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1ヶ月半に及んだ冷戦が終了した。相手から友好的な態度があったので私の勝利。いつもそうなのだ。ある日突然冷戦が始まり、ある日突然何もなかったかのように再び友好関係を結ぶ。腐れ縁とはこのことか。
2004年12月06日
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ええ、ええ、私ヘタレです。もーどうしよーもないくらい根性なしです。なんでええ年してヘタレなままなんや。ちゅーか、年とるごとにヘタレ度がUPしてるやん。受話器上げてダイヤルしたらええだけのことやん。何をビビってんねん。ほんまアカンわ。
2004年12月04日
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2年程前、ドイツ映画『ES』が公開されました。与えられた役割が人格、行動に与える影響の実験を描いた話でした。なんとく『あ~、そういうのあるかもね。怖いな。』と漠然と感じていたわけですが、最近それに似たことを実感します。11月30日までの私と12月1日からの私は、個人レベルで見ると何も変わっていないわけです。はい、まったくもって何も。んが、世間の皆様はそうは見てくれないわけですよ。それがすっごいアドバンテージというか特権だたっりするわけです。友人や知り合いや今までのお取引先の中には『恐れ多い人になった気がする』と言う人もいます。でも、変わってないんです。私という人間は変わってない。でも、肩書きのイメージに釣り合う私でいなければならないという使命感があります。この緊張感は大事だと思います。そして世間も私をそういう目で見ます。あたかもエライ人のようにビビられたり緊張感をも与えてしまいます。仕事上、そりゃぁ便利です。これは仕事で実感してます。すげ~、水戸黄門の印籠みたいだ。。。と。それは、肩書きがそうさせるだけなのです。私自身はな~んも変わっておりません。なんもエラくござりません。こういう意識が消え去った時、それが自分自身だと勘違いをしてしまった時、人はふんぞり返ってしまうものなのでしょう。肩書きが象徴するものに見合う自分でいる意識は大切だけど、『ES』状態にならないように気をつけなければならないなと思った次第です。
2004年12月03日
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新しい机新しい同僚新しい名刺と肩書き新しい仕事がんばろう
2004年12月01日
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昔々、メールが存在しなかった頃遠距離恋愛をしておりました。電話代もバカにならないので、頼りは海を渡る手紙のみ。多いときは週に3通。少ないときでも10日に1通たまに封筒が厚いと中に写真が入っていたりして嬉しかったものです。今は、メールという便利なものがあるおかげでタイムラグを感じなくなりました。自分の思っていることはすぐに伝えられる。だけど、じっくり待つということが少し苦手になってしまいました。昔は、書いた手紙の返事を1週間くらいはわくわくしながら待てたのに、今は送ったメールの返事がその日中に来ないと不安になってしまいます。メールみたいに速く私も届けばいいのに。メール、ずるい。
2004年11月30日
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一昨日は崩れ去ったかに見えたおとーはんの野望。しかし、明日私が東京に去るにあたり今宵、果敢にも攻撃開始。が、妻と娘に激沈さるる。父の野望、憐れ。
2004年11月29日
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玉ならば 手にもまかむを うつせみの世の人なれば 手にまきがたし 大伴坂上大嬢万葉集に収められている歌の中で最も好きな歌のひとつ。別れの歌もラブラブな歌も、転勤で飛ばされてしまう恋人にあてた歌も、死者を想う歌も万葉集の歌は素直で情感に溢れおおらか。読んでいると、自分の心境をまさに言い当てている歌も多いので共感することも多々ある。例えば...天地といふ名の絶えてあらばこそ 汝と我と逢ふことやまめこんなこと言われてみた~い!恋ひ恋ひて 逢える時だに愛しき(うつくしき) 言尽くしてよ 長くと思わばんだ、んだ、その通りだ!可愛い女心だよね~!とかね。。。万葉の昔も21世紀の今も、物質的にはまったく異なれど人の心、想いというのは変わりなく想うところはみな同じであったりするのですな。
2004年11月28日
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またまた実家。年末は帰れないし、他の用事もあったので今月2回目の帰郷です。近所の料亭『萬亀楼』で懐石をいただく。めちゃめちゃお勧めです!いや、マジで!京都にお越しの際は是非おいでやす!ホンマよう勉強してはると思います。女将さんもおもろいし、仲居さんも腰低いし親切。今回いただいたお料理全部美味しいし見た目も美しい。中心部にある料亭やないし静かで落ち着く。最近はお昼の『竹篭弁当』目当ての観光客が多い。『竹篭弁当』も美味しいけど、懐石は感動もんです!と、萬亀さんの宣伝はここまでにしときまひょ。うちのおとーはん、ついに激白。父:『お前も堅いとこ転職決まったさかい、 あとは婿さんだけやな。どや、Aさんとこの兄さん。 なんやお前と同い年らしいで。』我:『あぁン?どないしたん?』父:『昨日の晩、AさんとAさんとこのお母さんと一緒に ごはん食べた。』我;『ふ~ん。で、何してはんの?』父:『公認会計士』我:『ふーん。住んではるとこ東京ちゃうやろ』父:『・・・大阪。せ、せやけどお前らの世代やったら 結婚して離れて暮らしてても気にならんやろ。』我:『あァ~。気にならんのちゃう。』堅いところに転職する娘に堅い婿をあてがいたいという父の試みだったが、終始手応えの悪い娘に早々と戦意喪失。まァな~、分からんでもないでおとーはん。そりゃなァ、娘にはよ結婚してもらいたいわな~。孫見たいねんもんなァ~。うちかて見せたないんちゃうねんで。あんた、ややだけでもエエていうてたんちゃうんか?こないだおばあちゃん亡くなった時、葬式やァゆうのにうち、近所のおっちゃんおばちゃん、親戚一同から『ひじきちゃんまだ結婚しぃひんの?』『お前いくつなった。え!もうそんななんの! オバはんやんけ。はよ結婚せんとマズいぞ!』『あんまり高望みしてると行き遅れんで』 ↑はいっ!ばっちり行き遅れてますっ!と、町ぐるみのセクハラを受けてたもんな~。まァな~、でもなァ~、なんかなァ~もうちょっと待っといて。
2004年11月27日
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あるお方のご紹介があり、劇団『前方公演墳』の舞台『セブンガールズ』を池袋で観てきました。初めて観させていただいたのですが、涙あり、笑いあり歌あり、コントあり、踊りあり、アクションありのなんでもありの舞台に圧倒されました。で、プロの集団だから当然なのですが、ほとんどの台詞がきっちり聞こえてきて演技上手~いのにびっくり。暗転の迅速さにも驚いた。女の人でも吉本新喜劇の女優ばりのコケ方ができるのも素敵。あれ、絶対怪我が絶えないと思う。キャラクター濃い人が多いなぁという印象持ちました。内容は、多分女の子なら泣けちゃうと思うのだ。私、途中からず~っと涙目でした。パンダ目にならないように涙こらえてました。アイメイクしていなかったらボロボロ泣いていたことでしょう。知らない間に感情移入してしまっていて、『あか~ん、もっと素直にならなあかんで』『うっ、それめちゃ辛いな~』『にいちゃん何してんねん、 そんなん今ゆうたらアホやで。。。』と内心登場人物に話しかけておりました。でね、胸をグサっと刺された台詞の一部に『恋愛と結婚は違う。』というのがございまして、好きなもん同士なのに、一緒になれない事情を持つ二人に関連するシーンで出てくるのですよ。もう、なんか切なさで胸がいっぱいになってしまいましたです。てか、泣いちゃいました。個人的にはそのエピソードに対して『お願い、幸せになって~!』とハッピーエンドを望んでいたのですが、そうはならずに現実的な結末でした。いや~ん切ない!切な過ぎる!今の私には切ないエピソードは効きすぎる!2時間とちょっとの間、笑ったり、泣いたり、嬉しくなったりと感情の揺れが激しかったせいか、観終わった後なんだか気持ちがぽかぽかしてました。生の舞台って久々に観たけど、映画やテレビでは伝わってこない何かがあるから、たまにはお芝居を観にこようと思った次第です。
2004年11月26日
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時として、抑えきれぬ肉欲に襲われる。昼であろうが、夜であろうが関係ない。近くに目ぼしい場所があれば駆け込む。欲求が処理され充足感が体中に行き渡る。今宵は極上の肉を堪能。ずっと前から計画していたこの日を楽しみにしてきた。上カルビでしょ、ロースでしょ、牛タンでしょ、トントロにレバ刺しにユッケ♪ああ、今日も幸せ。おなかいっぱい。
2004年11月25日
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ここ3ヶ月ほど夜遊びを自粛しておりました。しかし、本日めでたくオール解禁。昼から見本市に行ったが目新しいもののない面白みに欠ける内容だった。元取引先に挨拶に行き、気になる出展者の資料をもらってきたけど、年々、規模が小さくなっていきヨーロッパからの出展者が減少する反面アジアからの出展が増えているな~。見本市の後、某ショップ内でのレセプションに最強の遊び仲間Uと参加。和食の立食スタイルだったのが印象的で、大変結構なお味でした。おもてなしの心が伝わってくる、和やかな雰囲気のレセプションだったので、いいお店だなぁと印象がとっても良くなった。9時にレセプションが終わり、『踊りたい!』という欲求に素直に従い、六本木に移動。Uはダンスパートナー兼ボディーガード。ハートランドで軽~く飲みウォールストリートで少~し踊りマクドナルドで小腹を満たし911に辿り着く。踊って踊って踊って踊りまくる。久々ぢゃ、この快感。予期せぬ出会いもあり、Found the right one in the wrong place という感じで状況的にはかなり不運なのだけれど出会えてよかったと思います。出会いって突然やってくるもんなんですな。
