2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全8件 (8件中 1-8件目)
1
某新聞で、好きな幕末の人物ランキングというのをやったそうです(1日目・2日目共に取り上げた話題ですが今回にまとめて書きます)。講演会会場で「一体誰が1位になったと思います?」という一坂先生の問いかけに、会場からは「龍馬!」「晋作!」と、2つの声が。一坂先生「そうなんです、正解です・・この手の人気投票では龍馬が1位と決まっていましたが、なんと晋作が1位、龍馬が2位、3位土方・・・、松陰先生は残念ながら、10位でした」「こういう結果になったので私のところに取材が来たので、こんな時代ですのでいろんなしがらみに囚われながら頑張っていた晋作に注目が集まったのではないか、という風に答えましたが・・本当のこと言うと、伊勢谷友介さんのおかげじゃないかって思いますけどね!!(笑)」会場からも笑いが。一坂先生、掴みはオッケーです^^2日目:晋作と龍馬晋作はどういう人物だったのか?晋作と龍馬にはどんな接点があったのか?といった点をメインに大河ドラマを絡めつつ、一坂先生の考える晋作像・龍馬像なども交えた内容でありました。以下、※印の箇所が私の感想等で、他は一坂先生の講演会の部分です。この講演会は晋作の解説が多く、既に知っている話も多かった為、「松陰と龍馬」ほどには覚えていません。内容が偏っていますのでご了承ください^^また、全て残存記憶を元に書いていますので、話の内容が前後している可能性多々あり。(「1日目:「松陰と龍馬」は1つ前の日記参照^^) ◆ ◆ ◆晋作が注目を浴びたと言えば菅首相が自らの内閣を「奇兵隊内閣」と言ったことであろう。この件でも私(一坂先生)のところに「どう思いますか?」という取材が来たので、「奇兵隊というのは(※忘却)、最後は弾圧されて殺されたりしたんですけど、それを知っててそう言っているんだったら凄い覚悟だと思うが、知らないで言っているとしたら如何なものか」という風に答えておきました。あと、これだけは言いたい。奇兵隊は幕府を倒す為に組織されたとかいうのは間違いです、外国と戦う為に組織されたんです!!(強調)また、菅さんは宇部市で生まれて高校の途中まで過ごした。自分が山口県出身という意識があるからこその「奇兵隊」発言だろうが、あれは山口県でも賛否両論巻き起こりました。実は山口県は歴代総理大臣を8人輩出している。なので山口県から9人目ではあるのだが・・このたび山口県知事は、この菅さんを山口県出身の総理大臣として認めないことを決定しました!※なんですかそれは・・山口県出身と認めるとか認めないとか、事実山口県出身なのに知事がそれを認めないとか、そういうのってありなの?!とびっくり。さすが自民王国は凄いなあと思ったんですけど、詳細を調べてみると、「山口県出身」というのは山口県の選挙区から出ていないと当てはまらないんじゃないか、菅さんは東京の選挙区から選ばれているのだから出身と言われても違和感がある。ということのようです。でも個人的には、もし同条件で自民党員だったら問題になってないような気もしますね^^それともうひとつ発言がありました。「高杉晋作は大風呂敷を広げる男だと思う」という発言です。僕は晋作が大風呂敷を広げるような人間かどうかなんて知りませんけどね、日記を読むと「風邪を引いて何日も休んでしまったので明日には直さないと。」「風邪が治らなくてまた休まないといけない・・みんなはこんなに休んでばかりの自分をどう思っているのだろう」なんて気にしているような人物なんです。国会議員の方々が、ちゃんとそういう日記とかを読んで晋作とはどういう人物かを研究した上で「晋作は大風呂敷を広げるような人物」と言うんだったらいいですけど、そうとは思えないですよね!!※一坂先生の憤りが伝わってまいりました。しかしこれ、菅さんはことわざの意味を知らなかったんだよね。菅さん的には「そう簡単にはできないけど、やりたいことを言うのが私の大風呂敷だ、あなたの言う大風呂敷と意味が違っていて残念」ということらしい(笑)。その意味なら許しましょうってところでしょうか?個人的にはやりたいことを"言う"っていうのがちょっと気になりますが。晋作は思ってても言わないようなところもある気もする・・・。(※この後、晋作の説明。16歳での初めての江戸行き~薩長同盟辺りまで。16歳の江戸行きについてはあまり世間では知られていないとを説明したが、一坂氏の著作にはしばしば登場するエピソードである。)第2次長州征伐の前、幕府の人間と長州とで会談。最初は長州の人間を呼び出そうとしたが、体調不良を理由に何度も断られたので^^、広島(※だったっけ)で行うこととした。本当は桂小五郎を出せ!高杉晋作を出せ!と言われもした長州であるが、桂小五郎は既に改名して木戸になっているので「桂小五郎」はいない、晋作も変名を使っているかなにかでやはり「高杉晋作」はいない、従って両者所在不明だとして断っている。ではこいつ(※人名忘却)を出せと指定されて、やはり「いません」で押し通したのだが、何を隠そうそれは会談の長州側代表者であり「いません」と答えた本人だった・・・今だったら通用しませんが、当時は通用しました。本人の顔を知りませんからね。というわけで、長州は引き伸ばし作戦を行っている。長州は戦争をやる気満々で、この頃、薩長同盟が結ばれる。そういえば大河ドラマ見ました?あれ、どう思いました??戦場に三味線持って現れるなんて・・そして弾の飛び交う中、敵と次々切り結ぶとか・・あれは嘘ですから。でもあの三味線、仕込刀でも出てくるのかと思ったら普通の刀で切ってましたね。