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2009.06.01
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カテゴリ: 冒険旅行
【冒険という生き方】

たとえ波乱万丈の人生であっても、どんな危険を冒してでも、かなえたい夢がある。

一度限りの人生、チャレンジせずに後悔するよりは、チャレンジして後悔した方がいいに決まってる。

夢が現実味を帯びてくると人生は変わり始める。


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Last updated  2009.06.02 00:52:25
コメント(4) | コメントを書く


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Re:冒険という生き方  
katuki さん
kay様のブログを読んでいると、やはり人は己との戦いなのだと感じますね。
過去の文章で孤独をテーマにしたものも多いですが、考えが一貫していてブレていない強さが伝わって来ます。
己と戦うという事が一番辛い事のように思います。己と戦うくらいならば人と戦う方を選んでしまって人に勝つ事で己から逃げる事も、あるいはあるのかも知れません。
kay様が取り組まれているスポーツはどれも自分の足のみで黙々と、しかしとてつもなくハードなものですよね。それが旅に繋がり、詩に還り、絵に成る。

人間一人で生きているなんて、とても人前じゃ言えませんがでも生きるとは独りで生きてこそ、本当に充実するような気がしてなりません。
いきなりそれを実行に移し、森へ向かうのも一つの方法かも 知れませんが、旅や短期間の完全な独りの生活、もしくはLsd(マラソンの)などでその訓練は開かれているのかも知れません。
後悔というのが己の負けを誤魔化す時に現れてくるなら、己を絶えず見つめている人は強く、また、若いですよね。
(2009.06.03 01:22:46)

Re[1]:冒険という生き方(06/01)  
katukiさん:
コメントありがとうございます。

孤高の人、宮本武蔵はあえて一人の時間を選択し、絵画や彫刻に勤しむ時間がありました。姫路城の地下倉庫で書に親しむ時間を過ごしたことも、後の彼の人生には大きくプラスになっていたことでしょう。

勝ち負けよりももっと大切なものへのこだわりがあります。どう生きるか、そしてどう死んでいくか。

さらには、ありのままの自分をまず受け入れて、自分に欠けているものを補う努力をするということ。いろんな面において足りないだらけの自分ですが、日々の生活の中ででも、常に何かを求める生き方を実践しなければと思います。

自力で何とかする…を自分のポリシーとして、自分の中にあるものを形にしていくことも大切だと考えています。

自分を客観的に見て、絶えず自分に対して批判的であること。これもよりよい自分を作っていくうえで必要な要素ではないでしょうか。 (2009.06.03 21:04:52)

Re:冒険という生き方(06/01)  
akatuki さん
まさに「自力本願」ですね。

 健康な状態で生死に向き合うというのは、スポーツで限界まで追い込んだときや、心が限界まで追い込まれた時などを除けばそうあるものではない気がしますね。
 現に生きている人の感情や価値観を理解しようと努力するのも大変な事ですが、死者の魂をも真摯に理解しようとすれば、それは一歩間違えればイタコのような状態になるのかも知れません。非常にオカルティックな言い方になりますが。

 中沢新一さんという人が新聞の寄稿で「子供はつい最近こちらの世界に出てきたばかりの存在だから、死の世界のごく近くに住んでいる人間として、半分しか人間でないものや、半分しか生者でないものを、裏切らずに生きていくことができる」と書いていたのを思い出しました。

なんとも不思議な文章ですが、孤独に徹する事や自分を限界まで追い込むことはこうした境地に到達する為の布石のようなものになるのかも知れません。一歩間違えればイタコのようになのかも知れませんが、齢を重ねるということはゆっくりとこのような意識に戻っていく事なのかもしれません。

ともあれ、今の自分の中にあるものを形にしていくというのは、どうしても自己に批判的であり、また深い内省能力を必要とするのでしょう。

溢れる情報の中から闇雲にジャンプする事よりも、自分の感覚の突端からいかにアウトプットできるか。

独創的と思っていた物が実は凡庸なものだったり、自分を客観視するというのは、日々、感覚の鍛錬が伴ってこそなのかも知れません。

日々実践されている方にコメントするのもおこがましい事ではありますが、大変刺激を頂戴しております。 (2009.06.04 01:06:31)

Re[1]:冒険という生き方(06/01)  
KAY.T さん
akatukiさん:

コメントありがとうございます。

研ぎ澄まされた感性は、極限状態の中でさらに鋭利な刃物の如くシャープさを極めていくのだと思います。ありきたりな平凡な生き方(少なくとも自分がそう意識しているという前提で)の中では、感性という概念さえ消えうせてしまうのかもしれませんが、自分の魂の近くにもし感性があるのだとしたら、常に自分の魂に触れておきたいという気もします。それは、あたかも、自分自身の心臓に手を当てながら「ああ、俺は今生きているんだ」と実感するようなものでしょうか。
生きていることだけはごまかせない…そう悟った時に、自分自身の魂の存在を始終意識し続ける必要があるのだと考えています。 (2009.06.04 07:25:59)

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