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「人の心の美しさを満たそうよ」小さな店であることを恥じることはないよその小さなあなたの店に人の心の美しさを一杯に満たそうよ 岡田 徹『岡田 徹 詩集』岡田 徹(1904(明治34)~1957(昭和32)年)戦前から戦後にかけて活躍した商業指導家。経営思想家。昭和28年、商業界ゼミナールに講師として初参加。商人の哀歓と経営近代化に乗り出す決意や情熱、悩みを生々しくとらえて、圧倒的な支持を得た。商業界ゼミナールでは「怒りの新保、泣きの岡田」と並び称された。この詩を知ったのは随分前。びっくりドンキー(確か清田店)でレジの処に掲げてあった色紙を読み、とってもいい言葉だと心に残っていた。ただ短い時間だったので、強く印象に残った、小さな店であることを恥じることはないよ という言葉しか記憶できず、結局そのまま時が過ぎてしまっていた。誰の言葉だろう?(署名がなかったと思う)と気になり、後で調べようと思った事は覚えているのだが・・・汗縁があるのか、その言葉と再会することができた。先日、知人の女性社長から紹介された詩集に載っていたのだ。それがこの『岡田 徹 詩集』。それも一番最初に出てくる。岡田徹氏を代表する詩のようだ。いい言葉だもんなぁ!商売柄、中小零細企業経営者や自営業の個人事業主とお話しさせていただく機会が多い。以前、異業種交流会を主催していた事もあるので、その時も沢山の方々とのご縁を頂いた。独立(今風に言うと起業か)する、しようとする人には二種類あるように思う。一方は、デカクなる。多店舗展開する。ゆくゆくは上場だ。ということに頭がいっぱいの人。一頃話題になった「ほりえもん」さんと、彼に憧れる若い人たちが代表選手かな。勿論、そういった心意気は否定しないし、むしろ応援したい。でもそれだけではマズイような気がする。かたや、お客さんが喜んでくれるかどうかを心配する人たち。この人たちに心の美しさを感じる。当然、商売は儲からないといけない。いい人でも潰れたら仕方ない。周りみんなに迷惑をかける。「もしドラ」で、今さらながら話題になっているドラッカーさんも利益は明日の為の費用である と言っている。拡大思考、多店舗展開、大いに結構。その為にも、岡田さんが言う美しい心が必要だということだろう。優先順位が逆になると危ないよ。ちなみに、私がびっくりドンキーで見かけたときは、店長か誰かの趣味だろうと思い、いい趣味した店長だなぐらいに思っていたが、この言葉は、びっくりドンキーの原点ということだ。ドンキー発祥の原点(店)は、岩手県盛岡市に誕生したハンバーガーとサラダの店「べる」。13坪の、そのこぢんまりとしたお店にこの言葉が掲げられていたそうだ。久しく食べに行ってないが、また行ってみよう。(私はいつもカリーバーグディッシュ!二つ愉しめてお得な気分♪笑)最後に、プロフィールで唐突に出てきた、岡田氏の盟友「怒りの新保」の言葉。「正しきによりて滅びる店あらば滅びてもよし 断じて滅びず」 新保民八 これは、幕末の国学者・平田篤胤の歌を本歌取りしたものらしい。「滅びてもよし」とはなかなか言えないが、「断じて滅びず」には勇気百倍!花さん、ありがとう!感謝!
2011.01.19
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龍となれ 雲おのずと来たる 武者小路実篤武者小路実篤は「一個の人間」「もう一息」に続き3度目の登場。作家として名を成した実篤だったが、若い頃から美術への関心が深く、美術に関する著作も数多く残している。40歳頃からは自ら絵筆をとるようになった。元々絵描きではないので、技術的には決して巧みなものではないのだろうが、一筆一筆を愚直に描いていて、その技巧的ではない、飾らない絵は温かみに溢れている。身の回りにあるもの、特に南瓜とジャガイモ等の野菜の絵が多いようだ。言葉を本業とする作家なだけに賛を添える事も多かったようだ。賛とは絵の余白に書き添えた文章または詩歌のことをいうらしい。本来は人物の事跡を述べて賞揚する中国文学の一形式だったものが、絵画にいれる習慣が一般化したもので、この絵画に入れるものが画賛。絵の作者とは別の人物が賛を付けるのが普通で、画も賛も同一人物が記したものを「自画賛」という。 これが自画自賛の由来となったようだ。今日の言葉は実篤が画賛としてよく書いていた言葉。龍といえば雲というぐらい、龍の絵には雲が描かれている。雲を呼び雨を降らすといわれる伝説の所為かもしれない。古(いにしえ)の時代、農業がすべてだった時には雨が降らないことは死活問題であり、その雨を呼ぶ龍は、恵みをもたらす偉大な存在だったのだろう。そうしてみると雲は、その偉大さの象徴なのかもしれない。逆に雲の助けのおかげで龍は天を駆けることができるとも考えられていたようだ。この時、雲がないから天を駆けることができないと思うのではなく、龍になってしまえば、雲は自然にやって来る、ということだろう。雲は“徳”をあらわしているともいわれる。何か行動を起こそうとするときに、何なにが無いからできないではなく、行動していけばそういったものが近くに来る、ともとれる。頑張って何かを一生懸命やっている人には、自然と支持者・応援者が現れ、応援してくれることが多い。この人たちが雲なのかもしれない。新年度となり、新たな旅立ちをした方々も多いと思う。是非、まずは龍になってもらいたい。龍となれ。 雲おのずと来たる。 このブログ長々とやっているが、昨年の4/1にこの形式にして復活してから丸一年。ご訪問くださるみなさまのおかげ様で続けられました。ありがとうございます!今後ともよろしくお願いいたします!
2011.04.02
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