコミュニケーションの道具になっている。それが世の真実だ。しんどさを、誰かや何かのせいにしたいだけなのだ。そしてそのターゲットは大体が変わった奴らなのだ。ミスが多い人間、コミュニケーションが苦手な人間、偉そうな人間などなど…。そもそも仕事というのは、何かを生産をし続けなければならない。そのサービスは、有形、無形、様々だ。だから生産できる人が、自然と優越感に浸れてしまう仕組みなのだ。私と言えば、いたって普通だ(と思う)。そんなにできなくもないし、すごくできるという事でもない。どちらにもつけない私は、単なるその他大勢だ。だからその上下関係や権利争いには、外野で見ていて辟易する。しかし50も過ぎてくると、それが体にきつい。猛毒以外の何物でもない。だからそれをデトックスする方が大事なのだ。そんな自分は、一人の時間こそが、自分を取り戻す時間だ。だからそんなの呼ばないで、そっとしておいてくれというのが私の本音だ。ただの新年会に何か思惑を感じる自分は、相当末期症状かもしれないが(笑)もう50過ぎた。だから私は立場的に底辺で良い。そして若い人、もっと頑張れ!若い人達、心の底から期待しているよ!若いんだから何でもできる、絶対!もう私は子育ても終わったんだから、今度は自分を守らなければならない。だから仕事を業務時間以外に使う事だけは、絶対にしたくない。プライベートを充実させる。仕事の猛毒をデトックスする。これが今後の私の人生の目標だ。今後プライベートの時間は、移動と温泉に費やしてみる。それをここに記す。そのために仕事は必要なんだけどね。そんなこんなで、こんな私を雇ってくれてありがとうという気持ちも沸いてきた。だから仕事をする。でも大切なのは、自分だ。自分のために仕事をするんだ。でも、本当は、誠実な人が報われる、そんな世の中になってほしいと、心のどこかではわずかな期待もある。そんなことを期待するのはやめた方が良いと、わかっているのだけれど…。今日は毒を吐いてみました。嫌な自分を見せてしまいました。たまには、許してください。本当は傷つきたくないだけかもしれない。ま、気持ちを入れ替えて!仕事頑張るぞ!最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございます。貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございます。今日も皆様にとって素晴らしい一日でありますように🍀
2025.01.13

皆さんおはようございます。休み明けです。ちょっと倦怠感が(;'∀')しかし!仕事ができるという事は幸せな事だと自分に言い聞かせ、とりあえず無理せず普通に仕事できれば良いかなと思います。当たり前の事のようだけどそれが幸せなんだと思う。そんな今日を迎えられたことに感謝して…。お仕事頑張って来ます~!
2025.01.11

皆さん、おはようございます。今日は、タイトルの「生きることはこの世で最も稀な事であり、人はただ存在しているだけである」という言葉を、偶然にも今朝、知りまして、朝から衝撃を受けています。ちょっと調べてみたいと思います。これは19世紀後半にイギリスの作家、オスカーワイルドが言った言葉です。恵まれた幼少期から青年期。そしてオックスフォード大学で文学を学び、芸術活動をしていました。 ところが晩年は同性愛を理由に投獄され、2年の懲役後、フランスに移住し、貧困の中で生涯を終えたという。この方言葉がいつ言われたかという事はわからないようですが、オスカーは華麗な時代から、一貫して人生の虚無や矛盾を鋭く批判し、個人の価値観の重要性を説いていたようです。しかし、自分の好きな事をやるだけの人生などないなどとも説いているようです。この言葉の意味は、社会の期待に応えるばかりでなく、自分の心の声に従って自分らしい人生を生きることの大切さ未来ばかり考えず、過去を悔まず、今この瞬間を精一杯生きる事物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさや美を追求することワイルドはそんな事を私たち一人一人の心に問いかけ、自分の人生を深く考えるきっかけを与えてくれています。栄枯盛衰を味わったワイルドの人生は、私達に、ただ今日という日を大切に生きるように言ってくれているような気もします。皆さんはどう感じたでしょうか?それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように🍀
2024.12.30

皆さんおはようございます!昨日からこのブログのデザインを新しくしてみました。すると!ワンちゃん可愛い!特に犬好きでもない自分が、適当に選んだワンちゃんでしたが、超お気に入りとなりました。そしてブログタイトルもちょうど良く当てはまっていて嬉しい!デザインを変えるだけでこんなにもテンション上がるなんて!とても気分が良くって今日は特に何もないんですけど、嬉しかったのでこの記事を書きました。いつもと少し違う事をやってみると、意外にも嬉しいことや、新しい情報や新しい世界が見れる。これ、ホントです。皆さんもぜひ小さなことからやってみてください☆彡それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように🍀
2024.12.28

皆さん、おはようございます。今日は「53歳になって成長を促された話」というテーマで綴ってみたいと思います。新しく入った会社は、紹介予定派遣というシステムで入社しました。システム的には、入社後3か月経過で、紹介した派遣会社の方に、会社から手数料が入るという仕組みです。で、その派遣会社の私を担当してくれた子が、とても良い子で、しっかりと仕事をしてくれました。ですので、彼女のためにとりあえず3か月は続けようと思っていました。そんな中、毎日死に物狂いで頑張っていました。しかし!53歳の肉体って思った以上に動かない!人は自分の事を過大評価するって本当の話でした。私もかなり自分を過大評価していた事がわかりました。そして頭も追いつかない!(笑)業務を忘れる確率50パーセントくらい(笑)だからメモを取る事は必須中の必須です。そんな中で必死に業務をこなしていました。自分に対して、軽くハラスメントやいじめのような事も起こり始めています。しばらくすると疲労が蓄積し始め、私は段々とくじけそうになっていました。それは自分のこれまでの人生をも否定するかのような感覚でもありました。自己肯定感、爆下がりです。眠れない日々が続きました。そして限界を感じた私は、ある時、担当の子と運営側に、そのことを相談してみることにしました。すると、担当の子からかえって来た返事は、ざっくり言うとこうでした。「あなたのこれからの成長を期待しています。」うむ、ちょっと待って!もう53歳なのに、成長って…。しかも介護と言う、3Kで命がけの仕事で、10年近くも携わってきて、ある程度は経験を積んだつもりなのに・・。この期に及んで成長を促されるって…。本当に、正直、もうお腹いっぱいという感じです。はい、しかし!これは自業自得な話なのです。これは中途半端に生きてきてしまった私への罰でもあります。社会というシステムをきちんと理解していないと、こういう事になるんだな、と思います。思い知らされました。もう骨抜きです。人生100年時代、人生後半では、社会の中で、みじめな思いを感じる事が増える可能性があります。もうそれは仕方のない事なんだけれども、とにかく、世の中を変えることはできないので、自分で自分の身を守る事を、まずはしっかり考えて行くのです。当たり前なんだけど、ともかく社会や人を変えることはできない事を肝に銘じ、自分を最優先に生きるのです。自分を大切に。自分を大切に。自分を守れるのは自分だけ。人を信じる前に自分を信じる。健康に気を付ける。それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように🍀
2024.11.18

皆さんおはようございます。今日は「人に頼り過ぎていた」というテーマで綴ってみたいと思います。これまで人生に自信がなかった私は、その不安を周囲に押し付けてきたかもしれません。今となっては、申し訳なかったと思います。もちろん私自身は、迷惑をかけているなんてまるで思っていなかったのです。最近、社会の厳しさをもろに受けている私は、当時の自分のような他者に依存する人達に出会うにつけ、その人達に対して、当時、それをわかっていなかった私の姿を思い出し、「ああ、あの時の私もこう思われていたんだ」と気づき、その人達から時間を奪っていたんだな、と。そしてそんな私の不安に付き合ってくれた人達に、心から感謝の気もちが湧いたのです。しかし昔はただ単純に、人が自分より何でもできるように見えていて、誰かに聞けば何かを教えてもらえると思っていました。それから何も知らない自分も、世の皆さんに、追いつきたいと頑張ってきたところ、この頃見える景色が違ってきました。それは、様々な人に意見を聞いたり、悩みを相談したりしてきても、皆がそれぞれ違った解釈をし、むしろ余計に迷ってしまうという事です。ところが最近ではそれを、インターネットで調べることができる時代になりました。本質的なことは、むしろネット情報の方が正しかったりすることがわかってきました。というのは、人は自分の都合の良いように物事を解釈し、その記憶を自分の良いように書き換えているという事に、段々と気づき始めたからです。多分それは、何か3次元的な事象には、明確な解はないという事かもしれません。なのに、常に私は誰かにその解を聞いて回っていたということでしょう。それは答えがわからないはずです。そして世の中は、経済で成り立っています。それを基に人と接していないから、人間関係がおかしなことになるのです。例えそれが真実とは違っていたとしても、表面的だったとしても、偽りじゃないかと思っていたとしても、社会が経済を基に動いていると理解しなければ、どんどんとおかしなことになっていきます。そんな事が段々とわかって来たのです。時にまともなことを言えば言う程、それが捻じ曲げられるという理不尽も、良くある話なのです。それは経済を基に世が動いている証拠だとも言えます。そしてこれまで私は、経済とは真逆の思考や行動をしていたのだと、つくづく思います。だから貧乏だったのです。これまで、子育てがメインの人生を送って来たことは、もう言い訳にしかすぎません。しかし、じゃあどうしていこう!というのが私です。まだ諦めていないのです。皆さんはどう感じたでしょうか?それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.10.18

