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こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のnaluです。最近、なんだかテレビに癒されています。今日ひととおりの仕事が終わって、ふぅ、となったときに、テレビを観ていると、ほぉ~、っとするのです。なんというか、1~2時間テレビを観る時間が、頭を休める時間になっています。そんなことで、今日は「豪腕コーチング」を観ていました。内容は、芸能人4人(酒井 敏也 / 岡田 圭右(ますだおかだ)カイヤ / 大江 麻理子(テレビ東京アナウンサー))の音痴解消というもので、職業がら勉強も兼ねて、最後まで見届けてしまいました。各コーチの方のコーチングを見て、なるほど~、と関心しながら、おっ、たしかにこれは使える!と、レッスンに加えてみようと思ったり^^、一生懸命なコーチのみなさんの姿勢と、一生懸命に音痴を解消しようという前向きな姿勢の芸能人の皆さんに、いろいろなことを感じました。そして、番組の最後は、実際に観客の方を前にしてステージでそれぞれが歌うのですが、特に、ますだおかだの岡田さん、カイヤさんの歌に感動して目頭が熱くなってしまいました。一生懸命歌う姿って、最高です!上手く歌うことよりも、一生懸命に歌うことなんだよなぁ。。。と、こうして時々、初心に帰らせていただく私なのです。。。たのしい音楽教室の初発表会にも、こうした感動に出会えるのか!?と思うとますますドキドキしてきました。もうちょっと、生徒さんのお尻を叩かなくてはならないかしら・・・?いやいや、うちのモットーはとにかく「楽しく!」です。楽しさの中には、たしかに厳しさがあるんですけれどね(^_-)そこのさじ加減が難しいところだなぁ・・・と、まだまだ精進する私ヴォイストレーナーです。えいえい、おー!!おっと、話は違いますが、今までこちらのブログでは、声についてや、内観についての記事が多かったように思います。これからは、もっとこの「たのしい音楽教室」に身近な話題や、音楽をもっと楽しんでいただける話題、私の音楽ライフや思うことの日記を書いていこうと思っておりますので、どうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m♪カテゴリも順に整理しながら、できるだけ見やすく、より面白いブログに育てていきます☆
2007.03.05
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こんにちは(^_^)今日はバラの花が満開のたのしい音楽教室です♪さて、今日は皆さんに「たのしい音楽教室」からのお知らせです☆たのしい音楽教室が開校してから、早1年と7ヶ月が経とうとしております。おかげさまで、新緑は5月に初の「ライブスタイルな発表会」と題して、生徒さんたちの日頃の発表を兼ね、親睦会を兼ねたパーティを開催することになりました。さて、どうなることやら??今から、生徒さんも、私も、たいへんドキドキワクワクしております*^0^*♪そこで、今までのレッスン内容や生徒さんたちの様子も伺いながら、たのしい音楽教室の音楽設備の充実とクオリティアップに伴い、「たのしむためのヴォーカル教室」に「プロフェッショナル・コース」を開設いたしました。既存の「一般コース」と何が違うかといいますと、プロフェッショナルを意識した方に対するレッスン・カリキュラムになっており、本格的なレコーディング経験を積み重ねていただくというものです。わたくし個人、常々感じておりますのは、上手く歌うことに専念するあまり、表現力が伴わない、技術ばかりが先に立ち、一辺倒な歌になってしまっている、フレーズの抑揚や、楽曲全体の構成を組み立てる力がない、この曲を歌うことで自分自身何を表現したいのかがわかっていない、または、そのようなことを考えたこともない、などなど・・・というヴォーカリストがたいへん多いということです。ピッチが、とか、リズムが、とか、声域が、とかいうことも、もちろん大切なことなのですがプロフェッショナルに歌を歌い上げたいなら、そこはできて当たり前の世界。楽譜には載っていない部分をいかに表現することができるか?どんな楽曲であっても、自分らしさをしっかりとアウトプットできる表現力が大切です。その表現力を養うには、アウトプットに力を入れることです。つまり、レコーディングです。レコーディングした自分の声を客観的に聴く力、そして、それをよりよいものに変えていく力、再現する力、長所、短所を見抜く力、何を伸ばし、何を補えばいいのかが分かる力が必要です。実際、私はレコーディングで歌唱力が格段にアップしました。レコーディングを重ねれば重ねるほど、分かることがあります。私もまだまだ開発したい、自分の声の可能性があります。それを知ることができる喜びを、真剣に歌を学びたい方たちにも知っていただきたくて他にはない音楽設備とコーディネーターを用意いたしました。プロフェッショナル・コースでは、マン・ツー・マンではなく、もう一人多いマン・ツー・メンで対応させていただきます。皆さんの音楽ライフを私たちがサポートいたします(^_^) ●たのしい音楽教室が考える「プロフェッショナル」の定義とは、 音楽に対しての情熱がある人のことをいいます。 上手い、下手は関係ありません。 なぜならば、私たちは、上手いだけで留まっている人をたくさん見てきているからです。 歌は自己表現です。 自己表現に対して、情熱を傾けている人こそがプロフェッショナルであり、 人を感動させることができるのです。
2007.02.23
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こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです。教室に飾ってあった梅の枝に、満開の花がつきました。「ビートルズと梅」、そんなタイトルです 笑さて、今日は「音」というテーマで書いてみました。世の中には、心身を癒す音と、心身に害を与える音があります。なぜならば、音は波動で伝わるものだからです。七割が水でできている人間の体は、音の波をダイレクトに受けています。つまり音は、耳から入るだけでなく、体全体に流れるものなのです。モーツァルトの音楽が心身に良いといわれるように、携帯の着信音や、黒板を爪で引っかくような音は、私たちをドキッとさせ、脳に刺激を与えます。なかには、だいたいの人が嫌がる音を好む人もいるでしょう。そういう人は、癒しよりも、刺激をほしがっていると考えられます。それでは、私たちにとって、いちばん身近な音とは何でしょう。今や、音のしない空間に身を置くことさえ難しいのですが、一人では生きられない人間にとって、いちばん身近な音とは、人間の声ではないでしょうか。声はいつも相手に対して、ときには自分自身に対して発せられるものです。ということは、私たちが、日頃何気なく発している声も、心身を癒すものと、害を与えるものがあるということです。私は常々感じています。たとえば、電車に乗り、その車両の中で、「むかつく」だとか、「じじいが」だとかいう声を聴くと、無性に腹が立ち、悲しくなり、その車両を選んだことを心底後悔するのです。毎日自分自身が発する音に、もっと愛が込められないものか。もっと責任を持てないものか。相手のためだけではありません。自分自身のために、そうしていただきたい。誰もが持つ、いちばん身近な音に、もっと思いやりを持てないものか、と願ってやまないのです。
2007.02.19
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こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです。昨日のレッスンで、生徒さんの歌を聴いていて、改めて感じました。歌はテクニックだけでは伝わらないということです。よく聴く助言かもしれません。でも、本当に、その意味がわかっている人は、少ないのではないでしょうか。頭でわかるのと、体でわかるのと、心でわかるのとは違うのです。その生徒さんは、昨日、それが体験できました。本人も、初めての感覚で歌えた、とおっしゃっていました。この「初めて」という感覚が、とっても大切なのです。できれば、私も、いつも「初めて」の感覚で歌いたいです。「初めて」は「進化」です。いつも同じように再現することも大切ですが、いかにして「初めて」の気持ちで臨めるか、これはもっと大切なことです。まるで、生まれたてのような感覚で歌う。日ごろ、心を柔らかくして。美しいものを美しいと、今、感じる心を育んで。心を軽くして。得体の知れない重いものは、背負っているだけのもの。何の役にも立たないもの。でも、なかなか背中から下ろせないのも人の弱さで。でも、歌うときぐらいは、日ごろ背負っている荷物は下ろして。心を軽くして歌いましょう。だから、歌は止められないんですよね(^_^)
2007.02.18
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感動の映像。ふたりの愛を囁く声が聴こえそうです。
