藍円寺微意の世界

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es1-海坊主

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2015.02.11
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カテゴリ: カテゴリ未分類
漢字は表意文字といい、文字自体に意味があるとされる。だが、古来の日本語はそもそも言霊といって、どちらかといえばカタカナなどの表音文字で扱ったほうが正しかったものと思われる。神社で神官があげる祝詞(のりと)にいたってはまさしくそれで、漢字は後から伝わった後付であり、祝詞の文言を文字面で見てもほとんど意味不明である。
意味といえば、意を汲む・意思・意欲・好意などという「意」の文字は、本来目には見えないものをさすのだが、それを見える物にしてしまったのが、この「意」の文字である。見えないものを誰が見ても見えるようにしてしまったというか、見えない筈のものまでを表意文字で書いたその辺りから、現代日本人も言霊と大和の心を失い始めたのかもしれない。たとえ表意文字であっても文字面に言霊といえるほどの意味はないのだ。口に出して読みたいのが日本語なのである。別に中国が悪いといっているのではない。文字も道具のひとつであるのだから、使い方を間違ってはいけないし、文字に起こした記録があるからいって、何でも頭から信用してはいけないという話だ。
「馬鹿も休み休み言え」と叱られそうだが、この馬鹿だって、若いお姉ちゃんが男の胸元で可愛く「ばか、ばか」なんて言われたらたまらないが、尊敬に値しない上司に「バカ」なんて言われたら、これもこれでたまらない。かように「馬鹿」も「たまらない」も字面は同じでも登場人物とその状況で中身は大きく変わる。
だから文字になった証拠があるからといって何もかもが正確で額面どおりであるとは限らず、真意や心情などの肝心な部分は行間にちりばめられ、読む側の読解力と想像力に頼らざるを得ない、その程度のものなのである。「本音」とは実によくいったものだと思う。この文字は音にこそ本質があるというのだ。
外交的にもめている相手国に抗議文を送り遺憾の意を表明するというが、やはりたったのそれだけではこちらの本音は大して伝わらないということも忘れてはいけないだろう。同じ漢字を使う国であっても今のこのありさまなのだから、ハングルや英語などの表音文字の国の人にはなおさらである。会って面と向き合い、とことん話をしないといけないのだ。我々日本人も普段思考言語として使っている日本語の特性を理解し、諸外国の人々には中々理解され難い国民性であるということも肝に銘じておくべきであろう。
それにつけても、会う気のない人に付ける薬はないものだろうか?





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Last updated  2015.02.11 16:34:57
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Comments

chie@ 残念無念 この言葉の解釈、目からウロコでした。 …
chie@ お久し振りです♪ 政治のことは、かなりうといんですが 選…
chie@ この前 美容院で髪の毛をCUTしてもらいながら…
chie@ 本当に H君の胸のアレは、動物霊なのかもしれま…
chie@ ぶはは 相変わらず、面白い発想ですねえ(,, ' …

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