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次の場所に移転しました。再ブックマークをお願いいたします。橋本健二の読書&音盤日記
2010年07月05日
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拙著『「格差」の戦後史』の書評が、読売新聞と朝日新聞に出ています。どちらも、好意的な書評です。ご高覧ください。読売新聞 2009.11.9 朝日新聞 2009.12.20「格差」の戦後史
2009年12月27日
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河出書房新社の新しい選書シリーズ、「河出ブックス」の第1弾、6冊のうちの一冊です。229ページで1260円はお買い得でしょう。1945年からの日本の経済的・社会的格差の動向を、統計と戦後政治史・世相史の両面から描いてみました。ぜひ、ご一読を。『「格差」の戦後史』
2009年10月11日
「楽天ブログ」の使い勝手の悪さと、広告やジャンク的アクセス記録の多さに、耐えられなくなってきました。はてなダイアリーのサブアカウントを取得したので、近日中にこちらへ移行します。今後とも、よろしく。橋本健二の読書&音盤日記
2009年06月02日
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三巻本の完結編。三章構成で、「タイトルの妙」「権力は敵か」に続いて、四人の松本清張賞受賞者の小文と、それぞれの推薦作(ただし「地方紙を買う女」は上巻に収録済み)が収められている。 「支払いすぎた縁談」は、没落豪農の社会的地位への執着が生んだ物語で、どこかで使えそうだ。「骨壺の風景」は自伝的作品で、味わい深い。「鴉」は労働組合役員の一面を突いている。労働組合の活動家に対して「仕事ができないから組合に逃げた」と陰口をたたく連中は昔からいるが、こうした発想がかなり古くからあることが分かる。「菊枕」は、上昇志向の強い女の悲劇。ここでもテーマは、階級構造の中の下降移動だ。 松本清張というと、私の世代の人間はけっこう身構えて読むところがあるのだが、宮部みゆきは、さらりとユーモアを交えた解説で、別の読み方を教えてくれる。清張に興味を持ち始めた若者にも勧められる。『松本清張傑作短編コレクション 下』
2009年05月28日
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宮部みゆき編集の2巻目。テーマは「淋しい女たちの肖像」「不機嫌な男たちの肖像」の2つ。宮部によると、夢が破れ己の居場所を失ったとき、女は不幸になるが、男は不機嫌になるのだとのこと。淋しいと不幸はちょっと違うが、別のところでは「運命に対して受け身であるがゆえの淋しさ」なんて書いていて、2つあわせて考えれば分からなくもない。 「式場の微笑」は、傑作だと思う。しかも、男性が書いたのである。宮部もいうように、これほど優しく共感を込めて女性を描くことができるというところに、清張の力量が遺憾なく示されている。「共犯者」は、安部公房にも似た不条理の世界。途中でおかしいと気付いても良さそうなものだが。「カルネアデスの舟板」、こういう人間はいまでもいる。「空白の意匠」、圧倒的なリアリティ。どこで起こっていても不思議ではないお話である。 人間描写が中心の作品が多いが、その背景に、戦後日本の世相、そして論壇・学会の体質、大手広告代理店の権力が、ちゃんと描かれている。やはり清張は、社会を描く作家だったのである。『松本清張傑作短編コレクション 中』
2009年05月14日
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空き時間を使って、松本清張を少しずつ読んでいる。何といっても、高度成長期を代表する作家だ。 宮部みゆきの編集したこの傑作集は、全3巻。全短編の中から、いくつかのテーマを設定して配列されたもので、上巻のこの一冊は「巨匠の出発点」「マイ・フェイバリット」「歌が聴こえる、絵が見える」「『日本の黒い霧』は晴れたか」の4部構成。 松本清張の小説の多くでは、組織あるいは社会の構造のゆえに不遇な地位に置かれている人物が主人公となっている。主人公は、そこから抜け出そうとして、あるいは復讐のために、犯罪に手を染める。多くの場合、読者はこの主人公に感情移入し、復讐を応援したくなる。しかし、やはり多くの場合、復讐は成功の一歩手前で挫折する。こうして組織や社会の構造は、虚しく維持されることになる。読者は、弱者を勝たせてやりたい、強者を滅ぼしてやりたいという思いに駆られるのだが、主人公の企ては失敗に終わる。 だからこそ、その課題は、読者にゆだねられることになる。その意味では、読者を鼓舞するアジテーション文学であり、一種のプロレタリア文学といえる。 さすが宮部のセレクション、いずれも読ませる作品ばかりである。ただし「昭和史発掘」と「日本の黒い霧」は、全巻通じて読むべきものだろう。宮部みゆき責任編集『松本清張傑作短編コレクション 上』
2009年05月08日
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昭和ブームのせいか、こんな本まで出版された。世田谷区各地の古い地図と写真を集めて、当時の地域のようすを解説したもので、全159頁。 自宅の付近の写真も多く、経堂駅、すずらん通り商店街、農大通りなどの鮮明な写真がある。いまも営業している和菓子屋や電気屋がある。最近になって閉店した食堂が、昭和25年には旅行者向けの外食券食堂だったというのは驚き。 世田谷区は23区でいちばん人口が多く、83万人。人口の少ない100万人程度の県でも、郷土史の本や写真集は数多く出版されているから、こんな本が出ても不思議はない、といいたいところだが、大多数が定住者である地方の県と特別区とでは事情が違う。昭和ブームであること、高齢化と同時に定住者が増えてきたことが背景だろう。どこの区でも成立する企画とは思えないが、これからはいくつか出てくるかもしれない。地元の書店では山積みになっている。
2009年04月29日
