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結果、応援した候補の圧勝でした!ありがとうございました!!日本の政治に新しい風が吹きそう、期待が持てる結果でしたね。。。(^^)・・・(←支持政党分かるやん)いろいろと、書きたいことは山ほどありますが、お疲れモード目いっぱいなので後日にさせていただきます。ごめんなさい。(**)そしてこのまま、家に戻らず、地方の市長選のお手伝いに行きます!わが夫のM塾同期生が、市長選に挑戦です!・・・という訳で、戻るのは7月末になります。では、行ってまいりまーす!
2004年07月11日
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今週初めのダンナ様来訪~ダンナ様住む街~友人と福岡旅行(マリアさんとニアミス)~ダンナ様住む街、とずっとPCから遠ざかっておりました。。。何より、体が限界です~!!!(**)そして、明日からダンナ様の代理で、参院選挙のお手伝いに行って参ります。(in ダンナ様地元。注:ダンナ様は就職先の街へ~)旅館に泊り込みで、7/11までです。(**)(その後、ダンナ様友人の市長選のお手伝いに行くことになりそう・・・。)1ヶ月以上、うちを空けることになります。ネット環境が整わないため、しばらく日記の更新をお休みすることになると思いますが、落ち着き次第、また選挙の話(差し支えない程度に)も書きたいと思っています。みなさま、どうぞよろしくお願い致します!!!(忘れないでね~(TT))それでは、行って参りま~す!(^^)
2004年06月19日
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久しぶりにダンナ様の話題(かな?)です。明日から、我が夫が来ることになりました。(約1ヶ月ぶり!久しぶりねー、ダンナ様!)という訳で、今日は母と二人、めったにしない家中の掃除をした。といっても、大掃除のような大それたことではない。フツーに掃除機をかけたりする程度・・・。(^-^;)+季節の模様替え、くらいかな。ホットカーペットをしまい、エアコンのフィルター掃除をし、扇風機を出してみたりとか。。。上記のような行動に関し、ズボラな性格の私は、よっぽどの決心がなければ、できない。私の母も似たようなもので、ダンナ様がやってくるのは、本当にいいきっかけになるのである。アリガタイ事である。前回の来訪時には、ファンヒーターを片付けることができた。そうそう、ずっと気になっていた、ジュウタンのゆがみも直すことができた。ついでに、溜まっていた資源ごみも・・・。すっかり部屋がキレイになった。(^-^)迷惑なのは、二匹のにゃんこ達であろう。チビなど、めったに見ない掃除機に怯え、パニックになっている。ゆきちゃんは冷静だが、やはり鬱陶しそうだ。おっと、チビが止まった掃除機に向かって、攻撃をし始めた。シュッシュッ。右に左にパンチを繰り出している。(しかし、へっぴり腰なのが笑える。)面白いので、再びスイッチを入れたら、ものすごい勢いで後ろに跳び上がった。(@@)1.5Mの高さ及び後方へ!すごいジャンプ力だ。さすがネコ。さて、掃除も済んだことだし、いつ来てくれてもOKよー、ダンナ様!P.S.こんな風に特別扱いされるのも、あと何回かな?下手したら、そのうち来た時に一緒に掃除させられるようになるかもよ~。覚悟してね、ダンナ様♪ホホホ。。。
2004年06月12日
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今日は、趣向を変えて・・・現在お金もない、将来も不安定な私たちは、結婚式&披露宴をする見通しが立たない。 (^-^;)しかし、お互いに長年、生きてきて、それなりの人間関係がある。近しい友達は自然に伝わっているが、ちょっとご無沙汰の知人など、「いつの間にか結婚してました!」という訳にもいかない。でとりあえず、アノ『結婚しました!お知らせハガキ』だけは出そうと決めた。&「それなり」のところにも出す・結婚の記念が欲しい、の2つの理由で『ブライダルスタジオ写真』を撮ってもらうことにした。ネットでいろいろと調べてみた。う~ん。内容にも差があるのか、ぱっと見の表示価格にも差があるね。よく見ると、内訳に「貸衣装代込み」ってなってるのもある。お徳だなあ。でも、ちょっと撮ってもらうだけなのに、撮影代が「○万円」って高くない?スタジオも使うし、機材も高いだろうし、こんなもんか・・・。まず、衣装代込みで5~10万円以内で済みそうなところを、2ヶ所ほどピックアップ。まず1ヶ所目で、衣装を1着、試着してみる。もうかなり疲れた。これでいいやー、って思った。しかし、意識がそちらに向かっているので、ついつい雑誌を見たりとかして、日が経つと共に、こんなドレスが着てみたい・・・と欲が出てきた。それで、レンタル衣装と提携している、もう一ヶ所の写真館へと向かった。聞いたら、レンタル衣装のお店は市外。高速を使って30分。(ちなみに家から高速のインターまで、市内で渋滞30分。)でも頑張って、友達を連れて行ってみた。ん~やっぱり衣装の専門だけあって、センスいいのを置いてるわ♪【ポイント1】ドレスはレンタル衣装のお店で選ぼう!やはり、一生モノの写真だから納得のいくドレスが着たいよね。写真館に置いてある衣装はやっぱりイマイチ。デザインも古い。ちなみにお値段は、写真撮影だけなので、ほとんど20,000円で借りられた。(アクセサリー等小物も込み)安~い!披露宴とかで、1日借りるのと全然違うね~!いろいろ試着してみた。(だって、いっぱい素敵なドレスがあるんだもん♪)それから、ついてきてもらった友達に、候補のドレスを着た私を、携帯カメラで撮ってもらった。家に帰ってプリントし、親にも見せた。少し、「娘が結婚した」ってムードが家の中に広がり、ちょっとメデタイ感じになった。(よかった・・・。)遠隔地のダンナ様にもメール添付で画像データを送り、見てもらった。可愛いって言われた~。(←円滑な夫婦関係を保つため、言わざるを得ないであろう。。。)【ポイント2】ドレスの試着では、必ず、写真を撮ってこよう!その場にいなかった人にも、意見がもらえ、且つ、自分でも冷静に見ることができる。(デザインが気に入っても、自分の体型に問題ありとかね・・・。すっごくいいって思ったドレス、写真見たら胸の下にシワが入ってたよ。。。友達にも指摘を受けた。ぴちぴちじゃない?って。(-.-;)チェっ)そして、様々な話し合いがなされ、(主に、「どのドレスがスタイル良く(細く)見えるか!?」であったが・・・)ドレスが決まった。衣装屋さんにも電話を入れた。ヤレヤレ。。。すると、言われた。「では、アクセサリーを決めるので・・・。」ええ~~~!!!また行くの!?(@@)仕方がない・・・。さすがに「適当にお願いします。」とも言えない。そうか~アクセサリーか~。ヤラレタ。また、友達を無理やり連れて行った。選ぶモノは結構、いっぱいあった。決まったドレスを着た後、<1> まず、ベールをかぶせられる。<2> 次にネックレスとイヤリング<3> ティアラ<4> 手袋<5> ブ~ケ全身、身に付けて、またカメラで撮ってもらう。じゃ~ん ここでふと、ダンナ様の衣装のことを思い出した。いけないイケナイ、ワスレルトコロだった・・・。そこで、お店の人に言うと、3着ほど持ってきてくれた。「これ。」1分で決まった。さて、いよいよ写真館にも予約を入れ、ほっとしたところ、今度は「ヘアメイク、どうされますか?」(*_*)・・・ヘアメイク、そうか、そうだよね。。。「こちらで先生の手配しますと、15,000円になります。」・・・高くない?だって、メイクしてセットするだけでしょ?事前打ち合わせもなくて、当日ぶっつけ本番だし。近所の美容院に聞いてみたら、10,000円でやってくれる、とのこと。危ないアブナイ、余計な出費するところだった。【ポイント3】ヘアメイクは自前の美容院で!