社会人講談・玉井亀鶴“KIKAKU MEETING”
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マスコミの報道では、昨日が黒門町本牧亭閉鎖と報じていたが、大〆めは、今日の3時開演の「一龍斎貞橘勉強会」。なかなか貞橘さんを聴く機会に恵まれず、久々に貞橘さんを聴くチャンス到来と思ったが、本牧亭は9月24日で閉店との報道。25日開催の貞橘さんの会がどうなるか、案じていたが、開催とのこと。城明け渡しを見届けるべく、駆け付けた。だいたい20名ちょっとの客席。 一、一龍斎貞橘「木村又蔵の駆け付け」 一、一龍斎貞寿「赤垣源蔵徳利の別れ」 一、宝井駿之介「東京オリンピック」 一、仲入り 一、一龍斎貞弥「秋色桜」 一、宝井琴柑「扇の的」 一、旭堂南海「山内一豊とその妻」 一、一龍斎貞橘「黒田節の由来」 貞橘さんの会だが、若手の有志が続々と駆け付けて来るとのこと。それぞれが、本牧亭の想い出を語り、本牧亭ゆかりの講釈を読む。 琴柑さんが、マクラで憤慨した。昨夜のNHKニュースでの本牧亭閉鎖の取り上げ方についてだ。私もその報道を見ていたが、「講談という芸は、過去の遺物で、その講談定席が閉鎖」という取り上げ方。「講談は過去のものではないのです!」と、琴柑さん。本当に晴々した。 そして、なんと上方から南海師が飛び入り。この日の夜、お江戸上野広小路亭で、神田鯉風師との会に出演予定。本牧亭に別れを告げようと、本牧亭に来たそうだ。 「山内一豊とその妻」は、東京にはない一豊と千代が出会う場面があり、それを絶妙な切れ場を何度も作って盛り上げる。流石に、連続講談を長い間取り組んでいるだけあり、一挙に釈場らしくなる。 黒門町本牧亭最後の高座に上がる講釈師は、貞橘さん。黒門町本牧の酒席で、よく読んだという「黒田節の由来」を、力強くきっちり読み切った。 客席は、いつもにない盛り上がり。 会の後は、お名残りの酒宴。貞橘さんにお声掛け頂いて、参加することにした。 釈台は、一龍斎貞水師が預かるということになり、お別れの儀式の後、貞橘さんと貞寿さんが貞水師宅に運んだ。他のお客さんは、の杯を傾けていたが、外に飛び出し、長らく楽しませて貰った本牧亭の釈台に、「有難うございました」と声に出して、お別れした。 酒宴は、大変な賑わい。三遊亭歌橘師や、神田すずさんも駆け付ける。歌橘師が入門前に、天狗連落語会の客席でご一緒したことがある。同級生だが、歌橘師は三遊亭円歌師に入門し、今は立派な若手真打ち。私は社会人講釈師。久しぶりの対面となった。 私の隣には、駿之介さんが座り、話し相手をしてくれる。駿之介さんと私は、プロとアマという違いはあるが、同じ田辺一鶴の教えを受けた者同士。師匠のこと、講談のことを本牧亭で語り合う。また、他のお客さんや貞寿さんすずさんと、お話し出来て、充実した一時だった。 女将さんのご好意で、本牧亭のビラなどもお分け頂く。 そんな本牧亭とも、お別れの時が来た。小声で「三方ヶ原軍紀」を読む。本牧亭の絵葉書を作ったり、木戸にも座る様になった岩崎さんが、拍子木を見つけて来て、叩いたり歌舞伎のツケの様に床に打ち付ける。そこで「国定忠治」を気取って、「本牧亭も今夜を限り。俺には生涯講談という、強い味方があったのだ」とやると、ツケを打ってくれる。調子に乗って、「さらば、さらば」と今度は歌舞伎の台詞の様にやると、チョンチョンチョンチョン…と。 外に出たものの、名残は尽きない。全てのお客さんが帰ったのを見届けて、家路についたが、意外や意外、清々しい気分だった。 23日の本牧亭での、独演会の時にも思っていたことは、最後は湿っぽく終わらせたくないということ。皆さんのお陰で、洒落っ気たっぷりで、お別れが出来た。感謝致します。 女将さんはじめ、本牧亭関係者の皆様、長い間有難うございました。これからも、お世話になります。
2011.09.25
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