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こんな風にしっかり法事が行えるように記されていて・。最後の法事をやるときには、なんと私は92歳?義父母はなんと121歳だし・・俺は生きてないなぁと義父・・。私だって64歳だと長女・・。確かに・・。笑葬儀等で驚いたことが沢山あり・・。祖母の時には、千羽鶴を一緒に焼いてもらいたいと思っていたら骨が汚れるからダメだと言われたのに今回は、良かったし・・。骨についても、凄く丁寧に部位の説明をしてくださって・。大爺ちゃんは、とても骨がしっかりしていて骨がたくさん残っていて思わず骨壺に入り切らない??と心配になったほどでした。骨が太くしっかりしていないと怪我もするし長く生きるには骨太も要素なんだろうなぁ・・。お葬式も・・地区によって順番が違ったり・・。娘たちは、保育園の時以来の葬儀への参加だったので一生懸命、覚えようとしていました。長女が、お別れの言葉を言いました。短かったけどしっかり言えて安心しました。地区の方も皆さんで手伝ってくださって無事に終了することが出来ました。雨が降ったりしたので納骨が出来るか心配でしたが納骨の時間には、雨も上がり本日で完了しました。※本日できないと又3週間後になるそうだったので・・本当によかったです。本日は、朝は雨が結構降っていて・・何と小学校の交通安全の旗ぶり当番最後の日でした。時間が早くなったので最近は義父がずっとやってくれていたので・・久しぶりの当番でした・・。一年生を見ると娘たち成長したなぁと改めて感じたり・・。次女は本日は、お休みをいただいていたので歩いてませんでしたが・・。同じ六年生で小さいと思っていた子がとっても大きくなっていて驚いたり・・。出掛けにバタバタしていてどうしても私の眼鏡が無いのであきらめたら・・・今見るとちゃんとここに置いてあるし・・何故か信号がすべて赤でひっかかりまくったり・・何だか事故にならないように止められている気が・・。取りあえず無事事故も無く過ごせてよかったです。ありがとうございました。
2013.02.06
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大爺ちゃんが他界しました。享年102歳(満101歳) 天寿を全うしました。 旦那は夜勤なので家にちょうどいた所で、私は、昨日意識が戻って長女を眼鏡をかけてじっと見たり何時だぃと言っていたので・・まだ大丈夫だと思っていたので・・でもいつどうなるかわからないのでやるべき仕事をやらねばと思って集中していたのと利用者の休み時間をアラームにしていてその時間と近かったので携帯電話に気が付かずに何回目かの電話でやっと気が付いて慌てて帰りました。 電車が12:09を逃すと次が時間があるのでどうしようかと思いながら兎に角駅に向かっていたら実家の母が迎えに来てくれていて・・。 旦那が私と連絡が付かないからと相談したそうで職場から割合近いのでもう車で向かっていると・・。 母に乗せてもらい、ショッキングピンクの上着と下は作業服だったので着替えに自宅へ戻り病院へ向かうと旦那たちの車とすれ違ったそうでまた自宅へ戻り・・・。 兎に角、家に帰りたいと言っていた大爺ちゃんなので本日は、家に帰り明日、お通夜の会場へ送り出します。 沢山の方が訪問してくださって・・本当にありがたいことです。 もう歳だからと言われてもうやっぱり毎日毎日一緒だったので悲しいです。 娘たちには、次女は部活をやってくると遅くなるので授業が終わったら知らせて貰いまっすく家に帰るように事務の方に伝えてもらうようにお願いしました。 葬儀屋さんが来たりお客様が来たりでバタバタだったので自力で帰れるだろうと思っていたら・。 次女の大好きな保健室の先生が家の前まで送ってくれたそうです・・。 ありがとうございました。 本日は、お線香を絶やさないように起きています。 考えてみると大婆ちゃんの時も旦那と二人結婚前でしたがお線香が絶えないように起きていました。 2時ごろにバンととっても大きな音がしてびっくりしました。 義父は、大爺ちゃんが空を飛ぶ夢を見たそうで・・私も昔、飼っていた犬が亡くなる前に水の中へどんどん泳いで行ってしまった夢を見たことがあったけど・・。 本当なら私立高校も受験間近で大変な時期だったのだけど、推薦で目指して来た学校に受かったんでよかったなぁとつくづく思いました。 大爺ちゃん、長女が一生懸命勉強しているのを応援してくれていて良く歴史や地理の話をしたり、新聞に載っている高専の記事や、秀英の問題や答えをを切り取ってくれたり・・。 受験の日も、俺が変わってやりたいと言っていたし・・。 受かって本当によかったと思ってくれたようだった・・。 結果がわかってすぐに入院してしまったので長女の受験を見届けたかったんだなぁと思いました。 長女は、バリカンで大爺ちゃんのほとんど無い髪を刈ったり、背中に薬を付けたり、耳を掘ったりと良くやってくれていました。 次女は、薬を塗ったり話をよく聞いていました。 二人とも大爺ちゃんのことを最優先にしていたので内線電話で呼ばれたり良くしてましたが嫌な顔せずになんでも良くやっていました。 いくら101歳でも、みんなやっぱりさびしくって泣いていました。 平成22年5月には、ゲートボールをやっていて新聞に載ったり。 長女が小1の時には、血液型スペシャルでB型家族としてテレビに出たり・・。 結構いろいろなことがありました。 明るくて楽しい大爺ちゃん大好きです。 ありがとうございました。これからもずっと見守ってください。
2013.02.04
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