2004年11月24日
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明け方まで翻訳をした。大方のめどがついたので就寝。朝10時、着メロが鳴り目が覚める。はい、遅刻決定。待ち合わせ相手は私の生態を熟知しているので眠りこけていることを確信していた。お砂糖がいっぱいついたワッフルとコーヒー持参で我が家まで来てくれた。箱根に行く予定だったが、混雑が予想されるため青山周辺に行き先変更。日常的な場所だが、天気もよく気持ちいい。原宿から歩いてみる。若い子が多いな、ゴシックとロリータって何が違うんだろう、KIDDY LANDってやっぱり子供だらけだなと思いながらテクテク歩く。途中、転職祝いにとピアスを買ってくれた。早速つけてみて、歩きやすい脇道に入る。インテリアショップを覗く。これは職業病。香水専門店に入る。普段はバニラやベリー系の甘々の香りを選ぶことが多いが、今日はローズ系の大人な香りを発見。心機一転、香りを変えてみよう。陽の高いうちからワインを飲む。至福の一時。お世話になったインテリアショップにご挨拶。キャンドルをプレゼントしてくださった。とっても気持ちのいい時間を過ごした。夜、先輩に会いに汐留まで行く。お祝いにと名刺入れをいただいた。そして台湾料理をご馳走になる。仕事の話をする。恋愛の話をする。先輩は長い間恋愛をしていない。意図的にしていない。本当に恋愛をしたいと思うなら、必然的にそういう相手が現れるものだという。私もしばらく恋愛から遠ざかっている。擬似恋愛のようなものやほんのりした想いがなくはなかったが、恋愛はしていない。ここしばらくは仕事と自分自身に没頭している。転職とそこからのステップアップが目標で、恋愛で生じる心の揺れや浮き沈みは排除したかった。仕事上のベストコンディションを作るためにはそれが私には最善策だった。『女の人は恋愛できれいになるんだよ』という先輩の一言が微妙に気にはなる。でも実際はここ最近の私の視線は仕事と自分自身に注がれていて、恋愛をする心のゆとりはない。もう少し落ち着いて自分に自信がつけば心境に変化があるかもしれない。ま、気長にいこ。
2004年11月23日
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翻訳をやっている時はなぜこんなに時間が経つのが早いのでしょう。。。さっき2時だと思っていたら、『あっ!』という間にもう3時じゃないか。翻訳してる時だけは集中力発揮するのです。今日は集中力切れるタームが若干短い。まだ半日しかやってないからまだまだいけるな。翻訳してる時は人間の3大欲求も忘れまふ。あと半分ちょいですたい。がんばりまふでふ。
2004年11月22日
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会社辞めて、しばらくはヒマヒマ星人になるはずだった。が、気づけばスケジュールは一杯じゃ。月曜:午前、次の勤務先に少し立ち寄る。 午後、新しい旅券の発行手続きをする。 警視庁に行く。火曜:午前、小田急に乗って東京脱出。 午後、先輩が祝ってくれる。水曜:午前、テレビを取りにきていただく。 午後、見本市で情報収集。その後レセプション。 夜、芝居を観にいく。金曜に変更しようか検討中。木曜:午前&午後、かろうじて何もなし。 夜・・・秘密金曜:ヒマの予定。ここにお芝居を入れるべきか。土曜:月曜まで実家に帰る。たらふく喰わされること確実。上記なら、まだ許容範囲のスケジュール。んが、重大なことを今日聞かされた。。。副業の翻訳、だいぶ前にもらっていた原稿なのにまったくもって手をつけてなかった。『プププっ、楽勝。だって提出12月の半ばだも~ん♪』と、余裕かましていた。暖かい昼下がり、スタバの外の席でキャラメルマキャートのグランデを堪能していたら。。。『ひじきさん、例の翻訳の提出11月28日までになりました。よろしくお願いします。』・・・と連絡が入った。『え????あ、は、はい。あ、分かりました。 はい。あ、ええ、どちみちヒマなんで ええ、なんとかやります。大丈夫です。』成せばなる。成さねばならぬ何事も。嗚呼・・・またやってしもた。夏休みの宿題を休み最終週で泣きながら徹夜でやっていた小学生の頃と何も変わってへんやん。・・・成長しろよ、私。
2004年11月21日
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我が家には植物が多い。玄関にはランタナと朝顔市で購入した朝顔。12月を目前に控えまだ咲いている驚異の朝顔。靴箱の上には、ポトス。バスルームにはハートカズラ。部屋の中にはアメリカンブルー、実家から連れてきた10年もののデンマークカクタス、ポトス、キャットテール、クワズイモ、タイ料理に入っていた種を持ち帰りタネから育ててきた身元不詳の柑橘系の植物。ベランダにはカランコエ、ミニバラ、キャットテール、アンスリウム、アイビー。どんなに手間をかけても病気になって死んでしまうことや虫にやられてしまうこともある。反対にほうっておいてもすくすく育つ植物もいる。色んなコがいる。それぞれ特徴がある。水をあげたり手間をかけたりするお返しに、植物は私に元気をくれたり、自分の状態を気づかせてくれたりする。時には生命力というものを身をもって見せてくれる。生活が荒れ、精神的ゆとりがなくなると植物の世話をする気持ちの余裕がなくなりがち。水をやるのを忘れるようになってくると自分が最悪の状態にあるということ。どん底の状態が続いた時、植物が枯れかけていることにやっと気づき『こんなことじゃいけない』と這い上がり、ごめんねと反省しつつ水をやり、お世話をすると復活し、再び元気な姿を見せてくれたこともある。その姿を見て私も元気になる。病気になり手を尽くしたけど枯れてしまった大きなクワズイモ。処分するため鉢から掘り起こしたら、土の中に新しい白い芽がふいてた。大きさはほんの何十分の一になってしまったけど、クワズイモはまだ生きていた。生きようとする力を目の当たりにした気がした。勝手に死んだと判断し、捨てようとしていたことを反省し、芽を別の鉢に植え替えてあげた。少しずつ大きくなってくれている。いつか元通りの大きさになってくれると嬉しいな。そろそろ冬だ。ベランダの花が凍らないよう寒い夜は部屋にいれてあげよう。
2004年11月20日
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今日が最後の日だった。精一杯やるという決意は固かった。引継ぎ無事に終わり、任されていた仕事はやりきった。お客さんへの挨拶もひととおり終わった。PC付近のおまけのフィギュアや写真を片付け、散らかしまくった机と引き出しの中を雑巾がけして、あとは遠く離れた本社の人達にお別れの電話をそろそろ入れようかと思っていた午後6時頃、突如予想もしてなかったトラブルが発覚。金曜日はよくトラブルが発生する。しかし、『どないしたらそないなんねん・・・』と思うほど、今日のは強烈。よりによって最後の日。時間がなさ過ぎる。今日中に解決しなければエライことになるし、中途半端にしたら私にも悔いが残るので11時頃までがんばった。本社の人も私が最後の日と知っているから普段以上に時間を割いて動いてくれたと思う。いつもは相当のんびりな本社の人達だけど、今日はすごいてきぱきしてた。明日の早朝は名古屋出張なのに一緒にやってくれた営業さんの姿が嬉しかった。とるべき手段はすべてとったからあとは運に任せよう、月曜日になればすべてがはっきりすると思い帰路につく。少し気がかりな状態のまま今日を終えたのは少し心残りだった。『でも、精一杯やったし。。。』と考えていたタクシーの中、営業さんから朗報が届いた。トラブル回避成功。万歳!これで終わった!気持ちよく終わることができた。みなさんのおかげです。一緒に仕事できてよかったです。最後まで一緒に頑張ってくれてありがとう。Vielen vielen Dank, und ich werde euch nie vergessen!
2004年11月19日
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今日は私の送別会やった。会社のみんな、職人さん、会計士さん、通関業者さんめちゃめちゃお世話になって、色々迷惑かけた方に集まっていただいた。泣くかもしれんとおもてた。案の定めちゃ泣いた。うちは滅多に泣かへん。でも今日はホンマに泣けた。ありがとうって思いで泣けた。立ち上げからずーっといた会社やさかい、言葉にできんほどの想いがある。いろんなことがあって、会社や取引先に迷惑かけたこともある。ほんでもうちを見捨てへんかったことに対して感謝のしようもあらへん。右も左もわからん頃からホンマにお世話になって色んな無理きいてもろて、色んなこと教えてもろてありがとうの言葉しかようでてこうへん。なんも期待してへんかったけど、うちのことよう知ってはる人にしか考えつかへん抱えきれんほどのプレゼントもろて、みんなに集まってもろて、うちはなんて幸せな環境におったんやろうとホンマ思う。時にはめっちゃむかついたし、しばいたろかとおもた上司やったけど、今日は涙流しながら抱き合ってお互いの想いをゆえた。離れんの寂しいねん。ホンマ上司と今の会社と周囲には感謝してる。あと残り二日や。悔いのないように精一杯みんなと一緒に仕事しよ。あと二日よろしゅう。次んとこ行ってもがんばんで!
