違和感その1(アメフトの違反行為当該選手に対してちょっと優しすぎません?)
あえて家庭の事情でとは言いませんが、高卒で民間の零細企業に就職した子供が勤め先の先輩や上司に明らかに法律違反なことを、職務として命令された場合、その子はどうすると思います?
家族や他の誰かに相談するなり、会社を辞めるなり、要は不本意な命令を実行する前に、色々考えることや、やるべきこと、事前に手を打つことが他にあっただろう! ということなんです。
片や生活苦のない、大勢の仲間もいる立派な大学生です。社会に対する本人の考えが甘いから、現実の生活に悩んだ実績もないから、人間としての理想も目標も見えていない彼の生活だから、そこを他に付け入られたのです。当然と言えば当然の、自業自得の結果ともいえます。その後の対応だけが偉いはずの大人よりマシだっただけです。こんなんで選挙権を与えてもいいんですかね?
違和感その2(任命責任を何故問わない?)
大臣が不用意な発言をすると、野党はすぐ首相の任命責任は? と言います。マスコミも団体や組織の事後対応ばかりに気を取られてばかりではいけません。これらの問題の本質は「人」であることを理解してください。どうしてこんな問題ある大学理事長や大学学長、連盟の会長など、その人物がそもそもどうしてその今の地位に就けたのか、その経緯をも検証しないと、その体質は今後も変わらないということなのです。誰が任命責任をとるべきかも含めて検証することこそ、これらの問題の今後の再発防止になるのです。反省も改善もすべてその後の話になります。
違和感その3(権威者のそばにいる今の日本人はなぜこんなに既存の権威に弱い?)
長たるもの、自分のバカさ加減も超がつくと分からなくなるらしい。その分からないのも論外だが、そのバカな上司に対し、身近な部下はこんなことを続けていたら、いずれこの人は落ち目になるだろうと何故思わないのか? 結局バカな上司に対し忠告もできない部下も、単に同じ穴のムジナということなのか? 少なくとも自分は目の前の餌に踊らされているだけだと理解していただろうに。分かっちゃいるけどやめられないのも立派な悪なのです。
昔は「クン君足らざるとも、シン臣足らざるべからず」といって「たとえ君主が君主らしくなかったとしても、家来は立派な家来であれ」と言った。これは決してイエスマンを奨励している言葉ではありません。この場合、家来である前に当然「正義の、人としての」という大前提の意味合いが言外ではありますが、確かにそこにはあったのです。この大前提となる第一優先事項がまったく今無視されているのは何故でしょう? 「言外」という日本的な「言わずもなが」なんていうものはもはや日本では継承されていないらしいです。
日大アメフト部やアマチュアボクシング連盟に限らず、ひところ前の相撲部屋の親方にしろ、まずの話、スポーツやスポーツの指導者に対し過大な期待を寄せてはいけませんな。
言われても分からないのだから、そんな奴を「指導者」としてまつりあげていてはいけないというのだけは間違いありませんナ。