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この世には、乗り越えることの不可能な著作というものがしばしば存在するが、本書などその典型というべきだろう。 合計すると、約1600頁。1巻から3巻までが年代別の通史で、19世紀の単純な写し絵から説き起こして、2005年までをカバーしている。とくに戦時下の植民地・占領地における映画工作についての記述など、よくこんな映画まで見たり調べたりすることができると感心する。一般向けの映画だけでなく、教育映画やドキュメンタリーなども丹念に追っており、たとえ長年にわたって毎日のように映画館に通っていたとしても、これだけ映画を見尽くすことは難しいだろう。第4巻は、テーマ別・撮影地別と、別の視点から書かれたいくつかの節と、年表・索引である。 現代の部分は、新しい視点からさらに優れたものを書く著者が現れるかもしれないし、テーマ別・撮影地別の部分は、たとえば川本三郎など、これ以上のものを書くかもしれないが、全体としてみれば、これ以上の通史があらわれるとは考えにくい。しかも、日本と東アジアの関係、差別問題、階級間格差などにもそのつど触れられていて、著者の高い見識を感じさせる。全部揃えると16800円にもなるが、映画好きならその価値はある。日本映画史(1(1896ー1940))増補版日本映画史(2(1941ー1959))増補版日本映画史(3(1960ー2005))増補版
2009年04月22日
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居酒屋めぐりが好きな者にとっては、神様みたいな存在になってしまった太田和彦だが、実は日本映画通でもあることはあまり知られていない。 この本は、戦前の映画を中心に、一九五〇年代前半までの日本映画を論じたもの。居酒屋を論じるときの観察眼、そしてデザイナーらしく画面構成の特徴を見抜く眼が、遺憾なく発揮されており、ストーリーのさわりの部分を紹介するときの語り口も、なかなか素晴らしい。当代一の居酒屋通としての片鱗も随所にみられる。たとえば稲垣浩の「お祭り半次郎」では、「昔の大工が丹精込めた古い店に親父のつくるシブイ肴。遠く聞こえる祭囃子。──これですよ」という具合。巻末の一〇〇頁ほどは名画座めぐりの記録で、三軒茶屋で成瀬巳喜男の「驟雨」をみたあと、銘酒の品揃えで有名な「赤鬼」に入ったりする。 太田ファンで、少しでも映画に興味があるなら、必読。シネマ大吟醸
2009年04月16日
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この雑誌には毎号、巻頭に三人の筆者による随筆が掲載されているが、この号は私も執筆している。題して、「居酒屋からの警鐘」。ご笑覧ください。 今回の特集は「模型」で、都市模型や建物模型、古い町のジオラマなどが多数紹介されている。みたことのないものが大部分で、博物館めぐりがしてみたくなった。東京人 2009年 05月号 [雑誌]
2009年04月03日
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居酒屋ムック「古典酒場」の第六号が出た。表紙のデザインが変わったので、書店で探すときはご注意。今回のテーマは「山手線酒場」で、大崎、五反田、駒込、田端など、ふだん行かないような駅の近くの居酒屋がいろいろ紹介されている。 必見は特集冒頭の「一日で何駅呑めるかな? 目指せ全29駅はしご酒」で、倉嶋編集長が山手線全駅の居酒屋を一日で制覇しようと試みた記録。結局、19駅で沈没したというが、その根性は立派。沈没したところの写真まで載っている。この人、美人でキャラが明るいので、今回を機に、もっと前面に出ていいのでは? さて、その遺志を継いで、全駅制覇を達成しようという人はいませんか。かなりの数の駅を、ビール小瓶と酎ハイ一杯でやり過ごせば、何とか達成できるかも。 ちなみに私も、恒例の座談会で登場しています。古典酒場(vol.6)
2009年03月14日
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いまから考えると、バブル景気とその余波に、最終的な終止符を打ったのは、阪神淡路大震災だったのではないかという気もする。被害の大きさだけではない。日本に深刻な貧困と格差があることを、世に知らしめたからである。 被害の大きかったのは、低地にある狭小な木造住宅密集地だった。生活保護受給者の死亡率は、平均の5倍だった。家を失って仮設住宅に入居した人の7割は、年収が300万円未満だった。被害には、明らかな階級性があった。 本書は、こうした事実を丹念に拾い集め、格差社会と震災の関係を明らかにしていく。そして、「今回の大震災による『建物被害と人的被害』が露呈したものは、日本の社会の階級性そのものではなかったろうか。つまり、誤解を恐れずに言うなら、日本の資本主義の矛盾を一手に引き受けた高齢者をはじめとする『震災弱者』だった」という。 現状では、今後起こるであろう災害も同じような、あるいはそれ以上の階級性を帯びることは避けられないだろう。格差は最終的には「生命の格差」に行き着くが、その一側面を鮮明に描きだしている。地震は貧困に襲いかかる
2009年03月08日
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東京をテーマにする雑誌の嚆矢は、もちろん都市出版の『東京人』で、しばらくはその独走が続いたが、その後競合する雑誌が続々現れた。その多くは、散歩ガイドやグルメガイド的な軽い作りだったのだが、『荷風』は季刊誌ながら歴史・文学に踏み込んで、『東京人』とガチンコ勝負をかけてきた観がある。先日会った『東京人』の編集者は、「エロを加味した『東京人』」と評していた。その近刊が、これ。 テーマは浅草・両国だが、これに隅田川を加味して、内容はさらに広い。今回は、けっこう上出来の方だろう。いつも楽しみにしている映画ベストテン、テーマは「川のある東京」で、1位は千葉泰樹監督で山田五十鈴主演の「下町」(1957年)、2位は成瀬巳喜男監督の「流れる」(1956年)だった。『荷風!』2008年12月号
2009年03月05日
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新著が出ました。『貧困連鎖──拡大する格差とアンダークラスの出現』(大和書房)です。内容は、以下の通り。今回は現状分析とともに、格差拡大政策の実態と、それを推進した人々の暗躍に焦点を当てました。お手にとっていただければ幸いです。序章 秋葉原通り魔事件の衝撃 第一章 「格差はいつの時代にもあった」というのは本当か 第二章 格差拡大を推進した人々 第三章 「新しい階級社会」の誕生 第四章 一度落ちたらはい上がれない社会 第五章 格差と貧困を生み出した国の政策 第六章 一〇年後──階級社会日本の最悪のシナリオ 第七章 目指すべき未来といまできること 終章 復讐する社会からの脱出貧困連鎖
2009年02月18日
