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2007年03月04日
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カテゴリ: 歴史から学ぼう
海軍一軍人の生涯 海軍一軍人の生涯
~最後の海軍大臣 米内光政~

著者:松田十刻

出版社:光人社NF文庫

満足度:★★★+



『天皇の意中の人物は米内だった。
阿部内閣の総辞職が決定的になると、天皇は湯浅倉平に意見を述べた。
「次は米内にしてはどうか」
陛下自ら後継首班について言及することは、異例中の異例である。

それだけに、陸軍によるファッショ化の波を食いとめてくれる防波堤は、
もはや海軍にしかないと痛感していた。
米内はその防波堤となる最後の切り札に思われた』



『米内内閣に対する包囲網が狭まるなか、天皇は事態を憂慮していた。
同日、木戸に命じた。
「なお、米内内閣を信任している。このことを米内に伝えよ」
このようなことは異例中の異例であった。
天皇は米内内閣の実現を期待し、側近にもその旨を伝えていたが、
断末魔を迎えつつある今また、あえて続行するよう望んだのである。
しかし、このことが光政に告げられるのは、辞表が奉呈された十六日のことだった』



『米内内閣は、昭和十五年一月十六日に成立し、七月十六日に総辞職した。
米内を慕っていた各省の秘書官たちは、
十六日にちなんだ「一六会」という親睦会をつくり、米内亡き後も親交を温めた。
昭和天皇も「今日は一六会の日だね」と
しみじみと側近に語ったという』




米内光政
(よない みつまさ)さんは こんな人 です





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最終更新日  2007年03月04日 18時25分18秒 コメント(2) | コメントを書く
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