写真館・レンタル衣装で提携してる、ヘアメイクの「先生」は高い。(ものすごくセンスが良ければ別だけど、「正直言って変わりません。」ってレンタル衣装のお店の人が言ってたよ。)・・・思い出した。知り合いでデリバリービューティやってる人がいたんだった。電話したら、その日はOKとのこと。良かった! 10,000円でやってくれるってー。しかもっ!事前打ち合わせも込み♪ばんざーい!さっそく出かけていって、打ち合わせ。背の低い私は、上にボリュームが欲しい。意向を伝えると、様々な明るさの色のウィッグを重ねづけしてくれた。髪の色と同色のウィッグだけと、重くなっちゃう。重く見えるからと言って、明るい色だけにすると、髪の色と違い過ぎて浮いちゃう。だから、色んな明るさのウィッグの重ねづけ。ホントだーいいかも♪それから、参考にと、写真を見てもらった。そしたら、「ブーケと同じ花をヘアに飾ると可愛いよ。それくらいだったら間単にヘアチェンジできるし。」ってアドバイスもらった。なるほど!じゃあ、お花を買って行かなくちゃ、ね。【ポイント4】事前打ち合わせは、ぜひ、した方がいいです。当日、イメージと違ーうってこともないし、当日では無理なアドバイスも、もらえます。さて、来週、火曜日に撮影です。どうなるかなあ。お楽しみに・・・(^^)
2004年06月11日
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今日、友達と我が家の可愛いペットの話をしてた時、ふと思ったんだ。動物の『男女愛』って微妙なところだけど、『親子愛』は絶対にある!もしくは、人間にとっての『男女愛』は、動物の持ってるそれとは、価値観が違う気がするけど、『親子愛』には同じものを感じる。で、友達に言ったら、「ホントだ~、うん、そうだよね。」って言ってくれて、ある話をしてくれた。彼女の以前住んでいた家で、隣の家が火事になったことがあった。昔から動物好きだった彼女は、犬・ネコ・インコ・ハムスターを飼っていた。(今はカモも飼っている。)直接、彼女の家に火は来なかったけど、煙はすごかったみたい。人間たちは避難したけど、ハムスターは連れ出せなかった。そのハムスターは、赤ちゃんを産んだばかりだった。後で、彼女が見に行ったら、子ども達は母親の体の下で、生きてたんだって!!ハムちゃんの母は、子ども達を守るようにして、死んでしまっていた・・・。(ついでに父親も。)結局、生まれたばかりの子ども達は、母親がいなくなった為に死んでしまったけど、ハムちゃんの母親は、自分の身を挺して子ども達を守った・・・。聞いてて涙が出ちゃった。。。そして思ったの。人間でも、『男女愛』は、「飽きた」なんていう理由で冷めてしまったりするけれど、『親子愛』が冷めてしまうなんてことはない。最近は、自分の子どもの愛し方が分からない・・・なんていう悲しいこともあるけれど、それは極一部の話だ。他の方の楽天日記を拝見しても、「親子」の絆の深さを感じさせる日記はやっぱり多い。お母さん、ありがとう!!!これから、もっともっと大事にするね!そして、まだ見ぬ自分の子どもの存在への、『神秘』を感じた。
2004年06月09日
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仕事でヘルパーをしていた友達が言っていた。『愛情って、家族だからって生まれるものじゃない。』彼女は先日、叔母さんに頼まれて、おばあちゃんを歯医者に連れて行った。心優しい彼女であるし、ヘルパーをしている彼女は、お年寄りの扱いには慣れている。でも、違和感を感じた。一緒にいて、愛情が湧いてこなかったんだって。実のおばあちゃんだけど、普段の付き合いは、ほとんどなかった。ヘルパーの仕事で仲良くなった、おじいちゃん、おばあちゃんの方が、よっぽど愛情を感じたんだって。彼女は何年か前にもう一人のおばあちゃんを亡くしている。そのおばあちゃんとは仲良しで、ものすごく悲しくかったそうだ。亡くなるまでの間、そのおばあちゃんは闘病生活を送り、彼女は懸命に看病した。食欲がなくて、ご飯を少ししか口にしないおばあちゃんのことを、彼女は心から心配で、「もっと食べなきゃだめだよ!」と、ついつい感情的になってしまった。食べれば少しでも元気になるかもしれない。元気になって欲しい。もっと長く生きて欲しい。必死の思いがあるからこそ、だった。それなのに、歯医者に連れて行ったおばあちゃんに、「あんまり食欲がなくて・・・。」と言われたとき、「うん、じゃあ無理しなくていいからね。元々、小食だもんね。」って言ってしまった・・・。特に悪気があったわけじゃないし、おばあちゃんももちろん、そんな風に感じなかっただろう。でも、彼女はそんな自分にはっとしたそうだ。血のつながったおばあちゃんなのに、自分は何て冷たいんだろう・・・って悲しくなってしまった。もう一人、行きつけの居酒屋のママを、自分の母親のように、心配している友達がいる。<彼女とママのお約束パターン>(1)あまり流行っていない居酒屋なので(ごめんねママ (^-^;))、彼女は、一生懸命、あれこれママにアドバイスをする。 ↓(2)ママも分かってはいるのだが、なかなか実行できない。 ↓(3)そういうママに危機感を感じて、彼女はますます必死になる。 ↓(4)必死な思いが高じて、怒りに変わる! ↓(5)キツク言われてママは逆ギレ。「うちにはでけへん!」(>_
2004年06月08日
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ある専業主婦の友達が言っていた。高校の同窓会で、仕事を続けている女友達との間で、『会社勤めで休みを取ること』について盛り上がったそうだ。彼女たちの間で特に盛り上がったのは、『育児休暇・生理休暇』についてだったらしい。これがまた、「当然、必要。」というわけではなく、「こんなことで休まれたら迷惑だ。」というのが主流だったそうだ。『生理休暇』については、「こんなことで休むなんて信じられない。仕事なんだから。」『育児休暇』についても、「1年も2年もブランクがあって、仕事に戻ってこられても周りが迷惑。すぐに元のように仕事が出来るわけじゃないんだから。」・・・と、こんな調子だったらしい。私について言えば、『生理休暇』は必要だ。(以前の会社には存在しなかったが。)本当に、脂汗がにじむほどの痛さだからだ。気が遠くなるような時すらある。実際、出勤しても仕事にならないときの方が多い。『育児休暇』については、まだ経験はない。が、本当の意味での『男女平等』をいうのなら、やはり必要なのではないかと思っている。男性が子どもを産むわけにはいかないからだ。その負担を引き受ける女性が、同じ条件で働けることが平等であるからだ。そういう意味では、『生理休暇』も同じ。(赤ちゃん産むための現象だもん。)私の友達も同意見だった。しかし、同窓会の場では、意見を異にする人が多かった様子だ。とはいえ、私や友人のような意見を持つ人は、主張せず、黙って聞いていただけなのかもしれない。それにしても、『育児休暇・生理休暇』について非難したのが、「女性」だったなんて。理解してもらいやすいはずの存在が、そうはならないんだ・・・。かえって、同じ「女性」であって、そういう負担の少ない女性、若しくは根性があって(そういう問題でもないような気もするが)頑張ることの出来る女性にとっては、「自分は頑張ってるのに。」って思ったりするのかなあ。子どもを産む予定のない人にとっては、「お互い様」なんてことにはならなくて、一方的な負担(といっていいんだろうか?)をかけられることになるから、ってことなのかな。そうだとしたら、子どもを産んだ妻を持つ男性のほうが、かえって理解があったりして。自分は「資格があってもそうしない」っていうことで、余計に厳しくなっちゃうのかしら。。。もしかしたら【女の敵は女!?】は、本当なのかもしれないですね。。。(残念ですね。)P.S. 男性の方はどう思っていらっしゃるのかしら?