2007.02.10
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです♪さて、先日から「人に好かれる声になる」というテーマで書かせていただいています。ここでもう一度確認しますが、なぜ「人に好かれる声になる」をテーマにしたかといいますと、ずばり☆皆さんに声で得をする人になってほしいからです。そして、今回のテーマではひとつ、大まかなまとめに入ってきたかな、と思っております。人に好かれる声になるには1.私はあなたに好感を持っていますよ、という声で相手に語りかける。2.私はあなたに大いに関心がありますよ、という気持ちを笑顔と声(言葉)に託す。と、先日述べさせていただきました。今回はこの2点を、自然体な自分でできるには、作為的、戦略的ではなく、心の底から相手に関心を持つ、ということについて書いていきたいと思います。心の底から相手に関心を持つこと。あなたにはできますか?とても、難しいことですよね。でも、ひとつだけこれを簡単にクリアしてしまう方法があります。それは自分に、心の底から関心を持つことです。自分に関心が持てる人は、相手にも関心を持つことができます。その関心の深さは、正比例の関係にあります。つまり、自分に深い関心を持っている人は、相手にも深い関心を示すということです。私は、よく人に質問をしている人に出会います。(私はそういう方たちとの環境を築いているからです)またそれ以上に、会話をしているのに、相手に対してなんの質問もしていない人もよく見かけます。1日は、誰に対しても平等の24時間しか与えられていません。その24時間を使って、選んで、目の前の方とお話しをしているのに、その目の前の方に対してなんの関心も持てないというのは、悲しすぎると思いませんか?だからこそ、自分に関心を持ち、相手に関心を持ち、自然体で相手とコミュニケーションを交わす。これこそが、声で得をする人の条件です。「いい声」の定義はなんでしょう?発声がいい。発音(滑舌)がいい。話し方がいい。そういったことが頭に浮かぶと思います。ですが、いくら発声が良くても、アナウンサーのように滑舌良く話せても、敬語を上手に扱えても、そこに心がなければダメなのです。伝わらないのです。さて、自分の心と体と向かい合う(関心を持つ)旅に出かけましょう。心と体との対面は、いろいろな方法、皆さんお一人お一人に合った方法をお選びください。焦らず、力まず、少しずつ、進めていけばいいのです。まずは、スタートしてみればいいのです。私は、声を媒体にして、自分の心と体との会話を毎日楽しんでいます。次回からは、「声の体の関係」について、書いていきます。どうぞ、これからの24時間も素敵な時間をお過ごしください
2007.02.03
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みなさん、こんにちはたのしい音楽教室の声の表現人、naluです。今日は、先ほどピアノのレッスンに来られた生徒さんからいただいたお菓子と熱い緑茶をいただきながら、ブログを書いていますおいひい。では、今日の本題。先日「人に好かれる声になる」というテーマで書いてみました。そして、人に好かれるにはまず自分から、相手に心を開くことがポイントだとお伝えしました。相手に心を開くとは、具体的にいえば、どういうことでしょう?ここでまた考えてみましょう。人に好かれるには、あなたに好感を持っていますよ、という想いを込めた声を使いましょう、とお伝えしました。どうしたら、相手がもしかして・・・私、好感を持たれているのかしら??と感じるようになるのか・・・?そう考えてみれば、それほど難しい質問ではありませんよね。そうです相手は、あなたの優しい笑顔と想いがこもった声を聴いて、あ、好感を持たれている♪と感じるのです。そして、もうひとつ。ここが大切なポイントですが、相手に好感を持ってもらうためには常に相手への関心を示すことです。私はあなたに大いに関心があります!心を惹かれています!もう、あなたに興味津々なのです!という気持ちを、笑顔と声に託すのです。ここで念のために確認しておきますが、「作り笑顔」じゃダメですよ。「作り声」じゃダメですよ。それから、相手への関心も、「ほんとうの心惹かれる想い」じゃなくてはダメですよ。人間は自分たちが考えている以上に、動物的な感覚を持っているからです。戦略的な笑顔や言葉遣い、口先だけの関心では、相手は簡単に見破ってしまいます。見破ろうとして見破ってしまうのではないですよ。感じてしまうのです。そういった作為的な言動は、簡単に相手に伝わってしまうのです。つまりは、自分から、本当に相手のことを好きにならなければ通用しないということなのです。なんだか急にハードルが高くなったなぁ。。と思われますか?では、どうしたら出会った人、出会った人に対して、心の底から関心が持てるようになるでしょうか。いよいよ、大切なステージにやってきました。声で得をする人は何が違うのか??一緒に考えていきましょう。では、次回もこの続きです。どうぞ、これからの24時間も素敵な時間をお過ごしください
2007.01.29
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たのしい音楽教室の声の表現人、naluです。みなさん、こんにちはさて♪いきなりですが「人に好かれる声」ってどんな声だと思いますか?「人に好かれる声」って、どんな声だろう?って考えてみたことはありますか?そんなこと、考えたこともない、という方。どうぞ、今日から真剣に考えてみてください。なぜなら、人に好かれる声ってどんな声だろう?と考え始めたときからあなたはもう、人に好かれる声に近づいているからです。では、「人に好かれる声になる」ということはどういうことでしょう?それは、そのまま人に好かれるということです。別に人に好かれなくてもいい?そんな寂しいことは言わないでくださいこういう風に考えられませんか?どうせ声を発するなら、自分のために発しよう。人のために発しよう。転んでもただじゃ起き上がらない!精神ではありませんが、毎日使う声なら、大いに自分のために、人のために、活かしていこうということなのです。本題に戻りますが、「人に好かれる声」とはどんな声でしょう?いろいろと頭をめぐらせてみてください。みなさんの頭の中にヒントが隠されています。こんな風に思われる方もいるでしょう。え?相手によって違うじゃん、そんなの。え?どんなときの話?仕事?恋愛?学校?家庭?そうです、いろいろなシチュエーションによって、好かれ方も違うということなんですよね。でも、それらをすべて網羅してしまう「人に好かれる声」というのが存在するのです。それはずばり!あなたのことが好きですという声のことをいいます。つまり私はあなたに好感を持っていますよという声のことです。もちろん、あまりにも作為的だったり、本心でなかったりするようであれば、相手に伝わってしまいますので、思い通りの結果は得られないでしょう。まずは自分から、相手に心を開くことがポイントです。では、どんな相手に対しても、いかに心を開くことができるのか?それは次回の課題といたしましょう☆今日もご一読、ありがとうございます。どうぞ、これからの24時間も素敵な時間をお過ごしください
2007.01.27
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みなさん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです♪「声とココロのケアブログ」をスタートして250日が経ちます。振り返ると声とココロのケアに関する記事が少ないのでは??と自分でダメだししています、はいm(__;)mそこで、「声で得をしよう」というカテゴリに的をあてて、私自身の実体験から得た「声の使い方」をご紹介していこうと思います。その第一弾は、就職活動中に私自身が得をした例をご紹介させていただきます☆就職活動は面接で決まる。私たちの世代はベビーブームといって、とにかく大学卒業者が多いので、就職は競争が激しい氷河期といわれる時代でした。そんな中、私は地元の某一流企業に就職が決まりました。勉強が特別できたわけではありません。容姿が特別良かったわけでもありません。コネがあったわけでもありません。でも、私の採用決定は、ほぼ会社訪問の段階で決まっていたと思われます。なぜなら、一身上の都合で泣く泣く辞退したにもかかわらず、試験当日に人事課長から「なぜ、辞退したのか」とお電話をいただきました。事情を話すと、「お父様の会社はどちら?ぼくが電話をして話をしよう」。この氷河期に、わざわざこのような電話をかけてきてくれるなんて、と本当に感動したものです。試験と面接の合間に、私だけが人事課長に呼ばれ、「書類審査も試験結果も合格点だ。後は面接だけれど、もう君はこの会社に入ってもらいたいと思っている。今日家に帰ったら、どうかそのように家の人に伝えてほしい」と言われました。なんとも気に入られたようなのです。あとあとその企業に入社してから事情はわかるのですが、私の会社訪問の際の態度がとても気に入られたようなのです。たしかに、あの頃の私は会社訪問にはいちばん力を入れていました。