2004年11月17日
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土曜の朝、ほんの2時間程度の睡眠にも関わらず大阪で開かれる大学のクラブ後輩の結婚式二次会に出かけた。二次会開始時刻は夜7時。午後3時の新幹線に乗れば余裕で着く。パーティーには自分が堂々としていられる格好で行きたい。コーディネートが変だったりすると、『失敗した』と思い心底楽しめないからね。今回は黒とシルバーがテーマ。黒のフェミニンなワンピースとエナメルの黒いピンヒールにはシルバーのバッグ。これにゴツめのシルバーアクセサリーを合わせようと考え、出発前に新宿で物色。探した甲斐ありシルバーのバングルとチョーカーを購入し、『これでばっちり』と落ち着いて大阪に向かった。後輩と同回生と大阪駅で待ち合わせをし会場へ。懐かしい顔が目に入る。10年以上昔に知り合った頃と比べると、写真を見れば年をいったのは一目瞭然なのだろうけど、みんな変わってないなと思う。何年も会ってない相手でも、会えば昔みたいに話せるし楽しい。こんな機会でもなければみんな揃って会うことはない。次に会うのはいつだろう。3次会は部活の仲間だけで飲みに行った。結婚した人、してない人、ずーっと髪型変わらんヤツ、10年前から20キロ太った先輩、10年経っても可憐な人、昔恋人同士だった人達、いつまで経ってもアホな後輩、新郎の姿を切ない心境で見つめていた人。その場にいない人の近況話や昔話で盛り上がったりして、なんだか懐かしく甘酸っぱい感じが漂っていた。3次会の途中、部活の仲間とは別のところにある、忘れられない記憶を再現するために先に失礼した。10年前とほぼ同じ状況で、同じ結果が出るのかそれとも違う結果になるのか知りたかった。10年前とは違う結果になった。やっぱり、昔の私とは変わっているんだと実感した。私だけじゃなく周囲も変わっているんだ。変わっていないように思うだけで、本当は変化してる。それでいいんだ。あと10年経った時、どんな風に変化しているのだろう。予想がつかないけど、素敵な40代を迎えていたい。
2004年11月15日
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朝、大阪から京阪電車に乗って京都の実家に戻った。この日は以前からお会いしたかった方と会う約束をしていた。めっちゃご近所さんで尊敬すべき京都市上京区民。西陣(注:京都の地域名&織物の名産地)の宝である。恐らく私が小学生で氏が中学生だった頃、近所の晴明さん(注:晴明神社のこと)か商店街ですれ違っているはずである。西陣はもともと過疎化が進んでいた。老人が多く、子供が少なくなっていた。そのうち小学校や中学校はどんどん廃校や合併が進み、数多くの学校が消えた。私が通った小学校も中学も廃校となった。西陣織は衰退の一途を辿り、近所からは糸繰りの音が消こえなくなっていった。そして、伝統工芸の後継者が足りないという、とにかく悲しい現状である。そんな西陣で地域、京都に根付いた経済活動をされている方と知り合いやっとお会いすることができた。転勤で東京に来て、西陣にまったく貢献していない私には頭が上がらない存在だ。西陣出身の女性では私は比較的珍しい存在で、だいたいの子は地元に残っているか、一回外に出ても必ず京都に戻ってくる。これは男性でも同じ。とにかく地元のつながりが物凄く濃い地域である。氏は腰が低くて、優しい京都弁をしゃべらはる。話してると自分が西陣の人間やと思い出させてくれはる。京都らしさを大切にした活性化を進める氏の活躍を陰ながら応援させていただこう。
2004年11月14日
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『30代独身の会』なるものがある。その、負け犬決起集会に参加してきた。とはいっても、みなさん集ってお話、お食事しましょうというとても楽しいものだった。いらした皆様も素敵な方々で、本当に楽しく過ごすことができた。以前から会いたいと思っていた方にもお会いすることができ、恐悦至極。28~29歳の頃は色んなことに焦って、自分で自分の首を絞めてもがいていたが、30代になってからの方が確実に楽になった。10年前の若かりし頃、まさか自分が30歳を越しても独身だとは思ってもみなかった。過去の未来予想図には26歳で結婚28歳でひとりめを出産30歳でふたりめを出産とか夢見ていた。誕生日にはケーキを焼いてあげられるお母さんになりたい、雨の日は旦那を駅まで車で迎えに行ってあげたいとか妄想していた。どれひとつとして現実になっていない。ま、人生そんなもんだ。結局、自分はそういう選択肢を選んでこなかったということなんである。今は30代独身生活を楽しもう。『今は』という言葉を使ったが、気ままな独身生活から足を洗わなければならない日、洗うことを決意する日がいつか来るのであろうか?これ、かなり疑問である。
2004年11月12日
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穏やかな一日を過ごし、電話もメールも来ない夜、好きなクラシックを聴いて過ごすのが幸せ。バッハを聴くことが多いけど、今日はモーツァルト。今かかってるのはレクイエム。なぜか分からないけど、心の中が穏やかに透けていく気がするんだよね。
2004年11月10日
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斉藤由貴の『初恋』という歌を覚えている方はどれくらいいるのだろう。恐らく27歳くらいから下の年代の方はあまりご存知ないかと思われる。ここしばらく、この歌が昼休み間近の仕事中、唐突に頭の中で流れ出す。書きかけのあなたの似顔絵 似てなくて何度も消したわ♪(出だし)から好きよ好きです~っ あーいしていまぁっす~どん~な言葉ぁもぉ違う気がする~初めての気持ちぃ~♪(サビ)までがウロ覚えで頭の中で鳴り響く。昼休み中、頭の中でなりっぱなしなので思わず『好きよ好きです~っ♪』と、口ずさんでしまう。その後しばらくすると、これまた斉藤由貴の『卒業』が鳴り出す。制服の~胸のぼーたーんーを~下級生たちにねだられェてェ~頭かきながら逃げるのねホントは嬉しいくぅせェしィてェえェ…♪これは初恋ほど長く鳴り続けない。確かに斉藤由貴ちゃん好きやったよ。小学校の時ヨーヨーで『スケバン刑事ごっこ』もやった。由貴ちゃんのあとは『おまんら許さんぜよ!』の2代目が流行ったな。。。で、その後は風間三姉妹。。。て、それはおいといてなぜ今更『初恋』が頭の中で鳴り響くのか。20年近く経って、私の脳は純粋な気持ちを取り戻そうとしているのか?今日、帰りの電車の中では『初恋』→『卒業』→『スイートメモリーズ』→『瑠璃色の地球』(最後2曲は松田聖子)という順番のメドレーが頭の中で流れていた。なんだか無意識に私の心理が表れているような気がする。
2004年11月09日
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我が人生は山あり谷あり修羅場ありなのだが、何故かは知らぬがどっかツイていてなんとかここまで転がってきた。今、こうして社会でまっとうに会社員をさせてもらい、しかも自分の能力を使わせてもらっているのも非常に幸運なことで、過去を振り返り現状を見るとラッキーだったとしか言いようがない。きっと目に見えない何かの力で守られているのだろう。家族に対する感情、恋愛感情は除き、何が起ころうとちょっとやそっとのことでは動じない。日記では書かなかったが、転職の件ではここ2週間ほどで話が二転三転し危機的状況に陥っていた。ついにツキが落ちたかとも思ったが、『なんとかなる。なるようにしかならん。』が信条なので、そんなに焦らずにいた。とは言っても、生活に関わることなので場合によっては法的手段に訴えようと思っていたが、本日の話し合いの結果は、予想に反していいものだった。まさにどんでん返し。結局12月1日から雇用されることとなる。きっと、見えない力が私に与えた試練だったのだと思う。私に足りないものがあったから、試練を与えられたのだ。この試練を通して転職先の性質、問題点、転職してから遭遇するであろう事態、課題を身をもって知ることができた。終わりよければすべてよし。さ、明日も一日がんばろう。
2004年11月08日
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1.店員さんの勘違いでオーダーとは全然違う ベッドが届く。 強烈にうちのめされる。 諸事情がありそのまま納品してもらう。 今後の課題:いかにそのベッドを愛するか。2.母親と電話口でキレ合う。数時間後無事に和解。3.医者と密会。気疲れする。 『今は特定の人はいりません』とお断りする。4.ストーカー予備軍の大昔の彼から3ヶ月ぶりに 12回ほど着信アリ。 涙目になり凍りつく。5.凍りついた心を解凍すべく大好きなプーさんに 電話をかける。 出ないしコールバックもないので悲しくなる。6.深夜、ドライブに行く。なぜか渋滞にはまる。 明日はいい日になりますように。
2004年11月07日
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初めてふたりきりになる男女というのは相手が誰であれ少し緊張する。どこか居心地が悪く適当な距離を探し出すのに少し手間取る。ソファに腰掛け酔い覚ましのお茶を飲みつつお話。音楽の話をしていたら、海外セレブが顧客にいることを知った。知らなんだ~。実は彼の手で服を作ってもらえるって凄いことなのかっ?時計は午前2時をとっくに回っていた。友人二人を待たせているので悠長にしている時間はない。マルコビッチ氏は大きなバッグから生地とボタンの見本を取り出した。マ:『選び方でその人のパーソナリティが分かるんだ。 好きなのをどうぞ。 どう選ぶかを見て、君を研究させてもらう。』我:『ん~、全部素敵ですぅぅっ!似合いそうな生地を 選んでくだされ。』マ:『それは難しいな。君が好きだから、どんな色でも 美しく見えてしまう。 だから選び出すのに時間がかかるよ。』どこまでも口説きモードのマルコビッチ氏。生地見本は数多く、直感で好きなものを選らんでみた。マルコビッチ氏の生地に関する説明を混ぜつつ更に厳選。候補が3点上がったところで鏡にあてて色の映え方をみた。コットンのピンクに決定。もってきてた生地の中で一番高いものなんだそうだ。最初に聞いていたら貧乏性の私は選んでいなかった。次はボタン。種類が多かったが、可愛いハート形のものに決定。氏がデザインしたもので、形が特殊なのでボタン工場に発注し出来上がるまでに3週間かかるらしい。そしてネック。ネックの形も色々あったがフレンチにしてもらった。最後はカフカフの見本も数種あり、見本にはなかったがバタフライという形がフェミニンでいいという氏のお勧めに従う。