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2026年05月04日
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東急線ランも最後の路線を残すのみとなりました。最後の路線は、大井町線です。東急大井町線は、大井町から溝の口を結ぶ18駅です。駅の数は多いですが、営業距離は12.4kmですので、一気に走り抜けたいと思います。大井町まで電車で移動して、スタートします。前回のこどもの国線ランから、だいぶ間が空いた気がします。大井町駅では、乗り換えばかりでほとんど下車した記憶がありません。走ってみると、駅のすぐ近くに緑の多い公園などの施設が整備されています。犬の散歩や、寝転んでくつろいでいる人も見られる、良い施設です。それでも、また通りに戻って走り出すと、再開発で退去したと思われる商店街店舗の名残が残っていました。そんな街並みを見ながら、下神明、戸越公園と走ります。戸越公園は池上線ランの時に戸越銀座まで来ましたが、大学時代に長く住んでいた場所です。戸越公園まで来るとあまり馴染みはありませんが、それでも再び懐かしさを感じます。そして、次の中延までも同じような光景が続きます。ここから荏原町、旗の台、北千束と快調に走破します。このあたりは、地形的になかなか線路沿いにうまく走らず、大回りで次の駅を目指すことになります。そして、大岡山、緑が丘を過ぎて、自由が丘です。自由が丘と、次の九品仏の間ぐらいに、大学時代の最後の半年ほど住んでいたことがあり、懐かしい街並みを感じます。再開発の進む自由が丘ですが、変わらず賑わっています。そして、次の九品仏までの街並みは閑静で、とても良いところです。改めて、わずかな時期とはいえ、よくこんな良いところに住んでいたな、と感じます。そんな想いを抱きながら、走り続けます。尾山台、等々力、上野毛と走破し、二子玉川まで来ました。ここから先は田園都市線ランでも走っており、馴染みのあるエリアです。二子玉川のおしゃれな街並みを抜け、多摩川を越えると神奈川県になり、一気に景色が変わります。このあたりは、鉄道路線ランの醍醐味です。二子新地、高津と快調に走り、ゴールの溝の口までも走破しました。トータルで16.2kmの東急大井町線ランでした。これで東急線ランは、全線を制覇しました。とても楽しく走ることができました。また次の路線を考えたいと思います。鉄道路線ランは、本当に楽しいです。
2026年05月03日
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ゴールデンウィークの休暇に入りました。今日は久しぶりに、大学院マラソン部の練習会です。毎年、この時期に実施するのが恒例の練習会ですが、去年はメンバーのタイミングが合わず、実施できませんでした。そのため、2年振りの実施になります。エグゼクティブなビジネスマンの方ばかりなので、朝型の練習会がベストです。朝9時に集合して、ランステで着替えて皇居に行きます。ランステの目の前が皇居なので、ロケーションは最高です。朝から多くのランナーが、既に皇居を走っています。1周5kmほどなので、最初の1周目は皆でペースを合わせて走ります。走り込んでいる方ばかりなので、半蔵門まで一気に走ります。少しずつペースを上げて半蔵門まで走り、小休止して桜田門まで走ってまた小休止、そして桜田門からはノンストップという1周目です。皆でおしゃべりしながら走れるようなペースで、快適に1周目を走り終えました。2周目は各自のペースで桜田門まで走り、それ以降はまた全員で走ることとします。桜田門までマイペースで走り、合流した後は少しコースアウトして外堀通りまで出て、さらに日比谷へ出ます。日比谷から丸の内仲通りを左折し、東京マラソンの最後の1kmを走るという、また楽しいコースにします。東京マラソンを走ったことのある方は、この最後の1kmが意外と長い、という感想を皆持っているという話になり、納得します。走っても、走っても、なかなか左折にならない、という丸の内仲通りから、最後の行幸通りでストップし、東京駅をバックに写真を撮ります。ゴールデンウィークとあって、外国人観光客を含む多くの方で賑わっています。そのまま外堀通りから内堀通りに戻り、スタート地点までのんびりと走ってきました。トータル10kmの練習会でした。気持ちの良い季節で、少し暑く風も強かったですが、楽しく快適に走ることができました。実に楽しい皇居練習会でした。また企画したいと思います。皆さまありがとうございました。
2026年05月02日
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38年間の会社員生活を終え、本日より新たなスタートを切りました。また皆様には大変お世話になりますが、引き続きよろしくお願いいたします。いつもの通り、朝ランからスタートします。今朝は大雨の中のスタートとなりました。これからの人生、甘くはないよ、と言われているような気がしました。そんな中でも身を引き締めて、それでも快適に10km走ってきました。新たなスタートの今日は、午前中に色々と確認等をした後、挨拶のメールを多くの方に送りました。たくさんの方から、お祝いや激励のお言葉をいただきました。ありがとうございます。午後からは税理士証票伝達式に出席してきました。4月23日に正式に税理士として登録されましたが、今日の伝達式で正式にスタートするような感じです。税理士会館に来たのは、いつ以来でしょうか。懐かしく感じます。今日、伝達式に参加した新たに税理士となった方は、私を含めて10人でした。公認会計士、弁護士の方もいました。税理士会の会長から証票をいただき、お祝いのお言葉をいただき、身が引き締まる思いです。先生、と呼ばれるのは変な感じですが、税理士の使命をしっかりと果たすべく、頑張ってまいります。税理士法をしっかりと勉強するように、とのご指示がありました。改めて、税理士法第1条(税理士の使命)を忘れずに、努めてまいりますので、よろしくお願いいたします。(税理士の使命)税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。
2026年05月01日
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新年度が始まって1ヶ月、4月も今日で終わりです。そして、60歳になって最初の1ヶ月となりました。1ヶ月を振り返ってみると、なかなか簡単にはいかないような印象でした。仕事においても、マラソンにおいても、健康面においても、わずか1ヶ月ですが、少しだけ違いを感じました。還暦は、一筋縄ではいかない、そんな感じです。長く生きているとガタも出てくるでしょうから、これまで以上に健康に留意し、頑張っていきたいと思います。マラソンは、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンに挑戦しましたが、初の途中棄権という厳しさを味わいました。これまでの延長ではうまくいかない、正に60代の生き方を叩きつけられたような気がします。完全に準備不足、深掘りが甘かったので、大いに反省するところです。今一度、自分を見つめ直して、頑張っていきたいと思います。それでも、楽しいことも色々とありました。これからも仕事もマラソンも、楽しみながら頑張れるような気がします。4月の走行距離は、326.9kmでした。4月に300kmを超えたのは、初めてです。そして、本日をもって38年間の会社員人生を終えました。会社員最後の日は、静かに過ごしました。1988年4月に社会人になってから、山あり谷ありの38年間でした。それでも、大きな病気などもなく、無事に過ごしてこられたのは、ひとえに多くの方のご指導のおかげであり、心より感謝申し上げます。また、家族の支えがあってこそ、仕事に注力することができたといえます。妻と2人の息子に、御礼を言いたいと思います。明日からまた新たなスタートです。頑張っていきたいと思います。
2026年04月30日
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4月も末になり、新入生も学校生活にだいぶ慣れてきたことと思います。私の自宅の近くには小学校があり、毎朝多くの小学生が登校しています。4月の風物詩として、小学生の集団登校の光景があります。小学校に入学したばかりの1年生のために、近所の家の子供たちと列になって通学する光景です。自宅の付近にはマンションがいくつかあり、小学生もたくさんいます。この時期以外は皆バラバラに登校していますが、多くの子供たちが元気に登校している姿をよく見かけます。これが、4月上旬からは集団登校する姿が、あちこちで見られます。10人前後の子供たちが、一列に並んで歩いていると、今年もそんな時期になったな、と感じます。この光景は、私の息子たちの時も、そして私の子供の時もありました。私が小学生の時は子供の人数が多く、小学校が分離・新設され、私は3年生から新しい小学校に通うことになりました。当時の子供の足で、歩いて15分から20分ぐらいかかったでしょうか。今思うと、ずいぶん遠い場所まで通っていたと思います。この頃は、ほぼ年中集団登校だったような気がします。家の近所に皆で集まって、小学6年生が先頭を歩き、5年生が一番後ろから全体を見ていく、というような感じでした。2学期頃からこの役割が交代し、5年生が先頭を、6年生が一番後ろを歩くことになりました。今でもうっすらと憶えています。当時は土曜日の授業は午前中で終わりで、土曜日は一斉下校という制度がありました。帰りも皆で列になって、家まで歩いて帰っていました。あれは、帰宅途中にブラブラしないでまっすぐ家に帰るように、ということだったのでしょうか。半世紀ほど前のことなので、今では知る由もありません。いずれにしても、子供たちが元気で、健やかに暮らせるような社会でありたいものです。次世代を担う、子供たちは宝だと思います。
2026年04月29日
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ランニングをするには、今の時期は最高です。暑くもなく、寒くもなく、絶好の気候です。3月頃から日の出の時刻が早くなり、朝ランに出る時にも季節の変化を感じます。この頃になると、気分が上がってきます。仕事は1年の中で一番忙しい時期になりますが、朝ランが快適だと1日のスタートも快適です。走り始める時は少し冷んやりしますが、すぐに気持ちよくなります。ランニング中の光景も、目に優しい緑が多くなります。桜の季節は終わりましたが、その後は新緑の季節になります。緑が清々しいので、走っていても気分が良いです。また、桜の咲いていた後の光景を見られるコースも、季節の変化を感じられ、とても良いです。ランニングをすると、体内に酸素を多く吸収します。酸素が回ると、体調も良くなります。頭に酸素が回ることで、頭がすっきりします。頭がすっきりすると、色々と良いことがあります。走っている時は色々なことを考えますが、私はよく走っていると色々なアイデアが浮かんだり、気づきがあります。そうすると、それを忘れないように、その場で立ち止まってスマホにメモしておきます。後でそのメモを見返して、対応したり整理したりします。メモをしておくことで、忘れてしまうこともありません。朝ランに絶好の季節ですので、この季節を大切に過ごしたいと思います。すぐに暑くなるので、この時期は貴重です。
2026年04月28日
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遂に人類初のフルマラソン2時間切り、サブ2が実現しました。昨日行われたロンドンマラソン、セバスチャン・サウェ選手(ケニア)が1時間59分30秒で優勝しました。2023年にケルヴィン・キプトゥム選手(ケニア)が打ち立てた世界記録(2時間0分35秒)を1分以上も更新するとともに、史上初となる公認レースでのフルマラソン2時間切りを達成しました。ランナーの中では、人類の夢とも言われていた「サブ2」がついに実現しました。サウェ選手は31歳です。ケニアではジュニア期から活躍する選手が多いですが、国際舞台で頭角を現したのは27歳と遅咲きだった選手です。マラソンデビューは2024年のバルセロナで、2時間2分05秒をマークしました。その後も前回のロンドンでは2時間2分27秒、2025年9月のベルリンでは2時間2分16秒と、3戦連続で2時間2分台を記録していたそうで、「サブ2に最も近いランナー」とされていたようです。今回のサウェ選手は、前半のハーフは1時間0分29秒、後半は59分01秒と、圧倒的なネガティブスプリットで歴史的快挙を成し遂げました。2位のケジェルチャ選手も、初マラソンながら1時間59分41秒と、こちらもサブ2を達成しています。ロンドンマラソンは、高速コースとして知られています。これに加えて、シューズの進化が、記録の高速化につながっていると言えます。かつての世界記録保持者であるエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)は、2019年に特別レースで1時間59分40秒を記録しています。このときは多くのランナーが風よけや給水のサポートを行ったことで、参考記録として扱われていました。それでも、この時に人類初のサブ2が達成されたことで、期待が高まりました。そして、2023年10月のシカゴマラソンで、キプトゥム選手が2時間0分35秒の世界新記録で優勝します。キプトゥム選手にサブ2の期待が集まった矢先、2024年2月に不慮の事故で他界してしまいました。これにより、サブ2の壁が破られるのはまだ先という雰囲気になりました。そんな中での人類初のサブ2を達成したサウェ選手は、とにかくすごい、の一言です。ケニア勢の強さを、改めて知ることとなりました。さらに今回のロンドンマラソンでは、女子でもテイギスト・アセファ選手(エチオピア)が、2時間15分41秒と女子単独レースの世界記録を更新して優勝を果たしました。まさに、マラソン新時代の幕開けを告げるレースとなりました。世界のマラソンの歴史が変わりました。この後の進化は、早いかもしれません。