会社訪問はまさに初めて人事課長にお会いする日、第一印象が決まる日だからです。私は第一印象を良くするために、さまざまなことに気をつけました。気をつけるってどういうところに??と思われるでしょう。まず、会社訪問の際、アポイントの電話をかけますが、その電話口の声、話し方には強いこだわりを持ちました。1.明るく、笑顔が伝わるような声で話す。2.ゆっくりはきはきとした口調で話す。3.話すことを原稿化し、自然と丁寧な言葉を身につける。そして、ここがポイントですが、4.自分の話し方、声をテープに録音し、チェックする。そして、実際に会社訪問をして人事課長にお会いするときも、尋ねられるだろうと予想されることについて、返答を用意し、それもテープに録音してチェックする毎日でした。それから、見た目も大事です。自分に合う色のスーツに、合う色のシャツを制服代わりにし、お辞儀や座り方、バッグの持ち方や置き方、歩き方やイスの座り方、とにかく身のこなしにも注意をし、何度も何度も練習を重ねました。会社訪問の時点で気に入られた結果、私はすでに試験日当日に合格採用を言い渡されました。第一印象ですべてが決まる。私が身を持って感じたことです。今また就職活動シーズンかもしれませんね。この時代、年中就職活動シーズンといってもいいかもしれません。どうぞ、まずはご自分の第一印象について真剣に取り組んでみてください。そしてぜひ、見た目だけではなく、声にも自信をつけてください。声にはその人の心情が驚くほど表れるものです。ちなみに、私も面接をする際、声を大きな素材としてチェックをさせていただいてます。相手が自信を持って、その言葉を口にしているか。そこがポイントです。では、次回も「声で得をしよう」について書いていきたいと思います☆
2007.01.26
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです♪さてさて、お正月気分もすーっかり抜けきった、抜けきったというより、もう2007年も1/12が終わろうとしている今日この頃。私は自分の体に興味があります! 笑何をいきなり・・・と思われると思うのですが。実は、最近太らないんです。いつも仕事で追われているおかげで、お正月はもうすっかりお休みモードで、食っちゃあ寝ちゃあしていたのですが、いつもだったら贅肉がつきそうなお腹もすっきりとしちゃって、ほんとうに不思議だったのです。年!!!???とも後ろ向きな思考も働いたのですが、これはきっと毎日のトレーニングの賜物だと気づかされたのです。私がこちらの教室で、毎日のようにヴォイストレーニングのレッスンをさせていただくようになってから早1年半。それまでは、こうして毎日朝から晩まで声を出すこともありませんでした。それが、この1年半を振り返れば、毎日生徒さんと一緒に声を出す日々の連続で気がつけば以前よりも体重は5キロほど減り、ちょっとやそっとじゃ太らない体質が出来上がっていたのです。これは女性としてかなりムフフな予想外の嬉しい結果*^^*レッスンをはじめて15分も経てば体が熱くなり、汗を掻く体になりました。いわゆる基礎代謝が上がるって、こういうことなのかな、と感じます。自分の本当に好きなことって、毎日続きますよね。まさか今になってそんな恩恵にあやかれるとは思ってもみない今日この頃です。
2007.01.23
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです♪先日、はじめて美輪明宏さんの歌う「ヨイトマケの唄」を聴きました。聴きましたといっても、ゲツヨルという番組、テレビで観たのですけれども。この日まで「ヨイトマケの唄」の存在は知ってはいても、実際に美輪さんが歌っているのを聴いたこともなく、さまざまなアーティストがカヴァーした音源も聴いたことがありませんでした。今日はその伝説の唄を、美輪さんのパフォーマンスで聴けるということを知り、番組のはじめからその時間を待つのでした。この唄を歌うとき、美輪さんは黒髪と決めているそうです。この日も、美輪さんは黒髪で登場し、全身黒の衣装でした。一本のマイクスタンドを前にして、スポットライトが上半身を照らすだけのステージ。まるで舞台を見ているようです。美輪さんの歌う姿を「芸」という方はたいへん多く、まさにこの日、私が観たステージも「芸」と呼ばれるその根拠が身にしみてわかるものでした。「芸」とはまさにこれをいう、そういうものです。個人的に「ヨイトマケの唄」にそれほど思い入れがあったわけではありませんので、軽い気持ちでテレビに目と耳を傾けていたのですが、歌声(その芸)が聴こえ始めたとたん、いっきに引き込まれてしまいました。そして、6分01秒の完全ノーカット版が終わる頃には、思いがけず涙が出てきました。どこかで音源に出会い、美輪さんの歌う「ヨイトマケの唄」に出会っても、もしかしたら、ここまで感動したかわかりません。同じように感動したかもしれません。とにかく、美輪さんの一声一声、一挙一動、すべてを感じた結果、感動が涙となって表れました。「ヨイトマケの唄」の歌詞を改めて読み返してみても、特に若い人にとっては、この時勢ではなかなか自分ごとには感じられない内容かもしれません。「ヨイトマケ」という言葉も、「土方」という仕事も、自分の環境からは遠かったり、今の時代とは違ったりはしても、想像してみてください。ここで歌われている"本当の愛"が伝わってくるはずです。この唄にはぜひ触れていただきたい、そう思いました。だから、多くのアーティストが歌いたがるのですね、ということも、よーくわかりました。私には幸せにも、まだ両親が健在でいてくれるので、「ヨイトマケの唄」を聴いて感動したということや、そういえばあの時お母さんはこうしてくれたよね、お父さんはこんなこと言ってくれたよね、ありがとう、ということを言葉にして伝えたいです。本当の親孝行ってなんでしょうね。。。皆さん、それぞれいろいろな親孝行を想像されるかと思いますが、近くにいても、遠くにいても、声だけでも聴かせてあげてくださいね^^
2007.01.18
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室の声の表現人、naluです♪最近気になって読んでいるのが、朝日新聞一面の特集記事「ロストジェネレーション」です。1月1日付け朝日新聞の記事は、次のような言葉で日本の「ロスト・ジェネレーション」を定義しています。今、25歳から35歳にあたる約2千万人は、日本がもっとも豊かな時代に生まれた。そして社会に出た時、戦後最長の経済停滞期だった。「第2の敗戦」と呼ばれたバブル崩壊を少年期に迎え、「失われた10年」に大人になった若者たち。「ロスト・ジェネレーション」。第1次大戦後に青年期を迎え、既存の価値観を拒否した世代の呼び名に倣って、彼らをこう呼びたい。「25歳から35歳にあたる約2千万人」には、私も含まれています。この記事に対するいろいろな感想が、ロストジェネレーションと定義づけされた私たちにはあるでしょう。たしかに、記事に登場してくる同世代の皆さんたちが伝えてくることには、少なからず思い当たるものがあります。もしかして、LOHASやスローライフという思想にいちばん心を動かされることになったのも、私たちロストジェネレーション(ここでは、定義に従ってこう書いている)なのかもしれない、と思います。仕事だけでは評価されない、そんな世代かもしれません。いろいろな方と接していて(私が接している方たちは、ほとんどがロストジェネレーションといえます)感じます。皆さん、仕事以外にも何かに打ち込みたい、ということです。もしくは、好きなことを仕事にしたい、ということです。とにかく、一生懸命に自分を探している、そんな世代かもしれません。私も、その一人です。私が歌を本格的に歌うようになったのは、今から6年前、26歳の頃でした。毎日立派な社会人になりたいと、キャリアアップに躍起になっていた数年間。時間と体と能力が許す限り、手当たり次第にできることはやっていた毎日。そんなとき、きゅうに心の真ん中にヒューヒューと風が吹きました。私はなんでこんなに頑張っているの?って。なんのために、毎日こんなに頑張っているの?って。無性に「ほんとうに自分がやりたいこと」を探してみたくなりました。そんなとき、子供のころの自分を思い出しました。だれに教えられるわけでもなく、歌を歌っていたあの日。家にあったレコーダーから一時も離れなかったあの日。夜中に泣いて父に音楽を流してほしい、といったあの日。なんの打算もなく、歌を歌いたくなって、そこから私の新しい生活は始まりました。好きな音楽に囲まれ、音楽仲間と音楽を奏でる日々、こちらに集まってくださる生徒さんたちと音楽を学ぶ日々、歌を歌う喜びをともに分かち合う日々。表現することの喜びを分かち合う日々。心の中に吹くからっ風を止める唯一の方法、それは、自分を表現することに夢中になることだと知ったのです。仕事も一生懸命、同様に、自分を表現することにも一生懸命になること。そうすれば、私たちは「ロストジェネレーション」~彷徨える世代~とは言われなくなるかもしれません。だから、私たちは"自己表現する人"を応援します。
2007.01.12