ここまで選んだら後は採寸。『上着を脱いでもらえないかな。採寸できないから。』上着を脱がせてもらい採寸スタート。真夜中2時過ぎ、ホテルの一室での採寸は少し異様。氏もそんな状況下で採寸したことはないそうな。採寸されると、数値として自分の体が現れる。接近してるし場所と時間帯もあり少し妙な気分だ。『君の体の形を自分の手でしっかり覚えておけば デザインしやすいんだ。』氏の前にまっすぐ立ち、肩幅、バスト、ウェスト、ヒップ、首周り、腕の長さ、肩からバストトップまでの長さ、丈の長さを決めた。高校の制服を作った時よりウェストが肥えていたのを数値として目の当たりにしショック大。しかし、採寸するたびに溜め息まじりにイタリア語で感嘆されると自尊心をくすぐられる。うまいよな~。けなされるより褒められる方がええもんな~。でも、必要以上には触れないし近づかない。先に進みそうで進まない、触れてみたいけど触れない奥ゆかしさ、もどかしさ、ギリギリの感じがわたしゃ好きである。最後に手首周りを測り採寸終了。マ:ちょっと寂しげに『OK、これで全部。』我:『どうも。で、どのくらいで出来上がるの?』マ:『普通4ヶ月だね。でも、帰ったらすぐ作るから 1ヶ月くらいで出来上がるようにするよ。 僕がデザインして裁断して手縫いで作るから。』高価な生地と出来上がりまで3週間かかるボタン。氏自らのデザイン、裁断、手縫いだと定価でいくらになるのだろう。1ヶ月の家賃代+光熱費ぐらいはするのだろうか?ん~、庶民には想像つきません。採寸も終わり、ベッド際に腰掛けタバコを吸いながらこっちをじっと見つめるマルコビッチ。ロビーでは友が待っている。そろそろ行かねば。というか、この雰囲気はヤバイ。そろそろ脱出せねばマズイ。我:『え~と、そろそろ帰らなければ。』マ:『今夜は君とずっと過ごしたいな。』我:『ははっははは。 (心の声:キターっ!ついに来た~っ! 絶対そうくると思てたで~っ!) いやいやGもYちゃんも待っております。 それにYちゃんは遠いところに住んでまして、 終電を逃しまして。。。 今夜は我が家にお泊りなのですよ。』マ:『えツ?!お泊り? Gにはとっとと帰ってもらって、女友達には僕の この部屋を使ってもらえばいいじゃないか。 僕が君の家に泊まればいいじゃない。』なかなかのヤリ手じゃ。『友達が泊まりに来るの攻撃』にもひるんでいない。しかし!今までもこのようなシチュエーションはうま~く逃げ切ってきた。今回もできるはず。さてさて、むげに断るのもよろしくない。『お腹いたい作戦』はミエミエなのでやめとこ。よし、ここは…『それに、今夜があなたが東京にいる最後の夜 なんでしょ。残念だけど時間が短すぎるわ。。。』と、しおらしくじっと見つめて言ってみた。というか、これは本音。『そうだね、too short time.』とマルコビッチ氏も残念そうだが納得。タイミングよくGから『何してんねん、俺帰るで。』とメールが入った。イタリア語で『ヤッてんの?』とも入っていた。今から下に降りると返信した。『時間が短すぎるわ』はちょっと効いたらしく、ロビーに向かう途中も氏は時間がないことを悔やんでいた。ロビーに着くとGは少しだけ心配そうに『なんもなかった?』と訊いてきた。早朝Gと共に大阪に行き数日後にはイタリアに帰るとのことだった。東京・大阪間の新幹線往復を払うから一緒に行かないかと誘われたが、それはできない。余韻と少しの未練があるくらいの方がよい。ホテルの前でお別れをし、3人でタクシーを拾った。Gに『ホンマ、なんもなかったん?』と再度訊かれた。『うん。なんもなかった。なんかあったら言うやん』と答えた。GもYちゃんも何かあると思っていたらしい。実際何もなかった。手の甲にキスされたくらいである。自分でもよくとろけなかったなと感心する。もしも友達二人が一緒でなければ、もしYちゃんが終電に乗って帰っていたら…とろけていたかもしれない。でも、一人で部屋に行く勇気はなかったかもしれない。普段の生活に戻り、楽しかったなとしみじみ感じる。シャツを本当に作って送ってくれたら嬉しいけど、期待せずに待っておこう。甘い時間を過ごさせてくれたことに感謝。明日、マルコビッチ氏はイタリアに帰る。空港まで見送りのGに出発前に電話して『気をつけて帰ってね』と一言伝えよう。
2004年11月04日
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翌日の夕方、Gからメールが来た。『今日、何時にこれる?女の子は?』キャンセルできないだろうと思って、誰にも声をかけていなかったが急遽Yちゃんに電話をし、Yちゃんも『いくいく~っ』と快諾。外苑前で待ち合わせをした。一旦家に帰り、お出かけ用ワンピースに着替えパールのネックレスをつけ、髪をまとめてメイクもやり直しておめかし完了。出発。せっかくのディナーなので変な格好では行けない。Yちゃんとお茶を飲みながら1時間ほど待った。商談が終わるのが8時ごろと言っていたので、少し待たされるだろうなと思っていた。9時過ぎにようやくGとマルコビッチ氏が現れた。前日はさらっとしたシャツを着ていたが、今回はスーツ姿。さすが素敵に着こなしている。濃い茶色の仕立てのよいスーツ。胸ポケットには白いチーフが何気なく覗いている。そのチーフは130年前の麻を使用したとのこと。麻は耐久性が強いのと保存状態がよかったので、チーフ用にカットしたらしい。触れるとシルクのような肌触りだった。当時の麻は繊維が細く、現代の機械ではもうその細さの麻を作れないそうだ。勉強になりました。Gはかなりかっこいい野郎でスーツも似合う。奴の胸ポケットには、マルコビッチ氏が作ったターコイズブルーのチーフ。おめかししてきてよかったと実感。BMWのそばの道をまっすぐ歩いて右側にレストランがあった。時々肩に手を回したり、前夜と同じく『アモーレ』『かわいい』を連発していたが、無事到着。女友達もいたからか、ほんのり控え気味ではあった。結構小さい作りの店内。人気あるのか満席だった。近くでコーヒーを飲みながら30分ほど待ち、テーブルに付けたのは10時過ぎだった。マルコビッチ氏は私の正面に座り、Yちゃんは私の隣。『君の唇はまるで薔薇のよう』と、うっとり見つめる氏の隣でGはウケまくっている。仕事中も唇が魅力的だとかずっと言っていたらしい。Gにしてみれば身内では男扱いされている私が女性として見られているのがかなり新鮮だったようだ。氏のホストかと思うほどのエスコートぶりには参った。お姫さま気分を味あわせてくれる。階段を下りる時は、少し先に自分が下りて手をとってくれ、女性がパウダールームに立つ時は自分も一緒に立ち上がる。女性が戻ってきたら再度立ち上がりお出迎え。嫌味なくエスコートできるって、なかなかできん。料理はイタリア人ご推奨のことだけあって旨かった。ワイン2本と食事を楽しんだ後、ドルチェとエスプレッソ。たらふく喰ったあとはグラッパ。グラッパは3杯くらい飲んだ。結局1時30分までレストランにいた。飲み直そうとマルコビッチ滞在先のホテルに向かった。GとYちゃんも一緒。Yちゃんは東京近郊K市在住。タクで帰るのは遠すぎるので、私の家に泊まることになっていた。ホテルのロビーでは昨夜のイタリアン3人がマルコビッチの帰りを待っていた。またまたご挨拶のキスをしてしばし歓談。服屋、靴屋の社長に『今夜は一段とエレガントでビューティフル』と褒めていただき嬉しくなる。ええな~イタリア人。女性の褒め方知ってるな~。ふいにマルコビッチ氏が『さて、僕は3つの大切なアポイントをキャンセルして 君を食事に誘ったから約束は果たしたよね。 今度は君の番。さ、部屋に採寸に行こう。』はっ、そうだった。。。うーん、どうする。。。男性の部屋にひとりで行くのは危険。。。そんなたぁ、中学生でも分かるわい。しかしここにはGもYちゃんもいる。そして私は三十路の女。何が起こっても自己責任。自分の決断と判断じゃ。共に過ごす時間の中でマルコビッチ氏の人柄も少し分かったので、部屋に行くことを決断。Gに『Yちゃんと待っといて!帰ったらしばく。』と言い残し、マルコビッチ氏とホテル最上階の部屋へ。初めて二人きりとなる。つづく注:後半のあとには番外編が! てか、書くの疲れたんで一旦休憩。
2004年11月03日
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ここ数日に起こった出来事は忘れたくないので書き留めておこう。日曜の夜、東京に出張に来ていた大学時代の友人Gから『今、青山やねん。お前こいや』と呼び出された。時刻はすでに10時をまわっていたが、久々にGとゆっくり飲みたかった。次の日のことはあまり考えない性質である。待ち合わせのイタ飯屋に到着すると、Gの取引先のイタリア人が同席していた。程なく同じく取引先のイタリア人3名が合流し、異国情緒溢れる空気が満ちていた。皆様お仕事で来日中。2時ごろまで飲んでいた。アパレル系というのもあり、イタリアン4人はめちゃお洒落でかっこよかった。かっこいいというのは美醜ではない。その上面白く、かなりいい感じの中年男性達であった。そのうちの一人、マルコビッチ似のお方が何故かいたく私をお気に召され、褒め殺しされそうなくらいの甘~い言葉を次から次へとお口にされる。恐らく今後10年分は褒めてもらった。終始見つめまくり、そしてさりげな~くボディタッチ。時折、Gが行き過ぎ行為に至らぬよう制止に入ってくれた。持つべきものは友。G、あんたは昔からええやっちゃ。マルコビッチ氏は気さくで楽しく可愛い。そして『ボクドラえもんで~す』『まいう~』『スケベで~す』という日本語しか仕込まれていないのだが、実はオートクチュールの会社の代表兼デザイナー。自分で裁断、縫製もする。最近、某男性雑誌で紹介されたらしい。G曰く『こいつんとこのシャツ一枚8万円くらいからやで』確かにマルコビッチ氏のシャツはすごく素敵。彼のデザインで手縫い。ボタンも遊び心があり可愛い。。てなことを話していると、マルコビッチ(以下マ): 『君にぴったりのシャツを作ってあげよう』我:『うひょっ、まじっすか!』マ:『今から僕のホテルに来て。採寸してあげる。 見本生地もボタンもあるし好きなのを選んで くれたら僕が作ってあげるよ』我:『え?ホテルですか… ははは、ここで測って下さいな。 今、メジャーお持ちでしょう?』マ:『あるけどここでは測らない。僕が怖いの?』我:『いや、怖くはないですが・・・・ (心の声:んなもん一人で行けるかい!) 仲良しのGも一緒がいいです』マ:『Gが一緒じゃダメだよ』我:『…ははは一人ではよぉ行きませぬ。』マ:『君一人で来なきゃ採寸しないよ。でも僕は紳士 だから心配しないで。でも、君のような女性を 目の前にしたらどうなるか分からないな』我:『ははっはははっはっ。ご冗談を。 (心の声:アホか余計ビビるっちゅうねん)』と、冗談半分の押し問答がしばらく続いたのちマ:『OK、明日の夜のアポイントと会食を全部 キャンセルして君を美味しいシシリアン レストランに連れていったら僕の部屋で採寸 していい? Gも一緒に来たらいいよ。ひじきはもうひとり 女の子連れてきて。』イタリア人ご推奨のイタリア料理に惹かれ快諾。というか、お会いできたのも何かのご縁。楽しい時間を過ごしたいではないか。Gに明日のアポをドタキャンしていいものなのかどうか尋ねると。 『ええんちゃう。一応うちの社長と、○○の社長とアポがあって、その後XXの社長とその奥さんの食事会で芸者さんも来るらしいけど。ええやん。おごってもらえや。俺も行くし。誰か可愛い子紹介してぇや』とサラっと答えていた。内心、社長の奥さんまでいらっしゃるような席をキャンセルできないかもと少し思っていた。そして翌日『頭が痛くて具合悪い』と見事な仮病を使い、マルコビッチは本当にアポをキャンセルしていた。つづく
