第三章~エンスール灘の変2



 エルモは今から45年前にイエルカの植民都市から昇格した新しい国です。農業と紡績が盛んで、商人や工芸職人、農家や貿易商 船乗りなど多種多様の業種の人々が、それぞれ代議員を選出し、議決によって国家を運営している合議制の共和国でした。

 現在の議会制民主主義国家の先魁(さきがけ)ともいえますが、王もサリエスもいないこの自由都市国家は、当時としては特異な存在でした。

 そのエルモに、今から7年前、セージ(神官補)だったシグル(当時19歳)は気象予報士(星の運行から見て、今年は何月何日頃に雨期に入って、何月何日頃に川が氾濫するはずだから、いつ頃作付けをすれば損害が少なく豊作になる可能性が高いか?という予想をする人)として作付け指導に来ていました。
 その時、10歳だったラーズも一緒に連れて来てもらっていました。

 エルモはもともとイエルカの植民都市なので、碁盤の目のような都市構造や、規格統一された窯焼きレンガで形成されているところまでイエルカそっくりでしたが、王宮はなく、神官養成アカデミーもありませんでした。
 王宮の代わりに議事堂と学習塾があり、天文台は議事堂の屋上に設けられていました。

 また、巨大な淡水湖の湖畔のため、大きな貯水槽はなく、代わりに運河を兼ねた堀が都市を囲んでいました。

 綿花や麦、豆類などを運搬するための運河が発達し、外敵の侵略も一度もなかった緑溢れる美しい水郷都市には、見たこともないような美しい鳥や、珍しい動物や虫が一杯でした。

 ラーズはミントブルーの美しいトンボを追いかけるうちに、町外れの雑木林に来ていました。

 その時、大きなウルガル(狼)と出くわしてしまったのです。

10歳のラーズが必死で逃げても、ウルガルは余裕で追いすがって来ます。何かに足を取られて転んでしまい、もう少しでウルガルの牙が喉元に・・・、絶体絶命のピ~ンチ!!。。゛(ノ><)ノ

 という時に、「こら~っ!!」と、背負っていた薪をウルガルに投げつけて助けてくれたのが当時14歳のキサラだったのです。

 あの時は強がって「大丈夫、大丈夫」なんて答えたけど、死ぬほど怖かったな~・・・、歯がガチガチ言ってたし、ちょっとチビっていたことを姉さんは気づいているだろうか?

 不思議な縁があって、今ではキサラを含めた異国の商人や職人にイエルカ語の読み書きと計算(*)を教えている先生の立場ですが、この事件は7年経った今でも赤面ものの思い出です。

*注、イエルカは今でも尺貫法に似た単位を使っているのでメートル、キログラムに相当する単位を使っているエルモとは単位の概念が違います。

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ラーズ:あのさ・・・これ(ゴキブリスーツ)何なの?

イリア:潜水服だよ。最近変なヤツが出るんでね。

ラーズ:去年、木綿の筒袖の服送ったでしょう?届いてないの?

イリア:いや、届いてるよ。でもあんた、なけなしの小遣いで買ったんだろ?
    勿体なくてね~・・・。潜りにゃ使えないよ

ラーズ:そんな、いいのに・・・(・_・、)

イリア:だから昆布で作ってみたんだけどさぁ、見えるのは正面だけで上も
下も横も見えなくてさあ、貝しか捕れなかったよヾ(^▽^☆彡 
    失敗だね、あれは。

ラーズ:あーーーっ!そうそう、これ(手紙)何なの?

イリア:なんだい急に大声出して~。(〇o〇;)・・・ああそれ~?うん、あ
    たしもやっとあんたのお手本見なくても字が書けるようになったか
    らさ・・・。

ラーズ:へっ!?それだけの理由で・・・?(・〇・;)

イリア:そうだよ。嬉しかったから真っ先にあんたに知らせようと思ってさ
    ~。

ラーズ:そうだったんだ・・・(・_・、)大事件とかそういうんじゃないん
    だ、よかった~・・・じゃ、「ろは・・」っていうのは?

イリア:えっ!?やだ、「ロバ」だよ「ロバ」

リク:はぁ~、「ロバ」ねえ・・・。
(↑実はクマル(学童)の時、「エビ」を「えひ・・」と書いたことを思い出した)

ラーズ:「ロバ」!?いや、そういう場合ね、綴りはこうやって・・・。

イリア:この際、そういう細かいことはおいといて。それよりあんたの産着
    とか、うちにあるあんたの持ち物を引っ張り出しちゃあ頬ずりして
    るロバがいるんだけどね、何か心当たりある?

ラーズ:ロバ?いや、覚えないけど・・・。

イリア:噂をすれば・・・、ホラ木陰からあんたを見てるよ。

 見ればナツメヤシの木陰から、まだ成獣になるちょっと手前くらいのロバが恥ずかしそうに(あくまでラーズの主観ですが)こちらを伺っています。

 ラーズが手招きをすると少し首を傾げました。
 もう一回「おいで」と声に出して手招きすると、ゆっくり走り寄って来て、ラーズに頬ずりをしました。

イリア:ねっ?