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最近、戦後史について書いているので、物の値段や賃金水準について調べなければならないことが多い。そのための定番は、これまで週刊朝日編集の『戦後値段史年表』『明治大正昭和 値段史年表』だったのだが、ここに新たな定番が登場した。 値段も高いが500頁近い分厚さで、品目が多い。たとえば、履物だけで男性革靴、婦人革靴、運動靴は女子および女子学童用、学生用、下駄、草履と揃っている。解説も詳しく、ところどころには役に立つ備考も付記されている。 一家に一冊、とまではいかないが、近現代史に関心のある人はどうぞ。『物価の文化史事典』
2009年02月11日
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華族は、明治維新直後の1869年、従来の公卿と大名を、士族や平民より上の貴族的階級に位置づけるものとして設置され、さまざまな政治的・経済的特権を与えられていた。 士族が早い時期に特権を失い、単なる戸籍上の呼称となっていたのに対し、華族は貴族院議員の議席の大部分を占めたなど、実質を備えた特権階級として存在していたが、日本国憲法の施行によって消滅した。占領軍は限定的に存続させる意向だったが、憲法草案のなかのこれを存続させる条項が衆議院で削除され、貴族院もこれを認めたことから、完全に廃止されるに至ったという経緯があったという。こうして日本には、皇室は別として、経済的資源の所有によってではなく、法令によって定められて成立する特権階級は、存在しなくなった。 さらに追い打ちをかけたのが、財産税法の施行である。財産税は、1946年11月11日に公布された財産税法に基づいて、同年3月3日午前0時の時点で所有していた財産について、一回限りで徴収された臨時財産税である。課税対象とされたのは、預貯金、債権、土地・家屋などはもちろんのこと、年金保険、書画・骨董や家財道具にまでおよび、課税最低限は10万円で最低税率は25%、最高税率は1500万円以上の90%だった。納税者は、全世帯の約3%で、ほとんどの華族はここに含まれただろう。 財産税によって没落した富裕層の姿は、いくつかの文学作品にも残されたが、もっともよく知られているのは、太宰治の小説『斜陽』である。主人公は30歳間近の女性・かず子。華族の家柄ではあるが、父親は他界し、弟は戦地から帰らず、東京・山の手のお屋敷町で母親と二人で暮らしている。父親の残した財産で生活を続けていたのだが、預金の封鎖と財産税で財産が尽き、やむを得ず屋敷を手放して、伊豆の山荘に移り住む。周囲の住人たちの多くは、少なくとも表面的には親切に接してくれるのだが、ときには厳しい言葉にも耐えなければならない。 やがて弟が戦地から帰ってくるのだが、母親に金をねだって東京へ出かけては、遊んでいるばかりだ。かず子も、まともな職業になど就いたことはないし、務まりそうにもない。少しずつ着物を売って暮らすほかはない。 そしてしばらく後、母親は結核で亡くなり、弟は「姉さん。僕は貴族です」という遺書を残して自殺するのだった。ちなみに太宰の生家は青森県の大地主・津島家で、父親は華族ではないものの多額納税者代表として貴族院議員を務めたことがある。 この文庫本は、「人間失格」「走れメロス」など代表作を11本収め、558頁のボリュームで638円。一家に一冊、という文庫本である。「斜陽」「人間失格」ほか
2009年02月05日
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著者は博識で知られ、文学・風俗・歴史など広い分野で活躍し、推理小説も書くという、現代の「超人」の一人だが、今度は映画の本である。 自らが少年時代からリアルタイムで見た映画を中心に、戦後映画文化史を語っていく。とりあげられる映画は洋画が多いが、黒澤明や小津安二郎など日本映画もところどころでとりあげられる。 とくに、戦後の食糧難が解消していない時期に、映画のなかに豪華なケーキを登場させたり、普及が始まったばかりの耐久消費財を登場させたおづの小津の映画を「小津安二郎の早すぎる離陸」「ひとり小津だけがいわゆる中産階級のドメスティックな関心へと堂々たる離陸を果たしている」と論じたのは、深く同感する。 私なども、50歳近くなってときどき歴史めいたものを書くようになっているが、まだまだ生き証人の多い世界を書くのは大変。こうした年長世代には、とてもかなわないと思う一方で、何か新機軸を打ち出せないかと意欲をかき立てられもする。昭和シネマ館
2009年01月29日
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丸山真男が東京帝国大学助教授だった1944年、徴兵されて二等兵になり、上等兵からいじめを受けたという話は有名だ。赤木智弘が「丸山真男をひっぱたきたい」というエッセイで紹介し、戦争になれば自分も丸山真男をひっぱたけるような社会になるだろうという願望を書いたことも、記憶に残る。しかし、戦争は本当に、そのような下克上の流動性をもたらすのかというのが問題だ。 本書は学徒兵の遺書や手記を中心に、歴史資料をふまえながら、学徒兵たちの世代とその前後の世代たちの戦中・戦後を描くもの。実際に丸山のような境遇を経験したのは(丸山は助教授という点で例外的だが)、戦争末期に在学したごく狭い世代に限られること、全体としてはやはり、軍は下層階級中心の世界だったのことは明らかである。 丸山のような経験が、知識人と下層階級の接触をもたらし、戦後思想に影響したというのは、小熊英二の『〈民主〉と〈愛国〉』にも出てくるテーマだが、いつか自分でも検証してみたいものである。 と、自分の関心にひきつけた紹介になってしまったが、たいへん面白い本だ。学歴・階級・軍隊
2009年01月23日
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以前紹介した漫画の第2巻。時間を操ったり、過去のできごとを透視したり、未来を予知したりする特殊能力者たちが、昭和を舞台に難事件に挑むというもの。 1巻はさまざまな事件を扱うオムニバス形式だったが、2巻では「東京への原爆投下」というパラレルワールドで起こった事件をめぐって、さまざまな事件が寄り合わされるという凝った趣向。大きなストーリーが動き始めたわけである。 なお1巻の評で、三島由紀夫と「光クラブ事件」の山崎晃嗣が知り合いだったはずはないというようなことを書いたが、実は友人だったのではないかという説を、保坂正康が唱えていることを知った。本当なら、おもしろい。東京事件(2)
2009年01月16日
