第五章~シジムの浜で2



 ラーズはのびているカダージの腕を肩に掛け、大牛の上に乗せました。
ミギワは膝を抱え、震えています。その時、マガンとリクが駆けつけて来ました。

マガン:ミギワ!大丈夫か!?ケガとかしてないか!?

ミギワ:あんた~~~~~~!!(ノ_<。)!!

 今まで張りつめていた緊張の糸が切れたのでしょう。ミギワはマガンの腕の中で堰を切った様に泣き出しました。

マガン:よしよし、怖かったよな?でも、もう大丈夫だから、なっ!?
    スクナ、すまねえ。カカアが危ないところを・・・。

ラーズ:ミギワ姉さん頑張ってたから・・・、刃物持った相手に必死で抵抗
    してたんだよ。

リク:さ~て、残るはこのバカヤローの処遇だけど・・・。やっぱり腐刑
  (去勢)だよな。

ラーズ:現行犯だし、余罪もありそうだからね。マグオーリの総督府に突き
    出してやろう!!

マガン:いいや!総督だって、てめえのガキは可愛いに決まってる!大した
    お咎(とが)めはねえさ!この場で俺が殺る!どいてくれ!!

 マガンはモリを握りしめてカダージに狙いを付けました。

ラーズ:待ちなよ兄さん。そんなことしたら兄さんだけじゃなくて、姉さん
    もナギおばさん(マガンの母)も、マジャホのおじさんも、ミウラ
    おばさん(ミギワの両親)も捕まっちゃうよ。
     こいつはどうしようもないクズだけど一応シャルマンなんだ。殺
    せば極刑の可能性だってあるんだよ。

 ラーズの言葉にマガンは思い切り砂を蹴り上げて、

「畜生っ!!神様の子孫だかなんだか知らねえけどよ!てめえに都合のいい法律ばっかり作りやがってよぉっ!!結局俺達はやられ損かよ!!肌が白いってことはそんなにすごいことなのかよ!!」

 と、やり場のない怒りをぶちまけていました。

 イエルカだけでなくルーテシア海沿岸に住むアムリの民が千数百年に渡ってネグリトやダスユの人々にしてきた仕打ちを考えると、ラーズもリクもいたたまれない気持ちになりました。

ラーズ:兄さん、僕が訴えを起こすよ。その時に洗いざらい告発してやる
    さ。シジムの女性が何度も痴漢に遭っていたことや、今回こいつが
    刃物で脅して姉さんを拉致したことをね・・・。シャルマンが訴え
    出れば総督府も疎かにはしないと思うからさ・・・。ね?
     さて!取り敢えず村に帰ろうか?

 ラーズに促され、マガンは不承不承、カダージに向けていたモリを収め、リクもほっと胸をなで下ろしました。

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 ラーズ達がシジムの村に着くと、マジャホとミウラは娘が無事に帰ったことを涙を流して喜び、村人達は自分の女房や娘達に痴漢行為を働いていた男を取り囲み、気を失っているその顔をまじまじと覗き込みました。

マナ:何ヶ月もイヤらしい目つきで覗きに来てたの、こいつだ~!

シレン:私も後ろから抱きつかれて、牛に乗せられそうになったんだよ!怖
    かったんだから~!

ナチ:私も~!危うく誘拐されるとこだったんだよね~・・・(*_*;

村人達A:「どうする?」「サメの群れの真上でバンジーさせるか?」「蜂
     蜜塗って軍隊アリの巣の前に放置するとか?」

ラーズ:それなんだけど、こいつはちゃんと社会的制裁を受けるべきだと思
    うんだよね。だからマグオーリの総督府に突き出そうと思うんだけ
    ど・・・。

マジャホ:ダメだね!こんコゾー総督んとこのガキずら!?スラこいて誤魔
     化すに決まってんじゃんか!!

村人達A:「そうだ!」「ヤツらがまともに俺達のいうことを聞くはずがね
     え!!」「こんなヤローはヤシの木に逆さに吊してぶっ叩け!」

農夫A:「あのぉ~、部外者の私達が言うのもなんなんですが・・・、私は
    識者様の仰るとおりにした方がいいのではないかと思います」

ラーズ:だから、まだ識者じゃねーってばよ。

農夫B:修道士の権限は、私達アムリの平民より数段優遇されています。ま
    してカディール総督は結構年功のあるサリエスだという話ですし、
    その家族を傷つけたりしたら、見せしめに村ごと焼かれかねませ
    ん。

村人達A:「何で?」「悪いのはこいつじゃんか!!」

 カダージの処遇を巡って浜辺が騒然となっていたその時、浜に降りる坂道にいた人々が血相を変えて駆けつけて来ました。

村人達B:そっ・・・総督だ!総督が来たぞ~!