2026年04月27日
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富士五湖のリタイヤから、ちょうど1週間経ちました。再起をかけて、また再始動します。残念ながら、仕事の都合で5月に予定していた野辺山ウルトラマラソンは、出場できなくなりました。富士五湖のDNF、そして野辺山のDNSと、試練が続きますが頑張っていきたいと思います。富士五湖を92kmでリタイヤしたことで、身体に与えるダメージは、さほど大きくなかったように思います。それを意識してリタイヤした、ということですが、その通りになってまずは良かったです。先週、整骨院で治療していただきました。普段の治療よりもかなり強めの治療で、足のダメージもほぼ回復しました。リタイヤ翌日のウォーキングから始めましたが、昨日あたりはジョグで12kmほど走れるまで戻りました。今日もジョグで、ゆっくり戻していきます。以前よりも、回復に時間がかかるようになりました。去年あたりは故障することもあり、レース後のリカバリーには、じっくりと時間をかけています。焦ってすぐに強めの走りをして、回復が遅くなってはいけないので、我慢しながら戻していくようにしています。そうすると、再始動がスムーズになります。今朝は朝5時からジョグを始めました。この時期は日の出が4時台ですので、5時は明るくなっているので気持ち良いです。絶対に負荷をかけないようにして、気持ち良く走れる程度を意識しました。良い感じの走りができています。ペースを維持して、13kmのジョグで終えました。6分2秒ペースなので、ジョグには少し速いかとも思いますが、許容範囲かと思います。野辺山がなくなったことで、次のレースがサロマになります。もう次が本命レースになりますので、焦らず、確実に次に向かっていきたいと思います。
2026年04月26日
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東急線ランの残りの路線の走破を目指し、こどもの国線を走ります。この路線は、長津田からこどもの国までの2駅という、短い路線です。以前に田園都市線ランをやった時に、寄り道で走ろうか迷った路線です。この2駅だけが残るのは気になりましたが、その時は田園都市線の走破を優先しました。そのため、今回はこの2駅、営業距離で3.4kmを走ります。まずは電車で長津田に移動して、スタートします。路線はこどもの国線らしく、電車にラッピングがされています。長津田駅の乗り場付近にもキャラが描かれ、ほのぼのとした雰囲気です。最初の恩田までは1.8kmです。スタートしてすぐに道路の工事があり、本来行こうとしたルートを迂回しましたので、少し長めに走ることになりました。そのまま大通りに出て、線路がどんどん離れていきます。戻ろうとするとまた工事があり、諦めて大通りをそのまま行きます。しばらく行くと、東急電鉄の車両基地のような建物がありました。そこからまた線路がつながっていましたので、道沿いに走ります。恩田駅はその道と川沿いにありました。次はもう終点のこどもの国駅です。こどもの国駅までは、1.6kmです。ここも、途中までは線路沿いに走れましたが、その先は大通りになります。大通りがこどもの国通りという名称なので、間違えることはありません。1.2km先がこどもの国という表示がありましたので、そのまま進んでいきます。すると、少し先の左手側に駅が見えました。そのまま走っていくと、ゴールです。少し遠回りもありましたので、トータルは4.5kmでした。2区間でしたが、のどかなルートでのんびりと走るにはもってこいのコースでした。まだ残りの路線がありますので、引き続き走っていきたいと思います。鉄道路線ランは、いつも楽しいです。
2026年04月25日
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60歳を過ぎて、時間の大切さを改めて痛感します。大切なものはもちろんたくさんありますが、時間は本当に大切だと思います。お金や仕事などは個人差がありますが、時間はどんな人にも平等です。1日は24時間しかない、ということは、誰にとっても同じです。時間には限りがあるものです。人間は、時間は無限だと思いがちですが、そうではありません。10年ほど前に、会社の後輩と話していたことがあります。盆や正月に帰省するにが大変だ、とその方が話していたように記憶しています。その時、私が言ったのは「ご両親と一緒に過ごせる時間には限りがある」という話でした。1年に2回会ったとして、仮にそれが10年だとしたら、あと両親に会う機会は20回しかない、ということです。私もそんなような生活をしていました。後に介護をすることになった時は、元気でなくなった姿で何度も会うことになりました。そのような経験もあり、やりたいことをやっておくためには、時間が大切だと気づきました。行き急いでしまうような時もありますが、残された限りある時間を大切にしなければ、と強く思います。その一方で、時には時間を気にせずにゆっくりと過ごすことも大切です。静かなカフェの店外のテーブルで、景色などを眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲むことなども、有意義な時間です。時には、旅先でのんびりすることも必要です。以前に訪れた沖縄では、時間がゆっくり流れることを実感し、心穏やかに過ごすことができました。色々な意味で、時間の大切さを感じます。ダラダラとスマホを見て過ごすようなことは、できるだけしないようにして、有意義な時間を過ごしたいと思います。
2026年04月24日
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プロ野球が開幕して、1ヶ月近く経ちました。ここに来て、日々ニュースで賑わっているのが中日ドラゴンズの不振です。ドラゴンズは、開幕前の評論家の予想は、比較的良い予想が多かったです。Aクラスの3位という予想も、結構ありました。現在では、21試合を消化して4勝17敗、勝率は何と1割9分です。開幕してから全てのカードで勝ち越しがなく、週末の試合は全敗という惨状です。首位ヤクルトとは、早くも11ゲーム差がついています。残り122試合あるとは言え、先行きは暗いです。得点はリーグ5位、失点はリーグダントツ1位、打率は3位ですが、防御率もダントツのワースト1位、唯一の4点台です。打つ方はそこそこ打てるのに得点につながらず、投手陣が崩壊、というような流れです。選手は怪我人が続出しています。復帰した選手もいますが、去年クリーンアップを打った上林選手、ボスラー選手が開幕に間に合わず、正捕手として期待される石伊選手、トップバッターの岡林選手、好調だったサードの福永選手も怪我で離脱しています。投手陣でも、ストッパーの松山選手、セットアッパーの清水選手、齋藤選手が開幕に間に合いませんでした。開幕してからも、リリーフで無失点だった橋本選手が離脱、新加入のアブレウ選手も開幕戦に投げたのみで離脱しています。最近の試合を見ていると、守備の乱れで点を与えるケースをよく目にします。投手が不憫だというネットの声も聞こえてきます。かつて落合監督時代は、春季キャンプで6勤1休で猛練習をして、シーズンを乗り切る力をつけていました。ペナントレースは6連戦が大半なので、これを乗り切る力、怪我をしない身体をキャンプで作っていました。その頃のドラゴンズは、見ていても楽しかったです。相手からすると、嫌なチームだったと思います。監督を変えろなどというネットの声も多く出ていますが、それぐらいで好転するようなレベルではないと思います。落合監督が退任して以降、長い暗黒時代が続いています。今年は、球団創設90周年の年になります。このような組織をどうやって立て直すのか、MBAのケースに取り上げたいような現状です。
2026年04月23日
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家電量販大手のノジマが、日立製作所の家電事業をで買収すると発表しました。冷蔵庫や洗濯機などの事業を、約1,100億円で買収します。ノジマは、関東を中心に家電量販店を約230店舗展開しています。メーカー販売員を置かない、という独自のスタイルで支持を集め、店舗展開を進めています。この販売網を生かすために、事業の多角化を進めています。2025年1月には、ソニーが売却したパソコンメーカーの「VAIO」を買収しました。近年では、比較的価格の安いPBの家電販売に力を入れています。日立の技術を取り込むことで、商品開発力を高め、付加価値の高い商品を展開し、収益の拡大につなげたいという構想のようです。一方で日立製作所は、リーマン・ショック後の2009年3月期に7,873億円の巨額赤字を計上し、事業構造改革に着手しました。非中核事業の売却を進めてきた日立は、鉄道やITサービス、エネルギー分野に経営資源を集中する一方、日立金属、日立電線(現プロテリアル)、日立化成(現レゾナック)を売却し、選択と集中を進めてきました。かつては主力だった家電事業も、中国など海外メーカーとの価格競争で収益力が低下しています。最後に残った非中核事業として、売却を検討してきたようです。今回の買収で、ノジマは日立の国内外の家電事業を傘下に加えることになります。家電量販店としては、垂直統合を実現することで、SPA(製造小売業)としての機能も保有し、新たな発展が期待できます。ノジマの売上高は2025年3月期で8,534億円です。今回買収する日立の事業売上高は、2025年3月期で3,676億円で、売上1兆円が見えます。家電量販店業界最大手のヤマダホールディングスは、2026年3月期で売上高約1.7兆円を見込んでいます。ビックカメラも2026年8月期で、1兆円超の売上高を計画しています。ノジマはこの2社に迫る勢いとなり、差別化された事業展開は今後も支持されると思います。業界の勢力図に、変化が出てくる可能性もあるかもしれません。
2026年04月22日
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チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンは、初のDNF(途中棄権)に終わりました。これまで233回マラソン大会に出場してきましたが、233回目で初のDNFになりました。60代最初のレースでのチャレンジは、残念ながら失敗に終わりました。反省点がいくつかありますので、次に向けて振り返りたいと思います。まず、コースの研究が不足していました。アップダウンがそこそこある、という認識はしていましたが、思った以上でした。過去に出場した大会ほどではないと思い、少し甘く見ていました。前半で足を残し、後半に追い込むという走り方は成功しましたが、思ったより歩く機会が増えました。次に関門です。関門があることはもちろん理解していましたが、HPで関門時刻を確認しても問題ないペースでしたので、そのまま気にしていませんでした。過去に関門の時間を気にして走ったレースは、一度もありません。関門時刻よりも、かなり余裕を持って通過していたので、気に留めていませんでした。これが、76.6kmの第4関門に向かう途中、前方から走ってきたランナーが「関門まであと20分」と言っていたのを耳にして、「えっ?」と思いました。急に関門時刻がタイトになったような印象でした。第4関門は10分前に通過しました。次の関門まで15.7km、時間は2時間ですので、通常なら問題ないですが、アップダウンの多いコースなので足を使うこととなりました。次の関門に着いた時には、この先の関門は厳しいと感じ、リタイヤしました。時計ではターゲットタイムを設定し、ゴール予測が14時間45分前後でずっと推移していたので、15時間15分の制限時間は余裕だとずっと思っていました。急に関門の恐怖が襲ってきて、ペースを乱すこととなりました。正にレースメイクを誤った結果になりました。そして、補給食です。私はジェルが苦手なので、普段は持たないのですが、今回は距離が120kmであるため、ジェルを用意しました。前半はエイドの食べ物を中心に、後半にはジェルを補給しましたが、やはりジェルが合いませんでした。胃腸が気持ち悪くなり、吐きそうになったため、胃薬を飲む羽目になりました。やはり、慣れないものを口にしたのは、大失敗でした。最後は、20kmの距離に対する認識です。思いのほか、この20kmの距離が「長い」と感じました。今回は60kmでちょうど半分でした。この時点で「まだ先が長いな」と感じました。距離のプレッシャーが、じわじわと追いつめてくるような感じでした。85km地点であと35km、残り時間が4時間だったのは、かなりプレッシャーになりました。100kmであれば余裕のところ、プラス20kmが大きな壁になりました。今回もリタイヤした92km(私の時計では93km)時点のタイムが11時間44分でしたので、100kmのレース運びとしては問題ありませんでした。プラス20kmは、ペースを間違えなければ何とかなる、と思っていました。読みが甘かったと言えます。こうして振り返ってみると、反省点が多く出てきます。リタイヤした後、満席のバスに乗ってフィニッシュ地点に戻った時、盛り上がっている会場にいるのが虚しくなりました。そして、Instagramなどを見ると、多くの方が完走した投稿をあげていました。これを見ると、また悔しさが滲んできました。今回、私が走った120km男子の部は、完走率が61.27%でした。因みに120km女子は、57.94%でした。これを見ても、過酷なレースであったことがわかります。良い経験になりました。また仕切り直して、次に向けて頑張っていきたいと思います。このままでは終われません。