2004年06月07日
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2本の映画を見た。一つは『CASSHERN』。もう一つは『パッション』。『CASSHERN』は、ご存知の方も多いと思うが、昔のアニメ新造人間「キャシャーン」の実写版である。新造細胞による人間臓器の開発を目指す、軍の研究所で、予期せぬ新造人間が生まれた。(偶然か?必然か?)人間たちは、それを抹殺しようとした。同時に、(新造人間の生みの親である)東博士の息子「鉄也」が、人間同士の大戦で戦死した。悲しみから、その死を受け入れることの出来なかった父、東博士の手によって「新造人間」として生まれ変わる。そして、無差別に仲間を殺され、生き延びた「新造人間」たちは、「憎しみ」から、人間を抹殺するため、辿り着いた未開の地で、王国をつくり上げる。救済神「キャシャーン」は、迷いながらも、愛するものを守るため、戦う。『パッション』は新約聖書の4つの福音書を基にして作られた、救世主イエス・キリストが、ユダヤの大祭司に捕らえられ、十字架に磔をされ、殉教するまでを描いた物語である。どちらも衝撃的な映画だった。そして、どちらもテーマは「愛と憎しみ」。どちらも、意味深い映画だった。だが、2つの似たテーマを持つ映画を見終わって、私には真理が見えなくなった。とくに2つ目の『パッション』を観た後に。『CASSHERN』映画に込められたメッセージは、とても共感しやすいものだった。人間の、欲望という名のエゴにより「戦い」は始まり、そして「憎しみ」を生む。そして、「憎しみ」が「憎しみ」を生み、「戦い」は繰り返される。「戦い」を終わらせ、人類を救う道は、「憎しみ」を失くすことでしか、有り得ない。「憎しみ」を失くすには、「憎しみ」を抱く存在を消すこと、そうでなければ「互いに許しあう」以外にない。それを悟った「キャシャーン」は、「互いに許しあう」ことに望みをたくし、愛する「ルナ」と共に自らの存在を消した。(のだと思う。)さらに言えば、「憎しみ」は「愛」から生まれる。「愛」するものを殺された故に、奪った者への「憎しみ」が生まれるのだ。そして、新造人間とロボットの王国を築き上げた、新造人間「ブライ」は自分たちを殺そうとしたことにより、「人間」を憎み、敵としていた。しかし、最期の瞬間に、自分たち「新造人間」の真実を知る。実は、「新造人間」たちは、(新造細胞から臓器を作り出す)研究の成果が上がらなかった為に、遺体をバラバラにされた、戦争で殺された「人間」だったのだ。「人間」を敵視し、憎んでいた自らの存在が、実は「人間」だった。「ブライ」は空虚を見、そして死んでいった。「人間」という存在の、「愚かさ」の象徴なのだろうか・・・。私は、この映画で「真理」を見たように思った。平和なここ日本では、普段、日常で理解することのない、終わることのない「憎しみ」。それが今も続く「戦争」の源なんだと。しかもそれは、人間にとって、かけがえのない「愛」を抱くことによって、生まれたものだということ。そして、「人間」とは「愚かな」存在だということ。だからこそ、この「憎しみ」の連鎖から抜け出すには、「憎しみ」をもつ存在(=人間)を消すしかないように思える。それを逃れる方法は、「互いを許しあうこと」なんだと。それがこの世の中の戦争を失くす、たった一つの方法なんだと。だが、『パッション』で観て、私はまた、分からなくなった。果たして、人間は「許せる」存在たりえるのか、と。救世主「イエス・キリスト」は、自分を苦難の道(苦痛と死)へと導いた、全ての存在(残忍に鞭打ちの刑を執行したローマ兵・十字架への磔を求めた大祭司カイファ)のために、最期まで祈り続ける。死や苦痛への「怖れ」を感じながら、大いなる存在、父である「神」の意志に従い、惨刑を受け入れるイエス。愛する息子の惨状を、目の前にしながら、運命を受け入れるマリア。イエスは最期まで、「憎しみは持たぬよう。隣人を愛しなさい。許しなさい。」と言い続けた。だが、あまりに残虐な映像を前に、私は迷った。本当に、イエスは「許せた」のだろうか。自分を鞭打ち、釘で十字架に磔をするローマ兵を「愛する」ことができたのだろうか。マリアは、目の前で、愛する息子に残虐の限りを尽くすローマ兵に、少しでも憎しみを感じることはなかったのだろうか。イエスは最期まで祈った。だがしかし、それは本当の「許し」なのだろうか。「神の意志」を信ずる、自らの使命感からではなかったのだろうか。「許す」ことを「使命」だと感じたのなら、それは「使命」を感じたのであって、心からの「許し」ではないような気がする。もちろんこれは、あくまで、人間の浅い私の感覚ではあるが。そして、イエスの死の瞬間、稲妻が走り、大地が震え裂けたのは、神の「怒り」なのではないだろうか?自分の息子「イエス」に苦痛を与え、死に至らしめた「人間」たちへの「憎しみ」を感じた故の「怒り」なのではないのか?宗教に疎いため、私には分からない部分が多かったのは確かである。だが、少なくとも、私は、それほどには罪深い人間とは思っていない。その私は、これが我が身なら、マリアなら、「許す」ことなどとてもできない。人間は、「存在」することそのものが「罪」を産んでいるのかもしれない。だが、その人間を造ったのは、神ではないのか?人間が、戦争を生む「欲望」や、戦いの連鎖を起こす「憎しみ」を持つのも、神がそのように創りたもうたのではないのか?神は間違った、ということにも感じる私は、罰当たりであろう。だが、少なくとも人間同士が「許しあう」ことは不可能に思える。また、イエスの使命にも、疑問を感じる。イエスは超越した存在だった。使命を全うすることを成し得た。「許し」たのだと思う。だがしかし、イエスの信者である、圧倒的大多数の人間は、それが出来たのだろうか。イエスを慕う故に、ローマ兵に「憎しみ」を感じることはなかったのだろうか。つまり、何がいいたいかと言うと、「イエスの使命が、新たな憎しみを生む」ことにはならなかったのか、ということである。それが、今の宗教戦争の源となってはいないのか?イエスは、逃れることもできたのである。それを自ら、拒むことはせず、従った。つまり、「選択」したのである。その「選択」は、必要だったのか。その「選択」でしか、神の意志に従うことはできなかったのか。その「選択」故に、ローマ兵や、大司祭・ローマ総督は、罪を犯すことになったのではないか。それ以前に、「罪」を犯していたとしても。私には分からないことだらけである。『真理が見えない』。話はそれるが、イエスが受けた「鞭打ち」や「十字架の磔」などの残忍な行為を、当時の人間は(少なくとも一部の人間は)、苦痛を感じることなく執行し、喜びを感じていた。それを平然と直視し、興奮する市民がいた。人間がそこまで残酷になれる、その理由は何なのだろう。戦争行為は理解できる。強くあらねば、自らが死ぬことを受け入れなければならないからだ。自らを守るための、防衛本能だ。だが、刑の執行は明らかに違う。現代の日本で、これほどの残虐行為を平然と執行できる、あるいは直視できる人間は、それほど多くはないように思える。(映像でさえ、目をそむける人も少なくはなかったと思う。私も観たのを後悔したほど・・・。)「馴れ」がそうさせるのだろうか。また、理由は何であれ、現代人がそういった感覚を持たないでいられるということは、今の世の中はまだ、まともだということなのか。それは、やはりイエスが、全ての人間の罪を背負いたもうた、故なのだろうか。しかし、その一方、犯罪の残虐化・低年齢化も叫ばれている。分からない。いったいどこに「真実」があるのか。P.S. どなたか、浅い私を導いてくださいませ。よろしくお願い致します♪もし、観ていらっしゃらない方が見えましたら、是非、ごらんになってくださいませ。ストーリーが分かってても、かなり、衝撃を受けますよ。
2004年06月02日
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今日、相変わらず家に籠り(最近、オタッキーになってるなぁ)PCに向かっていると・・・ボフッツ!・・・?ボフッツ!・・・!?何かがうちの窓にぶつかった音がする。尋常でない状況に、うちのネコちゃんたちが騒ぎ出した。そしてまたもやボフッツ!「ハハハ・・・」(若い女性と子どもの声。)状況が呑み込めた。うちはマンションの1Fだ。うちの窓に向かって、子どもがボールを当てて遊んでるんだ。しかも、母親付き。(あーぁ。)(気まずいなあ。やだなあ。)と思いながら、しかし、うちのネコちゃんたちはますますうろたえて、チビなんか、興奮して「フーッツ!!」戦闘体制だ。これは放っておけない。仕方なしに、消極的アピールで窓のカーテンを開け、(何かしら?)っていう顔して外を見た。(あっ。)若いお母さんの顔がひきつった。まさに今、子どもがうちの窓に向かって、ボールをぶつけようとしている。お母さんは、さりげなさを装い、「○○くん、向こうで遊ぼうか。」と言って、子どもを促した。そして、姿を消したのである。お母さん、それでいいんですか?他人に見られなければ、何をしてもいいっていう態度、子どもに見せちゃっていいんですか?いや、それこそ「人の振り見て我が振りなおせ」だ。私も、「分からなければ」で、こっそり無意識に何かしてそうだ。過去の私を洗い出し、改めて反省するのであった。。。P.S.でもさっ、でもさっ。以前、うちの窓の外側に、「防犯柵」があったのよ。それが、いつの間にか壊れてて、管理組合に言って、直してもらった。(しかも、ちょっと迷惑がられた。)それってこういうことだったのね・・・。
2004年06月01日
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(ちょっと追加しました。)最近、暑くなってきた。そろそろエアコンを使わねばならない。最近会社を辞めて、家で仕事をしているため、使用頻度も高くなりそうだ。・・・がしかし、我が家のエアコン(私の部屋)を、季節の最初に使うのは勇気がいる。何年か前の夏のことだった。普段、昼間は会社にいるため、初めて使おうとしたのは夜だった。お風呂上りに「暑!暑ーい。」と言いつつ、エアコンを入れて「おやすみタイマー」もちゃんと設定した。「さーてっと」枕を整え、寝入りかけたそのときだった。『ばさっつ!!!』・・・?。ばさっ?電気を点けた。「ぎゃーああああああああ!!!!!」なんとっ!体長5cm(←ちょっと大げさか。)はあろうかという『ゴキちゃん』が私の枕元に鎮座していらっしゃる。本気で気が遠くなりそうだった。エアコンを使わなかった冬の間、ずっと潜んでいたのだろうか。私は冬の間ずっと、この『ゴキちゃん』と同居していたのだろうか。愉快なルームメイトとは、とても言えない『ゴキちゃん』を、泣きながら必死に退治した。数分後、殺虫剤の湖で漂う『ゴキちゃん』がいた。むろん、じゅうたんもべったり濡れている。『ゴキちゃん』の逃走経路はしみだらけ。私はこの世の中で『ゴキちゃん』ほど憎い者はない。余談だが、以前、少しの間、一人暮らしをしてみたときにも、巨大な『ゴキちゃん』が出没したことがある。そのときもむろん、『ゴキちゃん』と刺し違える覚悟で「退治」に臨んだ。と、その時、ちょうど彼(注:今のダンナ様にあらず)がやってきた。「やったー」神は私を見捨てなかった。「ちょうど良かったわ。出たのよ、殺して。」私は安堵感に包まれ、彼に微笑んだ。が。「えー。可哀そうじゃん、ゴキブリが。」「!?」私は耳を疑った。何を言っている。空耳か?しかし、彼は全く戦闘体制に入ろうとしていない。もういいっつ。この役立たずがっ。本当は怖いんじゃないのっ!?(数分後)私の勝利に終わった。何とか事なきを得、呆然とする私に彼は言った。「あーあ、yukichibinyankoちゃん、地球の生態系を破壊した。ゴキブリは悪いことしてないのに。yukichibinyankoちゃんの方が、地球にとって【害悪】なんだよ。」いったい、彼は何者なのか・・・。そう言えば、あのときも。その何ヶ月か後、私の部屋に、大きなハチが入ってきたことがある。そのときは、彼+彼の友達+私の3人だった。彼の友達は、即座に「危ないっ。yukichibinyankoさん。すぐに外に出て!」私はすぐに、ドアに向かった。ふと彼を見ると、落ち着いて座ったままである。お菓子を食べてる手を止めようともしていない。彼友「おまえっつ!何してんだよ。yukichibinyankoさんが危険だろうっ!」彼 「ん?あ、そうかそうか。よし、何とかするか。お前(彼友)頑張れよ、オレ、見ててやるから。」彼友・私「・・・。」(おい)数十分後、ようやく二人(彼友と彼ね)は、何とかハチを退治したのだった。(もちろん、彼友の活躍で。)・・・余談が長くなりました。<節約生活>先日、台所の三角コーナーに使う、網のゴミ袋をうっかり切らした。と、思いついた。そうだ。数分後、私は穴の開いたストッキング(注:洗濯済)を持って台所に戻った。足の部分をまず片足づつに、はさみで切った。さらに上下半分に。足の上半分に当たる部分を取り上げ、その下側を結び、袋状にした。ちょっとワクワクしながら、三角コーナーにはめてみる。なかなかいい感じである。伸縮力が効いていて、ぴーんと張っている。お茶ガラを入れてみた。『素晴らしい!』何が素晴らしいって、ゴミを入れた分だけ、凹むのだ。でもって下につかないから、水気も切れる。大発見だ。穴開きストッキングの再利用。この日記を見た、そこのあなた、ひかないでね。いつもはこんなんじゃないのよ。(そんなことないか。)勇気のある方は、是非、お試しくださいませ。※注意・・・下部分もはめてみましたが、幅が細くなってしまうので、スルリと外れてしまって、うまくいきませんでした。上部分は、その後も、何度も使ってます♪(・・・結局、普段使っている。)締め付けのキツイものも、もしかしたらダメかなあ(やってませんが。どなたか、試していただけませんか!?)
