瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内シーカヤック日記

May 1, 2006
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カテゴリ: カヤック
愛媛県今治市関前の岡村島。 風光明媚で静かなこの島は、シーカヤックで訪れるお気に入りの島の一つ。 年に数回はキャンプツーリングに訪れるのだが、今年は、なかなか天候に恵まれず、冬に自転車でキャンプに行ったきりだった。

せっかくの連休だ。 いつもなら一泊で帰るのだが、今回は連泊して、大三島あたりまで足を伸ばしてみよう!

***

5月1日。 日本海ツーリング&千原温泉の旅から帰った翌日の朝、こんどは蒲刈へと向かった。
いつもの浜でフネを下ろし、いつものようにキャンプ道具をパッキングして、9時過ぎに出艇。 天気が良く、今年初めて半袖Tシャツでパドリング。

追い風に乗り、豊島、大崎下島の南岸を順調に進み、2時間弱で大崎下島の御手洗に到着した。
今回は連泊でたっぷりと時間が有るため、風待ち潮待ちの港として、また『おちょろ船』でも有名だったこの町を、久し振りに散策する計画だ。

***

1934

通りを歩いていると、北前船やおちょろ船、みかん船などの模型をつくっているおじさんと旅行者らしき人が話し込んでいる。 『・・・は、昭和33年まであったんじゃ』 『そうですか、私はまだ生まれてないですねー』



船が発達して”地乗り航路”から”沖乗り航路”に変わり、風待ち潮待ちの町として栄えた御手洗。 松山を朝出て航海すると、夕方くらいにちょうどこの御手洗に着くので、一泊していくにはちょうど良い場所だったこと。 中には、遊び目当てで、風や潮には関係なく寄っていく船があったこと。 遊びすぎて船を売ってしまった人も居た事などなど、興味深い話しを聞く事ができた。

中でも面白かったのは、『御手洗炭』の話し。 大崎下島には、もちろん炭坑などないのだが、対岸の今治では、『御手洗炭が切れたぞー』などの会話が交わされていたそうな。
筑豊から石炭を運んでいた船が、この御手洗に寄る。 すると、お茶屋の主人が石炭を少し分けてもらえないかと、女性を通して頼み込む。 すると、女性の頼む事なので、船員は『いいよー』と二つ返事。 取りにいくのは、これまたお茶屋の下っ端。 実際には、主人が頼んだ数より多くの石炭袋を、船員はくれたそうだ。

当時石炭は貴重だったので、島ではもっぱら切り出してきた薪を燃料にし、入手した石炭は、今治で高く売った。 そのため、その石炭は『御手洗炭』と呼ばれるようになったのだとか。

***

おじさんにお礼を告げ、昔の風情が残る町を散策。 今回初めて気がついたのだが、伊能忠敬が測量に訪れた時に泊まった家も残されていた。
その後、いつも訪れる食堂で中華そばを食べる。 ここの中華そばが美味いのだ。

1942

食後は、最高の晴天で夏の様な気温の中、急な階段を、汗をかきかき、えっちらおっちらとひたすら登り、展望台へと向かう。 フウ!
でもこの景色は最高だ。 しばし佇む。

***

再び浜に戻り、目の前の岡村島まで一漕ぎ。 ほんの5分ほど。


1948

着替えていると、道の上からおじさんに声を掛けられた。 自転車で奥さんと家に帰る途中のようだ。

『どこから着た』 『今朝蒲刈を出て、御手洗でちょっと散歩してきました』 『そうか、蒲刈かあ。 ○○子よう、この人は蒲刈から来たんじゃげな。 この○○子は、蒲刈の出なんじゃ』

『昼ご飯は、御手洗の食堂でラーメンを食べたんですよ』 『おう、あそこのラーメンはウマいじゃろう』 『あのラーメンはウマいですねえ』

『今日は仕事ですか?』 『なあに、ヒジキを干しよったんじゃ、今から向こうでも干すんじゃ。 のう、○○子よう』

『今から釣りでもするんか?』 『いやー、竿は持ってきてないんで。 酒が好きなんで、浜でゆっくり飲みます』 『ほう、○○子よう、この人は浜でゆっくり酒を飲むんが好きなんじゃと。 いろんな人がおるのう』



スーパーに買い出しに行き、まずは冷えたビールを港で飲み干す。 最高!!!
買い物袋を提げて浜に戻るが、あまりの暑さにたまらず、山の上にあるお堂に向かった。
***

1950


お堂の屋根で日は遮られ、風通しも良く、静か。 まずは無人のお堂にお参りし、場所をお借りするお願いをした。

勝手に、『岡村島の書斎』と名付けたこの場所。 本を読むには最高の場所だ。 今回持参した本は二冊。
久し振りに書棚から引っ張り出した『地下室の手記(ドストエフスキー)』と、『梅安最合傘(池波正太郎)』

今日はまず、『地下室の手記』 ビールを飲みながら柱にもたれて本を読む。 静かな島の午後。 なんと贅沢な時間だろうか。

以下引用。 『目的に達する経緯だけを好み、目的そのものはどうでもいいようにみえる。(中略)しかし、ほんとうに探しあてること、発見する事は、断言するが、何かこわがっている様子だ。いったん発見してしまったら、もうそのときは何も捜すものがないことを、直感で悟っているのかもしれない。(中略)だが、人間はどこへ行けばよい?(中略)人間は到達を好むくせに、完全に行きついてしまうのは苦手なのだ』

尺取り虫方式での瀬戸内横断の旅も、関門海峡を越えて終わったとき、うれしさとともに、これからどうすればよいのだろう、とうとうあの楽しい旅が終わってしまったとの想いがよぎった事を思い出す。
旅も、目的そのものよりは、そこに達する経緯の方が想い出深かったり、重要だったりするような気もする。 もしかすると、人生も???
昨年から始めた日本海北上編では、どこまでという目的地は決めず、そのプロセスをじっくりと楽しむようにしているのだが、まさにその事が『地下室の手記』で指摘されてしまっていた。

***

日が大崎下島の山に沈んでいく頃、簡単な夕食を摂り、焚き火を前に独り静かに酒を飲む。 久し振りの岡村島の夜。





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Last updated  May 3, 2006 02:42:38 PM
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