2026年04月21日
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初めてのDNF(途中棄権)から一夜明け、レースを振り返ります。残念ながら途中棄権となりましたが、レースを走ったことは思い出として残しておきたいと思います。朝4時スタート時は、気温5℃となっていました。日中の気温が高くなるという予報でしたが、朝の寒さは堪えますので、Tシャツにアームカバー、短パンにふくらはぎサポーターでスタートしました。スタートから意外とアップダウンが大きいので、いきなり心拍数が180になったので、少し慌てました。12.9kmの第2給水場に着くまで、この不安定な心拍が続きました。その後は整えて走れましたが、まずこれで少し慌てました。このあたりで、山中湖で見る朝日はとても美しく、富士山も臨むことができました。ここから次の河口湖までが、とても長く感じました。まだ湖が4つ残っているので、先が大変だと感じました。河口湖町内では、何度も信号待ちでペースが乱れ、50km前後から河口湖を臨みました。実に美しい景色なのですが、暑さとコースが単調なので、かなり堪えます。西湖に入って60km、ようやく半分です。あと半分か、まだ長いなと感じました。こういう時は、あまり調子が良くないパターンです。西湖を過ぎて精進湖の付近で70km、100kmだとあと30kmというところですが、まだ50kmあります。エイドでの水分補給が多くなり、水中毒気味になりそうでしたので、注意します。ここから、地獄の分かれ道と勝手に名付けた道を右折して本栖湖に入ります。周囲のランナーの会話から「本栖湖は長い」と認識します。そして、関門が危うくなってきたので、ペースを上げます。ここでかなり足を使いました。本栖湖周回11kmで、だいぶ厳しい状況になりました。途中で摂取したジェルや塩サプリメントなども、気持ち悪さを増進します。次の関門まではギリギリですが、その先の関門を超えられるかどうかはわかりません。身体もだいぶ限界に近くなりましたので、リタイヤを決断しました。初めてのリタイヤで収容バスに乗ると、既に多くのランナーが乗っていました。朝が早いせいか、寝ている方もいました。フィニッシュ地点までバスに乗っていましたが、まだ走っているランナーの姿をたくさん見ました。そして、この残り37kmほどが、まだまだかなり長い、と再認識しました。フィニッシュ地点に戻り、バスを降り、計測チップを外してもらいました。荷物を取りにいく時に、多くのフィニッシュしたランナーとすれ違いました。完走メダルをかけている方、レースの完走を話している方々、多くの完走者の姿を目にしました。リタイヤした私には、そのようなものはありません。それでも、あの時点でのリタイヤは正解だったと思います。今朝の身体のダメージは、思ったよりも軽かったです。残念ながら初めての途中棄権となってしまいましたが、この経験を活かして、また頑張っていきたいと思います。チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン、正にチャレンジできるレースでした。
2026年04月20日
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今日は還暦初戦、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンでした。一度出てみたいと思っていた大会で、せっかくなので富士五湖全てを走る120kmにエントリーしました。これまでの最長距離は100kmです。そこから20km長いと、どのような感じになるのか、未体験ゾーンです。ウルトラマラソンは前日から、色々と準備が大変です。昨夜はまだ明るい17時半に、カーテンを全部閉めて寝ました。今朝は0時半に起き、2時15分発のシャトルバスで会場に移動しました。朝はもちろん真っ暗で、寒い中のスタートになりました。このレースは、環境配慮の観点から、マイボトル、マイカップ持参が必要です。また、ドロップバッグがないので、最初から全て必要な荷物を持って走ることになります。今回は、これが影響しました。マイカップのレースは沖縄でも経験していましたが、早くも2箇所目のエイドの後に、カップを落としてしまったようです。そのため、マイボトルに注いだ飲料しか飲むことができず、カップで飲む前提のコーラなどは全く飲めませんでした。コーラが飲めないのは、かなり堪えました。また、マイボトルはリュックの前側に入れていましたが、収納していた場所が途中で破れて、ボトルが落ちてしまいました。これも、ボトルはその後、リュックの中に入れなければならず、タイムリーに飲みにくい状態でした。また、リュックをずっと背負うのは負担で、これまで全く影響がなかった背中が痛くなりました。これもかなりきつい状況になりました。これらに加えて、朝は寒く、それ以降は想定以上の暑さで内臓がやられ、体調が悪くなりました。右膝も20kmあたりから痛みが出始め、2回鎮痛剤を飲む羽目になりました。これらの結果、残念ながら92kmでリタイヤしました。体調が悪い中で、これ以上走れる自信がなく、身体のダメージが後々まで引きずることが考えられましたので、決断しました。ラン歴14年で、DNF(途中棄権)は初めてです。60代は甘くないと、思い知らされたような気がします。応援していただいた皆さま、ありがとうございました。完走できずに申し訳ありませんでした。次のレースに向けて、今一度仕切り直したいと思います。また明日、反省の意味を込めて、振り返りたいと思います。
2026年04月19日
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還暦初戦のレースが、明日になりました。初戦に選んだのは、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンです。富士五湖は、ずっと出たいと思っていましたが、なかなか実現できませんでした。60歳になったタイミングで、思い切ってエントリーしました。毎年この時期は仕事が忙しく、それを理由として挑戦してきませんでした。彩湖ウルトラマラソンは何年も出場していましたが、やはり一度、富士五湖は走りたいと思っていました。出るからには、富士五湖全部を回るコースだと思い、120kmの部にエントリーしました。これまで100kmは6回走ってきましたが、100km超えは初めてです。久しぶりに緊張感があります。初フルマラソン、初ウルトラマラソン、初100kmの時も、同じように思っていたはずです。40〜50代で相応に色々なレースを走り、経験を積んできました。それを活かして、これまでの自分を超える挑戦をしたいと思います。ウルトラマラソンですので、あまり気張らず、普段通りウルトラを楽しみながら走れればと思います。あとは、朝しっかり起きられれば、半分は目標を達成したようなものです。このところ色々とあり、体調や練習は必ずしも万全ではありません。それでも、悪ければ悪いなりに整えていくのが、マラソン二刀流ランナーとしての腕の見せどころです。明日のレースに備えて、新宿から大月まで移動してきました。のどかな街ですが、心が癒されます。これから夕飯を食べて、明日の支度をして、早めに寝ます。明日はバスが2時15分発なので、0時半には起きようと思います。60代も楽しい人生を送れるよう、明日のレースは頑張りたいと思います。史上最長距離への挑戦です。
2026年04月18日
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先日、とある行政機関に申請書を提出する機会がありました。提出はWebで提出をしました。確定申告などでもそうですが、最近では紙での提出でなく、Webで提出を要請されます。それは全く抵抗がないので、Web提出しました。数日後、サイトを確認したところ、メッセージが入っていました。何らかの理由で、再提出になったようです。そのサイトからメッセージを開くと、添付ファイルを確認して再提出するように書いてありました。添付ファイルはzipファイルでしたので、ダウンロードして解凍しました。そこにあるファイルは、開くと真っ白になるか、どれを開いてもわけのわからない内容でした。仕方ないので、どうやったら確認できるか、AIに聞きながら対応しました。30分ほど格闘しましたが、AIでも難しいようでした。最終的にAIからは、「管轄の行政機関に電話で確認するのが早くて確実」というものでした。そこで、その行政機関に電話しました。ナビダイヤルで何回か入力して、音声ガイダンスではなく、担当の方と話すこととなりました。これがなかなかつながりません。保留で待つこと20分ほど、「混み合っているので、しばらく経ってからおかけ直しください」というメッセージとともに遮断されました。しばらく経ってから再度電話をかけ、また10分ほど待つと、ようやく担当の方につながりました。そこで、再提出が必要な理由を確認してもらいました。理由は、問い合わせ先担当者氏名の箇所の、私の名前の姓と名の間に、スペースを入れてほしい、ということでした。半角スペースだったので、全角スペースが必要なようです。約1時間ほどかけて、ようやく理由がわかりました。その理由は、何とも言えないようなものでした。さすがにこれは辛いものがあります。今度こそ、無事に受領していただきたいものです。
2026年04月17日
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大学時代、サイクリングクラブというサークルに入っていて、4年間で日本一周をしました。合宿やツーリングで訪れた先では、多くの方に親切にしていただき、思い出として残りました。その影響からか、この年になっても旅行に行くことが好きです。そして、気に入った場所は国内外問わず、何回も訪れることがあります。いくつかの土地で、必ず訪れる場所があります。そして、会いたい人がいます。ふと思い浮かぶのは、ソウルに行った時に訪れる屋台です。ソウル市内の広蔵市場という、大きな市場内にある屋台です。この屋台では、新鮮な魚料理を中心に提供しています。特にタコが有名のようで、水槽から生きたタコをそのまま刻んで提供してくれます。細かく刻まれたタコの足は、まだ動いています。これを醤油などにつけて食べるですが、これが格別です。そのほかに、サーモンなども美味しいです。また、チヂミなどの料理も提供しています。この屋台を1人で運営しているのは、私より少し年上と思しき女性です。いつもニコニコしながら、タコを捌き、料理を作ってくれます。優しそうな感じで、いつも訪れると、笑顔で応対してくれます。既に4~5回訪れており、日本人のリピーターは珍しいのか、私のことを覚えてくれています。私の韓国語能力は全然上達しませんので、ほぼ会話は翻訳アプリですが、言葉は通じなくてもお互いの想いは伝わっていると実感します。「また来たよ。お母さんに会いたくて来たよ」「来てくれてありがとう、元気そうだね」というような雰囲気はよくわかります。初めて訪れた時は、極寒の冬でした。その時は、屋台の椅子にはホットカーペットや暖房がありましたが、ソウルの冬の寒さに凍えながら食べていたものです。また、あの方にお会いしたいと思います。次のソウル行きを、また模索したいと思います。
2026年04月16日