2004年05月31日
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~ 『マスコミと世論』~「イラクでの日本人被害者」のニュースを通じて~※ 事実を正確に語られていない面についてはご容赦くださいね。あくまでも流れで語ってます。※ マスコミの関係者の方々、それぞれスタンスは違ってるとは思います。総体的に語ってしまっていること、お許しくださいませ。一方的に非難する気持ちでもありませんので。先日、イラクで2人の日本人ジャーナリストと通訳のイラク人が襲撃され、殺害された。さて、そこで私が気になったのは、ニュースの取り扱い方の違い。少し前、世論が紛糾した『イラク日本人人質事件』との差である。前記の事件とは、あまりに扱いが違う~。あまりにも報道のされ方が小さくはないか!?確かに今回の被害者は、覚悟の上で現地入りした、プロのジャーナリスト。さらに前回の人質事件のときは、「自衛隊の撤退」という国家の危機的重大問題にまで、事がいたった。でもでも、自衛隊が派遣されてる中で、イラク問題に日本人が巻き込まれている、ということには変わりがないし、第一、今回は殺されちゃったんですよ!?今回の件との違いは何だろう?軽薄な見方ですが、(不謹慎でごめんなんさい。)もう死んでしまっているので、誘拐ほど、臨場感あふれドラマチックではないってことかな。それとも、イラク問題はもう飽きた・・・ってことなのか?【マスコミが世の中の「ウケ」に左右される】ってことじゃぁない!?また、逆の側面から見ると、【マスコミに影響されて世論が動く】というのも感じる。前回の「イラク日本人人質事件」では、まず初めは、善意のボランティアの方が誘拐されたことで、世論は被害者に同情的でもあったように思います。そして、元々平和論の観点から、自衛隊のイラクへの派兵は懐疑的だった側面もあり、犯人の要求がイラク撤退だったために、「それみたことか」と撤退論まで持ち上った。次に被害者家族の登場。家族の方たちは、無事救出を願うあまりに冷静さを失い、国策である「自衛隊撤退」まで政府に要求し始めてしまった。そして、それを声高に主張する家族の姿が、ニュースで繰り返し放送された。自分たちには言う権利がある、とばかりの姿勢に、世論は反発を覚えた。ムードとしてかなりの「イラク派兵肯定」に傾いていったほどだ。(もちろん、多くは「即時撤退に反対」だったけどね。)家族から面会を求められ、それを退けた、小泉首相に対して同情的ですらあった。ついに激しい「自己責任論」が持ち上がった。そして挙句には、家族の方や人質被害者の嫌がらせ!!!びっくりです。(余談ですが、「自分が正しい!」となると何をしても許される、とばかりに冷静な判断力を失う方、結構いるんですね。コワイコワイ)その後、人質のみなさん、無事解放。解放直後、日本の世論をまだ知らずにいた彼らが、「残ってイラクの人達のために尽くしたい。」と発言!(@@)あちゃ~。(/ \)(でも、これって世論をいたずらに盛り上げるための、マスコミの陰謀のようにも感じるわぁ。だって、アノ状況だったら無理もないんじゃない?むしろ、イラクの方々に気を遣うのが、良識ある人間なんじゃ?問題の発言の、前場面がカットされてたって話だし。むしろ、人質被害者の、その後の状況を考えて、報道するのを取りやめたっていいと思う。)その発言に対して、小泉首相「まだ、そんなこと言ってるんですかっ。」って切れ気味(――;)・・・。それがまた、ニュースで繰り返し報道。途端に「小泉批判」である。ヤンヤヤンヤ国民のみなさん、感情に振り回され過ぎ!と思うのだけれど・・・。もちろん、元々の政治的なスタンスは別だと思いますが。そしてまた、「自作自演!?」などの、様々なウワサや疑惑が駆け巡った。コメンテーターと称される方々の、様々な根拠なき発言も、その一つの要因。それを、各番組でまことしやかに報道している・・・。ヤレヤレマスコミ側もどうかと思うが、それに振り回される国民もどうかなあ。マスコミの方の事情も分かりますが・・・。視聴率を上げなければ存在意義がない。資本主義の道理ですもんね。一部の報道を見て、感情的になる国民も、必ずしも悪いわけではない。人情がなくなったら人間社会はおしまいだ。。。でも、もう少し冷静になってもいいんじゃないかな?もちろん、そんな感情的な人はごく一部かもしれないけど。とにかく!!!この事件で私が確信したのは、★【マスコミを見ていれば、これから世論がどう動くか、が分かる】ということである。(自分が感じることそのものだもんね。複雑な立場や、よっぽど特殊な感情をお持ちの方でない限り、たいていの印象は方向性が変わることはないだろう。)もう一つ、★【世論を味方につけるには、謙虚であること】だ。(たぶん、これは大きくは世論だが、日常的にはあらゆる人間関係で通じることだと思う。)だから、人質被害者の家族の方たちは、ただただ、涙を流しながら、「お願いです。助けてください。」と、訴えれば良かった。そうすれば、「自己責任論」もここまで盛り上がりを見せなかったように思う。世論が盛り上がらなければ、政治家のおじ様も、お金の請求までは言い出せなかったはずだ。ここまで大問題になってしまったのは、明らかに、強気な家族に対する、反発の気持ちだ。(注:家族の人達への批判の気持ちはありません。被害者には変わりありませんし。)小泉首相も、いくら腹が立ったとしても、そこは忍の一文字で、「とにかく、助かって良かったと思います。」とさえ言っておけば、きっとファンが増えただろう。そういえば、最近、頻繁にマスコミされている、北朝鮮拉致被害者の「曽我さん」も、その謙虚で大人しい物言わぬ態度が、より同情的な注目を集めているように思う。見習いたいものだ。で、yukichibinyankoは?・・・主張しっぱなしである。とても、同情を買うどころではない。(反省)ちなみに、今回、被害に遭った日本人ジャーナリストを手伝っていて、共に殺害されたイラク人通訳だが、その知人コメントによると、「サマワで自衛隊が復興に尽くしていることはイラクでよく知られている。その日本人と働けることを誇りにしていた。」そうだ。前回の『イラク日本人人質事件』の際には、自衛隊が、イラク人の感情として、受け入れられていないことを強調するような報道が多かったように思うが?(全体論は結局、分からない。)まったく、今の報道では、事実を事実として信用しにくい。これでは、よっぽどの事情通でない限り、国策に異論を唱えることも無意味に感じる。(特に外交。性質上、秘密事項は多いだろう。不正確・不十分な情報を元に、正しく判断できることはまずない。)もちろん、マスコミは、事実を暴くという側面を持ってはいる。結局は、それを私たち国民が、冷静に受けとめ、振り回されないことが大事なのだろう・・・という一般的な結論にたどり着いた。(完)P.S.我が夫が、いよいよ職に就くことができました!わーいわーい!!!(^-^)やっと、人並みだ。。。(T-T)ふぅ(ごめんね、ダンナ様・・・。頑張ろうねっ!)