ってことはあの三味線は完全に趣味で持ち歩いてたってことですね~。指揮官があんなことしてもし弾に当たって死んだらもう負けですから!あれはありえませんから!あんなことたら指揮官失格です!晋作はちゃんと、弾の飛んでこないところで指揮してますので。ああいうことするのは、戦いで負けてて、最後の闘いになってから敢えて先頭に立って華々しく散る時くらいです。大河ドラマを本当だと思う人が今でもいますので、念の為に言わせて頂きました。※一坂先生のアツい思いが伝わってきました。あと大河ドラマでは晋作が大政奉還を龍馬に託してましたけど、晋作っていうのは戦争したくてたまらない人なんです。なのであれは考えられない。ヨーロッパはずっと戦争を繰り返してきた。その経験があるからこそ、今のヨーロッパがある。戦争をしなかったら必ずあとでなんらかのひずみが生まれてしまう。というような考えを持っていたんです。大河ドラマでは龍馬がお見舞いに来てましたけど、実際、当時龍馬は下関にいました。お龍のところにいたり、打ち上げ花火を無断で上げて馬鹿騒ぎしたりしてました。でも龍馬が晋作のお見舞いに来たという記録は、どうやらないようです。思うに、この頃はもう疎遠になっていたんじゃないでしょうか。この頃龍馬は大政奉還に向かっていますし、晋作はなにしろ戦争したくてたまらないわけですから!この二人が合う訳がない!(強調)※「晋作と龍馬」という講演会のお題から、知られざる晋作と龍馬のハートフルストーリーが聞けるかもと期待していた方々を絶望の淵に叩き落すような言葉でありました。※そして二人は全然違うんだと主張したいあまりに「晋作は戦争したくてたまらない人」を連発する一坂先生(笑)。一坂先生は、歴史上の人物が英雄化されて、間違った人物像が世間に認識されることがキライ。だから晋作の英雄的エピソードも折りあらば「あれは嘘です!」と啓蒙(?)。龍馬についても同様で、司馬遼太郎の小説によって間違った人物像が世間に定着してしまったと嘆いている。今回龍馬伝で晋作が人気になることは嬉しいけれど、間違った姿で世間に認識されてはたまらないという気持ちがあるのだろうと思いました。しかし「戦争したくてたまらない」という言葉は、戦争自体が好きとか戦うことが好きとか、違う意味で間違った認識を与えかねないような気もしますが^^※しかし私は違う所でショックでした。龍馬が晋作のお見舞いに来た記録がないことは知っていましたが、私としては、一坂先生の言うとおり二人の意見は全然違っていて仲良くはないけれど、小倉口で協力しあったんだし、病気と聞いてちょっとくらいお見舞いに来てくれてもいいのではないか?という不満があり、でも志士活動で遠くにいたんだったら仕方ないよなぁ、なんて思っていたのですが。龍馬ってば、下関にはいた?!これは衝撃でした。そしたら晋作のところまではすぐじゃないですか。それで馬鹿騒ぎはしてたのにお見舞いには来なかったとは。。最高にがっかりしました。晋作はお見舞いに来て欲しいとか全然思ってなかったんでしょうけど、勝手にがっかりします。※でも・・重箱の隅をつついてみると、あくまで「記録がない」んだよな。もしかしたら龍馬は一応お見舞いに行ったが、既に長州勢とは意見が違っており、晋作の側につめていた誰か(おうのとかじゃなくて)が、「なんだこいつ、どの面下げてお見舞いに来てるんだ!」とか思って追い返しちゃったとか、又は追い返すまではいかなかったけど「お見舞いに来てくれた人リスト」に書き加えなかった・・というのも、ありえるかな?!?!と、あがいてみる(笑)大政奉還は、後藤象二郎が頑張っていた。丁度、この辺は今日(10/24)の龍馬伝でやると思いますが、、(※多分ここで流れか何か解説)龍馬は後藤を京都に残し色々と動き回っていたが、雰囲気的にちょっと平和的解決は無理かなぁ~と思うようになって、武器を買い込んだりもしていた。でも京都に戻ってみたら、後藤が以外にうまくやってたんですね~~それで後藤にハッパかけるんですが、お前こそ、後藤を上に上らせてはしご外そうとしてた張本人だろう!って感じです(笑)結局大政奉還後に武力倒幕ということとなり、両方とも実現した(※というような意味の内容だった気がする)。しかしながらその後の権力闘争など、二人がそれぞれ思い描いていたものとは違っていたのではないでしょうか・・・。雨も降ってきたことだし、このへんで終わります。どうもありがとうございました!!<おしまい>というわけで一坂先生の講演会でした。薩土盟約辺りからかなり記憶が消失していました・・残念です。確かに途中から雨が降ってきて、寒かったです。帰るときにはもう結構しっかりと降っていたし・・幕末維新祭りについては一坂先生関連以外について、あと1回だけしつこく書こうと思います。松本剣志郎先生の講演会や劇、奇兵隊パレードなど、簡潔に(笑)
2010年10月29日
コメント(0)