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皆さん、遅ればせながら明けましておめでとうございます(^_^)たのしい音楽教室"声の自己表現人"naluです。今まで、自分の立場を"ヴォイストレーナー"と名乗っていましたが、今年から"声の自己表現人"とさせていただきます。なぜならば☆昨年末、2006年を振り返りまして、改めて気づかされたことがありました。それは、毎日接する生徒の皆さんからの言葉から、初心にかえる気持ちにさせていただいたから。そう、約1年半年前、私がなぜこのたのしい音楽教室を立ち上げたのか。ホームページのトップにも書いてありますように、日々お配りしている名刺にも書いてありますように、『思い溢れたから』でございます。私は音楽が大好きです。歌うことが大好きです。音楽や歌に限らず、皆さんおひとりおひとりにもこうした『大好き』なものがあるはず。その『大好きなもの』、『大好きという気持ち』に気づいていただきたいという思いが溢れたから、音楽教室を開いたのです。昨年も、歌うことから自己表現の楽しみを見出し、役者さんになられた方もいらっしゃいました。歌うことから人生を見つめなおし、看護婦学校に入学された方もいらっしゃいました。歌うことからますます歌うことが楽しくなり、自分で歌を作りたいという意欲が湧いた方もいらっしゃいます。歌うことはいちばん身近な自己表現で、そこからどういった分野に『大好きな気持ち』が湧いてもいいのです。この音楽教室で、歌うことや音楽に触れることをきっかけに、皆さんが皆さんの『大好きなこと』を見出していってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。そんな自己表現の素晴らしさを、生徒さんたちから改めて教えていただいた2006年でした。だから2007年、たのしい音楽教室を表す一文字を、自らを活かし、人を活かすという意味をこめて『活』といたします。皆さん、2007年もどうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m♪(^_^)
2007.01.06
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のヴォイストレーナー、naluです♪めっきり寒くなってきましたね~。皆さん、どうぞ、日々体を温かく保ち、風邪をひかないようお気をつけくださいね^^私は毎日声を発する仕事をしておりますので、声が出なくなっては大変^^;と、風邪をひかないように、また、喉を痛めないように、いつも細心の注意を払っています。たとえば、日々服用しているのがプロポリス。私が愛用しているのは、ハチミツ専門店「ラベイユ」のプロポリスエキス。とっても苦~いのですが>_
2006.12.07
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みなさん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のヴォイストレーナー、naluです♪もう日付変更線が過ぎてしまいましたが、昨夜の雲州堂ライブ『tone~天上の音楽』シリーズ、file1を無事終えることができ、お越しいただきました皆様、メッセージや贈り物を届けてくださった皆様に、深く感謝申し上げます。温かい空間の中で歌わせていただくことができ、また新しい感覚や改めて感じたことを楽しんでおりました。そして今日は、友人の結婚式に招かれ、歌を歌わせていただいてきました。山中にある静かな旅館で、まるで、茶室を旅館に仕立てたような和の癒し空間でした。久しぶりに着物を着る機会に恵まれ、十年ほど前に、母が私のために持たせてくれた着物に袖を通しながら、改めて家族に対する感謝も感じさせていただきました。最近になって、改めて強く感じることがあります。それは、人生そのものが自己表現なのだということです。混乱しているときも、渇望しているときも、喜びや感謝に包まれているときも、挑戦しているときも、落ち込んでいるときも、悔しさで涙こぼれているときも・・・それらすべてが自己表現で、どれも間違いではなく、誰かにそのひとつを見たり聴いたりされては、評価されたり判断されたりすることもあるかもしれませんが、それを怖がらなくてもいいのです。ほんとうは、その人の人生すべてを知ってはじめて、その人の表現したかったものが見えてくるものなのだから、と。だから私は、これからも長く人とかかわっていきたいと思っています。人とのかかわりは、今だけの関係のこともあるでしょうし、ふと離れ、ふとまた出会う関係のこともあるでしょう、ずっと共に歩む関係のこともあるでしょう。だからこそ、一緒に時間を過ごすときは、今一緒にいる時間を大切に、そして、お互いを認め、素直に表現し合える関係を求めます。この"素直に"というのが、実に難しいのですが^^歌を歌い続けていると、素直にならざるを得なくなってきます。自分をこう見せたい、と思っても、見えるようにしか見えず、自分をこう活かしたい、と思っても、活かせるようにしか活かせず、ただただ、どれだけ自分の声と向き合ったか、自分自身の心と向き合ったか、体と向き合ったかという結果でしかない、ということがだんだんわかってきます。どんなに背伸びしても、ばれてしまう。その背伸び自体が格好良く見えたり、格好悪く見えたりして、けっきょくは、表現者の「これから」が「今」を美しくしたり、そうでなくしたりするのでしょう。そんなことを感じながら、今日も私は、かかわりのある人の未来に心を馳せ、皆さんの夢を一緒に楽しませていただいております^^
2006.11.25
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今日、11月24日は、雲州堂で午後6時より song of colorsのライブです。前回のファーストアルバム発売記念ライブでは、会場に入り切らないほどのお客さまにきていただけて感謝感激でした。今回は前回ほど宣伝もしてないので余裕を持って観て聴いていただけると思います♪なんといっても今回からは「天上の音色」シリーズ古楽器奏者の方をお迎えしてのライブが始まります。古代に夢をはせながら朴訥すぎる音楽に耳を傾けてみてくださいませ。ご来場お待ちしております☆~☆nalu
2006.11.23
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のヴォイストレーナー、naluです♪冬が近づいてくると、温泉に行きたくなりませんか?今回はそんなことを文章にしてみました。「煙」というテーマをいただいたとき、大好きな風景を思い出しました。田舎の秋の夕暮れ時、家の煙突から一筋の煙が静かに立ち昇っている風景です。でも、田舎生まれの田舎育ちな私にとって、それをあえて文章にするのは面白くないかな、と感じ、思いついたのが「温泉宿」でした。温泉宿のどの部分に「煙」を感じて書いたかは、読んでいただければ少しは理解していただけるかもしれませんが、随分とこじんまりとした「煙」になってしまいました^^;先生にも「せっかくだから、湯けむりについて書いてもよかったなぁ(笑)。これじゃぁ、ちょっと煙というテーマとしては弱すぎるなぁ」と言われましたが、「朝の情景をうまいこと書けている文章だ」ともナイスフォローをいただき、ちょっぴり嬉し恥ずかしな私でございました*^^*温泉宿毎年、季節が冬へ向かってゆくと、温泉宿に行きたくなる。いろいろな温泉宿があるが、今のところ、一番気に入っているのが、石川県の七尾湾にある和倉温泉の「加賀屋」という旅館だ。この「加賀屋」は、「プロが選ぶ日本のホテル旅館百選」という旅行新聞新社の企画したランキングで、二十年以上も連続一位に選ばれるほどの名旅館である。私自身、そのタイトルに裏切られることなく、宿泊するたびに、ああ、来てよかった、また来よう、と心から感謝する。とくに、朝食どきがなんとも言えず、このひとときを感じたいがために、もう一度ここに泊まろうと思うようになる。朝風呂の後、窓を開け放ち、七尾湾に浮かぶ能登島を眺めながら、ふっくら、もっちりとした白米と、あぶったカワハギの干物を食べていると、もう、このまま時間が止まってしまえばいい、と願わずにはいられないほどの情緒に浸り、ここから離れることが寂しくてたまらなくなる。窓の外からは、今日これから沖に出る小さな漁船が「ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ」とかわいらしい音を立て、海近くに住む人々の営みを知らせてくれる。耳を澄ましさえすれば聴こえてくる波の音も、昨夜と今朝では違うものに聴こえ、まるで、長い癒しの終わりを告げるようだ。箸を進めるのも忘れてしまう時間がここにある。また、今日からここを去れば、現実のときが始まる。そう思ったとたん、白昼夢から引き戻され、ふと見下ろすと、箸を止めたままの据え膳から、立ち上っていた湯気が弱々しい。 by naluご一読くださり、ありがとうございます。今回の講義では、この文章が最後に読まれました。講義の後、先日私が入籍したことを知った諸先輩方から、「結婚したばかりだから、煙の立たない文章になったのね」「結婚したばかりで火種があったら困るものね」と粋な言葉をかけられ、お祝いの言葉をかけてくださいました。またもや、言葉って素晴らしい、そんな風に感じた文章教室のひとときです^^さて、次は「自由課題」です。何を書きましょうか。追伸:日ごろお世話になっております皆々様には、入籍いたしましたことをまだご報告しておりません皆様方もいらっしゃいますが、内々でやりましたもので、どうぞ、ご了承くださいませm(__;)m年賀状でのご報告となると思いますが、今後とも、公私ともども、よろしくお願い申し上げます。
