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昨日、午後は、再臨主の本の続きを拝読・・ボンネッコルからの出発と先駆けて神様に 導かれた弟子達との感動の出会いとキリスト教によって謂れのない中傷罵倒の迫害イエス同様 異端と決め付けられ、本来は、迎えるべく準備されたキリスト教の失敗・・ 真実と事実が再臨主によってようやく語られている・・歴史と成約聖書に永遠に語り継がれる これから、韓国と日本のキリスト教の牧師達の動向も永遠に歴史が物語ることになる・・ 日本のマスコミも同様に神様の栄光によってあからさまに正体が暴かれる日が近い・・ 水戸黄門のラストシーンのように今まで、再臨主を迫害してきた者達が如何に極悪人か・・ イエスも映画「パッション」を見れば・・当時のユダヤ教のトップ達とローマの兵士達が 如何に愚かで極悪人だったかが理解できる同じ過ちを反対牧師と無神論者とマスコミが 歴史は、繰り返す?永遠に歴史、成約聖書で語り継がれるというのに? 賢い人は、悟って行動するでしょう。
2009年10月28日
今日10月26日は、彼女が逝って13回忌を迎える・・1997年だった。 再臨主が祝福を行われている時、原因があって結果がある。 故人は、人間的には、とても良い人で愛嬌もあり、人なっこく 親しみやすい部分が多く周りには、好かれていたが縦的信仰が欠けていた。 最優先順位の判断を誤り、アダムの位置を確立してない夫に・・ 魔が入っていることに気づかない?認めたくなかったのか? ずるずると同調し、魔に、つけ入る隙を与えてしまった。 神が守る条件が徐々に無くなり、三箇所からの通告(警告)にも耳をかさなかった。 表面は、謙虚に見えて内面は、傲慢で神の目よりも、人の目を意識し プライドの高い「自分に甘く、他人に厳しい」? 最も苦労し再臨主の前に、人材と経済で実績を残した先駆者を裁いていた。 相手を認めようとは、せずに自分は、認めらようと?主役のともりで 傲慢になっていることに当の本人は、気がつかずにいた。 自分のプライドを最優先に神の摂理を無視し、軽んじた結果。 二階建ての住居を新築中、内部に入る直前に逝った生まれの人。 自分より基準の低い人のは、よく見えアドバイスもしていたが・・ しばらくし、姉も(霊能者)倒れ、半身不随になった。 姉がもっと真理を良く理解していたら?とも悔やまれる。 霊能者は、自分と身内のは、見えなかった。(同レベルだから?) 真理を知り、祝福を受けた者へのハードル、魔の試練は、厳しい。 魔は、実に巧妙でその人の弱い部分を知り尽くしている。 魔の悪知恵を上回るほどに、賢くなって神との絆を深めることが 如何に重要かを、まざまざと思い知らされた日だった。 神の道をゆく人で、ある程度修行をした人でなければ、理解不能。 周りの凡人達は、「宗教、信仰をもっても意味がない」と躓き、 魔は、しめしめと嘲笑っている。 本人の理解不足と神が守る条件の無さ、判断ミスの結果。 イエスが洗礼ヨハネの死を知った時の心情に近いものを感じた。
2009年10月26日
「平和を愛する世界人として」を拝読し、神様から妻子を置き去りにしたまま 北に向かいなさいと聖書に神様のお告げは、最優先にしなければならない教訓が 私自身も信仰生活で重なる出来事が、数回あったのでよく理解できた。 イサク献祭に価する 神と魔に試練を受け、判断を誤れば命にも関わる大きな試練の時 天情か人情で行動するか? 神と魔と霊界が固唾を呑んで見つめているのをひしひしと感じた。 失敗していたら今、私は、この世にいない。 真理を知り、神の元へと帰る(血統の代表としての・・) 魔は、そうは、させまいと人情で邪魔をする。 経験と体験をした者にしか理解不能。 再臨主の再婚問題を大げさに取り上げる反牧集団とマスコミは、 謙虚になり再臨主の人生の歩みを今、一度検証しサウロがパウロ?のようになったら 再臨主が御臨在されている時に悔い改めて行動したなら サウロよりも英雄に再臨主が昇華されてからでは、天地の差が!! 天国と地獄と同じで、どちらを選ぶかは、自己責任、反逆者は皆、同じ 反逆している元信者も世界や韓国の動きを見て後で後悔のないように 行動次第で神か魔か霊界で支配下が決定される時。 聖書ルカによる福音書4章22節にイエスが「なんでも、隠されているもので現われないものは、なく秘密にされているもので明るみに 出ないものは、ない。」といくら隠蔽しても無駄だとあります。 10章44節~48節「地獄では、うじがつきず、火も消えることがない・・・」 怨讐を愛するには、その怨讐の相手の悔い改めと謝罪があって 始めて、この世で和解できるのであり、 反省と悔い改めもなしで? 許し、愛する?ことなど人として、できる道理がありません。 それこそ、「自分に甘く、他人に厳しい」?
2009年10月25日
今朝も雨・・月曜日からずっと降り続き・・数年前の長雨の被害が再び?かと気になる・・ 再臨主の本・・一章を読み始め・・世界から飢餓が一日も早く無くなり聖書の黙示録に 記されている通り・・全ての人々の目から涙が拭い去られる日が訪れますように・・ そのことを子供の頃から実践し行動され生きがいに・・人々の幸せを喜びとしてこられた・・ 再臨主・・文鮮明先生だから多くの奇跡を神様が起こさずには、いられなかったのだと あらためて・・神様は、善の行動を条件として感動によって奇跡を起こされるのだと実感・・ 人の目よりも神の目を意識し生きることが人生の幸福の原点・・基準の低い心の物差は、 魔の目線・・如何に心の基準を高め神様に近づけるか?人生・・究極の生き方なのでは? 再臨主の生き様が物語っているように感じる・・自分が今日、何を食べたと・・自慢? することが恥ずかしく思える人こそ善人と言える・・この世から飢餓が無くならない限り・・ 同じ人としての痛みを分かちあえれば・・節約し貢献することが苦にならず自然にできる・・ そのことを身をもって教え導いてくださった・・再臨主に感謝♪
2009年10月17日
イエスの再臨(文師)の本が届き早速、序章を読み終えたイエスが果たせなかった人類の親に なるべく神から遣わされた方なので・・誰も嫌うことができない、それどころか敵を懐に抱き 神の願いを只、ひたすら人生をかけ伝え続けた結果・・世界の人々から再臨主と認められる 時をようやく迎えるまでに私は、再臨主(メシア)でなくてよかった嫌いなものは、嫌いだと 言える・・人類の親になる必要もないし・・責任もないから、それを考えると御父母様は、 想像を絶する困難な人生(イエス同様に)だったことが容易に理解できる・・神の摂理の為に 魔からの・・生死をかけた試練をも幾たびも越えてこられた・・自らの人生、家庭をも犠牲に されながら・・歴史がイエス同様に再臨主を語り継がれる時代圏を迎えることに・・ ヨハネによる福音書3章20~21節にイエスが「悪を行っている者は、みな光を憎む。そしてその行いが明るみに出されるのを恐れて光に こようとは、しない。 しかし真理を行っている者は、光に来る。その人の行いの神にあってなされたということが 明らかにされるためである。」 本物のイエスの再臨として文師をようやく世界の首脳陣、宗教指導者達が神からの真理である と受け入れ、地球一家族を目指して神の御国が実現できる時を向かえた♪
2009年10月16日
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