1回途中まで書いたのが消えまして書き直しました・・記憶が薄れてきていますが^^、なるべく覚えているうちに書きます!講演会会場にて録音している方もいらっしゃたらしい(友人談)のですごいなぁと尊敬したのですが、確かに録音っていい考えかも知れない・・・。1日目:松陰と龍馬松陰と龍馬には一体どんな接点があったと考えられるのか?龍馬は松陰からどんな影響を受けたのか?といった点をメインに、大河ドラマに絡めつつ一坂先生の考える龍馬像なども交えた内容でありました。以下、※印の箇所が私の感想等で、他は一坂先生の講演会の部分です。龍馬が江戸に剣術修行に来てすぐに黒船が来た。剣術修行の為ではあっても何かあれば土佐藩の為に動くという条件となっていたらしい。その後すぐ、龍馬は佐久間象山の一門に学ぶようになる。これは時代に対する嗅覚を持っていたと言える。司馬遼太郎も、或いは『龍馬伝』もそうだったが、この龍馬が佐久間象山に学んだという点は全く描かれていない。他の龍馬の小説等でも結構スルーされがちな事実であるという。それは何故か?それは"龍馬像"にとって都合が悪いからである!龍馬って奴は小さい頃は出来が非常に悪くてねしょんべんをしているなど駄目だったが、勝海舟と出会うことで初めて開明的な考えを知って大きく成長してゆく・・みんなが共感する龍馬とは、そういう「普通の人間」でなくてはならず、黒船が来てすぐ佐久間象山に入門するような優秀な人間では共感できないから!※これはある意味、意外な意見でした。龍馬が「共感」を期待されているとは。私の印象とは違いました。さて、龍馬が佐久間象山に学びだした頃、一門でピカイチの存在だったのが吉田松陰であった。松陰と龍馬が勉強会?で同席したかどうかはわからないが、佐久間象山が松陰について話したりしただろう。松陰はその後黒船に乗り込もうとして失敗し捕まってしまうし、その際、佐久間象山が松陰を激励した手紙が発見されたことにより佐久間象山も罰を受けることとなって一門も閉鎖された。その次の松陰との関わりは、龍馬が土佐勤皇党に入って武市の遣いで長州は萩の久坂玄瑞の元を訪れた時である。この時の龍馬の滞在期間は9泊。ここで久坂にたっぷりと洗脳されたのでしょうね!でもこれは、久坂の教えというより松陰の教えです。藩とか関係ない、たとえ長州がなくなってもいいんだ!と聞き、衝撃を受けたことでしょう。土佐には松陰を尊敬している人が多い。当時は今とは郷土意識が全然違い、それぞれ自分の藩の人間を尊敬するのが当たり前。他藩の人間を尊敬するということはあまりないのに、土佐藩の藩士が長州藩の松陰を尊敬している人がこれだけ多いということは、もしかして龍馬が土佐勤皇党で大宣伝していたのかも知れない。また、武市が獄中で自画像を描いているが、アレも松陰像の絵があるので自分も~と、影響を受けたものである。さて、長州で影響を受けた龍馬は土佐に帰ってすぐに脱藩してしまいました。その後1年間、龍馬は行方不明になりますが、乙女に送った手紙によって消息がわかりました。(講演会の前に配られた資料の中に龍馬の手紙がいくつか載っている。そのうちの1つ、「エヘン、エヘン」とか書かれている手紙を読み上げた後)本当にへんな手紙ですね、とても武士が書いた手紙とは思えない!というか、こういう手紙しか書けなかったんでしょうね!これは、龍馬の自由で何物にもとらわれない~とかを現しているというより、ちゃんとした手紙を書く能力がなかったんだと思います。龍馬は学校にも通ってないし教育を受けてませんから。※こういうこと平気で発言する一坂先生が大好きです。さて、松陰の句には「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」という有名な句があります。後年、晋作と龍馬が一緒にいた時、晋作がこの句を口にしたところ、龍馬は「かくすればかくなるものと我も知る なほ止むべきか大和魂」と返したという史料が見つかりました。私(一坂先生)も驚きましたが、ここに明らかなる松陰の影響を見ることができます。このシーン、大河ドラマで、伊勢谷友介さんが「かくすれば かくなるものと知りながら~」とやって、龍馬がそれを返して・・・ってやってくれていたら物凄く格好良かっただろうと思うんですけど、そういうシーンはなかったですね・・。この後は、明日の「晋作と龍馬」に続きます。<おしまい>※書いてる途中で(龍馬の句を検索してて)見つけたのですが、ここでの講演会の内容はほぼ以下のリンク先の内容ですので参考にしてください^^(同じ講演をいろんな場所で使いまわしていますが全部聞けるわけじゃないので勿論okです(笑))一坂太郎のディスカバー維新史「松陰と龍馬」http://www.hagishi.com/ishinshi/007.html
2010年10月28日
コメント(0)
中岡慎太郎ファンの皆様こんにちは。今回の「船中八策」を読んで感涙する中岡慎太郎はいかがでしたでしょうか・・・●船中八策●今回は凄かったですね~!これぞ大河ですかね(笑)まずは後藤象二郎が船中八策にめちゃくちゃ食いついててスゲーと思いました。私も龍馬が書いてきた紙を見て字が物凄く汚いなーと思っていたので、その点は後藤様と気が合いました!で、中岡も同様に食いついておりましたが・・・私は実を言うと晋作存命中までは色々細かく情報収集するのですが、死後のこととなると熱意が落ちる傾向があります。中岡慎太郎も好きなんですけど、船中八策を見てどう感じたかを想像できるほどには彼に対する知識はないです。てゆーか、船中八策についてさえも条文以上の知識ないです。(龍馬にも特別興味あるわけじゃないので!)しかしながら・・・恐らく、アレはないだろうと^^何に感動してるのかよくわからなかったし・・・船中八策って、龍馬伝龍馬も言ってたけど、全部いろんな人の考えが元になっているわけですよね。それを8条にまとめたのはスゴイのかもしれないけど、1つ1つは既存の考えであるわけだから、長らく志士活動をしていた中岡慎太郎だってほとんど聞いたことある内容だったんじゃないかと想像するんですが・・・そうでもないの?ドラマでは、今まで出会った事のない斬新で先進的な考えを見てかつてない衝撃を受けていると言った様子でしたので、かな~~~り違和感を覚えました。後藤様の時も同様。ドラマ的に「龍馬、スゲー!!!」な作りでしたが、後藤や中岡が目をまんまるくして衝撃を受けまくっている様子を見て、かなり白けておりました。