皆さんこんばんは。今日は先日の続きで、「年長者に対する苦手意識を克服した話③」となります。前回の話は、仕事中に体調を崩し、現場に穴をあけることとなった私が、数日後、病み上がりに、お局様に挨拶に行ったところ、「うわっ」と言われ、「しっしっ」っと追い払うようなジェスチャーをし、一歩引かれてショックを受けた、という話をしました。今日はその続きです。若い時でしたら、そんなお局の対応に、ショックで立ち直れなく、それ以降、お局様とは会話ができなくなってしまったのではないかと思います。普通は、そんなその方のジェスチャーに、自分の尊厳を傷つけられたわけですから、もうそれ以降、無視を決め込みたくなるところでした。ところが現在はアラフィフの私です(笑)。数日後、私は気持ちを切り替え、そのお局に、「頭を下げて仕事を教えてもらう」というチャレンジをしに行ったのです。それはもう、自分の仕事に対するプロ意識みたいなものだったと思います。それができないと次の仕事にならないわけですから。そうしたらですね、そのお局は、意外にもあっさり仕事を教えてくれました。私が頭を下げたのが、功を奏したのでしょうか。そんな訳で、今回、昔からずっと苦手だと思っていた、気が強くて、自分の我流で、人の話を聞かないお局を、克服したのでした。その理由は、ただ一つ。逃げないで向き合ったからでしょう。このような経験をして、私としても、恐れずに果敢に挑んでいく自分を、段々と好きになってきました。これは自己効力感が上がったという事でしょう。ともかく、そういった方には、自分のプライドを捨てて、上手に立てていくしかない。しかし、おかげで自己効力感を得られたのです。結果的には、自分のためになっているという事なのです。今日は「年長者に対する苦手意識を克服した話③」でした。苦い経験でしたが、この経験が、私の年長者の対する苦手意識を克服させてくれました。苦手な人には、実は成長させてもらっているという事は往々にしてあるのです。それでは最後までお読み下さり、ありがとうございました。それでは皆さんの人生が幸せでありますように。
2024.09.30

皆さん、こんばんは(o^―^o)段々と日が短くなり、やっと秋の兆しが見えてきましたね。それでは今日は、「年長者に対する苦手意識を克服した話②」というテーマで綴ってみたいと思います。昨日書いた記事は、新しい職場には苦手なタイプの年長者がいて、それを克服したことを示唆するような内容になりました。というか、書いていたら長くなりそうだったので、①と②と➂で分けることにいたしました。もったいぶってすみません(笑)。どうかお付き合いいただきますよう、よろしくお願いいたします。そんな訳で、組織に長い間在籍するお局様。すっかりその人の我流になっていて、困ったことにその人がいなくなると、現場が回らなくなっています。そんな現場は、どこの組織にでも良くあることだと思います。今回新しい会社で出会ったお局様。ある猛暑の日曜日、私はその人に仕事を教えてもらう事に。彼女は、入社5日目の私に容赦なく仕事をぶちこんできます。振り返る間もないほど矢継ぎ早に、正論的な事を言っています。ところが、それらは順序だてられていないために、どっちらかっています。どんどんと彼女のタイミングで豪速球を投げてきます。それはストライクだけではないため、こちらが受け止めきれない状況になっています。次第に私の脳内は混乱し始めます。そんな中、午前中も終盤に差し掛かると、一緒に動きまわっている私の体に熱がこもり始めます。水分を摂っても摂っても何か足りないようです。段々と頭痛がしてきました。次第に寒くなってきました。頭痛がMAXになると、今度は吐き気がしてきました。お昼になりました。昼食はうどんが出ました。ところがそのうどんを見た途端、更に強い嘔気を感じます。トイレに駆け込み、便器とにらめっこが続きます。最終的に午後は仕事にならず、タクシーで休日診療にかかり、「軽い熱中症」という診断が出され、点滴を打って戻ることになりました。入社したばかりで慣れない環境、蒸し暑い日々、そこへスピードだけで方向は色々な超剛速球が投げ込まれ、私の体は悲鳴を上げてしまいました。しかし、点滴治療のおかげで、二日後には元気に職場に戻れました。ところがその日、お局に謝罪の挨拶に行くと、なぜか、「うわっ」と言われ、私から距離を取り、「来るな」というようなジェスチャーをしたのです。私は一瞬、絶句しました。ただもうすっかりアラフィフになった私です。ああ、そうね、それが他人だし、それが世の中なんだと、意外にもサラッと交わすことができたのです。そんな彼女のジェスチャーも、若い頃のように、真に受けて傷つくことなく、翌日には綺麗に忘れている自分がいました。そんな訳で続きは、「年長者に対する苦手意識を克服した話➂」で綴って行きたいと思います。ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。皆様の一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.09.26

皆さん、こんばんは。今日は「年長者に対する苦手意識を克服した話①」というテーマで綴ってみたいと思います。最近、実に十数年ぶりに、会社員になりました。これまで夫の扶養家族として、子育てをメインに生きてきました。そして子育ての合間に、介護士として働き、何とか資格取得にまでこぎつけました。ところが体調不良に直面してしまいます。そこから介護職を引退し、フリーランスとして、様々なお仕事をしてきました。フリーランスになると、色々な所に顔を出すことができる事が楽しく、また自分の裁量で仕事を決められ、それが充実している反面、収入が安定しないという、一番大変な悩みを抱える事になりました。そんな訳で、生活のために、また再び介護の現場に戻ることとなりました。正直、また現場に戻るということは、既に現場ではどんなことが繰り広げられ、どんな状態になっているかという事がある程度わかってしまっている訳ですから、また同じ苦労をしなければならないという事も織り込み済みなわけです。その意思決定は、全て自己責任であるという事ですから、戻るという事にかなり抵抗がありました。しかし、やはり、自分にはこの仕事しかないのかも…という訳で、9月から相談員という肩書をいただいて、正社員として働いています。ちょこっとだけキャリアアップできた事が、何よりの支えになっています。次回は、そんな介護現場で、これまで特に苦手だった、年長者で、我流で仕事をする方々を克服し、自分に対する自己効力感が高まった話を綴ってみたいと思います。それではここまでお読み下さり、ありがとうございました。
2024.09.25

皆さんおはようございます。今日は「余計なお節介は最強」というテーマで綴ってみたいと思います。最近、知り合った方。ひょんなことで仲良くなったんだけれど、なぜか話が合う、と言うか。会話がスムーズにいくのです。彼女は私の言いたいことをうまく導いてくれているし、常に心のドアが外に開いている。多分彼女はコミュニケーションの達人なんだと思う。私はそういった人とこれまで、なかなか出会う事ができなかった。理由はただ一つ。私自身がコミュニケーションが苦手だからだ。ずっと前からそれを克服したいと思っていた。そういう人に出会いたいと懇願していた。だからそれが叶い始めているのだと思います。何かが良い方向に向かっているんだと少し思っています。そして…まず、コミュニケーションが上手な人って、シンプルに会話のキャッチボールが上手です。キャッチボールがスムーズなのです。そしてなんと言っても、相手の事に関心を持ち、質問や相槌を上手に入れてくれるのです。私 「昨日〇〇だったんだよね」彼女「そうだったんだ。でもどうしてなんだろうね?」私 「多分〇〇なんだと思うんだ」彼女「うんうん、わかるわかる… それって〇〇かもね~?多分大丈夫だよ。 私も〇〇なんだけど〇〇してるから。 なんかまた困ったら言って。遠慮せずに。 私も余計なお節介だとわかっているんだけどね(笑) 放っておけない所があるんだ(笑)」私 「ありがとう~泣ける~」例えば上記のような感じです。彼女の会話は一昔前には沢山いた、余計なお節介おばちゃんみたいで、それが鬱陶しいと思われる方もおられることと思います。ところが社会に出ると、自分に関心を持ってくれる他人は、ほぼいない事もわかってきます。そして現代の人間関係においては、知識やツールやノウハウでは補いきれない事も段々とわかってきました。そういった意味では、昔は彼女のような方々の、周囲への関心や細かな支えがあったからこそ、実は自分たちの暮らしが平和にスムーズにいっていたかもしれません。それは結果とか、数値とかで表せないし、タイミングが悪いと鬱陶しいと思ってしまうのですが、実はとても有難いことだったのです。そう、人間とは生身なのです。やはり人間を通してでしか満足できない生き物なのです。そして絶対的に言えるのは、「人は一人では生きられない」という事なのです。今、ここに生きているという事は、支えてくれている人が必ずいるという事なのです。この方と知り合った事によって、そんな事を思い、彼女に感謝の気持ちが溢れてきました。本当に知り合うことができて良かった。自分が大切にされているというか、そんな愛みたいなものを感じ、温かい気持ちになれた。ただ、もう大人なんでね、頼りすぎてはいけないけれど…。その後はちゃんとお礼をしなきゃです。返報性の法則、大事です。皆さんにも余計なお節介をする人がいたら、実はそれは物凄く有難いことなのだと思っていただきたいと思います。人生で自分に関心を寄せてくれるたった数人の貴重な人なのです。そしてお礼も忘れずに。ちょっと今日は余計なお節介でしたね(笑)そんなオチで終わりたいと思います。それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.09.01