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居酒屋本にも、トレンドがある。地酒ブームが始まったころは、地酒をいろいろ揃えたのがいい居酒屋だとされ、銘酒居酒屋の紹介が多かった。太田和彦氏が登場してからは、居心地の良さや伝統が重んじられるようになった。景気がよかった時期には、懐石風の良質の料理を出すグルメ居酒屋を紹介する本が増えた。 そして最近は、下町酒場や立ち飲みなど、大衆的な店を紹介する本が受けている。本書も、この最新の流れに沿ったもので、有楽町、新橋、神田・上野、渋谷と都心を一回りした後、高円寺、吉祥寺と中央線へ向かう。最後には番外編として、思い出横丁、OK横丁、ハモニカ横丁など、ヤミ市起源の飲食店街の紹介が。ガード下ではないけれど、同類とみなされているわけだ。というわけで、私好みの店が満載。歌が聞こえてくる東京ガード下酒場
2009年01月15日
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かつて毎日新聞社から出版された単行本に、大幅加筆して文庫化された。原著は、今日では花盛りの各種居酒屋本の元祖とでもいうべきもので、私も大いに参考にさせていただいたもの。とくに、客の社会的構成を服装から読み解くという手法は、ここから着想を得ている。 本書は、酒と居酒屋の歴史や、文学史の中の酒と居酒屋にも多くのページを割き、とくに俳句に関する部分は、今日まで他の追随を許さない。東京のすぐれた居酒屋を紹介した部分は、新たに取材して修正と追加がされていて、ガイドブックとしても役立つ。 膨大な内容だけに、十分アップデートできていない部分もないではないが、ここまでやってくれれば文句はない。居酒屋好き必携である。居酒屋礼讃
2008年12月29日
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著者は墨田区に生まれ、大学で造園学を専攻し、長年にわたって自治体で都市計画に携わった人物。退職後はエッセイストとなり、『TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩』『東京本遊覧記』などの著書がある。当代一の、東京街歩きの達人の一人といっていい。この著者が、煮込み酒場について書いたというのだから、読まないわけにはいかない。 巡り歩くのは、阿佐ヶ谷から始まって、小岩、新橋、浅草、赤羽、北千住と続き、だんだんディープ下町へと入りこんで三ノ輪、立石、八広などと続く。街歩きの楽しさと、大衆酒場でのくつろぎが一体となった、希有な本。居酒屋好きなら、必読である。東京煮込み横丁評判記
2008年12月20日
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その後も何種類か聴いたが、いちばんの期待はずれはこの演奏。アンサンブルもテンポもぎくしゃくしていて、散漫きわまりない。第1楽章の金管など、まるで下手くそな軍楽隊だ。長大な最終楽章も、聞き手を集中させる一貫した流れに欠けている。 実は、ゲルギエフのマーラーを聴いたのははじめて。他の曲はどうなのか、ちょっと評判を集めてみようと思っている。【081217_cd】【SACD】【輸入盤】マーラー:交響曲第3番/ゲルギエフ&LSO
2008年12月18日
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この夏、アイラ島へ行って、何カ所かのディスティラリーを見学してきた。もともとアイレイウイスキーは好きだったのだが、それ以来ますます好きになり、今では食後から寝るまでの間の酒は、たいがいウイスキーである。ロックでなめるように飲む。これまでは、のんべんだらりとビールやら酎ハイやらを飲み続けていたから、酒量もだいぶ減ったようで、なかなか健康的だ。 これは村上春樹が、妻の村上陽子さんとともにウイスキーを求めてを旅した記録。写真は、陽子さんによるものである。前半はアイル島のアイレイモルト、後半はアイルランドのアイリッシュだが、前半の方がずっと出来がいい。生ガキにアイレイモルトをかけて食べる話は垂涎もので、先日実際にやってみたが、たしかにいい食べ方である。「子供が生まれると、人々はウイスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと、人々は黙してウイスキーのグラスを空ける。それがアイラ島である」という締めくくりも、気が利いている。 現在は文庫も出ているが、こういう本は大きなサイズで読みたいものである。村上春樹『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』
2008年12月11日
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原著は、1950年。光クラブ事件の山崎晃嗣をモデルにとった小説だが、さほど広く知られた作品ではないと思う。西尾幹二の解説にも、「傑作とも、問題作ともみなされることの少なかった作品」とある。読もうと思ったのは、主人公の犯罪観と、これにもとづいてアイデアを温めている「計量刑法学」なるものに興味があったからである。 主人公によると、その社会を主観的幸福の平等が支配しているときは犯罪が起こらない。戦争中に都会の犯罪が激減したのは、犯罪のエネルギーが戦争にふりむけられたことに加えて、銃後の人々の間に「不幸の均一化」の幻想があったからである。そして、あるべき刑法の目的は「犯罪を常態と見て、この積極的解決によって日常生活の幸福の平等化をはかろうとする」ものである。もっとも、この主人公の犯罪観が、ストーリーに積極的に生かされているわけではないのだが。 その他にも、唯物論に対する主人公の省察や、地方出身者が「東京のお嬢さん」に対してもつ憧憬など、私の研究テーマから見ておもしろい個所が少なくなかった。文学そのものより、敗戦直後の社会に関心のある人向き。三島由紀夫『青の時代』
2008年12月09日
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居酒屋ムック『古典酒場』の、これまで発行された5冊の総集編ともいうべき居酒屋ガイドブック。ホッピーと酎ハイ、もつ焼きと煮込み系の下町大衆酒場を中心に、多数の店を紹介している。A4版と大きいので、開いて歩き回るには向かないが、飲みながら読むにはちょうどいい。 全体は都心部エリア、東東京エリア、西東京エリア、南東京エリアと4つのセクションに分かれているのだが、下町大衆酒場が中心だけに普通の分け方だと東東京ばかりになってしまう。このため、赤羽や十条までが西東京に含められてしまっている。南東京など、わずか6軒だ。この構成からも、本書のスタンスがよくわかるというものである。 巻末には例の「居酒屋通ブログ5人衆」おすすめの居酒屋リストがあり、私も登場している。東京銘酒肴酒場
2008年12月04日