2006.11.16
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こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のヴォイストレーナー、naluです♪私はヴォイストレーナーなのに、なぜか文章を書いています^^;でも、これが「なぜか」ではないのです。隔週で受講させていただいている文章教室では、本当にたくさんのことを学ばせていただいています。いちばん強く感じていることは、「振り切る」ことです。自分だけが書ける文章を書く、ということです。誰もが書けるような、どっちつかずのような、美辞麗句を並べたような、評論家のような・・・、そいういった文章は面白くないんだ、ということを教えていただきました。一緒に受講されている諸先輩方の文章を聴講させていただくのも、本当に楽しくて、勉強になります。皆さん、なかなか日常では、人に言えないようなことを書いています。こうして原稿用紙に書いて残さなければ、忘れていってしまうようなちょっとした出来事から、日ごろの想いや感動がたくさん綴られてゆくのです。だから、いつの間にか、皆さんと秘密を共有し合う関係になっていきます。文章を書くことは自己表現であり、また、心の内を打ち明けるちょっとした遊びでもあります。そうです、歌を歌うことと同じなのですね^^酒と軍歌と祖父の想い祖父は毎日晩酌をしていた。そして必ず、酔い、うなだれ、歌を歌った。「じょしゅう、じょしゅう、とじんーばわつづーっく」「きっさまとおーれーとーはぁ、どうきのさーくーらぁ」「かぁってくるぞといっさまっしくぅ」。祖父が毎晩歌っていた歌を、幼い私と弟は自然に覚え、意味もわからず、振りをつけては、一緒に大声で歌っていた。祖母や母は、酔っぱらう祖父を嫌ったが、私たち姉弟の目に映る祖父の姿は、ただの酔っぱらいには感じられず、祖父自身がそんな自分を楽しんでいるように見え、哀れんでいるように見えた。耳に沁みついたその歌が、軍歌というものであると知ったのは、私が小学校に上がったころだった。軍歌ってなんだろう・・・そう思ったものだ。成長するにつれ、昔、戦争というものがあって、たくさんの若者たちが国を離れ、兵士となって、ほかの国の若者たちと戦ったことを知っていった。祖父もその一人なのだということも。祖父は、質問すれば、兵士だったころのことをたくさん話してくれた。満州へ渡ったこと。捕虜になるのが嫌で、復讐心に燃えた満州人の暴挙から逃れながら、自力で日本へ帰ってきたこと。ずっと一緒に逃げてきた仲間が、ひとり、ふたりと、目の前で死んでいったこと。「日本は負けた。これからは自由だ。お前たちは、草の根をかじってでも生きて日本へ帰れ。」と満州の地で言い渡されたときのこと。祖父は酔いながらしか、話をしなかった。 祖父が何を想い、酔い、歌うのか。固くつむるまぶたの向こうに、共に戦いながら散り散りになっていった仲間たちを見ていたのだろうか。亡くなった祖父は、今でも私の中で、酒を飲み、酔いながら、高らかに軍歌を歌っている。 by naluご一読、ありがとうございます。次回のテーマは、これまた難しそうな「教育」でございます。学校教育、家庭教育、教育サービス、食育、育児・・・、いろいろ思い浮かびますが、さて、どういう文章になるか楽しみです。
2006.11.05
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こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のnaluです♪毎日文化センターの文章教室に通いだしてから、早4ヶ月目。そろそろ、400字詰めの原稿用紙を2枚書くことにも慣れてきたところです。中身はともあれ・・・^^;今回出されたお題は、ずばり「遺伝」。こんなエッセイになりました♪時代を反映する遺伝私の母は、よく外国人に間違えられる。それは、幼少時代からそうだったようで、当時の同級生たちからは、よく「アメリカ人だ」「しろこだ」と指をさされ、いじめられたよ、と話してくれたものである。母は今58歳なのだが、最近もパート先でレジを打っていると、小学5年生の男の子に「ね、おばさんは外人なの?」と聞かれたそうだ。外国が珍しかった時代に比べて、外国人を見慣れるようになった現代では、母にしてみれば、まだこうして素直に質問してきてくれる相手のほうが、ずっと対応しやすいようだ。たしかに母は、娘の私から見ても、外国人のように見える。しいていえば、ロシア系というところだ。黄色人種の白い肌とは似ていない青白い肌、亜麻色の髪、瞳は、亜麻色に薄いブルーがさしたような色をしている。そして、顔の彫りも深い。当人の母は、そんな自分の容姿を昔から疎ましく思っているようだが、私にとって、その母の生まれ持つ異国の雰囲気は、自慢の種であった。そう、エキゾチックというやつだ。母の時代は、その白い肌、明るい色の髪、瞳は、周囲の目に異様に映ったかもしれないが、私の時代は違う。みんなが髪を明るく染めるようになったし、白い肌に憧れるようになった。瞳の色を変えるコンタクトレンズだってできたくらいだ。だから、少しだけ、母の遺伝を受け継いでいる私は、ちょっとラッキーだったかな、と思う。どうせなら、もっと遺伝してほしかった、とも思う。母の若かりし頃の写真を眺める。58歳の母の写真も眺める。昔も今も、ほんとうに、モデルさんのようにきれいだよ、と心の中でつぶやいた。 by nalu次に先生から出されたお題は、「煙」。うーん、煙かぁ・・・。さて、何について書こう。
2006.10.19
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こんにちは(^-^)たのしい音楽教室のヴォイストレーナー、naluです。すっかり秋めいてきましたが、癒されたいのは年中のようです^^先日テレビをつけていますと、とあるタレントさんの催眠療法の様子が映っていました。当人にトラウマを与えている、過去の出来事に戻って、トラウマから脱出する、ということのようです。涙を流して「ぼく、がんばって生きていくよ」という人、ずっと言いたい気持ちをがまんしていた言葉を大声で発する人。そうすることによって、過去のトラウマから開放され、今日からまた新しい気持ちで生きていける。ずっと背負い込んでいた、必要のない大きな荷物を、どさっと捨てるような作業かもしれません。私も実は、ときどき催眠療法を受けています。それは、内観するのに、とてもいいヒントやインスピレーションを受けるからです。「内観」というのは、自分の気持ちを整理すること、自分の感情がどこからやってきて、日常の中でどのように表れているのかを知ることができる、大切な作業です。つまり、自分のことを客観視することです。私の場合は、この「内観」を、歌を作ること、歌を歌うこと、そして、年に数回の催眠療法を受けることによって、日常化しています。人それぞれ健康法が違うように、その人に合った方法というものがあります。まずは、自分を生かせる適切な方法や環境に出会うこと、そして、その方法を追い求め、環境を整えていくことが、より大切なことなのでしょう。生涯をかけて、その自分の生かし方を追求しつづけること、これが実に楽しいのです^^
2006.09.26
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こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のnaluです。すっかり秋めいてきました。芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、と何かと吸収する季節のようです。冬に備えて、ということでしょうね。7月から通いだした文章教室も、今月で3ヶ月になります。先生の落語めいたお話の仕方も好きですし、ブラックユーモアが大好きな先輩方と、いつも楽しい時間を過ごしています。今回のテーマは「物価」でした。「物価」というテーマをいただいて、私は「自分自身の価値」というテーマの少し哲学めいた文書を書くことになりました。もう少し時期が遅ければ、USAのタワーレコードの破たんを知ることになり、音楽の物価という視点で書いていたかもしれません。『モノの価値』 いちばん値段のつけにくいモノはなんだろう。「愛」だとか「友情」だとか、値段をつけられるものかどうか、という問いかけではない。人から「この価値を決めてほしい」と言われて、なかなか価値を決められないモノ・・・それは、自分自身の価値ではないだろうか。 たとえば、自分が家具職人であるとしよう。今までは無名の家具職人だったが、先日イタリアのとある企業からその優れたデザインを認められ、今まででは考えられないくらいの値で家具が売れ出した。世界的にも名が知られだし、著名人からも声がかかるようになってきた。そんなとき、無名だった頃の家具を買ってくれていた、事情を何も知らない客からオーダーが入った。「報酬は前と同じかな?」と尋ねてくるその客に対し、その家具職人は何と答えるだろうか。「はい、同じです」と答えるのか、それとも、自分の価値が世界水準に達したことを報告するのか。さて、あなたならどう判断するだろう。 自分の価値ほど定めにくいものはない。なぜなら、その判断は自分でするというよりも、周囲から評価され決められることのほうが多いからだ。また、その周囲からの評価を甘んじて受け入れるかどうかも、当人の価値観しだいなのである。 報酬を支払う側によっては、そのモノが安ければいいというものでもない。モノの価値には夢が含まれている。どれだけ自分の仕事に夢を見てもらえるか。そういった仕事をすることのほうが、実はもっと難しい。2006/8/4
