国民と天皇と大日本帝国
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「葫蘆島築港・満鉄並行線」問題は満州事変の原因の一つと言える。 日本の権益である南満州鉄道は奉天を中心に南へは大連・旅順へ、東南へは安東へ、 北へは長春へ、長春から北へは東清鉄道を通じてハルビンへ伸びている。 東清鉄道はソ連と中国の共同経営でハルビンから東西にも伸びて北満州を横断し 北のシベリア鉄道を上弦とした三日月を形作っている。 中国側は東清鉄道経営からソ連側の職員を排除、 中国とソ連は国交断絶して武力衝突に発展する。 ソ中の戦いにはソ連が勝利し東清鉄道はソ連と中国の共同経営へと現状復帰した。 中国が自国に鉄道や港を建築するのに他国に対して承認を求める必要があるのか、 対日本に於いては下記の根拠があるように思うが、期限切れとも思える。○1905年の「日清満州に関する条約」の「満州に関する日清条約附属取極」の第三項│清国政府は南満州鉄道の利益を保護するの目的を以って該鉄道を│未だ回収せざる以前に於いては該鉄道付近に之と併行する幹線又は│該鉄道の利益を害すべき枝線を敷設せざる事を承諾す└──── 張学良は父の張作霖(関東軍に殺害された)が始めた満鉄平行線を完成させていた。 これは、南満州鉄道を東西に挟み、日本には脅威となる面も存在した。 また、日本の租借地の大連に代わる独自の貿易港を胡蘆島に建設し始めていた。○「太平洋戦争への道-2/朝日新聞社」p255~ によると(概要)│中国側の満蒙鉄道網建設案は中央・奉天合同の東北交通委員会で立案され、│正式に立法院を通過した。│中国では鉄道計画は日本の了解を得る必要はなく、│資金計画が整えば着工と解釈されていた。││1930年12月13日南京政府は張学良に満鉄線を包囲する3本の幹線建設を命じる、│張学良は中央が8千万元を用意できないとして日中間の満蒙鉄道交渉に消極的、│交渉が国際法上必要ないと繰り返し述べ、交渉は進まない。│日本側は中国側の鉄道建設に反対、日本側から見ると中国側の対応は不誠実なものとなった。└──── 満州に於いて外国勢力の排除が基本方針に於いて、 東北政権の張学良と南京国民政府の蒋介石は一致していたと思う、 だが、対ソに対する武力解決は成功せず、日本とは戦いたくないがベースにある。 蒋介石は張学良の勢力を一掃して満州を完全に国民政府に取り込みたい事も事実。 蒋介石は反共であり反蒋勢力も存在し、満州での問題は東北政権が処理して欲しい の感覚もあり、蒋介石と張学良は複雑な関係となっている。 ソ連はこの時期に対外的には紛争をさけている、 日本は口実があれば満州に侵攻を狙っているの認識を中国は持っている割には、 排日運動が激しいのが現状、万宝山事件や中村大尉事件が発生している。 張作霖の殺害の真相は日本政府上層部(天皇を含む)やマスメディアは知っていたと 思えるが真実を伝えない。 「万宝山事件」「中村大尉事件」「葫蘆島築港問題」「満鉄並行線問題」 などで、日本国民は満州に於ける感情を煽られる事となった。
2006.04.06
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