2004年11月02日
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連続して恋愛ネタだが、最近は寒いからそんな心境なんだ。許してたもれ。去年の今頃は元相方とこっぱずかしいくらいラブラブな感じを味わっていた。クリスマスには『何が欲しい?指輪?』と訊かれたが、MTBにしてもらった。結局3回しか乗っていないので無用の長物と化してしまった。本当は指輪が欲しかった。でも、指輪は私にとっては『欲しい』とねだる物ではない。だから素直に『指輪が欲しい』と言えなかった。理想は『はい』っと渡して欲しいのである。知らない間に買いに行ってくれたことが嬉しい。もしくは『プレゼントは指輪』と言い切ってもらいたい。指輪をあげたいという気持ちが欲しいの。一緒にいる間は肌身離さず付けているが、別れるとはずしてしまう。大好きだった指輪を外して、私の目につかないところへやる。結果、行方不明になった指輪はいくつかある。指輪自体は隠せても、薬指に残る指輪の跡は指の一部がなくなったような喪失感と共にしばらく残る。別れを切り出した方がどっちであれ、その跡を見るたび心が痛む。もらった指輪は別れた後は二度とつけない。どんなにお気に入りでも目に触れないようにする。時によっては『二度と見たくない』と思ったりもする。だから不用意に『指輪欲しい』とは言わない。相手が本当に指輪を買ってあげたいと思う時に渡して欲しい。行方不明になった指輪が多い中、唯一ずっと大切にしている指輪がある。10年ほど前にもらったプラチナの台にムーンストーンと小さなダイヤが入った指輪。学生の時の彼が買ってくれたもの。2回生の誕生日、小さな箱を差し出されて開けてみると指輪が入っていた。当時、私はムーンストーンが大好きだった。その前の年は同じ石のネックレスを買ってくれていた。ネックレスは一緒に探したけど、指輪は私に何も言わず一人で買いに行ってくれていたのが嬉しかった。少し年上の男友達と二人で買いに行ったとのことだった。ジュエリーショップで指輪を選ぶ野郎二人の姿を想像したら微笑ましかった。左薬指にはめてみたらブカブカで、意外に私の指が細かったことに驚いていた。買ってくれたお店でサイズを直してもらい、それからの4年間はずっと私の左手薬指にはその指輪があった。ネックレスも滅多に外さなかった。もうほとんどお守り状態。寝るときも外さず、たまに仕方なく外して見当たらなくなったりすると真剣に焦って不安になった。出会ってから6年過ぎた頃に指輪を左薬指から永久に外す日がきた。ネックレスは本当にお守り化してたのでしばらく外さなかったけど、指輪はすぐにはずした。とても好きな人で、ずっと一緒にいたい人だったから半年泣いて暮らした。指輪もしまったけど、常にどこにあるか分かるようにしておき、東京に引っ越す時も一緒に持ってきた。だけどもう指にはめることはないだろうと思っていた。あれから時が経った。彼は去年結婚しすでにお互い別の道を歩いて久しい。過去は過去。でも大切な思い出には変わりなく、若かった頃の日々を共に過ごした指輪は今でも私を励ましてくれる。投げてしまいたい時『ちゃんと色々頑張ってきたでしょ。勉強、仕事、恋愛だって頑張れたでしょ。やれば出来るって』と思わせてくれる。最近、この指輪をようやく指にはめられるようになった。『別れた後はもらった指輪は二度とはめない』の例外。今、特に頑張らないといけないから、お守りとしてしてつけている。でも、左手ではなく右手の薬指。いつか、私に指輪を贈りたいと思う人が現れればその時再び外すかもしれない。でも、やはり大切にしまっておくだろう。
2004年10月30日
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彼氏ほしい。いや、こりゃまた切実に。守ってくれて、優しくて、力持ちで、おおらかで、目が小ちゃくて、暖かくてプーさんみたいな感じの人。ラガーマン、レスラー体型が好みである。そんな折りに大学の後輩の結婚式二次会の招待状が届いた日にゃポストの前で凍りつきます。もちろん大阪まで祝いに行くけどね。幸せになっておくれ。ちなみに愛しい後輩Iは学生時代の彼と同じ学部で同じ研究室で就職先は同じ会社。最近、部署も一緒になったらしい。んで、バスケ好きも同じ。顔も体格もよぉ似とる。プーさんというよりは、若かりし頃の石橋凌だな。ま、そりゃおいといてなんか寂し~くなってくるのだよね。こう、一緒にお鍋でもつついたりする相手がいないのは。仕事から帰ってきたら『お帰り!寒かったでしょ。ご飯すぐにできるよ』って、暖かく迎えてもらいたいではありませんか。妄想妄想。しかしだな~...ないんですよ、出会いがっ!いや、なくはないが。理想とは裏腹に、ちょっと困ったちゃんに惹かれてしまうのだよね。ハラハラさせるのに甘えたな人にどうしても参ってしまう。ハラハラさせてちょっと甘えたで、その上私を落ち着かせる匂いもさせてて、しかも結構プーさん体型で目が小さくて。。。という人は近くにいる。楽しいし、尊敬してるし、バカ話も真面目な話も汚い話もマニアックな映画の話だってできるし気を使わなくていい。そりゃ楽チン。でも、でも、ダメなんだよな~。シリアスな関係には発展しないのだよ。じゃれてるくらいが調度いい。『彼氏ほしい』は時折起こる発作です。あせらないあせらない。いいの、今は。だって、いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるんだから。。。。。。。。。。。。。。 _| ̄|○
2004年10月28日
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転職を決めてから早いもんで2ヶ月経った。その間に、私の後任となる人を決め、転職先を決め、引継ぎをし忙しく日々が過ぎていった。うちの会社は辞めるまでに3ヶ月かかるから急いで色んなことをしなくてよかった。時間をかけてすべきことをさせてもらえた。ありがたや。一応11月30日付けで辞めるが、20日から有給消化に入るので、実質16日が実働となる。後任の方に今まで私がしていた仕事を容赦なく渡しているが、まだ最後の仕事が二つ残っている。このうちひとつは自分が進めてた話だから、他の人に引き継いでもらうことはできない。しかしこの仕事ももう終盤に入っている。去る日は近いなと実感する。これが最後なんだと。立ち上げからいる会社だから思い入れは相当深い。日本支社を文字どおりSOHOで始めてから少しずつ社員が増え大きくなり本当に嬉しい。同僚だけじゃなく取引先にも恵まれた。職人さんや配送業者さんたちにはわがまま言いながらも可愛がっていただいた。どんなに美しく華やかなものでも最初から美しいのではない。その裏には職人さんの技と知恵と汗がなければ存在しないのだということを教えてもらった。職人さんの仕事ぶりを現場で見るのは好きだから、見れなくなるのは寂しい。社長ともいがみ合ったりすることはあったが、公私ともども本当に世話になった。色々あったけど、いい会社だった。転職先で今の会社に恥じないような仕事をしよう。
2004年10月27日
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午後9時頃、JR浜松町から大門に向かい歩いていた。貿易センタービルを越したあたりから遠目に人らしき物体が転がっているのが見えた。少しずつ近づくとやっぱり人と確認。通りすがる人はチラ見しながらそのまま自分の行き先に急いでいた。誰も足を止めない。遠巻きによけて通り過ぎていく。やがて私も寝転がってるにぃちゃんのそばに近づいた。大の字になって死んでいるようにも見えた。泥酔状態で眠っている見知らぬ人を見かける度に起こしてあげるほど私は善人ではない。安全な場所で転がっていたら放置しておいたかもしれんが、ぶっ倒れてるのは駐車場出口の道のド真ん中である。眠りこけるにはあまりに大胆な場所である。移動しないとにいちゃんは駐車場から出てくる車に轢かれるか、少なくとも迷惑かける。もしかすると何かの発作で倒れてるのかもしれん。基本的には酔っ払いは嫌いだが、場所が場所なだけにやっぱり放って置けなくて立ち止まった。私と一緒にいた友人は『どうしたらいいんだろう』と考えている。どうしたらって。。。目さましてやるしかないやろ。『にぃちゃん、ここおったら轢かれるで。起きや』と少し声かけてみたら目を覚ました。『大丈夫か?ここおったら死ぬで』と言うと、起きたかったのか手を差し伸べてきた。見知らぬにぃちゃんの手を取り上体を起こしてあげた。にぃちゃんはまだ朦朧としていた。とかやっていると、にぃちゃんが飲んでいたらしき店の店員さんが二人登場。起き上がった彼を見て『死んでなかった』と言っていた。やっぱり酔っ払いだったのね。て、ことは転がってるの知ってたってこと?あとは店員さんに任せて退散。その先はどうなろうと知ったことではない。安全な場所に移動したから目的は達成したし、気失うまで飲むヤツがアホやと思っている。だから特にいいことしたとか感じない。ただ、危ないからどかしただけ。電車でおばあちゃんに席を譲る方が全然気分がよい。あんだけたくさんの人が行き交いつつ、誰も立ち止まらないとはなんぞ?この疑問を解明したく、『そは如何に?』と一緒にいた友人に尋ねてみた。『どうしたらいいんだ』とつぶやきながら立ちすくんでいた彼にも若干のふがいなさを同時に感じていたので、彼の心理も知りたかった。氏の返答は『関わりあいたくないんじゃないの。それに最近色々あるし、あの手の風体のやつだと特にそうなんじゃない。怖いじゃない。何されるか分からないし。』は?なんすか、それ?あの手の風体?どーみても普通のジーンズに長袖Tシャツを着て片手に携帯握り締めたまま倒れてた20代後半のにぃちゃんやで。倒れて意識がないヤツが飛び掛ってくるんか?ごみの日のカラスの方がよっぽど怖いわ。『関わりたくない』という彼の見解は都会の人の証拠なのかもしれぬが、田舎モンの私には分かりません。関わりあいたくないという意識が高いから電車の中でご老体や妊婦さんを目の前にしながら平然と座り続けている人が多いのだろうか。都会で暮らすってそういうものなのか?