2004年05月30日
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水曜日の10時~TVドラマ『光とともに・・・自閉症児を抱えて』を初めて観た。光とともに・・・自閉症児を抱えて自閉症を持った母親が、子ども・父親、及び周囲と、どう関わっていくかを描いている。一言で言って、為になるドラマだった。自閉症の子への理解度を、社会で高めるという意義が大きいのはもちろんだ。でも、それだけではなかった。その日、心に残ったことは2つあります。今日は、そのうちの1つを書くことにします。~ その日のあらすじ ~自閉症児「光」の通う学校で、運動会が催される。その運動会に「光」も参加して、みんなと共に「ネズミマーチ」を踊ることになった。周囲に迷惑をかけるのではないか、と不安がる母親の「東幸子」(篠原涼子)に、学校の先生「里緒秀美」(小林麻美)が、「大丈夫だから、やってみましょう。」と勇気付ける。初めは自信のなかった「幸子」だが、周囲の「光」への好意を感じて、次第に期待を膨らませる。「光君と遊びたい。」と言って、遊びに来てくれる同級生の女の子の存在や、その母親からの「何かできることがあったら言ってください。何かしてあげたくても、どうしていいかわからなくて・・・。そういう人は多いと思うんです。」という励ましの言葉。そして、同級生の男の子たちも、「光」や「幸子」に「光君、絶対大丈夫だから、一緒に運動会出ようよ!」と言ってくれる。そして「幸子」は、嬉しさから、「絶対に「光」も運動会に参加するからね。」とみんなに約束する。「幸子」は、「光」が運動会に参加することによって、もっと周囲にとけ込める、と期待を高め、練習しようとしない「光」に対し、次第に苛立っていく。・・・あらすじ終わり。(なんか、予告っぽいけど、続きは次の機会に。) ここから考えた。「幸子」が苛立ってしまったのは、『欲』を持ったからだ。「幸子」の必死の努力と「里緒」の協力とで、得られていった周囲の理解。いったん得た周囲の理解を、手放したくないと「幸子」は願った。ないと思ってあきらめていたときにはなかった『欲』。いったん手にしたものを失いたくない、のは人情だよね。私も今あるものを失うのは、ぜーったい、いや!ああでも、もし『欲』をもってなければ楽だよねえ。何かを失っても辛くないもんね。だがしかし、『欲』とは執着心であり、ときに人を頑張らせることにもつながる。事業などで成功してる人の多くは、そうだよね、きっと。(対象はそれぞれだと思うけど。)「幸子」の必死の努力も、子を思う母の『欲』だろうし。・・・そうか!自分の中の『欲』の度合いをコントロールできればいいんだ!・・・ってそんなことできないよぉ!少なくとも私には。という訳で、為になった、と感じた割には身になっていないようです。(^^;でも、どちらかと言えば、日常的には欲を持ってないほうが楽かもね。だから、方向性としては『欲』を持たないほうで行こう。しかし『無欲』なんて、どう転んでも無理だから『微欲』、いや『弱欲』を目指そう!(あくまで目指すだけ。おそらく実践はなく、無駄な宣言に終わるだろう。)う~ん、今日はまとまりがないなあ。(っていうか、中身が。ーー)今度、もう一つのほうで頑張ろう。
2004年05月29日
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今日はにゃんこの話題です。以前紹介した、黒猫のゆきちゃん(本名:雪乃♀7歳)が、最近、どうも年寄りっぽい。元々、ゆきちゃんはものすごく小食で、ご飯をあげても、いつも絶対残しちゃう。(ご飯はカリカリの固形のコーンフレークみたいなやつね。毛玉ケアとか。)1日2回朝と夜、ほーんの少ししか(大さじ1~2杯くらい)あげてなかった。それでも半分くらい食べたかと思うと、「ふうぅ。もういいわ。ごちそうさま。」って感じで優雅に立ち去る。それをそばでチビが見ていて、速攻で食べにくる。おかげでチビだけ肥満体。(--)あーぁ。ちなみにゆきちゃんは、中肉中背。たぶん、♀ネコとしては、まあまあスタイルのいい方だろう。それがここ半年、どうも様子がおかしい。何度、ご飯をあげても、少し経つとにゃあにゃあ鳴いて呼びにくる。私がPCに向かって無視していると、ネコ手でとんとん、叩く。\(--)トントンざっと1日5~6回だ。しかも全部平らげる・・・。う~ん、明らかに異常だ。初めは病気かと思って(食欲が増える病気って??)気をつけて見ていたが、相変わらず元気だ。・・・ということは・・・『痴呆』!?『痴呆』なのか!?お嫁さんが、三度三度、ちゃーんと食事をあげていても「嫁がねぇ、ご飯も食べさせてくれないんですよぉ・・・」っていうやつ!!そうなの!?そういえば、この頃のゆきちゃん、ちょっと鈍くさくなったみたい。前はあんなに機敏だったのに。(TへT)それに、最近どうも我がままだ。以前の日記で紹介したように、今ゆきちゃんはチビの勢力拡大欲に脅かされている。詳しくはこちら→発情期 ↑これ、マナ@11catsさんに教えていただいた。(その節はありがとうございます。)チビからの攻撃を避けるため、ご飯・トイレなどに出かける際は私が付き添っているのだが、この頃は、ちょっとお散歩、って時にも私が付いて行かないと気がすまないらしい。(注:うちのネコちゃんたちは、完全な家ネコで、外には出て行かない。)もう、ご飯もトイレも済んでいるので、安心してPCに向かって集中していると、また、呼びにくる。ゆき:\(--)トントン私 :(ん~?何だろう?)とりあえず無視。ゆき:(再び)\(--)トントン私 :・・・無視。ゆき:(ムッ)\(-;-)トントントン!!!私 :(何よぉ???)無視!ゆき:(ムカッ!)カプッ。(噛み付いた・・・!(@@))私 :うわあああ、何するの、ゆきちゃん!!!私 :(分かったわよ・・・行けばいいんでしょ、行けば。ちゃんと用があるんでしょうね!用が!!!)(--;トボトボ・・・(そして、約10分後、ゆきちゃんと私、何をする訳でもなく、家中うろうろし、私の部屋に戻る。)私 :もおおお。何なのおおお。ゆきちゃん!!!人間も年とると我がままになるっていうけど、それじゃあないかしら?しかも、「ネコにも『痴呆』はあるのか!?」(確か、人間の痴呆は治療法もないんだよね?じゃあ、ゆきちゃんはこのままなのー?(T-T))本日の日記は、母のリクエストにお答えして書きました。母に日記のこと言ったら、「これ書いたら?ゆきちゃんのっ!ねっ書いたら?」って嬉しそうに言ってくるの。(いつか、自分もネタになるとは知らずに・・・。ふふふ)ひなたぼっこしながらお昼寝 本棚の上で熟睡中 あんよ P.S. 今日は久しぶりにダンナ様と話しました♪すっかり遅くなっちゃった。明日はダンナ様のこと、書こうかなー?(今日の様子だと、自分のこと書かれてるの、気づいてなさそうだ。ホホホ)
2004年05月28日
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***** 私の対人恐怖症 *****私は高校生のとき、「対人恐怖症」でした。特に社会的に認知されるような実害があった訳ではありません。当時、打ち明けた母以外、誰も知らなかったでしょうし、私の「心の中」だけの問題でした。でも苦しかった。その心の苦しさが表現された本を見つけ、「対人恐怖症」だと私は感じた。だから、「対人恐怖」のために不登校になってしまう子の、「苦しい」という感覚は分かるつもりです。もしかしたら、私のような場合、私が苦しく感じてしまっただけで、同じような感情はみな、思春期にはあって、自分の中で乗り越えているのかもしれませんが。私の問題はそれほど大したものではなく、現代の問題は、もっともっと根が深く、多岐に渡っていると思います。当時の私が、同じ年代の子達と比べて、幼稚過ぎたことも事実だと思います。でも、今現在、対人恐怖で苦しんでいる子が、悪い循環から抜け出すための、一つの参考になればと思い、書くことにします。高校2年のとき、私の母がある病気で、長く入院しました。私は、母の代わりに、家事一切と母の仕事(ランジェリーメーカーの代理店)、そして一日おきの母の見舞いを全て一人でこなしていました。父と弟がいましたが、父は一切手伝ってはくれませんでしたし、弟には勉強をしてもらわなければいけないから、と一人で思い込んで、一切を抱え込みました。朝は早くから、弟と自分のお弁当を作り、学校から帰って買い物・夕食作り・洗濯をし、母の見舞いの日には、病院から帰ってからそれらをこなし、夜は夜中の2~3時頃まで、母の仕事を処理していました。若かったとはいえ、さすがに睡眠不足で体力もなくなり、ふらふらしてきます。それまでの私は、明らかに、平均以上に身なりに気を遣う高校生でしたが、だんだんそれもできなくなりました。また、完全な進学校だったので、みんな2年の半ばには、既に受験体制に入り、勉強にかなりの時間をさいていましたが、私はテスト勉強すら、できませんでした。そんな私に、父は感謝するでもなく、手伝ってくれるでもなく、今までどおりの生活を続けるだけでした。それどころか父は、入院前、苦痛で起き上がることもできず苦しむ母と、母を心配する私たちの前で、「死ぬような病気じゃないから。寝てれば治る。」と言ってのけ、病院にも連れて行ってくれなかったような人でした。挙句に、家事を完全にできなかった私を、攻め立てたほどです。私の中で、何かが変わっていきました。今まで保っていたプライドが崩れていったのです。それまでの私を保っていた、このプライドの中身が問題でした。私が持っていたプライドは、見栄と虚栄心によるものでした。中学・高校と、他の子と比べて、ある意味早熟だった私は、学校でも少し目立った存在でした。