皆さん、おはようございます。今日は「アラフィフ以降は若い人に伝えることのできる人になろう」というテーマで綴ってみたいと思います。最近、介護の現場に戻っています。ブランクを経て、少し感覚が戻ってきているような実感があります。それはそれで良いのだけれど、現場に入ると、若い人達のようにスピード感を持って動くことや、体力をキープすることの難しさも実感しています。しかしそれは恥ずかしいことでも劣っているという事でもありません。生理現象であり、自然の摂理でもあります。そんな中、それに抗うように若い人達と肩を並べ、自分も若いアピールをしていると、むしろ痛い人になってしまいます。そしてそんな時、有効になるのが「これまで積み重ねてきた経験や知識」です。長い年月をかけて頑張って来たことや、勉強してきたこと、経験による気づきなど、これだけは若い人にはない財産です。そして自分がただ頑張るのではなく、若い人達に希望を持って働いてもらえるよう、自分のこれまでの経験を細かく言語化し、それを若い人達に伝え、役に立ててもらえるように注力していきましょう。そのために、まずは言葉と知識をどんどんインプットしていき、必ずそれをアウトプットしていきましょう。情報源は本が間違いないと思います。そして、インプットとアウトプットはセットだと思って良いでしょう。知っていることをただ知っているだけでは宝の持ち腐れです。若い人達に伝えて、それを活かしていただいてやっとなのです。いつまでも現役選手でいられなくなる私達世代。上手に世代交代していくために、経験を言語化しアウトプットしていく癖をつけ、若い人達へエールを送ることのできる、そんな自分になっていきましょう。
2024.08.19

皆さん、おはようございます。今日は、「親子という特殊な人間関係」というテーマで綴ってみたいと思います。私には子供がおりますが、私自身が親との関係に苦慮したため、自分が子供を持った時に、子供との関係を構築するのに苦慮しました。人間関係においては、自分の育った環境の中で、周囲にモデルケースはなかったのではないかと思います。そんな中で子育てをしてしまって、本当に無我夢中、五里霧中でした。しかし、幼い子供と言うのは、親が神みたいに思いながら育ってしまいます。親を100%信じ切っているんですね。ここが中々大変な所です。そして自分が親になって初めて、その重圧に気づいたのです。そして色々頑張ってみるものの、そんな子供の期待に応えようとすればするほど、それが不可能だという出来事に遭遇するわけです。自分は大した人間じゃなかった、自分は人の気持ちを考えてなかった、自分は人のために生きれる人間ではなかった、自分は、一つの事しかできない人間だった、自分は寝不足だと精神的に不安定になる、などなど、子育てを通して知った訳です。子供には申し訳ない話しかもしれません。ただ、それを「無知の知」として、自分を知ることができた事は、誇りに思う事にします。そしてまだまだあきらめずに進むことにします。しかし今は成人した彼ら。これからは自分の力で、いくらでも何とでもなると思っています。そして、私の事はしょうがなかったと思ってくれることを期待します。なにせ、彼らの火事場の馬鹿力的生命力は、私譲りなのです。これが「親バカ」と言う世に通じない特殊な概念です。でもそれで良いのです。親は子供を100%信じることができる唯一の人間なのです。それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.06.26

皆さんおはようございます。今日は「へずまりゅうさん都知事選に立候補した事で感じた事」というテーマで綴ってみたいと思います。私はお恥ずかしながら、40代以降になって初めて選挙にちゃんと行き始めました。それまでの私は、子育てで忙しいとか、自分が一票を投じても、どうせ世の中は変わらないだろうという思いで、政治に信頼を寄せることはほとんどありませんでした。だから選挙には行ったことがありませんでした。不信感を抱いていた事もありました。それは子育てにおける社会環境です。私が子育てをしていた頃は、1990年代~2010年代の頃ですが、もうその頃には、女性も外で働きながら子育てをしている人がほとんどでしたが、明らかにそれに政治は追いついていなかったと体感的には思います。私の子育て中には、幼児と乳児二人の高い保育料(約55000円ほど)が生活を圧迫し、食べ物を買うのがやっとの生活でした。子供を病院に連れて行くのも、お金がない時は、熱は3日以上続いてから行くという時もありました。今思うと危なかったのですが(;'∀')離婚したこともありました。そして母子手当の申請に行くと、「国民の血税ですから」という、何かこちらが税金をせしめるかのような、悪いことでもしているかのような威圧感で、窓口の方に取り調べとも思える身辺調査を受け、やっとの思いで申請していました。そんな社会とは、子育てを応援してくれるどころか、「産んだ母親の自己責任だろ」と言われているようでした。それで今、このご時世ですから、少子化になるの当たり前だよなと、思わざるを得ません。今思えば、社会が少子化問題には、見て見ないふりをしているような時代でした。そんな子育てしにくい世の中で、政治には不信感しかありませんでした。(もちろん、自分に原因があることは大前提です。)そしてその原因の一つは何か?それは「男性社会」から、「男女共生社会への過渡期」への移行の中で、まだまだ子育てしたことのない男性ばかりが、政治の主導権を握っていた事だと言えると思います。当時の男性社会というのは、当たり前ですがほとんど「男性」であり、子育てをしたことがない人達ばかりでした。そういう人達が子育てを想像できるでしょうか?当然なんですが全くできないと思います。当時の夫にこんな事を良く言われました。「いい身分だなあ、一日中遊んでで」と。子育てが、女が家の中で子供と遊んでいるように見えたのでしょう。彼は子育てをほとんどしたことがないから、その様な事を言えたのでしょう。本当に苦虫をかむ思いでした。そんな訳で、子育てがどんなに大変かという事は、実際は子育てをしてみないとわかりません。もちろん、それは子育てだけに限った話ではありません。それをふまえた上で、今回のへずまりゅうさんの都知事選立候補を考えますと、圧倒的に色々な社会経験が足りないと言えるのではないでしょうか?自分の経歴や本籍地もちゃんと言えず、明確なビジョンなどがほとんどなく、自信がなさそうに見えた記者会見。それは彼の一般社会の経験値の足りなさを、物語っています。少なくとも、政治的に明確にできることをきちんとアピールできないと、人の心に訴えかけることはできないと思いました。むしろ、彼はyoutuberとして、自分のブランドを確立したすごい人なんだから、そちらを伸ばす方が賢明なのでは?と、余計なお世話ですね(笑)。しかし、社会においては、「身の丈を知る」って大事ですね。しかし、へずまさんの行動する勇気はリスペクトです。行動しないと何も変わらない。行動することで、初めて何かが変わっていく。すなわち、変えるためには行動するしかない。そんなメッセージがへずまさんから聞こえてくるようでした。また、今回こうやって、考える機会を与えて下さったという意味で、へずまさんには心から感謝したいと思います。それでは今日も皆さんにとって素晴らしい一日でありますように。
2024.06.07

皆さん、おはようございます。今日は、「どうして生きることが辛く苦しいのか」というテーマで綴ってみたいと思います。私もかれこれ30年近く、なぜ生きるのは辛いのか?と考えながら生きています。とは言え、大体の理由は理論上は解明しています。その専門家の本などを読めば大抵わかります。しかし勉強し、解ったつもりで、その本の内容のように生きてみようと思って、真似をしてみたりしても、なんだか違和感があって、違う自分を演じているように感じてしまうのです。で、ですね、そこが実は一番重要だったりするんですね。実はその「違和感」こそが、実は本当の自分だったり、スピリチュアル的に言うと「潜在意識」だったりします。それは本を一度や二度読んだだけでは全く効かないのに自分でも気づいていない無意識です。ところが、私たちはこの違和感に気づかないふりをして、社会の中で違う自分を演じている可能性が大きいのです。ところが実は無意識の方がかなり強力なんですね。これが違和感の正体です。しかし、違和感があっても続けないといけない理由は、ほとんどの人が「お金を稼がないといけないから」と言うことだと思います。稼がないと生きれないから辛く苦しくても違う自分を演じなくてはならないのです。しかし、自分は自分を大切に出来、自分を理解できる世界で唯一の人間であるからこそ、その違和感を無視してはならないのです。最近では私は、少ないお金でも生活できるコンパクトな暮らしで良いと本当に思います。もう沢山の物は一人では背負えません。そしてない物やできない事ばかりを追いかけると、それは「欠乏感」を生み、益々苦しくなっていきます。それが自分の人生を益々不幸にさせます。それが苦しみの正体です。であれば、それよりも自分を癒し、楽しませ、大切にしてあげる時間を最優先したいと心から思うのです。皆さんは、どのように考えますか?それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.05.08

皆さん、おはようございます。今日は「ブログでアウトプットで自分形成」というテーマで綴ってみたいと思います。このブログを始めて早1年半近くたち、読者の皆さんには心から感謝いたします。そして様々なことを綴らせていただく中で、後から読み直してみたり、修正していくと、「あれ?自分ってこんなことを思っていたんだ」と、ハッと気付かされることがあります。というか、その繰り返しだったかもしれません。当の本人が一番自分の事をわかっていないというのは、あるあるですね(笑)そう言った意味でブログの本当の目的は、「自分を知ること」なのかもしれません。ブログや日記とは、文字によって鏡のように自分を俯瞰して見ることができる「文字起こしによる自分形成」であると言えるかもしれません。そしてそれで読者様が喜んでくれるのなら、どんどん自分をさらけ出して、「winnwin」になれるって最高かもしれませんね。何にも恥ずかしいことはないのです。恥ずかしいと思っているのは自分だけ。読者の皆さん、すぐに忘れてくれます。そんなこともこの「ブログでアウトプット」することで、気付かせてもらったのです。皆さんも、ぜひブログでアウトプットしてみませんか?それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.04.18