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マーケティングやテーマパークの運営などの事業を行う、株式会社刀のCFOが電撃辞任というニュースがありました。ここ最近、この件が話題になっています。刀は、CEOを務める森岡毅氏が創業した企業です。森岡氏は、独自のマーケティング理論で、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を劇的なV字回復に導いた、再生請負人と言われています。その森岡氏が、USJから独立後、2017年にテーマパーク事業などを手掛ける刀を創業しました。この時の創業メンバーで、CFOを務めていたのが立見信之氏です。立見氏は三井物産やボストン・コンサルティング・グループを経て、2011年にUSJに入社しました。USJでは経営企画部長として、森岡氏の戦略策定をサポートする役割だったそうです。森岡氏が刀を創業した際に、立見氏はCFOとして参画し、刀の財務面を支えてきたとされています。森岡氏の最側近の1人とも言われています。立見氏は刀が企画、開発を自社で手がけるジャングリア沖縄など、テーマパーク事業の資金調達を担っていたとされています。しかしながら、事業としては昨今は苦境が報じられ、今年2月にはお台場の「イマーシブ・フォート東京」が、開業からわずか2年で閉業しています。さらに、2025年に開業したジャングリア沖縄も、集客は伸び悩んでいるようです。その矢先のCFOの突然の辞任は、大きな激震となりました。辞職は立見氏本人からの突然の申し出だそうですが、その理由は、意見の相違、ということです。さらに立見氏との信頼関係が失われたとして、刀としては慰留をしなかった、とリリースされています。ジャングリア沖縄には、行ったことがあります。正直なところ、あまり期待をせずに行きましたが、良い意味でその思いは裏切られました。天気があまり良くなかったことから、お客さんの入りは少なかったですが、スタッフの方々のホスピタリティは素晴らしいものでした。どのスタッフも笑顔でおもてなしをしてくれて、私もとても楽しい気持ちになりました。アトラクションやショーなども、楽しめるものでした。スタッフの方々は、本当に頑張っていると感じました。そうであるからこそ、経営陣はしっかりと経営して欲しいと思います。頑張っている従業員の姿を見れば、感じることはあると思います。
2026年04月15日
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TOTOが新規受注を停止したというニュースがありました。中東情勢を巡る混乱が原因と思われます。報道によると、中東の混乱でナフサなどの供給が滞っている状況です。TOTOの製品を扱う取引先に通知したと、同社の広報担当者が明らかにしています。TOTOの製品に使われる原材料の一部が不足していることに伴う対応、ということです。再開時期は未定です。天井や壁に使われるフィルム接着剤や、コーティング剤に含まれる有機溶剤が不足しているそうです。この有機溶剤の原料となるナフサは、供給量全体のうち約4割が中東産ということです。イラン戦争で、ホルムズ海峡が封鎖されたことを受け、さまざまな供給が滞っています。備蓄の活用や、代替調達が進められるようですが、追いついていないようです。流通の過程で、目詰まりが起きていることも指摘されているようです。そのため、混乱が続いています。TOTOが新規受注を停止することで、顧客が他社に流れる可能性もありますが、他社も似たような状況です。タカラスタンダードは、現在の事態が長期化した場合、納期・数量・価格などに影響が発生する可能性があるとしました。リクシルも、樹脂やアルミニウムなどの価格や物流・生産のコストが上昇しているとしています。自助努力の範囲を大きく超える状況となっており、出荷制限の可能性や価格の改定なども想定しているということです。そうなると、リフォームや新規の建設工事などには、大きな影響が出るのは必至と思われます。第三次オイルショックとも言われていますが、先が見えない中で、長期化すると住宅の価格や工期にも関わってきます。アメリカとイランの交渉は不調に終わり、今後も先行きは不透明です。早い解決が望まれます。
2026年04月14日
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ブログを書き始めて、9年ほどになります。毎日書き続けることは大変な面もありますが、喜びや学びなど、得るものがたくさんあります。何回か触れていますが、ブログを書き始めたきっかけは、転職による単身赴任でした。29年勤めた会社から違う会社に転職し、単身赴任になりました。50歳を過ぎて、大きく生活環境が変わりました。その当時、2人の息子はまだ大学生でした。まだまだ色々なことを伝える必要がある年代でした。しかし、日頃は離れて生活していますので、仕事のことや考えていること、日々の出来事などを伝えるために、このブログを書き始めました。ブログを書くことで、色々なことを意識するようになりました。9年の間には、当然ですが色々なことがありました。仕事も、環境変化と共に責任もさらに重くなりました。それでも日々、頑張っています。プライベートでは、やはり大学院を修了したことが大きな出来事でした。コロナ禍の真っ只中の2年間でしたが、その環境の中でやれることをやって、学びを続けました。大学院で学んだことは、今後の人生を変えるような素晴らしい経験になりました。あの時の経験を活かして、現在も頑張っています。そして、マラソンも大きく進化しました。当時はウルトラマラソンを走ったことがなかったですが、この9年間で100kmを6回完走するまでになりました。ブログも変わっていきました。経理のブログとして始めましたが、書いている記事は圧倒的にマラソンです。それでも、それはそれで良いと思います。これからも日々、綴っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
2026年04月13日
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東急線ランもだいぶ残りは少なくなってきました。今日は世田谷線ランです。東急世田谷線は営業距離5km、三軒茶屋から下高井戸までの10駅です。都電荒川線と同様に、都内に残っている路面電車です。ですが、都電とは違って道路を走る区間はないようです。駅の数は多いですが、営業距離は短いので、1時間ほどで一気に走れると思います。三軒茶屋からスタートです。次の西太子堂までは300m、細い路地の裏道を走るとすぐに到着です。その次の若林は環状7号線沿いです。ここは、環状線の信号と鉄道の信号が同期しているそうです。そのため、駅を出た電車が路線上でしばらく信号待ちする光景が見られます。駅の形は池上線などの他の路線とよく似ていて、路面電車の駅らしい造りです。そのため、この先も同じような感じになると思います。松陰神社前、世田谷と、快調に走ります。この次の上町では、上りと下りの駅が少し離れています。道路の造りの関係でしょうか、なかなかユニークです。次の宮の坂は、なぜか駅前に引退した江ノ電の車両が展示されています。細かいことは気にせず、これを堪能します。次の山下は、小田急線の豪徳寺駅のすぐ近くです。そのため、このあたりは雰囲気が大きく違い、また新鮮です。山下から次の松原に向かう途中には、遊歩道もあります。このような遊歩道を整備している街も、各地で目にするようになりました。歩くのも楽しいでしょうし、私のように軽く走るのも良し、犬の散歩をしている方もいます。なかなか良い雰囲気です。松原の次は、終点の下高井戸です。京王線も乗り入れている駅で、近くなってくると街並みが変化してきます。やはり、長距離路線の鉄道が乗り入れている駅の近くになると、商店街の規模も大きななります。街の雰囲気の違いも楽しみながら、終点の下高井戸に着きました。世田谷区という高級で、かつ閑静、また商業や交通の要所、そして神社仏閣など、色々な景色や雰囲気を味わうことができました。走行距離は6km強と短いですが、とても楽しめた東急世田谷線ランでした。
2026年04月12日
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ここ数日で、急激な気温の変化があります。週の前半は北風が吹いて寒い日があり、スプリングコートを羽織っていました。それが、今日は夏日になっています。この時期は毎年このようなことがありますが、身体が慣れないと大変です。私は比較的暑い方が得意ですが、暑さの中のランニングはなかなか大変です。特にこの時期は、まだ身体が追い付いていません。暑熱順化を進めていくことで、暑さに対する耐性が身についてきます。今日はそれを意識した朝ランです。恐らく今期初めて、Tシャツ短パンの朝ランです。体感温度はそれほどでもありませんが、走っていくと早いうちから汗が出ます。桜はすでに散り、葉桜が少し残っているのみです。その代わりに、緑が爽やかに感じるようになりました。これから梅雨に入る頃までは、このような光景が楽しめると思います。その頃には、夏のレースにも充分対応できるようになっていると思います。少し足に張りがあり、軽い足底筋膜炎のような症状もありますので、無理はせずに流します。14km走って、終わりにします。気持ち良い朝ランですが、急激な気温の変化に慣れるには、まだまだだと感じます。レースに向けて、しっかりと整えていきたいと思います。今日は、ランニング仲間が毎年恒例の彩湖ウルトラマラソンを走っています。今年は他のレースとの兼ね合いもあり、エントリーしませんでしたが、この時期の彩湖ウルトラは毎年、ウルトラマラソンシーズンへの入口として重要なレースになります。健闘を祈ります。そして、私もウルトラマラソンシーズンを楽しんでいきたいと思います。
2026年04月11日
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先日、運転免許証の更新に行ってきました。前回の更新から、5年経ったことになります。その時は、コロナ禍で色々と制約のある中での更新でした。今にして思うと、あの頃は大変だったと改めて思います。前回、前々回と、違反があったことで一般の更新手続きでした。今回は5年間無事故無違反でしたので、再びゴールド免許に戻ることになります。過去の違反は、同乗者のシートベルト不着用、そして私の車線変更違反でした。この間は長い10年間でした。更新にあたり、色々と考えた結果、マイナ免許証のみに変更することにしました。通常の免許証と2枚持ちもできますが、マイナ免許証に一本化することに決めました。優良者の更新なので、警察署で更新手続きを行うことにしました。試験場での更新に比べると、近くなので楽です。久し振りの警察署での更新なので、手続きをよく確認して行きました。最初にマイナ免許証のみに変更する旨を窓口で伝え、マイナンバーカードの確認や、簡易な視力検査を経て、更新書類の作成になります。書類作成は機械で行い、持参した写真などと共に窓口へ提出します。写真はこちらで持参する必要があるので、注意が必要です。その後、安全運転協会でテキストを受け取り、講習になります。講習は30分ほどで終わります。そして、再び窓口に行き、後日交付される免許証の受け取りに関する手続きを聞いて、終了になります。試験場ではないので、その場での交付ではなかったと、その時に気づきました。トータルで45分ほどでした。改めて警察署に行くときに、マイナンバーカードを持参して、マイナンバーカードに免許証のデータを書き込むことになるようです。まだ実際に免許証を受け取れるのは、1ヶ月ほど先になります。それでも、無事に終えて安心しました。現在の免許証の有効期限は、3ヶ月ほど延長してもらいました。この後も、車を運転する時は安全運転を心がけたいと思います。
2026年04月10日
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最近、テレビでもネットでも「町中華」という言葉をよく目にします。昔ながらの中華料理屋さんが、注目されているような気がします。チェーン店とは違い、昭和の時代からあるような、趣きのある店舗が多いです。暖簾に看板、なぜかカウンターは赤が多いなど、昔ながらのお店です。ラーメンなどの麺類、炒飯などのご飯類、そして餃子や炒め物などの一品料理という品揃えが大半です。これにビールや日本酒などの飲み物があります。こういうお店に行くと、昔ながらの中華そばのような、濃い味の醤油ラーメンがよくあります。そして、手際よく作られる炒飯も食べたくなります。今はお酒を飲みませんが、餃子にビールで楽しみながら、ラーメンや炒飯を食べるのが良いです。もしくは、ニラレバなどの定食ものも良いです。25年ほど昔、食品メーカーで飲食店向けの営業の仕事をやっていました。お客様には中華料理店が多く、この仕事に異動になった時に先輩から「ラーメンを食べろ」「スープは何を使っているのか(鶏か豚か、或いはその両方か)考えながら食べろ」などと言われたものです。なかなか食べただけで分かるものでもありませんが、1年も営業をやっているとすっかり料理の腕も上達し、プロ相手に試食説明会を開くまでになりました。ラーメン店や中華料理店にも、何軒も新規で導入できました。麺類や料理、飲料の原価率や、店舗の客単価、回転率なども理解できるようになり、提案もオーナーの立場を理解して行えるようになりました。異動してきた頃に当時の上司が「いずれ君もラーメン屋や中華屋がやれるよ」と言っていた意味が良くわかりました。その意味とは、料理が出来るだけでなく、店舗の経営について理解できるようになる、ということだと理解しました。さすがに中華料理店を経営することはないでしょうが、町中華のテレビ番組などを見ると、料理だけでなく経営を考えてしまうのは、当時仕事を一生懸命にやっていたことの証拠かとも思っています。
2026年04月09日