やる気にムラがありましたが、その気になれば成績も上位でした。それが、身なりに構うことができなくなり、テスト勉強ですらままならない。その現実が、私のくだらないプライドを崩し去ったのです。もう一つ、遠因があったかもしれません。父からの愛情を一切感じることができなかったことで、父から愛されない自分の存在自体を、否定的に感じたこと。愛情どころか、他人よりも冷たく感じさせる父でしたから。それまでは、母の深い愛情に包まれていたために、気づかずにいられたのです。とにかく、私は自分に自信がなくなり、人に自然な笑顔を向けられなくなりました。そして、自分が気の効いた対応ができない、つまらない人間だから、誰にも愛されないという思いに囚われて、「対人恐怖症」になりました。人と接するのが苦痛に感じられました。私は間違っていました。私が「愛されない、もしくはそう感じる」原因は、環境によって落ち込んだ、みじめな自分だからではありません。「落ち込んだ状態の私でも愛される」と自分が思える『実績』が、私にはなかったのです。様々な意味での、外見ばかり磨くことによって人の気を引き、愛されようとしていた私は、中身がなかった。自分がどんな風に見られているか、ばかり気になって、人の気持ちを理解し、何を求めているか、を基準にして行動していなかった。そして、そのことを心がけ、努力することによって、そうできたと思える『実績』がなかった。その結果得られる、愛された『実績』がなかった、もしくは、自分で認められなかった。だから、「たとえ、環境的にどんなにみじめな私であっても、愛される」という自信がなかったのです。私の場合は、元々、我がままで、思いやりの心の少ない人間だったことも問題だったでしょう。「本当に愛される人間」がどんな人間かに気がついていなかった、私の幼稚な、未成熟な心も大きな原因でもあります。もっと言うと、「愛される」ことの大切さ・有り難さをそれほど感じていなかったのかもしれません。自分が弱い立場になって、初めて気がついたのかもしれません。それからは、自分なりに努力してきたつもりです。まだまだ足りないことだらけの私ですが、私を思ってくれる友人もいます。彼らには、心から感謝しています。これからは、私の周りに居てくれる人達全てに、感謝の気持ちを行動にしていかなければ、と思います。まだまだ、できていません。できていないことによって、少し不安に感じる自分も居ます。現代の「対人恐怖症」で悩む子どもたちは、何も悪いところがないにも関わらず、理不尽に自信喪失させられているのかもしれません。でも、陥るきっかけはそうだったとしても、一度そうなってしまったら、少なくともその後は、以前の私と同じ仕組みにはまってしまっているかもしれません。***** 『努力』→『実績』→『自信』→『安心感』→『余裕』の循環 *****今の世の中で、なんとなく自分の人生に対して焦るような気持ちを感じている人が多いように思います。そのほとんどは、到達したい自分になれるだけの、『実績』を積むことができていないからではないでしょうか。もちろん、努力しても到達できない領域はあります。そしてまた、現代は複雑で、情報があふれ過ぎており、これといった目標が見つかりにくいのかもしれません。でも自分なりに、何らかの可能性を期待することができる程度に、日々何かしらの努力をし、『実績』を積んでいれば、少なくとも希望は持てます。苦しくはないはずです。ここまでやった、という『自信』につながって、揺らぐことのない『安心感』が持てる。自分に余裕が持てるのです。反対に、『実績』を積むことなく、日々を過ごしてしまっていると、どんどん焦りが募るばかりです。自分に納得のいく言い訳を見つけたところで、それは一時的な心の平安にしか過ぎません。目を背けていても、冷静に考えたとき、そのことに自ら気が付いてしまいます。何より、客観的・社会的評価が得られず、気づかざるを得ないのです。『自信』も『安心感』も生まれません。心に余裕もありません。この文章は、今の私に自分を振り返らせるための文章でもあります。今から、また新たな気持ちで全てのことに臨みたいと思います。長い文章をお読みいただき、ありがとうございました。読んでくださった皆様に、心から感謝致します。P.S.ちょっと重たい内容でしたね。明日からはまた、いつものトークに戻りたいと思います。P.S.2 今日の日記、重すぎたので、誤解のないよう、こちらも是非、お読みくださいませ。今の私でございます。(^^)『政治家志望のつらく厳しい道のりパート1』<トラックバックします>彼女のトラックバックから、また考えが深まりました。★彼方野マリア(あなたのまりあ)宣言!★。さんへ結論から言うと、マリアさん、あなたは愛されています。(^^)えーとね、マリアさんの> 変に構うと駄目よ甘えるし巻込まれるよ(笑> 元気になるのを見守ってくれたらいい。相談でもしない限りはね。これは、≫「落ち込んだ状態の私でも愛される」と自分が思える『実績』の「愛されてる」確信がある状態からの発想なんだ、実は。「対人恐怖」(正確にはそうかは分からないけど)の状態の私にとっては、たとえ自分が望んでも、「構ってもらえる・甘えさせてもらえる・見守ってもらえる・相談させてもらえる」なんていうこと、まるで思えないの。選択権がないの。「人間不信」って言ったほうが分かりやすかったかな。それから、「落ち込んだ状態」はもう少し説明が必要だったね。これは、「お洒落もできず、勉強も遅れていく」ことだったの、その頃の私にとっては。つまり、羨望の目で見られる存在でいることが誇りだった!(事実そうっだたかどうかは別として(^^;)自己満足の世界ね。)それだけが全てだったんだぁ、すごい虚栄心だったよね。ありのままの私には自信がなかったんだ。このことは、「対人恐怖」になってしまう、平均的な理由ではなくて、私だけの個別な原因。でも、きっかけは別として「人間不信」から「対人恐怖」になってしまった場合、立ち直るには、自分が頑張って、周囲に認められる、ことを体感するしかないんじゃないかなっていうことを言いたかったんだ。そして、生きていくことに不安になったとき、私はこのことを思い出す。不安になるのは、努力していない、動いていない自分に原因があるから。不安になって当たり前だよ、って。ちゃんと一つ一つ実績を作っていれば、今が不安になることはない、って。前向きになるための、一つの方法ね。それと、頑張ってる人が不安になるのは、やってもやっても結果が出ないときだよね。> 私どれだけ実績作ってきても苦しんだけど。> 努力や実績が自信にはならなかったよ。あ、開き直りにくらいにはなれた。> 自分を愛さない人から実績を確保しようとしてたからかな。うん、このことに私は解決できる答えを出せない。「努力しても到達できない領域」は必ず存在するからね。ただ、世の中には私と同じように、努力していない段階で、今の自分に不満を感じたり、漠然と不安になったりしてる人がいるように思ったから。極端なことを言うと、英語を勉強してないのに英会話ができないとか。小説を書いてないのに小説家になれないとか。必死にお客さんに電話したり訪問したり、ニーズをつかむことを考えたり、セールストークを磨いたりしてないのに、営業成績が上がらなくて出世してない、とかね。当たり前なのに、自分を振り返ることができず、気が付かないっていう話。今日の日記は自分を戒めるための文章です。だから、この文章は、マリアさんのように頑張ってる人には不要です。(^^)惑わせてごめんね。P.S. あなたのように考え深い人には、元々分かってることばかりの文章なのに、そういう人がこれを読んで反応してしまうのねー。
2004年05月27日
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今日、NHKのクローズアップ現代『不登校をITで救え』を見た。→ 5月26日(水)放送『不登校をITで救え』紹介された制度が素晴らしいので、今後、全国の自治体に広がればと思う。※末尾に資料として概要を載せました。***** 番組内容 *****岐阜県可児市の取り組みで、国の構造改革特区の一つに認定された。システムの具体的な内容は、次の2本柱になっている。 ITサポーターと呼ばれるスタッフが、不登校生徒とメールのやり取りを通じて、コミュニケーションをとること。 メールのやり取りやインターネットによる家庭学習を出席扱いにすること。ITサポーターの方は、主に大学生で、不登校生徒からメールの返信がない場合には、その子の家まで訪問していた。様々な働きかけをすることで、信頼感を深めることにより、生徒の心を解きほぐしていったようだ。スタジオゲストとして招かれた、森田洋司さん(大阪樟蔭女子大教授)のコメントによると、ITサポーターに大学生を登用することは、彼らが子どもの年齢と近く、子どもに安心感を与えられる利点がある、ということだ。(年代的にITに強い、という利点もあるだろう。)そして、生徒はメールを通じて、ITサポーターと心を通わすと共に、相手の反応(生徒の描いた絵を見て感動する、など)により、『自信』を取り戻していく。また、の制度で、これを出席日数として認めることにより、生徒に、学校とつながりがあるという『安心感』・『自信』が生まれる。更に、ITは地域が限定されない、という利点もあるので、範囲を限定することなく効果が期待できる、とのコメントもあった。***** 番組を通じての感想 *****~ 『安心感』と『自信』が不登校生徒を不登校から救う ~< 安心感について >上記の『ITサポーターが、子どもの年齢と近いため、子どもに安心感を与える』ことは、正に今日、実感として感じた。