第三章~エンスール灘の変3



 シジムの浜は、四月とはいえとても暑かったのですが、夕方から爽やかな海風が吹き、草葺き屋根の家での寝心地も最高でした。ただ・・・。

 翌朝、2次会の会場だったラーズの養父・マトゥラ(影が薄い)の家で寝ていたはずの男達は、マジャホの家で寝ていました。
 しばらくしてあたりをキョロキョロ見回しながらリクがマトゥラの家から出てきました。
・ ・・実はリクのいびきがうるさくてみんな逃げ出してしまったのです。

 女性陣はまだ寝ているのでしょうか。珍しいお客さんが来たので昨晩は遅くまで、いろんなことを話し込んでいた様です。

 マナはキサラに張り付いて離れなかったので、叔母のナギの家で一緒に泊まることにしました。キサラはナギとマナから村のことや、幼い頃のラーズの話を聞かされた様です。

 キサラはマグオーリの港からの船でエンスール灘を東に2日程行ったデジュラの港町に向かい、そこからデジュラ川を遡ってハギマ港に向かうことにしました。

 ハギマからなら、エルモの船着き場に行く船が出ています。陸路なら9日かかる道も、船なら3日あれば充分です。

 マグオーリの港まではラーズとリクが送って行くことになり、手荷物と塩の袋はロバ(?)が担いでくれました。村外れの街道まではイリアとマナが見送りに出ました。

 別れ際にマナがキサラに駆け寄って何か耳打ちしました。そして手を合わせて「御願い」という仕草をしています。キサラは目を伏せて、でもかすかに微笑んで頷いていました。

 ラーズが「どうかしたの?」と聞くと、二人は打ち合わせた訳でもないのに全く同じタイミングで両手で「ちゃうちゃう」の仕草をして、「ううん・・・ちょっと・・・ねっ」と、互いに顔を見合わせていました。

  日曜日の早朝、人影もまばらなマグオーリ港では日に焼けた赤ら顔の港湾労働者が行き来しています。
 舞愛想なヒゲ男が荷物と引き替えに割り符をよこしました。以前はこうした肉体労働はネグリトやダスユ(従業員とは名ばかりで体のいい奴隷)の仕事でしたが、総督のカディールが着任早々彼らを解放して、帰国を希望する者は国もとに帰したそうです。
 兄のバンディや息子のカダージを見ていると俄には信じがたいことですが、イリアが「今度の総督は案外いい人かも」と言っていたのもあながちウソではない様です。

桟橋で半鐘が鳴りました。いよいよ出港の時間です。

ラーズ:じゃあ、名残惜しいけど・・・、お元気で。

リク:ホント名残り惜しいなぁ・・・、是非また来て下さいね。

キサラ:秋の始め頃にはまたイエルカに戻って来ますから、お二人ともお元気
    で。

 横から見ると三日月型で、底の平らな50人乗りの船が帆を一杯に張って、ゆっくりと離岸して行きました。キサラは二人の姿が見えなくなるまで船尾で手を振っていました。

 船が王冠岩を曲がって東に向きを変えるのを見届けると・・・。

ラーズ:急ごう!船がシジム沖を通るまでに戻らないと・・・。

リク:間に合うかなぁ・・・頼むよロバ(?)

ラーズ:いつまでも語尾上げで呼ぶのもねえ・・・、何かいい名前付けてあげ
    ないとね。

 二人はロバ(?)にまたがって、シジムへの帰路を急ぎました。小柄なラーズはともかく大きなリクを乗せても結構走ります。ロバ(?)は小さい体の割にかなり力持ちの様です。

 すると・・・。

カダージ:よォ~!何だその貧弱な乗騎(じょうき=乗り物)は!?貧乏人に
     ゃ丁度いいやなぁ!!クククッ!!(`ー´)

 前方を白い五色大牛(ごしきたいぎゅう)にまたがったカダージが道を塞ぐ様に突っ立っています。

リク:よりによってこのくそ忙しい時にバカが出やがった !

ラーズ:牛のクソに顔突っ込んだくせに何でかいツラしてんだ!?