2006.09.22
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こんにちは。たのしい音楽教室のnaluです(^_^)♪今日は言わずもがな、NYであのテロ事件があった日。私にとっては、自分が生まれた日です。あの事件以来、自分の中で「誕生日」に対する想いが変わり始めていきました。今まで私は、人の愛情や優しさ、思いやりが、ほしくてほしくて、たまりませんでした。特に誕生日の日は、ほしくてほしてくて、たまらないのでした。それで昔から、自分の誕生日は好きになれなかったのです。でも、今はこの日が特別な日に思えるのです。あの事件以来、私はほしがることをしなくなりました。むしろ、愛を与えたいと感じるようになりました。自分ができることで、愛と平和のために、できることをしようと思っています。今年も誕生日はやってきました。朝から宅配屋さんや、お花屋さんが教室を訪れてくださり、愛する人たちからのプレゼントが届きました。本当に嬉しくて、ひとつひとつ手にとって自分との写真を撮りました。また、たくさんのメールやメッセージをいただきました。今日の午後、「ありがとう」のお礼に加えて、今日の歌を歌いました。その歌に、愛と平和の証を、太陽を仰ぐ向日葵にたとえて、「向日葵」と名前をつけました。想いがこぼれて、力が入っちゃいました 笑今後、ブラッシュアップして、きちんとした音源にしたいと思います。まだ洗練される前のデモ音源ですが、よかったら、聴いてください(^_^)↓ ↓ ↓『向日葵』へ♪
2006.09.11
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こんにちは。たのしい音楽教室のnaluです。最近すっかり本の虫になっている私です。今週は、図書館で6冊「小説の書き方」に役立ちそうな本を借りました。先々週は、主に心理的なものに関する本を借りました。そして、私はここ数日外出といった外出をしていません。こんな自分の行動に、自分は今、内にエネルギーを向けたがっているのでは?と気づきます。こういうときは、すかさず詩を書き溜めます。書き溜めることのできる時期は限られているからです。何か内にこもった想いを外に吐き出すことです。そして、何も書けないときに、それを歌にします。人は、そもそも表現をしないではいられない生き物ようです。表現方法は人それぞれでさまざまですが、表現しないでいることは、心にも体にもストレスをかけます。エネルギーは流れるものです。滞らせてはいけないのです。自分をどう表現していくのか?誰も教えてはくれません。自分らしいってなんだろう?結局、誰かから言われた言葉よりも、自ら見つけ出した言葉を信じるのが私たちです。なんでもいいから、表現してみましょう。自分の人生だけは、自分が主役なのです。たとえば歌は、誰かのために歌うものではなく、自分のために歌うものであってもいいのです。さて、明日は久しぶりに外出します。とあるホテルの夏のフェア、「カレーバイキング」がお気に入りで、明日も文章教室に参加した後、そこでホテルランチを堪能しようと思います(^_^)
2006.08.29
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のnaluです。皆さんはNHKのプロフェッショナル仕事の流儀という番組をご覧になったことはありますか?私は普段あまりテレビを観ませんが、こちらの番組はできるだけ観るようにしています。特に、キャスターである脳科学者の茂木健一郎さんが発する言葉が刺激的で、毎回何かしらの気づきをもたらしていただいています。(茂木さんのブログ「クオリア日記」も面白く拝見しています)先日放映された回のタイトルは「逆境克服法」。「なんの保証もない自信があった」とシンガーソングライターのスガシカオさんが発した言葉に対して、茂木さんがコメントされたのが「インスピレーション」の効果についてでした。このとき、インスピレーションが逆境を克服するきっかけになったと解釈しました。普段から私はインスピレーションを高める努力をしています。インスピレーションには計り知れない効果があることを実感しているからです。「インスピレーション」を辞書で調べてみたら、次のようにあります。創作・思考の過程で瞬間的に浮かぶ考え。ひらめき。霊感。「なぜあのときああしたのかわからないけれど、そうすべきだと思った」といったような行動もインスピレーションからくる本能的な行動だと思います。また、「なんだかここは居心地の良い空間だからよく来てしまう」といった感覚もインスピレーションからくるものです。そして、何かをクリエイトするためにはこういった力、インスピレーションをつかまえる力が大いに役立ちます。例えば、「新しいことをはじめたい」とか「人と違うことがしたい」、「自分が本当にしたいことを見つけたい」などといったときには、特にこのインスピレーションとつかまえる力が役に立つことでしょう。それを音楽や芸術だけでなく、ビジネスや社会だけでなく、人生に例えるとしたら、こうも言い換えられると思います。インスピレーションとは自分自身を救うための能力であり、生きるために備わっている才能である。よって、表現活動をする人には必要不可欠な能力であるとも言えます。「追い詰められたときこそ成長のとき」とプロフェッショナルたちは言っています。インスピレーションに助けられた経験があると感じられる方は、その素晴らしい才能を高め、大いに役立てていただきたいと思います。私もそのひとりです。なんだか文章が硬くなってしまいました^^;最近はまっている『銀河英雄伝説』のせいかもしれません 笑
2006.08.21
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のnaluです。いろいろな生徒さんがいらっしゃいます。そんな中、上達の早い方がいらっしゃいます。上達の早い方には共通点があります。それは、環境を整えたかどうかにかかっていると思います。私のところで歌を習い始めてから、ご自宅にカラオケセットを購入された方もいらっしゃいます。または、通信カラオケを契約された方もいらっしゃいます。何もお金をかけて環境を整えるばかりではありません。毎日音楽を聴くようになった、毎朝発声練習をするようになった、人との会話について考えるようになった、声の持つ力について考えるようになった、などといった習慣も環境のひとつです。中には、人生について考える方もいらっしゃいます。物理的に環境を整える方、意識的に習慣を取り入れる方、自分の生き方を考えはじめる方、どちらも歌を習い始めたことによって環境を変えることになったのです。そういう方はやっぱり上達が早いです。皆さんにそうしてほしい、とお願いしているわけではありません。歌うことは、あくまで、きっかけでいいと思っているからです。ガリレオが言っています。人になにかを教えることはできない。ただ、その人が自分のなかにそれを見つけるのを手助けすることはできる。自分を変えるのは自分です。私は自分が実体験したことしか伝えられません。そこから何かを感じていただき、皆さんの中に皆さんが今必要としているものを見出していっていただければ幸せに思います。身近な環境を変えるひとつのきっかけを、平凡な日常の中から見つけていく作業は、本当に楽しいものです。
2006.08.15
