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今週末7月25日~27日は、本州の最北端の百名山である八甲田山(大岳)と岩木山に登頂しました。この2座は後日ブログで報告させて頂きますが、この山行に加えて、どうしても立ち寄りたいところがありました。それは八甲田山の死の雪中行軍となった現場です。

【青森祖第五連隊 遭難の碑】

【第五連隊遭難の記念碑】
雪中行軍には青森から歩兵第5連隊210名が、弘前歩兵第31連隊38名が参加しました。うち青森歩兵第5連隊210名が遭難し、生存は後藤伍長はじめ、たったの17名でした。社会人となった研修で、この行軍の2連隊の成功と失敗の事由が、組織作りやリーダシップという観点から取り上げられた事が脳裏に刻まれていますし、また、この目で確認し、遭難の怖さを自らの警鐘として、今後の山行に活かしてゆきたいと思ったからです。
ちなみに、両連隊は、日程を始め、お互いの雪中行軍の実行計画すら知らなかったそうで、小説や映画での行軍競争は創作だそうです。(ウィキペデイアより)
実際の遭難の場所は、八甲田山の大岳(1584.6m)の山ろくで、標高は700m程度。県道40号線の脇になります。夏場で車であれば、サンダル履きでも立ち寄れるような場所で、世界的に見ても類を見ない遭難が発生した事に驚きを隠せませんでした。

【雪中行軍 遭難の地】

【遭難の地から八甲田山大岳方面を望む】
銅像茶屋から、約200mぐらいのところに、この雪中行軍で、凍死寸前で発見され一命を取り留めた後藤伍長の銅像が建立されています。若いながら凛々しい姿に感銘しました。この伍長が生き証人として後世にこの悲惨な遭難を伝え、こうした悲惨な遭難を繰り返さない警鐘となっていると思います。

【後藤伍長の記念碑】

【後藤伍長の碑アップ】
実際に伍長が直立したまま凍死寸前で発見された場所は、この茶屋から車で10分程のうっそうとした樹林帯の中でした。おそらく当時の装備での猛吹雪では、方向感覚は完全に失われていた事と思います。

【後藤伍長発見の地】

【後藤伍長発見の地(アップ)】
山は高山であろうと低山であろうと、こうした悲惨な遭難は起こりうる事を胸に、山にごみと命は捨てないよう、これからも山行を楽しみたいと思いました。歩兵第5連隊に合掌。