 その時です、ロバ(?)が「クーアッハ!クーアッハ!」と鳴き、カタカタと足を踏み鳴らしました。普通のロバは「グーヒー」と鳴くはずですからちょっと変わってます。それに前半身にうっすらと縞模様がありました。

ラーズ:えっ?「このバカ!このバカ!」だって?あいつのこと?

 ロバ(?)はカダージをバカにした様に上唇をめくって「カチカチ」と歯をならすと、カダージにお尻を突きだして「ブリッ!!!」と排便しました。

ラーズ:何か前にもこんなことなかったっけ・・・?

リク:ぶはっ!!おいカダージ!!ロバ(?)が「クソ食らえ」ってよ!!

カダージ:ムッキャ~!!やりゃ~がったなぁ~!!大牛!!この貧弱な生き
     物を踏みつぶせ!!

 カダージはブチ切れて思いっきり手綱を引っ張りました。が、大牛とロバ(?)は暢気に鼻挨拶をしています。

カダージ:おいっ!!何やってんだ!!言うことを聞けッ!!

 カダージは大牛のお尻に思いっきりムチをくれました。すると大牛が怒り出して再びロデオ状態です。カダージはたまらず転げ落ち、ロバ(?)の糞の上に顔から落ちるところでした。

 しかし、落下直前に「ふんっ!!」と気張って腕立て伏せの要領でこらえ、顔から落ちるのはなんとか免れました。

ラーズ・リク:おおっ!?

カダージ:ふっふっふっ!!(`ー´)てめ~らブン殴ってやるぅぅぅぅ
     ぅ!!!

 カダージはムチを振り上げて襲いかかって来ました。しかし、ロバ(?)の糞を踏んでズルッとつんのめってしまい、街道脇の石碑に頭をぶつけて伸びてしまいました。

 一刻を争う二人はラーズがこのままロバ(?)を飛ばしてシジムへ向かい、リクがカダージの大牛を借りて後から追うということにしました。

リク:わりぃ!ちょっと借りるぜ!じゃあな!

カダージは鼻血を出し、白目を剥いたままでした。

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 ラーズとリクがシジムに着くと、浜には二百人近い村人が勢揃いしていました。

ラーズ:船は!?

村人達:まだだよ、早く早く!

ナギ:あっ!あれじゃない!?

見ると西から海岸沿いを、さっきの帆船がこちらに向かって来ます。

村人達は「今だっ!!せ~の・・・、おお~い!!」と叫んで横断幕を広げました、そこにはたどたどしいエルモ語で「キサラ姉さんまた来てね」と書かれていました。

 声が聞こえたのか、キサラがデッキの上から手を振っているのが見えました。

村人達もそれに気づいて、「楽しかったよ~!!またおいで~!!」「元気でな~!!」「気をつけて~!!」と口々に叫んでいます。

 ラーズとリクはそれぞれの乗騎で海岸を走って船に伴走しながら手を振っていました。

 その時、突然ロバ(?)が立ち止まり「クーアッハ!クーアッハ!」と嘶(いなな)いて足をカタカタ踏み鳴らしました。大牛も立ち止まって耳をピクピクさせています。

 すると、しばらくして聞いたことのない駆動音が聞こえて来ました。

 そしてシジムの村の方から海岸に沿って得体の知れないモノが爆音を轟かせながら水面を走って来て、キサラの乗る船の先をかすめ、大きく旋回しながら桟橋の近くに停止しました。
 この時代には存在するはずもない複座式の小型飛行艇ですが、どうやらエンジントラブルで不時着した様です。

 すると程なくして爆音を轟かせながら、帆もないのに海上を跳ねるように走る、競艇のボートによく似た2艘の高速艇が現れました。黒い鋼(はがね)の甲冑を着た兵士が2人ずつ乗っています。

リク:何だありゃ?変な船・・・。翼なんかつけちゃってさ。

ラーズ:後ろの連中もね・・・、弩弓(クロスボウ)持ってる奴もいるよ。
    穏やかじゃないね。

 と言っているうちにキサラの乗った船が高速艇を避けようとして操舵を誤り岩場に座礁してしまいました。

 のどかで平和な、楽園にも似たシジムの村に、風雲急を告げる大事件が勃発したのです。 

つづく


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