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1994年から95年にかけて、朝日新聞は「戦後50年」という連載記事を掲載し、95年に全5巻の文庫本として出版したが、その3巻目にあたるのが、この本。戦時下の家族手当の導入から始まり、電産型賃金に至る日本的な賃金体系の成立から始まって、「会社人間」の誕生から変質までを扱っている。 気になる記述がある。 「戦後社会は、サラリーマン化の時代だった。……。企業別の労働組合は事務職員との身分的区別をなくし、そのころから、工場労働者も会社重役も自分を指して『サラリーマン』と称するようになった。」(36ページ)。そして、この呼び方が現在(95年時点)まで続いているというのだが(200ページ)、果たしてそうだろうか。 時期は特定できないのだが、実際には低成長に入った頃から、サラリーマンという言葉のニュアンスは、ホワイトカラー労働者だけを指す方向に変化したはずである。象徴的なできごとは、1983年の「サラリーマン新党」結成だろう。これは、自民党にもブルーカラー中心の労働組合にも代表されない民間ホワイトカラーの結集を目指していたはずで、都市新中間階級が独自の投票行動を示しはじめたことを象徴していた。要検討の重要な問題である。『カイシャ大国』
2008年12月03日
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光文社のミドル男性向け生活誌だが、最新号の「旬の銀座」という欄に登場している。毎月、画廊やレストラン、バーなど、銀座のスポットを紹介する一ページの記事だが、今回は私が銀座の居酒屋について語ったものを、ライターさんがまとめてくれた。たとえば、こんな具合である。「お洒落な店が現れては消えていく銀座にあって、名店と呼ばれる居酒屋には何十年も続いている店が多い。戦前から現代まで変らない銀座を代表しているのは、デパート、呉服屋、道具屋、料理屋などですが、居酒屋もそれに近いくらいの歴史で、銀座の柱の一つになっていると思います。」 1ページだけなので、書店で立ち読みでもしてください。BRIO (ブリオ) 2009年 01月号 [雑誌]
2008年12月01日
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なぎら健壱が、古き時代の雰囲気を色濃く残し、いつ滅びるかわからない(ように思わせる)食堂・喫茶店・酒場を巡り歩くという、雑誌連載の単行本化。赤羽「まるます家」の女性店員たちがずらりと並んだ、表紙の写真が素晴らしい。奥には、なぎら健壱が何ともいえない笑顔を見せている。 昼間に大衆食堂を巡り歩きビールを飲むというのは、自由業の特権で、なかなか真似ができない。ヒマになってらやってみたいものである。吉原の「桜なべ 中江」、森下の「はやふね食堂」は、ぜひ行ってみたい。 かつては日雇い労働者でいっぱいだった新宿の「食堂長野屋」のおかみは、「バブルがはじけたら、みんなホームレスになっちゃった」という。歴史のある安くていい店がなくなってしまう一因は、ここにある。私の老後まで、健在でいてほしいものである。絶滅食堂で逢いましょう
2008年11月28日
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東京の日本料理では最高峰ともいわれる、新橋・京味のご主人が、家庭で作ることのできるお総菜を中心に解説した本で、かなり評判になっている。 レシピはシンプルで、理にかなっている。さっそく2種類ほど作ってみたが、レシピどおりにすると、意外に味が濃い。料理の初心者は、味付けがなかなか決まらず、調味料を追加しているうちについ濃すぎる味付けになってしまうように思う。少し料理を覚えてくると、今度は味が濃すぎになるのを避けるあまり、薄味になりすぎるようだ(私がそうだ)。潔く適量の調味料を一度に加え、旨みを引き出すということか。 しかし、そもそも京味で使っているものとは素材の質が違うだろうから、これで良いのかという疑問も残る。もう少し、いろいろ作ってみよう。日本のおかず
2008年11月27日
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見田宗介の「まなざしの地獄」は、私の世代の社会学者には忘れることのできない名論考である。連続射殺事件の永山則夫のライフヒストリーに題材をとり、現代日本における階級の意味について論じたもので、永山則夫に関する文献の中でもトップにあげておきたい。最初は雑誌『展望』に掲載され、のちに『現代社会の社会意識』(弘文堂・1979年)に収められたが、絶版。そのまま入手困難な状態になっていた。それが今回、河出書房新社から単行本として復活した。 これ一本では本にならないので、「新しい望郷の歌」と、見田自身によるあとがき、そして大澤真幸の解説を収めている。 喜ばしい限りなのだが、失望した個所が一点だけある。原著には、「このようにそののりこえのあらゆる試みにつきまとい、とりもちのようにその存在のうちにつれもどす不可視の鉄条網として、階級・階層の構造は実存している」という名文句があり、これまで私は何度となく講義で学生に紹介し、引用もしてきた。ところが今回の版では、この「実存」という語が「実在」になっている。不可視の鉄条網は、「実在」ではなく「実存」するものなのではないだろうか。何か意図があって変更したのか。まさか、単純ミスということはないでしょうね。 これから読む人は、この個所に注意すること。社会学を志す人は、必ず読まなければならない論文である。まなざしの地獄
2008年11月25日
昨日、80000アクセスに達したようです。皆さん、ありがとうございます。ちなみに80000を踏んだのは、あちこち巡回中の買い物ブログの方のようです。お知り合いなら、よかったのですが。今後とも、よろしくお願いいたします。
2008年11月24日
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以前からバーンスタイン盤でときどき聴いてはいたが、いまひとつはっきり頭に入らないままだったのが、この曲。ところが、ザルツブルクでウィーン・フィルの演奏を聴いて、すっかり好きになってしまった。それで何種類か買い求めて聴いていたのだが、結局のところ決定盤はこれだろう。 演奏は、完璧の一語に尽きる。録音もよく、オーケストラが完璧に鳴りきっている。当たり前といえばそれまでだが、ザルツブルクで聴いた音とまったくといっていいほど同じだ。演奏の性格も、極めて似ている。おそらくは、ブーレーズが「ウィーン・フィルのマーラー3番」というものの演奏スタイルを確立してしまい、他の指揮者が指揮してもよく似た演奏になってしまうのではないか。だとすれば、あの日の素晴らしい演奏の半分くらいは、ブーレーズの功績ということになるのかもしれない。 ぜひ、SACDで聴くことをおすすめする。マーラーの曲に関しては、SACDで聴いてしまうとCDに戻る気がしない。なかなか普及しないのが残念である。【送料無料】マーラー:交響曲第3番 / ブーレーズ
