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マアカタの仕組 皆様、お待たせしました。「日月神示」の「マアカタの仕組」を公開する時節が来ましたので、アップします。そもそも、私、喜四郎が「マアカタの仕組」を実行した理由は、平成25年1月1日に初詣を行なおうと考えた際、「伝達がある。人がいない時に来い。」という意志を事前に受けたため、深夜2時過ぎに、天之日津久神社様へ参拝し、その際、「マアカタの仕組」の御用の命を受けました。 「富士と鳴門の仕組、諏訪マアカタの仕組。ハルナ、カイの御用なされよ。」日月神示「松の巻」第14帖 まず、「マアカタ」について、解説します。「マアカタ」とは、「麻賀多神社」の「麻賀多」のことです。「発音が似ているから勝手な推測だろう」と誤解されないように、次の神示を示します。「諏訪麻賀多榛名甲斐玉和す理ざぞ。」日月神示「ア◎の巻」第1帖 続いて、仕組成就の場所になります。私、喜四郎が「鳴門の仕組」を成就させたのが、瀬戸内海の渦潮が現れる地でした。そして、「諏訪の仕組」も読み違えましたが、諏訪神社内の池でなく、本来は諏訪湖で行う仕組でした。「マアカタの御用結構であったぞ。富士晴れるぞ、湖(うみ)晴れるぞ。」日月神示「日の出巻」第23帖麻賀多神社付近にある湖とは、印旛沼しかありません。印旛沼には次の竜伝説があります。「昔、印旛沼のそばに、人柄の良い人々が住む村があった。印旛沼の主である竜は、人間の姿になってしばしば村を訪ねては村人達と楽しく過ごしていた。ある年、印旛沼付近はひどい旱魃に見舞われた。雨乞いは功を奏さず、水田は干からびて、村人達は餓死を覚悟した。そのとき竜が村に来て、村人達から親切にしてもらった恩返しとして雨を降らせること、しかし大竜王が降雨を止めているため雨を降らせれば自分は体を裂かれて地上に落とされるだろうことを話し、姿を消した。間もなく空が雲に覆われて雨が降り出した。喜んでいた村人達は、竜が天に昇って雲の中に消え、直後に雷鳴と共に閃いた稲妻の光の中で竜の体が三つに裂かれるのを見た。」 印旛沼の地図があります。これに、竜伝説の竜を合成します。印旛沼の形が龍体をしていると感じてもらいたいです。そして、私、喜四郎が平成25年1月1日麻賀多神社御参拝後、たまゆらに導かれ印旛沼周辺を車で周りましたが、必ず道から外れ沼に、たまゆらは向かいました。まさかと思い鎮魂帰神法で、たまゆらを私、喜四郎の体に入れ「マアカタの仕組」成就ポイントを探すと、示されたポイントが地上でなく、ナビの十字ポイントの地点でした。つまり、水上でした。竜の頭部分です。さすがにこの御用は考えさせられました。まず、船の手配、そして、御用の間に邪魔が入らないようにする対策です。船を探した結果、レンタル船は、全店で冬季期間休業でした。つまり自分で準備するしか手段はなく、同時に自分の船ならば時間帯が選べるため、御用の最中の他人を気にする事がなくなりました。 今回は前編のため、成就ポイントを示したまでです。後編で「マアカタの仕組」の御用がどのように遂行したかを記します。
2017.01.27
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麻賀多神社3 今月はブログ更新が、いつも通り後手後手にまわり、お伝えできなかったことをアップします。それは、「日月神示」発祥の地である麻賀多神社本殿の建て替え工事が始まったことです。仮本殿全体像本殿はすでに取り壊されていて、画像のようになっていました。少しさびしい感じもしますが、釈迦の言葉に形あるものは、必ず壊れるがあります。ですが、壊れない存在も、ここにはちゃんとあります。麻賀多大権現様仮本殿ここで、私、喜四郎が鎮魂帰神法を行なえば←と←先に「たまゆら」「麻賀多神社」には、まだ守る存在が健在です。皆様も、距離の遠近があると思いますが、御参拝されますことを希求します。
2017.02.27