2004年10月25日
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今、私は京都の実家でぼわわぁ~んと週末を送っておる。血中関西人濃度も正常値に近づいてきた。東京にいると、どうも値が下がるのがたまに帰省すると値が少し正常値に近づく。1週間いたらきっと元に戻るやろ。ちゃう。そんなん書きたいんちゃうねん。アカン。関西におったら書き言葉まで関西弁になって、文章が書きにくなるさかい標準語に切り替えよ。さて、昨日新幹線の中である老紳士に出会った。私は窓際の席、氏は通路側で真ん中をはさんでの席だった。最初お見かけした時に独特のオーラを感じた。すごく腰が低くて上品で優しそうな感じの方。シャツにはきちっとアイロンがかかり、胸ポケットからはチラっとハンカチが覗き、靴もよく手入れされていてお洒落。膝にかけてあるコーデュロイのジャケットも上物そうであった。で、モバイルで何か資料を作ってらした。そして耳も大きい。耳が大きい人には成功者や上に立つ人が多い。とにかく、全体から普通ではない空気が漂っていた。氏は私の食べていたチョコレート(注:お前ダイエット中やろとか突っ込まんように)を時折マジマジとご覧になる。『この人、チョコレート欲しいんやろか?』と思っていたが、新横浜から真ん中の席に、かなり体格のいい人が座ったので気になる視線は遮断され、しばらくすると私は名古屋まで眠り続けた。名古屋駅で真ん中の席の人が下車。名古屋駅を出たところで『大きい人が座ると窮屈ですね』と関西弁で話しかけられた。事実本当にゴツイ人で窮屈だったので『そうですね』と同意し、チョコレートを勧めようかなと思った瞬間、『チョコレートよく食べはりますか?』と質問された。ちょっと面食らったが実際よく食べるので、『はい。よぉ食べますよ』と言うと、実は氏は海外のチョコレートを専門に扱う会社の社長さんだということを教えてくれた。だから、私のチョコレートが気になっていたらしい。耳の大きさも『やっぱり社長さんなんだ!』と合点いった。そこからチョコレート談義が始まった。氏はチョコレートの世界でずっとビジネスをしてきたお方であった。ご実家がチョコレートを作っていらしたそうだ。ココアの製法とか、戦後間もない頃のチョコに関する話、本当に美味しいチョコの話など聞かせていただいた。滅多に行きずりの人に話かけないらしいが、ビジネスでかなり嬉しいことがあったので、誰かに伝えたかったとのこと。聞かせてもらって私も嬉しかった。ただでさえ『のぞみ』は早い。名古屋から京都までは30分くらいで着いてしまう。楽しい時間を過ごしていると、更に時間の経つのが早く感じる。降り際にお名刺を下さったので早速ホームページを訪問し氏にメールを書いておいた。これからも美味しいチョコにこだわって元気に頑張っていただきたい。プレーンなビターチョコとココアが大好きだというと、今度お勧めのものを送りますと嬉しいお言葉。舶来の美味しいチョコ楽しみにしてますぞよ。もし、車中のお供にチョコじゃなく酢コンブを買っていたら氏と私の会話はなかったかもしれぬ。人の出会いというのは面白いものである。どんな人とどんな形で出会うかわからない。一期一会でその時々の出会いを大切にしたいものである。
2004年10月24日
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11月19日を最期に今まで育ててくれた会社を離れる。それからは少し有給使ってゆっくりする予定。うほほっ!スペイン旅行を画策中。それはさておき、今まで親しくして下さった方々に退職する旨を伝えると、こんな返事が返ってくる。『寿退社ですかっ?』この反応を示すのは100%の確率で男性である。私は『違いますよ~っ。いないんですよ相手~。』と笑って返す。グサリとおでこに何か刺さったような鋭い痛みを一瞬感じるが、『男尊女卑っ!セクハラっ!失礼だわっ!』と怒ったりはしない。むしろ笑ってしまう。女性の場合は上記の返答は返ってこない。『会社やめます』と言うと、『次、何するんですか?』と返ってくる。この反応はその女性の年齢、未婚既婚に関わらず似たりよったり。独身キャリア女性が増えた昨今でも、女性が会社を辞めるときは『結婚』と連想されがち。男性が会社を辞めるとき『もしかして寿退社?』とは男女問わず誰も思わんであろう。退職する男性に『寿退社ですか?』と尋ねたら辞める当人は一体どう感じるだろう。多くは『は???』って思うでしょうね、きっと。いや、こういうのを男尊女卑だセクハラだ云々と議論する気はさらさらないのですよ。単に面白い現象だなぁと思うのです。『退職』という同じ状況下でもジェンダーによって連想される内容、質問内容が違うというのが社会に染み付いた固定観念を現していて面白い。某友人の会社では、セクハラ防止措置のため『女性の服や髪型を褒めてはいけない』『昼ごはんはいいが夜ごはんに誘ってはいけない』とかいう規定があるようだ。まして恋人の有無、既婚未婚の話題もしてはいけないという規定もあるらしい。この規定でいうと、『寿退社ですか?』発言も違反になりそうだな。だが私は、女性が退職する際に『寿退社ですか?』と思わず訊いてしまうあたりにその人の人間臭さが出ていて結構好きである。
2004年10月22日
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実は2ヶ月前から減量している。なんとか4キロ痩せた。酒量を減らし、炭水化物をほとんど取らずにきた。徹底した低インシュリンダイエットとまではいかないが結構近いものがあるかもしれん。あと1キロ痩せねばならぬ。痩せなければ3万円相当のプレゼントを逃してしまう。賭けダイエットなのだ。2004年8月某日、飲み友達のH氏と美味しいお好み焼き屋で散々飲み食いした。その後、我が家でDVD観ながら飲みなおしたのだが、体重の話になり、互いにダイエットしようとなった。私も『太った』との評判だが、彼もお仲間である。確かに知り合った頃よりお互い丸みを帯びた気がする。というか確実に丸くなった。H氏のおなかはペチペチいい音がする。証拠を残すため、お互いの体重を目の前でしっかりと確認し8月20日の手帳に互いの体重を記入した。目標は2ヶ月で5キロ減。2ヵ月後にお互い5キロ痩せていたら3万円相当のプレゼント交換。どっちがが目標達成されていなければ、達成していなかったほうが一方的に勝者に3万円のプレゼント。で、両方達成していなければ、チャラ。よく考えると5キロ減はフェアではない。比率から言って、私が5キロ痩せるなら、身長177cm体重76キロのH氏は9キロほど痩せねば公平とは言えん。しかし67キロになったことがないという氏にそれ以上の要求は可哀想だと情けをかけた。それが失敗だった。甘かった。氏の日常生活と喰いっぷり呑みっぷりを知っているので痩せるのは無理だとナメていた。先日H氏に会った。『3キロ痩せた』と事前に途中経過報告を受けていたが、真剣に痩せていた。顔が小さくなりおなかの贅肉がかつてないほど減っていた。確実に痩せていたので、とりあえずカマンベールチーズを夜中に与えてみる作戦に出てみた。策略にはまり『一切れでいい』と言ってたのに4切れ食べていた。しめしめ。しかし、氏は期日までに確実に5キロ減らしてくるだろう。取材で動き回っていたらしいからな。今編集作業中で今週末まではかかるようなのでそれまではまだ猶予がある。恐らく、10月24日以降が対決の日だ。彼は万全の体制で挑んでくるはずだ。しかも唐突に襲撃にくるだろう。23、24日は私は実家に帰るが、おとうはんの『ラーメン喰いにいこ』に決してやられてはいけない。むげに断らず『湯豆腐やったらええで』と返しておけば、父も満足であろう。絶対に負けない。3万円も惜しいが、ここで痩せなければあと数年はこれをネタにいたぶられるに違いない。結果のほどは追って報告します。乞うご期待。
2004年10月20日
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基本的には短気なのだが、あまり怒ったりしない。結構内心カチンときても聞き流す様にしている。口で『腹立つ~っ』と言っている間は本当には怒ってない。太ってる、気が利かない、雑、根気がない、アホなど言われても、バカにされても滅多に怒らん。だって言われてるの事実だもんね。左の耳から右の耳に『また言うてるわ~』と聞き流す。が、その時は聞き流せたとしても後日時間をかけてジワジワと怒りが熟成されることもある。やっぱり許せないことがある。自意識過剰はよくないが、自尊心は大事。身近にいる人の喜びを素直に分かち合えない人とは一緒にいても空しい。羨ましいと思う気持ちが芽生えるのは仕方ないのかもしれんが、やっかみ混じりの言動は悲しくなる。冗談半分で巧みにごまかそうといるが、そんなに自分が上位に立ってたいのかね。そんなに人を見下し小ばかにしたいかね。そういうの怒りを感じると共に悲しくなるわ。どんなに身近な人であれ、自分の自尊心を犠牲にしてまで我慢する必要はない。
2004年10月19日
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私はとにかく匂いに敏感である。タバコ、酒、ペットの匂いは気にならない。人そのものが発する匂いに敏感なのである。どんなに素敵な男性がいたとしても、その人の発する匂いが、私にとって心地よくないなら惹かれない。限りなく無臭な人がいいというわけでもなく、臭い・臭くないとは別の話。香水と同じように、好き嫌いがあるというか、落ち着かせる匂いと苛立たせる匂いがある。私にとって心地よくない匂いが、他の人にとっては心地よいのかもしれないし、もしくはまったく気にならないのかもしれない。そしてその逆もしかり。昔大好きだった人の匂いは今でも覚えている。記憶と嗅覚は強く結びついているのだと思う。よく着るTシャツは洗濯しても首周りのあたりに染み付いた匂いがかすかに残っている。心がそわそわする時、会いたい時、落ち込んだ時に置きっぱなしにしてあるTシャツを嗅ぐとそばにいる気がしてホッとする。自分のすぐ隣にいる人には私を安心させる匂いをしていて欲しい。
2004年10月17日
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今夜は唐突にI氏をお誘いし、ドイツ娘と私と3人で新大久保にて韓国料理を楽しんできました。そりゃ美味しかった。やっぱ韓国料理は美味しい。楽しくご飯を食べることができるのはしあわせの証。急遽いらしてくださったI氏ありがとうございました。さて、先日以来泊まりにきてるドイツ娘がお土産にSATC全シリーズ海賊版DVDを持って来てくれた。私の趣味をよくご存知である。さすがじゃ。このDVD時々映像と音声が1,5秒ほどずれていたりするがSATCは何度観ても面白い。女友達とSATCを休み前の夜中に観るのは尚よろしい。DVD観ながら私ならビッグよりエイダンを選ぶとか、誰がタイプだとか服や化粧がどうのとおしゃべりしながら観るのが楽しい。SATCは男性と一緒に観るものではない。今夜は食事から帰宅し、友人に電話で元相方のグチを『うぎゃ~』っと聞いてもらい少しすっきりしたあと、ドイツ娘とSATC鑑賞会となり、大笑いしたのでかなり癒された。まだ腹立たしく、相変わらず上手くいかないことに対しての苛立ち、難しさ、相性の悪さ、彼の理不尽な気分屋加減をひしひしと感じてるけども美味しいご飯、友達、SATCに救われた。こんな夜はひとりじゃなくて良かったと思う。いい金曜の夜だった。ひとりだったらきっともっと『ギャーツ』となって、イライラ&ムカムカして最悪の気分で週末に突入していたことであろう。明日はゆっくりして少し頭を冷やすとしよう。
2004年10月15日