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先日、用事があって和歌山に行きました。1泊して翌朝、周辺を朝ランしました。旅先や出張先での朝ランは、いつも楽しみにしています。普段と違う景色や街並みを眺めながら走るのは、とても楽しいです。和歌山では、和歌山駅の近くのホテルに泊まります。ホテルから1.5kmほどのところに、和歌山城があります。以前にも走ったことがありますが、和歌山城のあたりはランニングコースにはもってこいです。地元ランナーの方の姿も、多く見られます。ホテルから少し別の方向に向かって走ってから、和歌山城を走ることにしました。和歌山城の近くは県庁や市役所のほか、陸奥宗光の銅像のある公園もあります。その近くには、引退した蒸気機関車や路面電車が展示されています。朝の澄んだ空気の中、このような景色を見ると心が落ち着きます。そして、和歌山城内を走ります。ちょうど桜が満開で、素晴らしい景色を見ることができました。そして、天守閣の方へ階段を登っていくと、素晴らしい景色が一望できます。写真を撮ってしばらく眺めていると、近くにいた高齢の男性が話しかけてきました。この辺りの光景や、和歌山城について、とても詳しく教えてくれました。そして成り行き上、なんとなく一緒に歩きながら説明をお聞きしました。城内には日本庭園や小さな動物小屋などがあり、色々と親切に教えていただきました。白鳥や孔雀なども、少し上からですが見ることができました。聞くと、その方は81歳で、50年ほど寿司屋さんをやっているそうです。現在でも毎朝、和歌山城内を歩き、楽しそうにされています。20分ほどご一緒して、お別れしました。親切な方だなあ、ととても良い気分になりました。そのままお堀の周囲を走っていると、その方が正面から自転車で走ってきました。私に手を振ってくれましたので、「お気をつけて」と声をかけてすれ違いました。朝から心穏やかに過ご過ごすことができました。あの方が、いつまでも健康で、元気に和歌山城を歩いて過ごせることを願っています。
2026年04月08日
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先日、大変残念なお知らせを耳にしました。中学時代に大変お世話になった恩師の先生が、残念ながらお亡くなりになられたとの知らせです。この先生とは中学時代の3年間が、とても印象に残っています。中学3年の時の担任の先生でした。厳しさの中にも、愛情溢れる先生でした。当時、先生もまだ若かったので、私たちに真剣にぶつかってきてくれました。叱られたことも多々あります。やんちゃで、まだまだ子供だった中学生ですので、指導されるのも大変だったと思います。叱られるのには当然、理由がありますので、不満などもなかったです。男子校でしたので、伸び伸びと過ごしている中で、良き指導をしていただきました。中3当時、私たちの学年が、校内で立場が悪くなったことがあったようです。詳しくは憶えていませんが、ホームルームの時間か何かの時に、この先生からお話しを聞きました。先生は「お前たち、しっかりしろ!」と厳しい言葉で私たちを叱りました。私たちが学校のルールを破ったりしたことで、「あの学年はダメだ」というレッテルが貼られる場面だったようです。先生は私たちを叱り、諭しました。「こんな風に思われて、お前たちは悔しくないのか!」というようなことを言われたと思います。未来ある若者たちを潰さないように、というお気持ちか、当時の各クラスの担任の先生方が皆で、私たちを叱り、そして守ってくれました。先生方の中にも色々な意見があった中で、私たちの学年を守ってくれたのがこの当時の先生方でした。先生が、本来は口にしないようなことも話し、「だからお前たちはちゃんとやらなきゃいけないんだ」と、本気でぶつかってくれたのです。40年以上前のことですが、このことは今でも憶えています。先生の訃報を知らせてくれたのは、中2の時の担任の先生でした。亡くなった先生とは親友のような先生で、中1の時の担任の先生と3人で、御三家と呼ばれる先生でした。厳しくも愛のある先生方にお世話になった中学時代、この歳になっても色々なことを思い出します。同級生のグループLINEにも、残念なお知らせをお伝えしました。中学3年D組の担任をしてくださったW先生、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。
2026年04月07日
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ドン・キホーテなどを展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)が、Olympicグループを買収することになりました。7月1日付で、OlympicはPPIHの完全子会社になります。これにより、Olympicは東証スタンダード市場での上場廃止になります。株式交換による経営統合の形式のようです。Olympicは、5月末の定時株主総会の決議で承認を得て株式交換を実施します。そして、PPIHは簡易株式交換の手続きにより、株主総会の決議なしに株式交換を実施します。両社の経営統合により、Olympicの店舗は「ドン・キホーテ」や「MEGAドン・キホーテ」などへの業態転換を進めることとなるようです。この他にも、PPIHは関東圏に出店を計画する新業態「ロビン・フッド」の展開も加速させる模様です。PPIHグループはドン・キホーテを展開するほか、子会社のユニーが展開するアピタ、ピアゴなどのブランドを保有しています。長崎屋やユニーの再建で、その実績は折り紙付きです。ドン・キホーテのユニークな品揃えや、特徴的な仕入れにより、圧倒的な競争力を有しています。昨今の環境の厳しい変化を収益機会と捉えた経営計画により、売上・利益の大幅な伸長を目指しています。Olympicグループは都内を中心に1都3県でスーパーマーケット「Olympic」やディスカウントストア、専門店を展開しています。経営環境は物価高騰をはじめ厳しさを増しており、業績の低迷も続いていたことから、経営統合の検討に至った模様です。自宅の近くにOlympicの店舗があります。30年ほど営業しており、地域ではかなり古い歴史のある店舗です。お客さんも定着しており、非食品も充実している良い店舗です。食品の品揃えも充実しており、お酒の種類は専門店並みです。このような店舗でも、周辺の競合店舗に比べると、お客さんの入りは今ひとつです。一言で言うと、特徴があまりないように映るのでしょうか。これがPPIHの傘下になることで、今後どのように変化していくのでしょうか。MEGAドンキユニーの店舗の成功を目にしますが、個人的にはOlympicはドンキとは少し毛色が異なるように感じます。今後に注目したいと思います。
2026年04月06日
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今日は皇居でランニング練習会を行いました。日頃より親しくさせていただいている方からご要望をいただき、実施しました。この方は、上海関係の先輩のご友人で、5年ほど前にご紹介いただきました。私よりもずっと先輩で、社会的地位もとても高い方ですが、紳士的で気さくに接してくださるので、すぐにファンになりました。その方もランニングを楽しんでいらっしゃるのですが、フォームを見てほしいというリクエストをいただきました。私のような者でお役に立てればと、すぐに承りました。その方のご友人も一緒にご参加されると聞き、楽しみにしていました。天気が心配でしたが、前日までの激しい雨も上がり、良い天気になりました。事前にメニューを考えて、軽く下見を兼ねて試走もして、準備は万端です。全員集合して、ランステで着替えて皇居に向かいます。日曜日の午前ということで、大変多くのランナーで賑わっています。まずは軽く体操して、その後にフォームを拝見します。お二方のフォームで、私が気づいた点をお伝えしました。あくまでも私の視点で感じたことですが、参考にしていただければと申し上げました。そして皇居を走ります。混んでいるので一列で走るようにして、私は前後に動きながら声掛けをします。時にはスマホでフォームの動画を撮影して、後で参考にしていただくようにしました。もちろん、他のランナーや歩行者の方に配慮しながらの撮影は、強く意識しました。無理のないペースですが、皇居は意外とアップダウンも多いので、上りの走り方、下りの走り方などもお伝えしました。これは途中の休憩の時にお伝えすることで、その後のランニングに活かせるようにしました。桜田門を入ると広いスペースになるので、ここで一度立ち止まって動画を見ていただき、またフォーム修正をしたり、軽く走って身につけていただくようにしました。劇的に変わって、楽に走れるようになった方もいらっしゃいました。皇居一周を走って、暑さも厳しくなってきたことから、お二方にお聞きして、ここで終了しました。無理のない範囲でのランニングが、良いと思います。ランステでシャワーを浴びて、神保町まで移動して打ち上げをやりました。色々と示唆に富んだお話しを伺うことができ、勉強になりました。私自身も楽しむことができ、またお二方からも感謝のお言葉をいただけた、とても素晴らしい練習会になりました。楽しい日曜日になりました。ありがとうございました。
2026年04月05日
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湯河原の4日前に肉離れをやってから、10日ほど経ちました。この間、AIにも確認しながら、回復に努めてきました。肉離れの翌日からは、アイシングに冷湿布、サポーターでウォーキング中心で様子を見ました。湯河原の前日に軽いジョグを入れ、走れることを確認し、レースに出場しました。レースは絶対に無理をしない、と決めて、55分程度でまとめました。ハムストリングスに張りはありましたが、走ることはできました。翌日からまたウォーキング+ジョグで整えて、様子を見ました。張りがなかなか治まらないので、AIに問題ないことを確認していました。昨日、サポーターなしの9kmジョグで問題がなかったので、今日は10kmジョグを走ります。様子を見ながら、場合によっては後半、少し上げてみようかと思います。ここからはウルトラマラソンがターゲットになってきますので、足を作り直す過程になります。そのため、6分30秒程度のジョグでスタートしていきます。先日来の雨で桜も散ってしまうかと思いましたが、まだ頑張って咲いています。堪能しながら、ジョグで流していきます。張りも出ないので、5km以降は少し上げることも考えられますが、ここは無理せず同じペースで行きます。そのうちに、この時期には桜とチューリップを楽しめる道に来ましたので、ゆっくりと景色を味わいながらのジョグになります。後半も6分30秒ペースを維持し、急な上り坂は意図的に歩きも入れました。このあたりの感覚は、だいぶ身につきました。最後の500mだけ、4分台で走ってみました。気持ち良く走れ、特に問題なく10km走り終えることができました。AIに確認したところ、ほぼ完璧な戻し方で、あと一段、丁寧に仕上げることで完全復活になる、ということです。少し良くなるとすぐに元のペースや距離を走る、ということをせずに、我慢できるようになったのが、還暦の走りかと思います。まだ次のレースまでには、少し時間があります。このペースを維持して、復活から飛躍につなげていきたいと思います。
2026年04月04日
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2023年にゼンショー傘下となったロッテリアが、ロッテリア看板の全店舗の営業を終了しました。全国のロッテリア店舗は、完全に消滅したことになります。1972年に創業したロッテリアは、日本発祥のハンバーガーチェーンとして多くの人に愛されてきました。私も子供の頃から、食べに行ったものです。1号店は、日本橋高島屋に開業したそうです。半世紀余りの歴史がありましたが、ゼンショーに買収されてからは、ロッテリアの看板はどんどんなくなっていきました。店舗は「ゼッテリア」というブランドの看板に置き換わっていきました。ゼンショー傘下となったので、ゼンショーのゼに変わったのかと短絡的に考えていましたが、違うようでした。ネットニュースなどによると、ゼンショーの広報の説明として、「看板商品である“絶品バーガー”と、気軽に楽しめるお店という意味での“カフェテリア”を組み合わせたもの」ということです。また、「ロッテリアの看板商品“絶品バーガー”をさらに進化させ、お客様によりバリューを感じていただける“絶品バーガー”を提供していくという思いを込めたブランド名」という意味合いもあるようです。子供の頃からロッテリアというブランドに馴染んでいたことから、なんとなく違和感がありましたが、それも世の流れということでしょう。ロッテリアとしての最終営業店舗は、大阪の千里中央店だったそうです。この千里中央店の閉店で、ロッテリアとしての店舗はすべて閉店になりました。今後は、この千里中央店も4月中旬にはゼッテリアに変わるそうです。考えてみると、ゼッテリアになってからまだ食べに行ったことがありませんでした。家の近くにもありますので、今度食べに行ってみようと思います。
2026年04月03日