2008年11月23日
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「日本国勢図会長期統計版」というサブタイトルがついている。題名以上に内容は豊富で、もっとも古いものでは1872年(明治5年)にまでさかのぼり、2005年までのデータを収録している。 この種の統計集は、「広く浅く」なので専門的な研究には役に立たない……とバカにして、今までちゃんとみたことがなかったのだが、なかなかどうして。侮れません。1950年代からの規模別・産業別賃金格差など、すぐにも使えそうだし、国民経済計算について徹底してデータを集めているのも驚き。 社会科学系研究者は必携。学生・院生なら、卒論・修論を書くときに、無駄な手間をかなり省けるはず。数字でみる日本の100年改訂第5版
2008年11月21日
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先日23巻を手に入れて読んだばかりだが、今度は24巻が出た。今回も13のストーリーを収めているが、酒に関するうんちくを生かした、おしゃれで知的な雰囲気のものが多い。 「島育ち」──登場するのは、「ザ・シックス・アイル」というウイスキー。スコットランドの6つの島のモルトをブレンドしたとは、それだけでも飲んでみたくなる。飲み屋街の描写が素晴らしい。 「ラベルの謎」──「ラフロイグ 田中屋オリジナル」とは……。ぜひ手に入れたいものである。 「ショットガン・ウェディング」──「1+1=3」で、できちゃった婚の乾杯酒とは。これは、古谷三敏の発想の勝利である。BARレモン・ハート(24)
2008年11月20日
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必要があって、再々読。必読は、現実に起こった事件から題をとりつつ、この社会の随所にある階級的な侮蔑とルサンチマンを描き出し、これが通り魔事件を生み出すことを暗示した「偽作 深川通り魔殺人事件」という一文。今だからこそ、読まれなければならない本である。現在は改版されて、1260円になっているようだ。内容に変更があるかどうかは、確認していない。東京漂流
2008年11月19日
大学紛争の時代、何人かの教員が日本大学を去っているが、この著者もその一人で、その後は評論家として活躍した。まだご存命のはずだが、最近の活動は知らない。 本書は、私の理解では『青少年非行・犯罪史資料』(全3巻)とともに、著者の最大の仕事を構成するもので、戦後史を語る上では欠かせない名著だと思う。ともかく、それぞれの時代を象徴するようなありとあらゆる犯罪を網羅したうえで、文化・風俗上のできごとも織り込みながら、庶民レベルの精神史を大河のような流れとして描いていく構想力には感服する。 著者は、1970年代末からはじまる、品川の「青酸コーラ殺人事件」、新宿の「バス放火事件」、深川の「通り魔殺人事件」など、一連の無差別殺人事件を、「世間の連中は、みんなうまくやっているのに、自分だけが取り残されてしまっている」という疎外感から生まれた犯罪と特徴づけ、永山則夫の連続射殺事件をその先駆けに位置づける。 この指摘は重要である。というのは、取り残されたと感じる人が増えれば、凶悪犯罪が増えるということになるからである。秋葉原の通り魔殺人事件などは、その典型だろう。しかも、取り残された人々がさらに増えてひとつの「階級」を形成するようになれば、それは階級テロとなる。 加害者・被害者などの実名が頻出するなど、プライバシー問題への配慮が少ないことを考えると、このままの形での復刊は難しいかもしれないが、現代でも広く読まれていい本である。古書はかなり出回っている。
2008年11月18日
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著者は犯罪社会学者だが、いろいろな犯罪事例を取上げ、その時代の社会状況や時代精神と関わらせながら論じるという、やや評論めいた著作を書くのを得意とした。「アプレ人間」「管理社会」など、やや時代がかった用語が出てくるのは、この世代の社会学者してはしかたのないところだが、若者犯罪に対する視点は、今でも大いに参考になる。 私は秋葉原の通り魔事件など、若い無業者・失業者や非正規労働者による凶悪犯罪には、格差の拡大や雇用不安という明確な社会的背景があると考えているが、こうした事件自体はけっして新しいものではなく、1980年代から1990年代にはすでに頻出していた。そのかなりの部分が青少年によるもので、著者はこれを「管理社会に復讐する青少年の自爆的犯罪」と呼び、社会が実体性を薄めたために、攻撃衝動が自殺あるいは無差別殺人につながるのだとしている。1983年の「犯罪白書」には、82年1年間に通り魔事件が182件発生しており、そのうち殺人が13件との記述があるとのこと。確認すると、これはネット上でも公開されていた。 警視庁は通り魔事件を「人の自由に通行できる場所において、確たる動機がなく、通りすがりに不特定の者に対し、凶器を使用するなどして殺傷等の危害(殺人、傷害、暴行及びいわゆる晴れ着魔などの器物損壊等)を加える事件」と定義しているとのこと。しかし、近年ではこのような集計がみあたらない。そもそも攻撃対象が拡散しているのだから、確たる動機がないと言い切ることも難しい。 本書は先駆的な著作だが、現代の通り魔事件を対象に加え、「曖昧な動機」「曖昧な攻撃対象」を視野に入れて再考する必要がありそうだ。若者犯罪の社会文化史
2008年11月17日
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誰か、こんな本を書かないかと思っていた。書いたのは、田村秀さん。なるほど、地方行政のスペシャリストだし、全国を駆け回っているらしいから、適任である。 それにしても、ずいぶん回っていらっしゃる。富士宮の焼きそば、宇都宮の餃子、東松山のやきとりなど、有名なものが網羅されているのはもちろんだが、知らない地方B級グルメの多いこと。金沢のハントンライスなんて、初めて知った。地元出身者も知らない新興B級グルメも含まれているらしい。 当然ながら、目的はまちおこしである。まちおこしに生かすためのポイントは「若者、よそ者、ばか者」だという。前例にとらわれずチャレンジする人、ソトの視点で客観的に分析できる人、個人の利害を度外視して邁進する人のことである。 B級グルメの旅をしたくなってきた。とりあえずは、やきとりの旅にでも出かけてみようか。B級グルメが地方を救う
2008年11月14日