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ここ1週間以上、ほとんど自宅で一人で過ごしていない。以前から来客が多いが、ここ1週間はすさまじい。火曜:某友人が書き起こしテープと共に現れご宿泊。水曜:かろうじて一人で過ごす。木曜:ワイン片手に飲み友達が来る。朝まで飲む。金曜:西表島から一時帰国の友人が宿泊。土曜:後輩が泊まりにくる。日曜:引き続き後輩が泊まる。月曜:犬当番のため別宅へ火曜:ドイツから友人がお泊りに来る。水曜:ドイツ人宿泊(来週月曜まで連泊予定)木曜:犬当番のため別宅へ我が家では私以外の誰かがいることが多いので置き歯ブラシの本数も多い。この間後輩は新品の置きパジャマを持ってきた。部屋の備品のTシャツを着て帰る方も中にはおいでになる。酒好きの友人のキープボトルなるものまである。コーヒーを切らしていると文句言われる。大きい灰皿を買えだの、TVの位置が高いだの、リモコンがききにくいからTV買い換えろだの布団が固いから低反発ウレタンのもの買えだの、歯磨き粉がマズイだの色々とおっしゃる。みなさん私が朝早く出かけてもそのまま昼まで寝てらっしゃる。当然お片づけなんてなさるはずもなく、思い切り散らかしてくださる。せめて、可燃ごみと不燃ごみのごみ箱の区別をつけれるようになっていただきたい。『ひじきのお宿』からのお願いです。実家にいても、下宿してた時も家に泊まりに来られることが多かった。何故か溜まり場になりやすいのである。今週は特にお客様が多いとしても、誰も来ない週はないに等しい。逆に誰も来ないと変な感じだ。片付きながらも適度に手抜きな感じと暖色系の色使いとグリーンの多さ、そして『勝手にしといてくれ』というほったらかし加減がよいのだろうか。散らかされても、あーだこーだ文句言われても遊びにきてくれているうちは華だな。うん。
2004年10月14日
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今夜は私の大好きなCOILのCLUB QUATTROでのライブに行って来ました。前列に並べて間近でステージを楽しめたのでしあわせで胸が一杯。好きな曲もたくさん聴けたし。だって7月からず~っと楽しみにしてたんだもん。やっぱり上手いわ、あの二人。またライブに行きたいな。一緒にライブに行った元相方には相変わらずのお小言と嫌味を言われ、プチ冷戦状態に一瞬なったが、最近はお互いの特性を見極め諦めているのか、冷戦状態もそう長くは続かなくなった。以前は何か言われると、ややもすると『…ごめん、私がいたらないの』と必要以上に萎縮していたりした私だが、最近いくぶん図太くなったようで言い返すか聞き流せるようになった。多少の小言や意地悪を言われても出張続きで疲れてんだろ、チケットとってくれたのは彼だし、とにかくそういう人だからと思い、何を言われようがあんまり動揺せずに流せるようになったのは、ここ1年の私の進化だ。以前母から聞いた話で、母が結婚した頃に父の悪口を自分の父親、つまり私のおじいちゃんにボヤいたそうだ。そうすると、黙って聞いていた祖父は一言『そういう人だって知ってて結婚したんだろ』と返したそうである。母は返す言葉がなかったそうな。ふ~む、感慨深い言葉である。
2004年10月13日
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某友人から40分テープ一本あたり5千円でビデオ5本の書き起こしを依頼された。タイムコード付きで書き起こしてくれと。しかも、今週末中という条件付き。この小遣い稼ぎはたまにやる。金曜の深夜に1本、土曜に3本、今日1本仕上げて終了。これで11月には2万5千円のバイト料が振り込まれる。使う労力と時間を考えると、わりに合わない気がするが仕方あるまい。で、今回欲しくもない副産物が誕生した。タイムコードをつけるため右手側に置いたテレビの再生画面を見つつ、正面にPCを置いて長時間打ち込んでいた。しかも集中するためトーマス・マンを見習い、立ったままでタイプしていた。たまに座ったりもしたけど、立っている時間は長かった。(冗談抜きで、立ったままの作業は効率が上がります)が、長時間の同じ姿勢がたたったのであろうか、首が左に回らなくなってしまった。左肩が下がり、右の肩のラインと随分違うのがわかる。痛いので、歩くのも苦痛。そうすると、歩く姿勢も変になり、首が前に突き出しおばちゃんみたいな歩き方になった。階段をおりる時はうまく両手でバランスを取らなければ降りれないのでめちゃめちゃ不細工。今こうしていても首をまっすぐ垂直にすることができない。左に振り向けないので、体をひねって振り向くからめちゃ怪しい。顔も右に傾斜したまま。左の首と肩も痛いが、変なところに力が入っているためか右の肩甲骨の下あたりも痛くなってきた。書き起こしの依頼主に労災手当てを請求したいが間違いなく即却下だろう。『ば~か、ンなもん知るか。』と言われるのが関の山。あー痛い。あったかい温泉につかりたい。
2004年10月10日
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今日やっと安心できた。ふぅ~長かったっす。予定では12月1日から新しい職に就かせてもらうことになる。正式な書類は今月末までに本国から郵送されてくるみたい。今日久々にビールを飲んだら、ほっこりした(注:京都弁でぽわぁ~っとなんとなく心地よく疲れが出るの意)こんなにリラックスできたのはめちゃめちゃ久しぶり。応援してくださった皆様、ありがとうございました。あとは書類が無事に届くのを待つのみです。今夜はゆっくり眠れそうです。
2004年10月06日
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転職に関する話題が続くが仕方あるまい。毎日胃が痛いわ。。。金曜に書面連絡がなかったので、月曜かと思いきや案の定まだ何もこない。この3週間、私の夜遊び癖は見事に封じ込められた。いつまでこの状態が続くのか。本国の予算の関係なのか、このポストが消滅したのか、単に本国の担当者がゆっくりなのか。。。落ちてるなら落ちてるでもええ。。。いや、よくないとにかく状況を教えてくれ~(心の叫び)結果分からなかったら、次に駒を進められへん!もーホンマ堪忍してほしいわ。官庁というのはこんなに対応が遅いものなんやろか。これは、イラチな私に与えられた試練なんか?欲しいもんはゆっくり待てということなんやろか。受験、資格試験、就職活動、学芸会その他諸々の緊張する場面は人並みに通り抜けてきたけど、結構、お気楽人生だったので、ここまで緊張感を強いられた経験はなかった。やっぱり試練なんやろうな。ええ加減辛抱強くならなアカンということなんやわ。耐えよ。
2004年10月04日
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今日日記を書かないと、一部の人にご心配をおかけするので書いておこう。報・連・相さて、さんざん胃を痛くして書面を待ったのだが結局書面は来なかった。どないやねん、それ…口から火ィ吹きそうになるくらい腹が立ったが、これもやりたい仕事のためと思えば耐えますわ。ここ3週間ほどかなりのストレスを感じておる。ま、でもここまで来たから『あわてない、あわてない、ひと休みひと休み』と一休さんでいこう。『今日明日にはみなさんに書面でお答えします』と昨日は言い切っていたが…来週に持ち越しになると結果待ち3週間目だ。本国からの許可がおりないと通知ができないと言われたけども、それにしても待たせすぎ。口頭でほぼ内定となっているが、決定権は本国にあるので時間がかかるらしい。職業柄、お国柄、時差の相乗効果でこんなにトロいのだろうか。遅くなるなら遅くなるで、連絡の一本くらい欲しい。口頭ではOKになっているので書面が遅いと余計に気になる…採用枠がなくなったとか、予算がないとかなったのかそれとも、もっといい人が現れたのか、それとも本国のエライさんがバカンスに2週間出たのかとか気になる。内定くださっている企業さんもあるのだが、本命の結果が分からないうちにお断りの連絡を入れるのは少し躊躇われる。しかし第一志望の結果が分からないうちに他の会社に決定したくない。水曜に内定出て、来週の月曜朝イチで返事くれっていうのは少し時間の猶予がないが、先方にご迷惑はかけられないので丁重にお断りする。すごくいい雰囲気の会社で強く惹かれるが、第一志望は譲れない。第一志望がだめだったら、その時また考えよ。あかん時はしゃあない。あー、誰か~、いいリラックス方法教えて下さ~い!
2004年10月01日
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転職活動を始めてから1ヶ月弱。クライマックスまであと少し。明日だ。すべては明日にかかっている。もう十分待った。アカンねん。待つのと並ぶの苦手やねん。もうちょっとや。耐えよ。
2004年09月30日
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昨夜妙な嫉妬にかられたのはどうやら満月の仕業ではあるまいか。(注:前日の日記参照)ちょっと前にテレビで細木数子女史がこう断言していた。『女の人はね、月を見ちゃいけないの!』その時は『ほお~』と聞き流していた。彼女曰く、ちょっと落ち込んでいるとき、彼氏と些細な行き違いがあった夜に女性が月(満月、三日月に関わらず)を『あらきれいだわ~』と見ると、月の不思議な力により必要以上に感傷的になり情緒不安定になるのだそうな。そういや、昨晩は曇りながらも満月だったので帰り道に月を眺めてしまった。ま、それが昨夜の焼きもちの原因とは思わないが、月には不思議な魅力がある。昔から月を題材にした音楽や話が多い。満ちたり欠けたりする月は不思議な存在だったのだろう。月に関する話だと日本なら『かぐや姫』が代表。実は『かぐや姫』ってめちゃくちゃひどい話である。竹の中から救出され育てて大事にしてもらい、大きくなっては男性からチヤホヤされ、求婚されたら無理難題を押し付け『持ってきたら結婚します』と思わせぶりな態度をとり、毎日泣き続けるから年老いた養父母をさんざん心配させた挙句、唐突に『帰らなければなりません』と家出。別れ際に養父母に不老不死の薬を与えて生き長らえさせる。かぐや姫の思い出を抱えたまま不老不死となった養父母の心境を思うと察して余りあるものがある。その後の竹取の翁夫妻はどうなったのであろう。なんちゅう酷い仕打ちや。かぐや姫は稀にみるサディスティックな女である。どうして、この残酷なヒロインの話がかくも美しい物語として残っているのか。それはやっぱり月の持つ魅力のせいなのだろうか。月から来て月に帰っていくという幻想的な話が、姫の酷さから目をそらしているのだろうか。ところでかぐや姫って一体何しに来たんだろう…
2004年09月29日
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元相方に話したいことがあったので携帯に電話をしたら、月末で忙しいのか、飲み会なのか、電車の中なのか出なかった。いや、電車の中なら『今、電車』と出るはずだ。未だに仲が良いが、別れているのだから一度くらい電話に出ないくらいで、ムカっとくる必要はない。しかし、なぜか一緒にいた頃と変わらないような嫉妬心と不安感に襲われ心が掻き乱される。今、誰と一緒なの?会社の人?女の人?家?会社?外?どこ?と。こういう時、携帯の存在を少し腹立たしく思う。私にだって電話に出られない状況はあるが、反対の立場だと無性に理不尽な怒りを感じる。彼が出張の間、私が留守をあずかる彼の家に女性の影がないのは知っている。女物の服もない。洗面所には彼の歯ブラシ1本だけが置いてある、お客様用として空けてある洗面台の左側のドアを開けても携帯用の洗顔セットや化粧水がない。昔からあるビオレのクレンジングもそのままだ。女性はマーキングしたがるものだが、その痕跡はまったく見当たらない。他の女性の足跡がないとホッとする。私の現在の状況と行動そして別れているという事実はこんな時、頭の中から吹っ飛んでしまう。元相方なのだから、どこで誰と何してようと関係ないはずなのだどが、どうもまだ完全に関係ないとは言えない。ものすごく不条理な嫉妬心だ。11時を回ったのに、まだ折り返しの電話がないことにまたイラつき始めた。こんな日は早く寝よう。その前にお風呂屋さんに行って温まってすっきりしよう。