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先日、マイナンバーカードの更新を行いました。発行から10年経った、ということになるのでしょうか。調べてみると、マイナンバーカードの有効期限は10年ということです。そのため、2016年に取得して10年経ったということになります。現在、マイナンバーカードは結構活用しています。マイナ保険証として活用しておりますが、対応する医療機関が増え、私がかかっている医療機関は、すべてマイナ保険証に対応しているようです。この他に、確定申告では欠かせません。e-Taxで電子申告をする際にも、マイナンバーカードで申告を行うとスムーズです。今年も2月には申告を済ませ、2月末には還付金が入金されました。電子申告も、だいぶ浸透してきました。今後、更新のタイミングで運転免許証もマイナンバーカードに載せようと思っています。有効期限管理が二重化しますが、1枚にまとめた方が楽なので、マイナ運転免許証にしようと思います。そんなマイナンバーカードの更新ですが、役所から送られてくる更新通知からスタートします。最近はQRコードから更新手続きを行うことができるので、郵便で返送する必要がありません。更新手続きの申し込みを行うと、はがきが郵送されてきます。そのはがきに書かれている電話番号に電話をして、マイナンバーカードの受け取りの日時を予約します。ここはどうしてもアナログな手続きが発生します。予約の日に役所に行き、窓口で受け取ることになりますが、実際に受け取るまでには少し時間がかかります。最近では、住民票の発行などはコンビニで行っていますので、役所に来る機会もめったにありません。それでも、いつも役所は混んでいます。窓口を2か所ほどまわり、暗証番号などの設定をして、無事に新しいカードを受け取りました。この後、マイナンバーカードとしては10年、電子証明書としては5年、その他もろもろ使用していくことになります。取り扱いには気をつけて、マイナンバーカードを使用していきたいと思います。
2026年04月02日
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新年度がスタートしました。毎年のことですが、この日が誕生日なので、強制的にリフレッシュされます。そして、同級生の中では最も遅く60歳の誕生日を迎えました。ついに還暦となりました。60歳という年齢は、一つの区切りや節目と考えられます。昔、私の両親の時代などは、ここで退職して老後というステージでした。私の父も60歳で定年退職して、その後は年金を受給して悠々自適でした。そんな時代でした。現在では60歳で社会からリタイアするということは、なかなか考えられなくなりました。年金の受給も、私の年齢では65歳からになりました。受給額も、とても年金だけでは生活できないような状況です。また、医療の発展などで昔の60歳とは比べ物にならないくらい、健康で元気に過ごせるようになりました。60歳を迎えましたが、変わらず仕事にマラソンに、邁進していきます。マラソンは、これまでマラソン二刀流アラ還市民ランナーと称していましたが、これでようやく還暦市民ランナーを名乗れます。かつて、柴又100Kに初めて参戦した時、90km過ぎでへばっている私を、背中に「還暦」と書かれたTシャツを着た人が、颯爽と追い抜いていきました。還暦のウルトラランナーは強い、と思ったものです。私もその年代に、ようやく到達しました。マラソンはさらに幅を広げて、楽しみ方も増やしていきたいと思います。今日は家族や親族からお祝いの品をたくさんいただき、また近所に住んでいる長男も仕事のタイミングが合ったため、合流してお祝いをしてもらいました。思い出に残る還暦の誕生日となりました。今日が入社式で、新社会人になった方も多いと思います。若い方を応援しながら、自分も頑張っていきたいと思います。
2026年04月01日
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3月も今日で終わりです。そして、2025年度も終わります。年度末ということで、いつもそうですが何となく慌ただしい日々が続きます。こういう時は、やることを明確にしておくことと、優先順位をつけて整理しておくことで、抜け漏れなく対応できます。仕事は、4月以降に向けて色々と準備をしました。間もなくやってくる日々に向けて、頭を使い、足を使い、準備を進めました。まだやることがたくさんありますので、一つずつ確実に対応していきたいと思います。こうすれば、怖いものはありません。プライベートでは、今月も多くの方にお会いすることができました。いつもの通り、会いたい人に会いに行く、を実践して、色々な方にお会いできて嬉しかったです。常に思いますが、1人では生きていくことができません。多くの方に支えていただいて自分がある、ということを実感する1ヶ月でした。マラソンは、シーズン最後の月となりました。今月は、なんといってもソウルで7年振りのサブ345が大きな出来事でした。最近では、サブ345を「サブリノ」と呼ぶそうです。ソウルではいつ以来のサブリノか分からず、帰国して確認してやっと分かったという状況でした。また、ソウルはツアーで行きましたが、新たなランナーの皆さまとの出会いもあり、とても素晴らしい時間を過ごすことができました。このご縁は、今後も大切にしていきたいと思います。今月の走行距離は、316.1kmでした。故障もあって最後の方はウォーキング+ジョグになりましたが、3月としては過去最長距離になりました。ソウルの後にもっとゆっくりリカバリーをするべきでした。年齢的に故障のリスクが高くなってきましたので、反省点として今後に活かしたいと思います。気がつけば、明日が誕生日です。そのため、今日が50代最後の日になります。特別なことは何もありませんし、特別な感情も何もありません。思い出してみると、40代最後の日は、しみじみとビールでも飲んでいたと思います。あれから10年、当時よりは少し成長したと思います。また明日からも淡々と頑張っていきたいと思います。
2026年03月31日
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マラソンシーズンが終わりましたが、既に次のシーズンのエントリーが始まっています。今シーズンは5本のフルマラソンを走り、30〜34回のフルマラソンサブ4となりました。どのレースも思い出に残っています。雨の中の30回目のフルマラソンとなった横浜マラソン1週間前の肉離れから復活したつくばマラソン2回目の海外レースとなった台北マラソン季節外れの暑さの中の大阪マラソンそして7年振りのサブリノ達成のソウルマラソンシーズン5本は久しぶりでしたが、とても楽しく走れました。故障が2回もありましたので、年齢を考えこれまで以上にケアを大切にしないといけません。この先はしばらくはウルトラマラソン中心になりますが、35回目のフルマラソンは、ずいぶん前から決まっていました。やはり外せない8月末の北海道マラソンです。夏のフルマラソンは、日本ではこの大会だけです。先日放送を終了したランスマで、田村亮さんが北海道マラソンに挑戦しているのを見て、自分も走りたいと思ったのが参戦のきっかけです。初参戦が2018年で、それから可能な限りエントリーしていました。時期的に仕事の都合で出場できないこともありましたが、私の中では欠かせない大会として意識しています。先日も「HIROさんといえば北海道マラソン」と言われたことがありました。ランニング仲間の中では、私は北海道マラソンが代表的なレースという印象があるようです。そんな北海道マラソンですが、昨日よりアプリで先行エントリーが始まりました。そして、無事にエントリーをすることができました。これで、次のターゲットのフルマラソンが決まりました。ランニング仲間も、何人かエントリーしているようです。まだ少し先ですが、今年もあの夏のレースを走れることを楽しみにしています。
2026年03月30日
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今日が今シーズンの最後のレース、湯河原温泉オレンジマラソンです。去年は列車の遅延によって現地に向かえない、というハプニングで走れなかったので、2年振りの参戦になります。このレースをシーズン最終戦としているのは、もう10年ぐらいになるでしょうか。走れなかった時もありますが、このレースをランニング仲間と走って、半年間楽しかったねと思い出を語るのが恒例です。湯河原までは遠いので、ちょっとした小旅行気分です。東海道線で小田原で乗り換え、湯河原駅で皆と合流します。会場の湯河原小学校までは、徒歩で移動します。桜も満開になり、陽気もすっかり春になりました。久しぶりの光景です。多少の変化はありますが、昔から変わらぬほのぼのとした雰囲気がとても良いです。軽くアップしましたが、多少ハムストリングスに響くものの、走れる状態です。気温も高くなり、タフなレースになりそうです。スタートすると、いつものようにすぐオレンジラインの強烈な上りが現れました。この上りは約3.5km続きます。故障明けなので、ゆっくり上っていきます。ペースを落としているので、心肺がとても楽です。右足に響いてくる感じもありますが、走るのにはさほど問題ありません。ただ、痛みが起きないように負荷をかけずに走り続けます。いつも苦しい上りも、今日は快調に上り切りました。ここから約5kmの下りになります。この下りこそ、気をつけて走らなければなりません。慎重に、そして快適に走っていきます。いつもと違ってペースを抑えているので、かなり余裕があります。沿道の応援にも手を振って応え、5kmを下ります。そして最後の1.5kmは、ダラダラとした上りです。ここまで抑えてきたので、少しだけ上げてみます。すると、足も気にならずに走れましたので、ペースアップしていきます。そのまま、ゴールまで気持ち良く疾走しました。故障が2回もあった今シーズン、最後の最後は全力で駆け抜けました。とても気持ち良いゴールでした。シーズン最終戦は、故障のアクシデントもありましたが、なんとか走り切ることができました。シーズン中に2回も故障してしまうという、過去にない苦難もありましたが、なんとかリカバリーして走ることができました。雨の北千住のハーフマラソンからスタートして、フルは横浜、つくば、台北、大阪、ソウルと5本走りました。ハーフは北千住と東京ニューイヤーの2本、そして湯河原の10kmで締めくくりと、充実の楽しいマラソンシーズンでした。来月からは、ウルトラマラソンシーズンに入ります。また身体を作り変えて、頑張っていこうと思います。皆さま今シーズンもありがとうございました。
2026年03月29日
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3日前に右ハムストリングスを故障してから、回復に努めてきました。前回の時と同じように、AIに確認しながら進めてきました。軽い肉離れの症状でしたので、対処法はある程度わかっていました。そのため、この対応でよいかをAIに確認しながら、回復に向けて進めました。当日はすぐに走るのを止め、アイシングに冷湿布、サポーターでガードしました。歩くのも最小限にとどめ、ダメージが広がらないようにしました。木曜日は様子を見ながら1kmウォーキング+100m程度のジョグで状況を確認しました。この時点で、故障当時の痛みを10とすると、4ぐらいまで減少しました。この日も歩きを最小限にして、回復を急ぎました。順調に戻っているように感じました。昨日は3kmウォーキングで様子を見ました。痛みは2程度までになっており、アイシング等の効果を確認できました。この間もずっとAIと会話しており、順調な回復であるという確認と同時に、その後の注意点のアドバイスをもらっていました。そのため、ある程度の感覚がわかっていました。そして今朝、5kmウォーキングに500mジョグで、様子を見ました。大きな問題はないので、明日は湯河原へ行くことにしました。AIにも確認し、テーピングの貼り方と、レースの走り方を決めました。また、レース前に痛みなどが生じた時は、勇気ある撤退でDNS(出走しない棄権)すると確認しました。さらに、レース中に異変があったらDNF(途中棄権)する、ということも決めました。そのうえで、明日の湯河原温泉オレンジマラソンに行きたいと思います。走れない時は、ランニング仲間を応援することに徹したいと思います。去年は電車の遅延で走れなかった湯河原、今年こそは軽くでも走りたいと思います。
2026年03月28日