ラーズ:うん・・・、でも、あんたちゃん(名前がわからない可愛い生き物
    を呼ぶときの口癖)どっから来たんだ?

 ロバは「ぶるるっ」と鼻をならし、頬ずりを繰り返すだけでした。


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 とっぷりと日も暮れて、シジムの浜辺はちょっとしたお祭り騒ぎになっていました。

 半年に1度しか帰って来ないはずのスクナ(ラーズ)が1ヶ月の間に2回も帰って来て、心根の良い友達と、綺麗なお姉さんを連れて来た・・・ということでマジャホが村中にふれ回ったので、村人がわんさかと押し掛けて来ました。
 リクは始めから泊まっていくつもりでしたが、キサラは夕方の船で帰るつもりでした。
 でも、あまりの歓待ぶりに帰るに帰れなくなってしまいました。

 まあ、時刻表のない、のんびりした時代の旅ですから、明日朝一番の船でデジュラ川を遡って行けばいい、ということになりました。

 浜辺の砂をちょっと掘って石でサークルを作っていくつかの囲炉裏を作り、火を囲んで海産物の炉端焼きです。

リク:うめぇ~!!塩漬けじゃない魚ってこんなに美味いのかぁ~(^^)

キサラ:ホント、海の魚って全然くせがなくて美味しい!

ラーズ:そうなんだよね~!内陸の町に帰ったら絶対食べられないからね
    ~・・・。

リク:明日、ウンコで出しちゃうのが勿体ないくらい美味いな~(#^_^#)

 リクの言葉に女性陣からは「やだぁ~!!」という声があがりましたが、おっちゃんたちはどっと笑いました。

マジャホ:ほうずら!?うみゃーら!?たんと喰ってきな!!

 せっせと魚を焼いているマジャホの顔が綻(ほころ)びます。今の日本に生まれていたら絶対、鍋奉行になっているタイプです。

ラーズ:そういえばさ、昼間「変なヤツが出る」っていってたよね?マグ
    オーリの漁師のいやがらせ?

イリア:いや、あれって何て言えばいいんだろうね~・・・。

マナ:最初は遠くから見てるだけだったんだよね~・・・。

 すると、おっちゃん達に酒を運んできたミギワ(20歳・新婚)が

ミギワ:あたしなんかこの間、海から上がったら抱きつかれちゃった。「こ
    んな破廉恥な格好しやがって!お仕置きが必要ですな、ハアハア」
    とかなんとか言っちゃって~、気持ち悪かった~!股ぐら蹴っ飛ば
    してやったら真っ赤な顔して悶絶してたっけ・・・。

ラーズ:はぁ・・・、それでゴキブリスーツな訳ね・・・(/--)/そういうお
    バカは一度懲らしめてやらないとね。

マジャホ:おう!けむん出る程ぶっからせるだぁ!(煙が出る程ブン殴って
     やる!)それともモリでくすげて(刺して)やるか?

ラーズ:おお、勇ましいね。じゃあおバカ退治はおじさんに任せるとして、
    総督とか行政官の意地悪はないの?

イリア:いや、今度の総督はわりといい人みたいだよ。あたしらを食い物に
    していた塩の仲買人が免許取り上げられてお縄になってるって言う
    からさ・・・。

ラーズ:意外!めちゃくちゃ意外!

リク:うん!なんせバンディの弟でカダージの父親だもんね。アムリの民が
   あんなヤツらばっかりだと思われたら困っちゃうよね。

 アムリの民は長い間ネグリトを虐(しいた)げてきましたから、リクも内心「自分のことをすんなり受け入れてくれるだろうか?」という不安が全くなかった訳ではありません。しかし、ラーズの友達というだけで実の家族のように迎えてくれたことは、リクにとって驚きでもあり、喜びでもありました。

 本当に楽しい夕餉(ゆうげ)の時間でしたが、しばらくたって、リクの胸に何ともいえない寂寥感がわき上がってきました。
 イエルカの家に帰っても、マグオーリ船籍の貿易船の船長である父親は年に数回しか帰ってきません。母親もイベント好きで、どこかの国から旅芸人が来るとか、どこの広場でバザーをやっていると聞くと家事そっちのけですっ飛んで行ってしまい、寂しい幼少期~少年期を過ごしました。
 今もアカデミーの寮で味気ない毎日を送っているリクにとって、村人達の温かさがことさら胸に染みたようです。・・・ここはホントに温かい・・・いつまでもここにいられたら・・・。そんなリクの気持ちを知ってか知らずか・・・、

マジャホ:アンちゃんよ、おみゃーさんも一度ウチの村でメシ喰った人間だ
     でよぉ、オイラにしりゃあもう身内みてゃあなもんだに。アン
     ちゃんさえ良かったらまた来な。うみゃーもん、たんとこさえて
     待っとるでな。

 マジャホの言葉にリクの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。マジャホはリクの背中を「ぽん」と叩いて串に刺した焼き魚を差し出しました。



 こののどかで平和な村に、驚天動地の大事件が起こるのは翌朝のことです。 そしてそれはイエルカ滅亡の序曲でもありました。

つづく


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