勿論、実はドラマのあれは正しい、中岡の手記で「船中八策の斬新さに身が震えた」みたいな文があるんだよと言われれば、そうだったんだ~びっくり!意外過ぎる!と思った後に、私の中の中岡慎太郎像を修正します(笑)。一応感想書く前にWikipediaで船中八策調べたんですが、船中八策と龍馬は全然関係ないという説もあるようで・・・龍馬が船中八策を書いたことを示す証拠が何もないって・・・逆に、じゃあ何を根拠に龍馬が書いたと言われているのかが気になる。●大政奉還(薩土盟約)●薩摩の西郷が後藤様に会いたがっております!と、龍馬が後藤に報告。後藤は、薩摩が土佐を武力討幕に引きずり込むつもりでは?と怪しむ。そうしたら龍馬は・・・「恐らくそうでしょう。でも、薩摩に"大政奉還に協力する"と言わせさえすれば、こちらの勝ちです!」と言った・・・なんでそれで勝ちなの?!全然理解できませんでした・・・改めて考えてみても、どーしてもわかりません。誰か教えてください。とりあえずそこは置いといて勝ちなんだという前提に立ったとして、龍馬はどうやってその台詞を言わせようとしてたのだろう。まるで「俺にいい考えがある!」という雰囲気だったけど、先週の「いろは丸事件」とは違って会談では特にそういうのなかったような。会談のシーンはとっても良かったですよvvv土佐側は後藤と龍馬とあともう1人(誰?)。薩摩側は西郷どんと小松帯刀とミッチー大久保、中岡。薩摩の面々の迫力がたまらんですね。大政奉還?幕府が自ら政権を返上するというならそれが一番いい。我々も協力しよう。と、西郷丼や小松帯刀も落ち着いて返事しています。ミッチー大久保も土佐の考えに従うべきと思いますなどと言っています。訝しがる後藤・龍馬・・・アッサリ「こちらの勝ち」なはずの台詞を言われるも、明らかにおかしいこの状況に戸惑い、黙りこくっています。緊迫した空気が流れる・・。そんな中、中岡一人「何を言ってるんです?!なんで今になって大政奉還?!」と馬鹿丸出し(涙)。しかし勿論、薩摩にそんな気は更々ない。「是非土佐藩には大政奉還を頑張って貰いたい、しかしそれがダメだった時には武力倒幕に加わって頂く!!ちゃんと兵を出して貰いますよ。。。どうですか」了解するしかない後藤。言質を取られたのは土佐の方であった。これは完全に負け。。だよねしかも少なくともあのドラマ内では薩摩はどんな協力をするのか全然言ってないけど、土佐的にはあんな会談でいいの?何を盟約したのか全然分からないよ。薩長同盟の時は明文化しなかったとは言え、かなり細かく詰めたじゃないか。ま、別にいいけどさ・・・ちなみに「薩土盟約」もネットでざっと調べてみたけど、中岡視点では「土佐を武力倒幕への道へ引き込ませることができた」という功績となっていて面白かったです(笑)。しかし龍馬、「日本を船中八策みたいな国にする為には戦争はイケナイ、何故なら遺恨を残すから。話し合いで決めなきゃダメ。」って・・・来たよ~。前も書いたことですが、この伏線張っといて、そんで結局は戦争になって会津等と戦って遺恨が残り「ほ~ら言わんこっちゃない、龍馬の言うとおりにしておけばこんなことにはならなかったのに」という流れにするつもりでは?!だったら最悪ですね~或いは「この時点で龍馬は、戦争になった場合にどうなるかを予見していた」とでも言いたいのか。だいたいこの時点では思いっきり遺恨残ってるんですけど、長州側には・・・。結果的にはある意味、お互い様って思いますけど。長州は禁門の変などで先払いしていて、幕府や会津は戊辰戦争で後払いする。薩摩はいつもうまいことやっててズルいんですけどね(笑)。でもそのツケは、西南戦争で支払ったということかな。勿論世の中そう公平ではないので、勝ち逃げやその逆もあるわけですけれど。で結局、中岡は感動してたけど、賛成もしてたの?ドラマ見ててもよくわからなかったんですけど!!!今回、よくわかんない所がいっぱいありました。●弥太郎●あわわ・・・弥太郎が・・・「戦争こそが一番のビジネスチャンスじゃあ~~!!」なんですかこの悪人描写は・・凄いですね。そんな弥太郎にグラバーが嫌な顔してるのには正直、驚きを隠せませんでした。おいおいお前だって今までさんざん日本人相手に戦争で儲けてきたくせに^^あ、そうか、商売敵ができて儲けが減ると思って渋い顔してたのか。まあ百歩譲って、日本人のくせに日本人相手に戦争で儲けるなんて国を愛してないのか?!と思ったのかもしれない。で、大浦慶もヘンな顔してた・・あれは弥太郎を軽蔑した表情?でも海援隊も武器で儲けてるんじゃないの?なんか本当に、色々とよくわからなくなって来ました。
2010年10月24日
コメント(0)
毎年恒例の、幕末維新祭りin世田谷・松陰神社♪年々混雑度が増しているので、これ以上人が増えるとあの狭い境内がパンクするんじゃないかと思って心配なんだけど一応告知(笑)日曜には奇兵隊パレードもあり!松陰先生や晋作、久坂や桂さんなどもいます(その年によって微妙にメンバーが違う)。でも毎年、新選組も何人かいる(笑)最後は松陰先生や晋作たちと新選組で記念撮影♪また、萩観光物産展と共に会津観光物産展も開催されており、仲良くしていこうとしております。松陰先生を祀る神社でありますので、松陰先生に関係する講演会や劇も行われます。松陰神社は、東急世田谷線の松陰神社前駅から徒歩で行けます。東急世田谷線とは、三軒茶屋~下高井戸をつなぐ路面電車です。今これを読んでて、実は自分も行く~!って方もいらっしゃるかな^^同じ場所で同じ時を過ごしましょうv楽しみ~張り切って行ってきます♪
2010年10月22日
コメント(0)