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鹿児島県「喜界島」 「喜界島」は、鹿児島県の大島郡(喜界島、奄美大島、奄美大島南部・加計呂麻島、請島、与路島 、徳之島、沖永良部島、与論島)の内の1つの島です。今回のパワースポットは、「喜界島」にある大本教の聖地「宮原山」。 「宮原山」とは?1.「みやばるやま」と読む2.大本教では喜界島(きかいしま)を「鬼界ヶ島」とも書く。昔話にある「鬼の住む島」であるが、大本教では、「鬼」という存在自体にマイナスのイメージはない。大本教、開祖、出口なおに帰神したのは、日本の鬼門(うしとら)方角に隠退した大地の主宰神、艮(うしとら)の金神=国祖・国常立尊(くにとこたちのみこと)である。3.「宮原山」には、艮の金神=国常立尊様の妻神である「豊雲野尊(とよくもぬのみこと)」様が隠退された場所とされている。 宮原山の聖地石碑には世をおもふ心のふねに棹(さを)さして 宮原山(みやばるやま)にはるばる吾(われ)来(き)つと刻まれていた。 この霊場は、時折、海風も吹きましたが、ひっそりとして、とても良い地場を感じました。日中では、たまに見物客が来て集中できないため、時間を変えて再度参拝。「たまゆら」が歓迎してくれました。 豊雲野尊様が、喜界島に隠退され理由を簡単に記すと、豊雲野尊様の別名を「未申の金神」(ひつじさるのこんじん)と言い、 日本の坤(ひつじさる)の方角にあるのが、喜界島です。そして、今年は未(ひつじ)年です。参拝には良い年です。 宿泊したのは、 喜界第一ホテル <喜界島>パワースポット巡礼前に、必ず身を清めますが、このホテルは大浴場と居室にシャワーがあったため、時間を気にせず行動できました。
2015.01.17
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マアカタの仕組 後編 2月も色々な出来事がありました。今回は、「マアカタの仕組 後編」をアップします。 まず、私、喜四郎が受けたマアカタの仕組とは、印旛沼に眠る「龍」を復活させることでした。復活の日である。平成25年2月20日 「日月神示」が降りた「麻賀多神社」の末社、「天津日津久神社」へ参拝し、「マアカタの仕組」成就へ向けたお許しを頂くことにしましたが、「マアカタの仕組」の真の御神体は、「天津日津久神社」でありませんでした。「地(くに)の神大切せよと聞かしてあろが、(中略)お燈明と共に水捧げなならんのざぞ。火と水ぞと申してあろ、神示よく裏の裏まで読みて下されよ(中略)元の生神様には水がどうしてもいるのざぞ」日月神示「水の巻」第1帖「天津日津久神社」の裏に該当する社は、麻賀多神社内ではただ1つしかありません。それは、ニビル星のアヌ神が地球に飛来し一時的に他の外来神から地球統治権を掌握していたシュメール文明の時代。国常立大神様を人間として転生を容認し、人として没後に祀られた塚があります。 麻賀多大権現様 私、喜四郎が鎮魂帰神法で御許可を頂くと 『世、こしらへた神々様は「ながもの」の御姿ぞ』日月神示「マツリの巻」第4帖画像の中央、縦に白色の御龍体の胴体を確認できますでしょうか。これが、「麻賀多大権現様」の塚に眠られておられ、私、喜四郎の鎮魂法で御出現が可能な御龍体の御姿です。そして、そのまま印旛沼に飛んで行かれました。 私、喜四郎にもっと能力があれば、より完璧な御龍体で御出現されたのですが、これが精一杯でした。また、この時は、御龍体を体に宿す必要がなくそのまま、目的地まで行かれたので、「神島の神開き」のような最小の御龍体で御出現される必要もありませんでした。 続いて、私、喜四郎は、「たまゆら」誘導の元、愛車で印旛沼のある場所に行きました。画像の右側の側道を下ると、印旛沼の船着き場があり、この日ために準備したゴムボートで御龍体の頭部分へ向かいました。 ひたすら、櫂で漕ぎ水上では、巨大な「たまゆら」に導かれ目的地に到着し、ゴムボートの上で、まずお清めの 九十九里の地酒「梅一輪」を船上から印旛沼に注ぎ、鎮魂帰神法を開始。「マアカタの仕組」とは「印旛沼の龍」麻賀多神社の末社「麻賀多大権現様」の御龍体○(ミ)の中に・(キ)を入れる事その封印を解き放つ為の役を人間が担う 仕組の成就印旛沼の上空に巨大な高次元体が御出現されました。役割を終えて、元の船着き場まで行きました。以上で、私、喜四郎が行った「マアカタの仕組」は終了となります。これで、すぐに「大峠」が始まる事ではありません。ただ「神一厘の仕組」に向けた準備ができつつあるということです。
2017.02.22
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