2004年09月28日
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ここまで大病や大怪我をせず、なんだかんだ平穏無事に生きてこれたことに感謝。一重に周囲の方々の支えと見えない何かの力によってここまで生きさせてもらっています。さて、今年は『祝生誕31周年記念』を無事に迎えたのだが、まずこの場を借りてお祝いの気持ちを頂戴した方々にお礼の言葉を述べさせていただきます。また後ほど個別でお礼を述べさせていただきます。メールでお祝いの言葉を述べてくださった皆様とても嬉しかったです。本当にありがとうございました。祝ってくれる人がいるのは本当に幸せなことです。メイドのコスプレ衣装をプレゼントしてくださったM氏、どこでこの衣装を着ろと言うのか全く意味不明ですが、歌舞伎町まで買いに行ってくれて多謝。美しく可憐な花束を贈ってくださったI氏、優しいお心遣いに感激しました。お花は元気に咲いていますよ。国際電話をかけてきてくれたドイツ本社の皆様、その気持ちに泣きそうになりました。Danke schön!1日遅れだったけど、電話をくれた最良の理解者。MUCHAS GRACIAS!NOS VEMOS PRONTO!腐れ縁の元相方、焼肉ごちになりました。名前入りのケーキとローソク、そしてブーケをありがとう。可愛いチビたち。祝ってくれてありがとう。君らが私の年になる頃、私は50代前半です。今度のディズニー一緒に観ようね。そして両親。生んでくれてありがとう。家を出るまでご飯食べさせてくれて、大学まで行かせてくれてありがとう。たまに迷惑かけてごめんだけど、これからも頑張るよ。来年も無事に誕生日を迎えられたらいいな。30代を過ぎるとめでたくないなんて言う人が中にはいるけど、生きていることは素晴らしいこと。悲しいことや、辛いこと、もう嫌だって思うことがあっても、ここにこうして生きさせてもらってること、たくさんの人と出会わせてもらえたこと、そして支えられていることにとても感謝する。
2004年09月23日
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昼休みに携帯が鳴った。大学時代からの友人が急な出張で青山に来ているとの連絡だった。学生時代はクラスも一緒でバイトも一緒だった。とても仲の良い仲間内の一人である。久しぶりに会うことになった。しかし今日中には大阪に帰らないといけないから、仕事が終わったら連絡くれとのこと。今日中に提出の図面と見積もりを完成させ仕事が終わり、友人に電話できた時には7時30分をまわっていた。友人もこれから青山を出て東京駅に向かうという。待ち合わせは八重洲南口。タクシー飛ばして行ったが、会えたのは結局8時近く。新幹線の切符は8時13分。実質10分しかない。お茶をする時間もない。『どないする?』『どないしよ。ここてタバコ吸えへんの?』と構内で訊くので駅の前に連れ出した。外に出てあまり人目がないところに行き、彼はタバコを取り出した。内心、『アホか駅前もホンマは吸うたらアカンちゅうねん。禁煙て書いてあるやろ。千代田区は罰金やぁゆうねん。』と思ったが、ポリさんもいなさそうなのであえて言わなかった。見つかった時は罰金払ってくれ。『東京の人てあんまりタバコ吸えへんねろ?大阪やったらそこらへんで吸うてるやん。ここ誰も吸ぅてへんで』と千代田区でのたまう。見た目は東京のおしゃれなニイちゃんっぽいのにそういうベタな関西人的感覚を持っているところがなんとも素敵。彼がタバコを吸い終わる間、少しだけお互いの近況を話すことができた。あっと言う間に10分近くが経ち、改札へ急いだ。『ほな、また連絡するわ』『うん、気ぃつけて帰りやぁ』と、見送った。本当はもっと話したかった。今度いつ出張でこっちにくるのだろう。その時はご飯でも食べながらゆっくり話がしたい。でも、たった10分でも会えたのが何より嬉しい。本当に会いたければ、『あまり時間がないから次の機会にしよう』とは思わないのだ。ちょっとの間でも顔が見れればそれでいい。少しの時間でも会おうとなった気持ちが嬉しいのである。ほんの10分されど10分。
2004年09月14日
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前置き 私は今転職活動中である。 さて先日、某雑誌社のあるお方に「ひじきさぁ、この証明写真使わないほうがいいよ」とダメ出しをされてしまった。「宣材写真とまではいかなくても、もうちょっとかっこつけて写真撮った方がいいよ。ちゃんとした町の写真屋さんでとってもらいな」と厳しくも暖かいお言葉を頂戴した。そーよねー、第一印象って大事よねー。ええ、ええ、私が悪ぅございました。確かに髪は伸び放題、疲れきった顔で顔色も悪い。あやうく、転職第一希望先にその写真で履歴書を送るところだった。やるときは徹底してやりたいので、早速美容院に行き、写真うつりが良く、好感度が高いメイクをしてもらい、美容院で紹介された写真館に直行。『社会人の方は6000円が基本料金です』との言葉に少しひいたが予約を取り、小一時間ほど青山をぶらつき、フレンチロールを食して待機。予定の時刻に到着すると、アンケートを書かされた。基本情報の他に、写真の用途、どういう風に撮ってもらいたいか、今まで撮った写真で気に入らなかった点は何か、はては趣味、好きな音楽とアーティスト、好きな雑誌、ブランド、タレントなどなど。『一体なんのためのアンケートなのだ?』という疑問を抱きつつも問われるがままに記入。撮影に入る前、感じのいいカメラマンさんはおもむろにCDをかけた。流れてきたのは好きな音楽で記載したジョアン・ジルベルトであった。アンケートは好きな音楽をかけたり、趣味の話をふることでお客をリラックスさせるための事前情報だったのだ。とても話しやすいカメラマンさんと談笑しつつ、パシャパシャと30枚以上撮影され、楽しく撮影終了。その後撮った写真をフラッシュで見て、今度はPCの画面で最終的に使うものを二人で選んだ。撮影開始と最後のほうでは表情がずいぶん和らいでいるのがよく分かった。自分の顔が以前より丸くなったのはショックだったが、とにかくかなりいい出来で満足。口元から歯が少し覗いていたので、そこは修正をかけた。出来上がった写真を手にした時、予約した時間からすでに1時間半くらい過ぎていた。さて、気になるお値段だが、基本料金6000円(撮影&写真3枚)修正料金1000円3枚では不安だったので、一枚追加してプラス700円。しめて7700円。しかし、この前に写真用のメイクと眉毛カットもしてもらっているので、ここに4000円を足すと、11700円。一枚あたり2925円である。美容院に行ったお金も合わせるとかなり単価が高くなるので、恐ろしいから計算していない。一枚あたり2925円が高いと感じるか否かは、人によって違うだろうが、私には満足のいくものであった。メイク代を抜きにして考えると写真一枚の単価は1925円だが、それ位払う価値は十分あると思う。この写真館は顧客満足度がめちゃくちゃ高い!いつか私がお見合いでもする気になったなら、ぜひとも彼に撮っていただきたいものである。それよりもなによりも証明写真の焼き増しをお願いすることなく転職先を決めたいものである。
2004年09月13日
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この日記を付け始めてからまる1か月経った。おお、私の人生の中で最長の日記だ。が、この日記を含めて10日分しか書いてないので平均すると3日に一回しか書いてない計算になる。ま、いいんだ。さて、今日は何を書こう。書くというとこから発展させて言葉について書こう。よし、31日記念だ。多分かなり長くなるから、暇な人だけ読んで下さい。私は月曜から金曜まで、労働時間の半分はドイツ語と接している。ドイツ語を話したり、書いたりする時間は恐らく日本語と半々の割合だと思う。日本人の同僚と話する時、極力日本語のみで話をしようと意識しているが、『今日、Autrag来ました?』『それってドイツにzubuchenしてもらわないと、多分beliefernできないよ』など、仕事の用語はドイツ語のまま話をしていたりする。しかし、これはめちゃくちゃおかしい。ドイツ語も日本語ができる人じゃないと通じない。こんなの日本語であって日本語ではない。こういう、言語が混じりあって起きる現象をピジン語化という。ある特定の場所で特定の期間、特定の人たちの間でのみ存在する現象である。例えば、ハワイに移住した日本人が入植当初、『Me wa niku wo no like』(私は肉が好きではありません)といった感じで話していたらしい。でも、その現象は一過性に終わった。これが一過性でなく、長期的に広範囲で使われるとクレオール化したことになり、言語として確立したことになる。確か文法構造も定まっていないといけなかったと思うけど、記憶が定かじゃないので明記しません。(K先生、スミマセン。忘れました)とにかく、長い余談だったけど、何が言いたいかというと、私は母国語である日本語を大切にしたいし、美しいと感じる。なので普段の生活で日本語を使う時は可能な限り日本語のみを使いたい。しかし、すでに日本語化している外来語は言うし、微妙な雰囲気を伝えるため、または日本語で言うと違和感が出る時は意図的に英単語を用いたりもする。(ちなみにアイスランドはすごい。外国からきた言葉や概念をすべて無理矢理にでもアイスランド語に訳し、新しい単語に置き換える。なのであの国には外来語は存在しないらしい。はい、余談でした。)しかし、『日本語を使う時はできるだけ日本語のみで』という姿勢を貫くのは非常に難しい。雑誌などに会社の商品が掲載される際、私が文章を考えたりすることもあるが、商品イメージを優先させると英単語を使ってしまいがちだ。自分自身ではそういう日本語は好きじゃないので、書きながらも『あー、何語だよこれ。文法構造は日本語だけど名詞も形容詞も全部英語だ・・・』と辟易し、なんとか見れる日本語に書き直す。最近、雑誌(特に20~30代の女性向け誌)には必要以上に外来語または英単語が濫用されていると思う。そういった文章は個人的に美しいとは思えないし、魅力も感じない。海外の雰囲気や空気感を損なわないまま美しい日本語での表現はできるはず。その極みがベルリンの風景を見事に表現した『舞姫』だと信じている。あの漢字の使い方とルビの振り方は最高。森鴎外、万歳。鴎外の頃とは時代も違うし、言語は常に変化していくのが当たり前だが、きちんとした母国語が基礎にあるというのはとても大切なことだと思う。最近は英語の幼児教育が進んでいるが、色を英語で言えるようになるのもよいが、桃色、桜色、茜色、紅色、橙、群青色など母国語で表現される色彩感覚・言語感覚を養うのはもっと大切なように思われる。常々思うが、母国語がきちんと話せてこその外国語習得でしょう。それは自分も含めて感じることだし、常に外国語に触れているので余計に意識しなければならない点である。
2004年09月09日
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