私はずっと、結婚に対して積極的ではなかった。幼稚園の頃に「将来なりたいもの」を短冊に文字と絵で描くという行事があったが、他の女の子達のうち、結構な数が「およめさんになりたい」と書いた。それを見て、なんでおよめさんになりたい人がこんなにいるのかと不思議に思ったものであった。他に人数が多かったのは看護婦さん、花屋さん、ケーキ屋さんだった。ちなみに私の短冊は「鳥になりたい」であった。母親はそんな私を心配し、幼稚園の先生には「夢があるのね~」と言われた(母親談)。高校生くらいまでは、絶対に結婚したくないと思っており、どうしたら一生結婚しなくて済むのか本気で考えた。やはり小さい頃からの刷り込みか、大学や短大を卒業してどこかの会社に入ってOLし、何年かしたら結婚退職して専業主婦・・・というルートから外れる為には、それ相応の言い訳が立たねばならないと思っていたが、当時はまだ「女が一生働いて自分で稼いで生きていく」ということを想定できなかった。まだそういう空気の頃だった。私の周辺だけかも知れないけど。なので、私が考えたのは…ズバリ、宗教!と言うと誤解を招きますが^^、つまり、尼か巫女!尼や巫女なら、結婚しない理由として完璧でしょう?勿論結婚していい職業ですが、「私は仏に仕える身」「私は神と結婚した」と言えば誰も文句は言えないと思ったのだった。この際、キリスト教は私の宗教観と合わない為、除外。更にただのイメージから、尼だと修業も大変そうだしオタク活動に支障が出るのでは?と思い、残るは巫女だな~などと罰当たりなことを考えていた。でも、神道の学部への進学も検討するくらいには本気であった。ま、結局は、「そういえば自分で働けばいいんだ」と気付き、宗教はやめたんですが・・大学は、結構興味もあった細く長くできる仕事関係の学科に進み、楽しく勉強はしたものの4年生の頃には正直、飽きてしまった・・・こんなこと一生やってて楽しいかなぁとか思ってしまった。それが正しい判断だったかどうかは誰にもわからないが、とにかくその後紆余曲折あって現在の職業となった。でもって、働いてみたら相当に忙しく、これを60歳まで続けるのは無理だし、かと言って管理職に出世するのも不可能。細く長くというプランからは外れてしまった為、やはりいずれは結婚することになるのだろうな、、などと思いながら過ごすも、具体的になにか活動するということはなかった。やる気がなかったのであるが、仕事があまりに忙しい為に、多分、物理的にも無理だったと思われる。その後、細く長くを実現する為に、もっとライフワークバランスに優れた職に転職を試みるも、なかなかそううまくはいかなかった。ま、現時点ではとりあえず前みたいに過労死認定レベルの残業はないので、ライフワークバランスという点ではかなり優れた職場ではあるが、それは本当にこの先半年~数年といった一時的なものである。しかしそうして年だけ重ねていくうちにいい加減親がキレ始めた。私もいい年になったので、そんな親の心配もわかるようになったし、人生には結婚もありであるという風に考えるようになっていた・・・。しか~し!!当たり前であるが、結婚したいと思える人がいないと結婚できないのである。(注:話が面倒くさくなるので、ここでは結婚したいと思ってくれる人も必要だという点は話題としない^^)勿論自分の理想に完全に一致した人などいない、ごく一部を除き誰しもがある程度の妥協をして結婚していくわけだ。しかし問題は「ある程度」ってどの程度なのかってことである。いい人だな~って思っても、どうしても気になる点があると「この人は結婚相手ではない気がする」と考えてしまうわけだが、これが「理想が高すぎる」のか「相手をちゃんと見極めている」のか、本人も周りにも判断できない。些細な点を気にしている場合でも、その些細な点以外は全部いいんだけどそこのみが駄目ということではなく、色々と少しずつ気になる点があり、総合するとちょっとどうかなあと思っている。でも性格的には悪い人じゃあない・・・でもちょっとなあ・・そんな漠然とした感じなんじゃなかろうか。「なんとなくやだ」というこの説明できない感じはかなりのストレスである。そうすると、「この人じゃない」ということを自分対して立証する為、駄目な点をもっと見つけようとして些細な点をあら探しをして、そして「こんだけあるんだから、この人じゃないよね」と納得する。これって、あら捜しを始めた時点でその人に対して気持ちがないということになるのではないかという気がする。もしその人のことを気に入っていたら、些細な点がいくつかあっても気にならないのでは?気に入らないからこそ、些細な点に注目しだすのだ。他の人はあんまり気にしないかもしれないが、私は相手の苗字も気になる。現代日本においては、結婚したら女が姓を変えるものとほとんど決まっている。昔はそれが嫌で、絶対苗字変えたくないっていうのも結婚したくない理由のひとつだった。でも今は大人になり、苗字を変えるのは仕方がないものと諦めている。しかし・・・相手の苗字が「佐藤」や「田中」だったら、、まだ気になる!!それに最近気付いて自分でも愕然としてしまった。全国の佐藤さん田中さんごめんなさい、私の苗字とて別に珍しくもないものであるけれども、今までの人生で出会った大勢の佐藤さんや田中さんと同じ苗字になることに大いなる違和感を覚えてしまう。私は夫婦別姓とかどうでもいいと思ってたけど、もし私が佐藤さんと結婚すると考えたら別姓もいいなと思ってしまった。その際、多少残念だが子供の姓は佐藤でもいい。(この点では、男性は結婚したら自分の苗字が変わるなんてこと想像もしないんだろうから、女性が喜んで変えてくれるものと思っているわけで、腑に落ちない。