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みなさん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のヴォイストレーナー、naluです。ブログも夏バテ、なんて言ってはいけませんが、さぼりがちですみませんm(__;)m私はとても感動屋で、何かしら毎日感動している日々を送っているのですが、つい自分だけの喜びに変えてしまってこちらで紹介できていない出来事があります。それを「感謝と喜び」というカテゴリの中で、お伝えしたいと思います。先日話し方教室に来てくれている友人が突然のプレゼントをくれました。それは、色とりどりの毛が薔薇のかたちに編みこまれたタオルでした。そこにピンク色の刺繍で「nalu」と入っています。彼女はタオルを見て、私っぽさを感じてくださったそうです。色やその配色に私を感じたと言ってくださって、それをプレゼントしてくれたのです。こんなに想いの入った素敵な贈り物はないと思います。プレゼント上手な方は、こういった選び方をされるのです。そうです、心にゆとりがなければできないことです。また「あなたらしかったから」とか「あなたのイメージで」と選んでくれた贈り物は、特別な喜びをくれます。私たちには五感と第六感というものがあります。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚、そして、インスピレーション。そのどれかを触発させ、ある人のイメージをする。素晴らしい才能だと思いませんか?私はいつもインスピレーションを大切にしたいと思っています。彼女が私に感じてくれたインスピレーションの贈り物。このタオルで、私は今いちばん何に汗をかきたいかを探っているところです。
2006.08.11
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皆さん、こんにちは(^_^)たのしい音楽教室のnaluです。先月から文章教室に通っています。急に思い立って通いたくなり、通いだしました。初めて受講したときから、この教室は私にとって居心地の良い空間となり、毎回の講義が楽しくて仕方ありません。受講されている生徒さんたちの中で私が一番若手です。それがまたいいのです。人生の先輩方が日頃感じておられることを聴くことに意義があり、文章教室の楽しみがあります。また、先生の辛口トークが大変興味深く、こちらには皆さんの"想い"が確かに交錯しており、誰もが素直になれる場所なのです。こちらのカテゴリでは"書く"ということに焦点をあて、"書く"ことで自分を表現すること、心を解放することをお伝えしていきたいと思っています。私は歌う歌はすべて自分で作詞をする、もしくは作詞作曲をすることにしていますので、"書く"ということと"歌う"ということは、「想いを伝える」という点でいつも連動していると感じています。自分が伝えたい、残しておきたい、書いておきたい、と感じるものを書けばいいのです。文章教室では講義ごとに、先生からひとつのテーマが与えられます。そのテーマから思い起こされることを書けばいいのです。さて、今回の文章教室のテーマは『汗』。私はこんな文章を書きました。『おばあちゃんの汗がくれた贈り物』 私にとって「汗をかいて働く」という言葉がぴったりな人は、後にも先にも祖母が一番だ。誰よりも早く起き、誰よりも遅く床に就く祖母は、一日中本当によく働く人だった。何よりも土をいじるのが好きで、おかげで家の畑にはさまざまな野菜がなり、それは季節ごとに食卓に上った。「つ」の字に曲がったキュウリ。虫に食われた南瓜。まだ細いアスパラガス。まさに「おばあちゃんの汗の結晶」をいただいている感覚だった。「おばあちゃん。野菜がおいしいよ。」と大げさに言うことで、子供心にも感謝を伝えたい私は、ごくシンプルに調理された「おばあちゃんの汗の結晶」を頬張りながら、何度もそう繰り返しては祖母を笑わせた。 そんな祖母が亡くなって、もうすぐ七回忌を迎える。私が信州から大阪へ移り住んでからは、そろそろ七年になる。七年前まで当たり前に祖母が作る野菜を食べていた私は、大阪に来て初めて野菜には味があることを知った。今までずっと食べさせてもらってきた野菜は、あんなにおいしかったのだと。結局、それを祖母に伝えることはできなかった。 私は祖母が流し続けた汗のおかげで、本当においしい野菜の味を知っている。今では実家の畑を耕す人はいなくなってしまった。父も母も、祖母ほど美しい野菜を作ることができない。あれほど肥沃だった土も瘠せてきており、祖母のあせも乾きつつある。 以上どうぞ、皆さんも日頃の思いを書いてみてはいかがでしょうか。
2006.08.03
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皆さん、こんにちは(^_^)~『たのしい音楽教室』のnaluです。人は感動する生き物です。心を動かされる振り子が大きい人、小さい人がいるでしょう。振り子はご存知のように左右対称に振れます。楽しいことが大きいなら悲しいことも大きく振れ、喜びが大きいなら辛いことも大きく振れる振り子です。人は"悲しみ"や"辛さ"といった負の感情を軽減しようとするところがあります。負の感情をダイレクトに感じてしまわないよう、心を鈍くするのです。心を鈍くするこの作業は、感情の振り子を小さくしていきます。楽しいことも嬉しいことも、喜びさえも、それほど大きくは感じなくなっていくのです。「感動している人を見て羨ましいと思うことがある」という人は、心が鈍くなってきてはいないか?と意識してみてください。最近感動して涙したことがあるかどうか?奉仕に目覚めたことがあるかどうか?そんなことから意識することができると思います。悲しい気持ち、辛い気持ちなどから心を守るためとはいえ、喜びや楽しみを感じることができなくなってくれば、表現することや感謝することさえもできなくなっていくようです。それでもいいんじゃない?という方もいらっしゃるかもしれませんね^^;でも、こうして感情の振り子を無理に小さくしようとする力にはある副作用があるのです。それは、エネルギーの滞留です。悲しくても悲しいといって泣けなくなる、辛くても辛いといって叫べなくなる、感謝に声を上げて喜びを表現できない、楽しいのに楽しくできない・・・エネルギーが心身に滞留していくのです。「むかつく」とか「きれる」といったネガティブな現象の裏にエネルギーの滞留がある、といった学生を対象にしたアンケート結果があります。エネルギーは留めてはならないのです。内にこもらせず、何かに使わなくては。スポーツでも良いでしょう。芸術作品の創作でもいいし、小説を書くことでもいい。表現することです。エネルギーの発散です。岡本太郎氏の誰もが知っている有名な発言に「芸術は爆発だ!」があります。まさにこれは、エネルギーを放出しろ!というメッセージなのではないでしょうか。エネルギーの放出に、感動体質をつくる(喜怒哀楽を大きくする)最適な方法が見出せます。特に芸術家や音楽家なら、やはり思い切り振り切るほどの心の動きを持ってこそ良い作品が創られる。「あれ?最近感動の振り子が小さくなってきたかな?」なんて感じたら、どうぞ、思い思いのエネルギーの発散方法で表現してみてはいかがでしょうか。ちなみに私は・・・・ぎゃおぉぉぉ~っ!!と叫んでエネルギーを発散しています 笑(真面目に音楽しています)エネルギーの放出は心の解放です☆振り子が大きく揺れだせば、負の感情を正の感情が打ち消していくことでしょう♪
2006.07.26
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皆さん、こんにちは^^『たのしい音楽教室』のnaluです。日々多くの方と触れ合いながらずっと感じ続けていたことがあります。それは、どうしたら目の前の人の潜在意識の中から素晴らしい可能性を引き出すことができるのかということ。歌を楽しく歌いたい、という一心で多くの方が私のもとへ訪れてきてくださいます。そんな皆さんに共通するものがあると感じ始めたのは開業して間もないことのこと。私が言うまでもなく、音楽は私たち人間に多くの恩恵と影響を与えてくれます。歌や声にもたくさんの恩恵と様々な影響がいろいろな方向や分野で広がっているのも知っています。ただ、なんというのでしょう、世界にひとつだけの存在、自分の声とじっくり向き合う、その声を生かして歌を歌い、美しい言葉を発して暮らすということに、得体の知れない可能性と興奮を覚えます。そこで、私が日々指導させていただいているヴォイストレーニングを、歌を上手に歌うための目的だけではなく、自分をより知る(認める)ことで”自分らしい生き方”や”夢を叶える力”に向かっていくという方向へ焦点をあてて行うことはできないだろうかと考えるようになりました。私が掲げる夢は『自分をかけがえのない存在なのだと心の底から感じられること。相手もかけがえのない存在なのだと心の底から感じられることで、発展的な人間関係を築くことができる社会づくりの役割を担うこと』です。この目標は、誰しもが頷かれる文章で、私だってそう願っているんだと思ってくださる方も少なくはないでしょう。そう感じてくださるだけでも、私はここに自分の夢、役割を確認することができます。それを心から嬉しく思います。そして、自分の役割の担い方を間違えないようにしよう、と心に留めます。私ひとりができることは本当に限られており、また、様々な担い方はできないということを知っているからです。私が人前で歌を歌うようになった頃、どんなにか自分の声を楽器のように持ち替えることができたらいいだろうと感じたことがありました。自分の声に納得できない毎日から逃れるために、自分の好きな音(声)に取り替えることができたらどんなにかいいだろうと願ったのです。