皆さん、おはようございます。今日は、「音声発信をやってみた話」というテーマで綴ってみたいと思います。こうやってブログを書き始めて、早1年半近くたちました。おかげさまで読んでいただけたり、また私自身もメンタルブロックが外れ、文章も少しづつ書けるようになってきて、始めは出来なかったことが、段々とできていっていることに、気付かされます。これも画面の向こう側にいる皆さまのおかげだと、心から感謝申しあげます。そんなこんなで、自分の思いや経験を、今度は音声で発信してみようと思いたち、ラジオアプリをインストールし、初めて自分の音声を発信してみたのです。最初は、「自分の声ってこんな声だったんだ」という驚きと、不安ばかりのスタートでした。そして構成も何も考えずに一気に10分ほど話し、いざ、配信!そうしたら、なんと!初めての配信にも関わらず100近くの再生と、30近くのいいねと、2人からの温かいコメントと、9人のフォロワーができてしまったのです。私としては、まずは自分の声に慣れることと、恐れというブロックを外すことが目的で、最初は聴いてもらえるとは思っていなかったので、反響があったことにものすごく驚いたと共に、またこれまでにない大きな喜びを感じたのです。そして、この経験を通して、自分というちっぽけな存在だったとしても、その経験を伝えると、喜んでくださる人が必ずどこかに存在していること。そしてそれは全ての人にとって、紛れもない事実であるという事がわかったのです。私はこれまでずっと、「私なんかが…」と思っていました。ところが50歳も過ぎ、色々な人に感謝できるようになりたいと、また、時間は有限なんだと、心の底から感じた時、「本当にこれではいけない」と感じ、自分から行動をしなければと、強い衝動に突き動かされ、そして初めてのラジオ放送で、私の話す内容を様々な方々に視聴していただき、喜んでいただけたのです。そう、私たちは誰もが皆、山あり、谷ありの人生を送ってきた、人生スキルのプロなのです。そして、「私なんて…」などと思っている時間は、もう残っていません。だから少しでも、誰かや何かの役に立ち、悔いのない人生を送るために、自らの経験を発信するのです。なぜなら、それを必要としてくれる人が必ずいるからです。そんな訳で、ラジオ放送も、これから少しづつ発信していきたいと考えています。皆さんも、何か新しいことにチャレンジしてみませんか?それでは皆さんの一日が素晴らしい一日でありますように。
2024.04.06

皆さん、おはようございます。今日は「やり続けることの大切さ」というテーマで綴ってみたいと思います。かくいう私も、このブログをしばらくお休みしてしまったのですが、また復活させていただいております。読んでくださっている皆様には、本当に心から感謝いたします。復活させた理由は二つ、⓵継続することでしか上達しない②長く続けることでやっと皆さんに信用をしてもらえるという事があります。とりわけ私の場合は、文章を上手に書くことの重要性を感じています。ですのでコツコツと少しづつ文章を書きながら練習をし、皆さんのためになるコンテンツをお届けできるように、日々取り組んでいきます。また、私が少しづつ成長したとしたら、「自分にもできるかも」と思っていただける人が、一人でも増えて下されば、そんな幸せはありません。ここをそんな場所にできたら光栄です。皆さんにとって今日が素晴らしい一日でありますように
2024.04.02

皆さん、おはようございます。今日は「人に対して不安になるのは普通の事」というテーマで綴ってみたいと思います。あなたは今、不安ですか?私はほぼ毎日のように不安です。しかもそれは漠然としていませんか?何となく…。そして常に…。そしてこの「不安」をなくそうと思っていませんか?ところがこの「不安」というのは、動物としての生存本能として、標準搭されている機能だったんですね。例えば、シマウマはライオンを見ると、心拍数が一気に上がり一目散に逃げます。それは動物の本能として、生命の危険を回避しているんですね。これを、ライオンを仲間だと思って近づいて行って遊んだりとか、絶対ならない訳です。むしろこのように不安がないと、命を奪われることにもなりかねません。そして人間の場合は、他者と集団の中で、仲間を作って、成し遂げなければならない事があったりしますし、そこを「教育」や「経験」などによって、学んでいきます。そしてそれを成し遂げた時、喜びを感じることができる動物です。ところが、それでもすべての人を仲間だと思う事もなかなかできない訳です。仲間だと思えない人も大勢いるわけです。そんな時、本能として、自分の生命を脅かす(ように感じる)人や物事に対しては、不安が発動するようになっているのです。不安は標準装備として搭載されているわけですから、排除することもできません。ですので、まずはそれを受け入れる事が重要だったりします。そして不安を自分の中で「飼いならす」ことも重要です。そして皆さんに一番伝えたかった事は、不安を感じている自分を「自分がおかしいのでは?」とか、「自分は暗い」とか思う事だけは、絶対にしてもらいたくないという事です。自己肯定感を下げることだけはしてほしくないのです。あなたは何もおかしくありません。それはとても自然な事なのです。むしろ正常です。あなたは全然大丈夫です。そしてその仕組みを知ってしまえば、むしろ自分に与えてくれようとする人や、明るい人、思いやりのある優しい人、そのような人が周囲に一人でもいたら、それはとてつもなく奇跡的な事だと、感謝できるようになると思いませんか?そして幸せが循環し出すのです。それでは皆さん、良い一日を。
2024.03.29

皆さん、こんにちは。今日は「文章を書くことは心のお掃除」というテーマで綴ってみたいと思います。人は色々考えたり行動することによって、心や体に老廃物が溜まったりします。食べた物は便となって外に排泄されるように、心に思ったことも段々と溜まってきます。そしてそれを言葉で吐き出すことは自然な事と言えると思います。しかし、心や感情のような見えないものは、意図して吐き出さないといつの間にか溜まっていたりするのです。また、心や感情を吐き出すことを良しとしない、古い価値観があったり、恥ずかしいと思っている方は、まだまだ大勢いると思います。私もそうでした。最初は自分の気持ちを人に伝えるなんて怖すぎてビビッていました。ところがある日、勇気を持ってブログで書き始めたところ、段々と面白くなってゆき、気が付けば、いつの間にか平気になっていたんです。本当に自分でも驚きです。本当にこれは「習慣化」だけなんですね。そして意外にも人は、自分が思っている以上に、自分の事を気にしていない事も、わかってきました。今では、気軽な気持ちで吐き出すことができています。そして、良いことも、悪いことも、「吐き出す」ことで、心や感情がリセットされ、新しく循環し出すのです。だからアウトプットした事のない方、是非ともやってみてください。本当に心が軽くなります。文章を書くことは、心のお掃除なのです。まだまだ読むだけの方、これからはどんどんとアウトプットしてほしいと思います。そして心も感情もリセットして、毎日毎日、新たな気持ちで、日常を過ごせることでしょう。
2024.03.22

皆さん、おはようございます今日は、「一生懸命取り組んだ事に失敗はない」になります。私自身は、主婦として20年ほど家事や子育てをしてきましたが、失敗の連続でした。なぜなら、いわゆる普通のお母さんのように子育てができなかったからです。その中で最も致命的だったのは、「コミュニケーションが苦手」だったことです。女性がなぜ言語能力が男性より発達しているかと言うと、子育てに必須だからです。そして、女性が男性より細かい事に気がつくのは、子育ての中で、毎回瞬時に洞察し、判断することが必須だからです。ところが、コミュニケーション不全の家庭で育った私は、コミュニケーションスキルが全くなしの状態で、子育を産んでしまい、その後、とんでもなく大変な子育てになってしまいました。今となっては結果オーライ(?)という事ですが、道具を持たずに、素足のまま山登りをしてしまったようなものでした。ただ、すごい過酷で失敗だらけで、素足の痛さを感じられたからこそ、足で歩けることのありがたさや、人の助けがどれだけありがたい事かと言うことに、気づかせてもらうことができました。子供たちはそんな私に常にヒヤヒヤし、安全基地がなかった状態であったと思います。子供たちには懺悔の気持ちでいっぱいです。そんな過去を悔むことばかりですが、でもいつまでもそんなことを言っているのももう今日で本当に終わりにしたいと思います。それよりも、今やこれからのことを考えて、楽しく生きる。そのためにどうしたら良いかを考える。未来のハッピーのために、今自分が何ができるかを考える。それが子供たちや周りの人のハッピーにもつながると考えます。今やこれからの中で、幸せを感じられたら、実は失敗なんてなかったってこともわかってくるはずだと信じています。
2024.03.20

皆さん、おはようございます。今日は「清々しい朝よ、今日もありがとう」というテーマで綴ってみたいと思います。最近は、諸事情により、家事代行業の方はしばらく休業にしようと思っています。で、家事代行業のメリットとして、「在庫がない」「固定費がほぼかからない」ということがありまして、割と大赤字にもならないという、一人起業においてのスタートアップには、なかなか良い勉強になるかと思います。資金もあまりかからず開業自体はできてしまいますので、ちょっと経験してみて体感するだけでも良いかもしれませんね。しかし利益を出すことに関してはやっぱり大変なわけです。当たり前ですけどね。また個人の裁量で判断するということは、我流では必ず失敗するという、何とも残酷な一面もあります。それは自分が思い描く理想と、お客様が求めることは違うからです。で、お客様の事を思いすぎて、「お金を適正価格でもらうのが申し訳ない」というジレンマに陥っていくことがあると思います。で、これもたまになら良いと思いますが、極論言ってしまえば、そういう考えだと、ビジネスは難しいかもしれません。 ちゃんとお金をもらわないといけません。なので、お金に対する認識が間違っている人は、その認識を変える必要があるかもしれません。私としてはなかなか良い経験ができたな、と思っています。なので、まずは行動してみることが重要ですね。行動しないと何も見えてこないんですね。行動して、五感でフルに感じて、初めて理解できると思います。上手くいかない事、辛いこと、悔しいこと、いっぱいあると思います。しかし、そんな時はいくらでも切り替えできます。そして自分の気持ちを方向転換することができたなら、また、新しい何かが始まります。そして今朝はそれを応援してくれるかのように、青空いっぱい、本当に清々しい朝です。鳥が鳴いています。「清々しい朝よ、今日もありがとう」という感謝の気持ちがわいてきます。今日も生きています。それが本当に幸せです。そして部屋には自然音源を流し、環境もばっちりです。ちょっと部屋を出たくなくなりましたが(笑)行動しないとね(笑)そうやって新しい選択を続けていくことで、必ず道は開けると信じています。それでは皆さん、良い一日を。
2023.05.17