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デジカメの不毛な画素数競争が止まらない。コンパクトカメラのくせに1000万画素などという、無駄なスペックのカメラが横行している。 デジカメの標準的なCCDは数ミリ角しかない。画素の大きさは、1.7マイクロメートル程度である。可視光の波長は0.6マイクロメートル前後だから、すでに限界に近い。縦横に並べられた直径17センチのバケツで、直径6センチのカラーインク滴を受けとることを考えてみればいい。かなりの確率で、水滴はバケツとバケツの境にあたり、跳ね返ったり2つのバケツに分かれて入ったりする。だから、画質が悪くなる。そもそも、コンパクトカメラのレンズに、光の波長という解像度限界に迫るほどの性能はないだろう。 画素数を多くすることは、有害無益である。この点をずばり指摘したタイトルは、秀逸だ。OEMの現実についての裏話もおもしろい。 ただし、本書の内容の大部分は、現在のデジカメに対する批判ではなく、マニュアルに載っていない撮影テクニックの解説である。フイルムカメラを長年使ってきた人なら、類推でいろいろなテクニックをすでに使っているはずだから、本書の内容の多くは、目新しいものではない。しかし、それでも目からウロコの記述がいくつかある。手ぶれ防止にネックストラップを使うというのなど、まさにそれ。ホワイトバランスを暖色系にして、食べ物を美味しそうに撮るとは、いままで思いつかなかった。Irfan Viewというフリーソフトも教えられた。 カメラや写真のマニアではないけれど、デジカメで写真を撮ることが多いという人は、必読。もっとも、類書は少なくないが。デジカメに1000万画素はいらない
2008年11月13日
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酔っ払いの生態をおもしろおかしく描いたエッセイというのは、昔から数あるけれど、これはその傑作の数々に連なる一冊。著者は、札幌に住みススキノで日々飲み歩いている小説家である。 エッセイのかっこうの題材になるのは「記憶喪失系」のエピソードだろう。本書にも、いくつも登場する。いや、タイトル自体がそれを暗示しているように、メインテーマといっていい。 知人のライブが始まるのに1時間少々の余裕があったために、時間つぶしにビールの店に立ち寄ったのを始まりに、結局5軒も梯子してしまい、飲んだのはビール3杯、日本酒12杯、さらにウイスキーとラム。ライブ会場にはたどりつくが、気がつくと自宅のベッドの上、というのは著者自身のエピソード。 同じ酒場に、気づかないまま一夜のうちに4度も訪れた男の話や、酔ったからと待ち合わせの約束を一度キャンセルしたのを忘れ、待ち続けていた男の話、部下を相手に説教を続け、すぐあとには何をいったか忘れてしまっている男の話など。身につまされる(笑)。 藤田香織の解説がおもしろい。どんなに飲んでも酔っぱらわないという自身の哀しい経験が何とも。立ち読みして、おもしろかったら買ってみましょう。酔っ払いは二度ベルを鳴らす
2008年11月12日
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2001年刊の文庫化。居酒屋が舞台で女性が主人公の小説ということで、読んでみた。一見したところ何でもない店だけど、居心地がよく季節の美味しいものを出す「いい居酒屋」の雰囲気は、よく描かれている。 しかし、40ちょっと前の魅力的な女性が70歳近いひとり者の恩師に恋をするという設定は、ちょっと無理があるのでは? 解説で斎藤美奈子は、多くの評を引きながら、本書がベストセラーになったのは、中高年男性を舞い上がらせ、妄想をいだかせたからだとしているのは当然だろう。 そのうえで斎藤は文芸評論家らしく、本書が矜持ある単身者を描いていること、よくある恋愛小説の設定を逆転させたことを指摘して、その独自性を強調する。しかし、だからといって「オヤジの喜びそうな話」という、この作品の最大の特徴が薄れるわけではない。 ただ、酒は好きだけど居酒屋でのひとり酒にはまだ抵抗があるという「負け犬」女性の皆さんには、役に立つだろう。若いとはいえない独身女性の、居酒屋との自然なつきあい方を学ぶことができる。これは、ひとり酒に慣れていないすべての人にも、共通のことである。センセイの鞄
2008年11月11日
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2005年刊の文庫化。映画化されて、ずいぶん評判になっている。主人公・石上のキャラがいい。理知的で暗くて純情。他人とは思えない(笑)。 これから読む人もいるだろうから抽象的に書くが、「対象のズレ」と「時間のズレ」がポイント。「時間のズレ」の方は見事で、最後まで気づかなかった。しかし「対象のズレ」の方は、やや見え見え。こんなことに警察が気がつかないとか、気づいても捜査を進められないとか、そんなことがありうるだろうか。 隅田川の風景と、その河畔に住むホームレスたちの姿が、ビジュアルな背景だ。あとで、江戸川も出てくる。21世紀の下町が、無機的に描かれる。下町の内部に、もう少し入りこむことはできないものか。下町好きとしては、少々残念なところである。 とはいえ、おもしろくて一気に読んだ。読んで損することはない。容疑者Xの献身
2008年11月10日
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この作品、連載開始から20年以上経つが、ようやく23巻。粗製濫造はせず、良い水準を保っているといっていい。今回は、13のストーリーを収めている。 「予期せぬ掘り出し物」──アードベッグにこんな酒(セレンディピティ)があるとは知らなかった。いかにも松ちゃん好みの女性が登場するが、その後は何もないようだ。 「幸せの黄色い鳥」──メルシャンの白ワイン「甲州きいろ香」のラベルに、鳥が描かれているというのは気づかなかった。このワイン、甲州ワインとしては香りが強く美味しい方だが、ちょっと値段が高めだ。 「男勝り」──若い編集者たちに恐れられている女性編集者が出て来るが、これくらいの怒り方は当たり前では?しかし、このジン(ウェット・バイ・ビーフィーター)は飲んでみたい。Barレモンハート(23)甲州きいろ香 [2007] 750ml
2008年11月08日