友人が、1歳になる子どもを連れて遊びに来たのだが、しばらくの間、母である友人にしっかりしがみついて離れなかった。友人によると、同じくらいの小さい子どもがいると、すぐに手を離れて遊びだすという。特に母親なら、誰でも感じている事実である。この『安心感』は、精神発育途中の子どもたちを、大人、あるいは社会が導くのにあたって、必要な要素なのだろう。< 自信について >メールを通じて相手の反応によって生まれる『自信』、出席日数が増えることによって生まれる『自信』。この『自信』は、『実績』を積むことで生まれている。甘やかされているだけでは『実績』は積むことはできない。本人が、やらねばならないことを自覚し、行動してこそ得ることができる。ただ、不登校の生徒には、自分でそうなれるよう「導くこと」が必要なのだ。それがなされていないのは、不登校の児童・生徒に限らないのではないだろうか。現代の社会生活の中で、ストレスを感じる原因のひとつは、突き詰めればこの『自信』の足りなさにより、余裕が持てない状態になって焦りを感じることもあるだろう、と私は思う。言い換えれば、「努力して『実績』を積む」ということができていない、ということだ。そして、余裕のなさは人生全般、あらゆることに影響する。「お金持ちは人に優しい」「余裕があってこそ人に優しくなれる」は巷で言われていることだ。< 実績の必要性 >簡単な例をあげれば、「学校の宿題」。家に帰ってすぐ、片付けてしまう子は、気持ちに余裕たっぷりだ。おそらく、できた中身も充実しているであろう。(能力的なことは別として、その子の満足度。)できていないまま時間が経ってしまうと、期限が近づくにつれ、気が重くなってくる。性格によって、その程度に差があるが、多くの子は時間が経つことに、だんだんプレッシャーを感じて手をつけることになるだろう。そして、なんとかこなす。出来具合はどうだろう?とりあえず、学校に行くまでには気持ちに余裕が出る。ここで、結局できなかった子はどうなるか?焦りを感じ、できていないことに関して、少なからず劣等感が生まれる。余裕などあるはずもなく、精神的に苦しい思いをする。もちろん、周りの評価も得られない。中には、開き直って、宿題くらいできてなくてもいいや、って思える子はいるだろう。理由があって、先生に申し開きできる子もいるだろう。一時的に落ち込んでも、すぐ忘れてしまう子もいるかもしれない。だがしかし、多くの子はそうではないだろうし、たとえ、宿題に関しては開き直れても、人生の課題全てという訳にはいかない。理由があったところで、それは、先生に怒られる、ということから逃れられただけの一時的なものだ。宿題ができてないことに変わりはなく、世間の評価は得られない。社会人であれば、問題外として相手にされなくなることもある。そしてまた、忘れてしまえることばかりでもないだろうし、本人が忘れたところで、できなかったことに対する周りの評価は変わらない。自分でも気づかないところで、自分に跳ね返ってくることになる。そして、結果的に、その人の心に影を落とす。実績は目に見える事柄ばかりではない。それは、人間関係にも当てはまる。実は、私には、あるきっかけでそのことに苦しみ、乗り越えた経験があります。次の日記でそのことを記します。***** 特区の概要(資料より引用) *****『IT等を活用した学校復帰支援特区』学校復帰支援特区< 特区の概要 >不登校児童生徒に対し、学校復帰支援プログラムに従って引きこもり状態からの脱却を希求させ、その際に障害となる登校日数の不足、それに伴う学習の遅れ、集団生活に対するおそれなどを取り除くため、家庭訪問等の支援を行いながら、IT当を活用した学習活動や体験活動を出生扱いとするための条件整備を行う。< 適用される規制の特例措置 >IT等の活用による不登校児童生徒の学習機会の拡大
2004年05月26日
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今日、友達が結婚祝いを持ってきてくれました。去年生まれたDくんも一緒に。可愛いー!そして最近よく言われること、またまた言われてしまいました。『水野真紀みたい!』って・・・。恥ずかしー!恥ずかしすぎるー・・・!身分も現状もあまりにも違い過ぎる~!(一番違うのは、私自身なんだけどね・・・ほっといて。)かろうじて、「政治つながり」なだけだもん・・・。一種の流行語になってる気もするが・・・。みなさん、励ましの意味も込めて、持ち上げてくれているんですね、きっと。(TT)あ、ありがと~。でも実際に、今いち本当に分かってない面もあるかも。『政治家志望=政治家になれる人』、ではないことを。(そんなことないかな?)でも、身近にこんな『チャレンジャー(デンジャラスの間違いか?)な人生』を送ってる人なんて、そうそういないですもんね。というわけで、今日は正確な現状報告をしたいと思います。題して『政治家志望のつらく厳しい道のりパート1』私たち夫婦は現在、無職・無収入です。(TT)あ~あ。で、お互い、未だに実家寄生中。(家族の皆様、ご迷惑かけております・・・。)もちろん、夫は就職活動中。この場合、どこかの政治家の事務所でお勉強・・・というのが世間でのお約束のようですが、彼なりの考えがあるようで、いわゆる『政治家秘書』は希望していないようです。(どうなるかわかりませんが。)ちなみに彼はM塾出身。(分かる人は分かりますね。)『政治家の登竜門』のように思われている方もみえますが、何の保障もありません。選挙があるから当然ですが。お膳立ても何もありません。チャンスだけは、一般の方よりはあるかもしれません。でも結局は、運と実力です。(ま、どこの業界でもみんなそうなんだけど。)実際に政治家になれるのは、卒塾者の1/4だそうです。でも、この数字、2世も含んでるからなぁ。(我が夫には、なーんの基盤もありません。)いざって時、立候補できるかどうかすら分からない。(無所属だったら別だけど。でも、実際には「無所属」で打って出る候補者も、こっそり推薦をもらってたりする。それでも名目上は無所属。)党員ではあっても、公認が取れるとは限らない。おまけに今度の選挙まで、肝心の党も存在するかさえ不確定!(怒られるかな?)ということは、今現在、サラリーマンのかたが、選挙が近づいたら立候補するのと、何ら変わらないかも。(その方が貯金できてそうだし・・・。うーん、頑張らないと。仕事しなくちゃ。)つまり、今あるのは『日本を良くしたい。』という志のみ!!!私が選挙を手伝っていた、同じM塾出身の政治家志望○○も大して変わらない。彼は今までに3度の選挙を経験しているが、未だ志実らず。生活の不安から、親に頭を下げて、司法試験の勉強中・・・。(ここ訂正:司法試験じゃなかったよ。司法書士だって。カンチガイでした。ハハハ!)だからね、現場を知ってる人はちゃんと分かってて。ついこの間、夫の知人(とある教育関係のNPO法人代表)に2人でご挨拶をしに行った。代表者「いやー、話聞いてすごいなあ、と思って。いやーすごい。よく(結婚を)決められましたね。いやーすごい。だって、無職でしょう???」夫&私「は、はい・・・。」代表者「いやー、奥さんのご家族、よく説得できましたねー?大変だったでしょう。」夫 「・・・。」私 「あ、いえ、うちの家族は気楽な性格ですからー。ハハハ・・・!」頑張れ!ダンナ様!!!(^^)・・・お義父様、お義母様、ごめんなさい。見てないと思うけど。(見てたらタダじゃ済まないよね(^^;)そして、私、yukichibinyankoは。今年3月に会社を辞めて、今はPCでシステム作りの仕事をしています。まだ収入にはなっていません。(TT)******************************************************<yukichibinyanko by 弟>先日、母の日に、弟がカーネーションを持って訪ねてきた。彼は何年か前に結婚し、近所に住んでいる。仕事が忙しそうで、会うのは久しぶりだ。私「あー、久しぶりー!」弟「あ、久しぶり。お母さんは?」私「いないよ。あ、そういえば。私、この間結婚したから。」弟「えっ!!!」私「だって、忙しそうだったから、なかなか言う機会なくて。」弟「・・・いいけど。で、何でここに居るの?」私「だって住んでるもん。今、無職だしー。」弟「えっ?相手もここに住んでるの?」私「ううん。彼も実家。」弟「おかしいだろ!それ。」私「えーっと、彼は、地元が○○で、政治家、目指してて、今、就職活動してて・・・。」弟「って、相手も無職!?」私「ヘヘヘ・・・。」弟「あ、あなたね・・・。で、いつ一緒に住むの?」私「うーんとね、彼が就職できたら考える。」弟「考える!?考えるって!?」私「だって、選挙1年前からは、地元で活動するから絶対、私も向こうに行くけど。それまでは、実家に居て貯金しようかなあ、と思って。もし、子供とかできたらお母さんにみてもらえるし。でも、近所に人には未婚の母だと思われるよねえ・・・ハハハ。まあ、出産費用ないから産めないけど。」弟「わかってるんだね・・・!?変だって、おかしいって、自分でも分かってるんだね!?」私「ん?うん、まあ、ねえ。」弟「あ~~。もう、いいけどさ。他人にも言ったの?このこと。」私「結婚したってこと?うーんと、友達にはね。ま、適当に。」弟「言うなよ。」私「?」弟「向こうに行くまでは言うなよっ!」私「???」弟「だからっ!あなた、向こうに行く前に離婚しそうだもん。黙っとけば、わからん。」私「(@@)・・・(なんてこと言うんだ)。」・・・公務員の弟にとって、私の評価は大変低いようだ。さあ、お仕事するぞー!!!今日遊びに来てくれたDくん♪なんて可愛いの(^^)P.S. M子へ子育てで忙しい中、今日はわざわざありがとう!今度、PC直しに行くね!