皆さん、おはようございます。今日は「自律神経を唯一コントロールできる「腹式呼吸」をやってみよう」というテーマで綴ってみたいと思います。昨日は、「過緊張」状態ですと、神経のアンテナがバリバリになって常に警戒モードになり、日常的に疲労が蓄積しやすく、慢性的になると危険だという話をしました。幼少期を、毒親や毒家族と過ごした方は、この状態がデフォルトになってしまっている可能性があると思います。私もそうでした。よくわからないけど、いつも疲れているんですね。なのでシンプルに身体が丈夫になりたかった。元気になりたかった。そんな中で、ありとあらゆる情報を収集したり、色々試した結果、この「腹式呼吸」にたどり着きました。以前も書いたように、自律神経というのは、交感神経と副交感神経が天秤のようにバランスをとっていて、人間の身体を常にニュートラルな状態に自動的に戻してくれて、それで初めて毎日を健康に過ごせているんですが、何か不自然に交感神経側や副交感神経側に偏ると、この天秤のバランスが崩れ、体調不良に陥ってしまうんですね。電気のスイッチを入れたり消したりができなくなるような状態ですね。故障前には、たまに付いたり、ついてもすぐに消えたりしてしまうとか、そんな状態もあると思います。そして現代では「交感神経」の方が優位に立っている状態の方が多いと見受けられます。交感神経が優位になり過ぎると起こってくるのは、パニック障害、うつ病、過緊張、不眠、過食、依存症、などなど様々です。その本当の原因は、日常の中で感じるストレスや不安などの「感情」に向き合っていない事じゃないかと、個人的には思います。社会や毒親がそれを許さなかったことは大きいと思います。「感情」を、見ないふりやないものとして扱う、これは本当の大きな原因になっていると思います。そしてそれを個人の資質の問題にすり替えてしまっているのは、私は違うと思います。本当は感情を無視してはダメなんですね。感情は誰も消すことはできないんですね。そして感情を無視していると、ストレスとなって、交感神経が優位になって自律神経が乱れるということなんですね。それは「過緊張」やHSPなどの症状となって表出してきます。そんな時、それが慢性化しないように、今以上に悪くならないように、自律神経を唯一コントロールできる「腹式呼吸」をおすすめしたいと思います。方法としては、専門家の方々が様々な情報を発信していますので、探してみるのも良いですし、私の場合はシンプルです。「おなかに大きく力を入れて吐ききって、大きく吸う」を数回繰り返す。これだけです。吐いている時=副交感神経が優位吸っている時=交感神経が優位を覚えておいて、繰り返し行うことで、自律神経を整えます。緊張が少しづつ取れてきます。そして、自分の感情を優しく優しく受け止めてあげてください。もちろん人に向かって吐き出すのはダメですが、感情を紙に書いたり、鏡に向かって言ってみたりして、そんな自分を愛おしく思ってあげてくださいね。それは必ず良いエネルギーに変換されると思います。そしてパワーとなってまた新たな活動ができるようになると思います。お金をかけずに、自分の心身を最も簡単に癒せる、「腹式呼吸」是非ともおすすめします。身体の緊張を取り除くことで、心の緊張もほぐれ、自分の事を大切に出来ていると実感できることでしょう。その時にはきっと、毒親の事も許せていることでしょう。それでは皆さん、良い一日を。
2023.05.14

皆さん、おはようございます。今日は「ADHDやHSPは過緊張から来ているかも」というテーマで綴ってみたいと思います。昨日は、ブログの記事を消してしまうという、自分の失敗から始まり、その後一日仕事で、疲労がどっと来てしまったんですが、以前のように、それでもまだ何かを頑張らないといけないという気持ちは、減ってきました。そして早めに休み、疲労が蓄積しないように努めましたので、今朝は元気です。そして自分の努力が足りないから、このような失敗が起きているという思い込み、「自分責め」ももうほぼありません。なぜなら、このような時に、自分がどのような症状や思考になってしまうかということを、もう予めわかっていて、対処方法を学んだからです。特に「休む」ということに対して、ものすごく罪悪感がありましたが、これがなくなってだいぶ体が楽になってきました。なので皆さんも、ぜひ疲れたら少しでも横になったりして休んでくださいね。30分程度でもかなり有効だと思います。そしてその日のうちに疲れをとってくださいね。それで、その慢性的な疲労の原因として、「過緊張」状態がデフォルトになっているということがわかってきました。この「過緊張」というのは、昨日もお伝えしましたが、自立神経の交換神経が優位になっている状態がずっと続いている状態です。外部刺激に対して常に警戒モードの状態がずっと続いています。私は幼いころからこの過緊張状態が普通でしたので、漠然とした疲労や睡眠障害、過食、便秘、様々な不定愁訴や不安など、ありとあらゆる身体症状があり、特に幼少期は一日3回くらいは夜中に目覚めていました。本当にずっと警戒モードだったんですね。しかし、原因を追究していく中で、それが最近主流の、発達障害のADHDやHSPだからじゃないかと、思い始めていました。でもですね、私調べなんですけど、この過緊張状態を取り除くと、このようなADHDやHSPの症状は軽減されるんじゃないかとわかってきました。(※あくまで私調べです。)勝間和代さんも言っていました。「ADHDというのは色んな刺激に反応しようとしているから一つの事に集中できない」と。これが過緊張状態と同じような状態なんですね。過緊張状態ですと、「常に敵が来たら倒さないといけない」モードになっていますから、一つの事に集中することなんてできません。敏感に外部刺激に反応しています。音、色、匂い、人の顔色、人の言葉、天気、気温、衣類の肌触り…食感、などなど、五感が常に警戒モードで瞬時に過剰に反応しようとしているんですね。そしてADHDやHSPの人もこのような外部刺激を常にキャッチしています。そりゃ、疲れます。ていうかADHDとかHSPって「過緊張状態」の事じゃないかって個人的には思い始めています。そしてそれを取り除くことで、そういった症状の軽減になり、リラックスできたり、人を信じることができるようになって、もっともっと人生を楽に楽しく生きられると、私は信じています。そして自分を扱うことが上手になってきますし、ADHDとかHSPだからと人生をあきらめる必要は全くないと思います。少なくとも、自分の性格がおかしいと思うのは、違います。自分責め、本当にやめましょう。あなたの性格がおかしくなんてありません。唯一無二の、世界中でたった一人の、あなたです。大切な、大切な、存在です。そして次回はそんな「過緊張状態」を取り除く、私なり方法をお伝えしたいと思います。それでは皆さん、良い一日を。
2023.05.13

皆さん、おはようございます。今日は「人の心配ごとが気になるのは自分が救われたいから」というテーマで綴ってみたいと思います。数日間、お休みをしていまして、このブログの事も気になっていました。今日書いたら、明日からまたしばらくお休みさせていただきます。よろしくお願いいたします。現在は、少しいつもと違う環境の中にいまして、新しい人に出会ったりして、刺激を受けています。その目的は、やはりチャレンジということになります。いくつになっても新しいチャレンジは大切だと思っていますので、そのためには能動的に環境を変えてみることは大切だと思います。実は短い期間であれば、環境を変えることは、いつでも可能かもしれません。その一番可能な方法が「旅行」であると思います。いつもと違った景色、違う食べ物、違う人、違う言葉、などなど、それらすべてが、自分のこれまでの常識は非常識であったという、プチカルチャーショックから、体内が新しい細胞に入れ替わり、循環し始め、脳内情報もアップデートされて行きます。またおもてなしを受けることで、相手への感謝の気持ちも沸き、自己肯定感も上がります。そして新しい気持ちでまた、これまでの日常に帰ることができることでしょう。そんな中で、私はある外国人の若い女の子に出会いました。彼女は貧しい国から日本にやってきたようです。日本では各地を転々とし、現在は、ホテルのベッドメーキングの仕事をしているとのことでした。若くて美しい容姿なのに、そんな仕事をさせられているなんて、可能性を秘めた若い子に、何とも日本もブラックだな、なんて、最初は思っていたんですが、良く聞いてみると、ビザの関係でどうやら、受け入れが大変そうな感じだろうと推測しました。そして祖国の両親や兄弟に会いたいけど会えない、一人ぼっちでいつも買い物に行っている、お給料が来るのが遅いなど、次々に彼女は私に訴えかけてきました。そして私はいつものように「傾聴」していました。そしてかつての私なら、今後の彼女の人生を憂い、なんとかしてあげようと動いてしまっていたかもしれません。ですが私は途中で心を鬼にして、彼女の話を聴くのをやめたのです。それはなぜかと言うと、この問題を私が何とかできないかと思ってしまったからです.それはかなり一人よがりな自分の思考癖であり、そんなことは言ってる本人も思ってないんですね。実際は、ただ聴いて欲しいだけだったりします。この、他者の心配ごとを自分の事のように捉えて、救ってあげようとする思考は、「救済者思考」と言って、実は他者に対する依存心の表れだったりします。実際は誰かを救済することで(実際は救済することはできない)、自分が救われたいと思っているのです。このロジックがわかった時、自分が利己的であったことにも気づきました。もちろん、相手に共感することは悪いことではありません。でも自分にできるのはそこまでです。そして、そういった事に対する対応は、公の機関などが行うべき仕事なのです。自分には他者を「直接」救う力はないのです。そしてそうやって過去の自分と同じまま、同じ思考で動いてしまったら、この環境を変えるチャレンジは、全く意味のないものとなってしまいます。若いのに知らない国を転々としている彼女思うと心が痛いですが、それは私の問題ではない事をもう一度頭に叩き込み、私は私のチャレンジに集中し、自分を大切にすることだけを今は考えようと心を新たにしました。「自分を大切にすること」「自分を喜ばせてあげること」そうして自分がハッピーな気持ちで生きること、それこそが、実は周囲の人のためになっているのです。そしてまだまだ若い彼女を心の中で応援しています。それでは皆さん、良い一日を。
2023.05.02

