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2006年09月01日
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カテゴリ: 歴史から学ぼう

神さまの傑作のひとつ、それは…


非常に多いと思います。

その山本さんが海軍兵学校時代のクラス会(32期生)で
「おれたちのクラスで大将になるのは、堀ひとりだけだよ。
おそかれはやかれ皆、首になるよ」
と言ったことがあるそうです。

「海軍兵学校創立以来、未だ見ざる秀才」
そう謳われた人物-堀悌吉中将。

海軍良識派の提督の一人で、

山本さんが実兄に「吾、一人の友を得たり」
と書き送ったほどの親友(心友)だったそうです。

また海軍が輩出した名リーダーの一人、
山梨勝之進大将にいたっては
「堀君、君死ぬなよ。
君が死ぬとぼくの生きている価値が、
半分いや七割なくなるよ」
とまで言っていたといいます。

そんな堀さんが、太平洋戦争ではどんな役割を担っていたのか?
興味があるのは私だけではないと思います。

昭和16年12月8日-真珠湾攻撃-。

浦賀船渠株式会社取締役社長、というものでした。

「あいつら、よくも、堀をクビにしやがった」
軍縮こそ日本の進むべき道。
海軍良識派の中でも、ラディカルな堀さんが
軍縮反対派の手によって

激怒の言葉を放ったのは昭和9年のこと。

クラスメイトの間に
「神さまの傑作のひとつ堀の頭脳」
という句さえ残っている堀さん。
対米英開戦どころか三国問題にさえ関与せぬまま
海軍を去っていたのでした…。

堀悌吉(1883.8.16~1959.5.12)

参考文献: 海軍の逸材堀悌吉 (宮野澄 光人社文庫)





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最終更新日  2007年09月23日 22時50分07秒 コメントを書く
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