勿論苗字が変わることに喜びを覚える女性も多いだろうケド。(それだって、幼少の頃よりの教育の賜物だと思うけど。)こっちはしょうがなく苗字変えるって言うのに。ただし、私が「この苗字ならいいな」と思えた苗字なら抵抗はないと思うけど(笑)。なんにしろ事実上、苗字を変えない特権を有しているのは男性で、女性の苗字にして欲しい場合には相応の理由が必要だ。「どっちの苗字にしようか?」なんて意識の人はいないよね。)些細な点ではないが、結婚したら相手の親と同居するという条件があったとして、それをマイナス条件と捉える場合、それを飲もうと思える為にはそれに釣り合うプラス条件が必要だ。相手のことが大好きだからとか、はたまた相手がお金持ちだからとか、何でもいいけど、自分が納得して同居を受け入れるはずだと思う。例えば相手の年収が低い場合、性格が良いならOKでも性格が普通なら、悩む。ここで「性格が悪くないんだから御の字」で結婚を決めるか、「改めて性格がいい人を探す」のかは、人生の岐路であろう。性格が良さそうで年収はまあまあ、でも長男で相手の親と同居で相手の兄弟が近所に住んでいて、しかもあんまり住みたくない場所である・・・とか、そういうのを色々考えると、結局、相手本人のことを好きじゃないと駄目だなあと思える。相手が佐藤さんでも、好きになれば苗字の件も大丈夫だろうし・・・。男性だって、相手に惚れちゃえば容姿や年齢は関係ないし婿養子だってokかも知れないが、そこまで惚れてるわけでもないからこそ、そういう点に拘るわけであって。とりとめなく終わる・・
2010年10月21日
コメント(2)
いきなり『タイタニック』凄いCG頑張ってましたね~ドラマの内容は・・・普通に、いろは丸事件の紹介ということで・・・いろは丸については私も、歌をはやらせたとか万国法を持ち出したとか、通り一遍のことしか知りませんでしたので、特に違和感はありませんでした。陸奥の親が紀州藩の元勘定奉行だとかいう因縁が出てきたので、なにがしか起きるのかと思いましたが特になかったし、、なんてゆーか。普通でした!!もっと「龍馬すげー!」って盛り上げるのかと思ったけど。龍馬がブラック気味になってたシーンは良かったです^^絶対、ブラック路線の方がかっこいいと思うんだけどなぁ。後藤は見てて楽しいな。イギリス海軍の誰かを連れてきたシーンはおお~って思いました。西洋人登場で紀州が気圧されてるのが、スカッとするというよりも日本人の西洋人コンプレックスを見せ付けられたような気がして、苦笑。だけど最後に龍馬が海の崖んとこにいたら紀州藩の刺客が来たのは普通に笑いました!あんな重要な会談に出てくるような地位の人間が、直々に龍馬を殺しに来るとは凄いですね!しかしいろは丸事件を受けて薩摩が動きやすくなるっていうのは、本当なのだろうか?知識がないのでわからないけど。でも、幕府の力を使えなかったということで、幕府の威信がまた少し落ちたのだろうなあ。木戸さんが「容堂公は、どう動くんじゃ」と呟いていたので、やっぱり晋作のあの「遺言」が気になっているのかなぁと思ってしまいました!その容堂公が、酒を飲もうとして、、それを飲まずに手紙の上にまいたのが印象的でした。いよいよ本気出す感じですかね。なんか先週分で気が抜けて、なんとなくこの後は全部おまけみたいな気分になってます。でも木戸さんには注目して行きたいなぁ。
2010年10月17日
コメント(0)
結論から言うと、良かったです・・・!あるいくつかの点を除いて。それらの点が重要過ぎる為に相当きつかったですが・・・先週は究極に絶望していましたが、今週は、『龍馬伝』という枠組みの中で考えるに、最高レベルの扱いをしてくれていたと思います。後藤象二郎より、長崎奉行所がお龍に探索の手を伸ばすかもしれないとの情報を得た龍馬は、安全確保の為、お龍をつれて下関へ。そこで三吉慎蔵に会う。龍馬は「木戸さんは?高杉さんにも会いたいな♪」と、お気楽。三吉「木戸様は・・・お見舞いです。・・・・・・高杉様の具合が、もう・・・」このとき急に空気が薄くなったかのように感じ、心臓が締め付けられました。龍馬の顔がこわばりましたが、私の顔もこわばりました。多分、これまでの『龍馬伝』の中で、一番、劇中龍馬の心情とシンクロしたと思います。。龍馬はすぐさま晋作療養の地へ。木戸もいます・・・いつもお見舞いに来てくれていて嬉しいです。龍馬を見て苦々しい表情です。嬉しいです(笑)。龍馬の来ることは連絡済で「晋作は来客に備えて布団まで上げてたんだ!」と吐き捨てる木戸、本当だったら晋作に会わせたくないくらいであるが、晋作が乗り気だから仕方がない。龍馬が帰るまでは大人しくすみっこに座ってやりすごしてやる。でもなるべく早く帰れよ、晋作は体調が悪いんだから・・・。龍馬が晋作に、また大政奉還の話をし始めた。大政奉還に土佐が乗ってくれる手はずらしい。話を聞いてこっちを伺ように見る晋作、そして話しながらちらりと一瞥してくる龍馬・・・やめてくれ。と思ったら今度はこっちを向いて改めて大政奉還の話だ。はっきり言ってもう、うんざりなんだよ坂本君!!「もう同じ事を何度も言いとうない!」それで話を打ち切ったはずだったのに、なんと晋作が!「僕の遺言と思うて聞いてくれ」と前置きして「ここは大政奉還にかけて欲しい!」などと訴えてくるではないか。遺言が大政奉還・・・?眩暈がする。しかも龍馬がそんな晋作の病を労わる様にその肩をかき抱き、一緒になってこっちを見上げている。木戸は絶句した。一体、この状況は何だ?!晋作も晋作だ。これではまるでこっちが悪者ではないか。