2004年05月25日
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北朝鮮の拉致被害者の家族の方が一部、日本に帰ってくることができた。一部の方々だけでも帰ってこられて、本当に良かったと思う。今回、残念な結果に終わってしまったご家族の方々には、大変遺憾に思います・・・。心から再会を喜ぶ家族の方々の姿を見て思った。今の私は、一緒に暮らしている家族の存在に、これほどまでに喜びを感じてはいない。日々の感謝や思いやりは、もちろん感じていなくはないけれど。そこで思い出した。人が幸せや不幸を感じるのは、それまでの状態から変化した分だけ感じる、と言った友達の言葉を。つまり、幸・不幸感は、絶対値ではなく、比較級で起こるものだ、ということ。『幸せは、失ってから初めて気づく』っていうのはそういうことだよね。絶対的幸せがあるのなら、少なくとも、失う前はずーっとそのことを感じていられるはずだもの。(日常のちょっとしたことで、ふと感じたりはする。でも、感動を呼ぶほどではないよね。)恋愛でも、出会いの頃は、会えるだけで嬉しくて、無条件の幸せを感じていられるけど、付き合いだして時間が経つと、だんだんその気持ちが薄れてくるのは、誰もが経験することだよね。そして、失うときはとっても辛い。今一度、意識しよう!私が今、幸せでいることを。そして今、私の周りにいてくれる、全ての人達に、「ありがとう!!!」(聞こえないって。。。(^^;)*******************************************************さて、ようやく初仕事の形が見えてきました。(で、日記を書けるようになった。)久しぶりに頭を使ったわ、うーん気持ちいい・・・。2ヶ月近く、怠惰な生活を送っていたものですから(^^)エヘ。日曜日、幼なじみの2人(仮:T子とY美)と、久しぶりにお食事に行ってきました。八事・音聞山の『珊瑚礁』CHINA TABLE kahului 珊瑚礁 (チャイナテーブル カフルイ サンゴショウ)誰を連れて行っても喜んでもらえる、素敵なお店です。オーナーがかなりの切れ者!店舗の設計から、インテリア・メニューにいたるまで全て、自らプロデュースしてます。接客も素晴らしい。(訪れる際は予約したほうがいいです。)そこでの出来事。牛肉と季節野菜の味噌ピリ辛炒め(だったかな?)を注文した。メニューを見ると、中華パンがついてくるみたい。店員さんが、オーダーを取りに来た。店員A 「牛肉と季節野菜の味噌ピリ辛炒めでございますね?」T子 「はい。パンはいくつ、ついてますか?」店員A 「3つです。」幼なじみ3人「あ、よかった。ちょうどいいね。」店員A 「では、失礼します。」私 「Tちゃん、さすが。前もって確認するなんて。」Y美 「本当、本当。私、Tちゃん、もう追加を頼むのかと思ったわ。」幼なじみ3人「ハハハ・・・!」うーん、やられた。料理が来てから、その分量を気にするのは当然。おしゃべりに花が咲いているのにも関わらず、細やかな気配りを怠ることのないT子。さらにY美の発言も、T子の大食いをちゃんと頭に置いて、気にかけてることが前提。(Tちゃん、ごめん。あ、でも彼女はスタイル抜群なので誤解のないように。)愛情があってのセリフであり、なおかつ笑いを起こしてる。もしかしたら、Y美の性格からすると、自分でも気がついてたにもかかわらず、Tちゃんをたてて言ったセリフかも。さすが私の幼なじみだ!?うーん、見習って日々精進せねば!いつも勉強させてくれてありがとう、T子にY美。ずっと友達でいてね!P.S.結局、料理は私が一番多く食べてました。また太りそう・・・反省。珊瑚礁のノンアルコールドリンクペリエ&フレーズ(中にフローズンストロベリー・可愛い♪) シャーリーテンプル(小バラが入ってます♪)
2004年05月24日
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最近、我が家の二匹のネコ(♀×2)が仲が悪い。発情期で、気が立ってるみたい。(避妊手術はしてあるのだけれど)昔から住んでいる、7歳になる黒猫のゆきちゃんと、2年前、交通事故に遭ったのを、うっかり目撃し、成り行きで飼うことになってしまった、ちび3歳(推定)。ゆきちゃんは、頭が良く、動きも機敏で、場の空気が読めるネコだ。留守番電話をとる、という芸も持っている。(余談だが、いつかビデオにとって某TV番組に応募したいと思っている。)ちびは、見るからにアホそうで、鈍くさい。(交通事故に遭ったときも、明らかに自分から車に飛び込んで行った感がある。)たまに姿を見かけないなと思ったら、冷蔵庫の裏側に落ちている。当初、ゆきちゃんが優勢を誇っていたのだが、年のせいか、最近ちびが勢力をのばしてきた。ゆきちゃんがピンチだ。ちょっと目を離すとちびに攻撃されている。その度に、ちびを追っ払わねばならない。今、ゆきちゃんは、ほぼ一日の大半を私の部屋の本棚の上で過ごしている。スペースに限りがあるため、ちびから不用意に攻撃されることがないのである。しかし!!ご飯とトイレは別の部屋。そのため、ゆきちゃんは、お腹が空いたり、トイレに行きたくなると私を呼ぶ。ゆきちゃん(にゃあ~)私(はいはい)・・・私がゆきちゃんの護衛をしながら大猫行列だ。(TT)(小さいけど)う~、早く発情期が終わって欲しいものだ。うっかり出かけることもできない。先日、ダンナ様のところに三日間、行って帰ってきたら、ゆきちゃんが妙によそよそしい。いつもは私が家に帰ると、仕事から帰ったダンナ様を迎えた新婚の奥さんみたいに(私は違うが)いそいそやってきて、「おかえりなさい、寂しかったわ」とばかりに(にゃあにゃあ)鳴いてすりすりしてくるのに。明らかに私を見る目が冷たい・・・(TT)「今更、なに?」とでも言いたげだ。どうやら、私がいない間、不安な日々を過ごしていたらしい。見捨てた私を恨んでるんだ・・・。ごめんね、ゆきちゃん。焦ってご機嫌取りしてたら、翌日にはいつものゆきちゃんに戻っていた。よかったー!!(T-T)いや、よくなーい。(-.-;)早く発情期が終わってー!!!(ところで、ネコの発情期っていつまでなのかな?)p.s.もし複数、ネコを飼ってて、対策をご存知の方がみえましたら、是非、教えてくださいませ。。。
2004年05月23日
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今日、初めて楽天の日記を書きます。ちょっと緊張です。(無意味)この楽天日記を始めたきっかけは、友人の日記です。わらしべ長者日記彼女とはかれこれ○年の付き合いになりますが、日記を読むようになったのは最近です。彼女の体を張った?日記が面白くて、衝撃的でした。こんなに捨て身でいいのか???といった内容盛りだくさん!こんなのとか・・・その後の精子君たちこんなのとか・・・エロ系3部作最終作?「中だし考察」私も、彼女を目指します!(なんだか恥ずかしいので彼女にはまだ内緒・・・。日記で紹介するのは、以前承諾済み)今日、お仕事の打ち合わせに行ってきました。ある寝具メーカーのデータベースを作るお仕事です。以前、勤めていた会社で学んだ、Accessを使った顧客データの入力・検索のシステムを作ります。実は、これも独立してからの「初」仕事!うーん、頑張るぞー!!!p.s.実はダンナ様とは遠距離結婚(っていうのかな?)の私。ダーリン、頑張ってね♪
2004年05月22日
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