でも、声は手や足、顔と同じ、親からいただいた生まれ持ってのもの。取り替えられない大切なものなのですよね。この体で一生生きていくのと同じ、歌歌いとして生きていくと決めた以上、この声で一生歌っていくのです。こういった気づきは、私には唯一無二の声があるんだ、というなんともいいようのないドキドキワクワクした自信をもたらしてくれました。他のものに(私の場合は楽器)憧れと羨望、嫉妬をずっと持ち続けていた私でしたが、自分が今持っているもの(生まれ持って与えられたもの)とじっくりと向き合うことで、自分には大いなる可能性と明るい未来があるということを心の底から感じることができるのです。こんな気持ちは生まれて初めてのことでした。どうか皆さんに、自分にはないものに焦点をあてるのではなく、自分にはもう備わっているものに目を向けていただきたいと心からそう思います。そのための声と心のケアを発信しています。様々な情報を吸収しながら、人と会話をしながら、研究と探求の毎日です。まだ私にもこのヴォイストレーニングがどのように構築されていくかは見えていません。日々の発見が点なら、それを線にしていく作業といずれ他の点と結ばれる点を見つけていく作業が現在の状態です。こちらのブログでは、そんな日々の発見とまとめ、記録もしていこうと思っています。今日ノートに書きとめた言葉はこんな風です。■自分の潜在意識を掘り起こさせる、溢れさせる”話しぐせ”を会得する■「そういえば」が多い会話は発展的会話と発展的人間関係につながる■毎日、一瞬一瞬をとにかく味わって過ごす■日々のインスピレーションをメモしておくどこへ向かっていくのか、どんな丘を登って何が見えていくのか、本当にわかりません。ですから、後で簡単に今の発言を覆す機会もあるでしょう。でも、無駄なものは何もないはず。これらを後から振り返ったとき、また何かの気づきを与えてくれる言葉となっていくのです。
2006.07.13
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皆さん、こんにちは^^『たのしい音楽教室』のnaluです。笑顔は伝染する、という言葉をよく聞きます。とうことは、言い換えればあなたが苦痛に歪んだ顔なら、相手の顔も苦痛に歪むということです。エイブラハム・リンカーンはこう言っています。「人は40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持たなければならない」人は、魅力的に振る舞えば振る舞うほど周りに幸せをもたらすものです。また、笑顔と同様、"想い"も相手に伝わると信じています。伝わらない"想い"はないと信じています。「今までこのかた"想い"なんて伝わったことなどない」という方もいらっしゃるでしょう。「だから、そんなことは信じない」と。これは、ヴォイストレーニングの際、よく伝えることです。歌を歌うとき、相手に伝えようと思って歌ってみましょう。まずはそこから始まるのです。伝えよう、伝えようとして歌う歌声は、いつしか「伝わってしまう声」になっていくのです。"想い"もそうです。伝わらない"想い"を、まずは伝えようとしてみましょう。心から伝えようとしてみましょう。念じるの?そうじゃありません、人には言葉がある、声があるのです。伝えたかった"想い"を、伝えられなかった"想い"を、伝えたい"想い"を、声に出して言葉にしてみましょう。「どうせ、聞いていないでしょ」と諦める前に、まずはあなたが伝えてみるのです。伝わる声、伝えようとしている声で、まずあなたから与えてみるのです。そうすれば、必ず相手は耳を傾けてくれます。あなたが心から伝えようとしている姿勢は、いつしか相手に伝わっていくのです。人は相手を毛嫌いしたり、気が合わないと、つい簡単にその人を判断してしまいますが、本当に相手の"想い"を感じ取ろうとしているのでしょうか?相手に自分の"想い"をきちんと伝えているだろうか?人間関係のいざこざはすべて誤解のように感じます。言葉がない、"想い"を伝えないから誤解する、誤解されるのです。臆病な人の心は、悲しさや寂しさを怒りに捻じ曲げてしまいます。言葉がないことが、人と人との間に誤解を生んでしまうのです。苦痛に歪んだ顔をして毎日を過ごしていれば、相手にも苦痛を与えるのと同じように、相手に自分の"想い"を伝えようとしなければ、相手からも本当の"想い"を聞くことはないでしょう。「人は40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持たなければならない」私はまだ40歳を過ぎてはいないので、40歳の本当に意味はわかりませんが「人は40歳を過ぎたら自分の声に責任を持たなければならない」毎日周囲に見せる顔、同様、毎日周囲に発する声にも責任を持ってみてはいかがでしょうか。
2006.07.10
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皆さん、こんにちは^^『たのしい音楽教室』のnaluです。私がヴォイストレーナーとして、生徒さんと接しさせていただくようになって、あとひと月ほどで1年になります。一昨年の年末に「音楽教室の経営とヴォイストレーナーをやってみないか」というお話をいただいたときには、かなり戸惑いました。なぜなら、私自身が今でも自分の声や表現を模索するアーティストのひとりだからです。それがどうしたものか、あれよあれよと言う間に、ヴォイストレーナーとして人を教える立場を与えられました。そして今日も、日頃私を支えてくださる家族や周りの皆さん、温かい生徒さんたちのおかげで、今日も明日もあさっても、トレーナーとして認めてもらえる自分がいてしまうのです。"ヴォイストレーナー"という役割を得て、いろいろなことを感じさせていただきながら日々トレーニングをしていると、今までの体験では得られなかった発見や体感が毎日のように訪れてきてくれます。ああ、私、人の声を聴くのが好きなんだ。人の声を聴くことは、私にとって、その人を知ることでもあるのです。ヴォイストレーニングは本当に奥が深いものです。人の声というものが本当に儚くて美しいものだからでしょう。こんな神秘的な行為に携われることが、今の私の生きがいになっている。技術的な面も、精神的な面も、どちらも私流に伝えていきたい。教科書どおりではなく、私も歌が大好きな人間であるのだから、自分の体で体験済みのことや、自分の頭や体、声や感覚で身につけてきたもの、これから身につけていくものを、惜しみなく伝えていきたい。私の中で常に確信を見つけていくことが、"ヴォイストレーナー"という役割の醍醐味であり、また同時に、私の知り得た方法や考え方を伝え、伝わっていくのを感じる毎日は、本当に人生の宝物のようです。"声"という分野で学習すれば学習するほど、声の研究を重ねられている先輩方がたくさんいらっしゃる。そういった先輩方からも多くのことを学びたい。近い将来お会いしたい方はたくさんいらっしゃいます。これもまた、私に用意された天からのプレゼント。もっともっと、皆さんの声を聴かせてください。もっともっと、自分らしさを鳴らしてください。
2006.07.07
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皆さん、こんにちは☆声ココロケアブログを今日からスタートさせます『たのしい音楽教室』のnaluと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします(^-^)さてさて、突然ですが、自分の声がココロを癒すって知っていますか?落ち着いた声、透き通った声、柔らかい声、温かみのある声・・・などは人を癒します。金きり声、だみ声、がらがら声、泣き声、くぐもり声、消え入りそうな声・・・などは人の気分を間接的に害します。それでは、日頃一番よく聴いている声はいったい誰の声でしょうか?そうです!自分の声なのです。自分の声は否応なしに、毎日自分の耳に届いているのです。そこで皆さんに質問です。ずっと聴いている自分の声は、あなたを癒していますか?あなたをサポートしてくれていますか?「声で癒される、サポートされるってどういうこと??」と思われるかもしれません。それでは、ひとつの目安として質問の仕方を変えてみましょう。自分の声を聴いて「うん、大丈夫」と感じたことはありますか?さて、答えはどうでしょう?自分から出た声で「あ、大丈夫」と思ったことが一度もなければ、残念ながら自分の声に癒されているとはいえません。思いのほか、落ち着いて美しい声が出せたということで、内面から漲る自信を感じたことがあるかどうかということです。私は日々声に癒され、サポートされています。声に助けられたことは数知れずあり、この素晴らしい作用を皆さんにもぜひ知っていただきたくて、日々の気づきや感動をお伝えしていこうと思います。自分を癒す、ココロをサポートする声づくり。どうぞ、意識をすることからはじめてみてくださいませ♪今日からできるだけ更新していきます。よろしくお願いいたします(^_^)☆
2006.07.06
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