ただでさえ我慢してこの場にいたというに、龍馬の「自分は晋作の味方です」というこの態度・・・あまりの納得いかなさといたたまれなさに、木戸はもう耐えられそうになかった。激しく咳き込む晋作から逃げるようにその場を後にした。そしたらなんと龍馬が追いかけてきた。「高杉さんはあとどのくらい・・・」晋作に聞こえないように小声で聞いてきたその龍馬の沈痛な面持ちに、そうかこの男も晋作の心配をしているのだなと思ったら、先ほどの腹立たしさも消えていく気がした。「医者は桜を見せてやりたいと言うちょる」そう答えると改めてその現実が迫ってきてしまい、口を硬く引き結ぶ木戸だった。・・・とまあ、こんな感じだったと確信していますよ(それを前提として)自然に木戸に感情移入している自分に気付きました。だいたい龍馬、どさくさにまぎれて晋作にべたべたしすぎじゃないですか?!木戸もびっくりですよ!それに晋作もさ、まるで馬関の戦いが龍馬のおかげで勝てたみたいな発言は・・・いくら龍馬を持ち上げたいからってやりすぎ!(笑)さすが、有り得ないほどのマンセーは大河のお家芸!!そんで次は海岸のシーン。ふらつく体を支えてあげる為とは言え、またもやべたべたしすぎでは?!いや、病気で肩を抱くくらいは普通だろうという意見はわかります。私は龍馬と晋作には特に仲良しを求めてないんで気になるだけなのかも知れない!!これが聞多だったり、お見舞いに来た中岡だったらむしろ喜んだと思うんですけどね・・・。そんなわけで何事かとは思いましたが、でも龍馬の晋作への愛が予想以上に大きかったので、そこは素直に嬉しかったです。だって史実では龍馬が病気の晋作をお見舞いした記録はないと聞いており、それについては実はわだかまっていました。見舞いにも来ないのかよと。その程度かよと。当然のように小説でもお見舞いシーンに出会ったことはなく、まあ、思想も違うしムリなんだろうなと思っていました。だからこの「実は龍馬はお見舞いに来ていた」という創作は嬉しいのです。ただ「後を託す」とか・・・そういうのは私の希望の中にはない(しかも相手は平和主義龍馬)、なので、「本当はお見舞いにも来ていない奴なんかに託すかぁっ」みたいな、レトリック的に矛盾した反発を覚えてしまったのです!!でも龍馬が「晋作の思いを引き継ぐ」と心に誓う姿を見たら、まるで本当の晋作の思いを龍馬が引き継ぐ決意であると言ってくれたように思えて、一瞬、大河の設定を忘れ、私の心も緩みました。晋作に、後を託す、日本をよろしくお願いします・・・と言われて目をうるうるさせる龍馬を見たら、こっちもうるうるきそうになりました。晋作も、龍馬の前では弱みを見せないようにしているのも泣けました。人生を面白く生きたいじゃあないですかと言ったり、後を託せる人に出会えたとか言ったりと、今まで物分りのよさそうなことを言ってたけど、でも本当は、ここで死ななきゃならないってことが、慟哭するほど悔しくて、心残りだった。あそこは本当に、胸に迫りましたよ・・・。でも最後、「晋作の思いは既に龍馬の中にあった」とかナレーションされた時には正直、きつかったけどね~~~もうその瞬間に頭が大河に切り替わっちゃったからねその他、龍馬にムカついた瞬間・・・木戸に対し「高杉さんが見たいのは桜じゃない、新しく生まれ変わった日本の姿だ」とかなんとか言い出した時そんなこと、木戸さんがわからないとでも思ってるのか?!と思いました。こちとら晋作が生まれた頃から知ってるご近所さんなんだ、これまでずっと晋作を陰になり日向になり助けてきたんだ、晋作の倒幕への思いを一番分かってるうちの一人なんだ~~と思っていいはずの木戸さんなのに、晋作のことを考えて胸を詰まらせている姿に、真の愛を感じました。あとちょっと笑ったところ・・・それは、龍馬が奇兵隊を「身分制度をなくした」と讃えた時、なんとなーく晋作が微妙な笑いをしていたところ(笑)。ドラマ的にはわが意を得たりという意味だったんだろうケド、史実視点的にはぜんぜん違う意味になるわけで、その両方に取れる演技だったような気がして楽しめました。最後に、中岡について触れておかねばなるまい。中岡が久しぶりに登場して「木戸さんに会いに来た」と言ったけど、中岡こそは晋作のお見舞いに間違いなく来ているお人・・・ここは「高杉さんのお見舞いに来た」と言って欲しかったです!てゆーか中岡のお見舞いシーンやって欲しかったです!!むしろ本当は聞多や俊輔もお見舞いに来て欲しかったです、、でも・・・そうするとその二人や中岡を差し置いて龍馬に後を託した・・みたいに見えてしまうので、そう考えるとむしろないほうが良かったとも言えます^^でも、、、見たかった!!聞多・俊輔・中岡のお見舞いシーン!!で、中岡。龍馬の平和主義に毒されておらんのは良いが、突然「わしの本心はわかっちょったはずじゃ」とか言われても、TVの前のみんなは知らんのですけど?(笑)陸援隊もよくわからんし・・・まあもうどうでもいい・・・。そんで龍馬も、武力による倒幕を目指すと明言する中岡に対し「わしらは目指すものは同じ、それぞれ頑張ろう!」とか言ってましたね・・・。晋作にもそういう感じで良かったんだけどなぁ。てゆーか龍馬もそういうことできるんだったら、木戸さんに「大政奉還しない限り、日本はなくなる!」とまで言ったのをどう説明してくれるんです?ま、龍馬もいくら説得しても他人の信念を変えさせることはできないんだってことを木戸さん相手に学んだってことにしときましょう。明日はいろは丸ですか・・・やくざ者な感じの海援隊が見れたら嬉しいなぁ
2010年10月16日
コメント(2)