皆さん、おはようございます。今日は「食べ物がいつもあるというのは、食べ物がなかった時代の人達の夢だった」というテーマで綴ってみたいと思います。というか、物凄いテーマになってしまったんですけど(;'∀')もっと具体的に言うと、年代で感じるジェネレーションギャップがすごすぎるなあ…と、漠然と思っていて、それをどうしてなんだろうと解明したくなってきたんですね。特に、自分の子供たちが、自分と同じ食生活をしてきたのに、コンビニとかに食べ物がいつもあることが、当たり前だと感じていること、甘じょっぱいとか酸っぱ辛いとか、複雑な味が普通で、味覚が全然違うこと、ペットボトルなどに材質の人工性をあまり感じていない事、またスマホなんかで、簡単に人とつながれることなんかは、幼少期にそれがなかった世代と、あった世代では、スピード感が全く別世界だろうと思うんですね。徒歩と飛行機ぐらい違うと思います。それを例えば若い世代の人達に、「贅沢に感謝しろ」「自分たちの時代にそんなものなかった」って本気で言える人、それはただのハラスメントですね。想像力のない老害なだけですね。自分が今の時代に生まれたら、絶対にそのように適応してますもの。ですから、わからない側が想像力をたくましくさせることが大事だと思います。そして、また逆に、本当に苦しい戦争を乗り越えた、食べ物や自由がなかった時代の人も、存命でいらっしゃるわけで、その方たちのほとんどは、幼少期にほぼずっとおなかをすかせていたんですね。家の親もそうでしたけど、食べ物の取り合いで、常に血族に仲違いが起こっていたようです。とにかくこの時代の人たちの食べ物に対する執着心たるや、すさまじいものがあります。第64代内閣総理大臣の田中角栄氏は、「腹いっぱいにしてから、話を聴こう」とか、「親族の葬儀でイワシをふるまった」とか、食べ物に対するエピソードはたくさんありますね。また偏食でもあったそうです。それはやっぱり、貧しくて食べ物がなかった時代は、不安や恐怖も伴って、常に「死」と隣り合わせで、自分が生き抜くことに必死だったわけです。ですので、自分の子孫にはそういう思いをさせたくないという、強い思いがありました。それが現実化したのが、現代とも言えるのではないでしょうか?そしてそれが今の私達や若い人達の姿です。それを食べ物がなかった世代の人達は、どう思うのでしょうか?このジェネレーションギャップは、なかなか埋まることはないと、書いていて思いますが、その中間に生きている私たちこそ、そんなジェネレーションギャップの橋渡しができる世代かもしれませんね。移り行く時代…そのどれも善悪はなく、実はただその時代に適応し生きている、人間の姿があるだけだと思います。当時の人々の夢は、ただ「今」という現実だけなのですね。それでは皆さん、良い一日を。
2023.04.19

みなさん、おはようございます。今日は「自分の気持ちを文字に書いてみよう」というテーマで綴ってみたいと思います。毎日が生き辛い人は結構沢山いますね。色々努力しているのに、なぜか体が重い、息が苦しい、人に見られている感じがする、自分以外の何かに操られている感じが毎日続いているわけですね。楽しいことをしていても、何をしてしても、それは自分の意志で行っているわけではない、そんな感覚があります。私の場合は、なんでだろうと考えますと、具体的に以下のことが常に心のどこかにあります。誰かの指示に従わなければならない、偉い人の言うことを聞かねばならない、何かを欲しいと言ってはいけない、完璧であらねばならない、誰かにとって良い人であらねばならない、お金を使ってはいけない、遊んではいけない、休んではいけない、親を大事にしなければならない、苦労をしなければならない、勉強をしなければならない、自分で全部やらなければならない、料理ができないといけない、部屋が綺麗でなければいけない、良い母でなければならない、おとなしく生きなければならない、などなどまだまだ沢山あるのですが…。でも自分で書いていて驚きました。奴隷感、半端ないですね(笑)こんなにも沢山の呪いが私の後ろにいます。ただしこれらはかなり改善されて来てはいます。年齢と人生の経験値が上がって、かなりこの苦痛は緩和されています。また原因を追究したり、様々なトラウマ改善方法のメソッドをやったり、本を読んだりして、色々解明されることで、マジックの種明かしのように心の問題は解消されつつあります。そして書いてみて思うのは、「こんなの無理に決まってんじゃん」ということです(笑)。どう考えたって無理というか、2,3個ならいけると思うんですが、全部は無理ですよ、どう頑張ったって。でもやっぱり書くってすごい。かなり自分を客観視できます。そして、今書いてみて、自分がめちゃくちゃ頑張ってきたこと、無理な事ばかりたくさんやってきたこと、それを周囲の大人や社会に半ば強制されてきたこと、これらがかなり強烈にわかってきますね。本当にすごいです。これは、鏡を見れば自分の外見はわかりますが、同じように、気持ちを文字に起こすと自分の内面が可視化できるということです。そして初めて様々な迷いが紐解かれていきます。だから今からでも自分を掘り下げて、自分の内面を知ることで、これからの自分を大切にできる方法を探っていくのです。自分を知ってあげられるのは自分しかいません。そしてそんな自分を自分で認めてあげるのです。「これまで頑張って来たね」と。これからのセカンドライフを充実したものにするために、良い意味での自分中心、良い意味での自分ファースト、自分を大事にする、それらは自分の心身に責任を取るということです。そしてそれらが結果的に、自分だけでなく、周囲までも幸せにすると思うのです。それではみなさん、良い一日を。
2023.04.18

皆さん、おはようございます。今日は「自分の願いが叶わないのは、それを本当は願っていないから」というテーマで綴ってみたいと思います。以前、私は介護士をしていました。介護と言っても、施設介護と在宅介護とあって、仕事の仕方とかニュアンス的にも少しづつ違うのですが、私がメインでやっていたのは訪問介護でした。訪問介護の中でも、高齢者の方とか、障がい者の方とか、利用者様によって扱うサービスが色々あります。で、ですね、その中でも私が長く通っていた利用者様に、ある精神疾患の方がいました。障がい者の方ですね。生活保護を受けておられます。そして様々な精神疾患を併発しておられ、生きるのが辛い様子が見られ、私もなんとかその方に寄り添うことができないかと、毎回一生けん命に傾聴していました。その方のサービス内容は、買い物がメインでした。でも買い物も独特で、「〇〇というメーカーの××というぬれせんべい」とか、「〇〇の香りのマウスウォッシュ」とか、「〇〇というメーカーのお掃除シート」とか、これ、本当に必要か?と思えるようなものを、かなりこだわって頼んできたりします。ある時は突然、普段あまり着ない服を、「クリーニングに出してきて」と、言ったりします。そしてその通りに一応出しには行くんですが、クリーニング代金が数千円とかかかってしまう時もあります。問題なのは、そういった場合に、支給日前に生活するお金が足りなくなってしまうことが、ほとんど毎回なのです。お金がいつもギリギリなので、サービスの時に、残すお金をよけたりして、やっているんですが、いつの間にかそういうお金にも手を付けて、支給日前にはすっからかんになっています。でも、私たちは彼女のお金の使い方について、指摘することは、ほとんどできません。たまに少し意見を言うと気分を害されて、事務所の方にクレーム的な電話を、長々とされています。そして私たちが注意をされます。また、その方は数字恐怖症のようで、ある特定の数字が怖いとのことらしくて、特にその数字が入っている時間帯に、入浴することが怖いと言っていました。外出も恐怖なため、いつも家に引きこもって、何かにいつも怯えながら生きている感じでした。ところがですね、生活保護の給付金というのは、自分の足で窓口まで行って手続きをするのが原則なんですが、その方はその日には必ず、自分の足でちゃんと行ってくるんです。その前には、その時のバス代はちゃんと残して用意しています。なので毎回受給日に、ものすごい勢いで元気に手続きに行っている彼女を見て、この人は「病気」という職業なのかな、と思ったりしました。この方は、私や仕事をしている人を羨ましいと言いながら、そんな自分を変えることが怖いため、社会生活を送ることができません。仮に元気になったとして、何か別の仕事をしなければならなくなったら、もっと大変になってしまうのです。それほどに、自分を変えるということは、とても大変な事なんだと思います。この場合の例は極端な例となってしまいましたが、このようなことは、私たちの日常にも良くあることだと思います。例えば、「金持ちになりたい」と思ってもなれないのは、本当になりたいと思っていない可能性があるということです。なるためにはリスクを取って、沢山のことをしなければならないですし、「金持ちは悪」と間違った刷り込みがあると、自分が悪人にならないといけないから、どこかで潜在意識がストップさせていたりします。そしてこのような現象は、自分の心の中に原因があったりします。ですので自分の心、これに向き合うこと、これが自分の描く人生を進む、第一歩ということになります。いつまでもどこまでも自分と向き合うことは避けられないんですね。それを飛び越えて、願いをかなえるということは、なかなか難しいということになります。それでは皆さん、良い一日を。
2023.04.17