 男達が言うとおりマグオーリの総督であるカディールが2~3人の供を連れて浜にやって来ました。ガレー船の船員が、さっきの騒動を報告したので、総督自らが乗客やシジムの村人達に被害がないか視察に来たのです。

カディール:国籍不明の武装集団に襲われたと聞いたが、ケガ人や犠牲者は
      出ていないかね?皆無事なのかね?

マジャホ:おう!そいつらなら、あっこの爺さんと、オラんちでふん捕みゃ
     ~てふん縛ってある!桟橋に繋留してあんのが黒いへんな衆の船
     と、あっちの異人さんが乗って来た空飛ぶナマコだ!

 マジャホの言葉を受けてカディールが老人に気づき、驚きの表情になって「貴方様は・・・」と言いかけた時、老人は口に指を持っていって「内緒!」のジェスチャーをしました。

カディール:???(・_・?)???・・・オホン!ではみんな無事なんだ
      な?

マガン:無事じゃねえのがここに一人いるよ!

 マガンは後ろ手に縛られたカダージを、総督の足許に転がしました。

カダージ:オヤジぃ~・・・、やられた・・・。こいつら俺をサメの群れの
     上でバンジーさせるって・・・。やっぱり蛮族だよこいつら~。

マガン:フザケんなこの野郎!最初にやられたのは俺のカカアだ!自業自得
    だろうが!いい加減なこと抜かすとぶん殴るぞ!

カディール:これはどうしたことだ!!息子が何をしたと言うんだ!? 

 驚く総督の前にラーズが進み出て、今までのことを洗いざらい報告しました。
 村の女達がカダージから繰り返しストーカー行為や痴漢行為を受けていたこと。ミギワのケースでは刃物を突きつけての強姦未遂であること・・・等々です。
 総督は目をつぶり、黙って聞いていましたが、ラーズが一通りの報告を終えると帽子を取って、村人達に頭の天辺が見える程に頭を下げて謝罪しました。

 これって実は凄いことなんです。高貴とされるサリエスやセージが人前で帽子を取るというのは最敬礼を意味します。そして人に頭頂部を見せて謝罪するというのは日本の「土下座」に相当するのです。
 気位の高いアムリの民のネグリトやダスユに対する謝罪は、大抵が「フン!」で、(いや、これって謝罪か?)良い方でもふんぞり返りながら「悪かったなっ!」です。 
 それなのにこの総督は・・・村人達も、ナディの農民達も全員(〇o〇;)状態です。サリエスが頭を下げたことなどいまだかつて見たことさえなかったからです。

カダージ:オヤジ・・・、よせよ!何でオヤジが謝るんだよ!こいつらたか
     がネグリトじゃないか!

カディール:お前は・・・、まだ言うかこの馬鹿者~!!

 核爆弾でも落ちたかという怒号に、浜にいた全員が“ぎょっ”としました。殴られたカダージは浜辺を2回転がって、ばったりと倒れ伏しました。 

 そこに紗(うすぎぬ)のベールを被り、イエルカの民族衣装を着てはいるものの、どう見てもアムリの民には見えない女性が現れ、泣きながらカダージを抱き起こそうとしました。ところが・・・。

カダージ:ネグリト風情が気安く触るな!!

 カダージが女性の手を払いのけ、女性は悲しそうに手を引っ込めました。

カディール:貴様!自分の母親に向かって・・・!!

ラーズ:(何っ!?カダージの母親がネグリト!?)

 総督は倒れているカダージの襟首を掴んで引きずり起こし、また殴ろうと手を振り上げました。

 カディールが振り上げた手に、女性が必死でしがみつき、「悪いのは私なんです!この子を打つなら私を罰して下さい!」と叫んでいます。

カダージ:そうだよ!!解ってんじゃねえか!!お前のせいだよ!!お前な
     んか身の程弁えてさっさとシムカの村に帰ればよかったんだ!!
     それをしゃあしゃあとサリエスの妻の座なんかに納まりやがっ
     てよぉっ!!

 カダージの憎悪の塊の様な言葉に女性は顔を覆って泣き出しました。総督の妻であり、カダージの母であるスニータは、鉱山の町クリオに程近いシムカ出身のネグリトでした。

 スニータは村人達に向かって、「皆さん!ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

 と号泣しながら謝っています。

カダージ:お前なんかが・・・!お前らなんかがいなければ・・・俺は
    (; ;)ううう・・・(ノ_<。)畜生~・・・、畜生~・・・。

 突然カダージが両手で浜辺の砂を握りしめ、嗚咽しました。

カディール:この虚(うつ)け者は刑法に則り、必ず厳正に処罰しよう。皆
      には迷惑を掛けた。今日のところはこれで失礼する。そいつを
      連行しろ。

総督は苦渋に満ちた表情で供に命じると、くるりと踵(きびす)を返しました。

つづく

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