晋作が洗脳されちゃったよー木戸さん助けてあげて!日本中の晋作ファンのうちの大勢(大部分と言いたいが遠慮しておく)を本格的にがっかりさせた・・・もっと言えば絶望させ、怒りを覚えさせた今回。晋作「戦は・・戦はもう・・っ!」木戸との会話で戦の話題になった瞬間に、これはマズい展開だ~という感じであったが、全く持って残念な事ながら、こういうことになってしまった。もうフォロー要素皆無よ・・・。木戸も江戸城攻めを「いずれ」と言っているし。晋作が病気なのにこんなこと言うのは大変心苦しい気持ちではあるが、咳によって最後まで言えなかったのが救い。でも、主人公に近い位置の人物であったのに、よく頑張った方なのかも知れない。。良く考えると木戸は先週、最後のギリギリで逃げ切っているのでうらやましい・・!流石、逃げの小五郎!しかも必死で晋作と龍馬を引き裂いて晋作を取り戻そうとして頑張ってくれていた。晋作を思ってくれてありがとう!!しかし既に手遅れであった・・・いや、運命(脚本)は既に決まっていた(泣)先週の晋作の大活躍は、「高杉ファンの皆さん、来週以降はつらい事になりますが今回こんだけ大活躍させたので勘弁しておくんなまし」という意味だったのかも知れん。憂慮する点を挙げるとすれば、今回の大河におけるこの高杉晋作の描かれ方により、あんまり晋作の事知らない普通の人にとって、晋作がどういうイメージになるかである。自分では予備知識のせいでちょっとした反戦主義にも過敏反応するのでもうよくわからないんだけど、ドラマ内では普通視点で見ても反戦主義的イメージを振りまいていたりしたのだろうか??つまり「戦は・・戦はもう・・っ!」は、大河内のキャラ的には別に違和感がなかったりするのか?もしそうなら、いくらドラマ内でつじつま合っていることが重要とは言っても、耐え難い。いくらドラマでも捏造しちゃいけないレベルってあると思う。最大限譲歩しても「いずれ」の戦に今から反対する合理的な理由がないときつい。敢えて戦という手段を排除するのは何故?感情的反戦論は止めて欲しい。なんにしても、思想的に龍馬と近かったという印象を持たれるのはごめんである。しかもこんな大河の龍馬。是非、初登場回(薩摩藩士と一触即発)とその次の回(龍馬に倒幕について語る)、あとは龍馬と関わっていないシーンの晋作のイメージが人々に焼きついていることを願うばかりである^^今回良かったのは、木戸がお見舞いに来てくれたこと、あとようやくおうのが出ましたね~。ま、ドラマ的には完全にモブではありますが・・・あとは、建物がちゃんと東行庵を再現していたのにこだわりを感じました!!ありがとう!!で、土佐関係です。清風亭ですか・・・『お~い竜馬』の知識しかなかったので普通に見ました。多分龍馬上げしまくりシーンだったはずなのに、後藤象二郎は良かったです!力強い演技だったよ。迫力があった。そこに人格を持った一人の人間の存在を感じました。そう、彼はもう後藤象二郎であった!土佐の上士連中はみんな、演技が素晴らしいです。あと丸山応挙っぽい?虎の絵と後藤象二郎の顔がそっくりだったのも面白かったです。あの演出考えた人、最高!!一方龍馬は正直言って、個人的にはもうよくわからないキャラになっています^^少なくとも人格は感じられないんですよねー。会談で「武市さんや以蔵を殺した土佐藩に今更手を貸す気持ちになれない」とか言っちゃって・・・!これはやはり、ズバッと言ってやった!!というカッコいいシーンというつもりでしょうか?私は冷めましたけどね。本気の発言ではなく、明らかに交渉術として発言してるわけで、、武市や以蔵のことが少しは心に去来してもいーんじゃないの?ちなみに『お~い竜馬』では去来してたよね。武市や以蔵の無念を思い出してギリギリとなってたよ。それを乗り越えて後藤と手を組む・・・それを(何年か前に)読んだ時、私は龍馬でもちゃんとそういう気持ちを持ってたんだと安心した(笑)んですけどね^^でも今回は一方的に龍馬が後藤について「過去に拘る男かどうか」を品定めしており、龍馬の側には後藤に会った時点で全っ然そういう気持ちが感じられなかった。「過去に拘っていない龍馬」を描いて大人物に演出というのはわかるが、もう少し人間味が欲しかったなーー!!武市らのことは単なる交渉カードの一つ。先制パンチとして使われただけ。社中の仲間の胸には複雑な思いがあったような感じではあったけど。つまり、交渉をいかにうまくやったか、龍馬のその素晴らしい交渉能力を描いた話だったんですよね、今回。でも確かこの大河の後藤は、吉田東洋を殺した実行犯は龍馬だと思ってるんじゃなったっけ?龍馬自ら、後藤の目の前で、殺した時の様子を自慢げに語ったよね?そんな相手にあんなえらそうな態度取られて・・・最後は握手までさせられて、その心中はいかばかりであったろうか。あと、土佐藩の為に何かするという考えはダメ、日本全体のことを考えてのことじゃないと手は組まないとかいう発言を龍馬がしていて・・・すっごい欺瞞を感じたんですけど!!そんなこと言っといて、「大政奉還で土佐が中心的な立場になることを約束しろ!」と後藤に言われても何も言い返さないのが謎。意味がわからないんですが・・・最初っから「土佐藩を利用する」とか言ってたし、別に本当は後藤をその気にさせればあとはどうでもいいのかも知れないけど。まあもういいです土佐のことは・・・土佐のファンに任せます。私は晋作の最期が気になって仕方がない。来週の予告が晋作ファンを更なる絶望へと導いたのではなかろうか。龍馬にあとを託すとか言ってる馬鹿げた展開に目の前が真っ白になってしまいました。あれは晋作のリップサービスだよね?!?!はっきり言って言いたいことが既にたくさんあるけど、それは来週にまとめて書きたいと思う。。
2010年10月03日
コメント(4)
全8件 (8件中 1-8件目)
1