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ランナーにとって欠かせない番組である、NHKの「ランスマ俱楽部」が、次回の放送で終了となります。突然のニュースに驚きました。ランスマ倶楽部は、前身番組「ラン×スマ」から数えて14年の歴史のある番組です。2012年に放送が開始され、何回かの変遷を経て現在に至っています。私たちのような市民ランナー向けに、さまざまな大会にチャレンジするランナーを取材したり、MCやゲストが参加する大会密着など、中身の濃い番組です。ランナーにとっては欠かせない番組でした。私もこの番組は欠かさず見ていました。特にMCの金哲彦さんのアドバイス「教えて!金さん」は、走るうえでとても参考になりました。また、多くの大会もこの番組で見て、参戦するようになりました。中でも、つくばマラソンを初マラソンに選んだことや、北海道マラソンを走ったのは、間違いなくこの番組のおかげです。番組は長く続いたことで、いろいろと試行錯誤をしてきたり、テーマ性に変化もありました。それでも、長い間楽しみに見ていました。MCも多くの方が参加され、田村亮さん、秋元才加さんなど、長い間務めていた方は特に印象的です。現在のMCのハリー杉山さん、井上咲楽さんも、長く務めています。また、名前を聞くと懐かしいランナー(セミレギュラー)も多く思い出されます。中村優さん、高樹リサさん、宇野けんたろうさん、ハブさんなど、多くの方が出演されていました。このように、私のランニング歴とほぼ同じ期間放送されているランスマ俱楽部ですが、コロナ禍での番組編成の苦境や、放送回数や放送日の度重なる変化があり、最近では放送が少なくなっていました。そのため、少し嫌な予感がしていました。そして先日、次回の放送が最終回であると知りました。何となくそんな気がしていたことが、的中してしまいした。番組終了は残念ですが、14年間の放送に感謝を込めて、最終回は永久保存版として録画したいと思います。また、過去の放送で一部録画して残してある番組も、この機会に見返してみたいと思います。
2026年03月27日
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西武渋谷店が、9月30日で閉店となるようです。そごう・西武が先日発表しました。渋谷地区は大幅な再開発の真っ只中です。また、新たな大型商業施設が次々と開業し、人の流れも大きく変化しています。そのような状況下で、西武渋谷店は近隣の商業施設との競争が厳しく、収益改善に向けたテコ入れを検討してきました。しかしながら、再開発をめぐり店舗の土地と建物を持つ地権者と、賃貸借契約で合意できなかったということです。閉店するのは、食料品や化粧品の売り場が入るA館と、雑貨店などが入るB館、そして駐車場のパーキング館です。自社で所有しているロフト館や、無印良品が入るモヴィーダ館は営業を続ける見通しです。西武渋谷店で働く社員約230人については、そごう横浜店など、近隣の百貨店に配置転換することを検討していくということです。これにより、西武渋谷店は百貨店としての役割を終えることになります。西武渋谷店は1968年4月19日に、西武百貨店渋谷店として開店しました。私がまだ幼い頃になります。JR渋谷駅前に位置し、若者の街を象徴する存在でした。大学時代などは、池袋ほどではありませんが渋谷で遊ぶこともあり、西武もよく行きました。しかし、近年は周辺施設との競合も激しく、人の流れも変わりました。これに、建物の老朽化もあって、環境が厳しくなっていました。渋谷地区は、東急百貨店が閉店し、西武も閉店することで、一つの時代の大きな流れになると思います。また、西武の旗艦店の池袋店も、大幅な路線変更を迫られています。最近では、名古屋駅の名鉄百貨店が閉店と、百貨店を巡るニュースは厳しいものが多くなっています。時代の流れとは仕方ありませんが、なんとも言えない寂しさを感じます。
2026年03月26日
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昨日のブログで、連続ランニング日数777日になったことを書きました。その中で、病気や故障をしていては走れないので、健康の証明と言えるかと思う、ということを書きました。昨日書いたばかりなのですが、今日の朝ランでやってしまいました。右ハムストリングスに、電気が走ったような感覚がありました。ソウルでタフな走りをしてから、少しずつ戻していくようにしていましたが、だいぶ調子が良くなっていましたので、強めに走ってしまいました。ジョグで走っていたのですが、少し下り基調のコースで、スピードが出てしまいました。走り始めて3km過ぎたあたりでした。瞬間的に「いかん」と思いました。その後すぐに、鋭い痛みがきました。つくばマラソン1週間前の月例マラソンの時と、全く同じような感じでした。すぐに立ち止まって、様子を確認しました。そしてすぐにランニングを中止しました。歩くことはできますが、少し違和感があります。ゆっくり歩いて帰ってきました。ある程度の治療法は分かりますので、アイシングに湿布をして、安静にするようにしました。ハムストリングのスサポーターは家になく、ドラッグストアを2軒まわって、やっと入手しました。ハムストリングスは癖になりやすい、という理解をしており、今回も本当にしまった、という感じでした。正に不覚です。とりあえずは、明日の朝の様子を見て、軽いウォーキングでどんな感覚か、確認したいと思います。つくばの前は1週間ウォーキングで回復しましたが、今回は日がありません。次の日曜日が、シーズン最終戦の湯河原オレンジマラソンです。10kmのコースですが、アップダウンの厳しいタフなコースです。去年、電車の遅延で走れないというアクシデントがありましたので、今年こそは走りたいレースです。しかし、ここで無理をして4月以降のウルトラマラソンシーズンに影響しては、意味がありません。ギリギリまで様子を見ながら、判断したいと思います。昨日書いたばかりなのに、本当に参りました。
2026年03月25日
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今朝の朝ラン後にアプリをチェックしたら、連続ランニング日数が777日になっていました。キリの良い日数です。特に意識はしておらず、偶然気づきました。長い間走っていると、日数も伸びます。2年以上になりますので、よく休まずに走れているなと思います。何回か書きましたが、前回連続ランニングが中断したのは、高熱の時でした。2年前の2月に、39度台の高熱が出て、発熱外来に行きました。この時に2日間休み、熱が下がって落ち着いた後にまた39度台になって、もう1日休みました。3日間休み、復活の日の朝ランで転倒するという、正に踏んだり蹴ったりの時期でした。この後に控えていたさいたまマラソンも辞退したという、実に苦い思い出です。その時からずっと、毎朝走っています。走るのはいつも朝です。この間に、ポリープ切除や肉離れなどもあり、強めのウォーキング+超軽いジョグなどということもありましたが、連続ランニングは続けました。もはや、走らないと1日が始まらないという状況です。これだけ続いているというのも、基本的に健康であるからだと言えます。病気や故障をしていては走れませんので、健康の証明と言えるかと思います。この連続ランニングが続くタイミングで、飲酒もやめました。もはや酒を飲んでいた頃の感覚は、全くなくなりました。飲み会にも行きますし、周りの方が飲酒していても、飲みたいとは全く思いません。飲酒習慣のない高校生の頃に戻ったような感覚です。ここ最近は、朝ランで走る距離も伸びてきました。気候が良くなってきて、走るのには良い季節になってくると、マラソンシーズンからウルトラマラソンシーズンに移っていきます。これからも健康で、連続ランニング日数を自然に伸ばせるようにしたいと思います。何よりも健康で走れることほど、素晴らしいことはありません。
2026年03月24日
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マラソンシーズンも最終盤ですが、早くも来シーズンのレースのエントリーが始まっています。2025~2026年シーズンは、北千住ハーフマラソンでスタートし、フルマラソンを5本走りましたが、ウルトラマラソンが1本もありませんでした。その前年のシーズンは、100kmを2本走りました。フルとウルトラの切り替えは大変でしたが、中身の濃いシーズンになりました。打って変わって、今シーズンは50代最後のシーズンでしたので、王道のレース選択をしました。10月に北千住ハーフ、そして横浜マラソン、11月につくばマラソン、12月に台北マラソン、1月は東京ニューイヤーハーフマラソン、2月に大阪マラソン、そして3月にソウル国際マラソンと走りました。まだシーズン最終戦の湯河原温泉オレンジマラソンが残っていますが、これは10kmの恒例レースですので、ほぼシーズンは終わりという感じです。フルマラソンを中心に仕上げていって、本命のソウル国際マラソンで目標達成という、絵に描いたようなシーズンでした。そこで、来シーズンはどうしようか、と考えました。この考えている時はとても楽しいものです。色々と考えた結果、今大会が最終開催となるえちご・くびき野100kmマラソンをシーズン初戦にしようと決めました。この大会は、一昨年もシーズン初戦に選んだ大会です。この時は、山あり谷ありのコースに対し、序盤から調子よく入ってしまい、後半は記憶がないという悲惨なレースをしてしまいました。2年に1回の大会なので、いつかもう一度挑戦したいと思っていました。そんな矢先に、大会終了のニュースが入ってきました。これは走るしかない、と決め、エントリーすることにしました。しかしながら、エントリー開始のタイミングは、ソウル国際マラソンの当日0時(未明)でした。しかもウルトラマラソンらしく、先着順です。レースに集中するために、走り終えてからエントリーすることとしました。最後の大会なので、エントリーが集中すると思われ、気になっていました。それでも、走り終えてホテルに戻り、シャワーを浴びてすぐにエントリーしたところ、無事にエントリーできました。後で見ると、エントリー開始から3日で定員に達していました。前回大会は「まだ見ぬ景色を探しに行こう」という、とても良いキャッチコピーでした。今回は「えちご・くびき野100kmマラソン THE FINAL」として、「きっと忘れない 共に創る最後の感動を」というコピーでした。もう、このコピーだけで泣けてきます。最後の大会ですので、感謝の気持ちをこれまで以上に持ちながら、悔いなく走りたいと思います。新潟の皆さま、よろしくお願いいたします。
2026年03月23日
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3連休の最終日です。ソウルからのリカバリーも進んでおり、今日は気分転換に久しぶりに代々木公園を走ろうと思います。代々木公園や駒沢公園は、意外と最近は走っていません。そのため、久しぶりに両方走りに行こうと思い、今日は代々木公園を選びました。電車に乗って移動していましたが、その途中で嫌な予感がしました。私の前に、明らかにランナーとわかる女性が4人、座って楽しそうに話していました。代々木公園に行ってみると、その嫌な予感は的中しました。今日は、よりによって表参道ウィメンズランの日でした。これは不覚でしたが、仕方ないと諦めて再考しました。駒沢公園に行こうかとも考えましたが、来月行う練習会の下見を兼ねて、急遽皇居ランに変更しました。普段使っているランステにたどり着くと、日曜日のせいか結構空いていました。着替えてスタートです。久しぶりの皇居ですが、桜の季節になって皇居の開放もされているせいか、ランナー以外の方の姿も多く見られます。また、外国人ランナーもちらほら見かけます。皇居は変わらずのアップダウンを快調に走り、半蔵門でひと息、というのもいつもと同じです。その後、桜田門を入って、二重橋を左手に見ながら、ひたすら直進です。皇居1周の5km弱を走り終え、そのままコースを外れます。久しぶりに来たので、周辺を観光ランです。平将門の首塚、読売新聞社の箱根駅伝優勝校一覧を見て、東京駅を左手に見ながら有楽町を過ぎ、銀座まで来ました。半径1〜2km程度の間に、色々な風景を堪能できます。銀座で引き返し、日比谷から丸の内仲通りへ入ります。言わずと知れた、東京マラソンの最後の1kmの石畳です。いつもここを走っている時は、最後の苦しみの中の疾走です。この1kmが意外と長いのですが、今日はそれほど長く感じませんでした。やはり、大会の一番最後の1kmと、ソロ練で快適に走っている時とでは違うものです。最後の行幸通りで東京駅を背に走るのも、東京マラソンの再現です。そのまま日比谷通りを走って、ランステに戻りました。急遽予定変更になりましたが、それはそれとして、楽しめた10.5kmの朝ランでした。また改めて、代々木公園ランはやりたいと思います。朝ランが気持ち良く感じる季節になってきました。
2026年03月22日
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東急線ランの次の路線をどこにするか、楽しみながら考えました。比較的早く決まり、多摩川線を走ることにしました。多摩川線は営業距離5.6km、7駅の路線です。目黒線の時も書きましたが、2000年8月6日に、目蒲線が目黒~多摩川~武蔵小杉間と、多摩川~蒲田間の2つの路線に分かれ、多摩川~蒲田間が東急多摩川線になりました。目蒲線を思い出しながら走れる路線で、前回と同様に蒲田から上りを走ります。蒲田からのスタートは、少しの間多摩川線と池上線の2路線が並行しています。そのまま池上線は右に折れ、今回は左に進みます。まずは最初の矢口渡です。この路線も、ほぼずっと線路沿いに走っていくことができます。そのためとても走りやすいです。矢口渡、武蔵新田、下丸子と、池上線と同じような雰囲気です。走っている地域も近く、街並みも似ているので、デジャヴのような感じです。駅間距離も大体1km前後ですので、楽に走れます。鵜の木、沼部と、駅前に商店街などが広がり、駅を中心に街が発展している様子を実感します。鵜の木あたりから、左手側に多摩川の様子を感じることができます。地図を見ると、沼部から多摩川に出ることができるようですので、河川敷に出ます。多摩川河川敷は何回も走りましたが、最近は電車で川を渡ることが多いです。久しぶりに走ると、やはり気持ち良いです。野球やサッカーなど、河川敷特有の光景も見られます。その光景を左手に見ながら、ゴールの多摩川へ向かいます。中原街道を渡って、右手側に折れていくと、バス乗り場があります。これを過ぎるとゴールの多摩川です。無事に7駅を完走しました。ほとんどが線路沿いに走れましたので、走行距離は5.7kmと、営業距離とほとんど同じでした。これで東急線は、東横線、田園都市線、目黒線、池上線、多摩川線と走りました。まだ数路線ありますので、楽しんで走りたいと思います。