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特集は「向島・押上・曳舟」で、「新タワーの城下町 “艶街”を歩く』という副題がつく。買ってからひと月経って、ようやく読めた。 例によって玉の井の色街建築から始まるのだけど、こんなもの目当てに出かける人がいるものなのかどうか。向島には120人もの芸者さんがいるそうで、まあ、あまりその手の料亭に行きたいとは思わないのだけれど、保存しておきたい文化ではある。 お目当ての飲食店紹介だが、わりと高級店ばかり集めた感じ。焼き鳥は一本300円だったりするし、牛タンのワイン煮2300円、ランチコース3500円など。こういうものは都心にいくらもあるので、集め方のコンセプトが疑問。やっぱり、取上げるなら大衆酒場でしょ。と思ったら、後ろの方に「岩金」「和楽」が出てきてほっとした。 他の記事では、津川雅彦のインタビューが、「マキノ雅彦」の名で映画監督を始めた経緯など語っていておもしろい。しかし「教育が悪いんだよ。すべての元凶は日教組さ」とはどんな現状認識をしているのか。「昭和チック当て字看板コレクション」も、「来夢来人」「待夢」など下手な看板を集めていて、楽しい。 『散歩の達人』2008年10月号
2008年11月04日
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政府の労働政策が、微妙に方向転換している。これまでは規制緩和一本槍だったが、格差批判やワーキングプアが増えているという指摘などを受け、規制を若干厳しくする方向に向かっているようだ。 この方向転換を「労働再規制」と呼び、その転換は2006年に始まったと説くのが本書。 問題は、果たして「再規制」というほどのものなのかという点である。たしかに、ホワイトカラー・エグゼンプションは国会提出されずに終わったし、派遣労働者の直接雇用義務の撤廃など、さらなる規制緩和はすすんでいない。しかし、これらは規制緩和が進行しなくなったということであって、再規制がすすんだというわけではない。 日雇派遣が禁止されるというが、これは派遣会社との雇用関係についての話であって、実際には派遣労働者はあちこちの職場へたらい回しされる。その上、「期間を定めないで雇用する派遣労働者」なる類型が導入されて、直接雇用義務が骨抜きにされようとしている。最低賃金の引き上げは喜ばしいことだが、なんとか米国並みになるかといったレベルで、ヨーロッパの水準にはほど遠い。 再規制への反転をさらに強めようという著者の呼びかけはけっこうだが、自民党の厚生労働族と官僚たちを過大評価してはいけない。ただし、規制緩和の始まりから最近までの流れがよくまとめられているので、たいへん役に立つ本である。労働再規制
2008年11月02日
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8月28日発行だから、事件から3ヶ月経たないうちに刊行されたことになる。まあまあのスピードといっていいだろう。短いもので3ページ、長いものでも10ページほどの小文を25編ほど収めていて、執筆者は、赤木智弘、雨宮処凛、吉田司、小浜逸郎、三浦展、東浩紀、宮台真司、内田樹など、なるほどという感じ。 何人かの論者が共通に指摘していたのは、これが一種の「自爆テロ」だということである。 雨宮処凛は、合法的な運動よりも残酷な凶行の方が社会を動かすという「恐ろしい現実」について語っている。そして仮に彼が経団連を狙って凶行に及んだとしたら「テロには屈しない」などといわれて、派遣制度の見直しには向かわなかっただろうという。吉田司は「ド素人によるテロ」の始まりだと、また小浜逸郎は複雑化して輪郭のない社会に対する、政治目的のないテロだったとする。本田透は、自分が「工場で単純労働していたときは、頭の中がかなりテロリスト的な状態になってました」と語り、柳下毅一郎は米国では郵便局員が最下層とみられていて、いじめにあって銃を乱射するという事件が何件かあったことから、狂乱して銃を乱射することを「Go Postal」というのだと応じる。宮台真司も、本人の意図はともかく「政治テロ」として成功したという。 どう考えても、客観的に政治的効果を持ったテロだったのは確かだろう。しかも、雨宮処凛が言うように、どんな左翼より労組より強力な効果を持ったテロだった。テロを肯定することなく、まだまだ潜在しているであろうその破壊力を、まっとうな道へと導くにはどうすればいいのか。これが、最大の問題である。おそらくは、回答が見つからぬうちに第二第三の凶行が起こるのだろう。アキバ通り魔事件をどう読むか!?
2008年10月23日
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公務員といえば、「身分が安定していて給料が高い」と脊髄反射的に考える人は多い。これは、事実に反する。公務員の給与は、民間企業の平均値をもとに人事院勧告で決められているのだから、高いはずがない。 高い部分があるとしたら、それは運転手や作業員などのブルーカラー職である。公務員の給与体系では、ホワイトカラーとブルーカラーの差が小さく設定されている。これに対して民間では、正規雇用のホワイトカラーが特権的な地位を享受する一方で、ブルーカラーはどんどん切り捨てられている。だから民間との比較では、公務員のブルーカラーの給与は高くみえる。しかし、だからといってブルーカラー公務員の給与を民間並みに引き下げろというのはどうか。私には、これは職業差別的発想と思える。 公務員の近年の大きな変化は、非正規雇用が増加していることである。総務省の控えめな調査結果でも、地方自治体で45万5000人、国では14万5000人で、計60万人。しかし、これには20時間未満の短時間労働者が含まれていない。本書の著者は、実際の数を100万人以上と推定している。その大部分は、もちろんワーキングプアである。 著者は清瀬市議会議員だが、ジャーナリスト的感覚があり、数多くの非正規公務員に会って話を聞き、その実態をあぶり出そうとする。日本史マニアでもあるらしく、ときおり江戸時代の下級武士との比較もでてくるが、これがなかなかおもしろい。米国の「年次改革要望書」が、ワーキングプア増加の背景にあるという構造も、しっかり押さえている。 公務員バッシングはとどまるところを知らない。格差や貧困への人々の怒りは、これをもたらした政府や財界に対してではなく、しばしば公務員と、公的扶助を受ける生活保護世帯に向けられる。そして政府と保守系マスコミが、これをあおっている。選挙に向けて、自民党政治家たちはさらに、労働組合批判を強化するに違いない。公務員の多くが、実は下層化しつつあって、むしろ格差と貧困に苦しむ人々と、生活実態の上でも一体化しつつあるという現実を、本書は教えてくれる。官製ワーキングプア
2008年10月21日
昨日の日記の関連記事です。朝日新聞の諸君、少しは反省してるかな?2005年10月に読んだ本「さらばAERA」
2008年10月19日
全362件 (362件中 1-50件目)

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