皆さん、こんばんは。今日は「物を減らすことは長期的に見てコストダウンになる」というテーマで綴ってみたいと思います。今日は一日中雨が降っていました。雨降りだと、何となく体がだるかったり、やる気が出なかったりするんですよね。片頭痛がする人も本当に大変ですね。くれぐれもお大事になさってください。というわけで、今日は最初は家で静かに過ごしていたんですが、やっぱりじっとしてられない…。そしてダルダルしながらも、何となく自分の部屋の断捨離を始めました。でももうすっかり断捨離することに慣れ、洋服もかなり捨ててしまい、衣類のすべてが一か所に収まっているので、衣替えとか大変な事をしなくても済んでいます。そして断捨離すればするほど、部屋がスッキリして、風通しが良くなる感じがするんですね。それが爽快なんです。本当に最高に心地良いのです。もう、断捨離はやめられないですね。最近は調理器具や調味料、調理方法まで、減らしています。調理は深めのフライパン2個と炊飯器だけで、炒めも煮物も全部やっています。調理自体も、ほぼ、蒸すか焼くか煮るだけです。味付けは塩だけだったり、塩、お酢、しょうゆ、砂糖、みりん、だし、くらいしか使っていません。特に野菜はゆでるより蒸した方が断然おいしいです。そして塩とオリーブオイルだけで食べたりしています。そうやっていくと、器具や方法の無駄を省くことは、効率化以上に、人生の無駄さえも省くことができていると実感しています。かなり家事に対するストレスは減っています。話しは戻りまして、これまで、一つだけ断捨離しづらいカテゴリ―がありました。それは「ボールペンなどの文具」です。皆さんの家も、気付いたらめちゃくちゃ貯まっていませんか?我が家もかき集めると数十本はありました。それで、その理由を考えてみたら、4つあると思いました。1つ目は、記念品だったり、頂いたりして、思い出の品だったりする。2つ目は、まだ書けるから。3つ目は、邪魔になるほどスペースを占領されない。4つ目は、燃えるゴミなのか、燃えないゴミなのかわからなくて、分別するにも方法がわからない。1、2、3は、自分でマインドを捨てる方に仕向けるだけなんですが、4は、どう捨てて良いかわからずに、何となくゴミに出すのが億劫で、先延ばしになってしまっていたんですね。で、この場合は自治体によって分別の仕方が違うと思いますので、それぞれの自治体のホームページなどで確認をしてみると良いと思います。私の地域では、金属の部分以外は燃えるゴミで良いようで、可能な限り分解してそれぞれのごみに出す、ということでした。そんなこんなで、かなりの文具の断捨離をして、スッキリを感じることができました。もちろんまだ書けるものもありましたが、「エイっ」と捨ててしまいました。本当にこれまで、親や祖父母に言われた、「物を大切にしなさい」という暗示が、なかなか頭を離れませんでした。捨てることに罪悪感がありました。でも物を造りすぎて、あふれかえった時代に、余分なものを処分することは、物を粗末にすることとは違います。処分することで家のスペースが増え、空間が整うことで、雑念が減り、必要なものだけで気持ち良く健康的に暮らすことができるのです。長期的に見たら、健康であることの方がコストダウンになっているんです。幸せも感じられるはずです。健康は何事にも変えることはできません。一番大事で、一番幸せな事なのです。天国の祖父母も、今生きていればきっと、この価値観を受け入れたと私は信じます。皆さんにも断捨離、おすすめしたいと思います。身体も心も軽くなると思います。それでは皆さん、また明日。
2023.04.15

皆さん、こんにちは。今日は、「何の取り柄もないけけど人生変えたいと思った時、どうするか」というテーマで綴ってみたいと思います。今日のテーマは完全に自分で自分の事を書いていますね(笑)学歴もなければ、美人でもなく、お金もなく、人脈もない(笑)あれれ?大丈夫かぁ?自分(笑)でもですね、まだ諦めるわけにはいきません。諦めたら、人生積みます。まだまだ先は長いです。で、そんななんの取り柄もない自分が何か自己実現を果たしたいと思った時、どうしたら良いのでしょうか?いや、無理無理ってほとんどの人が言うと思います。でもですね、私は一つだけ確実な方法を知っています。なんの取り柄もない人でも何かを成し遂げられる方法…。それは「継続して何かをやり続け、アウトプットし続ける」です。お店のイメージですと、個人商店で自分のお店にしかない商品を提供し続ける事で、いつか必ず人の目についてファンを獲得して行けると思います。で、私の場合は、自分にそんな場所もないってなった時に、このブログに出会ったんですね。最初は何にもわからずに、文章もレイアウトもめちゃくちゃでしたが(;'∀')それでももうかれこれ半年以上頑張った事になります。多分、嫌いだったらできなかったかもしれません。発信する目的は、ほとんどの人が、価値を提供することだったりしますが、一方で、自分のためにもなっています。読んでくれる人がいると思うと、新しいことを学んだり、情報を仕入れたりすることが、毎日のルーティンになっていき、自然とスキルアップされていきます。それが将来的に人に教えることができるほどになっている可能性だってあります。もちろん、私もまだまだですが、これを後何年も続ければ、必ずスキルアップしている自分が見えるようになってきました。最初は恥ずかしいし、誰にも相手にされていない事もわかりますが、そんな時は、自分がファンになり、読者になることで、一人は確実に読者がいるじゃないか、と思うことにしました。そうやって行くうちに、少しづつ、文章が書けるようになってきました。ちょっとおまけなんですが、最近気が付いたのは、キーボードを叩くスピードが確実に早くなっています(笑)でもこれ、すごくないですか?私はキーボードを早く叩く事は目標ではなかったですし、ブラインドタッチもできずに、スピードの事は諦めていましたので、なんか意外なところで本当に嬉しい事が起きました。本当に自分でも驚いています。やっぱり、あきらめないで続けるって、大事。話しは戻りまして、人間とは感情優位の動物です。感情は生きていると常に発生していると言っても過言ではありません。ですので、何にもないと思った人は、その常に発生している感情を、言葉にして人に伝えてみても良いと思います。そして面白いことに、世の中には、それを必要としてくれる人が必ずいるという事なんです。いじめれらたことのある人は、とても辛かったと思います。でも、その思いを共有したいと思っている人は、世の中には沢山いると思います。そんな同じ思いを共有することで、必ず、人生が変わってくると私は信じています。そしてその思いを社会に向けて継続的にアウトプットができれば、それを必要としてくれる人に出会えて、いつの間にか「言葉」という価値を提供できる人になっているかもしれません。そし気が付けば、なんの取り柄もない人が、いつの間にか取り柄だらけの人間になっていると確信しています。その時、確実に過去の自分とは変わっていると思えるでしょう。そして段々と周囲に認められる自分になっていき、自分でも自分を認められることでしょう。最後までお読み下さり、ありがとうございました。それでは皆さん、良い一日を。
2023.04.13

皆さん、おはようございます。今日は「人をコントロールしようとするのは危険行為」というテーマで綴ってみたいと思います。私は身近な人間関係において最も重要なことは、相手をコントロールしないことだと思っています。例えば、家族など毎日一緒にいる人たちとは、距離感が近くなりがちで、いつの間にか軽い口を叩いたり、相手の嫌な部分ばかり見て、それを口に出して言ってしまう。他人にはとても言えない事も言ってしまえる、そんな錯覚に陥ってしまいがちですよね。そしてそれを正そうとしてしまう。特に優劣で人間関係を考える人は、自分が上で、相手が下、という判断をしがちです。そして相手を下だと思った瞬間に、鏡の法則で、相手は本当に下になったようなふるまいをするようになってきます。そしてあなたに対し、いつの間にか思考や判断までも依存します。その瞬間は、あなたは相手を自分の思い通りにできたような、上になったような気になって、気持ちの良い思いができるかもしれませんが、それは時間差で、後から大変なことになってきます。気が付くと、いつの間にか相手は、あなたに自分の人生までも委ねてきます。例えば夫婦であれば年を取ってからが大変です。相手は何にもできない人になっている可能性があります。介護の現場などで、たまにカップラーメンにお湯を注ぐことができない旦那様とかをお見掛けするんですけど、ああ、奥様がこれまで手取り足取りやってくれたんだな、「あなたこんなこともできないのね」と言いながら…と想像できます。そしてこの奥様はいつの間にか、旦那様をカップラーメンのお湯を注ぐ事も出来ない男にしてしまったのです。もちろん、奥様はそんなつもりはないとは思います。奥様も頑張ったと思います。でも結果、その旦那様は生活において、思考停止した人になってしまいました。そして今では奥様も高齢化してきて、その旦那様の面倒を見る事ができずに、周囲が大変なことになっています。どんなに近い距離の人間関係であっても、このような関わり方は本当は違うと思っています。介護でも新時代においては、「自立支援」という事で、その人ができることに注目して、自分でできるように促す、そんな支援方法がメインになっています。まとめますと、一人一人の人間に対しては、たとえそれが身近な人であっても。その人には人権があり、無限の可能性を秘めていると考えながら接する必要があると思います。相手をコントロールすることは、その人から可能性を奪っている事になります。自分が「可能性泥棒」になっています。対策としてまずは、相手が自分のそばにいてくれることだけでも、奇跡だと思って、「ありがとう」という言葉を伝えてみる。感謝の気持ちを持つことは、全ての生命の根源だと思います。そんな一歩から身近な人との関係性を見直していけると良いですね。それでは皆さん、良い一日を。
2023.04.12