2026年03月21日
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今日から3連休です。ソウル国際マラソンを走ってから、本格的に再始動です。フルマラソンやウルトラマラソンを走ったあとはダメージがありますので、ゆっくりとリカバリーしています。大抵は日曜日がレースですので、その次の土曜日から本格的な再始動というパターンが多いです。今回は、大阪マラソンの時よりも膝のダメージが少なく、足の指や爪も、ほとんど影響を受けませんでした。そのため、3連休初日の金曜日である今日を、再始動としました。レースを走った翌日は様子見でしたが、かなりダメージがあったので1kmの超スロージョグ、その翌日からもスロージョグで様子を見ていました。今回は回復が早いので、少しだけジョグのペースを上げてみます。とはいえ、来週の日曜日がシーズン最終戦の湯河原温泉オレンジマラソンですので、そこにはしっかり間に合わせる必要があります。そのため、来週にはレースペースで走れる身体に戻していきます。今日はジョグでスタートして、10km程度走ってみて、後はその時の調子と気分次第、としています。桜の開花宣言のニュースも少しずつ聞こえてくる季節になり、手袋もネックウォーマーもせずに走るようになりました。時々走る遊歩道には、チューリップが植えられていました。これを見ると、春の訪れを感じます。ここは桜の木も多い場所ですので、来週あたりになれば、桜とチューリップの両方が楽しめると思います。また来週走りに来ようと思います。そこから河川敷に出ていきます。気持ちが良いので、当初の予定よりも少し距離を伸ばしていきます。その後は運動公園にも足を伸ばし、軽く1周流します。あれだけのタイムで走ってから5日で、ずいぶん気持ち良く走れるまで回復していると実感します。その後も少し迂回していましたが、雨が降ってきましたので、戻ることとしました。帰り道は上り貴重なので、ここはさらにペースを落としていきます。結局は21.4kmと、ハーフの距離を走りました。ペースは6分7秒ですので、ちょうど良いくらいです。時間にして2時間11分、身体を動かすことができました。順調に再始動できましたので、また頑張りたいと思います。
2026年03月20日
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昨日、WBCが終わりました。今回のWBCは、準々決勝で日本を破ったベネズエラが、決勝でもアメリカを破って初優勝を遂げました。ベネズエラの投打共にパワフルな野球は、非常に素晴らしかったです。オリックスで活躍するマチャド投手が何回も登板し、活躍している姿を見られたのも、とても良かったです。日本は準々決勝で敗れましたが、今大会も私たちを楽しませてくれました。韓国、台湾、チェコ、オーストラリアと揃ったプールCの激闘も、印象に残りました。そのWBCが終わって、今日からセンバツです。第98回選抜高校野球大会が、甲子園球場で始まりました。春はセンバツから、と昔から言いますが、本当にセンバツの開幕の頃になると、春らしい気候になってきます。昔は3月25日過ぎからの大会でしたが、休養日や新学期への配慮から、開幕日もずいぶん早くなりました。開会式は、高校生の進行で行われるようになって長いです。今年は、男子高校生が入場行進の進行を務めました。進行、プラカード、君が代斉唱、大会歌斉唱、これらがすべて高校生によって行われます。高校生らしく、若々しい力を感じます。大会歌「今ありて」は、いったいいつ頃から採用されたのか、気になりました。私が高校生の頃は、「陽は舞いおどる甲子園」という大会歌でしたが、調べてみると1993年の第65回大会からということですので、もう30年以上前になります。この大会歌を斉唱する学校は、神戸山手女子高校が1955年からずっと担当しているようですが、今年は校名が神戸山手グローバル高校と変わっていました。共学化されたとのことで、斉唱する生徒の中には男子高校生の姿も見られました。今年のセンバツから、高校野球も指名打者制度が導入されました。また戦い方が変わってくると思いますので、そのあたりも注目したいと思います。去年は横浜高校の優勝で幕を閉じた選抜高校野球、今年も多くの学校が出場します。しばらくは、センバツの春を楽しみたいと思います。
2026年03月19日
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私は最初に就職した会社がメーカーだったので、工場を訪問する機会が相応にありました。入社当初は、新入社員研修で工場での研修もありました。そのせいか、工場の設備などを見るのが好きです。工場はメーカーの技術の結晶を見ることができるので、とても良いです。メーカー勤務の頃、営業時代には得意先を工場見学にお連れする機会が結構ありました。会社の技術をご覧いただいて、確かな技術や工夫があることをご理解いただき、取引を広げていきました。経理に異動してからは、原価計算や固定資産実地調査などで、工場へ行く機会が増えました。その都度、工場の方に色々と教えてもらいながら、理解を深めていきました。上海に勤務していた時は、工場の設立がありました。同じ会社の技術者の方が、建設業者やプラントメーカーの方々と協力して工場を建設していく様子を間近で見ることができたのは、大変貴重な機会になりました。また、工場は安心・安全を始めとすると、各種の改善活動が盛んに行われていました。それに伴い、工具の置き場などは厳しく決められており、さまざまなことが徹底されていることを理解して、素晴らしいと思いました。赤い帽子公式OnlineShop|赤い帽子ゴールド 12種66個入(缶箱)赤い帽子|ちぼり お菓子 洋菓子 焼き菓子 スイーツ クッキー チョコ ナッツ 詰め合わせ 缶 個包装 ギフト 手土産 プレゼント 贈答 お中元 お歳暮 お年賀 母の日 敬老の日 おしゃれ かわいい工場に行くと勉強になる機会が多く、楽しみにしていました。転職してからは工場に行くという機会はなくなりましたが、工場見学という機会を探っています。先日も、お菓子メーカーの工場見学に行きました。このメーカーは地方都市に本社を置く企業ですが、原材料の輸入、製品の輸出など、グローバルに事業を行っている企業です。工場見学は店舗の2階から気軽に見学することができます。事前予約も不要で、工場見学の後に1階の店舗でお菓子を買って帰るのがパターンのようです。色々な工場を見てきましたが、やはり食品関連メーカーは馴染みがあるので理解が早いです。ラインの構成から、生産工程など、ぱっと見るだけで何となくわかります。工場見学をすると、その会社の技術のみならず、歴史なども知ることができます。今回も、そのメーカーの創業者の方が、なぜお菓子屋さんを創業したのか、よく理解できました。創業の精神があり、それが受け継がれ、規模が大きくなっても忘れずに取り組んでいるように感じました。工場見学は、本当に良い機会です。また、色々な企業の工場見学に行きたいと思います。極端な言い方をすれば、日本の叡智が結集されていると思います。
2026年03月18日
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上海に駐在していたことから、海外旅行は大きな楽しみであり、できる限り行きたいと思っています。駐在時代は家族が何回か上海を訪れてくれて、また違った経験をすることができました。帰任したのが2007年でしたので、その時からどこへ、何回旅行に行ったのか、漠然と会話で出てくることはありました。そこで、過去のパスポートや写真などをたどって、調べてみました。子供たちはかつて、どこの国がどうだったか、ほぼ混在していてよく憶えていない、と言っていました。上海にいたことから、どうしても中華圏を訪れることが多くなっていたので、これはよくわかります。駐在時代の一時帰国などの行き来は除いて、どこの国を訪れているのか調べてみると、意外な結果になりました。最も多かったのは韓国で、12回を数えました。そのうち済州島へ行った1回以外は、すべてソウル近郊でした。済州島は年末年始で、初めて海外での年越しとなった思い出があります。私はソウルは2011年が初めてで、意外と遅い訪問でした。この時に買ったブランド物の財布は、今でも愛用できています。そして、先日のソウル国際マラソンは50代最後のフルマラソンとして訪れました。納得のいく走りができて、とても嬉しいです。次に多かったのは台湾の5回です。台北近郊しか訪れたことがありませんが、去年の台北マラソンも含めて、ほぼ定期的に訪れています。台湾はこれ以外に出張で2回訪問していますので、それも含めると7回訪問しています。今後は台南や高雄なども行ってみたいと思います。以降は中国(上海3回、北京1回)、香港2回、シンガポール1回と、見事にアジアが続きます。中国は最後に訪れたのが2018年の上海ですので、ずいぶん行けていないことになります。出張では、マレーシアにも1回行ったことがあります。その時のメンバー3人とは、去年久しぶりにお会いできました。アジア以外では、一度だけニューヨークを訪問しました。この時は国内線の乗り継ぎが飛行機の遅延でギリギリとなり、ワシントン空港をダッシュして乗り継いだことを憶えています。まだ訪れたことのない国がとても多いですが、マラソン大会と絡めて、色々な国に行ってみたいものです。そのためにも、健康に留意して、走り続けられるようにしたいと思います。
2026年03月17日
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ソウル国際マラソンの余韻に浸りながら、無事に帰国しました。改めて、レースを振り返りたいと思います。スタートから下り基調のコースなので、あまりペースが速くならないように意識して、10kmまでは5分20秒で行こうと思っていました。これが見事に失敗し、5分16秒ペースで入ってしまいました。清渓川沿いの折り返しが長く長く感じ、ペースを落としていきましたが、15kmまでも5分18秒でした。この後、少し落とすまでもなくペースが落ちて、20kmまでは5分21秒、中間点のタイムは1時間52分でした。かなりペースが乱れていて、このままでは後半失速すると思われました。我慢の走りが続きます。そのうちに、少し雨が降ってきて、寒くなってきました。低体温にならないよう、ペース配分も意識します。心拍数は150前後で落ち着いているので、まだ大丈夫だと思います。しかしながら、そんなことを考えていると、頭で考えて走っているばかりの自分の姿に気づきました。前回のソウルではもっと勝負して、結果的に29kmから苦しくなり、30kmから36 kmは集団に食らいついて、何とかサブスリーを目指していました。しかし、36kmで失速し、目標は達成できませんでした。あの時が50歳、あれから9年間、色々な経験を重ねてきたものを全て出すのがこのレースじゃないか、と意識しました。そして、勝負に行きました。何がなんでも、今回は目標を達成したい、3時間45分を切ることが目標だから、そこに向かって勝負だ、と気合いが入りました。そこから、スイッチが入りました。しかし、気持ちはホットに、頭はクールに、と言い聞かせながら、終盤まで進みます。過去33回のフルマラソンの経験を重ねてきた、それを活かして力を入れていきます。前回引き離された36km、今回はペースがどんどん上がっていきます。そして、漢江を渡るときにはもう完全にゾーンに入っていました。行け、行け、と自分を鼓舞し、そしてソウルの皆さまの「화이팅!(ファイティン・頑張れ)」「할 수 있다!(ハルスイッタ・やれるぞ)」の熱烈な応援に、力がみなぎってきます。漢江を渡り、右折して突っ走ります。最後は4分台のラップも出ました。もう確信しましたが、最後まで削り出しました。ここ何年も味わったことのないフルマラソンサブ345、3時間42分30秒のフィニッシュは、雄叫びを上げてガッツポーズでゴールしました。そして振り返り、長い礼をしました。ちょうどそこにいた韓国人の女性ランナーと阿吽の呼吸になり、お互いに写真を撮り合い、握手しました。一瞬のことですが、素晴らしい交流ができました。50代最後のフルマラソンで、強い自分を再現できました。間もなく迎える還暦に向けて、とても自信になりました。もちろん、家族や友人、お世話になっている多くの方、そして韓国の方々のおかげで、今の私があると実感できたレースでした。とても大きなものを得て、9年振りのソウル国際マラソンを走ることができました。皆さまありがとうございました。
2026年03月16日
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