皆さん、おはようございます。今日は「新しい組織の在り方は心理的安全性 時代は移ろいゆくもの」というテーマで綴ってみたいと思います。先日も、戦中、戦後の記事を、ちょっとだけ書かせていただいたんですが、当時はもちろん、この「心理的安全性」というものは全くない世の中だったと思います。それで、この「心理的安全性」という言葉が浸透し出したのは、2015年、googleの研究によってこの「心理的安全性」があるチームこそが生産性が高まるという結果を出した事だと思います。割と最近なんですね。それは、思った事や意見を皆が自由に言う事ができ、またそれを否定されずに、自分が皆に受け入れられているという心理状況の中で活動できる組織ですと、生産性が高まるという事でした。でも昔は生活のために必死で、そんなこと考える余裕はなかったですよね。そして競争社会で自分が一番になることを求められていましたものね。自分が一番になるためには、周りの人が二番以下になるということで、その世界の中では、上下関係が発生したり、そのために嫉妬や妬みも発生しますし、自分が落とされるんじゃないかという恐怖も沸いてきますから、ただ必死に、誰かより優位に立つ事ばかりを考えながら、皆生きて来たんだと思うんです。だってそうしなさいって、親や先生が言っていたから。子供はそれを疑うわけないですよね。それが正しい事だと皆思っていましたものね。でも、時代は移ろいゆくもので、そういった概念はあっという間に古いものとなっていきました。しかしこのgoogleの発表のように、真逆のものが推奨され始めたってことは、私たち世代やその上世代の人間にとって、かなりのストレスだと思います。根付いた価値観を変えるという事は、なかなか大変な事だと思います。ですからまずは、時代が移ろいゆくものなんだという事を、理解することが大切だと思います。自分が老いているかどうかを知るテストがあります。それは、「最近の若いもんは…」というフレーズを、使っているかどうか、です。これを使っていたら、もうあなたは老人かもしれません。それは若い人がおかしいのではなくて、自分がアップデートされていないだけなんですね。脳も老化が始まっている可能性があります。ですのでこれからの時代を生きていくために、新しい概念をどんどん取り入れ、自分をアップデートし、新陳代謝し、周りの人に心理的安全性をもたらす、そんなセカンドライフを作っていきたいですね。まずはこういった新しい概念を知り、時代が移ろいゆくものだという事を頭に入れておく事が最初のステップだと思います。まだまだできる事は沢山あると思います。諦めたら、人生がつまらなくなってしまいます。一度きりの人生ですから、思いっきり学びながら、遊びも取り入れながら、充実したものを自ら作っていきましょう。最後までお読み下さり、ありがとうございました。それでは皆さん、良い一日を。
2023.04.11

皆さん、おはようございます。今日のテーマは、「恐怖や恥の文化とさよならしよう」というテーマで綴ってみたいと思います。私の両親も戦中、戦後生まれで(もう亡くなりました)、食べるものがないという中で、幼少期を過ごした世代です。それはもう壮絶だったようでした。そしていつも話を聞かされていました。一つのまんじゅうを兄弟で奪い合って、それから仲違いがずっと続いている話、腐った米や、ありが集った後の米も洗って食べた話、四畳半の部屋で家族親せき7、8人ほどで寝ていた話、お金がなくて鉛筆が買えなかった話、などなど…。そしてそれによって様々な血縁者とも怨恨が続いていて、子供心に重い空気は感じていました。ですがそういった親族に対しても、お中元お歳暮や、義理事は欠かすと完全にNGなんです。なかなか辛いものがありますね。それはどういう意味かというと、特に目上の人に贈り物をするという事は、自分がそのコミュニティーで生き残るための手段なんですね。相手を思っているわけではないんですね。それは非常に狭いコミュニティーだったために、関係性が固定され、離れる手段も簡単にはなかったんですね。それは裏を返せば、それを欠かせば排除されるという、ある意味、「恐怖政治」であったとも思います。私がかなりネガティブな人間になってしまったのも、これらに影響されて、「恐怖政治」の中で、ほとんどが「恐怖」に基づいて人生の選択をしてきてしまったこともあると思います。例えば、「先生に怒られるよ」これは、当時は先生って偉い人の象徴なんですね。先生の言う事は全て正しいという事になっていました。今となっては、先生とは、自分の裁量で何でもできるという権限を持っている人、だったように思います。例えば先生に廊下に立たされて、恥をかかされることは当時は当たり前でした。そして恥をかきたくないからもう二度とやらないというふうに教育されました。ですので「恥」の文化は、私たちの世代ではまだ根底にあると思います。人前で恥をかかされる、人前で失敗する、それが恐怖だからやらないという思考回路です。でもどんどん進化していく時代の中で、このような教育方法や「恥」の文化は、とっくに時代遅れとなってしまいました。今の時代は自分を前面に出して、ポジティブな自分を知ってもらい、豊かな人間関係を誰とでも築いていける、いわば、昔と真逆の文化なんですね。ですので新しい時代の風に乗りたい私たち世代の人は、戸惑っておられる人も多いと思います。特にSNSでの顔出し、昔ではありえない話ですよね。私もそうです。めっちゃ怖いですよね。でも私は最近、勇気を持って、初めてlineのアイコンで人生初顔出ししてみました。そうしたらですね、意外と大丈夫でした。なんか怖い人に追いかけられたり(笑)気持ち悪いとかも言われないし(笑)恐怖に対する思い込み、すごいです(笑)いやいや、人はそんなに自分に関心ないです。皆忙しいですし、そんなに自分に構ってくれませんから。むしろ構ってほしかったら、顔を出して、どんどん皆に価値を提供する人になったほうが良いですね。そして自己啓発の本とかを沢山読んでも、行動しないのであれば、さっさと顔出しちゃった方が早いくらいです。拍子抜けするくらい、大丈夫です。メンタルブロック、段々外れてきます。そしてそこから今度は、新しい出会いや新しい趣味など、様々な世界が広がっていって、これまで見た事のない景色が見えたり、人生が豊かになって行くはずです。そして同じ志を持った方と共鳴できるようになるはずです。「恐怖」「恥の文化」とさよならできれば、後悔のない選択ができ、必ず人生が豊かになり、面白くなっていくと思います。自分や皆さんの人生が豊かになって行くことを、本当に心から願っています。それでは皆さん、良い一日を。
2023.04.09

皆さん、こんばんは。いつも読んでいただき、ありがとうございます。今日のテーマは「霊能者(?)おばあちゃんとの出会い」というテーマで綴ってみたいと思います。ストーリー調で書いてみたいと思います。それでは、始まり始まり…※写真は実際にそのおばあちゃんと歩きながら撮った写真です。今朝、久しぶりに近所を朝散歩しながら、桜の写真を撮っていたら、その木の下に私と同じように写真を撮っているおばちゃんがいた。 私はそのおばあちゃんに、「おはようございます。」とあいさつをすると、「きれいだね~」などと私に話しかけてきた。そしておばあちゃんは昔、新聞社に勤めていて、全国を飛び回っていたこと、そして自分の家族や親族の経歴マウント(笑)、また自分は霊感があること、先の事を読むことができること、人の事ばかりわかってしまうこと、など次から次へと私に語り掛けて来た。私は直感的に「これはまずいぞ…」と思った。こういう場合、負けずに自分の話をどんどん入れていくか、さっさと離れないと、それに飲み込まれるという事は経験上、大体わかっている。私はおばあちゃんの話を聴きながらも、その場を離れようと思い、後ずさりするように再び歩き始めた。すると、そのおばあちゃんは私の歩幅に合わせるように、どんどんついてきた。ものすごい勢いだ。私は相槌を打ちながら早歩きをした。「そうなんだ、そうなんだ。それはすごいですね…」私はそれをスルーすることは心が痛くてできない性分なのだ。介護的には、このように相槌を入れたり、受容したり、共感したりしながら話を聴くことは、「傾聴」と言って、私は現役時代、これを忍耐強く行う事は、介護士として誇りだった。相手にとってみれば、どんな話でも聴いてくれる、自分に関心を持ってくれる、こんな嬉しいことはないからだ。そして私もそれに応えようとついつい頑張ってしまうのだ。でもそれをあまりやってしまうと、自分のメンタルを消耗してしまうので、自分が抜け殻にならないように、ケアをしないといけないのも、もうわかっている。でも私のその返し癖を良いことに、おばあちゃんの歩くスピードは私に合わせて段々と早くなっていった。そして私は、 始めは好きで桜の写真を撮っていたが、それは段々とおばあちゃんの話を逸らすためのカムフラージュとなっていった。そして私は、これ以上おばあちゃんの話に飲み込まれたら、今日一日のエネルギーが失われてしまうという焦りに包まれ、どうしようかと一瞬思い、ならば自分の重大な話でおばあちゃんを驚かすという苦肉の策に出た。「実は私、夫とうまくいってないんですよ。もう地元に帰ろうかな、と思っていて…。」 するとおばあちゃんは、これ来たかと言わんばかりに、前のめりになって私にこう言った。「何にもないよ、何にも! 何にも憑いてない! 何にも見えないよ! だから大丈夫。心配することはない。 ただ、新芽の時期は移動はやめなさい。 今は動いたらいかん!絶対に!」私はまさかの霊能者的な返しに言葉を失った。そして、自分や家族間の問題などは、距離が近すぎて視野狭窄になり、どうにもわからなくなりやすいが、全然関係ない他者の方が、自分たちを知らないからこそ、良い意味で、無責任で、いい加減で、適当で、直感的で、意味もないのになぜか、目を覚まさせてくれることが往々にしてあるからだ。そしてこれまで、このおばあちゃんが一方的に話していた圧が、この自分への助言で、何となく相殺された気がして、私は心が晴れていくのを感じた。 そして自分には、変な霊みたいなのは憑いていないことがわかり(笑)地元に帰る決断も、もう少し待ってみようと思えたのだった。私はおばあちゃんに心から感謝した。でも不思議とまた会いたいとは思わない。下手すると二度と会いたくないかもしれない。でもなんか感謝している。これは本当に不思議な現象だ。おばあちゃんにはずっと元気でいてほしい。いや、そんなこと私が願わなくても元気だろう。 The Endいかがでしたでしょうか?最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。それでは皆さん、おやすみなさい。
2023.04.03
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